無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年03月31日(水) 人の噂は何十年。

 早朝、仕事から帰ってきたしげが鴉丸嬢と電話している声で目が覚める。
 どうやら私について何だかんだと話のタネにして笑いモノにしているようである。人が寝ていると思って、好き勝手してくれるものだ。
 ホームページにアップした鴉丸嬢のイラストの色が濃過ぎるとか言ってるが、色弱の人間に色の調整をしろと言われても無理な話である。私の眼には特に濃いとも見えないんだもん。パソコン任せのオートでやってるんだが、手動で調整したらもっとヒドイ色になりかねない。多少の色ムラとかはカンベンしてもらいたいのである。
 昔、ヨレヨレのスーツにコート、ちょうど刑事コロンボみたいな格好でホームセンターの中をうろついていたら、浮浪者と間違えられて警察に通報されそうになったことがあるが、そんな話まで嬉々として鴉丸嬢に喋っていた。いったいいつの話だ、もう十年以上昔じゃないか。
 ……とか言いながら、実は今も当時とたいして違った格好はしていないのである。こんなホームレスもどきの格好では、幼稚園とか小学校をふと覗いたりしたら(いや、覗かないけど)通報されかねないよなあ、と自分でも思うのだが、手元にあるのは着崩れたスーツばかりで、パリッとしたものは一着も持っていないのである。日頃、しげがスーツやズボンにアイロンかけてくれるくらいのサービスをしてくれりゃ助かるんだが、いったいあのバカがアイロンをどこに仕舞いこんだものか、どこを探してもいっこうに見つからないのだ。
 だもんで、自分でもアイロンがかけられない。クリーニングに出すしかしようがないのであるが、代金がもったいなくてようせん。という訳で私のスタイルは十年一日、いつまで経ってもヨレヨレのままなのである。
 ……陰口叩いてるヒマがあったら、家事しろ、くそ(ーー;)。


 本日も休みなので、間に昼寝を挟んで、一日、ホームページの更新にいそしむ。けれど、ここのところ映画を立て続けに見たので、その感想を書くのに追われて、マンガや小説の感想が全く書けなくなっている。
 そちらを楽しみに読んでくださってる方も、数は少ないながらいらっしゃるようなので、誠に申し訳ない限りである。

 
 今日で3月も終わりだなあ、とか考えていたら、もうすぐホームページ立ち上げて丸1年経つことに気がついた。何かイベントでもやったらいいのかとも思うが、何も思いつかない。「こういうことやってほしい」というリクエストがありましたらどうぞ。
 今日はまた短いが、明日からまた出勤なので、早めに寝るのである。悪しからず。

2003年03月31日(月) メモ日記
2001年03月31日(土) 藤村俊二はよかったけれど/舞台『ラ・テラス』ほか


2004年03月30日(火) ポエムは人生を語る。

 昨日、アクロスとかでも回転扉の事故が起こってたんじゃないかと書いたけど、やっぱりその通りだった。平成9年からこっち、“少なくとも”4件の事故があったとか。……絶対、そんなもんじゃ済んでないよな。挟まれたり転んだり、被害者はたいてい子供か老人らしいが、そういう事故が起こってもずっと放置してたってことが、この社会の「子供と老人は邪魔者」感覚が蔓延してることの証拠なわけである。どこがバリアフリーだ。
 若いことやカラダが頑健なことを絶対の価値のように思ってる人間って多いけど、それってただの傲慢だし、健康なことがそんなにえらいんかい、と文句の一つくらいつけたくなる。人間みんなトシ取るし、一生健康でいられる人間なんて稀だろう。その程度の想像力もケツラクしてる人間がモノ作ってるってのが腹立たしいんだけど、「そういう人間しかいない」んじゃ、どうしようもないのである。
 シーホークはもっと被害者が出てたらしい。多分、今後しばらくは回転扉は激減して行くと思うけれども、こういう時こそ「回転扉を発明したのは誰か」みたいなトリビアを誰かが披露してくれないものかな。どんな理由であんなイカレたものを開発したのか、知りたいものである。


 文部科学省が、来春から使用する小学校教科書の検定結果を発表。
 前回の改訂では「ゆとり教育」の一環として、その内容が大巾に削減されて物議を呼んだのだが、「学力が低下する」との批判を受けて今回はそれらの内容が「発展的内容」として掲載されることになった。具体的には、「台形の面積を求める公式」(5年算数)などが復活、「食物連鎖」(6年理科)、「縄文時代」(6年社会)などの中学レベルの内容も許容されている。
 受験競争華やかなりし頃は「もっとゆとりを」と文部省の「積めこみ教育」を批判してたくせに、いざ、ゆとり教育が実施されると「学力低下」を訴える世間の身勝手さには呆れ返るしかないが、実際、昔も今も親バカのレベルに変化はない。学校に教育を依存してる時点で自分がダメ親であることを自覚したほうがいいと思う。
 だいたい、「ゆとり教育」の目的は生徒をのんびりさせることが目的なんじゃなくて、空いた時間を使って勉強したいヤツは自分でどんどん勉強するように、という意図で導入されたものだ。ところがフタを開けてみたら殆どの生徒が土曜の休業日に勉強なんかしなかった。結局、教育なんて押しつけられ、強制されなきゃ大多数の人間がやらんということが分かったのである。リベラリストはすぐに自由にさせりゃ人は自分から知識を求めるようになると主張するけれども、そんなのは幻想にすぎない。子供の90%はただのバカで、いくら時間を与えたって、遊ぶことしか考えないものだ。そんなことにも気づかなかったバカ親が世の中に蔓延してるから、教育改革がいつまで経っても進まないのである。
 文科省もせっかく批判されてるんだから堂々と「積めこみ教育を復活させる」と言い切っちゃえばいいのだ。でもって、勉強に付いてけない「落ちこぼれ」は切り捨てて、どんどん落第、退学させる。世の中は中学浪人、高校浪人やプータロウで溢れかえるだろうが、無視すりゃいい。「自分たちが主張してること」がどんな意味を持っているのか、ちっとは世間のバカ親どもに思い知らせてやればいいのである。いいじゃん子供が遊び呆けたって。
「積めこみ教育」をしようが「ゆとり教育」をしようが、自分のバカガキはバカガキのままで勉強なんかしないって事実を思い知らせてやればよろしい。


 今日明日は仕事休み。またすぐに忙しくなるからちょっとしたひと休憩にしかならないのだが、その間に少しでもホームページを更新させようとするのだけれど、資料をちょいと見返したりするだけで時間が怒涛のごとく過ぎ去って行く。つか資料を本の山の中から探し出し、引っ張り出すだけで時間かかってる気がする。
 本棚に納まりきれない本や荷物はダンボールにぶちこんでいるのだけれど、それを開けたり、その奥にある本を取ろうとしてどけたりしているうちに、いつのまにか部屋の奥地へと入りこんで今度は自分が出られなくなってしまうのである。自分ちで遭難してんじゃねーよって。
 けど、押入れやクローゼットの中をあさっていると、こんなところにこんなモノが、とビックリするモノを見つけてしまう。例えばそれは学生時代に書いた昔の原稿だったりするのだが、まあ、読み返してこんなに恥ずかしいものはない。もっと恥ずかしいのは、文章技術のレベルが当時と今と見比べてみてもあまり向上してないことなのだな。この二十年、何やってたんだ、オレ。

 今、若い人たちがこぞって個人ホームページを開いて、小説だの詩だのを披露している状況は実に楽しい。そういうのを十年後二十年後に本人が見たら、果たしてどんな気持ちになるものだろうかと今からワクワクしてしまうのである。
 劇団の連中も自分でホームページを開いてるやつが結構いるのだが、これがまあ、何つ〜かどいつもこいつも若さ大爆発、オジサンの感覚で理解可能なものが一つとしてないのが素晴らしい。
 らぶきっつぁんこと、桜雅充さんとこのサイトなど、テニプリ小説もさることながら、脳天に鉄槌食らわされたような衝撃を与えてくれたのが「ポエム」のコーナーであった。これはもう、ぜひともみなさんにご紹介せざるをえまいということで、勝手に引用させていただくが、一つめの「ポエム」がいきなりこうである(行間もそのまま)。


> わたしはただ・・・・

> あなたをあいしていただけ・・・・。



> 愛してほしいの。


 注目すべきは、最初の「あい」がひらがなで、次の「愛」が漢字だってとこですね(^o^)。桜雅さんの限りない優しさが前者には込められているし、後者には相手への抑えきれない情熱がほとばしってます。プロの技法ですね。最後が句点で留められてるとこもポイント高いです。
 次はこれ。


> 涙は、あなたの優しさの証

> 笑顔は強さの証


 合い言葉は勇気! いやあ、小田和正か山下達郎が書いた詩かと思っちゃいました(^o^)。これを裏読みなんかしちゃいけません。相手への絶対的な信頼が二人の愛を築き上げるのですよ。


> 疑うよりも

> 信じることのほうが難しい


 人生の真理です。頭脳明晰であるがゆえに相手のウソを見破ってしまう人は等しくこう感じているでしょうね。


> 恋することは

> 自らを成長させる


 どんどん成長してください!


> あなたは

> 誰かを本気で好きになることができますか?


 できなきゃ、人間じゃないですよね!


> 人は時として

> 悪魔にも天使にもなりうる


 いや、あなたは天使だ!
 ……いやもう、読んでてクラクラしました。目くるめく体験って、こういうのを言うんでしょうかね(^.^;)。続きはもっとあるんですが、今日はこのくらいで。もっと読みたい方はウチの劇団のホームページからリンク貼ってますんで、よろしゅうに。
 桜雅さん、次作を期待していますよ♪☆\(^0^\) ♪(/^−^)/☆♪


 今日も飯はうどん……の予定だったが、2人前作って一杯のどんぶりに入れ、しげに渡したら、全部ペロリと平らげた。
 「二人で一杯って言ったろ!? 何で全部食うんだよ!」
 「あ、ごめん、気がつかんやった」
 昼またうどんを作る。やっぱり2人前作って一杯のどんぶりに入れ、しげに渡したら、また全部ペロリと平らげられた。
 「今朝も二人で一杯って言ったろ!? 何で全部食うんだよ!」
 「あ、ごめん、気がつかんやった」
 しげの記憶力がない原因の一つに、「食欲の前には全ての理性がすっ飛ぶ」ということがあるのかもしれない。

2003年03月30日(日) メモ日記
2001年03月30日(金) シラフでも酔える夜/『怪奇探偵小説傑作選2 横溝正史集/面影双紙』


2004年03月29日(月) また訃報。立て続けだとちょっとツライ。

 六本木ヒルズの回転扉による児童死亡事故を受けて、アクロス福岡でも回転扉を畳んで停止したとか。畳めるものだったのか、あれ。
 誰か死者が出ない限り、何の対策も取らないというのは、一般常識から考えれば無責任極まりないわけだけれども、費用のことを考えれば、「事故が起きない限り何もしない」というのは企業でも官公庁でも変わらないもう一つの「一般常識」であるわけである。ためしにどこぞの会社に「おたくの会社のここのドアの建付けが悪くなってて危険だから新品と取り替えなさい」とクレームつけてごらんなさい。馬鹿正直にそんなことする会社はほぼ皆無でしょう。
 「常識」の怖さというのは、我々の本能を鈍らせるというか、分析と総合の力、もっと簡単に言えば、「考える力」を奪ってしまう点にある。全ての物事についていちいち考えなきゃならんというのも面倒臭くて仕方がないから、我々はそれを放棄し、代わりに「常識」を身に付けることで雑事にアタマを悩ますことから解放されているわけである。だから一概に「常識」の存在を否定するわけにもいかない。けれど、「そんなの常識でしょ!?」と主張する人間に、「どこが?」と問い質すと、たいてい絶句して答えられなくなるのは、それだけモノを考える習慣を人が嫌っていることの何よりの証拠でもある。
 そういう状況に人はみな慣れきっているから、一方の「常識」と、もう一方の「常識」がぶつかり合うということも世間にはよくあることである。そういう場合、片方、あるいは双方に「常識の再構築」が強いられることになるのだけれど、そこでモノワカレになって、結局「考えなしの常識」が放置されたまま、という事態に陥ることもしばしばだ。
 今回の回転扉の事故はまさにそれで、「回転扉は危険じゃない」という「常識」が極めて強固で、ちょっとやそっとの怪我人が出た程度じゃビクともしなかったということだ。これまでにも事故があるたびに、森ビル側には回転扉の問題点の指摘はされていたらしいが、結局撤去はなされなかった。「どうしてなのか?」という疑問は我々の常識であって、彼らの常識ではない。常識に理屈はないのだから、疑問を抱いてもムダである。彼らは「何も考えていなかった」のだから。
 マスコミが今回の事故をあれだけ大々的に報道しなけりゃ、「ヨソはヨソ」で、アクロスだって撤去しようとはしなかっただろう。詳しく報道されちゃいないが、アクロスでも絶対事故は起こってたと思う。悲しいのは、人は、「人死に」が出るくらいのことがないと自分の常識を疑えない、ということだろう。「常識」というか、「自分の作り上げた虚構の物語」にしがみつかないと生きていけない人間のサガの悲しさというやつである。
 ……ま、「人死に」が出たって自分の「常識」の方を優先するやからだって世の中にはいるので、今回の件は「まだマシだった」と言えるのかもしれないけれどね。


