無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年07月31日(土) ドラキュラ×の味

 正直な話、しげとはもう10年以上も一緒にのたくっているわけだから(しげにとってはついに人生の半分以上、私と一緒にいるのである)、あいつの奇矯な行動にも随分慣れたつもりであった。いきなり踊り出したり(喜びの踊りらしい)、夜中に奇声を上げたり(寝惚けているのだ)、台所で「ひい」と悲鳴を上げたり(たいてい、皿を割ったり、包丁で指を切ったりしている)していても、「よくあること」で驚かないでいた。
 今日も、しげが「ちっち、ちっち」(しげ語でオシッコのことである)とぴょんぴょん跳びながらトイレに向かっても、今更「テメエの年考えろ」とか文句つけることもせず(とうの昔に諦めた)、ほっといたのである。
 ところが突然、トイレからドスの効いた声が響いた。
「なんじゃこりゃあ!」
 若い人には解説が必要だろうが、往年の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』中、松田優作扮するジーパン刑事が殉職するシーンで、腹から吹き出た血を見ながら叫んだセリフである。一時期、全国の高校、大学の学園祭、宴会等でこの松田優作のマネがはやって、やがて廃れた。でも未だになにか驚いたときにこのセリフを吐くイタイ人間は存在する。
 けれどそれを自分の女房が、しかもトイレで、隣近所にも聞こえるんじゃないかって声で叫んでるのを聞いた時のショックをご想像頂きたい。あなたの彼氏彼女がそんなことしたらどう思うか。……いや、ホントに何が起きたかと思いました。
 しげがワハワハと笑いながらトイレから出て来たので、「なんだいったい!」と聞いたら、しげ、ケロリとしてこう言った。
「いやー、びっくりした。もう出る出る」
「……おしっこが?」
「うんにゃ」
「う○こ?」
「うんにゃ」
「……じゃあ、何が出たの!」
「×」
……ンなことを大声で近所中に言うなあああ!
「だってすごいんだよ! 見て見て♪」
……ンなモン見せようとするなあああああ!(T∇T)
 伏字にしても何のことかは“オトナ”ならご推察頂けましょう。イヤね、驚いたってのはまだ理解できますけどね、悲鳴を上げたってんなら納得もしますがね、そこでなんで松田優作のマネをするですか。ワタシ、しげの考えてること、分らないアルよ(混乱しているのでエセ中国人化しています)。
 ちなみにこの文章、ちゃんとしげの許可取って書いてます。あなたも、もしもしげのそばにいたら、いつ何時、あんなものやこんなものをいきなり見せられることになるかもしれません。しげと付き合うにはご覚悟を(~_~;)。


 昨日放送されてた『ルパン三世 盗まれたルパン〜コピーキャットは真夏の蝶〜』、途中まで見てたんだけど、作画レベルがまたちょっとダウンした印象で興醒めしてしまった。テレビスペシャルなんだし、1年1本のイベントなんだから、もう少し、構図とか間とかに凝ってほしいと思うんだけど。でも、新創刊された『ルパン三世オフィシャルマガジン』によれば、今回のルパン、原作者のモンキー・パンチは気に入ってるそうだ。うーん(~_~;)。


 最近の日記、話題もあっちこっちに飛んでゴチャゴチャとしてたのだが、それで書き忘れていたこともいくつか。

 俳優の下条正巳さんの死去もそうで、25日にすい臓ガンのために亡くなられていたのだった。享年88。「『男はつらいよ』の『おいちゃん」死す」と、どの新聞にも掲載されていたが(「下条正巳」の名前より大きかった)、これがもう、二つの点で違和感ありまくりである。
 一つは、一作目から同シリーズを見ている人にとっては、森川信以外に「おいちゃん」はありえないという点だ。トラブルメーカーの寅さんを怒鳴りながらも、亡兄の忘れ形見を半端者にしてしまったという負い目を感じさせる演技は、森川信にしか出せない。その意味では二代目おいちゃんの松村達雄とともに、ワリを食った人ではあった。
 これだけでは下条さんが大根であったように聞こえてしまうが、そうではなくて、下条さんには確かに「おいちゃん」のような好々爺然とした役も多かったが、役者としての本領は、別のところにあったのではないかと思うからである。これが第二点の違和感。何度かヤクザ役も演じているのだが、そのときの眼光の鋭さ、陰険な笑いなどは、どちらかと言えばこういう役のほうが似合ってるんじゃないかと思わせるものがあった。少なくとも、「おいちゃん」役だけで片付けてよい人ではない(『円盤戦争バンキッド』にも出ていたらしいが、昔、見てたのは確実なのだけれど、「つまんなかった」という感想だけで、あとは全然記憶にない。奥田瑛二が主役だったってのも、かなりあとになって知ったくらいだからなあ)。
 『男はつらいよ』シリーズの呪縛は、未だに出演者を解き放ってくれてはいない。倍賞千恵子も前田吟も、三崎千恵子も吉岡秀隆も、もしかすると佐藤蛾次郎や関敬六、朝丘ルリ子まで『男はつらいよ』がらみでしか語られない場合もある。もしも朝丘ルリ子が亡くなったら、「リリー死す」とでも見出しに出すつもりか。
 「そういう見方でしか映画を見られないのか」と悲嘆するか、「いや、そういう見方であろうと映画を見てくれる」と好意的に解釈するかは人それぞれだろうが、少なくとも前者が少なければ、DVDボックス『渥美清メモリアル 渥美清・もう一つの世界』なんて企画は通らないのである。「俳優・下条正巳死死去」と素直に書けないマスコミの非常識を声高に叫ぶ人がもっといてもいいと思うのだが。

 映画関係のニュースでは『くりぃむレモン』実写化……というのにのけぞる。監督は『リアリズムの宿』の山下敦弘監督。選ばれたのは当然のごとく『亜美』シリーズみたいだ。いくらアニメの実写化がはやりと言ってもそんなもんにまで目を付けるというのは、なんなんだ、と思ったけど、考えてみりゃ、あれが「妹」ブームの元祖なのかも(^_^;)。別に18禁というわけでもなく、一般公開するみたいだし、本当に17歳の女の子使うみたいだから、意外に普通の映画になるのかもしれないけれど、その主演の村石千春って娘、亜美にしてはチトぼーっとした顔しすぎてないかな? いやまあ、「そんなアダルトアニメなんて知らん」と仰る方にはそんなこと聞かれても答えようがありますまいが。一応、参考までに映画の紹介欄を以下に。↓
http://www.fjmovie.com/main/movie/2004/creamlemon.html

 “普通の”(^o^)テレビアニメ関係でも、秋以降の新番組のホームページなどが続々と開設されているが、『焼きたて!! ジャぱん』とか『リングにかけろ』とかのテレビアニメ化にも驚いた。面白くなるのかどうか、トンガッたものになるか、無難なところで治まるか、どうにも未知数で、判断に困ってしまうのである。
 サンデー系なら『ジャぱん』よりも『かってに改蔵』の方をアニメ化してほしかったくらいなのだが(連載終わったけどね)、料理ものアニメは『ミスター味っ子』以来、間隔置いて作られて来てるし、小学館漫画賞は取ったしで、企画が通りやすかったんだろう。それは一応、分かりはする。分かりはするんだけれども、本当に制作会社のサンライズが面白いと思って作ろうとしてるんだろうか、そこがちょっと疑問ではあるのだ。いくら定期的に仕事を取らないと製作プロダクションは経営していけないものだ、とは言うものの、会社が乗り気じゃないと、ロクでもないものしかできないことは目に見えている。原作は料理ものをマンガとして見せるためにかなり「ムリ」をしているので、そのまま引き写しただけじゃ、ただのヘンなアニメにしかならないし、まして声優演技だけに頼って枚数ケチったりすればショボショボになることは明白だろう。これはテレQでも放映するので、一応、その辺を確かめることはできるんだけど、ちょっとばかし不安。
 『リングにかけろ』は……まあいいか。今アニメ化してもファンになる腐女子はいるのだろうなあ。SFファンはどうする?(^o^)


 今日こそ『ケロロ軍曹』を見てやろうと、テレビの前に陣取ったが、時間を間違えていた。朝10時からなのに、10時半からと勘違いしていたのである。おかげで未だに「アフロ軍曹」を見られていないのである。来週こそは。
 昼から福岡市民会館で、舞台『イット・ランズ・イン・ザ・ファミリー』を見る。感想はコンテンツに『そのうち』上げようと思うけれども、いや、スタンディングオベーションのすごいこと。同じ山田和哉演出でも、前回の『GOOD』とは大違いである。レイ・クーニー喜劇の日本化は『君となら』で三谷幸喜が行っており、それが山田氏が最初に演出した舞台だから、「慣れている」と言えば言えるのだろう。
 けれど相変わらず喜劇にうるさいしげは、会場大爆笑のこの芝居にも「つまらなくはないけど、好きにはなれないし、面白いとも言えない」と辛辣。翻訳劇の「ムリ」なところにやたら引っかかってるみたいだけれど、それはないものねだりってものなんだけどなア。


 深夜、WOWOWで『モンキー・パンチ 漫画活動大写真』第1話。あまりおもしろくない短編がいっぱいと、15分アニメ『幕末ヤンキー』に30分アニメ『スパイ貴族』。
 これもアニメーションとして面白いのはオープニングとエンディングだけなんだけど、どの作品も原作読んだことないのばかりだったので、話自体は楽しめた。絵柄としては、これまでのどのモンキーアニメよりも原作の絵柄に近い。『ルパン』もこの絵柄でやってくれるのなら短編だけじゃなくて、ちゃんとした30分ものが見てみたいなあ(不二子の髪形は残念ながらショート・カットバージョンだけど)。

2003年07月31日(木) 女の子がいっぱい/『恋愛自由市場主義宣言! 確実に「ラブ」と「セックス」を手に入れる鉄則」(岡田斗司夫)
2002年07月31日(水) しげ、肉離れ?/『けろけろ 緑の誓い』(矢島さら)/『風雲児たち 幕末編』1巻(みなもと太郎)ほか
2001年07月31日(火) 山田風太郎死す/『新・トンデモ超常現象56の真相』(皆神龍太郎・志水一夫・加門正一)ほか


2004年07月30日(金) 遺産相続って言うのか、こういうのも。

 仕事中に突然、父から携帯に電話が入る。昼日中、連絡を入れてくることは滅多にないのだが、いったいどうしたのかと思ったら、死んだ母の荷物を整理していたら、預金通帳が出てきたというのである。……って、お袋死んだの、平成7年だぞ。今まで荷物の整理ほったらかしてたのか(-_-;)。
 金額はたいしたことなかったらしいのだが、これも「相続」の手続きをしなきゃならないということなのである。「要らないよ、お父さん、貰っときなよ」と言うが、「そういうわけにはいかんったい」と言って父も譲らない。
 「めんどうくさいよ」
 「おれもめんどうくさいばってん、お前に内緒で処分するわけにもいかんめえもん」
 してくれていいのに、と言ったところで聞き入れられそうにないので、仕方なく承知する。ただし、役所で手続きすると言っても、私は昼間抜けるわけにはいかないので、しげに代わりに行ってもらうことにする。
 しげにそのことを伝えたところ、月曜日に父としげとで役所に行く段取りを付けたようだ。「父ちゃんとデートやん、どうしよう。何話せばいいかな」としげは焦っているが、こんな味気のないデートもなかろうと思うのだが。
 ……それはそれとして、しげよ、親父からの携帯の着メロ、よりによってどうして『キューティーハニー』にしたのだ(~_~;)。


 歯医者通い三日目。
 きょうの担当はまた女医さん。治療自体は5分ほどで終わったのだが、いったいいつまでかかるのか分からないのは同じ。けれど「どれくらいかかるでしょうか」ともなかなか聞きにくい雰囲気なのである。それと、マスクをしてモノを喋るのは、もちろんそうしてくれないと困ることではあるのだが、どうも市販のものよりかなり分厚いらしく、何を喋ってるのかよく分からない(~_~;)。「うがいをしてください」ってのも、よく聞こえなくて「うえあいおいえうああい」なんて聞こえるのである。、多分そう言ってるんだろうと類推してうがいをするけれども、これも「今、なんて言ったんですか」とは聞きにくいのである。

 病院を出て、昨日と同じく、しげと食事でもしようと電話を入れたのだが、クスリが効いていて、呂律が回っていない。
 「迎えには来れるか?」
 「……むひ」
 そりゃ、軟膏だ(-_-;)。本人は「ムリ」と言ったつもりなんだろうが、そう聞こえたことに気づいているやらいないやら。少し時間を置いたほうがよさそうなので、一旦帰宅することにする。
 博多駅で買い物などをしていると、結構時間を食って、帰宅したのは七時すぎ。しげはちょうど起きたばかりだった。どこに食事に行きたいかを聞いたのだが、またまた愚問であった。
 夕食は「焼肉屋さかい」で焼き肉。しげにはロース、ハラミなど。焼き野菜の盛り合わせを頼んだら、珍しくもイモが付いてくる。しかも角切りで、やや大きめ。以前はなかったメニューだが、焼き芋ってオヤツの感覚だから、あまり野菜を食べてるという気がしない。それに石焼き芋と違って蒸さないから、表面がコゲても中まで火が通りきれないのである。ナナメ切りにしてくれてたらよかったのだが、それだとイモがすぐに崩れてしまいそうだ。企画としては面白いが。ちょっとハズレじゃないかな。

 しげは今日、定例の通院日だった。
 毎回、どんなことをカウンセリングの先生と話してるのか、報告を聞くのだが、今日は先日見た「ブルース・ブラザース・ショー」について熱く語ったそうである(^_^;)。まあやっぱり「魂が篭ってない!」旨、トウトウと語ったそうなのだが、カウンセリングの先生、どんな気持ちで聞いてたんだろうか。


 今日も元気に泳ぎ回っているウチのカメ二匹だが、買ってきた時よりもやや大きくなってきたようだ。と言うか、片方がもう片方よりちょっとばかしデカくなってしまったので、ああ、ちゃんと育ってるんだなあと判るようになったのである。小さいほうは臆病で、水槽の中に置いた島の中に隠れて出て来ないことも多いので、エサを食いっぱぐれることが多い。できるだけコイツが泳いでるときにエサを撒くようにしてるんだけど、撒いた途端に逃げだしちゃうから、その隙にもう一匹が寄ってきてあらかた食べ尽くしてしまうのである。何とか対策を講じないといけないのだが。
 でもおかげで2匹の個体の区別がつくようになった(~_~;)。大きい方が「亀吉」で、小さい方が「亀太郎」である。名字の方は未だに掲示板で募集中なのだが、いいのが多くて迷っているのである。まあ、来週くらいまでには決めようと思っているので、考案中の方はお早めに(^o^)。

 水がかなり汚れてきていて、ポンプで入れ換える程度では濁りが取れなくなってきている。やはり下の砂からケースから、全部大洗いしなければいけないようなので、亀吉亀太郎を一時期洗面器に非難させて、風呂場にケースを持ちこんでジャブジャブ洗う。亀の生臭い匂いが風呂場に充満して、しげは「クセ〜!」と鼻をつまむが、生き物が臭くなるのは当たり前である。こういうのをイヤがってちゃ、生き物を飼う資格はないだろう。……なんかこの「資格」とか「覚悟」ってコトバ出すと、すぐ「固いヤツ」とか言われちゃうんだけど、そんなん何もなくて簡単に生き物を捨てたり死なせたりするような糞野郎よりゃマシってもんであろう。
 水中モーターも中からキレイに洗って、消臭剤も入れたから、水は一気に透明になり、匂いも薄くなった。亀吉亀太郎もスイスイ泳ぎ出した。……長生きしてくれるといいなあ、こいつら。


 迷惑メールチェックに引っかからないメールでも、こりゃちょっと怪しいぞ、というものが少なくないのだが、今日来たメールはこんな内容。

題名: メールもらったので返信します
watanabe haruka
私のパソコンに件名も本文も書いていないメールが来たので
とりあえず返信してみました。
私は女性で渡辺と申します。間違いだったらごめんなさい

 あまりクドクドと書いていない普通の文章なので、一瞬、本当に間違いメールなのか、返信してあげた方がいいのかな、と思ってしまったのだが、よく考えてみれば、空メールに「とりあえず返信」する人間なんているわきゃない。しかも「女性で渡辺」なんて、言う必要もないことだし。
 念のため、ネットで「とりあえず返信してみました」でGoogle検索してみたら、みごとに数十件、ヒットした。もしかして、この手の詐欺にうっかり引っかかっちゃう人もいたらいけないので、私も本文掲載しときます。同姓同名の「ワタナベ・ハルカ」さんには悪いけれど、これは名前隠しちゃいけないと思うから。


 第61回ベネチア国際映画祭のコンペ部門に、宮崎駿監督の『ハウルの動く城』が出品されることが決定。
 ベルリン映画祭、アカデミー賞に引き続き、これも受賞が期待されるわけだけれども、ベネチアはある意味カンヌよりも「新しい才能」を発掘することに熱心な映画祭だから、既に功成り名を遂げている宮崎作品にはちょっと不利かもしれないと思う。


 読んだ本、マンガ、田中芳樹 ・垣之内成美『薬師寺涼子の怪奇事件簿 摩天楼』1巻。
 芦辺 拓・ 宗 美智子『森江春策の事件簿―赤死病の館の殺人』。

2003年07月30日(水) マヌケな人々/『二葉亭四迷の明治四十一年』(関川夏央)/映画『山の音』/『住めば都のコスモス荘』1・2巻(阿智太郎・矢上裕)
2002年07月30日(火) ウチにキンチョールはない。/『ゴーストハンター ラプラスの魔』(安田均・山本弘)ほか
2001年07月30日(月) 八女って全国的にどの程度有名なんだ?/『ロマンアルバム・太陽の王子ホルスの大冒険』ほか


2004年07月29日(木) やっぱり「じゃないですか」はいやじゃないですか。

 歯医者通い二日目。薬を詰めてフタをかぶせて一日経ったら取り、一日経ったら取り、の繰り返しだが、いったい治療に何日かかることやら。
 昨日担当してくれたのは女医さんだったが、今日は若い男の先生。どうやらご夫婦で経営されているらしい。一応、カルテに眼を通してはいるのだろうが、椅子に座るなり、挨拶もなしに「はい、口を空けて」といきなり治療を始めたのには驚いた。愛想がないのは仕事に徹しているせいなのかもしれないけれど、「こんにちは、調子はいかがですか?」くらいは言ってほしいものである。
 折れた歯の根元あたりをドリルか何かでチュインチュインと削られるが、痛みは全くない。薬はよく効いているようである。
 治療が終わっても、先生はやっぱり挨拶なしで引っ込まれたので、どうしていいかわからず椅子に座っていると、看護師さんから、「終わりですよ」と言われた。次にいつ来ればいいのか、何の示唆もないので、「あのう、明日また来ればいいんでしょうか」と聞くと、いかにも当たり前、という口調で「そうですよ?」と返事されてしまった。いや、当たり前と言えば当たり前なんだろうけれど、それでも一応「明日また来てください」とか何とかいうのが普通なんじゃないだろうか。ちょっと通うのが不安になってくるのである。

 病院が終わってしげに連絡を取るが、どうやら寝ているらしく、返事がない。
 仕方なく帰りのバスに乗りかけたところで、電話がかかってきた。「今起きた〜」とふにゃふにゃな声。こうも予想通りたと、意外性がなくて面白味がない。
 博多駅で待ち合わせて、夕食はレストランでハンバーグとか。いや、麻酔がちょっと効いてるのかもしれないが、何食ったかよく覚えてないのである(^_^;)。


 文化庁の「国語に関する世論調査」の結果が本日発表。「檄(げき)を飛ばす」「姑息(こそく)な」「憮然(ぶぜん)とした」などの言葉について、約7割の人が本来と異なる意味で理解していることが判明。
 こういう調査は、たいてい「誤用の多い語」を選んで調査しているので、結果が悪く出るのは当然なのである。だからこの結果のみをもってして、「近ごろの若い者は言葉を知らん」と嘆くのは即断に過ぎるのである。
 第一この手の誤用は、若者だけじゃなくて、トシヨリにだっていくらでもいるんだから(^o^)。言葉の意味は時代の変遷に従って様々に変化するのは必然である。辞書引いたって、「【意味】〜、または〜」とか、「【意味】〜、転じて〜」とか、長い歴史の中で意味が一定ではなかったことを示しているものはたくさんあり、誤用の方が世間に浸透してしまって、本来の意味が失われてしまった場合だって、枚挙に暇がない。
 シティボーイズのスケッチで、大竹まことが「『カンペキ』の『ペキ』って、『壁(カベ)』だよな?」と言うと、みんないっせいに「そうそうそう」と頷き、いとうせいこうだけが「カベじゃないですよ、下が『土』じゃなくて『玉』ですよ(璧)」と主張するのに、相手をしてもらえない、というギャグがあったが、気がついたら、正しいことを言ってるのは「あなただけかもしれません」という事態に陥っていることは容易に想像できるのである。
 だから、正答も誤答もいっしょくた、というのでは意志の疎通ができなくて困る、なんとかして「正しい」日本語を浸透させないと、という主張をされる方の「焦り」も分からないではないのだが、だとしたらこんな大雑把な分析ではなくて、一つ一つの語について、この変化はなぜ起こったのか、それは本当に「ゆゆしき」事態なのか、許容されるべき変化なのか、詳細に検討を加えないことには、なかなか判断もつくまいと思うのである。

 調査は、全国の十六歳以上の男女三千人を対象に、個別面接形式で行われている。
 六つの慣用句について、それぞれ、本来の意味、それと違う意味を含む五つの選択肢から選んでもらう形だが、その選択肢の内訳は、「正答」、「誤答」が一つずつ、残りは「両方」「この二つ以外」「分からない」となっている。

《慣用句等の理解度》
(○は本来の意味、△は違う意味。数字は%)
「檄を飛ばす」
 ○自分の主張を広く知らせる 15
 △元気のない人に刺激を与える74
「姑息」
 ○一時しのぎ        13
 △ひきょうな        70
「憮然」
 ○失望してぼんやりしている 16
 △腹を立てている様子    69
「雨模様」
 ○雨が降りそうな様子    38
 △小雨が降ったりやんだり  45
「さわり」
 ○話などの要点       31
 △話などの最初の部分    59
「住めば都」
 ○住み慣れれば住み良く思う 96
 △住むのだったら都会が良い 2

 この調査をする前に、まず、これらの言葉を「知っているか」「使ったことがあるか」その「浸透度」自体を調査しないとデータとして不充分だと思う(どういうわけだか文化庁は、これらの言葉については浸透度を調べず、他の慣用句、「取り付く島がない」「押しも押されもせぬ」「的を射る」についてだけ、浸透度を調べている。これらの三つの慣用句については、「使わない」という回答が若者の10%を越えているが、これを多いと見るか少ないと見るかは微妙なところだ。どっちにしろ、これらの言葉も「誤用」が多いことでは有名である。「取り付く島がない」は42%が「取り付く暇がない」、「押しも押されもせぬ」は51%が「押しも押されぬ」、「的を射る」を「的を得る」と誤用していた人は54%に上る。これは意味の誤用ではなくて、言葉遣いの間違いだから、会話中、意味が伝わらないわけではない)。
 いったい日常生活でどの程度これらの言葉が認識されているか、客観的に判断することは難しいのだが、なんとか類推することができなくもない。少なくとも正答率の高い、「住めば都」などは日常会話の中でも結構頻繁に使うことがあるのだろう。転勤や引っ越しの経験のない人の方が少なかろうし、これなどは「生活密着型」の慣用句と言える。
 あとは軒並み誤答率の方が高いが、正直な話、どれも「聞いたことも使ったこともない」人が結構な数でいるのではないか。そういう人があえて選択肢の中から答えを選べば、例えば「檄」と「激」を取り違えて、「刺激を与える」と誤答してしまう可能性は高い。素直に「分からない」と答えた人もいるかもしれないが、なんとなく聞いたことがある、程度なら、人はこれが正答だ、というものを語感のみで答えてしまうものである。だいたい、こういう言葉を「使ったことがない」人にとっては、その言葉の意味が何か、なんて「どーだっていいじゃん」の世界なのである。なんでもかんでも「どーだっていい」で済ましてたら、その人本人が「どーだっていい」存在であることを公言してるのも同然だと思うのだが。
 そういうコトバとアタマの不自由な人は別として、思い込みで誤った使い方をしている人はどうしてなのか、ということなのである。言葉は当然、「誰かが使っているのを聞いて」、覚えていくものだから、「そのように勘違いしてもおかしくない状況」が、本来の使用法の中にも存在していた場合だってありえるのではないか。
 そう考えると、「檄を飛ばす」の誤用も、あながち完全に間違いとは言えないことが見えてくる。「檄文」を飛ばさなきゃならないということは、それだけ世間の人々が沈滞していて、自己主張できないでいる状況が往々にしてあるということでもある。だから、「檄文」に「元気のない人に刺激を与える」効果があることは充分考えられることなのだ。「檄」と「激」の類似による勘違いだけではない。
 「姑息」についても、一時しのぎの手段を卑怯な手段として糾弾することは別におかしいことではない。三谷幸喜の『その場しのぎの男たち』の登場人物たちは、「一時しのぎ」でもあり「卑怯」でもあった。この転用は容易に起こり得るのである。
 「憮然」の「憮」の字は、字面通り、「心」が「無い」様子である。本義は確かに「がっかりしてぼんやりしている」ことだが、既に転じて「不満を感じながらどうすることもできず押し黙るさま」との意味で使用される場合が多く、「旺文社国語辞典」(第九版)では、その意味も併記されている。ここから「腹が立っている様子」まで辿りつくのはもうすぐだ。
 つまりこれらの誤用は、実際の場面で誤って使われていても、その誤りに気がつかないことも多いと考えられる。「あの人、憮然としているね」と言った場合、ともかく「押し黙っている」点では同じだから、「ぼんやりしている」とも「怒っている」の両方に取れる場合がありえる、ということだ。だから、選択肢を「押し黙っていること」と「おしゃべりなこと」とでもすれば、これは正答率が一気に上がるに違いない。つまり「腹を立てている」を誤答とするのは、「細かいニュアンスの違い」までを問題にした場合に限る、ということになるのだ。
 それに対して、「雨模様」と「さわり」の誤用は、正答率との差が近いこともあって、誤用されては困るたぐいのものである。本来の使用法の中に、誤用の可能性もあまり認められない。だから、意味を正しく認識している者とそうでない者との間で、「雨模様だし、早く帰ろうよ」「え? まだ降ってないよ?」とか、「サワリだけ話してよ」「だから最初から話してるじゃない!」と、トンチンカンな会話になる可能性もある。「小春日和」を「春」のことと勘違いするのと同様、「雨」という単語が入っているために、もう雨が降っているものと勘違いし、「触る」という言葉は次にさらに何か具体的な行動に出ることを予想させるから(「つかむ」とか「もむ」とか(^o^))、「最初だけ」というように勘違いしてしまうものであろう。これらの誤用は、実際に正しく使われている状況を経験していれば、間違える危険は少ないはずなのだ。……死語になりかけてるのかなあ、「雨模様」も「さわり」も。
 じゃあ、誤用をなくすにゃどうしたらいいかと言うと、これ、「間違った言葉遣いをしてる人間を馬鹿にする」しかないんだよね。まあ、角が立たないように優しく注意する、という方法を認めないわけじゃないんだけど、それこそ経験者には分かるだろうが、言葉を間違えて「恥をかいた」経験がないと、人は学習しないものなのだ。優しく言っても忘れるだけだし。私も、高校のころ、“danger”を「ダンガー」と読んで大恥かいた記憶は、今でも忘れられないのである(もちろん、『帰ってきたウルトラマン』に出てきた怪獣「ダンガー」と取り違えたのである)。
 2ちゃんねるで「ガイシュツですが」が流行したのはもう何年も前だが、恐らく最初に「既出」を「ガイシュツ」と読み間違えて馬鹿にされた人は、2度と言い間違え、書き間違えすることはあるまい。ちなみにしげは今でも「示唆」を「ししゅん」と読み間違えています。私が優しく言っても全然訂正できないので、みんなでしげを馬鹿にしてやってください。

 調査では、「新しい表現」として、「若者言葉」の浸透度も同時に調べているのであるが、こちらはより厄介である。なにしろこれは既に「間違い」とは言えなくなっているのだから。
 「何気なく」の意味で「なにげに」を使う人が24%、「すごく速い」と言わずに「すごい速い」と使う人が46 %。「一歳年上」を表す「一コ上」は51 %、「チョー」(とても)は21%、「むかつく」は48 %となっている。こんなのも私にはムリをしないと全く使えないのだが、若い人はおろか、大人にも既に違和感はなくなってきつつあるのだろう。全て前回調査より使用率がアップしている。
 佐藤雅彦の『毎月新聞』の中で徹底的に批判されていた「じゃないですか」の浸透率も高い。相手に確認を求める必然性もないのに、「歯をみがくじゃないですか。その前に……」のような使い方をされても、「なんで『歯をみがく前に』と短く言えんのだ」と腹立たしいだけなのだが、これも前回調査の13%から19%に増えている。「じゃないですか」という表現が間違いなのではなく、どうして使う必要がない時にまでいちいち「じゃないですか」と言わなきゃならないのか? これもやはり、現代人の不安神経症の表れと言えるかもしれない。人間関係が希薄になっているから、些細なことでも確認を取らないと落ちつかなくなってしまっているのである。しかし、言われた方は、「アンタ、そんなに私との間にカベ感じてたの」と、逆に相手との距離をむりやり認識させられるわけだから、不愉快な気分にさせられて仕方がない。
 ところがねえ、六十歳以上のひとでもねえ、8%の人が「なにげに」、20%が「一コ上」、34%が「すごい速い」などの表現を使うと回答してるのよ。その理由を文化庁の国語課は、「こうした言葉が高齢者にも広がったのは、若い人たちとの会話で使わないとコミュニケートできないということも影響しているかもしれない」と分析してるんだけど、そうかもしれないねえ。哀しいけどその気分、わかんなくもないから。私も、「てゆーかあ」とか「〜してるし」とか、無理して使ってるし。でないとホントに私の言葉って、固くなっちゃって、若い人には読みづらかろうし、自分で読んでてもつらくて仕方がなくなることだってあるのだ。
 でも、「ムカツク」とかは生理的嫌悪感が強くて、どうしても使えない。てゆーかあ、「ムカツク」気分とかあ、心の中に存在してないから? 使いようがないってゆーかあ(「怒り」の感情がないんじゃなくて、それを腹にためこむような「ムカツク」気分にはならないの)。
 まあ、これはよくてあれはダメ、という基準は、意志の疎通がどの程度可能か、という点にあるのだけれど、これには感覚的なものも多分に作用しているので、どうしたって明確な境界線が引けるものではない。結局は「時代の推移」を見て判断していくしか仕方がないのだが、そうなると言葉遣いについてはオールドタイプである私などは、他人と会話すること自体、だんだんイヤになってしまうのである。
 ……だから、私だって、毎度毎度「その言葉遣い間違ってるよ」って指摘ばかりしてたかないんだってば。私が他人のコトバの揚げ足取りがやたら好きなヤツだとか思ってたらとんだ誤解だ。そんな、周囲のヘンな言葉遣いをいちいち訂正していったら、あまりに量が多すぎて、仕事もなにもできゃしない。私ゃ9割方のイカレた言葉遣いを見逃しているんだって。ただ、どうしても「今言ったの、これこれこういう意味?」と聞き返して確認しなきゃならないことがあって、それが人によっては「イヤミ」と取られてしまうことがあるのだ。
 だから、自分の言葉遣いの方がヘンだって可能性も少しは考えてほしいんだけどねえ。

2003年07月29日(火) ちょっとだけギャグの話/『キャラクター小説の作り方』(大塚英志)
2002年07月29日(月) 肉は血となり肉となる/『砲神エグザクソン』5巻(園田健一)/DVD『マジンカイザー』6巻ほか
2001年07月29日(日) いっじわっるはっ、たっのしっいなっ/『竜が滅ぶ日』(長谷川裕一)ほか


2004年07月28日(水) 会話のナカミがウスくったっていいじゃないの……ねえ。

 自分がオタクであるかそうじゃないのか、ということをいちいち気にするこたあないと思うのだけれども(そんなもんでアイデンティティーが左右されるなんて考えていること自体、情けないのだが)、ふと日常のハザマで、そういう自分の業と言うか性(さが)と言うか、自らのあり方を問われるような瞬間に出くわすことはあるものだ。
 例えば仮に、電車の中で、向かいに座ったいかにもなバカップルが、こんな会話をしていたと、ご想像いただきたい。
「ねエねエ知ってる? 『ドラえもん』のしずかちゃんの名字」
「え〜っ? 知らない〜。アンタ知ってんの〜?」
「知ってるよ〜。常識だよ〜」
「何ナニ、教えてよ〜」
「あのね〜、『ミヤモト』って言うの。宮本武蔵から取ったんだよ」
「わ〜スゴ〜イ、アンタもの知りなんだ〜♪」
……どうでしょう、あなたがしずかちゃんの“本当の”名字をご存知だとして、あなただったらここで、たとえ向かいにいるのがアカの他人であったとしても、何かヒトコト言ってやりたいという衝動にかられないでしょうか。
 ……ちょっと以前にも、こういうことがあった。
 劇団の練習中、雑談で手塚治虫の話題が出た時に、今や「歩く無知」が代名詞となっているところの穂稀嬢(ハカセ)が、これなら私も話題に乗れる、とばかりに嬉々としてこう言ったのである。
 「私も見てましたよ〜、『ふしぎなメルモ』」
 こりゃまた、えらく古いアニメを知ってるものだなあ、そのころハカセ、生まれてたっけ? もしかして再放送で見たのか、あるいはリニューアル版のことだろうかと思って、聞いてみた。
「どんな内容だったか覚えてる? キャンデー嘗めたらオトナになったりコドモになったりするんだけど」
「え〜? そんなんでしたっけ? 私が見てたメルモは女の子と友達になる話でしたけど」
 はて、そういうエピソードもあったっけ? と首を傾げていたら、続けて穂稀嬢、こんなことをホザきやがったのだ。
「あれでしょ、メルモって、『トンガリ帽子』をかぶった」。
 ……はい、みなさん、ご一緒に。