 最近、とみに外人さんからのメールが増えて、日に三十通、四十通来ることも珍しくなくなった。半年前は一ヶ月でその程度の量だったから、30倍くらいに増えた計算になる。最初のころはどんな外人さんが来るものやらと面白がってはいたけれども、こう増えるといちいちチェックするわけにもいかない。ウィルス含まれてるやつだってあるだろうと思ってウィルスチェックにかけると、ドンピシャで「感染してる可能性があります」と出る。もう面倒臭くなったので、開きもせずに片っ端から削除してたのだが、つい先日、「迷惑メールフォルダー」というサービスがあることに気がついた。細かい仕組みは分らないけれど、「ユーザーの承諾を得ずに一方的に送信される電子メールであって、その内容が出会い系サイトの広告やアダルトコンテンツサービスの利用料金の架空請求等のように、一般に受領者に不快感ないし、不安感を抱かせることが多いもの(迷惑メール)を、その時点で妥当と判断する基準に基づいて自動的にフィルタリングし、ユーザーへの配送を防止する」んだそうな。早速ためしにやってみると、見事に外人さんからのメールが全てフィルターの中に寄せられてしまった。うーん、やっぱり個人的にお近づきになりたいという外人さんはいなかったのだなあ。もしいたとしても日本語でメールくれるものだろうけどね。
 そういうわけで、もし本気で私に挨拶したい外人さんがいたら、今後はアルファベットじゃなくて、カタカナでメール下さいな。あと、「メールを送ったのに、受信拒否された」という人は、迷惑メールと解釈された可能性がありますから、自分のメールアドレスに問題がなかったかどうか、チェックしてみてください。


 今日は仕事を休んで病院のハシゴ。
 久しぶりにかかりつけの主治医と面談、検査の結果、「糖も蛋白も出てませんね」と言われて誉められる。糖尿になって以来、医者に誉められたのは初めてじゃないか。これで油断しちゃしょうがないんだよなと思いながらも、やはり安堵感で気分は晴れやかになる。
 「やっぱり一番の原因はストレスでしょう。どうも相当ストレスが溜まるご職業のようですから、それを緩和するようにされては」と言われたが、それができりゃ苦労はしない。第一、ストレスの原因は職場ばかりじゃないからなあ。
 こういうことをチラッとでも言うとしげはすぐに「私がいなけりゃいいんでしょ」と拗ねるが、そんなのは当たり前のことである。人は出会わなければ無関係な他人のままなんだから。出会った以上は「どのように関わるか」ということを考えるのが人間なんであって、それをしげがまるで考えてないところがヒトデナシと誹謗される理由なんである。飯食らうだけ食らって、片付けしようって気をまるで起こさない、それどころか一切家事を拒否してるってのはいったいどういう神経をしてるんだか。無いのか神経。
 だから私は「自分がいなけりゃいいなんて絶対に言うな、バカをやめる努力をしろ」と百万回言ってるのだが、しげは翌日にはそれを忘れて百万回バカを繰り返しているのである。これでストレス溜めるなというのは無理なんだって(-_-;)。

 その足で眼科に回る。最近とみに右眼がかすんできているので、視力が落ちて来てるか白内障にでもなりかけてるんじゃないかと心配してたんだけれど、医者の見立ては特に変化はないとのこと。でも以前もこの医者、写真撮影で網膜裂傷が起こりかけてたのを見逃してるから、あまり当てにはならないのである。別の病院に変わった方がいいかなと感じちゃいるんだが、近くで通いやすい眼科がないんだよねえ。


 博多駅に回って、5月に北九州で公演のある『バナナがすきな人』のチケットを買う。今のところ月に一本は舞台を見にいっているが、本当は2、3本は見たいところなのだ。十年前に比べると、福岡で公演される芝居の数も格段に増えているし。ただ映画に比べて5倍は高額だし、当たり外れがデカいのがなかなか本数を増やせない恨みになっているのである。『バナナ』も近藤芳正演出というただ一点でチケット買いしたのだが、果たして吉と出るか凶と出るか。
 しげは今日もダイソーでダン・エイクロイドのシールを貼るプレートを探しているが、手頃なのが見つからない様子。プレート求めて○○里の遍歴、いったいいつまで続くやら。
 帰りに立ち食いうどんでコロッケうどんを食べる。ふと気づいたけれど、二人で立ち食いしたのって初めてじゃないかな。


 また淋しい訃報が連続して二つ。
 漫画家で、もとPプロダクションのプロデューサーうしおそうじ氏が、28日に急性心不全のため死去、享年82。喪主は長男で作曲家の鷺巣詩郎氏。
 漫画家として見開きのモブシーンを細密に描いていたのは手塚治虫と鷺巣富雄(うしお氏の本名。漫画家としてこの名前を使っていたこともある)だけだと指摘していたのはみなもと太郎だったか、本人だったか。
 インタビュー記事や自伝の漫画などを読むと、ラッパ吹きと言うか、相当に自己宣伝色の強い人で、そのあたりが後年の不遇にも繋がっていったのだろうと思われる。未だに『マグマ大使』のギャラを岡田眞澄ほか出演者に払ってないというのはどうもデマではないようだが、悪意からではなく、ラッパ吹いてるうちについ次の仕事の資金に使っちゃったのだろう。仕事にルーズな人ではあったが、その大らかな人柄は結構好かれていたように思う。三船敏郎、円谷英二、手塚治虫らとの交友を限りない憧憬をもって嬉々として語る様子を見ていると、この人は基本的に「モノを作る人」ではなく、どこまでもファンの延長線上でプロデューサーになっただけなのだろうなあと感じられる。その意味でうしお氏に一番近い存在は、エド・ウッドだろう。氏のことを「日本のエド・ウッド」と呼んでも怒る人は、うしお氏のファンにはいないと思う。
 Pプロダクションの製作作品群は、お世辞にも一級とは言いきれない。後年に至るほどその出来はどんどんひどくなっていくが、それでもリアルタイムでその殆どを見ていた。見るものがなくて仕方なくではない。本気で好きで見続けていたのだ(見損なってるのは多分福岡では放映が遅れた『鉄人タイガーセブン』くらいのものだ)。でなきゃ当時のコミックスで『宇宙猿人ゴリ』や『快傑ライオン丸』『風雲ライオン丸』まで集めたりするか(復刻版まで買っちまったよ)。円谷の『ウルトラ』シリーズですら当時はあまり買っていなかったと言うのに。
 特撮やセットがチャチだの、脚本がいい加減だの、パクリが多いだの、テコ入れのたびに設定が変わるだの、欠点をあげつらい、チープと呼ぶのは簡単だが、それはうしお氏にとっては決して手抜きではなかったと思う。ほかに表現のしようもないので言い切ってしまうが、うしお氏ほど、当時「愛」をもって特撮ドラマを送り出していた人はいないのだ。
 『ゴリ』も『ライオン丸』も『電人ザボーガー』ですら、今見返すと、私は涙ぐみそうになる。困難に立ち向かう勇気を、逆境に負けない根性を、悪に打ち勝つ正義を、愛を、うしお氏は語った。若い人にとって、それらのものはただのきれいごとにしか見えないかもしれない。けれど、うしお氏の稀有なところは、それを語る時、決して自分に酔ってはいなかったということだ。
 うしお氏の主人公たちはよく涙を流す。蒲生譲二も獅子丸も大門豊も泣いた。けれど彼らは泣いて終わったわけではない。彼らは決して涙に流されることはなかった。感情を越えた強い意志がそこに流れていたからこそ、涙の先に道があることが訴えられていたからこそ、我々はうしお氏の作品群に魅せられていたのではないか。
 うしお氏のそういった思想の背景には、やはり一兵卒として敗戦を迎えた戦争体験が大きく影響しているように思う。こういう形で語り継がれる「戦争」もあるのだ。説教するばかりが能ではないことを知るためにも、今一度、うしお氏の作品が復活してもいいと思うのだが、往年の特撮・アニメのリメイクが流行る今日、『マグマ大使』以外のリメイクがないというのは淋しいことである。


 イギリスの俳優、ピーター・ユスティノフが28日、スイスで死去。こちらも享年82。
 役者としてのピークはアカデミー助演賞を受賞した『スパルタカス』(1960)、『トプカピ』(1964)のころだったのだろうが、我々の世代だと、アルバート・フィニーの跡を継いで、『ナイル殺人事件』(1978)以降、映画で三本、テレビスペシャルで三本、計6本で私立探偵エルキュール・ポアロを演じていたのが印象深い(ロイター通信、「『名探偵ポワロ』シリーズでエルキュール・ポワロ役を演じた」って紹介してるけど、これ翻訳ミスだろうな。デヴィッド・スーシェととっちがえているのである)。
 もっとも原作のポアロのイメージ(小男)とは似ても似つかぬ大兵肥満ぶりに、原作ファンは「あんなのポアロじゃない!」と怒っていたのだが。テレビ版『エッジウェア卿殺人事件』(1985)でワトソン役のヘイスティングスを演じたジョナサン・セシルが痩せた小男だったために、ユスティノフの太りぶりは一層強調されていた。
 ユスティノフがポアロに起用されたのは、語学に堪能であった点が買われたのだろう。フランス語訛りの英語を喋るポアロを演じられる役者自体がそもそも少なかったのだと思われる。もともとユスティノフはロシア人を両親に持っているが、ベルギー人といっても通用する風貌だとあちらのプロデューサーたちには考えられたのだろう。日本人である我々には西洋人はみんな一緒に見えるのだけれど。
 しかし、いくら名優とは言え、明らかに体形の違うミスキャストを続けられてもファンは困惑するばかりであった。デヴィッド・スーシェのポアロが登場すると、当然のようにユスティノフにポアロの声はかからなくなった。そうなるとあのイヤミったらしかったユスティノフ・ポアロももう一度見てみたくなる気持ちも湧いてくるのであるから、ファンとはつくづく勝手なものだ。
 名探偵、ということであれば、ユスティノフはもう一本、高名な探偵に扮している。『オリエンタル探偵殺人事件』(1981)でのチャーリー・チャンだ。中国人に扮するのはいくらなんでもムリがあったが、もともとワーナー・オーランドにチャーリー・チャンを演じさせて平然としていたクニだから、「同じ外人ならオッケー」くらいの感覚でいるのだろう。このあたりのどうしようもない出来の映画にもユスティノフは何の衒いもなく出演して、しかも思い切り手抜きの演技をしていたから、果たしてこの人は名優と言っていいのかどうかと首を傾げたくなったものである。
 遺作はマルティン・ルターの伝記映画『Luther』 (2003)。共演者に同じくポアロ役者の一人であるアルフレッド・モリーナがいるのは奇縁であろうか。