「それは『トンガリ帽子のメモル』だっ!凸(`△´+)」

 まあ、穂稀嬢のような女の子が近くにいる場合にはこういう経験はしょっちゅうするのだけれども、まさか職場で似たような目に合うとは、予想もしていなかったのである。ここからが本題。

 今日、昼休みに、同僚の二人がこんな会話をしていたのである。一人は30代半ばの男性Aさんで、もう一人は20代後半の女性Bさん。ちなみにAさんは、以前私に、「六月ってこんなに雨が降ってるのにどうして『水無月』って言うんですか?」と質問してきた人だ。
 A「……『ムーミン』好きでしたねえ、アニメ、よく見てましたよ」
 B「私、まだ生まれてなくて、アニメの方はよく知らないんですよ。原作は1冊だけ読んでるんですが」
 A「原作読んでるだけですごいですよ。私はアニメだけですから。ちなみに好きなキャラクターは何ですか?」
 B「やっぱりスナフキンですね。Aさんは?」
 A「私はノンノンです」
 B「ノンノン?」
 A「ノンノン知りません? ムーミンの彼女ですよ」
 B「それって、『スノークのおじょうさん』のことですか?」
 A「スノークは男ですよ! ノンノンはスノークの妹です」
 B「だからそれがスノークのおじょうさんじゃ……」
 A「Bさん、ヘンですよ。スナフキンやスノークを知ってて、ノンノン知らないなんて」
 B「でもノンノンってキャラクター、原作には出てこなかったような」
 A「ノンノンはあれですよ、ムーミンと同じで『カバの妖精』で」

「カバじゃねえ、あれはトロールだ!」と心の声が爆発した。
 ここでついに私がガマンできなくなってしまったのも、どうかお察しいただきたい。私はできるだけさりげなく、声にトゲが混じらないように優しく、二人の会話に割りこんだ。

 私「『ノンノン』ってのは『スノークのおじょうさん』のことですよ」
 B「やっぱりそうなんだ! ……でもどうして名前が違うんですか?」
 私「『ムーミントロール』や『スノーク』っていうのは個人の名前じゃなくて、種族の名前なんです。彼らは固有の名前というものを持ってないんですよ。だからムーミンパパに子どもができる前は彼がムーミントロールで、今のムーミントロールに子供ができたら、今度は彼がムーミンパパになって、その子どもがムーミントロールになるんです」
 A「じゃあ、『スノークのおじょうさん』と言うのはスノークの娘ですか?」
 私「『おじょうさん』というのは『実の娘』という意味じゃなくて、スノーク一族の女の子、くらいの意味です。『スノーク・フローレン』ですね。アニメにする時、名前がないのは日本人の感覚としてはおかしいからと言うんで『ノンノン』という名前を付けたんです」
 B「じゃあ、スナフキンというのも種族の名前なんですか?」
 私「いえ、あの一族には個人名があるんです。ミムラ、ミイ、スナフキンは兄弟です」
 B「あの3人、兄弟だったんだ!」
 私「原作の設定ではですね。これ言うとびっくりされること多いんですけど、実はミイのほうがお姉さんです」
 B「……逆に見える」
 私「それから、『スナフキン』というのは英訳された時の名前で、フィンランド語の原音では『スヌスムムリク』と言います」
 A「……そっちの名前じゃ、アニメには向かないですねえ」

 後半は完全に知ったかぶりのサロンの馬鹿になり果ててしまったが、Bさんに「スナフキンの本名が分かってよかった!」と喜んでもらえたのでヨシとしよう。もちろん、「ムーミンはカバではない」ことも強調しておいた(~_~;)。
 別に、知り合いであろうとなかろうと、間違いを訂正しなきゃならない理由はないのである。仕事上のミスとかじゃなくてただの雑談なんだから、「真実」を追い求めなきゃならないほど切実なことでもなんでもない。
 それどころか、こんなお節介ばかりしていると、間違いを指摘されたことで逆に立腹されてしまうことだってある。たとえそれが些細なこと、マンガやアニメの話であったとしても、人によっては「恥をかかされた」と思いこんでしまうこともあるのだ。ヘリクツをこね、ムキになって反駁してこられたり、高慢だの差別的だのと見当違いな誹謗中傷を浴びせられたりすることもある。余計な口出しをしない方が無難だし、リコウな生き方なのである。そんなこたぁ、わかっちゃいるんだ。わかっちゃいるんだけどよう(T∇T)。
 オタクかどうか、というよりも、まだまだオトナになれてねえよなあ、オレ、っていうのが今日の感想でありました。マル。


 放置するわけにもいかないやな、と覚悟して、仕事帰りに歯医者へ。
 以前通ってた歯医者は、知り合いのところではあるんだけれどもヤブで(-_-;)、歯石取り損ねて前歯全部に傷つけてくれたんで見限った。だいたい今度歯が折れたのもその傷が遠因になってるのである。
 職場から歩いて3分のところに歯医者があったので、飛びこみでそこに行く。田舎の歯医者で街道からも逸れたところにあるので、客は少ない。そう待たずに診てもらえたが、レントゲンを撮ってもらうと確かにこのまま放置していると黴菌が入りこんで化膿する危険がある、ということである。さっさと剥き出しの神経を取っちまって、上から固めたほうがいいらしいのだが、糖尿なので一日で処置してしまうのはあまりよくないとか。しばらく通って、少しずつ神経を取っていくことにする。


 博多駅の紀伊國屋でDVDと本をいくつか購入。
 DVDは『鋼の錬金術師』7巻や、『ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL』7巻(完結)など。

 今日読んだ本、縄田一男『捕物帳の系譜』。
 マンガ、石ノ森章太郎『二級天使』(珈琲文庫)。
 鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』1巻(秋田文庫)。


 朝DVDを仕掛けておいたあにまる屋のアニメ『フイチンさん』を見る。
 『メアリー・ポピンズ』に代表される「お手伝いさん」ものと言うか、あるいは佐々木邦の『苦心の学友』に代表される「学友」もののバリエーションと言うか、昔はよく見かけたけれども、最近のマンガ、アニメではなかなか目にすることが少なくなったジャンルであるが、これがもう何とも言えないくらいに見ていて落ち着くのである。
 作画も、原作の線を崩すことなく、また単調な構図に陥ることもなく、「アニメだなあ」と感嘆のタメイキが洩れるくらいに美しい。昭和30年代、40年代のマンガをアニメ化したりリメイクしたりするときには、本当にその時代の精神を「現代にも通用する普遍的なものとして」映像化しようとする姿勢が必要なんじゃなかろうか。今川泰宏版『鉄人28号』にいささかの不満が生じるのは、なにかしら「余計な解釈」が混じってしまっているせいだと思うのである。


『スター・ウォーズ』エピソード3の正式タイトルが『Revenge of the Sith(シスの復讐)』に決定。最近、エピソード6『Return of the Jedi』の邦題が、『ジェダイの復讐』から原題通り『ジェダイの帰還』に改められていたのも、これの伏線だったというわけである。
 『スター・ウォーズ』には全くハマらなかった、と、これまで日記に何度も書いてる私であるが、好きなキャラクターがいないわけではない。『帝国の逆襲』でのヨーダなんかも人を食った態度が相当好きではあるのだが、やっぱり銀河皇帝パルパティーン(イアン・マクダーミド)と、ドゥークー伯(クリストファー・リー)の二人なくして、スターウォーズ・サーガはありえない、というのが悪役絶対主義者である私の主張なのである。ダース・ヴェーダーはどうなんだって? だってアイツ、結局日和るから(^o^)。
 タイトルから言っても、また、エピソード4への繋ぎという意味を考えても、今度のエピソード6に期待したくなるのは当然なのである。だいたい正義のヒーローなんて、一本調子の馬鹿ばっかりなんだから、権謀術数、知能と謀略の悪役の方に憧れるのは当然なのである。
 ……いや、だから自分にないものを求めるから「憧れ」になるんであって、私個人は悪事に手を染めるようなことはナニモしてませんからね、念のため。


 映画の話題、もう一つ。
 当初、スティーヴン・スピルバーグが監督する予定で製作に入っていたけれども、『シカゴ』のロブ・マーシャル監督にバトンタッチされることになった、フジヤマ・ゲイシャ映画『さゆり』のヒロイン候補に、『グリーン・ディスティニー』『ラッシュアワー2』『HERO』のチャン・ツィイー(章子怡)の名前が挙げられているそうな。
 しげがまた嫉妬するとイヤなので、あまり大きな声では言えないが、チャン・ツィイーは、最近の女優さんの中では“かなりの”お気に入りなのである。中国映画、香港映画の女優さんというのは、まあ美人さんは多いのだけれども、どの映画に出ても似たような使い方をされることが多いし、ちょっとトシ食ったらすぐにワキのどーでもいいような役に回ってしまって、あまり長続きしないことが多いので(ジョイ・ウォンが四十にもならないうちに引退するとは思わなかったよ)、ファンになりがいがないのである。
 アクションがスタントなしでも結構こなせることがチャン・ツィイーの強みではあるのだが、出る映画、出る映画、ひとクセもふたクセもあるのが小気味よいのである。公開待機中の映画が数本あるが、古典アクションで金城武と共演する『LOVERS 十面埋伏』、カンヌ映画祭で話題を呼んだキムタク主演『2046』、鈴木清順監督久々の新作の『オペレッタ狸御殿』と、殆ど節操がないと言うか、イロモノに果敢に挑戦している印象すらある。そこに『さゆり』が加わるとなると、ヘタすりゃ致命的に評判を落とす危険すらある。こうもあの企画この企画と飛びついているのは、果たして熟慮の結果なのか、それとも逆に何も考えていないのか、それは分からないけれども、こういうデタラメな女優さんこそ応援したくなるのは、オタクの人情というものであろう。ホレ、押井守が佐伯日菜子に入れこんでたのと同じような心境なんですって。……譬えが分かりにくいか。
 『オペレッタ狸御殿』でも日本語の歌を歌ってるそうだが、『さゆり』は完全な日本人である。『キル・ビル VOL.1』のルーシー・リューのカタコト日本語みたいになる可能性は頗る大なのだが、「それが楽しい」という映画の鑑賞の仕方だってあるのだ。「映画・ドラマのトンデモカタコト日本語」なんてサイトを誰か作ってたら、きっと大人気になると思うんだがね(私は疲れるので作りません)。なんにせよ、チャン・ツィイーがオーディションに合格しますように。マーシャル監督、よろしく頼みますよ。


 1988年に起きた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の実行犯の一人で、服役後、今年になって別の監禁事件を起こして再び逮捕された会社員、神作譲被告の初公判が東京地裁で行われた。
 これまでの報道では、今年の4月に、被告の知人の男性が、自分が好意を寄せている女性と交際しているのではないかと思い込んで、男性を脅したときに、自分の起こした女子高生殺人事件を持ち出して、「おれは少年の時に10年懲役に行った。女を監禁した」とすごみ、「女を取っただろう」といいがかりをつけて、車のトランクに押し込んで、スナックに約5時間監禁して、暴行を加えた、ということになっている。
 公判で被告は起訴事実自体は認めたが、「脅迫のせりふは言っていない」と主張している。
 ……いやね、脅迫の言葉を言おうが言うまいが、監禁した事実は事実なんだから、なんでここだけ否定するのかね、そこんとこがなんだかよくわからないんである。この程度の否定で、罪が軽くなるものなのかね? あるいは本当にそんな言葉は吐いてないのかもしれないが、じゃあどうして被害者の男性は被告に前科があることを知ったのか、それもよくわからない。まあ、更に「知人」の誰かがこっそり男性に耳打ちしていたのかもしれないけれどもね。
 この事件でまた、「加害者に厳重な刑罰を」という世間の主張は高まると思うが、だからと言って、刑法が改正される見込みはあまりないと思うのである。例えば少年犯罪の増加に伴って、少年法は確実に厳罰主義に傾いていて、改正もされているのだが、結果は犯罪の低年齢化を招いただけだった。これが「人権派」の「厳罰主義は犯罪の抑止力にはならない」という主張の根拠ともなっている。
 私に言わせれば、少年法が存在していること自体、ナマヌルイんであって、小学生だろうが幼稚園児であろうが、犯罪者は犯罪者として処断しなきゃ厳罰主義とは言えんだろう、赤ん坊がナイフを振りまわして、誤って人を刺し殺したら過失致死罪に問え、そこまでやらなきゃ本当の意味で犯罪を抑止する効果はない、と思っているのだが、そこまで言うと「何もそこまで」と尻込みして「加害者擁護」に回ってしまう人が多いのである。所詮、このクニの人たちは、自らも悪に徹して悪を処断する勇気も覚悟もありゃしない。トホホだよ。
 もちろん、神ならぬ人間に、人間を裁ける権利などない。いや、私は別に神を信じちゃいないが、人間が人間を裁くことがどれだけ傲慢なワザであるかは承知している。しかし我々はあえてその「神の代理」たる傲慢を行わなければならないものなのだ。治安がどうの、という問題を言いたいわけではない。社会は人間が存在しなければ成立しえないが、社会を成立させるためには人間の外に人間を越える「何か」が存在しなければならない、ということなのである(宗教でならそれは「神」になるし、一般的には「法」がそれを代行している)。「憎むな、殺すな、赦しましょう」の月光仮面だって、どくろ仮面を殺しているのだよ(相変わらず譬えが古くてすまないねエ)。
 ここは、死刑囚の死刑執行ですらためらわれるクニである。みんなで犯罪者を人権擁護の美名の陰に隠し、ヌクヌクと成長させながら、その事実から眼を背けている国である。これももう何度も書いてることだが、よっぽど残忍で残虐で目を覆いたくなるような犯罪でも起こらない限り、何も変わりゃしないって。

2003年07月28日(月) ついに出ますよ、アレが/『タク坊の毎日』(中川いさみ)/『最良の日、最悪の日 人生は五十一から◆戞幣林信彦)
2002年07月28日(日) 台本書いてると仕事してる気になるなあ/『アベノ橋魔法☆商店街』2巻(完結/出口竜正)ほか
2001年07月28日(土) アイ・ラブ・アッシー。……違うって(-_-;)/『スーパーロボットマガジン』第一号ほか


2004年07月27日(火) だけーどボクにゃ前歯がないよ、虫歯の虫〜に食べられた♪

 昼間、突然しげからメールがある。ちょうど仕事の合間だったからよかったが、そろそろ『帰ってきたヨッパライ』をCメールの着メロにするのはやめようかと思う。
 内容は「今日、早く帰れない?」というもの。いきなりそんなことを言われても困るが、いったいどうしたのか聞き返してみると、「寂しいと」と一言。また持病の鬱が始まったらしい。とは言え、仕事がひと段落するには、もうしばらく時間がかかる。
 なんとか都合をつけて早引けすることにして、しげには「3時まで待て」とメールをする。ばたばたと仕事を片付けたのがちょうど3時。追い立てるようにしげから「今着いた」とのメール。駐車場に出てみると、待ち伏せていたようにしげの車が停まっている。
 車に乗りこんでも、しげは口を尖らせてモジモジしているばかりなので、「なんかあったのか?」と聞くが、はかばかしい返事をしない。いつものことだが、急にそんな気分になっただけらしい。「こういうのは困るぞ。しょっちゅう休むわけにはいかないし」と言うと、「わかっとう」と言って、涙目になる。これ以上は何か言っても無意味なので、ともかくどこかに食事に行くことにする。
 食事をする前に銀行に寄ってくれ、と頼んだら、ダイヤモンドシティまで連れて行かれた。「ここなら銀行も食事もいっぺんに行けるから」というのだが、あちこちうろつき回るだけで神経が疲れてしまうと言うのだから、かなり煮詰まっているのである。

 フタバ図書で、コミックスなど数冊を買う。
 しげはこないだ月嶋つぐみの『天使的探偵団』を読んで以来、「こいつらの人間関係はどうなってるんだ〜!」と喚いている。実はこの作品には『殺し屋田中一郎』という姉妹編があって、そちらとキャラクターの一部がリンクしているのである。『天使』を読んだだけではその人物相関図がよく分からないので、しげはあちこち本屋を回っては『田中一郎』シリーズを探していたのである。
 「そんなにこのマンガ面白かったか?」
 「うんにゃ。でもよくわかんないところがあると気になって仕方がないんだよう!」
 ……その反応は「鬱」というよりも「躁」なんじゃないのか(~_~;)。
 秋田書店のサスペリア・ミステリーを置いてある本屋自体少なくて、途方に暮れていたのだが、さすがフタバ図書、全6巻が見事に揃っていた。まあ、買いはしたけど、こういう買い方って、相当なムダガネ使いである。ケチなしげがそれでもほしがるのだから、やっぱりしげは今、躁状態にあるのである。

 ワーナーマイカルの前のフードコートで、食事。買ったばかりの『ガンダムエース』にかかっていたヒモを噛み切ろうとしたら、突然、歯が折れた。前から上顎の糸切り歯が虫歯になってはいたのだが、こんなに簡単に折れるとはなあ。よく見ると歯のウラにポッカリ穴が空いていて真っ黒。オモテからその「黒さ」が透けて見えるほどである。相当放置してたせいだろう、と言われそうだが、前にかかってた歯医者がヤブで、歯石を取ろうとして、歯の根元を削りすぎて折りかけたことがあるのだ。これはそのときの適当な治療が尾を引いているのだろう。
 痛みも特になかったのだが、しげの方が慌てふためいて奇声を上げる。
 「病院に行きぃ!」
 「そうだな、そのうち行くよ」
 「明日行きぃよ! 黴菌が入って死ぬよ!」
 その危険がないわけではなかろうが、それにしても慌てすぎである。なんでも、しげが学生のころ、本当に虫歯の毒が脳に回って死んだ先生がいたらしい。別に私は歯医者嫌いではないので、通院するに吝かではないのだが、そう煽られるのもかえって行きにくいものである。
 映画を見ようかと思ったが、しげが特に見たいというほどのものがない。『マッハ!』も『セカチュー』も『ハリポタ』も、昼間から1800円もかけて見たくはないと言う。仕方がないので帰宅。
 帰りに「グッデイ」に寄って、カメの抗菌・消臭リキッドなどを買う。カメが休むのにちょうどいい岩の置物などはないかと探しているのだが、適当なものがない。時間がか買ったので、駐車場で待たされていたしげ、ますます落ちこんでいる。「オレよりカメが好き、オレよりカメが好き」とブツブツ恨めしげに呟いている。恨み節を口にしているうちは、しげの鬱もたいしたことはなかろう。


 酔って階段から転落して入院中だった中島らも氏が、26日に死去。享年52。
 こないだ事故のことを日記に書いた時に、何となく感じてはいたのだが、こういう時の予感は往々にして当たる。多分、事故のニュースを聞いたらもファンの大半がそう思ったに違いない。こんなことなら、裁判で実刑くらってた方がよかったんじゃないか、というご意見もあろうが、「更生」したらも氏などらも氏ではないのは、以前も日記に書いた通り。そうなるべくしてなったのである。運命にとやかく文句をつけたところで、やるせないばかりである。
 らもさんについては、これからいろんな人が語るだろう。わかぎえふさんはもとより、シティボーイズのみなさんも、竹中直人さんも、いとうせいこうさんも、いつかどこかで、何かを語ると思う。けれど多分、その誰一人として、自分がらもさんの本質を本当に語れるとは思わないに違いない。エッセイストだったり作家だったり、ミュージシャンだったり、二十面相さながらの方だったが、ご本人が自分の本当の顔を忘れてしまっていたように思える。
 グータロウ君に電話して、「らもさん死んだよ」と告げる。「『ガダラの豚』まだ読んでないんだ」と言うので、「あれはいいぞ」と勧める。直木賞に落ちて推理作家協会賞を受賞した作品だが、あれはSF大賞を取ってしかるべき作品だった。

2003年07月27日(日) 揺れて揺れて揺れて/『のだめカンタービレ』1・2巻/『平成よっぱらい研究所 完全版』(二ノ宮知子)ほか
2002年07月27日(土) イナジュンはいいねえ〜♪/DVD『カタクリ家の幸福』/『雨柳堂夢咄』其ノ九(波津彬子)/『ガンダムエース』9月号ほか
2001年07月27日(金) 『クレしん・オトナ帝国同人誌』完成!掲示板も見てね/『怪』11号ほか


2004年07月26日(月) 何が決まったと言うのよ〜(T∇T)

 内密で上司たちと「トンガリさんをどうするか」会議。こちらもいろいろと資料を用意して、「これこれこれだけ経理に問題があります」と提出する。
 いやもう、このままトンガリさんに仕事をしている“フリ”を続けてられても、経理に不透明なところが膨らんでいくばかりなので、ホントにどうにかしないと仕方がないところまで来ているのである。けれど、問題点の問題であるところはみな共通認識を持てたのであるが、じゃあどうしたらいいのかって結論は、「どうにもならない」ということなのであった。……いやまあ、そうなるんじゃないかと思ってたけどね。
 例の中傷ハガキのオタクストーカーもそうであるが、明らかに脳に問題があると思われる人間は、どんなに問題があろうとも、かえって辞めさせることができないのである。だってサベツになっちゃうから♪ ……だから、既知外にだって、サベツから守ってやんなきゃならない性質の人もいるし、そうでない人もいると思うのに、なんで一律にいっしょくたにしちゃうのかねえ。
 「どうにもならない」ったって、このまま、トンガリさんを放置してくわけにもいかないから、「何とかして会議には出てもらう」ということになったのだが、だからそれができないから困ってるんじゃないのよ。勝手に向こうが逃げるんだってば。
 「困ったなあ」「困ったなあ」だけ言ってたって、ものごとは解決しないんである。もう、こんなコンニャク問答を延々と続けるのも限界だ。このまま何も状況が改善されないのであれば、いずれ私に責任がしょわされてしまうことになる。その前にこちらが辞めたほうがまだ傷は浅いというものだ。来年を期に本気で転職を考えることにしようと思うが、そろそろその下準備にかかったほうがよさそうである。


 昨日、「ほんだ」で買ったCD、一枚はヘンリー・マンシーニのベスト集(約1000円の安売りCD)。
 マンシーニ好き、なんて言った日には、コワモテの映画通からは「ケッ、甘ったるいヤツめ」とかバカにされてしまうのだが、好きな映画のテーマミュージックをことごとくマンシーニが作曲してたんだから、これはどうにも仕方がないのである。先日亡くなったばかりのジェリー・ゴールドスミスも恐ろしいほどの数の映画音楽を作曲してた人だが、こちらの方はフシギと引っかかってこない。『スタートレック』シリーズだって、私の一番好きな『TOS』のテーマソングはゴールドスミスじゃなくてアレクサンダー・カレッジの作曲だしなあ(この人もゴールドスミスのスタッフではあるのだけれども)。
 それはさておき、マンシーニが好き、と言ってるわりには、実はサントラで持ってるのは遺作の『トムとジェリーの大冒険』だけだったりする。なぜかと言えば、とてもじゃないが枚数が多すぎて、全部コレクションすることなんて不可能だからだ。いったい何10種類「ベスト版」があるんだか知れたもんじゃないし、しかもそれぞれアレンジが違ってたりするから、集め出したらキリがないのである。
 ではなぜ一枚、意を決して買ったかというと、芝居の客入れに流す音楽に、ミステリー・探偵モノのテーマソングを流そうと考えて、だったらそりゃまずマンシーニだろう、と思ったからである。既に本編で『ピンク・パンサーのテーマ』は使う予定になっていて、これに『刑事コロンボ』『暗闇でドッキリ』『ピーター・ガン』『追跡』『風のささやき(『華麗なる賭け』より)』『シャレード』なんかを繋げれば、マンシーニ・ミステリー・ミュージックの出来あがり、というわけである。
 ミステリーなら、ヒッチコックでバーナード・ハーマンじゃないのか、とミステリファンからツッコミが入りそうだけれど、だからちょっと「甘さ」もほしいんですよ。それにヒッチコックはミステリーっていうよりサスペンス・スリラーだし。
 でも、買ってきたマンシーニ、聞いてみたら悉くサントラとはアレンジが違うのであった。……いや、使えなくはないんだけれども。


 こないだキャナルで「ブルース・ブラザース・ショー」を見ていろうちに、「ホンモノ」を見たくなったので、DVDで久しぶりに『ブルース・ブラザース』を見る。
 以前、ツインボックスが出た時に『B.B.2000』と合わせて買っていたのだけれども、「トールサイズのDVDもほしいほしいほしい」としげからねだられていて、こないだついに「一枚買ったら一枚タダ」フェアで買ったのである。……ケースの背丈が高くなってるだけで、中身は変わってない(どころか、解説書が付いてないだけ損)のだが、コレクターとにそういうリクツは通らないから(~_~;)。
 何度も見返すうちに「鮮度が落ちる」映画がザラな中で、『ブルース・ブラザース』の輝きは全く色褪せていない。それどころか、昔見た時には単にハデだなあ、としか感じていなかった、ショッピングモールをブルース・モービルで破壊しまくるシーン、これがもう、ダンスしたくなるくらいに痛快なのだ。……25年前には福岡には、いや、日本全国にだってあんな郊外型の四角四面なショッピングモールなんてなかったからねえ。それが「どういうものか」ということはピンと来なかったんだが、今や福岡にはトリアス久山やダイヤモンドシティがある。トイざラスだってあちこちにあるのだ。……ありゃあ、思いっきり破壊したくなるよなあ(^o^)。
 簡単に言っちゃえば、ショッピング・モールなんてしろものは、ブルース・ブラザースみたいな人間が歩いて似合う街ではないのだ。いや、そもそもあれが「街」の顔をして見せていること自体、なんだか高慢ちきである。田舎親爺の成金が燕尾服着てるけど、腹が出てピチピチしてるようなダサさっつーかね。ありゃあ、徹底的に破壊してやって正解。それこそ「ブルース」の魂ってもんだろう。


 カメの水が濁ってきたので、「レッド・キャベツ」まで出かけて行って水を汲む。水換えの回転が速くなったので、ボトルをもう一本買うが、またしげは「なんでそこまでカメのために」とブツブツ文句を言う。そこまでしなきゃ、生き物を飼うってことにならないんだよ( ̄△ ̄#)。
 積文館で『手塚治虫マガジン』などいくつか本を買って帰宅。
 ……永井豪の『魔神王ガロン』、手塚キャラを使って『バイオレンス・ジャック』をやろうとしてるみたいだけど、結局、敵はロックって発想がなんともねえ(-_-;)。


 今年3月、群馬県高崎市で小学校1年生の浜名愛ちゃんが殺害された事件の第2回公判が23日に行われた。犯人の野木巨之被告は前回公判で起訴事実を認めていたのだが、今回は殺害に至るまでの詳しい経緯を証言している。
 この野木被告、27歳になるのだけれど、その経歴や趣味を聞くと、全く痛いオタクの典型みたいなやつである。高校時代の成績はトップクラスで、大学進学も望めたのにマンガ家を目指して上京、代アニに入学したが、卒業後は結局マンガ家を断念、故郷に戻って自動車部品製造工場に勤務した。本人にしてみれば「転落人生」といったところだろう。成人女性とうまく付き合えなくって、結局はダンボール箱25箱分もの少女DVDやビデオ、約80冊のロリコン雑誌やフィギュアがお友達であった。それだけでガマンしていればいいものを、愛ちゃんにイタズラしようとして騒がれ、犯行に及んでしまったのである。……いやねえ、なんでまたこんな事件取り上げるかってねえ、一見温和に見えるそいつの顔がねえ、知り合いのやっぱりデブいオタクによく似てるんだわ。いや、顔だけじゃなくて、言い訳がましいところもそっくりで(見てるか? Sくん。キミのことだよ)。
 なんたって、公判で弁護士に水を向けられて、好きなアニメ作家やマンガについてペラペラ語りまくったというんだから、罪の意識、カケラもねーなー、という感じなのである。一応、事件について聞かれた時には涙を流して反省の弁を述べたそうであるが、ホンネは今人気のアニメが見られない悔しさから泣いてたんじゃないのか。
 被告の母親も証言台に立って、なんとか情状酌量を勝ち取ろうと必死の弁明。しかし、「たった一人の大切な息子を見捨てることはできない」とはなかなかの言い草である。今まで見捨てていたからこそ、息子がこういう犯行に及んだんだって自覚はあるんだろうか。……いや、私も傷害事件の情状証人として証言台に立った経験はあるから、たとえどんなに被告に罪があろうと、弁護側に立った以上は、被告を徹底して庇わなければならない、というのは分かる。情状証人に客観的理性があってはならないのだ。
 けれど、それにも「限度」ってものがあるんであってね、そもそも被告を更生させるだけの価値が本当にあるのかどうかっていう点については、どうなんだろう。母親が被告を責めない理由を裁判長に問われて、「私がそれをしたら本当に寂しい子供になってしまう」と答えてる時点で、こいつが救う価値のないクソ野郎だということを逆証明してしまっているとは思えないだろうか?(私が弁護した人物には、何十人もの情状酌量の嘆願があった。本当に気の迷いで犯行に及んでしまっただけなのである)
 なんだか、こいつが本当にその知り合いのSにダブってきて仕方がないのだが、自己中心的で協調性はまるでないし、高慢で反省するこた知らないし(反省するオタクなんて殆ど知らないが)、ホントにいつか犯罪者になっちまうんじゃないかと心配なのである。……仮にこいつの弁護を頼まれても、まっぴらごめんなので、頼むからアブナイことはしないでいてほしいんだけど、現状を見る限りはムリかもなあ(-_-;)。
 翻って、仮に私が事件を起こしてしまったら(あくまで仮定ですよ。私ゃ犯罪に手を染める気は毛頭ありませんからね)、誰か熱心に弁護してくれる人はいるだろうか。なんか真っ先にしげが裏切って「いつか絶対やると思ってました」とか証言しそうな気がするんだけれど、これが妄想であってくれればいいなあ(+_;)。

2003年07月26日(土) オタクな本屋にクラシックは似合わない/『TNくんの伝記』(なだいなだ)/映画『デブラ・ウィンガーを探して』ほか
2002年07月26日(金) 親しき仲ほど礼儀なし/『風の帰る場所』(宮崎駿)/『うっちゃれ五所瓦』1・2巻(なかいま強)ほか
2001年07月26日(木) 全ての知識はマンガから/ドラマ『美少女仮面ポワトリン』第一話ほか


2004年07月25日(日) キャナルシティの「ブルース・ブラザース・ショー」2……3もいつかありそうだ(^_^;)。

 キャナルシティでの「ブルース・ブラザース・ショー」、二日目である。
 ……って、今日も行くのか(^_^;)。
 内容は基本的に昨日と同じなので、そう何度も見る必要はないと言えばないのだが、曲目や演出がちょっと変わったりするので、そこがしげにはどうしても気になってしまうところのなのである。昨日の2回目、3回目のビデオはしげにも見せたのだが、2回目の時には、私の目の前にいた女性の方が、いきなりステージに引っ張り出された。エルウッドと一緒に踊らされて、恥ずかしそうにしていたのだが、それを見たしげの怒るまいことか。
 「どうしてもっと踊らないんだよ!」
 ……いや、普通の日本人はなかなか踊れませんて(^_^;)。
 しげは今日も興奮状態で、「ダンじゃないとわかっているのにいるのに。動きも違うし、そりゃ若い人がやってるからよく動いてはいるんだけど、ダンみたいな『華』はないんだよ」とブツブツ文句を言っている。
 「いや、だから似てる似てないじゃなくて、『一緒にブルース・ブラザースを応援しよう』って気持ちで見ればいいんじゃない?」
 「だったら、ダンの『魂』も映してくれないと!」
 んな、能の極意を体得するようなマネ、そうそうできるものか。
 そんなふうに文句を付けながら、やっぱり見に行ってしまうのであるから、しげの業もかなり深いのである。

 午後から劇団の練習もあるので、今日見に行けるのは12時からの1回のみ。もちろんデジタルビデオカメラ持参である。
 しげが「三脚も持ってく?」とか言うので、「そこまですることないよ。通行の邪魔にもなるし」と答えたりしていたのだが、行ってみると、本当に三脚持ってきてステージの真正面に陣取ってたツワモノがいた。まだまだ私も甘いことだが、こういう場合は甘いほうがよいものである。マニアはとかく、行きすぎるものである。昨日もカメラ小僧は何人かいたが、今日は日曜であるせいか、ビデオびとの姿も4、5人。
 ステージの内容は昨日の昼のものとほぼ同じ。時間帯によって内容を更えているようだ。もちろん今日もしげはノリノリであるが、実は昨日よりちょっとだけドレスアップしてきているのである。全身、黒服で固めているのはブルース・ブラザースに合わせたつもりなのだろう。髪は買ったばかりのゴム止めで結んでいるのだが、これが透明なボールの中に砂が入っていて、頭を振るとマラカスのようにシャラシャラと音を立てるようになっている。これは「女心」というやつであろうか。


 今日の練習は、カトウ君、鴉丸嬢、其ノ他君、しげ、私の5人だけ。しげが鴉丸嬢を持ち上げて怪力を誇ったりしているが、それだけ鴉丸嬢が軽いのである。今度の芝居ではダンスのシーンもあるのだが、鴉丸嬢が華麗に宙に舞う(予定の)シーンもあるので、体重的に、鴉丸嬢以外の人選は不可能なのであった。
 其ノ他君と鴉丸嬢は、用事があるので少し早めに帰る。残ったカトウ君、しげと、台本の中の言い回しについて議論。「嘘と坊主の頭は結ったことがない」という昔ながらの表現だが、これはもう若い観客には全然分からないだろう、という話である。遠藤淑子さんがマンガの中でこれをモジッて「嘘とサンプラザ中野の頭は結ったことがない」と書いていたが、マンガのセリフならばともかく、芝居のセリフだとヒネリ過ぎるとかえってシラケてしまう。しげが「嘘とパパイヤ鈴木の頭は結ったことがない」ではどうか、と言ったが、確かにあれは結えるアタマではないが、ニュアンスが変わってしまっている。このあたりはもう、セリフの内容自体をすぱっと切り落としちゃったほうがいいかもしれない。

 パピオからの帰り道、しげが自分の黒スタイルを見ながら、しんみりと「学生のころは将来、こんな格好するようになるとは思わなかった」と呟く。「だってヤンキーじゃん」と。
 何がどうなると「ヤンキー」になるのかよくわからないのだが、「今の自分は10年前の自分から見るとおかしい」という点ではカトウ君も同意していた。
 それを考えると、私のファッションセンスは20年前から全然変わっていないのである。学生のころはずっとTシャツだったし、今日も『ラヴドガン』のTシャツを着ている。変わったと言えば、そのTシャツの裾をズボンの外に出すようになったくらいのものか(~_~;)。……足が短く見えてイヤなんだがなあ(-_-;)。


 ブックセンターほんだで本を物色して、晩飯は「浜勝」。
 帰宅して、キャナルシティのイベント情報を調べてみたら、「ブルース・ブラザース・ショー」はあと都合四日行われることが分かった。……全部、しげは見に行くつもりなんだろうな(^_^;)。

 読んだ本、マンガ、安彦良和『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』7巻。
 桑田乃梨子『青紫の森』。
 金子玲美・月嶋つぐみ『天使的探偵団』1巻。


 アメリカでは、先週からアイザック・アシモフ原作と称する映画、『アイ・ロボット』が公開されているのだが、これがいきなり5200万ドルを突破する大ヒットとなっている。
 SFファンの中には、「ああ、アシモフのSF映画がこんなに大ヒットするなんて、『ミクロの決死圏』以来じゃなかろうか」と随喜の涙を流していらっしゃる方もおられるかもしれない。でも、ヒットとは裏腹に、あちらのSFファンの間では、この『アイ・ロボット』、どうやら頗る評判が悪いらしいのである。
 見てない映画について云々することは基本的に行わないようにしているのだけれど、これを『われはロボット』の映像化作品だと“本当に信じて”、劇場に足を運ぼうとするSFファンがいたら、確かに思いっきり裏切られ、驚愕するであろうから、一応、注釈をつけておこうと思うのである。
 あちらの書評によれば、『アイ,ロボット』は、アシモフの名前を借りただけの「まがいもの」に過ぎない。もともと、人間を殺したと疑われるロボットを主人公にした『ハードワイアード(Hardwired)』という脚本があって、製作会社の20世紀フォックスは、『われはロボット』の映画化権を獲得したことから、殆どそのタイトルだけを借用する形で、2つのストーリーを1つにまとめたのだということである。従って、映画のクレジットにも、アシモフの小説を「脚色した」とは書かれておらず、「ヒントを得た」となっているそうである。
 書評は、「アシモフのロボット三原則が、ハリウッドのヒットの法則に破れた」と悲しみを込めて映画を痛罵している。
 「『クロウ/飛翔伝説』や『ダークシティー』のアレックス・プロヤス監督は、人間と機械の関係を巡る問題を解決できるほど十分掘り下げてはいない。アシモフが示した一般的な方向性を容認しているだけで、アシモフの発想にまで検討を加えているわけではない」とする批評がどこまで当たっているかは、実際に映画を見なければ分らないことだが、少なくとも「アシモフ原作」を期待してはならない、ということは事実なのだろう。
 ……まあ、こないだの「ディック原作」と称する『ペイ・チェック』もひどい出来だったものねえ。やっぱり今や「ハリウッド映画」には馬鹿映画を作ることしかできなくなってんじゃないかね。少なくとも、あまり多くを期待するものではないってことは確かだと思うけどね。……いや、一応、見に行けたら行きますよ。ウィル・スミスにはたいして期待しちゃいないけど。

 日本のボックス・オフィスは、『ハリー・ポッター』が1位を独走中。『ポケモン』も50億を狙えそうな勢いらしいが、『スチームボーイ』は初登場6位に付けはしたものの、『イノセンス』より10%ほど出足がいい程度に留まっているようである。最終的に15億行くか行かないかってところになるのではなかろうか。これでは当然製作費の24億は回収できないので、海外での興行やDVD発売でなんとかしなければならないわけであるが、あちこちの映画評を見ても、今のところあまり誉めてる声を聞かない。好評不評と売り上げはあまり一致するものではないが、果たしてこの程度の成績で、本当にパート2を作れるのだろうか。ここでも『ヤマト』のように「ラッパ」を吹いてるヒトがいるんじゃないかって気がするのだが、大丈夫なのだろうか。何だか最近はアニメ関係で胡散臭い話を聞くことが多いので、気分も滅入ってしまうのである。

2003年07月25日(金) ムダじゃムダじゃ/『フラッシュ! 奇面組』2巻(新沢基栄)/『ぼくんち 全』(西原理恵子)/『ねらわれた学園』(眉村卓)
2002年07月25日(木) 本当にあった怖くない話/『くっすん大黒』(町田康)/DVD『ミニパト』ほか
2001年07月25日(水) 福岡腰痛クラブ/『庵野秀明のフタリシバイ』ほか


2004年07月24日(土) キャナルシティの「ブルース・ブラザース・ショー」

 朝寝や出張が多くて、アニメの『ケロロ軍曹』はずっと見てなかったのだが、今日こそは、と10時半にテレQにチャンネルを合わせたまではよかったのだが、うちのテレビは今、画像が映らないのを忘れていた。……どうせ次にテレビを買うならデジタルだよなあ、と思っていたので、修理に出すのもなんだかおっくうなのである。と言うか、それ以前に部屋片付けないと、テレビの運び出しもできゃしないのである。
 で、音だけで聞いた『ケロロ軍曹』、ラジオドラマのようでした。意味無いじゃん(~_~;)。


 キャナルシティで開催中のUSJ関連のイベント、今日はあの「ブルース・ブラザース・ショー」が公演するというので、しげと一緒に出かける予定にしていたのだが、またしげの悪い病気が出た。出かける寸前になって「もう行かん」と泣き出したのである。
 「何だよ、あんなに見たがってたくせに」
 「だって本物のダンじゃないもん」
 夕べもしげは緊張して殆ど寝ていない。時間がいよいよ迫ってきて、緊張の糸が張り詰めてこうなっちゃったのは理解できるのだが、これで行かなかったら行かなかったで、あとで「どんなだったかなあ、行けばよかったかなあ」とかブチブチイジイジ後悔して鬱陶しい態度を取ることは目に見えているのである。
 いつものことなので、こちらも容赦はしない。布団にくるまってグスグス言ってるしげをむりやり叩き起こして、キャナルに向かう。運転中の車の中でも、しげは涙目で、「ああん、雨が降って中止にならないかな、そしたら見れんですむのに」とか不可効力を期待している。信号で停まるたびに助手席の私の手の甲を握りしめて爪を立てるものだから、痛いったらないのである。

 場所はキャナルシティのセンターステージ。と言っても円形の舞台の広さは直径7〜8メートルくらいしかないのだが、大道芸を見せるのには充分な広さで、しょっちゅうパフォーマンスやバンド演奏などのイベントが組まれている。
 キャナルに到着したのは11時ちょっと過ぎ、B.B.ショーは12時からで、ステージではスヌーピーとの写真撮影会の最中。しげは「どのくらいから人が集まり出すかな、今からいないと、前の方に行けないかな」とか言ってウロウロする。スヌーピーショーのうちから、B.B.ショー目当てで陣取るやつなんているもんかい。
 付き合ってられないので、トイレに行ったり、福家書店を覗いたりして時間を潰す。
 12時になると同時に、ステージの後方の噴水が「ピーター・ガン」のテーマに合わせて、踊るようにパフォーマンスを始める。B.B.ファンなら、この曲が映画のブルース・モービルが車庫に仕舞われるシーンで流れていたことをすぐに思い出せるだろう。曲が終わるとMCのお姉さんが登場、簡単にB.B.の解説をする。でも「ジェイクとエルウッドの兄弟が生まれ育った孤児院を救うために立ち上がったんです!」なんて紹介されると、確かに間違っちゃいないんだけど、全然別の映画みたいに聞こえる(^_^;)。
 「今日、キャナルシティに来た人はとってもラッキーですよ!」とか言ってるが、B.B.ショー目当てでわざわざ足を運んできた人間がいるとは思ってもみなかったんだろうなあ。……いや、私たちのことではなくて、隣でビデオカメラ片手に準備万端って感じのお姉さんがいたから(^o^)。B.B.ファンは結構いるのである。通りすがりのお客さんも、何か始まったな、とわらわらと集まってくるが、明らかに何が始まるのか分からずにただ座りこむ小学校低学年くらいの子供たちもチラホラ。これがきっかけでこの子たちがB.B.ファンになったりしたらスゴイことであるが、それはそれで人生誤っちゃいそうな気もする(^_^;)。
 MCのお姉さんに紹介されて、まず、サックスのジミーさんという人が登場。「オレノサックス、キキタイカイ!」とカタコトの日本語。一応、その場にいたそれを聞いたB.B.のファンらしき二人連れが、「日本語喋ってほしくないなー」とか呟いている。気持ちは分かるが、日本でのショーなんだから、そこは致し方があるまい。
 ジミーさんの紹介で、いよいよジェイク&エルウッドの登場。もちろん、姿も声もベルーシ&エイクロイドにソックリ、というわけにはいかないが、イメージは大事にしている印象。ベルーシは小柄って感じで太った印象はなかったし、ホンモノより声が甲高いのがちょっとだけ気にはなったけれど。
 「エヴリバディ・ニード・サムバディ」を歌ったあと、黒人のメイベルさん(映画のアレサ・フランクリンに当たる)が登場、「シンク」を歌って、「バンド、ヤロウトオモウンダ」と主張するジミーさんを引き戻そうとする展開は映画そのまま。
 4人揃って「スウィート・ホーム・シカゴ」、「監獄ロック」なんかを歌って、ショーは正味20分ほど。出張公演だから短いのは仕方がないか。その間、しげは、首はガクガク振るわ、日頃ショーや芝居で滅多に拍手なんかしないのに、手が腫れるんじゃないかってくらいにバッチバッチ叩きまくっているのである。……今朝方、あれだけグズってたのはなんでなんだよ(-_-;)。
 今日のパフォーマンスは計3回。3回ともしげは見る気満々だったのだが、さすがに夕べの徹夜が響いて、体力が限界に来ている様子である。目の下にクマができていて、歩きながらよろけている。なんだか痛々しかったので、つい、
 「……なんならあとの2回、ビデオに撮ってやろうか?」と水を向けたら、「ホント!? じゃあ、すぐに帰ってバッテリー充電しないと! 二階からも俯瞰で撮ってね!」と急に元気になりやがった(~_~;)。
 ……ええ、ええ、夕方からもう一度私一人でキャナルまで出かけてバッチリ録画して来ましたとも。しげはその間、タカイビキである。ショーの流れ自体は同じだけれど、曲が「ソウルマン」など、少し入れ替わっていた。毎回微妙に変えているようで、確かにこりゃしげが通い詰めるのもムリはないのである。


 アニメに関するイヤーンな感じのニュースがいくつか。
 まずは東映アニメーションの4〜6月期の連結経常利益が、前年同期比で67%減の3億円弱になったというニュース。
 原因はいろいろだけれど、まず、海外でのアニメの人気の低迷が一つ。『デジモン』『ドラゴンボール』の人気が下降ぎみで、昨年から北米で放送を始めたばかりの『キン肉マン鏡ぁ戞慇仔士星矢』も視聴率が振るわずに、放送終了とか。キャラクターグッズもあまり売れてないらしい。……そういう状況なのに、『ドラゴンボール』の映画化なんて実現するんだろうかね。
 国内を見ても、テレビアニメの番組数が前年6本だったのが5本に減り、アテネ五輪関係の特番で放送中止の日も多く、劇場作品の興行成績もイマイチ、DVD販売も減少と、殆ど踏んだり蹴ったりである。
 海外で日本アニメの評価が高い、と聞くと有頂天になる人も多いのだけれど、別に日本アニメが世界のスタンダードになったわけではない。文化の違う国で、何かが受け入れられるということは、そこに何らかの「情報の組み替え」が行われていることは確実なので、日本人が熱狂している部分とは全く別の部分に注目している可能性だって大なのである。
 もちろん、『ドラゴンボール』などの「格闘」の面白さなどは万国共通とも言えようから、そういうところで受けてるんだろうとも思うけれど、でも、そういう一見普遍性を持った作品の中の、ディテールに垣間見える日本情緒のようなもの、それはやっぱりどうやったって伝わるもんじゃなかろうと思うんである。……あるいは「勘違い」して受け入れられてるとか。『ドラゴンボール』はヒットしても、『セーラームーン』は「ホモっぽい」(@_@)!という理由で拒否反応にあった、なんて話を聞くと、越え難い壁というものは存在するのだよなあと思ってしまうのだけれども。
 東映アニメがオリジナルの劇場アニメを殆ど制作しなくなってから20年以上が経つ。本来、『スチームボーイ』だの『ハウル』だのといった作品は、東映アニメこそが製作してしかるべき作品だったはずだ。「世界」を意識した小銭稼ぎ(いやまあ小銭じゃないんだろうけれども)で、屋台骨が揺らいだんじゃ話にならない。劇場アニメが『ONE PIECE』『金色のガッシュベル!』だけというのは、あまりに寂しい。来年の春は『ドラえもん』もないことだし、「東映アニメフェア」を復活させるには絶好のチャンスなんだけど、今からじゃスケジュール的に間に合わないだろうなあ。東宝もだからこそ“安心して”『ドラえもん』を中断できたんだろうけれども、つまりは東映がそれだけ「ナメラレてる」ってことでもあるのだ。いい加減で、オリジナルの長編アニメを「制作しなきゃならない」時期が来てるんじゃないか。

 もう一つのイヤーンなニュースは、前にも日記に書いたことのある、『新・宇宙戦艦ヤマト』のゴタゴタである。西崎義展プロデューサーと松本零士の著作権をめぐる和解は成立したものの、映画化権を有している東北新社との話し合いを、西崎氏は全く行っていなかったようだ。……いやね、先日「『ヤマト復活編』製作決定!」とか報道されたときには、その編の問題もてっきりクリアーされたものだと思っていたのである。でも、実際には問題が山積していて、東北新社としてはとても許諾できる状況ではない、というのが真相のようだ。
 西崎氏の養子で、製作会社エナジオでエグゼクティブ・プロデューサーを務める西崎彰司氏は、「25億円の製作費を投じ、再来年夏に約400館で公開、テレビ放映もする。配給会社やテレビ局は未定だが、候補はいくつかあがっており、既に脚本は“名の通った人”に依頼している」と説明している。共同原作者の松本氏についても、彰司氏は「何らかの形で参加する」と話しているのだけれど、松本氏の方は「何も聞いてません」と、既に齟齬が生じている。
 よく聞くと、彰司氏の言葉には、何一つ確定的なものがない。バブル期ならともかく、今時こんな『マネーの虎』の出場者以下の「景気がいいだけ」の話に乗ってくるスポンサーがいるのだろうか。
 どうやら、またまた西崎氏の「ラッパ」だけが先に暴走しちゃった感が強いのだが、復活する前に沈没しそうな『新・ヤマト』、仮に作られたところで、たいして出来のいいものができるはずもないことはかつてのヤマトファンには、見えていると思うのである。「もう、やめようよ、西崎さん」というのがファンの一様の思いなのじゃないかと思うのだが、もしかしたら、本当に「『ヤマト』復活」を望んでいる隠れキリシタンみたいな人々も「かなりの数」、存在しているのだろうか? ……思い出は思い出として取っておこう、っていう「節度」も、人生には必要だと思いますよ、いや、ホント。

2003年07月24日(木) 他に売れてるものがあるからいいじゃないか/『コータローまかりとおる!L』6巻(蛭田達也)/『灰色の乙女たち』1巻(加藤理絵)ほか
2002年07月24日(水) ウソから出たアホウ/『追悼の達人』(嵐山光三郎)ほか
2001年07月24日(火) 目標達成!……って何が/『腐っても「文学」!?』(大月隆寛編)ほか


2004年07月23日(金) 『キャンディ・キャンディ』が“今のところ”リメイクされない理由

 昨日よりは少し体調もよくなったものの、相変わらずの炎天下、まる一日仕事を続ける気力は出ず、半日で早退。しげに迎えに来てもらう。
 しげは病院帰りで、例の障害者申請を行ったばかりだとか。
 「どんな特典が付くのかなあ、楽しみ〜」としげははしゃいでいるが、「特典」って言うのか、そういうの。ネット時代のありがたいところは、この手の情報についても、いちいち専門書を紐解かなくてもだいたいのことはつかめることである。調べてみて、初めて精神障害者(統合失調症患者)に、1級から3級までの段階があることを知った。1級の方がクラスが高い。問題はしげの症状がどの程度か、ということなのだが、このあたりの判断が難しい。

〔1級〕
 精神障害が日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度のもの。この日常生活の用を弁ずることを不能ならしめる程度とは、他人の援助を受けなければ、ほとんど自分の用を弁ずることができない程度のものである。
 例えば、入院患者においては、院内での生活に常時援助を必要とする。在宅患者においては、医療機関等への外出を自発的にできず、付き添いが必要である。家庭生活においても、適切な食事を用意したり、後片付けなどの家事や身辺の清潔保持も自発的には行えず、常時援助を必要とする。
 親しい人との交流も乏しく引きこもりがちである。自発性が著しく乏しい。自発的な発言が少なく発言内容が不適切であったり不明瞭であったりする。日常生活において行動のテンポが他の人のペースと大きく隔たってしまう。些細な出来事で、病状の再燃や悪化を来たしやすい。金銭管理は困難である。日常生活の中でその場に適さない行動をとってしまいがちである。


 これは完全な「ヒキコモリ」状態の人を言うのだろう。と考えれば、明らかにしげは1級ではない。自分で外を出歩くことはできるし、常時付添いを必要ともしていない。けれど、部屋の片付けなんかをなかなか自発的にはできないから、ここの領域にちょっと踏みこんでいる面はある。

〔2級〕
 精神障害の状態が、日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度のものである。この日常生活が著しい制限を受けるか、又は日常生活に著しい制限を加えることを必要とする程度とは、必ずしも他人の助けを借りる必要はないが、日常生活は困難な程度のものである。
 例えば、付き添われなくても自ら外出できるものの、ストレスがかかる状況が生じた場合に対処することが困難である。医療機関等に行くなどの習慣化された外出はできる。また、デイケアや援産施設、小規模作業所などに参加することができる。食事をバランス良く用意するなどの家事をこなすために、助言や援助を必要とする。清潔保持が自発的かつ適切にはできない。社会的な対人交流は乏しいが引きこもりは顕著ではない。自発的な行動に困難がある。日常生活の中での発言が適切にできないことがある。行動のテンポが他の人と隔たってしまうことがある。ストレスが大きいと病状の再燃や悪化を来たしやすい。金銭管理ができない場合がある。社会生活の中でその場に適さない行動をとってしまうことがある。

〔3級〕
 精神障害の状態が、日常生活又は社会生活に制限を受けるか、日常生活又は社会生活に制限を加えることを必要とする程度のものである。
 例えば、一人で外出できるが、過大なストレスがかかる状況が生じた場合に対処が困難である。デイケアや授産施設、小規模作業所などに参加する者、あるいは保護的配慮のある事業所で、雇用契約による一般就労をしている者も含まれる。日常的な家事をこなすことはできるが、状況や手順が変化したりすると困難が生じてくることもある。清潔保持は困難が少ない。対人交流は乏しくない。引きこもりがちではない。自発的な行動や、社会生活の中で発言が適切にできないことがある。行動のテンポはほぼ他の人に合わせることができる。普通のストレスでは症状の再燃や悪化が起きにくい。金銭管理は概ねできる。社会生活の中で不適切な行動をとってしまうことは少ない。


 ……また、めたらやったら基準が細かいねえ(゚o゚)。
 しげの場合、だいたい、この2級と3級のどちらか、という感じだ。
 日常的な家事は殆どできない、というところが顕著なわけで、そこを考慮すれば2級かなって感じだが、金銭管理にうるさいことを考えると3級かなあ、とも思う。この1級の差で受けられる「支援」(「特典」ではない。当たり前である)はと言うと、そこんとこの詳しいところはよくわからなかった。1級、2級だと、生活保護の対象になるようだが。少なくともバスや電車の運賃や、電話料金なんかは安くなりそうである。毎月の医療費が安くなるのは一番ありがたい。
 映画料金が割り引きになるかどうかはその映画館次第だと思う(^_^;)。


 食事は「庄屋」で。昼間なのでランチがある。唐揚げにほうれん草のお浸し、肉じゃががそれぞれ小鉢になっていて、カロリー的にもまあまあ。それに肉じゃがとかは、しげがピンハネしてくれるので、食い過ぎになることもない。外食を「庄屋」だけですませられれば、カロリー計算はあまりしなくてすむのだが。
 「積文館」に寄って、本を何冊か購入、「レッドキャベツ」で水を汲む。「どうせカメの水やろ」としげは膨れっ面で車の中から出て来ない。いや、人間サマもちゃんと水は飲んでますがね。
 カメの野郎はエサの食い方が汚くて、せっかく小粒のエサを撒いてやっても、いっぺんに二つも三つも食おうとして食いきれず、ボロボロと口の端からこぼしている。おかげで水の汚れが激しくて、三日にいっぺんは水を換えないとすぐ濁ってしまうのだ。今、レッドキャベツのボトルは1.5リットル入りを四本使っているのだが、この分だともう一本増やさないといけないかもしれない。
 ……なんだかまた、しげから「カメごときに」と文句つけられそうだなあ。


 いかにもリメイクが作られてもおかしくない大ヒットマンガでありながら、未だに実現していない作品の筆頭に『キャンディ・キャンディ』を挙げる人は多いと思う。若い人にはピンと来なかろうが、『ベルサイユのばら』には「とても付いて行けない」と拒絶反応を示した男の子でも、『キャンディ』にはハマッた、という人、意外に多いのである。それは『キャンディ』が、『嵐が丘』だの『家なき子』だの『君の名は』だの、古今東西のロマン小説の典型を換骨奪胎し、大河ロマンとも言うべき雄大なスケールの中で、少女の成長を繊細に描いていった、その構成力に拠るところが大きい。
 ……いや、当然私も持っておりますとも、「愛蔵版」で(^_^;)。
 ご承知の方も多いと思われるが、『キャンディ』のリメイク、あるいはアニメの再放送が行われないのには、著作権に関わるある事件が介在している。それは、『キャンディ』の作画を担当したいがらしゆみこ氏が、原作者の水木杏子氏の許諾を得ないまま、キャンディの絵を使ったポストカードやプリントクラブ、文具など、もろもろの商品販売の二次使用を許可し、「果たしてマンガの原作者には絵の著作権が存在するのか?」という点を巡って裁判で係争することになったあの事件のことである。1998年から始まったこの裁判は、地裁、高裁判決を経て、結局、いがらし氏が敗訴することとなった。
 しかし、この件が尾を引いて、現在、東映アニメの再放送権が契約切れのため更新されていないばかりか、原作マンガも今は出版停止の状態である。このままの状態が続けば、やがて「『キャンディ・キャンディ』? それお菓子のマンガ?」なんておもしろくもない勘違いを言い出す若い人だって、いずれは現れるかもしれない。
 絵に関してのみの二次使用なら、原作者に著作権はない、としたいがらし氏の主張はいかにも苦しかったが、それを堂々と押し進めていったあたり、「うまい話」をいがらし氏に吹きこんだゴロツキがいたんじゃないか、って気はする。けれど、仮にそんな人物がいたとしても、話し合いの過程で事情は明白になっていったと思われるから、結局、裁判に持ちこまれても争うことを辞さなかったいがらし氏は、やはり「そういう人」だったのだろうと判断せざるを得ない。マンガ家が、自分のマンガを大事にしていないのは何とも哀しい限りである。
 「金に釣られた」いがらし氏へのしっぺ返しはさらに波紋を呼んでいる。一昨日21日には、東京高裁で、この一連の事件のせいでキャラクター商品を販売できなくなったとして、埼玉県の玩具メーカーがいがらしゆみこ氏と著作権管理会社への損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決があった。原告の主張はほぼ認められて、高裁は、約170万円の支払いをいがらし氏たちに命じた。
 判決理由として述べられたのは、「被告のいがらし氏には、原作者と被告との間に、別の訴訟が係争中だったことをメーカーに知らせる信義則上の義務があった」ということである。「義務」とは言っても「信義」の問題である。要するに「原作者に一言、『今度こんなグッズが出るのに許可出したいんだけど、どう?』と言っとけばよかった」ということである。たったそれだけのことを怠ったために、『キャンディ』の再放送は途絶えてしまったし、リメイクの話も宙に浮いてしまった。結局、いがらし氏は、自分の手で自分の作品をアニメ化することすら困難にしてしまったのである。
 もちろん、一番被害に会ったのは、「ファン」である。『キャンディ』は、少女を主人公にしたマンガとしては、それまでにないロマンに満ちたドラマとして、数々の少女小説の傑作、『赤毛のアン』や『ハイジ』、『あしながおじさん』ほかの名作に比肩、あるいは凌駕する内容を持っていたと思う。それを、作画担当の人間のこすっからい「欲」のせいで、我々の手から『キャンディ』は奪い去られてしまったのである。その罪の重さを、いがらし氏はどれだけ感じているのだろうか。
 ほとんどの裁判が結審、あるいは和解し終わっている現在、再出版、再放送、リメイクの道は開かれているはずであるが、一度「ケチ」の付いた企画に乗ってくる出版社、アニメプロダクション、スポンサーは少ないかもしれない。実際、『おジャ魔女どれみ』シリーズの終了のあと、どうして東映アニメが『明日のナージャ』という、見るからに“キャンディもどき”な作品を世に送ったのか、ということを考えると、『キャンディ』リメイクは現実味の乏しい話かとも思えてくるのである。
 ……まさかなあ、差別問題にも引っかかってない作品が出版、放送すらされない事態になるとはなあ、ちょっと信じられない話だけれども、実際そういう事態になってしまっているのだよなあ。『キャンディ』を未読の若い人、もし読みたかったら、古本屋巡りをしてごらんなさい。まだ多分、入手できないこともないと思うから。


 読んだ本。
 マンガ、筒井康隆『筒井康隆漫画全集』。
 吉崎観音『ケロロ軍曹』6〜8巻。
 田中保左奈『暗号名(コードネーム)はBF(ベイビーフェイス)』2巻。

2003年07月23日(水) 神ならぬ身なれば/映画『不連続殺人事件』/DVD『レトロスペクティヴ シティボーイズライブ! 1992−1994』
2002年07月23日(火) 夫婦ファイト!/『コリア驚いた! 韓国から見たニッポン』(李元馥)/『ロングテイル オブ バロン』(柊あおい)ほか
2001年07月23日(月) 猛暑に耐えるくらいならクーラー病の方がいい/『(週)少年アカツカ』(赤塚不二夫)ほか


2004年07月22日(木) 風呂の夢を見る女

 また体調崩して仕事休み。一日の半分以上、寝て過ごすか、カメにエサやるか。
 でも、日頃、職場での細かいデキゴトについては面白いことがあってもいろいろ差し障りがあって具体的には書けないので、家にずっといる方が、実は日記の内容は増えてしまうのである。難儀なこっちゃなあ。


 しげが寝惚けやすい体質であり、しばしば夢と現実の区別がつかなくなる(比喩にあらず)ことは何度となくこの日記にも書いていることであるが、今朝のしげの夢は特にキョーレツなものであった。
 起きるなり、しげは「ねえ、オレたち、グータロウさんの家もらったりしてないよねえ?」と、こうである。しげの寝惚けはいつものことではあるが、これはさすがに「はあ? なんだそりゃ?」と聞き返してしまった。
 「グータロウさんちの風呂が手狭になったんで、檜風呂と温泉のある家に引っ越すことにしたって。で、今の家がいらなくなったから、オレたちにくれるって。夢かなあ?」
 「夢だ夢。夢以外のナニモノでもないわ」
 「でもオレって風呂好きやん? 檜風呂と温泉ならオレもそこに引っ越したいし、そんな風呂も無い家もらったってしょうがないとか思って」
 「だから夢の話をさも現実の話みたいに勝手に進めるな!」
 要するに、「風呂の広い家に住みたい」というしげの妄想が脳から洩れてきたわけであるが、ダシに勝手に使われたグータロウ君もいいメイワクである。だって、しばらく経てばしげの脳内で、この夢の話は“現実にあったことだけど、いろいろあって頓挫した”「現実」として認識されるようになることは目に見えているからである。
 ……グータロウ君、今度会ったときには、「ウチはどんなことがあっても、家と土地は譲らないからね!」としげに念押ししといてください(-_-;)。誠にどうもすみません。


 一応、ミステリファンのハシクレとしては、探偵モノっつーか、ミステリマンガはできるだけ目を通していこうと考えているのだが、最近はそれもなかなかままならないのである。なんたって、少年マンガのみならず、少女、青年コミックにまでフィールドを広げちゃうと、今や探偵モノは百花繚乱の状態で、とても全てに目を通すなど不可能なのである。……なんかねー、20年くらい昔、石森章太郎と高階良子くらいしか本格的なミステリマンガを描いてくれてなかった時期に比べると、隔世の感があるよね〜(一万光年遠くを見る目)。しかもどの作品とは言わないけど、当時のミステリマンガって、「本格」とか銘打っておきながら、使われてるトリックが「氷を錠前に挟んでおく」とかいうのだったりするしさあ(-_-;)。
 それを考えると、『探偵○園Q』だろうと『名探偵○ナン』だろうと、はるかに「秀作」なんである。『Q.E.D.』や『爺さんと僕の事件帖』などに至っては、そのへんのチンタラミステリ作家顔負けの完成度の作品を送り出してすらいる。ミステリファンにとっては、もう舞い上がっちゃってクアドラブルして見せちゃいたいくらいの喜悦の時代なのであるのだが、スタージョンの法則通り、一将功成りて万骨枯る、傑作の陰には凡百の駄作愚作が死屍累々、というのも現状ではあるのだ。
 ウチで買ってるマンガは8割がた夫婦共用で私が読むものはしげも読むのだが、北崎拓の『なんてっ探偵アイドル』と山口譲司の『ミステリー民俗学者八雲樹』についてはしょっちゅう「なんでこんなつまんないの買い続けてるの?」と文句をつけてくるのである。ちょうどこの新刊2冊がダブって発売されたものだから、立て続けに読んだしげのゴキゲンがナナメを通りすぎて直滑降してくれた。
 「もういい加減買うのやめて!」
 そのケンマクがあんまり激しかったので、いったいナニゴトか、とひるんでしまった。
 「『なんてっ探偵』のほうはイメチェンとかメンバーチェンジでもう誰がどのキャラだかわかんなくなってるし、『八雲』は探偵ものがどうのって以前に絵がヘタで見てらんないし、腹立って腹立って!」
 なにもそこまで、とは思うが、確かに『なんてっ探偵』17巻の方はクライマックスが近いのか、ミステリがどうのというより、アキラの恋の行き先がどうのとか、梨奈の妊娠がどうだとか、ラブコメ要素の方が強くなっている。確かにこれなら無理して買い続けなくてもいい感じではあるけれど、ここまで来たし、あとちょっとはガマンしてもらいたいものだ。……『八雲』はわかった。諦めます(+_;)。


 『ウルトラ』シリーズの新作タイトルが『ウルトラマンネクサス』に決定。なんだかまたややこしいタイトルを付けたものだけれど、この「ネクサス」っての、日本語訳すると「関連」って意味だけれど、多分、「絆」って意味を込めて付けたんだろうな。「超人絆」。……これがウルトラマンの名前かね?