2003年03月29日(土) メモ日記
2001年03月29日(木) 血の収穫/ドラマ『六番目の小夜子』ほか


2004年03月28日(日) 夢の中では生きられない。

 これも書く時間がなくなって省略してたことなんだけれど、昨日、しげと私はちょっとした「実験」をした。
 ともかくしげには記憶力がない。更には目の前にあるものすら見えなくなってしまうこともしょっちゅうだ。日常生活を営む上で、これはかなり困った状況を生んでいるし、私のストレスにもなっているのだが、何しろしげ自身に自覚がないので、改善の余地がないのである。記憶力のない人間に「記憶力がないぞ」と指摘しても、記憶力がないので、そう指摘されたことも忘れてしまうのである。全く、どうどう巡りだ。
 どれくらいしげに記憶力がないか、ものが見えていないかを自覚してもらおうと、こういう実験を思いついたのである。
 まず、本を10冊用意する。その本を、相手の“見ている前で”本棚に戻す。その直後に、相手に本を探させてもう一度取り出させる。これだけだ。本は本棚の裏に隠すようなことはせず、背表紙がちゃんと見えるように置く。
 ウチの中がいくら「本の山」だとは言っても、居間だけなら、それほどたくさん本棚があるわけではない。八段ほどの本棚が壁に五個並んでいるだけである。しかも「ここに置くよ」といちいち示しながら置くのだから、普通の記憶力の持ち主ならば、まず確実に10冊全部を見つけ出すことができるだろう。しげと比較するために最初に私も「実験」してみたが、30秒とかからずに全ての本を取り出すことができた。
 いくらしげの記憶力がないと言っても、こんなバカみたいに簡単な実験なら、全部分かるに違いないとお思いだろうか。私がしげのことを散々貶していたのは文章を面白くするための誇張だろうとお考えだろうか。けれど、私はしげの健忘症についてはこれまで少しも大袈裟なことを書いたことはないのである。
 実験の結果、しげが覚えていたのは、10冊中、わずか4冊だった。私はしげが不利にならないようにと思って、私のときと同じ場所にあえて置いた本もあったのに、それも見つけられなかった。焦ったしげは、当てずっぽうで本棚を探しまくって、なんとか9冊までは「偶然」見つけられたものの、最後の1冊はタイトル自体思い出せなくなって、全く別の本を取り出してしまった。そのときには所用時間も5分近くもかかっていた。
 これで、しげの記憶力が「ちょっと忘れっぽい」程度のものではないことが、一つの数値として証明されたことになる。しげには「人並以下」のレッテルを貼り付けた格好になって、いささか酷ではあったのだが、ともかくこれまでは自分の健忘症がどれくらいひどいものなのか、しげは自覚しようともしなかったし、その場限りの言い訳ばかりしていた。しげが「5秒前に話したことさえ忘れる」のを私は何度も目の当たりにしてきたのだが、その事実を本人に告げても一切信じようとしなかったのだ。
 人は、時として自身の記憶すら操作する。思い出はあるときは美化され、あるときは忘却され、その意味を自分の都合のよいように改変させていく。他者がそのような記憶操作を行うことは客観的に認知できても、自分にもそれが起こっていることはなかなか認めることが困難だし、認めたくもないことである。大なり小なり、人はそういう心の病気を抱えているものだが、程度がひどくなればそれは「妄想」としか呼べないものになる。
 しげはしょっちゅう夢と現実の区別がつかなくなってしまうし、記憶の喪失の度合いは私との生活を脅かすほどに最近とみにひどくなりつつある。しげの妄想に振り回されるのは、私だけではなくなっている。もはや、しげが自分の心の病気から目を逸らすことを、これ以上、許してはおけない状況になっているのだ。
 しげは自分がたった4冊しか本を見つけられなかった事実を、やはり認めたくはないようだった。しかし、事実は事実としてそこに厳然としてある。これはしげが人より劣っているということではない。自分を自分として定着させられない、心の病気なのである。しげ自身が自分の心と対峙する意志を持つようにならなければ、状況の改善はありえない。ここ数ヶ月、病院に通うようになったのも、自分を変えたいと思う意志の表れではあったのだが、この実験に賛同したのも、もし自分が本当に記憶を失いやすいものなら、それがどの程度のものなのか自覚したい、という前向きな姿勢が芽生えて来たのだと言えるだろう。この実験がすぐに「成果」に結びつくかどうかは分からないが、一歩は踏み出したのだと信じたい。


 早朝、4時頃であったか、仕事帰りのしげがいきなり私を叩き起こした。
 「見て見て♪」と喜色満面で差し出したのは、しげの携帯である。「何だいきなり」とまだ視力の戻り切らない眼をこすりこすり見てみると、携帯の表にも裏にも、ブルース・ブラザーズのエルウッド・ブルースこと、ダン・エイクロイドの写真が貼り付けられている。しげがキャナルシティの屋台に注文していたやつだ。
 「あれ? いつ取りに行ったん?」
 「夕べ、仕事行く前。シール貼ってもらうのに1時間くらいかかったんで、仕事に遅刻しそうになって焦ったよ。職場に『もしかしたら1時間くらい遅刻するかもしれません』って連絡も入れて」
 「で、遅刻したの?」
 「ギリギリ間に合った。もしホントに遅刻したら、なんて言い訳しようか悩んだと」
 「お前はあほか。別に昨日やっさ(=無理に)取りに行かんでも、今日でもよかったやろう」
 「だって、あんたから『もう出来てる』って聞いてたから、待ち切れなかったんだもん!」
 そう言ってしげは、別に頼みもしないのに「ホラ、窓にもダン」とか言いながらまた携帯を見せびらかす。屋台のご主人からは「ブルース・ブラザースですね。こんなの世界にただ一つですよ」とか言っておだてられたそうで、すっかり舞い上がっているのである。
 30年くらい前、まだ海外旅行に出かける日本人の数が少なかったころ、クラスに一人くらい「夏休みはパパとハワイに行って来たんだ」なんて言って、鼻を尖んがらせて威張ってたスネオみたいなやつがいたものだったが、今のしげはあれにソックリである。たかが携帯一つでそこまで有頂天になれるのかと思うと、全くみっとも恥ずかしいんだけれども、熱に浮かされてるアホウに何を言ってもムダである。しばらくはしげの周辺で「被害者」が続出すると思うが、犬に噛まれたと思って諦めていただくほかなさそうである。


 昼間はせっせとコンテンツの更新。けれど朝早く叩き起こされたので、急激な睡魔に襲われて、パソコンの前で口開けたまま眠ってしまった。ふと目が覚めるともう夕方。今日は劇団の練習にも顔を出すつもりだったのだが、もう間に合わない。慌てて千代町のパピオまですっ飛んで行ったが、ちょうど其ノ他君、鴉丸嬢、しげが外に出てくるところだった。
 出かける時、あまりに慌てていたので、玄関から飛び出した時、ズボンを履き忘れてトランクス一丁だった、と話すと笑われた。当たり前だが。
 「で、どこまでパンツ一丁だったの?」
 「玄関の外までだよ。エレベーターに乗る前に風で下半身が寒いのに気づいて、引き返したから」
 「じゃあ、風が吹かなかったらそのまま外へ……」
 吹かなくても気づくって。念のために言っておくが、こういうドジはたまにしかないのである。しげじゃないんだから。
 パピヨンプラザのホームセンターで、しげから「キーホルダーにできるプレートを探して」と頼まれる。「普通のキーホルダーじゃいかんの?」と聞いたら、「ダンのシールを貼ると!」と力説される。作ってもらったシールがまだ余っているのだとか。どうやらしげは身の回りの品を全てダン・エイクロイド一色に染めたいらしい。今年は珍しくダン・エイクロイドの出演映画が2本連続して輸入される予定なので、しげのダン熱はますますエスカレートしそうである。残念ながら手頃なプレートは見つからなかった。結構大きめの写真なので、それを貼れるものなんてそうそうないのである。
 結局しげはプレートは諦めて、職場のトイレで使うというブラシだけを買っていたが、なんでそんなものをと聞いてみたところ、店内改装の時に、間違えて掃除道具を全部捨てられてしまっていたのだとか。誰がそんなアホなことしたのかね。でも、てことは今現在、トイレは掃除されないまま放置状態になってると言うことか。ばっちくないのかなと思いはしたが、まあ、一日二日でそうすぐに汚くなるものでもなかろう。でもあまり聞きたくない話ではある。
 其ノ他君たちとはそこで別れて、そのあと「八仙閣」で食事。
 会席料理を頼んだのだが、しげが皿の料理を結構残したので、いつもより多めに食べることになってしまった。でもこれを予想して今朝は食事を抜いておいたので、カロリー的には一日トータルで1200kcalを越すことはないはずである。明日は久しぶりの検査なので、この一ヶ月の成果がどの程度のものか、ちょっとドキドキものである。


 そのあとキャナルシティに回って、しげ、またプレートを探すが、アクセサリーの屋台はやたら出ているのに、やはり手頃な大きさのプレートは売ってない。道すがら、例のダン・エイクロイドシールを作ってもらった屋台に立ち寄って、しげ、そこのご主人と売り子のねーちゃんに、「昨日はありがとうございました」と挨拶をする。「昨日は嬉しくて一睡もできませんでした」とか言ってたが、そこまで嬉しさを強調せんでもよかろうに。相手のねーちゃんも「わざわざご丁寧に」としか言いようがないのである。
 そのあとAMCで映画『ドッグヴィル』を見る。3時間の大作、静かな映画であるにも関わらず、全く時間を感じさせないくらい、ずっとワクワクのし通しだった。コケオドシのCGや空疎なだけのアクションなどなくとも、アイデアに富んだ映画というものは、それだけで人の心をつかんで離さないものなのである。
 しげも満足そうだったので、今日は気分よく帰れるかと思ったら、帰り道でまたしげが無意味な妄想発言を始めたので、一気にぶち壊しになってしまった。「誰とでも寝る女がいて、アンタだけ相手にされなかったら、やっぱりそいつを犯したいって思う?」とか、いったい何が言いたいのか。「別に思わんよ」と言っても、「ウソだウソだ」と言って信じないのである。あまりにしつこいので、「お前は喋るなバカ」と一喝する。自分の亭主をなんでそんなに変態扱いしたいのか、わけがわからないのである。男を見る目が歪んでいるのだろうか。もっとも「歪んでる男」が世間には馬に食わせるほどいるのも事実ではあろうが。

2003年03月28日(金) メモ日記
2001年03月28日(水) 悪役NO.1/映画『隠密剣士』/『名探偵コナン 科学トリックBOOK』ほか


2004年03月27日(土) 作りゃいいってもんじゃない映画だってある。

 AMCキャナルシティ21のポイント・カードがあと三つで満杯になる。ところがこのカード、有効期限が今月いっぱい。満杯になれば映画が一本タダで見られるので、このままホカしてしまうのはもったいないので、今日は朝から映画をハシゴすることにする。
 一応、しげも誘ったのだが、今晩は仕事があるし、昼のうち寝ておきたいというので、一人で出かけることにする。「重い」映画を連続して見るのは体力が続きそうもないので、時間の短い『ワンピース 呪われた聖剣』と『ルーニー・テューンズ バック・イン・アクション』のアニメ(『ルーニー』は実写との合成)2本を見る。
 両方とも見所がないわけじゃないけど、不満のほうが先に立つ出来。今年はアニメ・特撮関係の話題作がやたら多いから、この程度の出来だと簡単に埋没してしまうだろう。
 映画の合間に昼飯取っておこうと思って、中華料理屋に入ったら、220円のやたら安いソバがあったので、頼んでみたら油ソバだった。だったらそう書いといてくれよ。ああ、胃にもたれる(-_-;)。


 しげが携帯の表面にダン・エイクロイドの写真を貼ろうと、一昨日、キャナルの屋台(アクセサリー、小物等を売る屋台がズラリと出ているのがここの名物である)に頼んでシールを作って貰っていたのだが、昨日受け取りに行ったらまだ出来ていなかったとのこと。今日こそはゲット! と、しげも夕べまでは出かける気満々だったのである。それが今朝になって、結局は眠気に勝てず、私一人で行くことになってしまった。
 睡眠薬の効いた呂律の回らない舌で、「ウヘヒョイわヤヒュハヤ、シーユはっへもヤっヘヒへ(受け取り渡すから、シールを貼ってもらってきて)」と頼まれる。そんなに慌てて手に入れたがらんでも、目が覚めてから自分で取りに行きゃいいのにと思いはするが、口には出さない。店に行ってみると、サービスなのか、大きさの異なるものをいくつか作ってくれていた。店のお姉ちゃんに「どれを貼りましょうか?」と聞かれたのだが、そんなの分かるもんか。仕方なく、しげが渡していた元のプロマイドだけ返してもらって、現物のシールはあとでしげに取りに行かせることにした。指示間違えてあとで文句つけられても困るし。