 旧・円谷ファンのみなさん、『ティガ』以来ずーっと感じてきている、なーんとも言えない「胡散臭さ」っつーか、「薄皮が張りついてるような感じ」、今度もまた感じませんか?
 『コスモス』で「専守防衛」に回っちまった展開に、もうすっかり円谷作品を追いかける気力をなくしてしまった私ですが、それでも1話、2話くらいは見てしまうのでしょう。もういちいち感想書いたりはしないかもしれませんが。いやもう今の子供たちの「ウルトラマン」や「怪獣」に対する思い入れと、私らのそれとではエベレストとマリアナ海溝の差くらい、距離がありそうで、なんか書いたってなあ、という思いがどうしてもしてしまうわけなんですよ。散々いろんな作品に文句つけてきたオマエが、今更何を言ってんだ、と思われるかもしれませんが。
 確かに、この日記では、いろんな作品についてあーだこーだと文句タラタラ、言いたい放題のことを書き連ねているわけなんですけれども、実際「なぜ書くのか?」ということについては「考えたら書く理由なんてなくなるから、考えないようにしよう」と日記書き始めた最初から決めてるんです。別に文句をつけることで、その作品の関係者が偶然でもこれ読んで反省してくれたら、とか、そんなことを私ゃこれっぽっちも考えちゃいない。私ゃ啓蒙家でも警世家でも教育者でも預言者でも何でもありゃしませんから、「オレの歌を聞け!」……もとい、「私の言葉に耳を傾けよ」と人の胸倉掴まえて何か言い聞かせたいなんて欲望はないんです。もともと女房が始めた劇団のホームページの「宣伝」の意味しかありませんでしたからね。けど、書くことがないからと言って、何も書かないんじゃ宣伝にもなんにもなりゃしない。だからともかく「その時思ってたことを理由なんて考えずに書く」。それをしてきただけなんですね。
 実際、私は自分の意見なんて最大公約数的なありふれたものとしか思っちゃいません。読んで面白いとも思わない。けれど、そういう「ありふれてる」意見だからこそ、そういうのがネットに溢れていくと、自然とそれが一つの「時代」に対する「雰囲気」を作り上げていくことになる。その時代がどんな時代であったかという「記録」の一つになるんですね。それくらいの「意味」でならこんな駄文にも書かれるだけの存在価値はあるでしょう。ひと世代、ふた世代あとの人が、「ふーん、自分の生まれる前、この作品はこんな捉えられ方をしていたのか」って考える材料の一つになりゃ充分、その程度のものですね。
 でもそれでも『ウルトラマン』の新作については、ひとつ作られるたびに、何か言いたい思いが雲散霧消してしまう。……言ってどうする? 今の円谷は、昔の円谷とは全く違うものなんだよ? ……そのヒトコトで終わっちゃうからなんですね。
 『ティガ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。
 『ダイナ』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。
 『ガイア』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。
 『コスモス』の時も、「もうこれウルトラマンじゃないや」。
 『仮面ライダー』が、昔のものと形は変われど本質的に石森章太郎テイストは失っていないのに比べて、『ウルトラマン』は何をしようとしているのか。……それ考え出すと、虚しくなるばかりなんですよ。もう、文句言う元気もないってゆーか。

 それでもまあなんだかなあ、と思ったことが一つ。いやもう重箱の隅で、ホントにたいしたことじゃないんだけれども。
 記事によると、その『ネクサス』、「1966年に『ウルトラQ』がスタートして38年。テレビシリーズとしては01年7月の『ウルトラマンコスモス』以来の新作で“14”作目」になるとか。……あれっ? 『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』は? って思った人、多いんじゃないですか? 一応、番号ふって数えてみました。ただし、劇場版、ビデオシリーズ、海外シリーズは除いてます。

1,ウルトラQ
2,ウルトラマン
3,ウルトラセブン
4,ウルトラファイト
5,帰ってきたウルトラマン
6,ウルトラマンA
7,ウルトラマンタロウ
8,ウルトラマンレオ
9,ザ・ウルトラマン
10,ウルトラマン80
11,ウルトラマンティガ
12,ウルトラマンダイナ
13,ウルトラマンガイア
14,ウルトラマンコスモス
15,ウルトラQ 〜dark fantasy〜

……16作目じゃん(^_^;)。多分、『ウルトラファイト』と『ウルトラQ 〜dark fantasy〜』が忘れられてるんでしょうね。『ファイト』はともかく、現在放送中の作品まで忘れられてるとはねえ……。だから、「今の円谷は昔の……」。
 もう何も言いますまい。ふう(´。`;)。


 大麻取締法違反で執行猶予中の作家、中島らも氏が、今月15日、飲食店の階段から転落して、重傷を負い、現在入院治療中、というニュース。
 らもさんだけに、もしかしたらまた……という心配がなきにしもあらずなのだけれど、「重症」というのがどの程度なのかが気になるのである。復帰することが可能なレベルなのか、それとも……。
 なんだか歯切れの悪い表現しかできなくて申し訳ないのだが、明らかに「破滅型」の作家さんにとっては、自滅していくことも「運命」なのである。人情として、どこかで止めてあげることはできないものか、とは思うのだが、仮に「更生」した「中島らも」がここにいたとして、彼に作家としての魅力があるのか? と問われれば、残念ながら「ノー」と言わざるをえない。
 世の中には、破天荒な生き方しかできない人、デタラメな生き方しかできない人、転落の道しか歩めない人というものはいるのだ。そしてそれが本人の選んだ道であったなら、他のなんぴとも口出しすることはできない。
 ……今、言えることは、まだらもさんの脳が働いているのなら、これまでの一連の「事件」を、全て小説なりエッセイなりにまとめて、「作家」としてまた立っていただきたい、ということだけだ。

 DVD『ジャングルはいつもハレのちグゥ FINAL』4、5、6巻。
 マンガは前記の『なんてっ探偵』17巻と『八雲』8巻。

2003年07月22日(火) オタクの末路?/『吼えろペン』8巻(島本和彦)/『フロイト先生のウソ』(R・デーゲン)/DVD『マジンカイザー死闘!暗黒大将軍』
2002年07月22日(月) 角川+大映=…?/『楽勝!ハイパー▽ドール』vol.2(伊藤伸平)/『スレイヤーズすぺしゃる魁,襪覆討・へすてばる』(神坂一)ほか
2001年07月22日(日) 愚か者の舟/『ハッピーマニア』1巻(安野モヨコ)ほか


2004年07月21日(水) 座敷わらしの末裔

 目覚めてもまだ、昨日の湯浅憲明監督死去のショックが尾を引いている。
 何だかフッと魂が抜けたような、そんな感覚。平田昭彦さんが、天本英世さんが亡くなった時も、こんな感覚に襲われた。後進に何かを語れるほどのナカミも築き上げられてはいないのに、敬愛する先輩たちが次々と去っていかれる。みんな私を置いていく。『ポーの一族』ではないが、そんな心境だ。
 それでようやく気がついたのだが、私はまだ、「昭和ガメラ」の続編が湯浅監督の手によって作られることを期待し続けていたのだった。
 もちろんそれは無意識の領域でであって、理性で判断するなら現実にそれがありえないことは承知している。『宇宙怪獣ガメラ』を見れば、1980年の時点で湯浅監督にそういうパワーが無くなっていたことは歴然としていた。
 それでも私は(いや、多分全ての「昭和ガメラ」ファンは)、「ジグラ」との対決がガメラ最期の戦いではないと信じて疑わなかった。197“2”年度作品として作られる予定だった『ガメラ対双頭怪獣ガラシャープ』も、湯浅監督がきっと「完成」させてくれるものと思いこんでいたのだ。理屈ではない。ある意味これは「信仰」に近かった。晩年の本多猪四郎監督の『ゴジラ』復活は期待していなかったのに、湯浅監督には無条件で全幅の信頼を置いていたのだから。恐らくそれは、湯浅監督があちこちで語っていた怪獣映画への情熱を聞いていたからだろう。80歳で映画を撮った監督はいくらでもいる。70歳なら、まだまだだ。そう思っていたのに。
 一人、また一人と先達をなくしていくにつれ、「信仰」を私たちは捨てざるを得なくなっている。ひたすら寂しい。


 時折、アタマの中がホワイトアウトしたみたいに「ぼおっ」としてしまうのだけれども、今日はキャナルシティで劇団四季のオリジナルミュージカル、『ユタと不思議な仲間たち』の公演を見にいく日なのである。ぼおっとしてるから、で休むわけにはいかない。
 家を早めに出たので時間は充分にある。「大東苑」で焼き肉を食べて(もちろん大半はしげの胃の腑に納まっている)、しげのショッピングに付き合う。この間からしげは髪止めに凝り始めたので、好きなのを一つ、二つ、見繕う。
 「金魚柄に凝りようと」と言ってしげが選んだのは、まさしく金魚鉢の中に金魚が浮いているようなプラスチックのボール二つを、ゴムでつないだもの。歩くと、そのボールの中の金魚が揺れて見える、という仕掛けである。洒落ているというよりはなんだか玩具っぽいが、色っぽいのはしげには全く似合わないので、こういうののほうがいいのだろう。

 ふと、イベント告知のポスターが目について、しげの目が丸くなる。何と今度の土・日曜日に、USJの「ブルース・ブラザース・ショー」がここキャナルシティであるというのだ。
 当然しげは見たがるものと、「行きたいなら、行こうか?」と水を向けたのだが、なんだかしげの様子がおかしい。眉間にシワを寄せて、首をぐるんぐるん回し、どうやら悩んでいる風である。何を悩む必要があるのか聞いてみるとこういう返事である。
 「……だって、ニセモノだし……」
 そりゃ、ホンモノであるわけがない。第一、片方は本物だって亡くなっている。「じゃあ、行かない?」と聞いたら、「行く!」と即答する。
 「ああ、でも、ニセモノだとわかってるのに見たいって思うのは、ダンに悪い? タモリのファンなのにコージー富田で我慢しようってそういう感じ? それってファンとしてダメってこと? ああ、でももしダンに全然似てなかったらどうしよう」
 ……まあ、好きなだけ悩んでつかあさい。

 開演20分前に福岡シティ劇場へ。
 今回の『ユタ』は、キャナルシティ8周年記念のご招待公演。5000円以上キャナルで買い物をした人がレシートを集めて応募すると、抽選でチケットが当たるというキャンペーンをやっていたのである。私も本やら本やら本やらを買って7通ほど応募したら見事にペアチケットが当たったのであった。
 そういうことなので、客層は見事にバラバラである。家族連れから若いカップル、ご老人から子供まで、老若男女ひと揃い、という感じで会場は満席。どうやらキャンセルした人はあまりいなかったようだ。そりゃ、ロハで芝居が見られる絶好の機会だからねえ。
 私たち夫婦は、2階席のかなり奥まったところであった。私の視力では到底舞台は見えないので、オペラグラスを取り出そうとしたが、いつもはバッグに常備していたはずのそれをどこかに置き忘れている(おそらく家の、本の山の中のどこかだろう)。仕方なく、劇場でオペラグラスを借りて鑑賞することにした。
 芝居自体はそこそこの面白さ。ファミリーミュージカルだから、セリフに説明的なところが多いのは致し方ない。ほかにも細かい不満はちょこちょこありはするのだが、そもそも『ユタ』が「ミュージカル」に向いた題材だったかどうか、という点はかなり気になった。役者さんたちの熱演を見るにつけ、かえってミュージカルと東北ファンタジーとの間の違和感を覚えないではいられないのである。
 見終わったあとで、しげが「ファミリーミュージカルならあんなものなのかなあ」と呟いていたが、必ずしも家族向け、子供向けの芝居がワンランク、ツーランク下とは限らない。今回の芝居はやはり題材にちょっとムリがあつたと思うのである。
 それにしても、「座敷わらし」の末裔である「ガメラ」の監督が亡くなられたことを知った直後に、その元祖「座敷わらし」の物語の芝居を見ることになるとは、何と哀しい因縁であることか。


 帰りにHMVに寄って、『シュレック2』のCDを購入。エディ・マーフィとアントニオ・バンデラスのデュエットによる「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ.」は、この一曲だけでもこのCD買ってよかった、と言えるくらいの出色の出来。
 帰り道、ヤマダ電器に寄ってDVD‐Rほかを買う。
 そのあといきなりしげにカラオケに誘われた。割引券があるのでもったいないから使おうというのだ。あまりそんな気分じゃなかったが、少しは気分が晴れるかと、久しぶりに2時間熱唱。しげは今度の芝居で使う予定の『新エースをねらえ!』のテーマソングとかを歌っていたが、私は熱唱系を避けて、静かな「癒し系」(ヤな言葉だけどそういう気分の時もあるのよ)の歌ばかり選ぶ。と言ってもやっぱりアニソンだけど。「まんが日本昔ばなし」とか、カラオケで歌ったのはじめてじゃないかな。

 帰宅したのはまだ日も高いうちだったけれど、なんだかどっと疲れていた。


 DVD『住めば都のコスモス荘』1・2巻。
 読んだ本、マンガ、吉崎観音『ケロロ軍曹』1〜5巻。
 あだち充『KATSU!』13巻。
 清水としみつ『巨神ゴーグ』。

2003年07月21日(月) うらんでやるわああああっ(^o^)/映画『星空のマリオネット』/『花の高2トリオ 初恋時代』
2002年07月21日(日) アニソンしか歌えないわけじゃないけど/DVD『千と千尋の神隠し』/『吼えろペン』5巻(島本和彦)ほか
2001年07月21日(土) やたら長長文になっちゃいました。すみません/『裏モノ見聞録』(唐沢俊一)ほか


2004年07月20日(火) 湯浅憲明監督、死去

 今年一番の猛暑。どこぞでは39.5度を記録したとか、40度を越えたところもあるとか。
 福岡でも、街を歩くとあちらこちらで、体力のない女子供や老い先短い老人が熱中症で倒れ伏している(嘘)。

 こういう暑い日には訃報があるんじゃないかと危惧していたら、やっぱり「昭和ガメラ」の湯浅憲明監督が物故。でも亡くなってたのは6月14日のことであった。死因は脳梗塞。享年70。
 発表がここまで遅れた理由はよく分らないが、「葬儀は近親者のみでおこなった」と記事にあるから、多分、ご本人のご遺志だったのだろう。
 「昭和ガメラ」シリーズが終了して30年以上、テレビの『コメットさん』や『刑事犬カール』『ウルトラマン80』などから数えても何十年もの間、映画、ドラマから離れていたわけだから(いやまあ、『コスプレ戦士キューティナイト』の監修とかあるけど)、実質的には引退状態だったのだろうが、不思議なことにそんな印象がない。なんだかつい最近も映画を撮っていたような気すらする。それだけ、私たち「ガメラファン」の心の中に、湯浅監督が「今も」生きていたということなのであろう。

 「私たち」と書いたが、40代以上で自分のことを「ガメラファン」だと自信を持って言い切れるファンがいったいどれだけ生き残っているのだろうか。「平成ガメラ」ファンではない、「昭和ガメラ」ファンの、である。
 東宝の「ゴジラ」シリーズに比べて、大映の「ガメラ」シリーズはどうしても後発ゆえの謗りを免れず、「ゴジラよりもガメラのほうが好きだ」と言えば、かつては(今でも)いっぱしの特撮ファンから鼻であしらわれたものであった。いわく、「特撮がチャチ、金がかけられていない」「ストーリーが子供向け、子供騙し」「そもそもカメが空を飛ぶってだけでお笑い」……それを言うかな。
 ともかくゴジラシリーズに比べれば、子供向け路線が露骨だったのが「オトナ」から見れば「馬鹿馬鹿しい」と捉えられていたのだろう。なんたってガメラは「子供の味方」である。なんであんなドデカイ怪獣が子供にだけは味方をしてくれるのか、リクツを考えていけば確かにオカシイのだが、しかし、それを当時子供だった我々は別にツッコミもせず素直に受け入れていた。設定のチャチさに気付いていなかったのではない。チャチであろうと、その設定の魅力が子供たちの心を捉えて離さなかったのだ。テレビの特撮番組で、ピアノ線を発見して笑っていた子供たちも、ガメラには不平を言わなかった。ディテールに突っ込むのとはわけが違う。「子供の味方」であることを否定することは、ガメラの存在自体を否定することになる。自分の友達を否定できる子供など、誰がいるだろう?
 我々は『ガメラの歌』を、『ぼくらのガメラ』を、『ガメラマーチ』を本気で歌った。『ゴジラマーチ』は誰も本気で歌わなかったのにである(いや、一応こっちも歌いはしたけど)。

 ガメラは子供にしか分らない友達だった。もっと具体的に言えば、「孤独な子供」にとっての友達であった。ガメラシリーズでガメラの「友達」に選ばれる子供はほんのひと握りであり、それも子供たちのグループからはどこか外れた、「規格外」の子供たちである。核家族化が進み、「鍵っ子」が社会問題化していたあの時代、「村八分」な目に合っていた子供たちは多かった。怪獣ファン、アニメファン、そういう子供たちは確かにたくさんいたが、中でもガメラが一番好きだ!と断言できる子には、「のび太」のような「いじめられっ子」が多かったのではないか。その意味でガメラは「座敷わらし」と同じく、「ある特殊な子供にしか見えない」民俗なのである。我々は座敷わらしの伝承は失っていたが、代わりにガメラを得ていたのだった(今の子にとっては、これが「トトロ」あたりになるのだろう)。
 だからこそ言えることがある。
 オトナになって、「昔のガメラって、今見るとつまんないよね」と簡単に言ってしまえるのは、座敷わらしが見えなくなっているのと同義なのである。いや、大人になっても妖精の存在を信じているのはデンパさんであろう。私だって、別に「ガメラが本当にいてくれたら」なんてことが言いたいわけではない。オトナになって、夢見る心や純真な子供の心を失ったとか、そのことを憂えたり、童心主義を礼賛したいわけでもない。
 人間として作りあげられてきた自分、「文化」としての自分を、そんなに簡単に否定してしまっていいのか、ということなのである。

 「平成ガメラ」が復活した時、我々ガメラファンは喜んだ。“どんな形であろうと”、ガメラが再び見られる、こんな嬉しいことはないからだ。だから、物語がリアル路線に切り替わろうが、ガメラから背中のウロコが消えようが、ギャオス以外のライバル怪獣を一体も復活させなかろうが、「藤谷文子、子どもじゃないじゃん」と腹が立とうが、監督が「別にオレたちガメラファンじゃないしぃ」と公言しようが、脚本家が「『キングコング対ゴジラ』を参考にした」とライバルのコンセプトを持ち込もうが、特撮監督が「所詮カメじゃん」とのたまおうが、数々の暴言、失言について「我慢」したのだ。いやしくもプロである彼らは、不満を抱えつつも「カッコイイ」ガメラを現代に蘇えらせてくれたのだから。
 それでも彼らは、いったんは「許しがたい」暴挙に出ようとした。あのガメラのトレードマークである「回転ジェット」を「リアルじゃないから」と外そうとしたのである。それが会社の反対にあって渋々復活し、結果的にそれは平成ガメラ第一作で一番燃えたシーンになった。これがガメラファンの溜飲をどれだけ下げたことか。

 映画として、平成ガメラの方が昭和ガメラに比べてはるかに見応えがあるのはわかる。普通に特撮映画ベストテンを選べば、昭和ガメラは一本も選ばれなくても、平成ガメラはランクインするだろう。しかし、映画の完成度と、「好き」度、あるいは自分を作ってくれた何かに対する愛情度、感謝度とは、必ずしも比例はしない。特撮ファンが昭和ガメラシリーズで評価するのは、せいぜい『大怪獣ガメラ』『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』までである。私も、特に映画ファンでない人に「面白いよ」と勧めるならギリギリここまでである。しかし、登場する子供たちが大活躍し、ガメラの窮地を本当に助けたのは、実は第四作の『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』以降なのだ。
 『バイラス』でスーパーキャッチ光線を反転させ脱出するアイデア、『ジャイガー』でガメラ体内の幼虫を退治するアイデア、どれもありきたりなもので今の若い人にはつまらないと感じられるかもしれない。けれど、我々が当時あの映画を見ていたとき、私たち「子供」は、確かにあの子供たちと「一緒になって」ガメラを助けていたのだ。

 唐沢俊一氏の『ガメラを作った男―評伝 映画監督・湯浅憲明』を読むと、湯浅監督はかなり計算高い人で、子供を主人公にしたのも、ゴジラの後発作品で二番煎じの謗りを受けつつも客を呼ぶための「策」であったことが語られている。こういう記述を見るとすぐに「商業主義」と非難する人も多いが、これはそういうレベルの話ではない。安易なキャラクター造形力では、たとえ子供を主役にしたところで、子供の共感を得られるものではないのだ。
 湯浅監督は決して子供を「無力な存在」としては描かなかった。大人では気がつかないちょっとした知識、感性、それだけでも充分大人顔負けの活躍を見せてくれること、いわば江戸川乱歩の小林芳雄少年や明石一太郎少年の末裔としての少年像を、そこに描いてみせてくれていたのだ(あのね、大人の知識持ってるのに姿は子供、なんてインチキとは違うんですよ)。
 いつもは、誰か好きな役者さんや監督さんが亡くなると、ネットをあちこち散策して感想を読んだりするのが常なのだが、今回はやめた。なんかねえ、半可通なオタクがヘタに昭和ガメラを「分析」して貶すのを見たりしたら、さすがに泣きたくなりそうだから。

 昭和46年、私は大映の倒産を学校帰りの道端で、友達から聞いた。
 ガメラがもう作られなくなることも。
 あの時の、友達の寂しそうな横顔と、目の前に広がる田んぼの何事もなかったかのような風景は、今も目に焼きついたままである。あの友達は、今もまだガメラファンだろうか。あの時の田んぼはとっくに潰れてしまっているけれども。
 ゴジラは何度中断しても、絶えることなく作られてきた。ゴジラファンは、ゴジラの姿形が変わっても、「やっぱりゴジラだ」と思って映画館に足を運ぶのだろう。けれどガメラは、やはり昭和46年のあの日以来、帰って来てはいない。今、あのガメラの背中に乗っているのは、きっと湯浅監督なのだろう。

2003年07月20日(日) もう今更ロリコン犯罪にも驚かないし/『バジリスク 甲賀忍法帖』1巻(山田風太郎・せがわまさき)ほか
2002年07月20日(土) 漫画映画復活!/映画『猫の恩返し』/『ああ探偵事務所』1巻(関崎俊三)/『美女で野獣』1巻(イダタツヒコ)ほか
2001年07月20日(金) 一人で見る映画/映画『千と千尋の神隠し』


2004年07月19日(月) 脳髄のとろけた女

 昔からしげはしょっちゅう寝惚けて、ウワゴトを言ったり、夢と現実の区別がつかなくって、夢のことで私にヤツアタリしたり(夢の中で私が浮気したと言って怒るのだが、これで本気で怒れる感覚がヘンである)、メイワクこの上なかったのだが、睡眠薬を飲んで寝るようになってから、そのあたりが一段と激しくなっているようである。
 昨日は「寝る直前にモノ食うな」と厳命したにも関わらず、薬の効いてる手でカップラーメンを作ろうとして(またコテコテしたモノを食おうとするし)、熱湯をざばーと手にかけてしまった。しかも寝惚けているから、どうしたらいいかわからない。すぐに冷やして軟膏を付けさせたから、大事にはいたらなかったが、睡眠薬を飲んだあとも絶対におとなしくしようとしないから、私の方がいつも気が気じゃないのだ。
 「だって、睡眠薬飲んだあと少し動いた方が効きやすいんだもん」と主張するのだが、だからって火は扱うな、あほう。……と言っても寝惚けているからわかんないんだな。ずっと監視しとくわけにもいかないし、どうすりゃいいのか。
 で、寝てからも寝相が悪いから、夕べは横に積んでいた本の山にパンチを食らわしてバラバラっと倒し、顔面にぶつけてしまったのだが、「きゃあ」と悲鳴を上げて起きるやいなや、「アンタ、本落としたね!」と私をなじった。
 私はその悲鳴にビックリして起こされたのだが、落ちてきた本を見ると、しげの横にあったもので、どう考えても自分でやったんである。被害に合うと全て私に責任転嫁する根性悪なのである。
 「お前が自分でやったんだろ!? さっさと寝ろ!」と怒鳴ると、しげ、ほや〜んと白目を剥いてぱたっと倒れ、即座にイビキをかきはじめた。まるでマンガキャラである。
 しかも、数時間後、今度はしっかり目が覚めたしげ、顔をさすりながら「あれ? なぜか頬が腫れてるよ? ……アンタ、寝てる間にオレを殴った?」とか言ってるのである。
 ……さっきの文句もウワゴトかよ!
 と呆れてしまったのだったが、さらに数時間経って、また「なんで顔が腫れてる? アンタ寝てる間にオレのこと殴った?」と聞いてきたので、「それ、さっきも聞いたろう!」と怒鳴ったら、キョトンとして「ええ? 今、初めて聞いたよ?」と、こうなのである。
 ……やっぱコイツ、「乖離症」なんてカッコイイ名前(本人はハクが付いたと思って気に入っているのである)付けてやるより、単に「健忘症」って言ってやったほうがいいんじゃなかろうか(-_-;)。


 しげが天神で買い物したい、というので朝から出張る。
 こないだから「法被がほしい、法被がほしい」と五月蝿かったのだが、本格的なものだと当然お高いので、安売りの店がないかと探しに行ったのである。けれどお目当ての店は既に潰れていて、いきなり当てた褌が向こうから外れた。
 そのうち、どこかで買えるだろう、と、今日のところは法被は諦めて、別の買い物。
 「アニメイト」で、前々からしげのほしがっていた『鋼の錬金術師』のエドワードのコートを買う予定だったのだが、現物を見るとサイズがちと合わなかった。いや、Sサイズでもチビなしげには丈は充分なのだが(「誰がウルトラスーパードチビだ!?(`△´+)」「そこまで言ってねえ!」)、如何せん、胸周りが足りなすぎた。……88センチまで充分入るんだけど、しげ、メートルあるから(^_^;)。貧乳なお方には羨ましかろうが、巨乳のナヤミというのはこういうところにあるのである。


 しげはラクーンドッグさんとこの練習に参加するために早良へ向かう。
 私は映画『ラブドガン』を見に、シネリーブル博多駅へ。ところが映画館の中に入った途端に、携帯から『ルパン音頭』が鳴り出したので大あわて(しげがそう設定したのである)。しげ、練習の日にちを間違えていて、今日は集合はないのだとか。だったら一緒に映画を見ればよかった。……と思ったけど、しげが気に入るタイプの映画じゃなかったかもな。
 昨日の『スチームボーイ』を見たあとでは、全ての映画は傑作に見える。鈴木清順門下の渡辺謙作監督による『ラブドガン』もかなりヘンな映画だけれども、そのヘンさが切なく心地よくすらある。『スチームボーイ』は映画じゃないけど、『ラブドガン』は映画だから。主演の永瀬正敏はこれまででも最高に属する演技を披露してくれているが、1番いい味を出していたのはやっぱり岸部一徳。
 気に入っちゃったので、紀伊國屋に寄って原作小説まで買ってしまった。


 夜、キャナルシティでしげと待ち合わせ、『シュレック2』を見る。
 1作目よりちょっと「落ちた」感じはあるが、相変わらず面白いし、これじゃディズニーが勝てないのも無理はないが、同時に「これってフルCGでやらなきゃならないネタじゃないよな」とも思う。1作目の時にも思ったのだが、同じ脚本でシンエイ動画で普通のセルアニメとして作ったほうが絶対にもっと面白くなる。
 それでもアカデミー賞で『スチームボーイ』と戦って『シュレック2』のほうが負けるようなことは、天地が逆さになってもありえないことだと断言しよう(そこまで腹が立ったか)。


 読んだマンガ、島本和彦『吠えろペン』11巻、12巻。

2003年07月19日(土) 水害という名の人災/DVD『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX/笑い男編』
2002年07月19日(金) 踊る大脂肪/映画『MIB供戞拭悒錺ぅ蛭如”雲児たち』3・4・5巻(みなもと太郎)ほか
2001年07月19日(木) 天ブラサンライズ/『吼えろペン』1巻(島本和彦)/DVD『サウスパーク無修正映画版』ほか


2004年07月18日(日) 史上サイテイの映画( ̄△ ̄#)

 今日は練習に参加する予定だったのだが、カトウ君がお休みということなので、結局は出かけず。溜まった日記の更新にいそしむ。
 昨日しげにサルベージさせたデータであったが、名前を変えて保存しやがったおかげで、やっぱりホームページビルダーでは更新ができない。これからは更新するときは1ページ1ページ、新たに作りなおすしか方法がなさそうである。とりあえず、ホームページの表紙に、志免炭坑竪坑櫓の写真をアップ。


 夕方から練習に合流。
 今日の出席者は、鴉丸嬢、其ノ他君、桜雅嬢(ラブ吉っつぁん)、しげ。ちょうどしげが「とうちゃんはセリフだいたい覚えたぞ、ほたる」(まだクニエをやってるのである)と鴉丸嬢を苛めていたところであった。
 前々から其ノ他君に頼まれていた『モンティ・パイソン』のDVDボックス二つを持って来てお貸しする。テレビシリーズを何本か見て、全部見たがっていたのだが、これだけでもDVD15枚分あるのだが、全部見切れるのだろうか。さらに貸してないDVDがまだ7枚残ってるのだが、さて、そこまで辿りつけるかどうか。がんばっていただきたいものである。
 鴉丸嬢には、イラストを描いてもらうために『ドグラ・マグラ』『火星の女』『ユメノ銀河』の夢野久作映画3本立て。「『鬼畜』とかより、こっちのほうが描きやすい」とのたまわれる。普通は逆なんだけど、歴戦のツワモノは違うのである(^_^;)。絵柄は別に役者に似せなくても自分のキャラでいい、とお願いしてあるので、どんなイラストがあがってくるか楽しみである。トップページの表紙絵も頼んまっせ。『O嬢の物語』(コリンヌ・クレリー版)のビデオも頼まれていたのだが、こちらは持って来るのを忘れた。
 ……っと、こんなことまで書いてたら、「O嬢」とかで検索かけてくる客が覗きに来ちゃうじゃないか。いや、えっちな話題はほぼありませんので、あまり期待なされないように。鴉丸嬢のイラストが掲載されたときにはえっち度が30%増になると思います(^o^)。
 桜雅嬢が『ドグラ・マグラ』のパッケージを見ながら「グロいのは苦手」とか言ってたが、あれだけエロなのが好きなのに、そんなこと言うとは、彼女にとってのエロはやっぱりファンタジーなのであろう。


 車をいったん、東比恵の駐車場に置いて、映画を見に天神まで地下鉄で。
 福家書店で本を買いこみ、ロッテリアでハンバーガーを食べて、時間を潰す。
 9時から天神東宝で『スチームボーイ』。大ホールは『スパイダーマン2』の上映に使われていて、こちらは小ホールの方の上映。期待されてないことが一目瞭然である。
 しかも一昨日公開されたばかりだというのに、客は半分も埋まっていない。客層はだいたいオタクっぽいのが単独かグループか、カップルがチラホラ、オジサンがあとちょっと。あまり「広がり」はない。今日の客入りだけで即断はできないが、そこそこヒットはすると思うけれど、大ヒットとまではいかない印象だ。
 予告編で、いよいよ『ゴジラ FINAL WARS』が紹介されたが、まだ怪獣たちの姿は見せず、役者たちのアクションシーンばかりのクリップ。これだけ見てると、いつもの北村龍平映画で、「ゴジラ映画」って感じが全くしない。半可通なオタクは見る前から既に貶しまくっているが、これを見てまたピーチクパーチクかしがましく囀ることであろう。まあ、これまで「期待しないで見に行ったほうがまだしも傷は浅い」ってことを散々学習してきた結果なんだけれども。映画『ドラえもん』が来年お休みの告知もあり。
 何と言っても『ハウルの動く城』の映像が素晴らしい。飛行シーンが評価されることの多い宮崎監督であるが、それもアニメーションで「奥行き」を表現する技術が群を抜いているからこそである。城から俯瞰で見た谷底のあの深さ! 私はその画面だけで大感動してしまったが、しげは「宮崎さんならそれくらい描けて当然」とヒトコトで切って捨てた。要求されるレベルが既に最高、というのはなかなかツライことである。
 それに比べりゃいいよなあ、ゴジラ映画の監督は。ちょっとマシなの作れば大絶賛されることは疑いなしである。

 さて、全く期待しないで見に行けばそれなりに見られるかと思った『スチームボーイ』であったが、大友克洋作品(脚本等も含む)中、一、二を争うほどの不出来であった(ーー;)。いや、もともと大友アニメで出来がよかったのなんて殆どない。『工事中止命令』『老人Z』『最臭兵器』あたりがちょっといいくらいで、『AKIRA』だの『スプリガン』だの『メトロポリス』だのを見ていると、この人はドラマにおけるキャラクター造形がいかなるものなのか、根本的に分かってないのだ、と断定せざるを得ない。
 ……てゆーかー、所詮Dr.オートモだしぃ、ロクなのになりゃしないってことくらいー、分かってたんだけどー、いちおー、見てみないとー、文句は言えないなーって思ってー、行ったんだけどー、サイテー? ってゆーかー、才能ないヤツ、田舎に帰れってゆーかー、こんなにつまんない映画見たの、初めてかなーってー。
 ……いかん、どんどんアタマが馬鹿になるのである。貶し出したらキリがないので、簡単に言っちゃうけど、「陳腐」で「馬鹿」。時間とカネと枚数かけただけであとはスカスカである。劇団ホームページのほうの日記にも書いたが、「ともかく、友達にからかわれただけで鉄のプラグでアタマ殴りつけるような既知外ヒーロー(長崎11歳少女か)や、タカビーで自分のペットを虐待して平然としてる人格崩壊ヒロインに感情移入しろって方がムリ」なのである。そういうのは四畳半マンガ描いてたころの大友マンガの名残りだけど、その時の気分で冒険活劇書くなよ。キャラとドラマが合ってねえんだって。
 テーマも「科学の進歩は人類に幸福をもたらすのか?」という古色蒼然としたものだが、それを「新しく」見せる技術がないから、とことん画面が「沈んで」いくのだ。歯切れは悪いし、エロアニメよりよっぽど子供の情操教育に悪いわ。
 ……おっといかん、書き過ぎた。もうあとはコンテンツの方で思いきり貶そう(^_^;)。
 1円でも金を払って見るだけ損だと思うが、ともかく、どうしても見るっていうなら止めはしない。ただ、レンタルDVDかテレビで流れるのを待って、ヒマツブシに煎餅食いながら屁こいて見るので充分だから、おーともさんと心中したい、あるいは1800円をドブに捨ててコンクリートで埋め立てて、アスファルト敷くことになっても構わないってマゾヒスト以外は、そうしたほうがいいということだけ忠告しておきます。
 ……ここまで貶しておけば、かえって見てみたくなる人も少しは出るだろうな。さあ、私と一緒に不幸になりなさい。

 見たくもない映画を見せられて、しげの機嫌が頗る悪い。悪すぎて、すっかり「クニエ」を忘れてしまっている。「なんでこんなに早く来るの? そんなに大友が好き?」と絡むこと絡むこと。全く、針のムシロである。
 帰宅してネットを覗いてみたら、既に続編製作が決定したそうな。……何が受けるか分かんない世の中だしねー。クソでも食いたい人もいるだろうから、何を作ろうが構わないけどねー。せめて芳香剤くらいは置いといてよ(T∇T)。


 マンガ家、鈴木義司氏が昨17日、悪性リンパ腫のため死去。享年75。
 読売新聞夕刊の『サンワリ君』は30年以上に渡って連載されていたそうだが、そのあまりのツマラナサは、一時期マンガマニアたちに異常に“持ち上げられて”いた。つまり「ここまでつまらないマンガが描けるのはスゴイ!」という“評価”である。そういう評価の仕方はかえって一種のスノビズムに陥っているようで、私はあまり好きではないのだが、実際、鈴木さんのマンガのどこをどう面白がればいいのか分からない、という事実は確かにその通りであった。
 いや、どれほどつまらないか、紹介したいところだが、あまりにつまらなすぎて、殆ど記憶に残っていない。軽く千本、二千本は読んでいるはずだが、どんなネタだったか、ただの一本もとっさに出てこないのである。それどころか、その日読んだマンガでさえ、数時間後には忘れてしまうくらいに何一つ引っかかるものがない。
 新聞をあさって探し出してみた、おそらくはこれが遺作と思われる2004年7月2日(金)の11240回(翌日から休載)の『サンワリ君』はこういう4コマである。

 1、波止場で釣りをしているオジサンにサンワリくんが声をかける。
 「小学生のころ 海で釣りしたことあるなァ」
 2、サンワリくんの独り言。
 「海は心のふるさと」
 3、続けてサンワリ君の独り言。
 「そうだ こどものころ歌った歌を思い出した」
 4、歌うサンワリくん。
 「♪うさぎ 追いし かの山♪」
 驚くオジサン。
 「海の歌じゃないのか」
 