 しげへのおみやげはまたコロッケ。四つ買ってきて二個ずつ分けようと思っていたのだが、寝惚けていたしげ、一人で四つ食おうとする。意識がないと本当に本能だけで動くヤツである。
 夜、7時からテレビで『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ栄光のヤキニクロード』。見たところカットがあったかどうかは気がつかなかった。『オトナ帝国』『戦国大合戦』のあと、小休止したようにアニメファンの言の端に上らなくなってしまったけれど、こういうひたすらギャグの連続の作品にこそしんちゃんの真価はあるんだから、そこを見損なった『オトナ帝国』礼賛は木を見て森を見ずの駄批評に過ぎない。けど、今朝見た『ワンピース』、ズームの手描きの作画がガタガタだったけれど、さすがに『しんちゃん』のスタッフは東映アニメーションとは格が違うのである。ジェットコースターシーンやサイクルレースシーンの作画の心地よさったらないね。
 次回作の『夕陽のカスカベボーイズ』、結構たっぷりとシーンを見せてくれたが、どう見てもチャールズ・ブロンソンのキャラクターの声が大塚周夫さんだったので、これだけでもう大満足(もっとも「マンダム」の声はブロンソン本人で吹替えられちゃいないけど)。大林宣彦にも見てほしいな。


 『ゴジラ FINAL WARS』のキャスティングが発表。
 主人公の、超人的な身体能力をもつ地球防衛軍兵士・尾崎真一役にはTOKIOの松岡昌宏。防衛軍主力戦艦の砲手が主な任務で、怪獣が出現すると戦場に赴き、特殊兵器を駆使して戦うとか。「超人的な身体能力」というのがかなりトンデモな要素になりそうな気配はあるな。ターミネーター並だったら笑っちゃうけど。
 一方、ヒロインで国連から派遣された分子生物学者の音無美雪役は菊川怜。「分子レベルで怪獣のルーツを探る」という設定がまたお笑い種になりそうな。怪獣のルーツなんか探って何になる? 初代ゴジラの「度重なる核実験」による突然変異、という設定以上のものを何か考え出せるのか? 「古代の超科学文明の遺伝子操作によって生まれた」とか「宇宙怪獣」とか、平成『ガメラ』のパクリになりそうな予感がまたしちゃうんだけどねえ。
 でもこのキャスト、ホントに豪華と言っていいんだかどうだか。特撮ファンは松岡や菊川が出るからって、「ふ〜ん」で終わりだと思うし、映画ファンは演技的にかなり?を感じるだろうし、誰が喜ぶんだろう、と首を傾げてしまうのである。東宝は一応、特撮ファン以外の動員も、と考えてるんだろうが、ハム太郎に群がってたおコサマと違って、松岡君や菊川怜のファンが『ゴジラ』見に来るとは限らんと思うのだがなあ。
 ともかくハム太郎のオマケはつかなくなったけれども、発想としては同じで、映画の完成度だけで勝負は出来ないと最初から踏んでるのである。殆ど唯一の自作シリーズにそんなに自信がないか。それとも何としてもヒットさせねばという焦りか。全く朝三暮四だけれど、果たして東宝の計算、当たるか外れるか。そんなことに興味持って『ゴジラ』見たくなんかないんだが。


 昨日書く時間がなくなってたんだけれど、女優の三ツ矢歌子さんが24日、間質性肺炎のために亡くなっていたことが25日になって判明。享年67で、まだまだ若い死去である。
 全くの偶然だけれど、ちょうど、二、三日前、何の脈絡もなく「三ツ矢歌子さん、亡くなっちゃうかも」と思っていた。実を言うと、ずっと以前、平田昭彦さんが亡くなったときも「平田さん、もしかしたら近々亡くなるかも」とか予感していて、それが当たってしまったことがある。三ツ矢さんのご主人、映画監督の小野田嘉幹氏は平田さんのお兄さんである。姉と弟の死を予感したことになるわけで、ただの偶然だとは思うのだけれど、少しは虫の知らせみたいなものもあったのだろうか。けれど、こういうのは当たってほしいものじゃない。
 三ツ矢さんは見た眼のふくよかさのおかげで、ドラマじゃたいてい、いいとこの優しいお母さん、といった役柄ばかりだった。それは「土曜ワイド劇場」の『京都妖怪地図』のシリーズですら同じだったのだけれど、一つだけ意外だったのが、名探偵明智小五郎シリーズ第一作『氷柱の美女』での畑柳倭文子役だった。二人の男を翻弄する妖艶な美女の役で、なんとヌードまで披露してくれる(でもどう見ても吹替え)。あれは私には完全にミスキャストにしか思えなかったのだが、それがかえって新鮮だったのか、この『美女』シリーズは延々30作近くも作られ続けた。明智の天知茂の魅力もさることながら、三ツ矢歌子の貢献度も高かったのだろう。「脱ぐ」というイメージが全く伴わない人だった。
 ここ10年くらいは舞台出演のほうが多いようで、あまりテレビでは見かけなくなっていたけれども、元気に活躍されていたものと思いこんでいた。実際、どうして急に、三ツ矢さん大丈夫だろうか、なんてふと思ってしまったのか、全然わからない。
 役者さんの訃報が立て続けである。まだまだ活躍していておかしくない人たちばかりだったことを思うと、そぞろ寂寥感にとらわれないわけにはいかない。

2003年03月27日(木) メモ日記
2001年03月27日(火) 今日も伏字、明日も伏字/『トランジスタにヴィーナス』2巻(竹本泉)ほか


2004年03月26日(金) トシの変わり目の大掃除。

 年度末ってことで、今日の予定は職場の大掃除と机の移動。
 人事異動で役職がちょっと変わることになったので(出世はしていない)、場所を移るんだけれど、同僚がみんなどたばたしながら、席の離れる人、お近づきになる人と「どうもどうも」と挨拶をし合っている様子を見ていると、学生時代の席替えを思い出して、ちょっと楽しい気分になる。と言っても、デスクそのものを移動させるわけではなくて、荷物を持って引っ越すだけである。
 私の使っていたデスクを新しく使うのが、ごっつ美人の同僚なので、拭き掃除する手にも力がコモること(^o^)。でも1年間使い続けたせいでできたシミはちょっとゴシゴシ拭いたくらいではまるで取れないのだった。日頃から掃除しておけば、って、日頃はそんな発想、浮かぶはずもないのである。
 新しい机の上には、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』のガシャポンフィギュアを置く。もしも上司に「こんなふざけたモノを机の上に置くな!」と言われたら、「海洋堂を知らないんですか!?」と言い返してやるつもりなんだが、ウチの職場も最近は随分サバけてきたので、多分、何も言われやしないのである。十年前とは隔世の感があるなあ。


 半ドンで、残った仕事は同僚に押しつけて帰る。博多駅の「コロちゃんのコロッケ」でおみやげにコロッケを買い込む。こないだうどんにコロッケを乗せてやったらしげが飛びあがるように喜んだので、夕食にそれを作ってやろうと思ったのである。しげは夕べから仕事に病院と寝る間もなかったので、帰宅してもイビキをかいて寝こいている。いつもなら放置するところだけれど、今日は夕方から芝居に行く予定なので、いつまでも寝かしてあげるわけにはいかない。4時に「起きろ」と声をかけたが起きない。「起きたらコロッケうどん食わしてやるぞ」と言ったら起きた。全く食欲だけは睡眠欲に勝つやつである。


 芝居はメルパルクホール福岡で井上ひさしの『太鼓たたいて笛ふいて』。
 井上ひさしの芝居はいつも構成が弱くて前半はいいものの後半は情に流れて尻切れトンボ、ということがしょっちゅうだったが、今回は芸達者揃いの名演で、その弱点がかなり軽減されていた。いかにも現在のイラク戦争批判に聞こえてしまうセリフのオンパレードにはいささか閉口したけれども、大竹しのぶはそれをそうと聞こえさせない程に熱演している。それでもしげにはそのあたりのお涙頂戴と説教臭さが鼻についたようである。
 「田舎者に芝居は作れねえよな」とか、思いきり不遜なことを言っている。「林芙美子と西原理恵子は似ている」という意見には何となく同意。
 しげ、帰宅してもうどんを食いたがったので、また二人分作ってやったら、ペロリと食った。いくらなんでも食いすぎちゃうか。


 今日26日、午前11時30分ごろ、6歳の男の子が回転式の自動ドアにはさまれて死亡するという事故があった。場所は東京都港区の「六本木ヒルズ」の森タワー2階正面出入り口。亡くなったのは、溝川涼ちゃんで、大坂から単身赴任して来ているお父さんの光一さんのところに春休みを利用してお母さんと会いに来て、事故に合ったという。
 痛ましい事故ではあるけれども、捜査一課が業務上過失致死事件として、ドアの構造に欠陥がなかったか、メーカーやビル関係者から詳しく事情を聞いているってのにはどうにも首を傾げてしまう。「構造上の欠陥」って言うけどさ、どこかに故障があったって程度のことじゃなくてね、「回転式ドア」ってもの自体、事故が起きるのも当然って認識、持てない方が「異常」だと思うのである。
 「回転式ドア」がいつ頃から普及し始めたか分からないが、少なくとも私たちの子供の頃にはンなもんどこのビルにも見かけたことはなかった(自動ドアだって、昭和30年代後半から40年代初頭には殆ど見かけなかったころである)。だからアレを初めて見たときには、「誰かドジなヤツが絶対に挟まれるに決まってる!」と思ったものだった。センサーが付いて人が挟まれそうになったら止まる仕掛けになってるったって、物体を感知して停止するまでにどうしたってタイムラグが生じるだろう。間に合わないことだってきっとある、そうなったら電車のドアなんかと違って、あの手のドアは重いから、人死にが出たっておかしかないと思ってたら、今回のケースが全くその通りだったわけである。つか、今回が初めてのケースじゃないだろう。
 アチラのコメディにはこの回転ドアを使ったギャグがよく出てきて、人が挟まれる、閉じ込められて出られなくなる、恋人と泣き別れになる、外に出たと思ったらまた元に戻ってるなど、その不便さがさんざんからかわれているのだ。あまりにその手のギャグが氾濫しすぎたせいで、ピーター・セラーズが『ピンク・パンサー3』でそれをやったときにはそのシークエンスがまるまるカットされてしまったくらいである(『トレイル・オブ・ピンクパンサー』で復活)。
 いったいどういうメリットがあってあんな不便なドアを設置しているのか、ホテルやビルのフロント係がそういうドジをやらかすヤツをナマで見て笑いたいためじゃないかと疑いたくもなるのだが、実際、デメリットのほうが多すぎて理由が見当つかないのである。「回転式ドアの呪い」なんてものがあって、ビルの入口はそうしなきゃならないなんて思い込みに支配されてるんじゃなかろうか。
 うちのしげもあの回転ドアを通るとき、必ずタイミングをはかって何度も躊躇しながら飛びこんでやっぱり後ろから迫るガラスの壁に追いたてられて泣きそうになって出てくるのだが、こんなアホなドア、これを機会に全国のビルから撤去しちまったらどうか。それとも全国のドア業者(と言うかどうか知らんが)、「挟まれるヤツの方がドジだ」と言い切る度胸があるか?

2003年03月26日(水) メモ日記
2001年03月26日(月) アカデミーよりラズベリー/『幽霊暗殺者』(赤川次郎)/ほか


2004年03月25日(木) 英語はニュアンスで読む。

 職場で英字新聞を読んでいたら、通りがかった若い子から、「藤原さん、英語が読めるんですか!?」と驚かれた。いやホントに眼を丸くしてたんだけど、私が英字新聞読んでるのって、そんなに意外かね。まあ、英語がデキそうな顔なんかしちゃいないのは自覚してるけど。一応、大学まで出ちゃいるから、スラスラとまではいかないけれど、辞書片手にならたいていの文章は読めるのである。もちろん手間はかかるから、外国文学を原書で読むことは滅多にしない(コンテンツの記事書くのに英語の文献も渉猟してるんだが、これにもエラい気力と労力がかかってるんである)。
 それに、読んでたのは芸能欄で、さほど難しい英語ではない。それに、細かいところはいちいち訳さないで、フィーリングで読んでるとこもあるから、たいした苦労はいらないのである。政治面とか経済面は専門用語が飛びかうのでよう読まんし。ついでに言っとけば、英会話はヒアリングが全然できないので全くのアウト。リーディング専門ね、あくまで。これも日本の受験教育の弊害だろうな、英会話の授業なんて私の高校時代には全くなかったから。
 その新聞には、ちょうど『真珠の首飾りの少女』『ロスト・イン・トランスレーション』の主演女優のスカーレット・ヨハンソンのインタビューが載ってたので、それを読んでいたのである。オフ・ブロードウェイの役者として活躍していたことなどが書いてあって、インタビュアーの「あなたがオーディションに受かったのは、その美しさのおかげだと思いますか?」という意地悪な質問に対して、「もちろんそうだと思うわ。けれど才能がなければ続かないわよ」(この「才能」は当然“talent”なので、後天的に身につけたものも含まれる)と返すあたり、見事なものである。子役出身者の常として、役者として認知されるために苦労をしただろう彼女の、したたかさ、凛々しさを感じるのである。表情は本当に「匂うように」繊細な美しさをお持ちの方なのだけれども。
 でも何と言ってもまだ19歳である。『ロスト』で共演したビル・マーレイについて、「おもしろくって、楽しくって、私、ホントの伯父さんみたいになついちゃったの!」とやらかすあたり、無邪気で微笑ましいのであるが、なつかれたビル・マーレイの方はなかなかに心がざわめいたのではないか(^o^)。彼女の清楚なたたずまいの中に漂う色気に悩殺されたい方は、この2本の映画を鑑賞されることをオススメする。


 仕事帰りに博多駅の「GAMERS」で、予約していた『鋼の錬金術師』の7巻ほかを買い込む。付録で手帳がついて来るのでわざわざ予約したのだけれど、オマケ4コマがついてたのがちょっとおトクだったかな、くらいのもの。でもこういう特別仕様の限定版も、コミック専門店でないとなかなか扱ってない。背広姿の人間がそういう店に出入りしてると結構異様に見られてしまうこともあるのだが(いつぞや天神の「アニメイト」で女の子に「ヒッ」と言われて避けられたことがあったぞ。くそ)、そういう理由で仕方がないのである。
 しかし『辣韮の皮』3巻にまでCDドラマの特典がついてたのには笑った。誰か喜ぶのか。でも久方ぶりに千葉繁さんが声優で出ていたので(「軍人くん」役である。ハマりすぎ)、私としてはこれは「買い」だった。相変わらず出てくるヤツらといえばもう、イタ苦しい同人腐女子だの、萌えオタクだの、ウンチク垂れ野郎だの、そいつらが読めばあっちこっちに突き刺さってくる内容なんだけれど(^_^;)。周囲の眼が見えず、思い上がってるだけのオタクどもは少しはカガミを見るつもりでこういうマンガも読んだがいいと思うが、鉄面皮も多いからなあ、この世界。かえって自分たちの存在が認められたと勘違いして、大手を降って世間サマの顰蹙買う言動繰り返しそうで怖いような気がする。

 風呂に入ってマンガ読んでたら、そのまま熟睡。読んでたマンガはオチる寸前に棚に置いたらしく、湯舟に落とすこともなく無事であった。そんなことした記憶はないんだけど(^_^;)。
 以前だったら、風呂でうたた寝しただけでカラダが冷えて、確実に風邪を引いていたのだが、今はまるで平気である。確かに健康にはなってきているらしい……だからって風呂で寝ていいもんでもないけど。


 『太陽にほえろ!』の野崎刑事役(通称チョーさん)、下川辰平さんが、今日25日、午前3時半、敗血症のため福岡市南区の病院で死去。享年73。
 殉職する刑事ばかりの中で唯一、「転職」という形でレギュラーから外れたことを、放映当時は、チョーさんにだけ見せ場を与えてあげないとはなんてヒドイ話だ、と憤慨していたものだったけれど、おかげで『七曲署捜査一課’97』が復活した時、初期レギュラーで再登場を果たせたのはチョーさんだけだった。そのころ既に随分と老けこんでいらして、どこかからだを悪くされているのではないかと訝っていたが、今思えばまだまだ元気でいらっしゃったのだろう。渋い、贔屓の役者さんがまた一人いなくなってしまった。

2003年03月25日(火) メモ日記
2001年03月25日(日) ハカセ登場!/『カムナガラ』1・2巻(やまむらはじめ)ほか


2004年03月24日(水) せめて会議には出てよ。

 職場の例のアブナい方(最近この日記のレギュラーになりつつあるので、名前つけた方がいいのかもしれんが、適当なのが思いつかん)、来年に向けての会議があるというのに、出勤自体、してない。駄々コネ度がだんだん度を越してきているのである。
 昨日は私たちが会議をしてる最中に、これ見よがしに「私は会議には出ませんよ」ってな態度でツンとして側を通り過ぎていった(私に対してではなく、上司への当てつけである)。もう、同僚がみんな本気で腹を立てているのだが、既知外にはなんとやらなので、「もうあんなのは無視して話を進めましょう」という雰囲気になっている。その人にもそれなりの役職はあるので、仕事を全く振らないわけにはいかないのだが、連絡一つマトモにできない状態では、実質上役には立たない。来年度の企画が立てられていく中で、その人の居場所はどんどんなくなっていく。上司はもう平然と「本人が関わりたくないって言ってるんだから、ほっといていいじゃないですか」と言い放ってる状態である。事実、そうせざるを得ないのは確かなのだが、結果的にこれは村八分であるし、イジメである。いくら相手に非があると言っても、そういうことはしたくない。それに、最近知ったことなのだが、その方は家族との交渉もない孤独な人だったのである。少し会話しただけでもわかるのだが、唐突な話題の振り方や、頻繁な畳語、間のない喋り方、脈絡のない内容などの明らかなコミュニケーション不全は、私生活の不幸もかなり影響しているのだろう。被害妄想が常態となっているところに、酷な仕打ちを受け続ければ、ただでさえ不安定な精神がどう壊れていくものかわかったものではない。追いつめられて、キレて、刃物でも振りまわすような事態になったら誰がどう責任を取るというのだろう(何度もそれに類する発言を私は聞かされているのである。気を引くための行為だとしても、聞き逃せるものではない)。そういう最悪の事態も考慮に入れて、周囲はあの人をほっといているのだろうか、まさか私をスケープゴートにしようとしてるのではあるまいな、と、私の方が被害妄想に陥りそうになってしまうのである。
 なんとか状況を改善できないものかと思えばこそ、その人に「会議にも出ましょう」「連絡もちゃんと確認しましょう」と繰り返し繰り返し話しかけていたのだが、もうすっかり自分の発言は誰にも認めてもらえないと思いこんで、全く耳を傾けようとしない。初めはその人の被害妄想に過ぎなかったものが、今や事実になってしまった。でもどう考えてもそれはその人の自業自得なんで、私だって弁護のしようがない。「もう藤原さんだけですねえ、あの人と話ができるのは」と皆から言われているのだが、なりたくてそうなったわけじゃない。そんな他人事のようなモノイイをしていて、羞恥心は感じないのか。相手は精神的にはコドモなんだから、そのつもりでみんなにも話しかけてほしかったのだが、簡単に拒絶し過ぎではないのか。私だって好きで相手をしているわけじゃない。これも仕事の一環と思っているからやってるだけなのだ。仕事に私情を交えている点では、その人も上司を含めた同僚たちも、どっちもどっちなんである。
 結局、私以外の人間と会話自体しなくなってしまったので、来年度はその人の「専属担当」にさせられそうな気配になってきた。同僚の一人からは、「考え過ぎてストレス溜めたらまた入院しますよ」と心配されてるが、だったらアンタが何とかしてくれと言いたい。……うう、ホントにそうなったら私のほうがキレちゃうぞ(+_;)。

 夕食、外食にするかうどんにするか、しげに聞いたらやっぱり「うどん」。もうウチに「晩御飯のメニュー、何にしようか?」という主婦の悩みは存在してないな。せいぜい麺を何にするか迷うか、具をどう工夫するかを考える程度のものである。今日は具に野菜コロッケを乗せた。以前、やっぱりコロッケを乗せたときに、「汁がコロッケに染みて、ンめェ〜!」と好評だったからである。フンパツして、しげのうどんにコロッケを8個乗せたらホントに全部ペロリと平らげた。「いくらなんでも食い過ぎだろう」と言ったら、「残したらアンタが食べるやろ? それじゃアンタのからだに悪いと思って食べたんよ」。もちろん「あとで食べようと思って残す」ことも可能なんだからこれはウソである。自分の分、私に取られたくなかっただけだろうに。

 午後7時からのドリフターズの結成40周年特番が、いかりや長介の死去に伴って、追悼番組になってしまった。けど、タイトルに『ドリフ大爆笑!』と出るのに、BGMでかかってる音楽は『パッヘルベルのカノン』である。笑っていいんだか泣いていいんだか。

 今晩もしげの仕事は休み。キャナルシティまで出かけて、映画『テキサス・チェーンソー』を見る。言わずと知れた『悪魔のいけにえ』のリメイクだけれど、オリジナル版の方はテレビで見たことあるはずなんだが、内容はすっかり忘れている。でもそのおかげで、結末を知らずに楽しく見られた。人に勧められるほどではないけど。今の目で見るとさしてコワくもないのである。

2003年03月24日(月) メモ日記
2001年03月24日(土) 女の子が好き!/アニメ『フリクリ』6巻/『低俗霊DAYDREAM』1巻(奥瀬サキ・目黒三太)ほか


2004年03月23日(火) だからって私はホモじゃないから。

 仕事帰りに、博多駅の紀伊國屋に回る。本当はしげが迎えに来てくれるはずだったのだが、携帯に連絡を入れても、ウンとスンとも返事がなかったのである。いつものことだからもう慣れてるけど。
 こないだ発禁処分を食らった『週間文春』で、辛酸なめ子さん(ヘンな名前だけど、マンガ家兼ライターさんである)が紹介していた英単語集を探す。別に今から大学受験を考えてるわけではない(したって受かるか)。マトモな英単語集ならわざわざ買っちゃろーなんて気にはならんので、つまりはマトモではないのである。タイトルは『恋する英単語(は〜と)』。なんじゃそれ? ってなタイトルであるが、中身ももう、殆どノケゾリである。全編カラー印刷、表紙イラストレーションおよび挿画は島崎刻也氏、まあ、知ってる人は知ってるというアチラ系のマンガ家さんである。いや、「ボーイズ」のね。つまりこの英単語帳……「ヤオイ」様御用達なのだな(^_^;)。
 例文いくつか紹介しとくと、
「夢の中の誰かじゃなくってactualの俺の方がずっといいぜ?」
「目標身長にattainするには、もっと牛乳を飲まなきゃなあ」「オレのやろうか?」
「そんなenormousなの入るわけないじゃん!」
……なんか三つ引用しただけでおなかいっぱいになったから、あとの紹介はコンテンツで。ってこんなのまで紹介する気か、オレ。『萌えたん』はやるつもりだけどね(それも買ったのか)。
 そのあと階上のゲーセンに寄って帰宅。UFOキャッチャーに、1万円札を印刷したクッションがあったので、頑張ってゲット。こういう妙ちきりんなのがあると、ついほしくなってしまうのである。

 帰宅は8時。もうしげは出かけるところだったけれど腹をすかしていたのでうどんを作ってやる。もう何ヶ月もうどんばかりの毎日だけれど、よく飽きないもんだ。一応、具はちょこちょこと変えてるんだけれど。
 昨日キャナルシティの「ラ・ブーン」で買って来た『クレヨンしんちゃん』のガシャポンを開ける。三つ買って、入ってたのは、「温泉わくわく(ダブリ)」と「オトナ帝国」。海洋堂造形のわりにはちょっと雑な部分もあるのだが、ジオラマ風なデザインはスゲーかっこいい。全4種類なのでコンプリートはそう難しくなさそうだ。