 「これはどこがどう面白いかと言うと」と林家三平師匠を呼んできて解説して頂きたいところだが、残念なことに師匠も既に故人である。
 ともかく何もない。サンワリくんがただの勘違いで「山の歌」を歌っているのか、ワザと間違えているのか、そのいずれとも判別しがたいが、だからそれが何? という内容である。海なのに山の歌を思いだした、でもそれはギャグかユーモアか、そのどちらでもないのではないか。では何か。ポン、と膝を打つようなウィットでもなければ、ほのぼのとした味わいでもない。ペーソスやサタイアでは絶対にない。ほかの回ではサタイア的なものはあったかもしれないが、それも殆どヒネリというものがなかったような気がする。ともかく覚えてないから、コメントのしようがない。
 これがつまらないダジャレや、下品なオヤジギャグなら、脱力したり腹を立てたり、何らかの形で記憶に残るだろうが、そういうトンガッたところが全くない。まるで、ただひたすら波もなく水平線だけが続いているようだ。古いと言えば古いのだが、かと言って。古臭くて読むにたえないわけではない。
 考えてみたら、『お笑いマンガ道場』で拝見していた氏のお姿も、マンガ家のイメージとは程遠い“フツー”の人であった。“怒れるブルドッグ”富永一朗氏を「貧乏」とからかい、しょっちゅう土管に寝泊りさせたり、乞食をさせたり、逆に自分は豪邸に住んでいるとするマンガを描いていた氏であったが、それが氏の唯一の「毒」であり、またその程度のものでしかなかった。
 細い目を開きも細めもせず、ニコニコ笑っている氏は、だからと言って人格者に見えていたわけでもなく、また逆に悪意ある人にも見えなかった。“飄々”と評するのは妥当だろうか、確かにそんな感じもなくはないが、風にさすらっているような雰囲気はない。でも仙人や地蔵のように悟っている感じもない。聖でもなければ俗でもなかったのだ。
 結論付ければ正体不明。本当に、いったいどんな人だったのだろう? 「鈴木義司がそこにいる」、そうとしか表現のしようがないようである。そういう意味ではやはり「惜しい人をなくした」と言えようか。


 読んだ本。
 マンガ、遠藤淑子『退引町お騒がせ界隈』1巻、『王室スキャンダル騒動』(いずれも白泉社文庫版)。いや、『スチームボーイ』ショックが強すぎて、早々と寝たもんで。

2003年07月18日(金) 「よろしかったでしょうか」の謎/映画『ソラリス』/『ウエスト・ウイング』(エドワード・ゴーリー)
2002年07月18日(木) 芸能界の宿便/『名探偵コナン』38巻(青山剛昌)ほか
2001年07月18日(水) 夏到来! ……って暑いだけだって/『夢の温度』(南Q太)ほか


2004年07月17日(土) 私の私の妻っはぁ……クニエだよ(ーー;)。

 しげが病院の診断で、「乖離症」という名前を貰ったことは既に述べた(ということは、京極夏彦のあの小説に出てくるあの人も「乖離症」なわけだな)。
 診断は受けても、あまり状況は改善されてなくて、しげは相変わらず家事は全くやらない。「毎週ン千円も払うのってもったいないかなあ」としょっちゅうボヤいていたのだが、だったら家事すりゃいいのである。なんだか病名が付いてから、かえって病気に甘え始めた気がするぞ。
 昨日、しげは病院で正式に身障者申請をすることにしたそうである。身障者にも等級があるので、何級になるかはまだ分からないのだが、映画料金とか少しは安くなるかもしれない。私も視力のことがあるから、二人で申請すれば身障者夫婦ということになるのだが、私の場合は「映画なんて見ちゃいかーん!」と墓穴掘りになっちゃう可能性もなきにしもあらず、それが怖くて、申請しにくいのである。大画面の映画館でも、前から4番目くらいでないと、最近は細かいところがわかんなくなってきてるのだけれども。


 しげは今週の初め頃から何を思ったのか突然『北の国から』の「田中邦衛」の口真似を始めて、日常会話もずっと田中邦衛、私のことを「ジュン」と呼んだりして、それがもう一週間も続いている。
 きっかけは、今度の芝居のキャラクターを演じるのに、私が「もっと鼻にかかった感じで」と指示したところ、何を勘違いしたのかそれが「田中邦衛」になってしまったものようだ。……別に田中邦衛は鼻にかかった喋り方はしてなかったと思うがな。というか、しげ独特のイントネーションで変質してしまったそれは、既に田中邦衛でもなんでもない。謎の変質者である。
 「じゅん、今゜日はどこ゜に行く゜か゜? 父さん、コバラか゜すいたぞ。スシでも食いにいくか゜?」
 こんな父さん要らない(~_~;)。それになにかヘマなことを言うたびに、「だか゜らおれたち、富良野なんだ」と、意味不明な地方差別発言を繰り返す。鬱陶しくて仕方がないのだが、一度ハマってしまうと、すぐにはもとに戻せないらしい。全く、難儀なことである。
 私が田中邦衛の口マネをすると、これはどうしても「青大将」か「若者たち」か「次元大介」か「等々力警部」をこき混ぜた感じになってしまうのだが、かつてはコメディ・リリーフとしての役柄こそが「田中邦衛」のスタンダードであったものが(だからこそ喜劇ファンの間で小林信彦の『唐獅子株式会社』を映画化するなら田中邦衛を配役し、という仮想キャストもよく組まれていたのである)、『北の国から』という、田中邦衛のキャリアの中では重要ではあっても決して上等とは言いがたい黒板五郎役が、彼を語る唯一のタームになってしまっている現状は、残念としか言いようがない。


 こないだ「シーメイト」で撮った志免炭坑竪坑櫓跡の写真を表紙にアップしようと思ったら、ページが全く開かない。「データがありません」というので、そんな馬鹿な、とフォルダを調べてみたら、確かにデータを入れていたはずのものがきれいサッパリ消えてしまっている。残っているのは「ねこ画像」と題した私の知らないフォルダだけ。もしやウィルスにやられたか、と一瞬考えたが、ウチのパソコンでトラブルが起きたときには(というよりは家内のトラブルの大半は)しげの仕業であるのが常である。
 昔は私が「お前、何かやったか?」と問い質すと、「なんですぐ疑うん!」とヒステリーを起こしていたしげであったが、あとになって、実際にしげが無意識のうちにやっちゃってたことがバレるのがしょっちゅうだったので、最近はあまりヒスを起こさなくなった。少しは自分のことが分かってきたようだが、だからと言って改善されるものでもないのである。
 しげに、「お前、俺のパソコンいじったか?」と聞いたら、「動作が遅かったから、要らないデータ、捨てたよ」と言う。
 「要るデータ捨ててんだよ!」
 「ええ? 捨てた覚えないよ!?」
 「覚えがなくてもやってるの! だから無意識のうちにやるな!」
 ……ちなみにこのへんの会話も、しげは「田中邦衛」でやっているのである。脱力しているので怒る気にもならない。
 ともかく、責任を取らせて、丸一日かけてデータを復旧させる。おかげで、更新しようと思ってた記事も日記も今日はろくろく進められなかった。


 今日見たDVD『マルクス兄弟 オペラは踊る』をレナード・マーティンのコメンタリー付きで。余計な分析をせずにウラ話を説明してくれるのが有り難い。マルクスも全映画にコメント付けたいくらいだけれど、これくらい説明すればするほどその魅力をかえって減じさせかねないものもないのである。“喋る悪意”グルーチョ・マルクスの魅力を本気で味わいたい方は、ある程度は英語のヒアリングができること。
 あと、通販で手に入れた三谷幸喜の『バッド・ニュース・グッド・タイミング』を、これも三谷幸喜・生瀬勝久・八嶋智人のコメンタリーで。最初に八嶋さんを知ったのはこの芝居からだった。八嶋さんは面白いことは面白いんだけれど、オーバーアクトで、見苦しいのが難。コメンタリーでも伊東四朗さんから「ぼくが若いころ八嶋君みたいにからだが動いたかなあ」と言われて誉められた、とご本人は喜んでいたが、これ、「抑えが効かない」という皮肉だよ(~_~;)。三谷さんもそうしょっちゅう注意してるんだけれど、この人の口調ではホントのことを言っても「マジメでツマラナイ冗談」にしか聞こえないのであまり効果はなさそうである。


 「ロイヤルホスト」の割引券がハガキで届いていたので、夕方から買い物を兼ねてパピヨンプラザまで出かける。
 「ロイヤルホームセンター」で新しいカメの浮き島を購入。
 前のやつはやや大き過ぎて、亀が息を吸うときのジャマになってる感じだったので、小さめのを買うことにしたのだ。前のはまた亀が大きくなったときに使えばいいだろう。そのときにはケースももっと大きなのに換えなければなるまいが。あと活性炭入りの「タートルボール」とやらも一緒に買う。脱臭とカメの遊びの両方に使えれば、ということで買ったのだが、しげがやっぱり「なんでそこまでカメに」という目で睨むので、「カメの飛び込み台」は買うのを諦める。
 しかし、ホントにいろんなグッズ売ってるんだなあ。

 「ブック・オフ」で中古のDVDをいくつか買ったあと、ロイヤルホストで夏のカレーフェアのホタテカレーを食べる。しげはエビフライ定食だったが、「カキフライは要らないから」と私にくれる。ところが、これが一口齧ってみるとカニクリームコロッケ。
 「カキフライじゃないよ?」
 と言うと、「あ、間違えた」と言って取り返された。せこい。
 こんなに食い意地が張ってるから、しげはいつまで経ってもダイエットできないのである。
 
 
 読んだ本。
 山田風太郎『忍法帖短編全集3 忍法破倭兵状』。映画『コント55号 俺は忍者の孫の孫』の原作となった『忍法相伝73』の原型短編『忍法相伝64』を初収録。本作を毛嫌いしていた山田風太郎が亡くならなければ、この収録もなかったわけで、複雑な心境である。でも確かに山田風太郎にしてはピントのずれた不出来な作品。
 マンガ、野中英次『魁!クロマティ高校』10巻。しげが、見返しの作者コメントで「10巻記念で引越しができた。でも前のアパートより狭い」とあったのにえらく受けていた。長編シリーズに“逃げて”いるあたり、明らかにネタ切れなのだが、もともと微妙につまらない面白さ(としか表現のしようがない)が本作のウリであるせいで、レベルダウンしているようには見えないのである。これって強みか弱みか。
 倉田真由美『だめんずうぉ〜か〜』7巻。よしよし、まだ続いているぞ。子育てがんばって。
 森下裕美『COMAGOMA』6巻(完結)。また10年経ったら復活してほしい。

2003年07月17日(木) 本能に逆らえないやつっているのな/『なんてっ探偵▽アイドル』13巻(北崎拓)
2002年07月17日(水) それさえも平穏な日々/『脱ゴーマニズム宣言』(上杉聰)/『潜水艦スーパー99』(松本零士)ほか
2001年07月17日(火) 何年ぶりかの酒の味/『水木しげる貸本漫画傑作選 悪魔くん』上下巻


2004年07月16日(金) トンガリさん、絶体絶命……でもなかった(ーー;)。

 今日もまたまた会議であるが、今日こそは何としてでもトンガリさんをひっ捕まえようと、虎視眈々。会議があることを事前に教えりゃ逃げるし、教えなかったら(教えなかったことなどないのだが)「急に言われてもムリです」と言い訳するので、面倒なことこの上ない。ようやく職場に顔を出したと思うと、定時には帰るから、長話ができない。こちらが昼間は忙しくてなかなか顔を出せないと知っていて、勤務時間をタテに取っているのだ。このあたりの卑怯さも、トンガリさんの立場をどんどん悪くしている。
 今日も会議の開始時間が遅れて、結局、就業時間ギリギリになってしまったのだが、なんとか、トンガリさんを掴まえて、不明瞭な経理について、資料を見せて問い質した。
 「そんなものをいきなり見せられてもわかりません」
 「いきなりじゃありません。一月前にもお渡ししてますし、先週も再度お渡ししました。御覧になってると、こないだあなたご自身が仰ったじゃありませんか。本当は全然目を通してないでしょう?」
 「それは私が勝手にやったことじゃありません」
 「あなたしか担当者がいないのに、誰がやったというんですか? 私たちはあなたがやったことを責めてるんじゃないんです。やったらやったで事後処理は何とかしますから、経理を明瞭にするために資料を提示してほしい、と言ってるんです。『出す出す』と言って、いっぺんも出したことがないでしょう」
 「ここにこうやって資料が出てるんならそれでいいじゃないですか」
 「あなたが出さないから調べたんですよ! これはもともとあなたの仕事ですよ。それにこれで全部かどうかわかりません。今後も不明な経理が出てくるんじゃないですか? 仕事はちゃんとしてくださいよ」
 「それはお互様でしょう」
 「お互様じゃないです! 仕事をしてないのをそんな言葉でごまかさないで下さい」
 「それはどうもすみませんでした。時間になりましたので帰ります」
 ……仕事が出来ない人間というのもこれまで腐るほど見てきたけれども、ここまでひどいのは滅多にいない。
 会議のあと、ほかの同僚たちから、「なぜあんなのをクビに出来ないのだ」「頭がおかしい。病院に入れろ」と罵詈雑言が飛びまくる。私はさすがにそこまで言うのは躊躇した。頭がおかしかろうがなんだろうが、仕事さえちゃんとしていればそれは何ら問題にはならないからだ。ここまですべきことをしないでいて、なおかつクビにならないから妙なのである。
 ……前々から感じていたことなのだが、なにか簡単にはクビに出来ないウラ事情でもあるのではないだろうか。これではますますそのあたりのことを勘繰りたくなるのである。


 週末で、しげと映画でも見に行きたいところだが、今日はしげも仕事で一緒に行動で来ない。一人で行くしかないか、と、博多駅のシネ・リーブルに行ってみたが、いつもはやってるレイトショーが、今週は早仕舞いでないとか。もうちょっと早く来ていれば7時台の回に間に合ったのだが、同僚とトンガリさんのワルクチで時間を潰してしまっていた(^_^;)。
 しかも、『ラブド・ガン』を見るつもりだったのだが、映画館の受け付けで聞いてみると、これの公開も今週までだという。ということは連休中、昼間見に行くしかないということになる。今年は見たい映画が目白押しなのはありがたいのだが、見る時間を捻出するのがひと苦労、というのは困りものである。
 『下妻物語』も結局見にいけなかったが、あのカラクチ評論家の小林信彦ですら「『ニッポン無責任時代』以来のコメディの傑作」と絶賛しているのである。小林さんもトシでボケてる可能性もあるが(失礼)、実際、私の「嗅覚」にも引っかかっちゃいるのである。カトウくんも誉めちぎってることではあるし、これはもうDVDが出たら即買いするしかないかも。
 シネ・リーブルはこれから連続して見たいのを上映してくれるので、もう思い切って前売券を買い込むことにする。『クレヨンしんちゃん』の湯浅政明監督によるキッチュなアニメ『マインド・ゲーム』、山中貞雄監督の名作のリメイク、主役に不安はあるけどともかく見るぞの『丹下左膳・百万両の壷』、そして例のカンヌ映画祭最年少助演男優賞受賞の『誰も知らない』の3本。……出来不出来に差があろうとも、ともかくこれだけ心が踊らされる年もない。何度も言ってるが、今年2004年は間違いなく新世代オタク(20代まで)にとってのベル・エポックとなるだろう。
 オタクのことを変態だのロリコンだの、犯罪者予備軍のように謗るやつは多いし、多分この日記読んでる人の中でも「あ、キモいヤツがいる」って思ってる方もいるだろうけどね、チカンだの人殺しだのでムショに入っちまっちゃ、こんな楽しみは味わえないのだよ。だいたい二次元の女にしか興味を持てないなら、何の事件も犯しようがなかろう(^o^)。オタクは一生独身を貫き通してこそ正しい。だから某君、彼女できなくても気にしなくていいんだよ。『げんしけん』の班目も言ってるじゃないか、脳内妄想こそが真実の恋人さ♪ ……言ってないか。
 となると、結婚してる私はやっぱりオタクの規格からは外れちゃうことになる。やっぱ、生身の女性との触れ合いの方が好きだし。でもチカンはしないからね(年を取った相手とも付き合えることが条件なんで、肉体のみに興味があるわけじゃないのよ。……それがフツーってことだと思うんだけどねえ)。

 せっかく博多駅まで足を運んで、ムダに帰るのも何なので、紀伊國屋でDVD『イノセンス』『キル・ビルvol.2』の予約をする。『イノセンス』は4種類もバージョンが出る予定だが、ン万もするコレクターズボックスは諦めた。メイキングとアートブックはほしいけど、フィギュアが要らないから。台本付きのスタッフボックスの方を予約。『キル・ビル』はvol.1との揃いを考えるとTシャツ付きのボックスを買うしかない。嵩張るけど、一応2巻並べりゃキレイだろう(T∇T)。


 読んだ本、『江戸川乱歩全集第1巻 屋根裏の散歩者』。
 マンガ、石ノ森章太郎『サイボーグ009別巻 009アラ“カルト”』。
 メディアファクトリーの『完全版』にも収録されていなかった、モノクロアニメ版『009』の原作エピソードとなった『金色の目の少女』や『怪人同盟』、009や007がスピンオフした別短編などを収録。今や入手困難な作品もあり、マニア垂涎の1冊であった。

2003年07月16日(水) トリビアン・トレビアン!/『濃爆おたく大統領』1巻(徳光康之)/『壁際の名言』(唐沢俊一)
2002年07月16日(火) 乱れる話いろいろ/『ぴたテン』1・2巻(コゲどんぼ)/『桃色サバス』1巻(中津賢也)
2001年07月16日(月) 私のマスコミ嫌いも根が深い/『雪が降る』(藤原伊織)/『新ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)ほか


2004年07月15日(木) 父の引退と恍惚

 今日も残業で帰宅は9時過ぎ。
 残業自体は前からわかっちゃいたのだが、実はもちっとだけ早目に帰宅するつもりではあったのだ。ところが昨日の日記に書いた、『スパイダーマン』好きの同僚にとっつかまって、『スパイダーマン2』の感想を聞かれて、延々と喋っていたのである。いや、喋っていたのは殆どアチラで、私ではない。
 日記にこれだけばかすか書いてるものだから、私が私生活でもお喋りだと思ってるヒトもいるだろうが、そうでもないのである。確かに、「ここは喋らないといけないな」というときには喋りもするが、そうでないときは、挨拶以外、何日間黙っていても平気で、ヒトリゴトのクセも殆どないから、どっちかと言うと「周囲に壁を作っている」と思われても仕方がない面すらあるのだ。
 でも、別に同僚を敬遠してるわけじゃなくて、ただ単に話題が特にないからってだけなので、話かけられれば受け答えはする。しかし、こちらと趣味も信条も同じ、という人は滅多にいないから、積極的に世間話をしかけることは殆どしないのである。ひょんなことからその同僚とはお喋りをするようになって、こちらが映画好きということもバレてしまったのだが、おかげでやたらと映画の感想を聞かれるようになってしまったのにはいささか往生している。
 仕事関係者とはトラブルを起こせないので、ネットや私生活のときのように「あの映画はダメ」「この映画はダメ」とアケスケには言えない。ひたすら相手の「『スパイダーマン』はここがよかった」話をフンフンと頷いて聞いているだけなのだが、それだけで結構時間が経ってしまった。いや、後半は殆どトンガリさんへのワルクチであったが。当然のごとく、居残って仕事したにも関わらず、作業は明日にまで持ち越されちゃったのであった。


 帰宅した途端に、父から電話。
 今帰り着いたところだ、と言うと、驚かれるが、その声になんだか張りがない。用事を聞くと、「俺もそろそろ引退しようと思いようと」とのこと。
 父の糖尿も年を取るごとに悪化して来ているので、床屋を続けるのにもそのうち限界が来るだろうとは予測していたことだ。しかし昔気質の職人である父に、私が引退を勧めたところで、首をタテに振ることは到底考えられることではなく、かえって意固地になる可能性だってあった。本人がそうと決意しない限り、周囲で何を言ってもムダなので、ほったらかしていたのである。
 「俺も段々指が自由に動かんごとなってきよるしな。もともと8月いっぱいでやめようと思いよったと。……今度の誕生日で、いくつになるや? 69か」
 普通の定年退職より9年も余計に働いてるわけだし、母の死んだ年もとうに越している。
 「いいっちゃない? 扶養家族になるなら、手続きしちゃあよ」
 「うん、それはよかばってん……」
 どうも父の口調の歯切れが悪い。
 「なんね、なんかあったとね」
 「最近、姉ちゃんの愛想が悪いったい」
 「なんで?」
 「……あまり考えとうはなかばってん、店ば乗っ取るつもりやなかろうか」
 「……はあ? 何のことね」
 乗っ取るも何も、店は姉に継がせる約束をしていたのである。父がいったい何を言い出したのか、私はとっさに意味が分らず、思わず問い質していた。ところがそこで今度は父の方が怒り出した。
 「何のことて……お前が前に言いだしたことやないか」
……ますます「はあ?」である。どうも父は何か大きな勘違いをしているらしい。
 「姉」と呼んではいるが、私と血が繋がっているわけではなくて、40年来の父の弟子である。もっとも、私が物心ついてからずっと住み込みで暮らしてきたので、私にとって「姉」は、まさしく「姉」以外のナニモノでもない。父の店の権利も全て姉に譲渡することにしていたし、実の息子としての主張をする気など、私にはサラサラないのだ。当然、「姉が店を乗っ取るつもりではないか」なんて考えたことなど一度もない。いったい、父がなぜそのような思い込みをしてしまったのか、理解に苦しんだ。
 どうやら、以前、姉が店を継ぐ時に、姉自身が「親戚の人に、店ば乗っ取ったって言われんやろうか」と気にしていたのを、私が「別にいいやん。言わしときぃよ。何なら店の権利だけやなくて、土地の権利も姉ちゃんに譲渡しとけばいいっちゃない? 僕は要らんから」と言っていたのを勘違いしているらしいと思い当たった。父もだいぶボケてきているのである。
 「別に姉ちゃんになら、乗っ取られても構わんめぇもん。もともと店ば譲る気でおったっちゃろうが」
 「ばってんが、お前に少しくらい財産ば残しちゃりたいけん」
 「要らん。自分の財産は自分が生きてるうちに使いきりゃよかと。ぼくに残せるおカネがあるなら、旅行でも遊びでもお父さんの好きなことに使いい。棺桶の中までおカネ持ってっても、しゃあなかろうもん。葬式代だけ残しといてくれりゃそれでよかて」
 「葬式代も残しきるかどうか分からんぞ」
 「だったら職場から借金するけん、気にせんでよか。だいたい自分の死んだあとのことまで心配したっちゃ、どんこんならんめぇもん」
 「……そりゃそうたい」
 「仮に姉ちゃんが騙して店ば乗っ取ろうとしとったとしても、それで何が困るね? お母さんとか、親戚にずっと騙されて騙されて、騙されとうてわかっとってもわざと騙されてやって、それでもよかて思ってやっとったやない。馬鹿でよかて、それがうちの血筋やろうもん」
「……わかった。俺も年やな。こげん気が弱くなるとは思うとらんやった」
「年取って気が弱くならんわけなかろうもん。ぼくも病気のときは仕事なんてしとうもない、世の中どうなったってかまわんて思うもん」
「そうやな。お前と話して気が楽になった。今度またゆっくり話そうや」
父の気持ちが吹っ切れたのかどうだかはよく分らないが、電話はともかくそれで切れた。姉が父の疑心暗鬼通り、本当に店の土地の権利まで狙っていたとしても、私にしてみれば相続税だの固定資産税だの、面倒な手続きや支払いをする手間が省けて助かるくらいのものである。でも、姉のほうはどっちかと言うと、資産税だけ私に払わせて、店の経営を続けていった方が楽なんじゃなかろうか。まあどっちでも姉の好きなように決めればよいことである。
 しかし、父と話していて自分でもつくづく感じたことだが、私は根っからペシミストであるようだ。土地とか遺産とか、いや、親子の絆そのものを一切信用していない。というか、嫌っているのだ。父はこれが私からの事実上の「縁切り」であることに気付いていたかどうか。
 

 久方ぶりに、小林よしのりの『新ゴーマニズム宣言』に関する話題。
 例の『脱ゴーマニズム宣言』を著した関西大講師の上杉聡が、「作品の引用をドロボー扱いされた」として名誉毀損で小林・小学館双方に約720万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決である。
 本日、最高裁第一小法廷では、名誉棄損の成立を認めて250万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた二審判決を破棄して、上杉さんの請求を退ける再逆転判決を言い渡し、これが確定した。
 以前、上杉さんの『脱ゴーマニズム宣言』を著作権侵害だと小林さんが訴えた別の訴訟では、マンガを引用したこと自体は適法、との判断が下され、カット1点の配置変更のみが著作権侵害と認められた。そのため旧版の出版差し止めと慰謝料20万円の支払いは行われたが、「改変のない原典のままの引用」に改訂された『脱ゴーマニズム』の再発行は行われた。形の上は小林さんの勝訴ではあるが、「マンガの引用権そのものが認められた」点では、実質的に上杉さんの勝利である(おかげで、このHPも各種作品の引用を“そのまんま”行えてるのである)。
 となれば、上杉さんには改めて小林さんを訴えなけりゃならない理由はないはずなので、いったいなんでまた「名誉毀損」なんて訴訟を起こしたのか、理解に苦しんでいたのである。結局は、「訴えられたんだから訴え返してやれ」っていう幼稚な発想だったんだろうけれど。第一「名誉毀損」を持ち出すなら、上杉さんの『脱ゴーマニズム』だって小林さんへの「中傷」と見なすことだってできる。そうではなくて、あくまで「引用による批評」と見なされたからこそ、上杉さんは勝利することができたのではなかったか。小林さんが上杉さんを「ドロボー」呼ばわりしたのだって、『脱ゴーマニズム』の「引用」が行われた上での「批評」の範疇内にあり、それを訴えることは、上杉さんが自分で自分の首を締めているのと変わらない。小林さんは常に馬鹿を自認しているが、上杉さんは自分が馬鹿であることに気付いていない馬鹿だった、ということである。この論争については上杉さんの方にまだ理がある、と思っていただけに、上杉さんが自滅してしまったことは残念なことであった。
 今回の判決で重要なのは、「(盗作だなどとする)法的な見解の表明には、特定の事実の摘示を含む場合があることは否定できないが、判決で結論が示される事項だとしても、法的見解自体が事実の摘示とは言えない。小林氏の表現は意見や論評で、互いに著作の中で批判し合っていた経緯から人身攻撃に及ぶとまでは言えない」と結論づけた部分である。
 つまり、「ドロボーって言い方がどんなにひどくっても、それが『意見』である以上は認められなきゃならず、事実に合致してるかしてないかは関係ないし、傷つけたことにもならない」ということなんである。
 だから、「『ゴジラ×メカゴジラ』って『エヴァ』のパクリだよな」と言っても、名誉毀損には当たらない……って、そんなの当たり前で、裁判にかける方がどうかしてるよなあ。上杉さん、よっぽど血が上ってたんだろう。上杉さんは、「ドロボー」って言われて怒ったのなら、それをまた再反論するか、無視すればよかったのである。それだったら敗訴してアタマの中身疑われずにすんだと思うんだけど、やっぱり根っからの馬鹿はしょうがないってことか。


読んだ本。
ロバート・アーリック『トンデモ科学の見破り方』、
戯曲、ケラリーノ・サンドロビッチ『カメレオンズ・リップ』、
雑誌、『言語』8月号、
雑誌、『キネマ旬報』7月下旬号、
マンガ、青山剛昌『名探偵コナン』46巻。

2003年07月15日(火) それはそれなんだってば/『プラネットガーディアン』1〜3巻(高坂りと)/『サトラレ』4巻(佐藤マコト)
2002年07月15日(月) 開高健よりは痩せてると思う/『新ゴーマニズム宣言 テロリアンナイト』11巻(小林よしのり)
2001年07月15日(日) 演劇は愛だ! ……ってホント?/『バトルホーク』(永井豪・石川賢)ほか


2004年07月14日(水) カメの名前……ってこれだけじゃ『薔薇の名前』のパロだってわかんないな。

 水曜日で、博多の映画館はレディース・デイ、女性は千円のサービス興行。しげに連絡取ったら、「今日は仕事ない」と言うので、一緒にキャナルシティに。
 ふと、思ったのだが、この手のサービスって、地方によってどの程度違いがあるのだろうか。ほかにも毎月1日は「映画の日」で千円とか、平日の9時以降のレイトショーは千円とか(ワーナーマイカルは1200円)、金曜日の1回目は1300円とか、いろいろあるんだけど。夫婦の片方が50歳だと、二人で千円、というサービスも始まるそうである。映画が安く見られるのは嬉しいことなのだが、シネコンができる以前、福岡じゃそんなサービスはカケラもやってくれなかったんだからね。てことはそれまではボリまくってたってことじゃねーかよ。地元民でありながら、外資系の映画館ばかりに行くのは、かつてのウラミもちょっとだけあったりするのである。

 映画は『スパイダーマン2』。職場の同僚にやはり映画好きの方がいて、『1』をいたく気に入っていて、「御覧になったら感想を教えてくださいね」と言われていたので、早晩、見にいかねばなあと思っていたのである。見た感想はと言えば特に新味はなくて、しげも私も「まあまあ」なのだが、『3』への「引き」もあったし、今回は「つなぎ」の話で若干コツブ感がするのも致し方がないところだろう。マーベルコミックス初の「苦悩するヒーロー」っつったって、日本人ならその程度のキャラクター、文学でもマンガでも腐るほど見てきてるだろうから、どうしても「この程度のことが苦悩?」と思っちゃうのである。つか、あの程度の女に振り回されたり、執着したりして悩むヒーローの心情って、共感しにくいよなあ。でも、ドック・オクのアルフレッド・モリーナは好きな俳優さんなので、今回は一応、可。しかし、クモとタコが戦うって、アチラさんのセンスはよくわかんないね。クモンガ対スダールか。


 キャナルのペットショップで、カメの岩山を買う。最初に買った浮島がちょっとデカ過ぎて、今一つカメが水槽の中で泳ぎにくそうだったからだ。しげは「カメにそこまでしてやるか」と恨めしそうだったが、更に実は『カメの飼い方』本も一緒に買っていたのであった。これも読書のうちか(^o^)。
 ……しかし、今の今まで知らなかったのだが、「ミドリガメ」って俗称だったんだね。「アカミミガメ」が正式名称。言われてみると、顔の横の部分だけに赤い筋が入っている。学名は「Trachemys scripta」。ラテン語はよく知らないけど、語感からすると「シマガメ」ってとこなのかね。
 こないだしげが乱暴を働いて以来、ウチのカメはすっかり臆病になってしまった。顔を覗かせると、ヒョヒョヒョヒョ〜ッ!と、エラい勢いで逃げる。岩山には空洞があって、そこに逃げこむことができるのだが、「新参者」には気を付けているのか、手をかけはしても中を覗こうとまではしない。一匹はモーターポンプの裏に隠れようとするのだが、もう一匹は水槽に付いてた水草の間に隠れて、自分もハッパのふりをして動かないのである。……いや、どう見てもハッパとカメとじゃ、厚さが違うんですけど(^_^;)。こういうアタマの悪いところがカメ好きにはたまらないのである。よしよし、ヒトもカメも苛められて育つのである。がんばれ。
 携帯で写真もバチバチ撮りまくっているのだが、日記へどうアップしたらいいかよく分らないので、今のところ画像はなし。そんなもん見せられ続けたらたまらん、と仰る方もおられようから、私に技術がないことに感謝して頂きたい(^o^)。でもそのうちやるけどね。
 カメにつける名字の件であるが、あっちこっちでいろんなスゴイのを考えてくれてるので、どれにしようか迷っている。グータロウくんちの息子さんは、私の本名の名字でいいじゃないか、と言ってるそうだが、それだとネットに書き込めないので、申し訳ないけど却下。まあ、もう一、二週間は決定しないので、一人いくつまででもいいから、掲示板かメールでご応募いただきたいのである。
 さあて、いつになったら回転ジェットで空飛んでくれるようになるかな♪ 

2003年07月14日(月) 「心ある」ということ/『GUNSLINGER GIRL』1・2巻(相田裕)ほか
2002年07月14日(日) 劇団始動……か?/『電人ザボーガー』1・2巻(一峰大二)/『カムナガラ』4巻(やまむらはじめ)ほか
2001年07月14日(土) シナリオ完成!/『クレヨンしんちゃん』30巻(臼井儀人)ほか


2004年07月13日(火) オタクでなくとも旧作は見よう。

 こないだダイヤモンドシティに行った時に、冷風機を買ったのだが、しげの寝部屋に設置されたそいつの恩恵に未だあずかっていない。居間にも一応、クーラーがあることはあるのだが、長年フル稼動させてきたせいで、「効き」がイマイチなのである。

 今日も残業。予定されてた居残りで、トンガリさんとも関係がない仕事なので特に文句はないのだが、昨年よりいくつかの役職から解放されているというのに(別に降格されたわけではない)、仕事自体は増えて残業する日が連日、というのは納得がいかないのである。ともかく雑事が増えたね。私の仕事は基本的に立ち仕事なのだが、ここんとこ、パソコンに向かって座ってる時間の方が長いのである。そのうち本業が何か忘れちゃうんじゃないか。……ちょっと忘れたいかな(T∇T)。


 『特撮エース』No.4、実はそんなに熱心に読んでるわけじゃないんだけど、もう4冊目も買ってしまいました(^_^;)。『ウルトラマン THE FIRST』もどうもねえ。
 どっちかと言うとコラムとか記事が楽しみで読んでるところがあって、とり・みきさんの『とりが見た!』なんか、実にイイコトを言ってくれている。「2004年というのは、後年、語り継がれる年になるかもしれない」というのは今現在でも強く感じるところである。特撮系で『CASSHERN』『キューティーハニー』『ハットリくん』『ローレライ』『鉄人28号』『デビルマン』『ゴジラFINALWARS』、アニメで『イノセンス』『スチームボーイ』『ハウルの動く城』と大作、話題作がつるべ打ち、なんて年は空前絶後だ。もちろん、その出来云々について、「ちょっとどうもな」と思う面がないわけではないが、『CASSHERN』や『ハニー』にしたところで、映画スノッブや自称「濃いオタク」が貶すほどヒドイ出来、というほどのものではない。『ハニー』はともかく(^_^;)、『CASSHERN』のヒットが「宇多田夫効果」だけではないことは確かだ。
 とりさんが書かれている通り、じゃあ、我々がかつて見てきた特撮、アニメが現在の作品よりはるかに優れていたかというと、そんなことはない。『ゴジラ』第1作にしたところで、人間ドラマ部分の絵作りは、旧来の日本映画に多かった単調で古色蒼然とした正面バストアップの切り返しが多く(小津安二郎かい)、特撮部分と比較した時の違和感は拭えない。バストアップは「人間」を描くには効果的だが、怪獣映画は基本的に「世界」を描くものであるから、「人間」はジャマになることがしばしばなのだ。宝田明と河内桃子と平田昭彦の三角関係は要らなかったと思う。芹沢博士が犠牲になる理由はそれがなくても成立するし。
 「怪獣映画にも人間ドラマを」というのは、オタクのくせに一般作品だのゲージュツ作品だのに対するコンプレックスがあるものだから、自分の好きな作品であるにもかかわらず、堂々と誇りを主張することのできない根性なしのタワゴトに過ぎない。怪獣映画だからと言って、人間描写が不自然であってはならないのだが、人間をドラマの中であえて機能させる必要はないのである。他のシリーズとは一線を画する第1作にすら、その「腰砕け」は見受けられるから始末に悪いのである。
 シネマスコープになってからはそのあたりの違和感は軽減したが、今度は脚本自体がどんどんおちゃらけていった。『三大怪獣』もなあ、あのラストのゴジラ・モスラ・ラドンの会話さえなけりゃあなあ(~_~;)。正直な話、ゴジラシリーズを、今まで全く怪獣モノを見たことがない普通の若い人に「見ろよ!」と勧める勇気は私にはない。恥ずかしいからではなくて、マトモな感覚の持ち主ならばあんなのがツマラナイのは当然だからである。馬鹿馬鹿しさ、つまらなさの楽しさを喜ぶ感覚(馬鹿にして楽しむのではないぞ)がなけりゃ、怪獣映画のようなイロモノ・ゲテモノを楽しめるはずがないのである。
 平成シリーズ以降は、またぞろ沢口靖子や峰岸徹や土屋嘉男や阿部寛に(この役者さんたち自体は好きなのだが)ヘボな演技をさせて、せっかくの怪獣映画をだいなしにしてくれていたが、怪獣だけでドラマを作ることができない製作者たちの力不足なのである。人間はせいぜい怪獣バトルをお膳立てする程度のただの傍観者でいいんだってば。
 こんな具体例を挙げていけばキリがないのだが、いつの時代でも珠玉の作品よりもクズの方が圧倒的に多いのは事実なので、昔の作品を若い人に見せたいと思うときには、「面白いところもあるけれど、今見ると古臭くてつまらないところは当然ある。けれど、だからといって、今見ても面白いところを無視していいことにはならない」と注意することが必要だと思うのである。その上で「妥当な評価」というものを求めたい。それが、とりさんの書いてる「『バット・グッディーズ』(=過去を全く知らない若い人たちが聞いても感銘できる曲)は確実にある」という言葉に繋がっていくことだと思うからである。
 『ゴジラ』シリーズは確かにかなり「イタイ」。けれどあの、怪獣たちが街を破壊し、全ての希望を蹂躙していく悪魔の所業とも言える行為に、我々は人間の浅墓な知恵を越えた絶対的な運命の力を見出し、喝采を送ってはいなかったか。我々はなぜ恐竜型、爬虫類型、昆虫類型の怪獣たちにより心惹かれるものを感じていたのか。植物や哺乳類より、原初的な暴力と性を体現した存在として、我々が無意識のウチに怪獣たちに「その形」を求めていたからではなかったか。怪獣映画の「見所」は決して少なくはないのである。
 だから、若い人には「古い」というだけで旧作を敬遠しないでほしいのである。『ウルトラシリーズ』が、『怪奇大作戦』が、『ゴジラ』も『ガメラ』も、みなDVDで見られる時代になっているんだから。
 だいたい、我々だって、親から聞いて「面白いぞ!」と言われた映画なんかを後追いで見て、感動してきたクチなんだから。クロサワだって、MGMミュージカルだって、親の薫陶を受けてなきゃ見ようって気にはなっていない。中村獅堂の『丹下左膳』の新作が面白かったのなら、ぜひとも大河内伝次郎の左膳や大友`柳太朗の左膳も見てほしいのである。チャップリン、キートン、マルクス兄弟は、今見たらまるで見るに堪えないか? もしそう断言する若い人がいたら、そりゃ人間として何かがケツラクしてるとしか私には思えないのである。


 連日のDVD三昧、今日は『みんなのうた』を9集まで。実はこいつも一曲ずつコメント付けてコンテンツに挙げたいと思っているのだが、いったいそんなことが可能なものなのか、見当もつかないのである。


 既に2億ドル(約215億円)の予算を注ぎ込んでいて、未だに制作開始の目途も立っていない映画『スーパーマン5』、一度は監督を引き受けた『チャーリーズエンジェル』のMcG監督が降りてしまった。ティム・バートンやら、ブレット・ラトナーやら、いずれも製作開始までこぎつけての降板ばかりだから、ムダガネがここまで膨らんだのも当然なのである。映画が公開された時はこのムダガネ分も当然のように計上されて「製作費○億ドルの超大作!」とか宣伝されるものだから(『スタートレック』第一作の時がそうでしたね)、みなさん、騙されないように(^o^)。
 McG監督が降りた理由は、予算削減のためにニューヨークでの撮影を拒否されて、オーストラリアで撮れ、と製作元のワーナー・ブラザースに命令されたからだ、と説明しているそうだが、確かにこれだけ待たされた新作スーパーマンが、お膝元のアメリカを舞台にしているのではなく「オーストラリア出張編」では、あちらのお客さんは拍子抜けだろう。日本出張編だったら完全にイロモノになるな。「製作費○億ドルのイロモノ」ってのも見てみたい気はするが。
 ワーナーは、次の監督に『アルマゲドン』のマイケル・ベイ監督や、『X‐MEN』のブライアン・シンガー監督に打診しているというウワサである。けれど、まあマトモな感覚の持ち主っつーか、リコウな監督ならば、普通、こんな自分のキャリアを下げることが分かりきってるような「ババ」は引かないものだ。逆を言えば、この期に及んでもなおコイツならババでも平気で引くだろうって思われてる監督ってのが、アチラの業界でどんな見られ方をされているのかが分かる、ということでもある。……『X‐MEN』は1も2も好きなんだけどねえ。実力が買われてアプローチされてるってわけでもなさそうなのがどうにもねえ。つか、シンガー監督が候補に挙がってるってことは、ハル・ベリーが出る出ないでモメてた『X―MEN3』はやっぱり頓挫したってことなのか?
 どうもウワサに踊らされてやたらヤキモキさせられるのは居心地が悪いのである。もういっそのこと『ジャスティス・リーグ』を実写化しちゃってよって。

2003年07月13日(日) 虚構に生きる人々/DVD『プリンセスチュチュ 雛の章』/『Go West!』1巻(矢上裕)ほか
2002年07月13日(土) 病院への長い道/『エンジェル・ハート』4巻(北条司)ほか
2001年07月13日(金) ふ、ふ、ふ、ふ○こせんせぇぇぇぇぇ!/『悪魔が来りて笛を吹く』(横溝正史・野上龍雄・影丸穣也)ほか


2004年07月12日(月) 「似て非なるもの」の休止

 休日明け、いきなり世間は夏である。と言うのも、先週末までは鳴き声ひとつ聞こえなかったセミの野郎がいきなりワシャワシャ鳴き出したからだ。なんかねえ、セミは成虫になって2週間で死ぬってえからねえ、言ってみりゃ、毎年我々は「断末魔」の合唱を聞かされてることになるのだけれども、だからって涼しくなるどころか、ひたすら暑苦しく感じるだけなんだから、なんだかもう、サッサとくたばって欲しいって気になってくるのである。中にゃ、10月近くまで鳴いていて越冬するんじゃないかってくらいしぶといセミもいるからね。
 岩波文庫の『イソップ寓話集』を読むと、巷間知られているところの『アリとキリギリス』の話は『蝉と蟻たち』となっている。『伊曽保物語』でもそうで、もともとは「セミ」が正しい。
 原話の母国であるギリシアにはセミがいたのだが、これがフランス、ドイツに伝播した時に、コオロギやキリギリスに変更されたものだとか。(詳細は右サイトを参照のこと→http://www.geocities.co.jp/Bookend/9563/grasshopper/Grashopper.html
 ロシアじゃ「トンボ」だってえけど、トンボって鳴くのかよ。いやまあ、羽音なんだろうけど。日本とロシアとじゃ、トンボの種類も違うんだろうか。トンボならまだしも、蟻とセンチコガネ、蚊とミツバチ、雌鶏と狐になってる例もあるらしいが、センチコガネは働き者じゃないってことなのか。よく分からん感覚なのである。
 日本にはコオロギもキリギリスもいるけれど、もともとセミだっているわけだから、「蝉と蟻」でもよかったような気がするが、「遊び人」のイメージはセミよりキリギリスだったんだろうかね。美しい音色を聞かせてくれるキリギリスより、クソやかましいセミが懲らしめられる方が日本人としては溜飲が下がる気がするのだが。


 気がついたら、曽我さん家族が再会してて、選挙も終わっちゃってたけど、なんだか全く何の感慨も浮かばないのである。
 「事件」には興味を引かれても、もともと「政治」にはとんと目が向かないタチではあったが、もう拉致云々については、何がどう動こうと政治屋さんたちの稼ぎのネタにしかならないんじゃないかとシラケちゃってるのである。
 曽我さんとジェンキンスさんの熱烈キッスの写真がデカデカと載ってる新聞を、車の中で読んでそのままフロントにほったらかしにしてたのだが、しげがイラつくこと。
 「運転してたら、ジェンキンスさんの顔が真正面にあるんだよ。どけてよ」
 なんだか、新聞がジャマっていうより、曽我さんジェンキンスさん二人がジャマって言ってるように聞こえて、随分シツレイな話である。
 

 さて、本日もまた会議だったのだが、トンガリさん、出勤自体しなかった。やっぱり連絡はナシの無断欠勤である。
 前回に引き続き、トンガリさんの仕事の不始末をいかにして解消するか、というのが議題であったのだが、ひととおり資料はまとめて、トンガリさんにも事前に渡してある。トンガリさんがどれだけいい加減な仕事をしてきたのかという資料だから、それに目を通していれば確かにとても顔を出せた義理ではない、というのも当然なのだが、どうせ、目を通さないままただ逃げてるだけに違いないのである。仮に目を通していたとしても、ナカミはケロッと忘れてしまっているだろう。いや、これは私の憶測ではなく、これまでにも資料を渡すたびに説明をしているのだが、次にそのことについて問い質すと、何一つ覚えていなかったこともしばしばなのである。
 なに一つ、自分のしでかしたことについては反省してはいないし、ただその場限りのウソをついてゴマカそうとするばかりなのだが、そうやっていつまで逃げ回っていれば気がすむのだろうか。いや、逃げているという意識すらないのか。
 私も、疲れてるのを通りこして、いい加減イヤ気が差してきているのだが、上司はいつまでこのイカレたすっとこどっこいを放置しておくつもりなのだろうか。私はもうそろそろ手を引きたいんだけれど。


 それでも今日は定時に帰れそうだったので、迎えに来てもらえるかどうか、しげに連絡を入れる。
 どうしたものか、電話の向こうでは、しげが妙に上ずった、ラリった声をあげている。「きゃあ」とか「へへへ」とか、心ここにあらずみたいな感じなので、家でも外でも既知外に絡まれるのはちょっとカンベンだぞ、と思いながら、何があったのかと「いったいどうした?」と聞いてみると。
 「なんでもないよ、カメにエサやろうとしたら、フタを中に落としただけ」
 「……誰がお前にエサやっていいと言った!」
 「だって、オレだって、エサやってみたかったんだもん」
 「まさかお前な、『うりゃあ!』って思いっきりエサやって、水濁らせたりしてないだろうな」
 「してないしてない」
 「……ホントだな?」
 「ホントホント♪」
 帰宅して、溶けたエサですっかり濁った水の入れ替えに、私が苦労させられることになったことは言うまでもない。
 
 帰宅してからはずっと、輸入版CDの『Monty Python Sings』と『Eric Idle Sings Monty Python』を聞く。今度の芝居に『Always Look on the Bright Side of Life』と『Sit on My Face』を使うことは決まっているのだが、本当はもう一曲、『Galaxy Song』も使いたかった。しげに「雰囲気合わないよ」と反対されて断念したのだが、私はどっちかというとラスト近くは『Galaxy Song』の気分で書いていたのだけれども。
 CD三昧だったので、読んだ本は寺沢大介『ミスター味っ子供截唄だけ。もうアニメ化になることはないと思うけれども、もしなったら、大人になった陽一はやっぱり高山みなみが演じるんだろうか。それとも子供の陽太か?


 春休み恒例の『ドラえもん』劇場版が、「充電」のため来年は休止とか。ちょっと気になるのは、その発表を行ったのが配給元の小学館と東宝で、実際に制作に携わっているシンエイ動画ではないことである。「今春の25本目を節目に1回休み、製作スタッフも入れ替えたい。平成18年には、さらに内容の濃いものを届けたい」と小学館は説明しているそうだが、まさか、他のプロダクションに作らせる、という意味じゃあるまいな。
 確かに、藤子アニメはシンエイ動画の専売特許というわけではない。これまでにもスタジオぎゃろっぷやマジックバスが『キテレツ大百科』や『SF短編シアター』をアニメ化している。『ドラえもん』のアニメ自体、旧版は「日本テレビ動画」の制作である(覚えてる? 富田耕生や丸山裕子の声の「ドラえもん」)。東宝と小学館が他のプロダクションに制作を発注する可能性がゼロだとは言えないのだ。
 ……オトナになったことの何がイヤかってね、「休養」とか「充電」とか聞くと、「裏に何かがあるんじゃないか」って、すぐ勘繰りたくなるとこなんだよねえ。で、実際にそーゆーことがあったりするし。シンエイ動画と東宝とがトラブったんじゃないかとかね。
 まあ、テレビアニメはこれまで通り放送されるということだから、多分それは私の妄想なのだろうけれども、毎年『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』の連続2本の映画興行がどれだけタイトなスケジュールでなされているかは聞き及んでいるので、それでいてあれだけ上質の映画を作り続けているのは驚異であると同時に「息切れ」も止む無しか、とも納得してしまうのである。正直な話、もう「ネタ切れ」だろうと思う。ドラえもんとのび太たちは、宇宙も、空も、海も、地底も、密林も、魔界も、過去も、未来も、ありとあらゆる時空を冒険し尽くしてしまった。これから先、どこへ行こうと大同小異だ。映画上映は旧作のリバイバルでいいから、そろそろドラえもんを「原作通りに」未来に返してあげて、のび太を本当に「成長」させてあげてもいいのではないだろうか。マンガ家を変え、スタッフを変え、声優も変え、アメコミじゃあるまいし、『ドラえもん』がそうやって延々と受け継がれていくマンガであっていいのだろうか。
 もちろんこんな感慨は『ドラえもん』を「昭和の遺産」と見る(それどころか私は、劇場版シリーズ自体、もともと「余燼」としか見ていない)いち読者のタワゴトに過ぎない。これからも『ドラえもん』は21世紀のマンガとして描き継がれていくのだろう。オトナの事情も介在させながら。……けれどねえ、『ドラえもん』の短編を膨らまして長編に仕立てたり、他の藤子作品を「翻案」したり、そういう小手先の「水増し」が続いている状況を悲しんで見ている観客だって結構いると思うんだよなあ。言ったって仕方ないとわかっちゃいるけど、あえて言いたい。
「藤子さんが生きてたらなあ」
 ……終わりどころを間違えて、老残を晒しているアニメの例を、我々は腐るほど知ってるはずなんだけれど。

2003年07月12日(土) AIQ(オタク・アミーゴス・in・九州)始末/DVD『ノストラダムスの大予言』
2002年07月12日(金) ある事件の記憶/DVD『アベノ橋魔法☆商店街』vol.1/『奇妙な論理機Ν供戞複諭Εードナー)ほか
2001年07月12日(木) 怨念がおんねん(古)/『平成十三年度版 九州怨念地図』ほか


2004年07月11日(日) 水木主義者の至福

 天神須崎公園の福岡県立美術館で、「大(Oh!)水木しげる展」の最終日を見に行く。
 先週の「平賀源内展」にはしげを誘えなかったが、今日は一緒。けれど、筋肉通のしげには、立ちっぱなしの美術館はちょっとつらかったようだ。最終日のせいかお客さんも結構多かったし。
 入口に貼られている水木さんからのメッセージが楽しい。
 「会場に入ったら口を開けて見て下さい。口を開けているときは何も考えていないでしょ。無が入ってくるんです。会場を出るとき口を閉じればいい。ワッハッハ!」
 爆雷で片腕を失うという悲惨な戦争体験をしていながら、こういう境地に辿り着けるというのが最高である。展覧会では、アノ戦争がどんな戦争だったかも、水木さんの自伝・実録マンガを辿りながら追体験できる仕掛けになっているのだが、当然そこには『劇画・ヒットラー』もある。ある意味、自分の腕をふっ飛ばしてくれた諸悪の根源に対して、同情と哀れみを惜しまぬ水木さんの度量の広さ、ものすごさを、いったいどう形容すればいいものか。
 星の煌くほど数あるマンガ家さんたちの中でも、水木しげる、藤子・F・不二雄、永井豪の3人は私の心の中では別格なんだけれども、その中で更に別格、となるとやっぱり水木サンになってしまう。怪奇、恐怖、悲惨、諧謔、諷刺、神秘、幻想、悪趣味、下品、ほのぼの、すっとぼけ、哄笑、悲哀、それらさまざまな要素をないまぜにしたその作風は、唯一にして無二。手塚治虫の模倣者は腐るほど現れたが、ある意味手塚作品よりも人口に膾炙しているとさえ言える水木作品の追随者は、数えるほどしかいない。会場にはDVDで荒俣宏さんと対談している水木さんの映像も流れているのだが、呵々大笑している水木さんって、ご本人が「妖怪」にしか見えないのであった。
 会場に入るなり、その水木さんの等身大人形がお出迎えしてくれるのだから、これは実に怖い。しげは思わず私にしがみついていたが、水木さんの人形ならいきなり動き出してもフシギはないかもしれない(^o^)。
 各展示場に掛けられていた自伝マンガは既刊作品からの抜粋であったが、やはり少年期、デビュー時代のスケッチや自作の絵本など、見慣れているあの「鬼太郎」タッチとはひと味もふた味も違った細密なデッサンやシュールなダリばりのイラストなどが興味を引かれる。「少年天才画家」と称された、というのは決して誉め過ぎではない。
 水木さんの故郷、鳥取県の境港(近年は別のデキゴトでも有名だが)の「水木しげるロード」に展示されている鬼太郎やネズミ男たち妖怪の銅像群もナマで見られた(同じ鋳型から取ったのだそうな)。これでわざわざ鳥取まで出かけなくてすんだな(^o^)。
 「百鬼夜行絵巻」など、妖怪資料も数多く展示されていたのだが、中でも目を引いたのは、ご当地福岡のみの展示で、福岡の妖怪と言ったら何と言ってもこれしかない、という「河童」の図である。福岡は遠賀川の「河童大戦」の伝承は民俗学的にも有名で、その手の話を一昔前なら、近所の「河童爺さん」が子供たち相手によくしてくれていたものである。その、『妖怪図鑑』なんかでもよく見かけていた「河童」の現物が、そしてあろうことか、水木さんもマンガの中にしばしば登場させていた「河童の手のミイラ」がこの福岡の博物館にちゃんと収蔵されていたのである。
 ……ああ、なんだか、「百年の知己」に出会ったみたいで、これ見られただけでも至福を感じちゃうなあ。
 帰りに、売店で図録のほかにTシャツ(ネズミ男柄「金は追いかけると逃げる」のロゴ入り)、を購入、それから「妖怪道五十三次」の手拭いを、これはしげにプレゼント。限定販売のフィギュアは断腸の思いで断念。展覧会はこれからもあちこち回って行く予定なので、他地方の方々、ぜひ御来場あれ。

 4月29日〜 5月30日 鳥取県立博物館 終了
6月 4日〜 7月11日 福岡県立美術館 終了
8月 4日〜 8月16日 神戸・大丸ミュージアム
8月19日〜 8月31日 京都・大丸ミュージアム
9月11日〜10月31日 岩手県立美術館
11月6日〜2005年1月10日 江戸東京博物館
2005年1月15日〜4月 3日 新潟県新津市美術館
2005年4月 9日〜5月22日 北海道旭川美術館
2005年6月 3日〜7月24日 岐阜市歴史博物館
2005年7月31日〜9月25日 高知県立美術館

 しげは、そのあと練習に回ったので(私が参加するのは役者が揃うときだけである。今日はカトウ君が休みなので私も休み)、私は天神を歩いて、博多駅まで。紀伊國屋で予約しておいたDVD、『マルクス・ブラザーズ コレクターズボックス』と新作『鉄人28号』第1巻、『シャレード』(もちろんヘプバーン版の方)、『ベスト・オブ・モンティ・パイソン』を入手。
 『マルクス』はMGM時代の六作品に特典映像218分を加えた決定版ともいうべきもの。最終作『ラヴ・ハッピー』が収録されてないのは残念だけれども、これは確か版権が別になってたんだっけ。「マルクス」で見てないのはこれだけなんで、どっかではやいとこDVD化してほしいもんだ。
 『モンティ・パイソン』と名のつくDVDはこれですべて入手。こうなると最後に残る『ライフ・オブ・ブライアン』をぜひともDVD化してほしいものである。もちろん。日本語吹替版付きで。

 帰宅してみると、アマゾンに注文していた『モンティ・パイソン』のCDも届いていた。おかげで一日中、DVDとCD三昧。「Always look on the bright side of life」をなんとか日本語訳してメロディーに乗せられないかと思案するが、うまくいかずに断念。誰かどっかのサイトでそういう試みしてないものかな。


 夕方、練習の終わったしげから連絡。
 映画に行こうか、という話だったのだが、鴉丸嬢、其ノ他くんも一緒だというので、みんなでダイヤモンドシティで食事をすることにする。
 手近な食堂に入って各自注文するのだが、夜も遅いのでみんな少食。なのにしげだけが、ダイエットするとかこないだ言ってたような気がするが(いつも言ってるのだが)、平然と角煮丼に生姜焼きセットをガツガツ食っている。あまりその食べっぷりがいいので、私が何を食べたか、思い出せないくらいだ(^o^)。
 食事中だというのに私は私で、飼いはじめたカメを携帯カメラで撮った写真を其ノ他くんに見せて喜んでいる。なんか親バカなオヤジみたいだが、ホントに可愛いから仕方がないのだ。2匹重なって、見栄切ったりするんだぞ、こいつら♪
 「名前は『亀太郎』と『亀吉』になったんだけど、名字はなんかいいのないかな」と言ったら、即座に鴉丸嬢が「『絶倫』と『激倫』は?」と言う。そういうのは名字ってんじゃなくって「二つ名」というのだ(^_^;)。其ノ他くんは「玄武」とカッコイイのを考えてくれたのだが、しげがまた「『遅漏』と『早漏』!」と言い出したので、ワヤになる。
 ……どうでもいいが、ここ、食堂だぞ。声をちったあ落とせ(~_~;)。まあ、名字は掲示板でも募集中なので、もうしばらくは思案することしよう。

 そのあと、「フタバ図書」で、廃墟写真集(当然、志免炭坑竪坑櫓も掲載)『墟』のほか、『アニメージュ』『Newtype』『特撮エース』などを購入。偶然にもカウンターの売り子の女の子が知り合いだったので、私がオタクであることがまたバレてしまったのであった(^_^;)。

2003年07月11日(金) だからそれはラクな意見なんだってば/映画『バトル・ロワイアル供…炭臆痢淵譽イエム)』
2002年07月11日(木) 灰色の巨人/『サトラレ』3巻(佐藤マコト)ほか
2001年07月11日(水) 変と変を集めてもっと変にしましょ/『コミックマスターJ』7巻(田畑由秋・余湖裕輝)


2004年07月10日(土) は〜あ、ビバノンノン♪

 今日はまる一日、演劇集団 P.P.Produceの「合宿」。
 ……という名目であるが、実は日帰り。まあね、うら若きオトメな方もいらっしゃるのでね、ホントの合宿はできないのであるよ。みんなハタチ過ぎてんのになあ。演劇活動をどこぞの宗教団体や自己啓発セミナーの類と混同してやしませんか、保護者のミナサマ方。いや、実際そんな感じの劇団もホントにあったりするから困るんだけどな。
 朝の七時出発なので、今週は『セラムン』見るのは諦める。DVD買おうかどうしようか、未だに迷ってんだよねえ。
 朝から曇天、多少、雨もパラついてはいたが、少雨決行である(運動会じゃないって)。直前になって、黒子頭を演じる予定のラクーンドッグさんから仕事で欠席の連絡が入ったのは残念だったが、まあ、黒子の演技はまたいつかどこかで打ち合わせられる機会もあろう。
 香椎のコンビニまで出張って、鴉丸嬢、細川嬢と待ち合わせ。8時集合の予定であったが、鴉丸嬢がチョイ遅れる。またもや「ヤフーオークション」にイラストを出品するので、圭人嬢(今回公演の黒子さん役)に手伝ってもらってたとか。「この二日、全然寝てないの〜、えへへへ〜」と笑う鴉丸嬢、かなりハイである。
 携帯でその出品画像を見せていただいたが、やっぱりエロである。しっぽが付いてる女の子がエビぞってるポーズだから、今度はケモノ系が好きな人にウケるかも。さあ500円から始まって、いくらくらいまで行くか。
 「あえぎ顔かあ。ヨダレ垂らしたりとかはさせないの?」
 「ヨダレ描くのキライだから」
 確かにヨダレくらい記号的なものもないので、描くか描かないかは趣味の範疇ではあろうが、イマドキのエロマンガの流行はヨダレありなし、どちらに傾いてんのか。デビューを考えたら、その当たりのリサーチも取っておいたほうがいいと思う。私もどっちかと言うとね、ヨダレだのナニだのがやたらベトベト描かれてる絵はあまりコノミじゃないんだけどね。なんかね、少女がね、苛められててもね、クッとガマンしてる感じの絵が好きなんだけどもね。
 ……とっとと合宿レポを書けって(~_~;)。

 合宿先は志免町の総合福祉施設「シーメイト」。「志免(シメ)町の仲間(メイト)」を合成したネーミングだそうだが、だったら「シメイト」じゃないのか、長音記号は何なんだ、というツッコミはやってもあまり意味ないか。
 各種介護施設のほかにも、多目的ホール、工芸室、調理室、大浴場、レストランなどなどがあるが、今回借りたのは2階の研修室。1時間200円でまる12時間借り切りである。
 周囲は公園になっているのだが、周囲を見渡して真っ先に目立つのが、あの志免炭坑の竪坑櫓である。各種廃墟写真集で紹介され、大分むぎ焼酎二階堂のCM(http://www.nikaido-shuzo.co.jp/cm/2002/)でもその偉容が流れていたから、ご記憶の方も多かろう。最近では和月和宏のマンガ、『武装錬金』に「お化け工場」として描かれていたから、マンガファンにも馴染みの建物なのである。
 ……でも、地元の人間にとっては、昔から有名な「心霊スポット」であったのだけれどもな(^o^)。ここのすぐそばを夜中に通ると、背中を叩かれちゃうそうですよ。公園として整備された今でもそうなのかどうか、お近くの方、試してみてはいかがでしょう。

 シーメイトには9時きっかりに到着。なんとC−1藤田くんが1番乗りで到着していた。彼は今回の公演にはカメラマンで参加する予定なので、合宿では特段、何かをしなければならないということはないのである。まあ、来たら来たであれこれ雑用が頼めるから重宝はするのだが、実際、何しにきたのかは謎なのである。女の子はたいしていないぞ(^O^)。
 ほどなく、穂稀嬢(ハカセ)、カトウくんも合流、軽い柔軟、発声のあと、親睦を深めるために、「フルーツバスケット」。……を始めたのはいいが、女性陣(細川嬢・穂稀嬢を除く)がシモネタ攻勢を仕掛けてきたので、男性陣はかなりイタイ思いもしたのであった。
 ……だからよう、誰とは言わんが、「この中で皮をカムっている人!」とか言うな。でもって、誰とは言わんが、「日本人男性の6割はそうなんだから」とか言い訳するな(~_~;)。しかし、確かに「フルバ」はお互いのモノの考え方(つか、恥部)が見えて、「垣根」はかなり取っ払われるね。場合によっては「垣根」が「壁」や「鉄柵」になりかねないけど。
 食事を取ったあと、女性陣は風呂に行く。男性陣+ハカセはカトウくんの発案で廃墟探検に(^O^)。公園整備化のおかげで、以前は遠くから眺めるしかなかった竪坑櫓を、間近で眺めることができるようになってるのである。カトウくん、あっちのアングル、こっちのアングルから写真を撮りまくり、「すげー、すげー」と繰り返している。ハカセはそれを見て、「何がそんなに面白いんですか?」と訝しげ。まあ、「廃墟のロマン」なんつっても、ハカセにゃ一番ピンと来ないだろうからなあ。雨のせいで、道端はちょっとぬかるんでいたのだが、空の雲がどよんとして、廃墟がいつにも増して廃墟廃墟して見えてイイ感じなのであった。
 午後からはダンスレッスンをする予定だったが、細川嬢が早目に帰らなければならないと言うので、先に通し稽古を優先。まだセリフは入っていないので、台本を手に持ってではあるが、以前よりもやりとりは大分サマになってきた。カトウくん、アドリブを混ぜるなど、余裕が出て来た感じだが、やはり全然寝ていないと言うので、ハイになってただけかもしれない。
 細川嬢が面白いと感じてくれたかどうか、そのあたりが気になったのだが、隣で見ていたC−1藤田くんがやたら笑ってたので、イマイチわからない。彼は基本的に「笑い屋」なので、いくらウケてくれてても、あまり参考にならないのだ。通しを終えて、細川嬢に「いかがでしたか?」と聞いてみたのだが、「フシギな感じで面白いです」とまあ、悪くはない、という感じのご返事。もう少し煮つめ行かねばならんなあ、というところだろうか。実際、脚本書いている時には必要だと思えたセリフが、演じさせてみると冗長、ということはよくあるのである。時間も長めに感じられたので、早速、何ヶ所か長いセリフをカットする。
 細川嬢がお帰りなので、休憩を取って、カトウくんと私は風呂に。女性陣に「風呂場からは廃墟がよく見えるよ」と聞かされていたのだが、男風呂からは角度が悪くてチラッとしか見えないのであった。かといって女風呂への移動は不可なのである。当たり前だ。
 最後はダンスレッスンを延々と。今回は思いっきり歌と踊りを入れよう、というコンセプトなので、少ない人間でも五曲は踊らねばならないのである。しげの振付を、みんな、まあまあテンポよく覚えていくのだが、どういうわけだが、鴉丸嬢、振付の一部がどうしてもうまく踊れない。あの、『8時だよ!全員集合』のエンディングでやってた「ビバノンノン」の手の動きなのだが、上半身と下半身がどうしてもズレるのである。1時間やってもに時間やっても揃わない。本人、「なんでだー!」と悲鳴をあげていたが、私がためしにやってみると、いとも簡単にできたので、ますます落ちこむいるのである。私、別に意地悪でやったんじゃないんだけど。
 そのあと、仕事帰りの其ノ他くんが到着。けれど、「今から行きます」と連絡が入って、10分ほどで到着する距離なのに、30分待っても音沙汰がない。みんなで「また、道に迷ってるかあ?」「いや、建物の中で迷ってるんだろう」と口々に言いあっていたが、実際は駐車場でバイクの停め場所がわからずに迷っていたのであった(^O^)。鴉丸嬢が「まだまだ其ノ他を見くびっていた」と感嘆していたのがおかしい。
 「鴉丸さん、ビバノンができないんだよ」と其ノ他くんに言ったら、その場でまた簡単にやって見せた。鴉丸嬢、ますます立場がない。結局、合宿終了の9時までダンスの特訓。なんとか形らしきものは出来上がったが、多分また次に練習する時、鴉丸嬢はビバノンができなくなっているであろう(^O^)。
 駐車場で全員散会。外はもう真っ暗で、地理不案内なしげは、其ノ他くんに先導してもらって帰る。「今日運動して今日筋肉通!」と泣いていたのであった。


 読んだマンガ、遠藤淑子『ファミリーアワー』1冊のみ。一日練習だもんな。

2003年07月10日(木) たいして過激なことは書いてない/『トリビアの泉 へぇの本』第機Ν挟/『ああっ女神さまっ』26巻(藤島康介)
2002年07月10日(水) 憑かれた女/『新宿少年探偵団』(太田忠司・こやま基夫)ほか
2001年07月10日(火) 踊れば痩せるか/『ちょびっツ』2巻(CLAMP)ほか