 DVD『鋼の錬金術師』3巻、『カレイドスター』BOXの続きなど。そのあとネットを散策してニュースなど見る。くだらんものばかりで欠伸が出る。イスラエルがえらくキナ臭くなってきてるけど、猿同士の戦争なんて、飛び火がこっちに来さえしなけりゃ、どんどんやってどんどん死んじまえとしか言いたくなくなってくる。教師の猥褻事件とレベル変わりゃせんわい。

2003年03月23日(日) メモ日記
2001年03月23日(金) ストレス解消!/映画『サトラレ』/『犬夜叉』20巻(高橋留美子)ほか


2004年03月22日(月) エロだってアニメ。

 ネットで、昔馴染みのアニメーター、島田賢志君が、キャラクターデザイン&作画監督を担当しているアニメが先月発売されているのを見付ける。ただまあ、それが18禁アニメなんである(^_^;)。以下参照。

性奴隷を送り込む名門学校で繰り広げられる調教の数々!
『懲罰予備校 前編』
→ 前の学校を追われ、唯一受け入れてくれた学園の裏の顔を知った島津。教頭に誘われるがまま、性奴隷を育てるための教師=調教師になるためにテストを受けることに……。
■原作 Future /■制作 非公開/■監督 Aim ■絵コンテ Aim/■キャラデザイン 島田賢志 ■プロデューサー 丸尾未弥/■脚本 乱内慎二/■作画監督 島田賢志/■キャスト 成田明日奈:石川恵美/長里朋:福島絵里/仁藤遊美子:大森智恵/楠木来結花:緑川忍/島津恭一:佐藤学

 ……いや、別に18禁アニメを探してたわけじゃなくて、島田君の名前をキーワードにGoogle検索したらヒットしたってだけなんで、誤解なきよう。スチール写真を見る限り、コアな内容だけれど、作画レベルはかなり高いようだ。
 アニメーターになってもう12、3年にはなろうから、もう充分にベテランである。これまでにも『モジャ公』『天地無用!』『クッキングパパ』『愛天使伝説 ウェディングピーチ』『名探偵コナン』などの動画、『阿部野橋魔法商店街』『神魂合体ゴーダンナー!!』『SAMURAI GIRL リアルバウトハイスクール』『THEビッグオー』『ギルガメッシュ』などの原画と、ステップアップはしてきていたのだが、多分これが初作画監督だろう。ようやくここまで来たんだなあ、諦めなくてよかったなあ、と嬉しい。もう10年会っちゃいないが、まだペエペエのころに電話かけて来て、アニメーターの常として生活苦しいようなことは言ってたが、今はもう充分に食っていけてるのだろう。18禁だからと言って、私はそれがほかのアニメに比べて劣るとは考えていないので、これからもどんどんその手のアニメ作って頂いて構わないのだが(昔から個性的かつ可愛いロリ絵がうまかったのである。)、ただ私の場合、妻持ちなんで、そういうのを買うのはちょっと憚られるのである。この『懲罰予備校』についても、しげに「買っていいかい?」と聞いたのだが、一応、「いいよ」とは言うのである。
 「ホントにいいの? おまえ、俺がポルノとか買ったりしたら許さんやろ?」
 「許さんよ? 当たり前やん」
 「今『買ってもいい』って言ったやん!」
 「買ってもいいけど、『許さん』の。あんた、見てちょっとでも興奮しないって断言できると?」
 「しねーよ! おれはエロが目的で買いたいわけじゃないんだから」
 「ほんと〜? うそくさ〜」
 どう言っても信用してもらえないようなのであるが、島田君が作監してるんじゃなきゃ、そもそもその手のアニメは買おうとは思わないし、仮に見ても最初から作画技術とか演出に集中してみるから、ヘンな興奮もしようがないのである。コメディ見ても冷静に見てるときには全く笑わないのと同じだ。
 けどこんな風に脅されたら、買いにくくて仕方がない。少しでも売り上げに貢献してあげたいなあと考えただけだったんだが。独身のアニオタで夜の一人寝がさみしい方、よけりゃ買ってあげてくださいませ。m(__)m 


 今朝はしげの具合が悪くて起きられなかったので、タクシーで職場に行く。いきなりの散財で、昼食の弁当も買えなくなってしまったので(財布にギリギリしかお金がなかったのである)、帰りに迎えに来たしげに「金返せ」と言ったら、「迎えに来てやったんだからいいやん」とバックられる。月々の車代は既に渡してるのに、こんなにケチ臭く誤魔化そうとするのである。関西人はこれだから(←広島は厳密には関西ではないが)。
 今日はしげの仕事が休みなので、平日だけれど、映画に行くことにしていた。本屋回りもしたかったので、キャナルシティに向かう。しげがまた「肉がほしい」症候群にかかってしまったので、例のバカ高い焼肉屋の「大東園」で晩飯。もちろん私は小冷麺と野菜しか食べません。
 しげ、上ロースを頼んで、「すごく美味しいけどシモフリで油っこい。三切れ食べるとモタレる」といって、追加注文は普通のロースを頼む。ところがこの普通のロースもかなりのシモフリ。しげ、「さすが『ジョジョエン』!」と感嘆する。「叙々苑」じゃなくて「大東園」だってば。しげにとっては「高級焼肉屋」は全部「ジョジョエン」なのである。軟膏を全部「メンタム」って言うようなものか。その感覚って「婆ちゃん」だと思うんだが。

 映画は『ペイチェック』。フィリップ・K・ディックの原作を、ジョン・ウーが監督したという、どんなものになるか見当がついちゃうものであったが、やっぱりそういう映画になってました。まあ、原作の存在を気にしなくて、ジョン・ウー好きな人間なら、文句はなかろうがね。

2003年03月22日(土) メモ日記
2001年03月22日(木) DO YOU REMEMBER?/『梶原一騎伝』(斎藤貴男)ほか


2004年03月21日(日) だらだらしてたんでたいした内容がない。

 今朝はなんとか朝の特撮・アニメに間に合って起きる。
 『アトム』もついに来週で最終回だけれども、原作を殆ど使わなかった(換骨奪胎すらしなかった)のが淋しいアニメだった。ラストも盛りあがり損ねたしなあ。アメリカの放送コードやら何やらに引っかかったか? なぜあんなにつまらなくなったかは、多分これからおいおい明かされていくだろうけど。
 今度の『火の鳥』は別に海外進出考えてないんだろうから、できるだけ原作に準拠したものになってほしいもんである。


 昼間はたまってる本を読んで、DVDも見る。『カレイドスター』BOXが一気に12話も入ってるものだから、一日じゃ見終わらないのだ。
 雨のため、運動療法はお休み。いちいち書いちゃいないが、毎日ちゃんと続けているのである。のわりに痩せんが。
 食料が尽きてきたので、レッドキャベツで買い物。最近はここ以外のスーパーに行かなくなってるが、積文館(本屋)とゲーセンに寄れるのが強みである。貸し本屋時代から行きつけだった知り合いの店が、昨年末にご主人が隠居されて閉店してしまったので(40年以上本屋してたんだから当然ではあろうが)、近所にすぐ行ける本屋がないのが最近の悩みだ。仕事帰りに博多駅で紀伊國屋に寄るしかないもんなあ。
 『もえたん』とかいう、美少女アニメっぽい例題文で覚える英単語帳が売れてるということは風の頼りに知っていたが、最近はそれの「やおい版」も出たそうで、これも爆発的に売れてるらしい。けど、現物見たことないな。英語辞書のコーナーにあるかと思って見てみたが見当たらない。これもやっぱり紀伊國屋あたりに行かないと手に入らないか。いや、買うかどうかは現物見ないと決める気にはなれないが。

 買いこんだ本をまたパラパラと読む。コンテンツにわざわざ挙げるのもめんどくさいのはかなり省略してるけど、『探偵学園Q』15巻とか、まだずっと読んじゃいるのである。この「なんでもないトリックをいかにも凄いもののようにハッタリかまして読ませる技術」だけは評価してるし(←もちろん「皮肉」だからね)。キュウの素性がやっとわかったけれど、父ちゃんの死にはまだ何かありそうだな。実はキュウの父親も冥王星の息子、とかいうドロドロな設定だったら笑えるが。
 少しでもコンテンツを更新しようとパソコンに向かうが、急に眠くなる。
 ちょっと仮眠するつもりがそのまま寝こんでしまったので、日記も書けず。アクセス解析だけしたら、「文春」ネタを書いたせいか、80件も単独アクセスがあった。だからたいしたことは書いてないってば。

2003年03月21日(金) 何だかクレームがついたゾ/『ネコの王』4巻(小野敏洋)/DVD『プリンプリン物語 友永詔三の世界』
2001年03月21日(水) 『GQ』余燼/映画『アンブレイカブル』/『さすらいエマノン』(梶尾真治)ほか


2004年03月20日(土) 『座頭市』と『フイチンさん』と、長さんの死

 朝は寝過ごしてまたまた『セーラームーン』を見逃す。なんだか本気でDVDがほしくなってきたのだけれど、しげが怒ることは確実なので、どこかに落ちてないかと目を皿のようにして道端を探しているのだが、残念ながら落ちていない。いや、落ちてたからって拾わせてもくれなかろうが。


 今日は外出せずに、一日、DVDを見たり、コンテンツの更新に費やしたりする。
 『カレイドスター幻の大技BOX』、『座頭市』、『八つ墓村(市川崑版)』、『ドグラ・マグラ』など。どれもコンテンツにアップしたい内容のものばかりだけれど、いったいいつの日になるか見当もつかないのである。『ドグラ・マグラ』は鴉丸嬢も原作読んでて(途中までだそうだが)見たがってたから、早いとこ書いたげたいのだが。
 『座頭市』の「結末の謎」についてだけ書いておくと(もうネタバレ書いてもよかろう)、映画見終わったあとで私としげとで「市は、本当は目が見えたのかどうか?」という点で論争になっていたのである。「いくら目ン玉ひん剥いても、見えねえものは見えねえんだけどなあ」という市のセリフの解釈が、しげと私とで違っていたのだ。そのセリフの直前に市は石に躓いていて、しげは「目は見えているけれども、やっぱりものに躓くことはある」と解釈し、私は「目が見えるふりをしていたけれども、ホントはやっぱりメクラだった」と解釈したのである。英語字幕ではこれが“Even with my eyes wide open…I can’t see a Thing!”となっている。つまり、「私の両目は大きく開かれてはいるけれども、ものを見ることはできないのだ!」という意味。これが誤訳でない限り、市は完全にメクラだったということにしかならない。私の解釈の方が正しかったということになるが、話の流れからして、市が「メクラのフリをしてたただけ」って終わり方はあんまりだからねえ。どんでん返しのも一つどんでん返しで、ちゃんとメクラだったってことにしないと、客も納得しないし、続編だって作れないものな(^o^)。それにコンタクトレンズを入れたたけしの眼、全く焦点が合ってないもの。
 しげに、「ホラ、やっぱりオレのほうが合ってたよ」と言ったら、しげ、「……そういうことにしといてやらあ」と負け惜しみ。これだから吉本ギャグで育った人間は(-_-;)。