2004年07月09日(金) その名は亀吉亀太郎。……決まんねえなあ(-_-;)。

 仕事が休みだと言うので、しげ、迎えに来る。
「金曜日だし、映画でも見に行くか?」
「うん、いいよ」
と答えておきながら、しげ、突然、近くのホームセンターにスルスルッと車を乗り入れた。
「どうしたん? なんか買うと?」
「カメ、ほしいんやろ?」
 ボウフラがわくだの家が臭くなるだの自分と過ごす時間が短くなるだの、散々文句を付けてカメ飼うのに反対してたくせに、何の気まぐれで豹変したのか。でも理由を詮索したって、どうせうまく説明できないだろうし、気が変わって「やっぱり飼うのやだ」とか言い出されたら面倒なので、それ以上は何も聞かないことにした。
 ホームセンターも様々だが、ここの店にはまあまあなスペースのペットコーナーが設けられていて、カメだの金魚だのがズラリと並んでいるのである。さすがに、犬や猫は置いていないが。
 店員さんに聞いて、水槽とカメを二匹、見つくろってもらう。カメはミドリガメ。ゼニガメや、舶来の何とか言う珍しいカメもいたのだが、安いカメで充分だし、飼い方が一番ラクだと言うので、オーソドックスにそれを選んだ。水槽は、しげは「Sサイズで充分だよ」と主張したが、店員さんが「Lでも狭いですよ、カメ、結構大きくなりますから」と言うのでLに。もっとも、カメは水槽に合わせて成長を止めるらしいので、30cm以上にはそうそうならないだろう、ということである。そう言われれば、職場で飼ってるカメも、洗面器の中で15センチくらいまでは成長したがそのへんで止まっているようだ。
 できるだけ今いる環境を変えたくなかったので、エサや浮き島、水槽の下に敷く砂なども、そこで使ってるものと同じものを買う。岩山は買おうかどうしようか随分迷ったが、かえって泳ぐスペースがなくなってもかわいそうかと思ってやめる。必要な感じであれば改めて買えばよかろう。
 店員さんにカメの飼い方のコツを聞くと、「水は定期的に換えて下さい」と言われる。「どのくらいの間を置けばいいですかね。二、三日に一回くらいでしょうか」と聞いたら、「それだけしていただければ、充分です」と頭を下げられる。
「エサは二匹とも均等にあげるようにしてください。片方だけ大きくなると、いじめられますから」とも注意されたが、何だか、娘を嫁に出すお父さんみたいな返事の仕方でおかしい。ペットショップの人ってのは、売り物であってもやはりこれだけの愛情を持ってしまうものなのだろう。
 いったい、カメとか金魚とか、どのくらい売れるものなのだろうと思うが、私が買いに来た時も、初老のご夫婦がお孫さんにであろう、プレゼントに一匹買っていっていたから、需要は結構あるのだろう。みんなきちんと育ててくれる人ばかりだといいのだけれどもね。

 店の外に出たところで、しげが「で、映画行く?」と聞いたので、「カメ持って映画館は入れないだろ!」と答えたら、「それが面白いのに」とけらけら笑っている。なんかやっぱりこいつに生き物の世話を任せるのはムリそうである。遠出の出張がある時なんか、自動的にエサ落とす装置なんか買っておかないとダメだろうか。
「名前はなんて付けるの?」
「付けないよ、別に」
「あんなにカメ飼いたがってたくせに、名前付けないんだ!」
そう言われても、名前ってのは本人が認識してこそ意味があるものなのだから、犬、猫ならばともかく、カメに名前を付けたってしょうがないと思うのだが。
「第一、二匹いるけど、名前付けて、区別がつくか?」
とも言ったのだが、しげ、私を無視して、「じゃあ、カメキチとかカメタロウとか、そんなんでいいじゃん!」と勝手に名前を付けている。てなわけで、いったいどっちがどっちだかはよく分らないが、ウチのカメは「亀吉」と「亀太郎」に決定した。
 「なら、名字はどうする?」
 と言ったら、「うちの子じゃないんだ!」とまた驚かれる。だからペットに過剰な愛情そそぐのって好きじゃないんだよってば、おれは。
 まあ、自分で名前を決めないのは、あまりこれってのを思いつかないせいもある。オタク系の人間がカメ飼ってりゃ、十中八九、そのカメの名前は「ガメラ」になってるだろう。ほかにもカメーバとかガメロンとか、エレドータス、タートルキング、カメストーン、カメバズーカ、ええと、ほかにカメ系の怪人怪獣、どんなのがいたっけ。どっちにせよ大同小異。あまり個性的なのはないので、付ける面白味がないのである。


 映画に行くのを中止したので、買い物をして帰る。
 「積文館」に寄ったら、『ガンガン』の表紙に「鋼の錬金術師 映画化決定!」の文字が踊っていた。これはまあ、順当なところ、というか、今これを映画化しないでどのマンガを映画にするのか、というところだろう。立ち読みはしなかったので詳しいことは分らないが、総集編とかじゃなくて、ちゃんとしたオリジナルをやってほしいよなあ。できれば荒川さん本人にシノプシスを書き下ろしてもらって。もちろん、脚本を會川さんが担当していけないわけではないのだが、最初から最後まで會川さんオンリーで作られると、趣味に走った毛色の違うものになってしまうと思うのである。原作派とアニメ派との確執もなかなか半端でなさそうな作品なだけに、ヒットを狙うなら、そういう「緩衝」も必要だろうと思うのであった(^o^)。


 マンガ、たかの宗美『白衣な彼女』1巻、ゆうきまさみ・田丸浩史『マリアナ伝説』2巻、加納一朗・桑田二郎『新作2004年版 エイトマン』。
 『エイトマン』は新作は新作なのだけれども、既にかつて描かれたことのある『血闘』のリメイクで、完全新作でもなければ、『エイトマン・アフター』でもない。その点はやや看板に偽りありである。それともう一つ気になる点が一つ、今回の脚本、加納一郎が担当しているのだが、「原作・加納一朗」と表記するのはどうなんだろう。原作はあくまで平井和正だろうに、オモテに出すとマズイ事情でもあったんでしょうかね?


 『機動戦士ガンダムSEED』の続編シリーズ、『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』が、10月からMBS・TBS系で放映開始とか。『ガンダム』の1シリーズ、ではなく、『ガンダムSEED』の第二作、ということであるから、もう、「あんなのは『ガンダム』じゃない!」と文句付けたってしょうがないよな、という気がする。人気を支えているファンの大半は腐女子どもであろうから、アニメオタクの男女二極化、浸透と拡散(^o^)は相当に進んでしまったとも言えよう。
 と言うか、「『SEED』なんてよう」と悪態つく人々は、既にアニメオタクとしては「傍流」、あるいは「マイノリティ」なのである。多少の趣味の違いはあれども、『ヤマト』『ガンダム』『イデオン』のころ、「オレたちがアニメを世間に認知させるんだ!」とオタク同士の団結と言うか、一体感を持って活動し、熱弁を振るっていた時代は、遠い遥かな過去なのだ。
 私はまだしも劇場版『Zガンダム』の方に心惹かれてしまうので、どうしたってオールドタイプなのだが、かといって、「女の子とおしゃべりする」ためにあえて『SEED』見ようって気にもなれないしなあ。そりゃ、おもしろけりゃ見るんだけど、ともかくもちっとキャラの区別がハッキリする描き方(見てくれだけでなく、セリフ回しも性格も)してくれ。

2003年07月09日(水) そんなに息継ぎナシで喋らないでください/『ある日のツヴァイ』(竹本泉)
2002年07月09日(火) 何がこの悪いガイで上がっていますか/『たま先生に訊け!』(倉田真由美)/『ワンピース』24巻(尾田栄一郎)ほか
2001年07月09日(月) アンケート募集/『押井守 in ポーランド』ほか


2004年07月08日(木) 「みんなのうた」はボクのうた

 通販で注文しておいた『NHK みんなのうた』のDVDボックス全12巻(収録161曲)が到着。
 待ちに待ってたブツなので、一気に半分の6巻までを延々と見る。もちろん既に映像や音源が残っていないものもあって、完全収録版ではないのだけれども、それでもこれだけの分量は圧巻。白黒時代の作品などは、もう再放送される機会もまずないから、大貴重である。でもやっぱり放映開始時、1960年代の映像には、あまり予算がかけられてなかったんだなあ、ということがよくわかる。
 『トロイカ』のバックに流れる映像、どう見ても北海道か東北のソリで、しかもチンタラチンタラ山道を行くから(平原はどうした!)全然走ってないし、『おおブレネリ』は、信州かどこかの湖畔で撮ってるよな、これ、って風景で、女の子たちもチロリアンの格好してても歴然とした日本人だし。今、現地ロケしないでこんな映像を流してたら、視聴者から「曲想と合ってない!」とクレームが押し寄せることだろう。
 何より、60年代のは、悲しむべきことにアニメーションがまるでつまらないのだ。バンクが激しくって、長い曲で三度も四度も同じカットが繰り返して使用されているのを見せ続けられると、すっかり飽きてしまうのである。このころは久里洋二がしょっちゅう登板していたのだが、実験アニメで九里さんが見せてるような斬新なアイデアもさほどなく、正直な話、これを見て九里さんのアニメを評価されたらかわいそうだよなあ、と言いたくなるくらい、しょぼい出来なのである。
 ところがこれが、70年代に入り、月岡貞夫、堀口忠彦が参入してきた途端に一変するのだ。この二人、『北風小僧の寒太郎』や『ひげなしゴゲジャバル』のようなドラマチックあるいはナンセンスな傑作をつるべ打ちしていくのだから、やはり我々の世代は、アニメが一番沸騰していたいい時代に子供時代を過ごしていたのである。
 ……でもあれだな、今度もまた私のフェイバリット・ソング、谷啓の『シャーロック・ホームズとワトソン博士』は収録されなかったのだな。音源は残ってたはずだから映像がもうないのか? 続刊出したらまた12巻でも買うから、収録してくれ。


 日本映画のハリウッド・リメイクも、あまり珍しい話題じゃなくなってきたけれども、『GODZILLA』とか『ラストマン・スタンディング』なんてカスを見せられてしまうと、ハリウッド野郎、企画を思いつかねえから日本モノに飛びついただけじゃねえのか、と毒づきたくもなる。ハリウッドに対しては、さほど憧れも幻想も抱いちゃいないので、「『七人の侍』がまたリメイク!」なんてニュースを聞いても、「やめときゃいいのに」としか思わないのである。
 けれども、桐野夏生の『OUT』を、『ザ・リング2』に引き続いて中田秀夫監督がハリウッドでメガホンを取ることになったと聞いちゃうと、これは少しは期待したくなってしまうのだ。言っちゃなんだが、平山秀幸監督版の『OUT』は、ハードボイルドにもコメディにもなり損ねた失敗作の感が強い。犯罪ものってのはどうしたって反社会的な物語なんだから、いくら平凡な主婦が気がつけば犯罪に加担させられてる、っていう「偶然の不幸」を扱ったドラマであっても、ウェットな部分は極力抑えて悲喜劇の部分を強調しないと、客は感情移入しにくいのである。ましてや後半は積極的に死体をさばき始めるわけだし。平山監督は堅実な演出家なんだけれども、ケレンは不得意だから、『ザ・中学教師』とかはまあまあでも『魔界転生』や『OUT』なんかは苦手分野なのである。本人にその自覚はなさそうだけど。でも、もっと「コメディ」を撮れる監督でないと『OUT』の映像化は難しいと思うんだよねえ。……思うんだけど、『OUT』見て、あれが「コメディ」だということにも気がつかなかった客もいるんじゃないかな? 演出、とことん地味なんだもの。
 演出の参考にしなきゃならないのはシェイクスピアでなきゃならないんだけど、じゃあ中田監督なら大丈夫かと言うと、それも決して安心、というわけじゃあない。ただ、コメディ撮れる監督ってのは、ホラーも撮れるので、素養はあるんじゃないかな、と思えるのが期待度になってるわけなんである。それに、ああいうバカ主婦って、アメリカ人が演じた方が似合うと思いませんか?(←偏見)

 同じく日本映画のハリウッド映画化で、何とか撮入にこぎつけた(全く何年かかったんだ)、ピーター・チェルソム監督版『Shall We ダンス?』だけれども、まだまだトラブルは続出しているようである。ジェニファー・ロペスが歌って録音まで済ませていた主題歌『Sway』が、製作元のミラマックスの意向でカットされることになったとか。
 その原因ってのが、『Sway』がロペスの新婚の相手であるマーク・アンソニーとのデュエット曲だったから、という説明だったので、アチラの芸能界の情報に疎い私には、それがどうしてカットの原因になるの? と首を傾げたのであった。でも要するにロペスって人が恋多き女で、今度の結婚も3度目で、その間もバフィ・コムズやら、ベン・アフレックやらと浮き名を流し、もともと敬虔なカトリックの家に生まれていたこともかえって災いして、やたらスキャンダラスな女優、というレッテルを貼られちゃってるものらしい。
 まあ、その辺の事情についてはよくわかんないのだけれども、『Shall We ダンス?』の主題歌はあくまで『シャル・ウィー・ダンス』でなきゃ無意味だろう。その『Sway』ってのがいい曲かどうかは知らないけれど、映画のテーマに関係のない別の曲が主題歌として罷りとおることで、映画をぶち壊しにしてしまった例はいくらでもある。最近もなあ、『半落ち』のラストでなあ(-_-;)。
 プロデューサーのゴリオシで映画がメチャクチャにされる例もまたたくさんあるのだけれど、今回の措置は一応、妥当、と言えようか。でもこの映画、何より主演がリチャード・ギアっていう最大の不安材料が残ってるんだけれどもね。

2003年07月08日(火) 身内だからバカって言うんだよ/『赤ちゃんがいっぱい』(青井夏海)/『20世紀少年』13巻(浦沢直樹)ほか
2002年07月08日(月) えすぽわ〜る、とれびや〜ん/『ブラックジャックによろしく』1・2巻(佐藤秀峰)/『アグネス仮面』2巻(ヒラマツ・ミノル)ほか
2001年07月08日(日) 夫婦で暑気あたり?/『昔、火星のあった場所』(北野勇作)ほか


2004年07月07日(水) 「目には目を」じゃ、なぜダメなのか? そっちの方が疑問。

 七夕だけれども、もちろんあれは「秋」の行事なんで、今日、笹の葉飾っても、織姫も彦星も願い事叶えちゃくれません。毎年同じこと言ってるな、私も。
 残業、8時半まで。こちらは正規の仕事で、トンガリさんの代行ではない。たまたましげも仕事が休みだったので、迎えに来てもらえた。映画に行こうか、と話をしていたのだが、しげもやや疲れ気味らしく、断念。昨日と同じく、「庄屋」に寄ってサラダうどんを食べる。昨日は低カロリーの定食で、今日もサラダと、カロリー抑え目にしているのだが、忙しくて運動ができないので体重は微増中なのである。また少し尿の回数も増えてきているし、ヤバイのだ。何とかもう少し仕事をヒマにしないとなあ。


 DVD『古畑任三郎』2ndシーズン、見残していた8話分を一気に見る。お気に入りのエピソードは第一シーズンより多く、「VS 宇佐美ヨリエ(沢口靖子)」編、「VS 林功夫(木村拓哉)」編、「VS春峯堂のご主人(澤村藤十郎)」編が私のベスト3。最後のやつなどは、犯人が壷を壊した動機が大好きなのである。つか、この3本、動機の奇抜さでみんな気に入ってるのだなあ。逆に「弱さ」を感じるのは「VS 佐々木高代(加藤治子)」編、「VS 若林仁(風間杜夫)」編、「VS 二葉鳳翆(山口智子)」編の3本。どれも「もっとうまい方法があるんじゃないか」と思わせてしまうところがネックかな。
 これくらいのペースでないと、溜まってるDVDをとても消化しきれないのだが、別にプレッシャーから逃れようと遮二無二見ているわけではなくて、ただ見出したら面白くてやめられなくなってしまっただけなのである。かっぱえびせん現象であるな。おかげで気がついたら朝の4時過ぎだった。明日も仕事だってのに、半徹夜である。ストレス解消のために見てるDVDがストレスのもとになっちゃ、ダメだねえ(~_~;)。


 ある事件が起きると、同工の事件が連鎖して置きやすいことはいくらでも例のあることである。人間は「学習する」動物だからねえ。
 長崎県佐世保の事件からひと月ちょっとは経っているけれども、これも明らかに「影響化」にある事件だろう。昨6日、新潟県三条市立井栗小学校で、6年生の男子生徒が、刃渡り22センチの柳刃包丁で、同じ6年生の男子に切りつけた。切りつけられた男子は、右腕と左手の指を切られたが、二週間のけがで命までは取られなかった。包丁は加害者男子が自宅から持ってきていたもので、動機については「悪口を言われたので、腹がたった」「(被害者に)ばかにされていた」と説明しているということである。
 予想通りというか、佐世保事件に「学習」したと見られる犯人男子は、警察の取調べに対して「(被害者に)悪かった」「悪いことをした」と話しているとか。もう完全に「警察あってもゴメンですむ」って時代になってしまいましたね。それどころか、この子、佐世保の女の子よりずっとリコウになってるじゃないですか。相手を確実に殺すことより、その一歩手前で止めたことで、さほど大きな罪に問われる心配はないし、これで受験の心配もいらなくなる。就職先だっておクニが斡旋してくれる。至れり尽せりの立場に身を置くことが出来るようになったんですからねえ。「厳罰主義は犯罪防止に効果はない」と仰ってた人権派のみなさまがた、私にはこういう犯罪が放任主義のしっぺ返しにしか思えないんですけど、どうなんですか。
 今日、井栗小学校では、全校集会が開かれて、校長が事件について「たったひとつの命は、どんな理由があっても奪うことはできない」と生徒たちに語りかけ、自分や友人の胸に手を当てさせて「心臓がドクドクしてることが生きていること。隣の子も生きている」と確かめさせたとか。……命がどうのって、そういう意識で犯行に及んだわけじゃないと思うんだけどねえ。衆人環視の教室で犯行に及んだってこと考えても、今回の事件はやっぱり「デモンストレーション」の意味合いの方が強いんじゃないのかな。まあ、学校なんてとこは「命の大切さ」だけ訴えときゃ、それでこと足れりって発想しか持ってないんだろうけど。
 子供たちは幼いけれども馬鹿ではない。オトナのリクツはわからなくても、自衛隊のイラク派兵で、彼らが「死ぬ」可能性があることなどは承知している。人間の命なんて、何かコトがあれば紙切れ以下の価値もないと判断されてしまうことくらい、とっくに知っているのだ。それで「命の大切さを」なんて言われたって、そんなの偽善にしか聞こえまい。
 「馬鹿にされた」くらいのことでムカツき、キレるようになったのは、子供ばかりでなく、いい大人も既にそうである。「ムカツク」を流行らせた後藤久美子がもう30代だから、切れやすい世代はもう、社会の中枢にまで入り込んでいるのだ。ムカツこうがキレようが、それ自体、「自己の権利」だと勘違いしてきた世代が世の中狂わせてきたのではないのか。理不尽な目に合って、それで腹を立てないのはおかしい、と仰る方もおられようが、腹を立てるなと言いたいのではない。「怒る」ことと、「ムカツク」こと、「キレル」ことは、その質が全く違うのである。
 またぞろ博多を持ち出すか、としげに文句を言われそうだが、もともと博多弁には怒ったことを表す言葉としては、「腹かいた(腹が立った)」しかなかった。常にそれは「過去形」のみで使われ、「現在形」は存在していない。つまり、「怒る」という感情に持続性はなかったのだ。
 「怒る」「腹が立つ」という共通語にしたところで、これは人間的な感情の発露であって、「ムカツク」ような内面に向かって鬱屈するようなものではなかったし、「キレル」は神経の破綻でしかない。もう、そのあたりの識別もつかない連中が、「ムカツク」ことも「キレル」ことも当然といった顔をして闊歩するようになったのだ。なんでそんなやつらを「人間扱い」してやらなきゃならんのか、と思うのだが、ナカミが畜生でも、人の皮をかぶってる以上、この社会では「人権」とやらが発生するようになっているのである。人は人を差別するようにできてんだ、その程度の悪口でキレるな、少しは堪えろ、その軟弱な精神、元から鍛えなおせ、と言ったところで通りゃしない。正直な話、「畜生どもは屠殺してしまえ」くらいは言ってやりたいのだが、そんなことを言えば、既知外扱いされるのはこちらの方なのである。
 でも、だったら、ムカツク、キレル子供たちをどうにかできる有効な方法とやらを、「人権派」の方たちは具体的に提示できるんですかね。できもしねえのにスローガンだけ掲げてる連中が一番のガンなんで、まずはこいつらから「粛清」しないとどうにもならんという気が最近はとみにしてきたんだけれども、これも「危険思想」ですか。

2003年07月07日(月) 今年も涙の雨が降る/アニメ『高橋留美子劇場・Pの悲劇』/『探偵学園Q』11巻(天樹征丸・さとうふみや)
2002年07月07日(日) 叶わぬ願い/DVD『風のように雲のように』/『映画欠席裁判』(町山智浩&柳下毅一郎)ほか
2001年07月07日(土) オタクな××話/『こんな料理に男はまいる。』(大竹まこと)ほか


2004年07月06日(火) 「ストーカー法」に引っかからないストーカーの仕方

 ちょっとこのことは日記に書こうかどうか、かなり迷ったのであるが、今更隠しておくのもどうかな、と思ったので、書いておくことにした。とは言え、各方面にメイワクかかるといかんので、固有名詞は匿名、ないしは仮名にしておく。
 今日、職場に一通のハガキが届いた。送り主の名前は一応、旧知の人物の名前が使われていたが、おそらく勝手に名前を借りられてしまったものであろう。内容は、私が本当は泥棒なのだとか変態なのだとか、下品で低劣な中傷なのだが、もちろん根も葉もない事実無根のものである。
 匿名ではあるが、差し出し人が誰かは承知している。十数年前、演劇活動を通じて知り合ったある人物で、かなりオタクな人である。『ファントーシュ』を創刊号から持ってたり、『アニメージュ』『Newtype』『宇宙船』は言うに及ばず、懐かしの『SFマガジン』『SFアドベンチャー』『SFイズム』『SF宝石』(^o^)『奇想天外』『ふゅーじょんぷろだくと』『OUT』『ふぁんろーど』『ぱふ』『リュウ』『DUO』『花とゆめ』などなど、その人の部屋の中は数々のアニメ、特撮、SF雑誌に埋め尽くされ、もちろんマンガの単行本も山と積まれていて、SF小説はハヤカワの銀背がズラリという年期の入りようであった。棚には怪獣、美少女、ミリタリーのフィギュアが処狭しと飾られ(市販のものに改造を加えた自作)、モデルガンの収集も押し入れに何10丁、オーディオ関係も当時の最先端機器を常に取り揃え、LD(当時はまだDVDはなかった)コレクションも既に何千枚という、私がこれまで出会ってきたオタクの中でも、最高の部類に属する超濃い目のオタク氏であった。仮に彼をオタ氏と呼んでおく。それだけのコレクションに相当する該博な知識の持ち主で、その点では尊敬に値する人であったのだが、如何せん、性格がむちゃくちゃ歪んでいた。
 ともかく、ヘタにアニメや特撮、演劇、映画などに造詣が深かったのが災いしたのである。若いころ、自主アニメの製作・監督をしたことがあり、当時、それが今や世界的なアニメ監督として評価も高い某氏や某氏などにアニメ誌上で賞賛された。そのことがその人をすっかり「プロ気取り」にさせてしまったのだ。若くして天狗になった人間が周囲から疎まれるのは世の常で、知識はただのヒケラカシとしか映らず、批評や意見はただの高慢としか解釈されなくなった。結局、当人に実力があるにも関わらず、オタ氏はアニメの道にも映画、演劇関係の道にも進まず(進めず)、関係者の間を渡り歩くような「アニメゴロ」「演劇ゴロ」になってしまった。今更言いたくはないが、その人が勝手な行動を取ってくれたせいで、私は熱愛するファンであった俳優のA氏とも縁が切れてしまった。
 それだけならともかく、他人が常に自分を陰で笑っている、と思いこんだ彼は、自分の気に入らない人物の周囲に、匿名で中傷のハガキをばら撒き始めたのである。その激情たるや常軌を完全に逸したもので、被害にあった人物は数10名、毎週何10通ものハガキを各方面にばら撒き(私に関するものでも100通以上に上る)、あいつはこんな変態だ、あいつはこんな人非人だと触れ回るようになったのだ。
 オタ氏と知り合った当初は、私は決して仲が悪かったわけではなかった。彼のそういう「行状」を知らなかった私は、多少エキセントリックな言動が鼻につきはしても、ユニークな人だな、くらいに軽く考えていたのである。
 ところが、世間に受け入れられない鬱屈がオタ氏の精神を蝕んでいったのだろう。その言動は次第におかしくなっていった。曰く、自分には霊の世界が見える、異次元との交流も可能だ、天候も自由に操れる、念じれば人の命を奪うことさえ……。
 正直な話、だんだんと気持ち悪さすら感じてはいたのだが、まあ日本は信仰の自由はあるのだし、それと人格は別であろう、とのんきに考えていた。「ああ、そうですか」と相槌を打っていれば、別にツボだの印鑑だの売りつけてこようとはしなかったし、実害はない、と高を括っていたのである。
 例によって例のごとく、オタクのトラウマとなったあの『エヴァンゲリオン』騒動のときには、オタ氏は完全にアレにハマッていた。どれくらいかというのは、それこそ1話放映されるたびに真夜中に必ず電話がかかってきて、アダムの正体はどうの、補完計画とは何か死海文書とはどういうものか、とウンチクを垂れまくるのである。「明日仕事なんですけど」と言って電話を切ろうとしても「こんなこと話せるのはアナタだけなんです」と泣きつかれてしまって、無下にも断れなくなってしまう。ヘタすりゃ3時、4時までお喋りにつき合わされていたが、そのころ私がカラダを壊したのは、確実にこの人のせいもあった。
 そんな風に私に甘えておきながら、オタ氏が『エヴァ』のLDボックスを予約しないで買い損なったときには、私が入手したことを知った途端に激昂して、「アンタにエヴァの何がわかるか!」と怒鳴ったりするのである。そんなヤツアタリをされたって、私にはどうしようもない。あと、吉田秋生の絵柄が大友克洋の影響を受けて変化したとき、そのことを言ったら、吉田秋生ファンで大友克洋嫌いのオタ氏、やっぱり激昂して、そのあと泣き出してしまった(-_-;)。
 つまり、オタ氏は常に自分の意見は正しいと思いこんでおり、批判を一切許そうとせず、反駁されればヒステリックに騒ぎ出すという、痛いオタクの典型のような人だったのである。実際、一度ヒステリーを起こすと、髪を振り乱し、奇声を上げ、壁に頭を打ちつけ、全く手が付けられなくなっていた。しかし私は、そんなオタ氏を見ながらも、まるで『山月記』の李徴のようだ、と思い、その姿に哀れみさえ感じて、なかなか縁が切れなかったのである。
 しかし、ある日、オタ氏の家に遊びに行って、セーラー服姿に女装した彼に出迎えられてから、さすがに腰が引けた(~_~;)。いやね、出迎えられただけじゃなくて、まあ、その、抱きつかれちゃったし。言っておくが、私にはそちらの趣味は一切ない。断じてない。慌てて逃げだしたが、そのときはかなり乱暴にオタ氏の手を振りほどいたこともあって、そのあとの関係が気まずくならざるを得なかった。
 それから少しずつオタ氏とは距離を置くようになったのだけれども、私に関する中傷のハガキが職場やその周辺に出回り始めたのもそのころからである。かわいさ余って憎さ百倍といったところか。何しろそんな事件は「オタ氏の周辺でしか起こらない」のだから、犯人が誰かは一目瞭然であった。イタズラ電話が増え、電話をナンバーディスプレイにして、非通知電話はカットするようにした途端、オタ氏からの電話もかからなくなった。どうやらイタ伝もオタ氏の仕業だったようである。そして「被害者」が私一人ではなかった、ということも段々とわかってきた(実は今日、ハガキを受け取った時も、そばにいた同僚が、偶然にも、その人の被害者で、「アッ、それ、○○氏のハガキじゃないですか!?」と言っていた。全く、いったい何十人、何百人の人間が被害にあっているか、知れたものではない)。
 しかし、警察に何度足を運んでも、誰一人としてこれを事件として取り上げてはくれないのである。名誉毀損か何かに当たるんじゃないか、と思うのだが、ともかく、たとえどんなにオタ氏が犯人である、と主張しても、物的証拠はないのだ、と言って断られる。100通、200通、ハガキをばら撒かれようが、それが本人の名前でなく、他人の名前である以上は(私の名前で他人の中傷を送られたこともあった)、責任はその「名前の」送り主に存するものであって、オタ氏には何の関係もない、という解釈を警察は主張するのである。そのオタ氏、状況を撹乱する意味もあったのだろうが、なんと「自分に対する中傷を私の名前でもばら撒いていた」のだから、オタ氏のことを知らない人間は、私が犯人なのか、オタ氏が犯人なのか区別がつかないようにもなっていたのだ。
 ありがたいことに、私の知り合いで私の方が犯人だと疑った人はただの一人もいなかった(事件はあくまでオタ氏中心で、私の知らない人も被害にあっていたのだから、当然なのだが)。ところがそのことを警察に話すと、「つまりあなたは犯人だと疑われてもいず、実質的に被害にはあっていないのですから、告訴はムリです」と言われてしまった。
 そんなバカな話があるか、名前騙られてるのに、と思ったが、まあ、昔から不祥事だらけの福岡県警であるから、そんなたかがハガキのイタズラ程度で動きたくはなかったのであろう。
 しかしイタズラとは言っても、規模が半端ではない。オタ氏の中傷ハガキの一部は、なんと「宮内庁」にまで送られていたのだ。内容は私のことを「国家に反逆する意図がある。不敬罪で訴えなさい」、というようなものであったらしいが、私は別にそんな意見は持っていないし、第一、地方の一市民の思想について、そんな訴えを宮内庁に送りつけるという行為にどんな意図があるのか、サッパリわからない。宮内庁は一応、義務としてウチの職場に照会をしてきたようだが、もちろんそれで私がどうこうされたということはない。と言うか、理解に苦しんでいたのは宮内庁の方だったようである。
 結局は私にフラレた恨み骨髄、といったところなのだろうが、相手がノーマルかそうでないかくらいのこと、見抜いてほしいものだ。全く、とんだ逆恨みである。
 実はその中傷ハガキの件は、一度新聞沙汰、テレビニュースにもなったのだが、それでも警察は動かなかった。誰かケガ人の一人でも出ない限り、この国では匿名であれば中傷なんてし放題なのである。そのころまだ「2ちゃんねる」は存在していなかったが、あれば私のこともオタ氏は実名でガンガン書きこんでいたことだろう。
 それでも放置しているうちにハガキの数は減り、この2年ほどは何の音沙汰もなかったのであるが、今日、また、どういう風の吹きまわしか何がきっかけになったのか、そういうハガキが来たのだ。どうやら、こないだまで、職場で窓際に追いやられていたか自宅待機だかにさせられていて、自由に動くことができなかったらしいのだが、しばらく神妙にしていたおかげで職場復帰を果たしたものらしい。しかも昔、一緒に自主アニメを作っていた仲間がプロのアニメーターになり、最近その人が監督した劇場アニメが大ヒットを飛ばしたりしたことも、多分、オタ氏の鬱屈を高める結果になったのだと思われる。
 よく、オタクはアニメや特撮が好きだってだけで迫害された経験があるから、そのルサンチマンが溜まりに溜まっているのだとかほざいてるやつがいるが、そんなのは嫉妬心と猜疑心を5年も10年も抱えこんでいていい言い訳になどなりはしない。いい加減、ほかに楽しいこと見付けて、好きな「男」でもゲットしてくれたらと思うのだが(当然のごとく、そのオタ氏は独身である)、まあ、マリアナ海溝よりも深い愛情をお持ちの、同好の趣味の方であったとしても、オタ氏相手に一生を棒に振るのはゴカンベンというところであろう。いやまあ、見た目も典型的なハゲデブオタだし(^_^;)。
 どうせ今回も私に「実害」はない。オタ氏がいくらハガキをバラ撒こうが、オタ氏の財布からハガキ代が飛んでいくだけの話である(月に万単位で使ってるんだから、全くご苦労なことである)。これまでの経緯から、オタ氏ができることなんて、「ハガキ書くこと」しかなく、私に対して「実害」を与えるような具体的な何かを仕掛けてくる度胸もないのだ、と確信できた。この日記でいくらネタにしたところで、何の問題も生じはしない、ということがはっきりわかったので、こうして書くことにしたのである。つか、このサイトの存在自体、オタ氏は知らないだろうけれど。
 というわけで、私はしょっちゅう「オタクはよう」、とイタいオタクのことをあげつらっているのだが、念頭にあるのは殆どこのオタ氏のことなのである。この日記を読んでるオタな方、勝手に「自分のことだ」と誤解、つーか、被害妄想に陥ったりしないように。そう思い込んでしまったら、それは取りも直さず、アナタ自身がこの「オタ氏と同類」だということになるんだからね。
 ……と言うわけで、あえて言おう、世間の「結婚できない」オタク諸君(する気がもともとない人は除く)、自分が結婚できないことを他人のせいや世の中の偏見のせいにしちゃイカンですよー。紛れもなく、原因は「アナタ自身」にしかないのだからねー。


 しげに迎えに来てもらって、仕事帰りに「庄屋」で食事。「レッドキャベツ」で買い物をして、「積文館」で本を買い込む。
 昨日に引き続いて、トンガリさんの仕事を代行していたので、今日はすっかり疲れ果てて本も余り読めなかった。
 マンガ、ゆうきまさみ+とり・みき『新・土曜ワイド殺人事件』、和田慎二『スケバン刑事if』、唐沢なをき『電脳炎 ハイブリッド版』ver.5、とこんなもの。


 夜、よしひと嬢に「『イノセンス』はどのバージョン買うの?」と電話。よしひと嬢、既にチラシを手に入れていて(さすがだ)、「台本とか点いてるのにしようかと思うんですけど。犬は要らないから」とのこと。だったらやっぱり私は「コレクターズボックス」を予約しないといけないのだろうか。アマゾンだと20%引きだからなあ。そちらで買ったほうが少しは安くつきそうなのである。

2003年07月06日(日) 日曜の昼は出たくないね/DVD『悪魔くん』vol.1/『ワイド版 風雲児たち』14巻(みなもと太郎)ほか
2002年07月06日(土) 理想の正論より現実の暴論/映画『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』
2001年07月06日(金) ニュースな一日/DVD『遊撃戦』第一話ほか


2004年07月05日(月) テレビが見えーん!

 今週末にトンガリさんを交えての会議が予定されていたのだけれど、諸事情で来週に延期してもらうように頼む。理由は、トンガリさんの肩代わりでやってる仕事が一向に終わらないから(~_~;)。
 トンガリさんが担当していたおカネの流れに不明瞭なところがある、と以前の日記に書いたけれども、いわゆる「使途不明金」というものがあるわけではないのだ。それどころか、帳簿上は実にキッチリと何が何に使われたか、あの人、しっかりと記載しているのである。
 問題は、その「記載されている」ということなのであって、これをこの部署のこの予算から支出してたらアカンでしょうというのが、ボロボロ出てくるのである。とは言え、そういうのもすべて理由を明確にして上司の決済がおりていれば何の問題もないのであるが、トンガリさん、全て「自分の決済で事足りる」と思いこんで全て自分の判断のみでやっちゃってるからコトはいささか看過できない状況になっちゃってるのである。
 ……だからねえ、アンタ、もともとそんな権限なんて持ってないんだってこと、知っとかないと。
 こういう好き勝手に生きているところ、完全に自我肥大を起こしているのである。ああ、でもこの膨大な資料、仕事の合間使って今週中にまとめられるんだろうか。


 ここんとこ絶不調であったうちのテレビ、ついにスイッチを入れても画面が映らなくなってしまった。修理に出すしか仕方がないのであるが、どれくらいおカネが取られるものか。つかねー、テレビって実はそんなに使わなくてもいいんだよねー。ニュースはネットである程度調べられるし、映像はあまり必要ない。見たいドラマとか、バラエティとか、それほど多くはないし、アニメや映画は、ほしいものは結局DVDで買っちゃうのである。DVDならパソコンで見られるし。「今週のセラムンだけは見逃せない!」とか、どうしても見たいときには、電波だけ本体から飛ばして、風呂場の受像機で見る、という最終手段もあるのである。
 と言っても不便は不便なので、そのうち電器屋さんに来てもらわねばなるまいが、問題なのは、その電器屋さんに修繕するためのスペースを作ってあげなきゃならんということなのである(-_-;)。……その前に大掃除をしなきゃならないじゃないの。
 誰かバイト代、半日6000円あげるから、ウチの掃除、手伝って。って、日頃自分でやってりゃ問題ないじゃんよう。

 読んだ本、『せりふの時代』夏季号、養老孟司『死の壁』。


 こないだ日記に「ハリウッド版『ドラゴンボールZ』って作ってんの?」と書いてたんだけど、どうやら製作の20世紀フォックス、まだ諦めてなかったらしい。『ビッグ・ヒット』などの脚本家、ベン・ラムジーに脚色を依頼したんだとか。ただし、キャストや監督については未定、ということで、これはハリウッドにおいては実質上「製作は進んでいない」というのと同義語である。
 ……いやさあ、『ザ・リング』のハリウッドリメイクの成功とかで有頂天になってる人もいるかもしれないけどさあ、日本のコミックやゲーム原作の実写映像化で成功した例って、そもそもすっごく少ないと思うんだけど、どうなんですか、そこんとこ。
 どんなにCGだのVFXだのが向上しようが、所詮は『ストリートファイター』の二の舞にしかならんと思うんだけど、これ、原作権料は一応買ったんだから、製作進めないわけにはいかないって意地張ってるプロデューサーがいるってだけなんじゃないの? もちろんそんな実務能力のないヤツは、結局大金をドブに捨てる結果になって、降格されたり職を追われたりするハメになるんだけどね。

2003年07月05日(土) 同情でもいいから少しはくれ(T∇T)/DVD『山村浩二作品集』/『沈夫人の料理人』1巻(深巳琳子)ほか
2002年07月05日(金) 金曜で〜とだ。一応/映画『マジェスティック』/『気になるヨメさん』1巻(星里もちる)/『クロノアイズ』6巻(長谷川裕一)
2001年07月05日(木) 疲れてるとかえって饒舌/DVD『アリオン』ほか


2004年07月04日(日) 風、風〜、風、風〜、な〜にをやっても風まかせ〜♪

 朝の特撮、アニメをツラツラ見たあと、昼から百道まで外出。
 福岡市博物館での「平賀源内展」を見に行くためだが、今日が実は最終日。当初はしげと一緒に行くつもりだったのが、どうしても都合が合わずに断念した。
 「エレキテル」の実験実演なんてのは予想範囲であったが、当時大流行したという反射式のぞき眼鏡が多数展示されていたのは嬉しかった。どの程度立体的に見えるものなのか、こればかりは図録ではわからず、現物を覗いてみるしかないのである。予想した通りではあったが、レンズを通して見たからと言って、さほど立体的に見えるわけでもない。けれど遠近法で描かれた絵自体に接するのが初めてであった日本人には、充分3Dに見えたんだろうと思われる。
 みなもと太郎『風雲児たち』、水木しげる『東西奇ッ怪紳士録』の原画、幻のNHK時代劇『天下御免』の番宣ハガキなども展示。山口崇が若いことと言ったら。
 みなもと太郎の原画などをじっくりと見ると、滲んだ印刷の線とは違っていて、本来の線が抜群に滑らかで美しいことがわかる。こういうところにまで目を配ってくれているのだから、源内ファンにも相当なオタクがいるのだろう(^o^)。
 図録には載っていない、最近発見されたばかりの司馬江漢筆の風景図などは、「来て見てよかった」と思える逸品であった。
 大学の頃から源内のファンで、墓参りまでしたくらいなのだが、そのころ源内の墓は雨曝しであった。20年の時が過ぎ、今はきれいな白木の屋根が付けられているようである。源内さん、喜んでるだろうか。

 博物館の帰り、天神LIMBに寄って、DVDを買い込む。最近は博多駅の紀伊國屋でたいていの用が足りるので、LIMBにはとんとご無沙汰である。DVD『怪奇大作戦』は今回で完結。『古畑任三郎』2ndシーズンのDVDボックスはもう先月くらいに出ていたのだが、ようやく購入。こうしょっちゅうシリーズものだのボックスばかり買っていると、毎日見る映画、DVDには事欠かないどころか、溜まりまくりである。『古畑』も果たして全話見られるのはいつごろになるか。

 夜、福岡市民会館で、ラクーンドッグさんの練習を見学。
 しげがドッグさんの「エコロジーな缶詰ワールド」に参加することになったので、様子をちょびっとだけ覗かせてもらうつもりだったのだが、気がついてみると、肉練はやらされてるわ、フルーツバスケットはやってるわで、なんだか随分馴れ馴れしくなっているのであった。厚顔無恥だよなあ、オレ。
 ドッグさんとこは次の公演、『裁きの檻』の稽古の真っ最中。なんだかお邪魔してしまったようで心苦しかったのだが、人んちの練習風景というのはやっぱり参考になるのである。ドッグさんのほかには、キャストは、冨田文子さん、草野久美子さんのお二人。三人芝居で、しかも男一に対して女二なのは今度のウチの芝居もなのであるが、この「三人」という構成は、演劇の基本中の基本のようなパターンである。それだけに、それぞれの役割がクサイくらいに明確でないと、逆にキャラクター同士の葛藤が散漫になってしまいかねないという怖さもある。まだ本読みを始めたばかりなので、そのあたりのことはなんともコメントのしようがないのだが、ドラマの骨格はなかなか興味深いものがあったので、ぜひ面白いものに仕上げていってほしいのである。

 DVD『古畑任三郎』、1話〜3話。これもファーストシーズンを含めて、感想をコンテンツに挙げたいのだが、時間が全然ないのである。

 『げんしけん』のテレビアニメ公式サイトが開設。
 気になるスタッフ・キャストは以下の通り。
〔スタッフ〕
 原作 木尾士目(講談社・月刊「アフタヌーン」連載)
 監督 池端隆史
 シリーズ構成 横手美智子
 脚本 横手美智子、池田眞美子、中瀬理香、吉田玲子、平見瞠、高橋ナツコ、小林靖子、花村こけし
 キャラクターデザイン・総作画監督 木下裕孝
 美術監督 奥井 伸
 色彩設計 西香代子
 撮影監督 土田栄司
 編集 田熊純
 音響監督 明田川仁
 音楽制作 ランティス
 制作 ジェンコ
 アニメーション制作 パルムスタジオ
 製作 現視研研究会
〔キャスト〕
 笹原完士 大山鎬則
 高坂真琴 斎賀みつき
 春日部咲 雪野五月
 斑目晴信 檜山修之
 田中総市郎 関 智一
 久我山光紀 乃村健次
 大野加奈子 川澄綾子
 笹原恵子 清水香里

 うーむ、ヒロインがまた雪野五月。『トライガン』以来、見るアニメ見るアニメ、雪野さんで、もしかして第2のハヤシバラを狙ってるのか、という気がしないでもないのだが、そのわりに雪野さんの声って、特徴があまり感じられないのである。斑目が檜山さんというのは、まあ、合ってるのかな。
 キャラデザインなんか見てるとかなり不安材料がありはするのだけれど、それなりのものにはなってほしいものである。
サイトはこちら↓
 http://www.genshiken.info/

2003年07月04日(金) 私は多分ちょっと本気で怒っている/『放送禁止歌』(森達也)
2002年07月04日(木) 丼より皿/『快傑ズバット大全』(ブレインナビ)ほか
2001年07月04日(水) 喉が異常に乾くよう/DVD『少年ドラマシリーズ ユタとふしぎな仲間たち』ほか


2004年07月03日(土) ずっと寝てたんで、たいしたネタはありません。

 ようやく休日。けれど、二日間出勤しただけで体力使い果たしてたせいか、夕方まで死んでいた。と言っても、夕べ寝つかれなくて、朝方になってようやく床についたせいなのだけれど。それでも7時から4時まで、9時間くらいは寝込んでいた計算にはなるので、これではしげのことを「寝汚い」とはののしれないのである。

 
 マンガ、矢上裕『GO WEST!』3巻、木尾士目『げんしけん』1〜4巻。
 『げんしけん』は、前々から買おうかどうしようか迷ってたんだけど、結局買った。こういうオタクを主人公にしたマンガが最近増えたなあ。で、これが白眉ではなかろうか。アニメ化されたってのも頷けるのである。
 「現代視覚文化研究会」略して「げんしけん」なわけだけれども、そう言えば80年代には、マンガ、アニメ、特撮など、オタクの好きな作品を総合的に扱おうって意気込みでこんな感じの名前を付けてたサークルって、あちこちの大学にあった。
 今や文科系のクラブ、サークルは、高校でも大学でも全てオタの巣窟と化しているから(^o^)、わざわざこんな名前のサークルを立ち上げてもあまり存在意義はないのである(演劇関係者なんて、鴻上尚史以来、オタしかいね〜(^_^;))。
 ……というところに目を付けて、同人誌を出すでもなく自主アニメを製作するわけでもなく、ただ何となく駄弁ってコミケに並んで、という程度の「ぬるいオタクたち」に着目したセンスが見事。そのへんのリアルさがキャラクターにナマな感じを与えているのだ。
 「どうせお前のことだから、巨乳コスプレ娘の大野加奈子ちゃんに萌えてんだろう」とか言われそうだが、私のヒイキは、断然、一般人の春日野咲ねーさまである(年下なんだが「ねーさま」としか呼べないよなあ)。オタクを恋人に持ったばかりに、ナニしようって瞬間に「あ、見たいアニメが始まったから」と放り出されるわ、コミケには付き合わされるわ、コスプレはさせられるわ、地獄の責め苦に遭うに等しい苦行を強いられてる姿が健気でもう、なんともねえ。
 ああ、アニメで早いとこ咲ねーさまのケッテンクラート嬢のコスプレが見たいぞぉぉぉぉ!


 DVDで『モンティ・パイソン 人生狂騒曲 2DISC SPECIAL EDITION』。
 既発のDVDを持ってるんだけれども、結局この20周年記念盤も買ってしまった。これでLDで持ってる『ベスト・オブ・モンティ・パイソン』をDVDで買い直したら、現在入手できるパイソンズのDVDは全部揃う(ギリアムの単独監督作などは除く)。
 ……もういい加減で日本でだけでも『ライフ・オブ・ブライアン』を出そうよ。クリスチャンへの冒涜だなんて思いこんでるのは、狂信者だけだって。
 しかし、メイキングはやたら長いし、吹替え版にディレクターズカット盤も、と見ていくと、『人生狂騒曲』見てるだけで4、5時間が経ってしまうのでありました。

2003年07月03日(木) 遊ぶ女/『BURAIKEN』(唐沢なをき)/『超役立ち法律大事典』(行列のできる法律事務所)ほか
2002年07月03日(水) 妻のどこまでも広い背中/『デボラがライバル』1・2巻(多田かおる)/『20世紀少年』9巻(浦沢直樹)ほか
2001年07月03日(火) 頭痛のせいでネカマ風(-_-;)/『黒衣 ―KUROKO―』2巻(高橋葉介)ほか


2004年07月02日(金) あいつのあたまは×××××。

 昨日に引き続き、今日も青息吐息で仕事。
 熱がちょっとぶり返してきたらしく、アタマがふらつくだけならまだしも、仕事してる最中に吐き気がして、机に突っ伏してしまう。ココロの声はもう「帰りてえ〜」だけなんだが、こういうときにもトンガリさんのイヤガラセは襲って来るのである。
 こないだも「書類の書き方がどうの」とか文句言ってたので、「会議に出ねえで文句ばかりつけてんじゃねえ」と一蹴してたのだが、今日はまたまた同じことで噛みついてきたのである。
 「書類の書き方って、これこれこういう風にするのが常識なんじゃないですか?」
 だから私が渡してるのは元になる資料なんであって、それをきちんとした様式にまとめるのはアンタの仕事なんだってば。
 相手にすればするほど腹が立ってくるので、「アンタの代理で書類揃えてやってんだから、そんなに言うなら自分でやってみろ!」と怒る。
 トンガリさん、「ああ、そうですか」と言ってプイとあっちに行ってしまったが、アレは絶対に何も分かってない態度である。結局、イカレた人をイカレているからと言って辞めさせられるわけではなく(サベツになっちゃうんでしょうねえ)、どんなにおかしな行動を取られても、放置しておくしかない、ということなのであろう。……来週も会議が予定されてるんだけれども、またひと悶着あるってことじゃないの。ううう、胃に穴空くよう(T∇T)。


 夕方、やや体調が持ちなおしたようなので、博多駅に回る。
 「紀伊國屋」と「ゲイマーズ」を回って、DVD、文庫本、コミックなど購入。
 ゲーセンでUFOキャッチャー、1000円使って、戦利品はワンピースの電波探知機二つと、ハローキティのホットケーキプレート二つ。なんで二つずつかと言うと、500円で3回やったら、一発でどちらも取れてしまったからである。こういうのがちょこちょこ溜まっていくので、キリ番ゲットのプレゼントにしようかと思ってるのだが、相変わらず申告はないのであった。実際、通りすがりさんが多いんだよなあ。

 シネリーブル博多駅で映画『スイミング・プール』。
 トリック自体はまあまあなんだが、脚本が「甘い」ので、ミステリーとしてはまあまあの出来ってところ。ティンカー・ベル……もとい、リュディビーヌ・サニエがすっぽんぽんになるのはともかく、シャーロット・ランプリングまで脱がんでもいいんじゃないか。
 

 帰宅して、今日買ったDVD『カリキュラマシーン セレクション』鑑賞。
 「♪シャバドゥビドゥッビ、シャビドゥバッ!♪」ってテーマソングを覚えてる人はもう三十路もはるかに越えた中年(^_^;)。ともかく、「幼児教育番組」とは名ばかり、『ゲバゲバ90分』のスタッフが再結集し、宍戸錠、藤村俊二、渡辺篤史、吉田日出子、常田富士男、岡崎友紀、桜田淳子、フォーリーブスといったクセのある面々を使って、ひたすらナンセンスでシュールなギャグ・スケッチを展開させていったというトンデモナイ番組である。
 構成の中心にはあの浦沢義雄さんもいらっしゃるのだが、「各地から発見される『あいうえお』の謎」なんてネタ、絶対書いてるの浦沢さんだろうな。……謎の男が死の間際に残した「あいうえお……段……行」という謎の言葉。そして「きしちにひみいりい」「こそとのほもよろお」など、次々と発見されるプレート。そうして合体し完成された「五十音表」は国宝に指定されるも、男の言葉の謎は解かれぬまま、プレートの発見に奔走した宍戸錠は目を患い、芸者さんと「鬼さんこちら」遊びに興ずるのであった。……って子供番組のネタじゃね〜よ、これ!( ̄∇ ̄ ;)
 アニメーションは『ゲバゲバ』に引き続いて木下蓮三。「あいうえお」の歌ではなんとキャラクターデザインに赤塚不二夫を迎え、『レッツラゴン』をアニメ化している。……『バカボン』や『おそ松くん』は何度もアニメにするくせに、赤塚不二夫最高傑作である『レッツラゴン』をアニメにしようというやつがどうとしていないんだ、と憤ってたものだったが、ちゃんと木下さんは目を付けていたのであった。脱帽。
 この歌、好きだったんだけれども、細かいところは忘れてたんで、今回確認できたのがすっげー嬉しかった。メロディー覚えてる人は歌ってみようね。

 ♪あいつの あたまは あいうえお
  かんじん かなめが かきくけこ
  さんざん さわいで さしすせそ
  たいした たいどで たちつてと
  なーにが なんだか なにぬねの
  はなはだ はんぱで はひふへほ
  まんなか まるあき まみむめも
  やーけの やんぱち やいゆえよ
  らくだい らくちん らりるれろ
  わーけも わからず わいうえお(注・「を」にあらず)
  ん〜!♪

 当時も楽しんで見てたんだけれど、今見て古びてないってのはスゴイ。現代のコント作家、温故知新じゃないけど、もっと旧作を見ておくべきじゃないのかね。


 今日読んだ本、唐沢俊一・村崎百郎『社会派くんがゆく!死闘編』、マンガ、大場つぐみ原作・桂正和漫画『デスノート』2巻、北条司『エンジェルハート』11巻、長谷川裕一・大庭園『無人惑星サヴァイヴ』2巻(完結)。

 
 俳優、マーロン・ブランドが死去。享年80。
 誰が何と言おうと、この人の最高傑作は『伯爵夫人』である。チャップリンの「動き」と「間」を“まがりなりにも”再現できた役者がいたんだから、この世に!
 のちの『チャーリー』のロバート・ダウニー・ジュニアとその動きを比較してみれば、その「軽やかさ」の違いは一目瞭然だ。『波止場』や『ラストタンゴ・イン・パリ』なんかより、この時のブランドの方が私はずっと好きだ。
 『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』だけでこの役者の芸の広さを語るのは「もったいない」と思うよ。
 え? 『スーパーマン』に『D.N.A.』? なんですか、それ。


 DVD『イノセンス』が9月15日に発売されることが決まったけれど、「スタンダード版」のほかに3種類も別バージョンが出るそうである。
 その内訳は以下の通り。

1、「スタンダード版」
 いわゆる「通常版」。と言っても本編だけを収録するのではなく、特典ディスクとの2枚組。
 本編ディスクは片面2層で、収録時間が99分。ドルビーデジタルEXとドルビーデジタルステレオの2種類で音声収録。映像はビスタサイズをスクイーズ収録、字幕は日本語のみ。音声特典として、押井守監督と演出の西久保利彦によるオーディオコメンタリーを収録予定。
 特典ディスクには劇場予告編集と、15分のメイキング映像を収録。押井監督とスタジオ・ジブリの鈴木敏夫プロデューサーとの対談(約40分)も収録。

2、「リミテッドエディション VOLUME1・DOG BOX」
 本編ディスクはスタンダード版とほぼ同じ。ただ、音声はドルビーデジタルEXとDTS-ESで収録。そのほかの映像や字幕、特典ディスクなどの仕様はすべてスタンダード版と同じ。じゃあどこが「ドッグ・ボックス」なのかというと、劇中に登場したバセットハウンド犬のポリストーン製フィギュア(オルゴール内臓)を同梱しているのである。欲しい人は欲しいんのかな、こういうの。

3、「リミテッドエディション VOLUME2・STAFF BOX」 
 収録する本編、特典ディスクはDOG BOXと同じ。封入特典として、絵コンテと脚本、アフレコ台本を同梱。

4、「コレクターズBOX」
 一番「盛り沢山」なのがこれ。
 収録する本編、特典ディスクはDOG BOX、STAFF BOXと同じだけれど、特典ディスクに収録したものよりもさらに長い「4時間」のメイキング映像を収録したDVD3枚(「作画編」「音編」「宣伝戦略 〜カンヌへ、そして世界へ」)を付属。
 封入特典は、(1)海洋堂の竹谷隆之監修によるポリストーンとレジン製「ガイノイドフィギュア」(40cm)、(2)押井監督監修のレイアウト集「イノセンス METHODS 押井守 演出ノート」、(3)プロダクションデザイナーの種田陽平監修による「イノセンス オフィシャル・アートブック」。

 ……これって、1と、2〜4をまとめたもの二種類を出しゃそれでよかったんじゃないのか? あわよくばオタクに全部買わせようってハラか? まったくボリまくりやがってよう。
 私が買うなら3か4かなあ。よしひと嬢が4を買うというのなら(買わないわけはないな)私は3でガマンしてもいいのだが。
 2と3のリミテッドエディションは各15,000セットの限定生産で、4のコレクターズBOXは予約限定商品、予約締切は8月10日だそうな。さあ、どれを買おうかなんて迷ってる時間はないぞ、オタクな諸君(^o^)。

2003年07月02日(水) ストレスは溜まるようになっている/映画『復活の日』
2002年07月02日(火) アニメ見るのは浮気じゃないよん/アニメ『最終兵器彼女』第1話/『エクセル▽サーガ』9巻(六道神士)ほか
2001年07月02日(月) ばとんたっちorあとはどうなと/『赤い雲』(西岸良平)ほか


2004年07月01日(木) 病みあがりの人生

 体調は万全でないものの、今日は何とか出勤。
 けれど、目眩と頭痛と吐き気は一日中治まらず、溜まった仕事を片づけながら気分はずっと鬱のままだった。
 出入りの業者さんと、トンガリさんのことであまり嬉しくないやりとり。取り引きのいろいろ、これまではトンガリさんを通してやってたのだが、いろいろと芳しくないことをしてくれていたので、直接、私と交渉するようになっているのである。こないだの会議で、「私が悪いんじゃない、業者が困ってたから……(これ以上は書けねえ)」と自分のナニを全て業者におっかぶせようとしてたんで、このままじゃ自分の方がヤバい、と業者さんも勘付いたのだろう。
 ともかく、現在、経理のいろんなところでブラックボックスができちゃっているので、そこを透明にしていかなきゃならないんだけど、肝心なところでトンガリさんがバックレてくれるので、結局は誰かが手助けしてやらなきゃならなくなる。
 ナニが腹立つって、そうやって助けてもらってる本人が、まるで自覚がないってことなんだけどね( ̄△ ̄#)。

 バスに乗って帰る元気はなかったので、しげに迎えに来てもらう。
 レストラン「さとう」でステーキ。今週は栄養もロクに取れなかったので、ダイエット中とは言え、ある程度補給は必要なのである。
 その前に出すもの出しとかないと、と、注文をしげに頼んでトイレに行った。ちょっとリキが入っていたので(^_^;)、10分ほどして席に戻る。
 「料理まだ来てないの?」
 「あ……ごめん。まだ注文してない」
 「……どうして? かなり時間経ってるのに」
 「ぼーっとしてた……」
 なんだか、様子がヘンである。とりあえずウェイトレスさんを呼んで料理の注文をして(呼ばないと聞きにこないというのも困りものだ)、どうしたのかわけを聞いてみる。
 「寂しかったと。家で泣いてた」
 ……なんか、また鬱にハマりこんじゃったらしい。こちらの体調が快方に向かい始めたかなあと思ってたら今度はこっちか。全くココロの休まるヒマってものがない。
 原因はなんだとか、いろいろ食っちゃべってるうちに、しげ、落ち付いてくる。と言うより、ステーキ食ってるうちに、気分がよくなってきたと言ったほうが正しいかもしれんが。

 帰宅して、しげ、DVD『鋼の錬金術師』を見始めたが、クスリを飲んでいたの1話も見ないうちに落ちる。居間を殆ど占拠するような感じで寝こいていたので(スタイルの具体的な描写は恩情で省略)、無理矢理叩き起こして寝室に行かせる。けれどこちらも体力が限界で、そのあとコロッと落ちたのであった。


 読んだ本、阿智太郎『住めば都のコスモス荘』(やっと原作読んだのである)、マンガ、目黒三吉『低俗霊DAYDREAM』6巻、石森章太郎プロ『銭形平次捕物控』1巻。


 米国映画協会(AFI)が、映画音楽歴代ベスト100を発表。
 ……したんだけど、ラインナップ見てみると、これがどうも釈然としない。いや、1位の『虹の彼方に』、2位『「時の過ぎゆくままに」、3位の『雨に唄えば』などは順当で、納得もするのである(ボーカル曲のみの選出なので、音楽のみの作品のノミネートはなし。だから『エデンの東』や『第三の男』は入って来ていない)。」
 でも、例えば、『卒業』から選ばれたのが『ミセス・ロビンソン』の方で、『サウンド・オブ・サイレンス』が無視されてたり、なんで『南太平洋』から『バリ・ハイ』が選ばれてないんだよ、とか、マリリン・モンローで50位までにランクインしているのが『ダイアが一番』だけとか(『愛されたいの』は? 『帰らざる川』は?)、かなりな「見落とし」があるように思うのである。チャップリンの『ティティナ』が入ってないってのは、やつぱりチャップリン好きってのは日本特有の現象だってことなのかねえ。
 下に50位までのリストを書いておくので、みなさんのご意見もうかがいたいところなのである(さすがに100位まで書き写す元気はなかった)。


1、『虹の彼方に“Over the Rainbow”』(ジュディ・ガーランド)
   ……『オズの魔法使』(1939)
2、『時の過ぎゆくままに“As Time Goes By”』(ドゥーリー・ウィルソン)
   ……『カサブランカ』(1942)
3、『雨に唄えば“Singin' in the Rain”』(ジーン・ケリー)
   ……『雨に唄えば』(1952)
4、『ムーン・リバー“Moon River”』(オードリー・ヘプバーン)
   ……『ティファニーで朝食を』(1961)
5、『ホワイト・クリスマス“White Christmas”』(ビング・クロスビー)
   ……『スイング・ホテル』(1942)
6、『ミセス・ロビンソン“Mrs. Robinson”』(サイモン&ガーファンクル)
   ……『卒業』(1967)
7、『星に願いを“When You Wish Upon A Star”』(クリフ・エドワーズ)
   ……『ピノキオ』(1940)
8、『追憶“The Way We Were”』(バーブラ・ストライサンド)
   ……『追憶』(1973)
9、『ステイン・アライブ“Stayin' Alive”』(ザ・ビー・ジーズ)
   ……『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977)
10、『サウンド・オブ・ミュージック“The Sound of Music”』(ジュリー・アンドリュース)
   ……『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)
11、『去って行った彼“The Man That Got Away”』(ジュディ・ガーランド)
   ……『スタア誕生』(1954)
12、『ダイアが一番“Diamonds Are a Girl's Best Friend”』(マリリン・モンロー)
   ……『紳士は金髪がお好き』(1953)
13、『ピープル“People”』(バーブラ・ストライサンド)
   ……『ファニー・ガール』(1968)
14、『マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン“My Heart Will Go On”』(セリーヌ・ディオン)
   ……『タイタニック』(1997)
15、『チーク・トゥ・チーク“Cheek to Cheek”』(フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース)
   ……『トップ・ハット』(1935)
16、『スター誕生愛のテーマ“Evergreen (Love Theme from A Star is Born)”』(バーブラ・ストライサンド)
   ……『スター誕生』(1976)
17、『踊り明かそう“I Could Have Danced All Night”』(オードリー・ヘプバーン)
   ……『マイ・フェア・レディ』(1964)
18、『キャバレー“Cabaret”』(ライザ・ミネリ)
   ……『キャバレー』(1972)
19、『いつか王子様が“Some Day My Prince Will Come”』(エイドリアーナ・キャセロッティ)
   ……『白雪姫』(1937)
20、『恋は永遠に“Somewhere”』(ナタリー・ウッド&リチャード・ベイマー〔声・マーニ・ニクソン&ジミー・ブライアント〕)
   ……『ウエスト・サイド物語』(1961)
21、『監獄ロック“Jailhouse Rock”』(エルヴィス・プレスリー)
   ……『監獄ロック』(1957)
22、『うわさの男“Everybody's Talkin'”』(ハリー・ニルソン)
   ……『真夜中のカーボーイ』(1969)
23、『雨に濡れても“Raindrops Keep Fallin' on My Head”』(B.J.トーマス)
   ……『明日に向かって撃て』(1969)
24、『ショウ・ボート“Ol' Man River”』(ポール・ロブスン)
   ……『ショウ・ボート』(1936)
25、『ハイ・ヌーン“High Noon (Do Not Forsake Me, Oh My Darlin)”』(テックス・リッター)
   ……『真昼の決闘』(1952)
26、『トロリー・ソング“The Trolley Song”』(ジュディ・ガーランド)
   ……『若草の頃』(1944)
27、『アンチェインド・メロディ“Unchained Melody”』(ライチャス・ブラザーズ)
   ……『ゴースト ニューヨークの幻』(1990)
28、『魅惑の宵“Some Enchanted Evening”』(ロッサノ・ブラッツィ〔声・ジョルジオ・トッツィ〕)
   ……『南太平洋』(1958)
29、『ワイルドで行こう“Born To Be Wild”』(ステッペンウルフ)
   ……『イージー・ライダー』(1969)
30、『ストーミー・ウェザー“Stormy Weather”』(リナ・ホーン)
   ……『ストーミー・ウェザー』(1943)
31、『ニューヨーク・ニューヨークのテーマ“Theme from New York, New York”』(ライザ・ミネリ)
   ……『ニューヨーク・ニューヨーク』(1977)
32、『アイ・ゴット・リズム“I Got Rhythm”』(ジーン・ケリー)
   ……『巴里のアメリカ人』(1951)
33、『輝く星座“Aquarius”』(レン・ウッズ・アンサンブル)
   ……『ヘアー』(1979)
34、『レッツ・コール・ザ・ホウル・スィング・オフ“Let's Call the Whole Thing Off”』(フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース)
   ……『踊らん哉』(1937)
35、『アメリカ“America”』(リタ・モレノ&ジョージ・チャキリス・アンサンブル)
   ……『ウエスト・サイド物語』(1961)
36、『スーパーカリフラジリスティックイクスピアリドーシャス“Supercalifragilisticexpialidocious”』(ジュリー・アンドリュース&ディック・バン・ダイク・アンサンブル)
   ……『メリー・ポピンズ』(1964)
37、『星にスイング“Swinging on a Star”』(ビング・クロスビー)
   ……『我が道を往く』(1944)
38、『黒いジャガー〔シャフトのテーマ〕“Theme from Shaft”』(アイザック・ヘイズ)
   ……『黒いジャガー』(1971)
39、『酒とバラの日々“Days of Wine and Roses”』(コーラス)
   ……『酒とバラの日々』(1963)
40、『ファイト・ザ・パワー“Fight the Power”』(パブリック・エネミー)
   ……『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989)
41、『ニューヨーク・ニューヨーク“New York, New York”』(ジーン・ケリー&フランク・シナトラ&ジュールズ・マンシン)
   ……『踊る大紐育』(1949)
42、『貴婦人であることが幸だ“Luck Be A Lady”』(マーロン・ブランド)
   ……『野郎どもと女たち』(1955)
43、『今宵の君は“The Way You Look Tonight”』(フレッド・アステア)
   ……『有頂天時代』(1936)
44、『愛は翼にのって“Wind Beneath My Wings”』(ベット・ミドラー)
   ……『フォーエバー・フレンズ』(1988)
45、『ザッツ・エンタテインメント“That's Entertainment”』(フレッド・アステア&ナネット・ファブレイ&オスカー・レヴァント&ジャック・ブキャナン)
   ……『バンド・ワゴン』(1953)
46、『パレードに雨を降らせないで“Don't Rain On My Parade”』(バーブラ・ストライサンド)
   ……『ファニー・ガール』(1968)
47、『ジッパ・ディー・ドゥー・ダー“Zip-a-Dee-Doo-Dah”』(ジェームズ・バスケット)
   ……『南部の唄』(1947)
48、『ケ・セラ・セラ“Whatever Will Be, Will Be (Que Sera, Sera)”』(ドリス・デイ)
   ……『知りすぎた男』(1956)
49、『笑わせろ“Make 'Em Laugh”』(ドナルド・オコーナー)
   ……『雨に唄えば』(1952)
50、『ロック・アラウンド・ザ・クロック“Rock Around the Clock”』(ビル・ヘイリー&ザ・コメッツ)
   ……『暴力教室』(1955)


 個人的にナンバー・ワン・フェイバリット・ソングである『ケ・セラ・セラ』がなんとかベスト50に滑りこんでいたのは胸をなでおろしたくなる気分。『雨に濡れても』や『笑わせろ』も。
 でも100位に入ってない曲で好きなやつも結構ある。『屋根の上のバイオリン弾き』の『サンライズ・サンセット』とか、『チキチキバンバン』の同名曲とか、『モンティ・パイソン 人生狂騒曲』の『銀河ソング』とか。ベスト100には、OO7シリーズからも何曲か入ってるけど、私はやっぱり『OO7は二度死ぬ』と『ユア・アイズ・オンリー』だね。もちろんピーター・セラーズの歌う番外編『カジノロワイヤル』の方はもっとオススメ。……ああ、こんなこと書いてたらやっぱキリがないわ(~_~;)。
 50位以下の曲については、下のサイトを見てください。ただし全部原題。イヤね、ホントは全部翻訳して紹介しようかと思ったんだけど、映画のタイトルはなんとか原題知ってても、曲名までは……。ネットで調べるのも骨が折れるのよ(^_^;)。↓
http://www.afi.com/tvevents/100years/songs.aspx

2003年07月01日(火) 踊らぬ娘に踊る人々/『寄生獣 完全版』8巻(岩明均)/『エンジェル・ハート』7巻(北条司)
2002年07月01日(月) 戦争は終わった/DVD『名探偵登場』
2001年07月01日(日) 食いすぎたのは、あなたのせいよ/『コメットさん』(横山光輝)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)