 唐沢俊一さんの「裏モノ日記」3月17日(水)付けの文を読んでいたら、上田とし子のマンガ『フイチンさん』がアニメになったという記述があった。
 「『フイチンさん』かあ、懐かしいなあ、昔、近所の貸し本屋に置いてた虫コミックスで読んだなあ」とか思ったあとで、昭和30年代のマンガが、今この21世紀にアニメ化されるという事実にようやく思い至って、「今なぜ『フイチンさん』?」と素朴な疑問を抱いた。
 制作会社の「あにまる屋」、「子供のために本当にいいアニメを」という意図で作ったということであるが、戦前の満州国のハルビンを舞台にして、大金持ちの坊ちゃんの世話係になったお転婆なフイチンさんのドタバタ騒動を描く、と聞いて、イマドキのウンチク垂れのこまっしゃくれたガキンチョどもが(そして親も)興味を示すものだろうか、と心配になった。
 つまらないマンガではないのだ。描線も美しく、揺るぎがない。今読んでも私は充分に面白い。ひさしぶりに本棚から『フイチンさん』を引っ張り出して読み返してみたが、読み終えるのがもったいないくらいに熱中してしまった(私の持ってるのは最初の虫コミ版ではなく、1976年発行の講談社漫画文庫版である)。
 デパートで支配人のキュウイから、「何でも好きなものを買っていい」と言われて、「じゃあ、私はなにも要らないから、門番の父ちゃんに」と答えるフイチンさんの素直さを見ていると、胸が熱くなってくるのを堪え切れない。こう言いながらもフイチンさんは自分の低い身分を嘆くでもなく、ひたすら元気に屈託なく振る舞っている。つまり、日本人がコメディを書いたときに陥りやすい「お涙頂戴」の湿っぽさから免れているのだ。
 けれど、少女マンガがおメメキラキラの自己陶酔型の主人公を生み出していく更に以前の、こうした大陸的な大らかさを持ったストレートなシチュエーションコメディを、今の子供たちや若い人に読ませてみたとして、果たして彼らにこれを受容するだけの心の「余裕」があるものかどうか、私はそれを危惧するのである。
 けれどこういうマンガを適宜復刻してこなかったことが、昔のマンガの持っていた大衆的な魅力を、随分減じてしまっている原因の一つになっているのではないか。『フイチンさん』復刻、切に希望。


 ザ・ドリフターズのいかりや長介さんが、今日午後3時半、がんのため死去。享年72。
 しばらく前から覚悟はしていたので、突然のショックというものはない。けれどすぐには認めたくない。以前、ドリフの中で誰が死んだら一番さみしいかなと考えたことがあったが、カトちゃんでもシムラでもなく、長さんだなあと思った。
 コメディアンとしても役者としても、長さんは決してうまいとは言えない人だった。アイデアマンだし、演出家としては優秀だったけれども、芸や演技、ということに関しては二流以下だったと思う。それは何より本人が熟知していたことであり、自伝『だめだ、こりゃ』にもその苦衷を書き綴っている。『8時だヨ!全員集合』の伝説のハプニング、停電事件のときには私も見ていたが、加藤茶たちが暗闇の中でも懸命にギャグを飛ばそうとしていたのに対して、一番うろたえてどうしてよいかわからなかったのが長さんだった。段取り通りにしか動けない、アドリブが効かない。人間としては実直でも、芸人としては殆ど失格だった。
 ヘタな芸人は、普通は生き残れない。人付き合いのよくない人間は周囲から嫌われる。長さんも何度も周囲と衝突し、激昂し、苦渋をなめる長い下積み生活を送っていた。1964年に「ザ・ドリフターズ」を結成してからも数年は目が出なかった。それが『全員集合』は視聴率が常時20%を越すおばけ番組となり、コメディアンとしての頂点を極めた。番組終了後も性格俳優としての評価が高まり、『踊る大捜査線』シリーズで数々の演技賞も受賞した。なぜそんなことが可能だったのだろう。
 運もあったと思う。ドリフのメンバーが長さんを支えていたということもあったろう。けれど、長さんくらい裏表のない人もいなかった。不器用だけれど一生懸命という昔気質の日本人が長さんの本当の姿だった。『全員集合』の長さんはいつだって一番、汗だくだった。そんな長さんも時々は弱音を吐く。長さんとの関係がギクシャクし始めていた居作昌果プロデューサーは、それを故意に曲解して番組を終わらせた。その卑劣ぶりと比較すると、長さんの頑固なまでの純粋さは哀しいほどに美しい。
 1987年あたりからポツポツとドラマに出ていたが、役者として飛躍したのは1990年の黒澤明監督『夢』に鬼役で出演したことがきっかけになっている。演技はやっぱり下手くそだったが、黒澤監督くらいヘタな役者の持ち味を引き出せる演出家はいない。鬼の悲しみは切なく私の胸を打った。黒澤監督の晩年の三作、『夢』『八月の狂詩曲』『まあだだよ』の中で、『夢』の出来が一番いいが、その功績には長さんの芝居が確実に寄与している。
 これで世の演出家たちも、長さんの「使い方」がわかったのである。長さんそのままでありながら、そうではない一生懸命な役。それが長さんにはうってつけだったのだ。91年の松本清張原作の『黒い画集〜坂道の家』などで長さんは、老残の人間の醜さまでも熱演するようになったが、多分それは長さんの中にもともとあったものだ。それをそのまま出した。だから芝居はヘタでも、そこには鬼気迫るリアリティが生まれていた。普通の人間は、日ごろ流暢な喋り方も出来ないし、しようとすればどこかが不器用になる。かっこよくはなれない。そういう人間ばかりを長さんは演じるようになった。それしか出来ないからでもあったが、そういう人だと「見抜いてもらえて使ってもらえた」ことが、長さんが幸せだった証拠だと思う。
 『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』で、本広克行監督は長さんの泣き顔を不必要なほどに長回しして撮った。映画としてはかなり貧相な作品だったが、本広監督は、既に病魔に犯されていた長さんの「見せ場」を作りたかったのだろう。その気持ちだけは嬉しいと思う。
 遺作は『恋人はスナイパー(劇場版)』(4月17日公開)。もともと見に行くつもりだったが、初日から列に並ぶことにしよう。
 今でも土曜8時にチャンネルをTBSに合わせると、長さんの「オ〜ッス!」という声が聞こえてくるような気がする。今放送されているのは『探検!ホムンクルス』だった。

2003年03月20日(木) ヨッパライがいたゾ/DVD『サイボーグ009 第2章 地上より永遠に2』/『帰ってきたウルトラマン』vol.6
2001年03月20日(火) オタクの花道/映画『ギャラクシー・クエスト』/『Q.E.D.』9巻(加藤元浩)ほか


2004年03月19日(金) 文春顛末と『ラストサムライ』と『牛乳屋フランキー』

 いつもいつも思うことなんだけれども、その日一日でいろんなことがありすぎると、当然、日記には書ききれないほどになっちゃうのである。しかも「他愛ないことでもなんでも書く」ということをモットーにしているので(これも「つまんねえことばかり書いて意見を押し付けやがって」と勘違いする人がいるのだが、できるだけ自分自身の出来事に関する取捨選択を減らすためにしていることである。その文章を読んで面白いと思うかつまらないと思うかは読者の判断に任されているので、書き手が云々することではない)、気がついたら日記登録の字数オーバーになることもしばしばであった。しかも日記の更新、どんどん遅れていくし。
 そういったわけで、「読んだ本・マンガ」とか「見たアニメ・映画」の類は日記を再開して以来、別コンテンツとして独立させたわけだけれども、日記の更新が遅れずにすんでる分、こちらの更新は「だだ遅れ」になってしまっているのだ。この日記は「エンピツ」の「アニメ・漫画」のコーナーに登録しているのだけれども、すっかり羊頭狗肉、看板に偽りあり、という状態になってしまっている。『鋼の錬金術師』だの『カレイドスター』だのの感想も書けなくなってるのは自分としてもツライのである。ああ、あんなに面白いのに、その面白さを書くヒマすらないなんて!(T.T)
 その日読んだ本のタイトルとちょっとした感想だけでも書きゃいいじゃないかとよく言われてるんだけれども、別に「こんなにたくさんマンガを読みました」ということを自慢したいわけじゃないので、タイトルだけじゃ何の紹介にもなってないじゃないの、と感じてしまうのである。だから、まとまったものを書こうとすれば、どうしても量が長くなってしまう。その作品を読んでない人にも「どんなお話かわかって」「読んでみたいなと思わせる」ものを書こうなんて自分の文章力も考えずに「高望み」をしちゃっているから、そういう事態に陥ってしまうのだ。私は自分の文章を「オタク向け」に書いてるつもりは最初から全くない。できるだけオタク特有のジャーゴンを使うまいとしているのもそのためである。……でも、実際にこれを読んでる人の殆どがオタクさんなんだろうから(でなきゃたかがシロウトの書く文章をわざわざ読みに来たりはしないわなあ)、そういう判断はムダかなとは思うんだけれども。でもやめられてりゃとっくにやめているのである。
 四月以降も面白いアニメは始まりそうなんだけれども、果たしてその感想をアップなんてしていけるものかどうか、心許ない。ああ、誰かいいアイデアあったら教えて(TロT)。


 出版差し止めの処分を受けた『週間文春』3月25日号、福岡では今朝の発売であった。東京とは二日くらいズレがあったのだな。そりゃそうか。
 朝、職場に向かう途中、7時半の時点でコンビニに寄って見たのだが、常時、5、6冊は入れてるはずなのに、もう2冊しか残っていない。やっぱり誰か買ってるか。たまにしか買わないのを久しぶりに買い求めてみる。
 で、当該の記事を読んでみたわけですよ。田中真紀子氏の長女に関して、どれほどひどいプライバシーの暴露がされている買ってことが判断できないとモノも言えないし。で、かなり簡略化して結論を言っちゃえば、性悪説の立場に立てば原告の訴えは正しいし、性善説に立てば被告の反論が正しいということになるかな(^o^)。
 まず、その長女さんだけれども、田中真紀子さんの長女ではあるのだけれども、「現在は」完全な私人であるわけである。記事中では暗に長女さんの政界進出も匂わせるようなことも書いてはいるけれども、単なる「予測」でプライバシーを暴露していい理由にはならない。「将来もしかしたら有名になるかもしれないから、あなたのプライバシー、記事にします」と言われたらどうしますか。世の中、それで喜ぶ人ばかりじゃないでしょう(私が自分の妻のことを含めて、劇団の人間のプライバシーについて書くことがあるのは、彼らがヘタクソであろうが曲がりなりにも「公演」を行っている「公人」であるからである。公人は自分のプライバシーの一部の公開も「公益」になるってこと忘れちゃいけないやな)。
 これまでにマスコミは筒井康隆の『俺に関する噂』もかくやというほどの「私人」の「プライバシー」暴露をやらかしてきた過去があるから、感覚が鈍磨していると思しいが、まず、長女さんをターゲットにした時点で、「間違い」を犯している点に気づいていない。記事にするなら、長女さんが実際に「政界進出」してからにすべきでしたね。「あの程度のことを書いて、プライバシーの侵害になるのか」という意見は、記事にする対象を間違えた時点で言っても意味がないことである。
 しかし、ここで指摘しておきたいことがある。ここで記事にされている「あのこと」が、そもそもニュースヴァリューを持っているという文春の判断、そして記事にしてほしくないと考えた原告の判断、その二つともが「そのこと」自体に対する偏見で成り立っているということだ。文春は、「そのこと」が、長女さんの「汚点」であると思っているから、「報道価値がある」と判断した。長女さんは、「そのこと」が世間に広まることが「恥ずかしい」ことだと思ったから出版差し止めを要求した。
 けど、「それ」は「汚点」でも「恥ずかしいこと」でもない。長女さんと同じ経験をしている人は世の中に腐るほどいるわけだけれども、そのことをみんなが恥ずかしがっているのだろうか? 「性悪説の立場に立てば」と書いた通り、現実として、そのことを「汚点」と考えて笑いものにするヤカラは世間に腐るほどいるだろう。他人の善意を信じて、「こんなこと周囲のみんなは気にしないでいてくれるだろう」と判断するのは甘い。長女さんの活動が、この記事がもとになって阻害されることは確実にあると思われる。訴えを起こして、記事の流布を止めたいと思った心情は察せられはする。
 がしかし、そこで長女さんが訴えを起こしたことは、長女さんと同じ立場にある人たちを蔑んでいるに等しい行為でもあるのだ。長女さんは明らかに「自分が傷つくこと」しか考えていない。今回の騒動を起こしたことで、何万の、何十万の人間が傷つくことについては、一片の思いもいたされてはいないのである。これは、現代人の「傷つきやすい症候群」「被害者ぶりっこ」が、かえって誰かに対する加害者となってしまう典型ではないか。プライバシーを暴露されただけなら同情もされたであろうが、訴えまで起こせば「ふざけるな馬鹿野郎」という罵声が長女さんに浴びせられても、これは仕方のない行為なのである。
 じゃあ、長女さんは、訴えを起こさないで、ただ忍従していればよかったのか? それも一つの手ではあるだろう。しかし、訴えを起こすくらいの行動力を持っているのだから、それこそ他のメディアの取材に応じて、文春がいかに人権を侵害しているかを糾弾するキャンペーンを張るくらいのことをすればよかったのである。その時注意しなければならないのは「自分が傷ついた」ことを前面に出すのではなく、現代日本の、「そのこと」を「汚点」とする報道の精神の歪みそのものを追及することである。そうすれば、「この程度のことを報道されたからって、怒る方がおかしい」と感じている世論が、「この程度のことをわざわざ個人の欠点であるかのように報道する方がおかしい」という方向に傾いていくことだろう(「私憤を公憤にすりかえた」と揶揄する向きは残ろうが、たいした影響はない)。両者は、ベクトルは逆だが、発想の根は同じなのである。……この程度の情報操作もできないようなら、仮に長女さんが政界進出を考えていたとしても、海千山千、魑魅魍魎の中を渡り歩いて行くことは難しかろうと思う。やめといたほうがいいね。
 もう一つ、裁判所の判断もおかしいのは、仮にプライバシーの流出を阻止する目的だったとしても、当該記事の削除だけを指示すればよいことなのに、「発禁」を指示したことである。雑誌の他の記事を公共の目から抹殺していい権利など、裁判所にも長女さんにもない。「表現の自由」を侵害されているのは、当該記事ではなく、その他の執筆者の人々なのだ。作家さんたちと、文春の連載を楽しみにしていた読者は、みんな揃って裁判所を訴えたらいいと思うがどうかね。


 仕事を半ドンで終えて、しげとワーナー・マイカル・シネマズ福岡東へ。以前から「どんなヒット作でも悠々と座れる」閑散ぶりを日記にも何度となく書いてまいりましたが、今月末の閉館がめでたく決まりました(^_^;)。ちょっと離れたところに6月から新しく「ワーナー・マイカル・シネマズ福岡ルクル」ってシネコンができるので、そこに吸収合併される形になるとか。こちらのほうが距離的には家から近くなるので、たいして困らないのだけれども、「いつでもゆったり座れる」ようになるかはわからない。いや、なったらまた潰れちゃうだろうけど。
 でもさあ、閉館記念で27、28日に千円均一、「サンクス上映」をやるってんだけど、の映画が『ニューシネマパラダイス』と『ロッカーズ』ってラインナップはうらぶれ過ぎててどうしたものかね。
 昼ご飯にハンバーガー一個だけ食べて、映画は『ラスト・サムライ』を見る。
 去年の12月から公開されてて、今日が最終日。やっと間にあった(^_^;)。お客さんはまあ10人ほど。
 「時代考証を気にしなければ面白い」とはよく言われてるけど、あれを気にしないのは鈍感だよ。ただの風俗の違いってことじゃなくて、日本人の精神そのものを歪めてるもの。「日本人の忘れられていた魂がそこにある」とかアホウなこと言ってるやつがいるが、渡辺謙の役、精神主義で突っ走ったただの軍国主義者じゃないか。
 それにそこに目をつぶってあげたって、描かれてる世界は思想的にもエンタテインメントとしても特に傑出してるわけでもない。つか、陳腐。そこそこ楽しめはしたけど、『王の帰還』や『ミスティック・リバー』に敵わなかったのも当たり前だ。

 そのあと、いったん帰宅してひと休み。夜になって、
 今度は博多駅に向かう。紀伊國屋で本とDVDを買ったあと、シネ・リーブル博多駅で、『中平康レトロスペクティブ』の最終日、『牛乳屋フランキー』を見る。LDで持ってるんだけど、もう見返す機会もなかなかなさそうだし、劇場の雰囲気を確かめたかったのである。古い映画だし、今見りゃどうしてもつまんなく感じるところは多々あるのだけれど、動きに切れがあるころのフランキー堺の代表作の一つであることには間違いがない。中平康の代表作にはできないけど。
 私は気づかなかったが、後ろにいた中年オヤジが、利根はる恵が市村俊幸に脱がされるシーンで、「一ま〜い、二ま〜い」と画面に唱和していたそうである。しげが見終わったあと、イライラして私に当り散らして来た。「小学生かおまえはっ!」。でも、この手のカルトな映画にはそういう孤独な客が必ずいるものなのである。アニメ・特撮映画に群がるオタクのウンチク垂れ同様、確かに鬱陶しくはあるのだが、これも劇場での雰囲気を楽しむ要素の一つであるので、あまり目くじらは立てないでいてほしいものなのよね。ムリだろうけど。


 そのあと、フォルクスでサラダバーのみの晩飯。しげはコーラのみである。私はともかく、しげがどうしてそんな軽食にしてるかと言うと、鴉丸嬢を連れてしげの店まで行くことになってるからなのだ。今、しげの店では彼女のイラストが広告チラシに使われているので、現物を見に行こうとしげが彼女をデートに誘ったのである。既に時計は12時を回っていたが、鴉丸嬢のバイトが終わるのがその時間だから仕方がない。
 イラストと言っても、広告なんだから、ビールにおでん、それにお茶のカットである。でも評判がよかったらしく、全国でも展開しようかという話もあったらしいが、鴉丸穣、畏れ多いと断ったらしい。もったいない話である。もうちょっと度胸を付けてくれるとデビューだって早いと思うんだがなあ。
 店ではしげの注文したセットの明太子じゃこ飯を分けてもらい、それに作り置きのおでんをいくつかつまんできて、おかずにして食べる。しげと鴉丸嬢は、二人でお互いの父親の悪口で盛り上がっていて、とても口を挟める状態ではない。二人ともなかなか凄絶な生き方してきているので、安穏な人生しか送って来てない私なぞは縮こまってるしかないのである。
 鴉丸嬢には、今、ホームページの挿絵をいろいろと頼んでいて、そのための資料としてDVDもかなりお貸ししているのだが、結構「手一杯」な状態らしい。まあ、一気に10本くらい貸したからな。「金田一ものとかは見れるんだけど、松本清張は苦手で」と言うそばから、しげが「でも『鬼畜』はいいよー。緒形拳がオレらの父ちゃんみたいで」と茶々を入れる。「鬼畜」みたいなって、どんな親だ、それ(^_^;)。
 しげも鴉丸嬢も、嬉々として父親のことを責めるけれども、「自分の親のことをそこまで言わんでも」と言うのは事情を知らぬ者の的外れな妄言に過ぎない。世の中ホントに「善人」だらけで、余計なおためごかしを口にする馬鹿は腐るほどいるけれども、所詮は他人なくせに自分が優越感に浸りたいだけの甘言など、二人とも一発で見抜いてしまう。そうなると二人は本気で立腹するので、老婆心は言葉通り、ただのお節介にしかならない。まあこの二人には、自分を「いい人」に見せたい人間は近づかないほうが無難であろう。人間、「誉められりゃお世辞でも嬉しい」と感じるような猿ばかりではないのである。
 鴉丸嬢、あるオタクなやつから「そんな風にお父さんのことひどく言っちゃダメだよ、君を生んで育ててくれた人なんだから」と言われたそうである。教師かテメエは、と言いたくなるような歯の浮くセリフであるが、しかもそいつ、彼女をナンパしてきたのだとか。まあ、鴉丸嬢の「テメエに言われたかねえ!」と激昂することといったらないが、当然だろう。これで下心を見抜かれないでいられると思ってるあたり、だからオタクにゃ猿が多いと思われてしまうのである。オタクならオタクらしく、二次元のキャラだけでガマンしてろよってな。


 鴉丸嬢を送って帰宅したのが午前4時。さすがに日記もコンテンツも更新する元気なく、そのまま寝る。いや、実はしげの車の中ですでに寝てしまっていたのだが、いつでもどこでも瞬時に寝る特技を鴉丸嬢にも見られてしまったらしい。まあ、見られて困るわけでもないけどさ。

2003年03月19日(水) 言わずもがなのお話/『社会派くんが行く! 激動編』(唐沢俊一×村崎百郎)
2001年03月19日(月) 文句ばっかり言いたかないけど/映画『ONE PIECE 〜ねじまき島の冒険〜』ほか


2004年03月18日(木) 口にパンをくわえて、曲がり角で誰かにぶつかりはしなかったが。

 今朝、初めに目が覚めたのは6時頃だったのだけれども、テレビを点けて漫然と見てるうちにウトウトしてしまい、気がついたら8時10分だった。
 思わず「わはは」と笑ってしまったが(人間、本気でビックリすると笑うものなのである)、まさしく「笑いごっちゃない」のだ。始業時間まであと20分。しげの運転だと、普段は25分かかっているから、間に合うわけがない。2分で着替えて、表に飛び出し、タクシーを捕まえた。「大至急お願いします!」
 ネクタイや背広は手に掴んだままだったので、タクシーの中で着る。自分でもまるでマンガだとは思うが、なりふりかまっちゃいられない。運がいいと言うか、偶然にもタクシーの運転手さん、以前、私を乗せてくれたことのある人だった。「山越えの道ですね?」とスイスイ進んでくれる。これが道に不案内な人だと、やたら信号に引っかかったり小道を曲がり損ねたりするのだ。ホントに超特急で、変わりかけた信号をすっ飛ばし、3人ほど人を撥ねて(いやウソウソ)、職場に着いたのが8時27分。てことは、15分しかかかっていない。いつもしげが超安全運転で走ってることが分かるなあ。
 こういう心臓に悪い朝はもう二度と迎えたくないけれど、人間、トシを取ってどうなるか予測のつくものではない。私はいったい寝起きがよくなるほうか悪くなるほうか。


 今年度最後の例の部署での会議があったのだが、例のちょっとイッちゃってる方、やっぱり欠席。最近は、被害妄想がかなり強くなっていて、何か質問をしても「それは○○さんがやったことかもしれません」と、何の関係もない人の名前を挙げたりするようになっている(個人的に気に入らないことがあったらしい)。そして、社内のある一室に引きこもって、トイレと食事以外では全然出て来なくなってしまっているのだ。……って、会社で「引きこもり」ってあるのかよ。その部屋の中でパソコン仕事だけはやってるようだが、それ以外のことは全くしようとしない。これって、かなり「給料泥棒」だと思うのだが、放置してていいのか。引きこもるなら普通は家だろうよ、……と突っ込みたいところだけれど、もちろんみんな怖くて、そんなことは何も言えないのである。辞めさせられないのも、人権なんたらが絡んでるんだろうなあ。
 そういう事情で、社屋内に昼日中から「開かずの間」ができてしまっているわけである。こんな気味の悪いこともないのだが、そこに出入りできる人間が、私を含めてもはや数人しかいない。上司も、その人にしてもらわなければならない仕事を、私から伝えてくれるように頼んでくる。……だから私はパシリとちゃうって(+_;)。


 帰宅したら、しげは起きたばかりであった。「昨日からずっと寝てたのか?」と驚いたら、「朝ちょっと起きてたよ」と言う。だとしても、合わせて15〜6時間は寝ているわけで、やっぱり寝過ぎだろう。薬使わないと眠れないと言うし、寝たら寝たで今度は起きて来ないし、ちょうどいいコントロールができないものかな。


 唐沢俊一氏の16日(火)の裏モノ日記での『アヴァロン』評、誉めてるような貶してるような微妙な表現だったのが面白かった。
 北川れい子みたいに、押井守を観念的なテツガクかぶれと勘違いしないで(押井守ファンを自称している人間にもこの勘違いは多い)、あれを「抜群に面白いハードボイルドアクションの定番もの」と評価しているのはさすがなんだが、そこで「ハードボイルドものの定番設定の持つ、完成された魅力を押井守がついに壊し(再構成し)得なかったという、作家としての失点になるのではないか」とヒトコト付け加えなければならなかったのは、まあ、「オタクは押井守をあまり誉めちゃいけない」流れができちゃってるせいもあるだろう。オタクって権威嫌いだからねえ。かつてマイナーだったころにはみんなこぞって褒め称えていた宮崎駿を、現在扱き下ろすオタクのいかに多いことか。まあ私も「今の」宮崎駿は好きになれないけれども。
 普通はその作家が「定番通り」のものを作れば、それでヨシとされるのだが、「それ以上のもの」を求められてしまうのが現在の押井守の立場なのである。でも求められたからって、それにまるで左右されずに、相変わらず「犬」を出すことに熱中している押井さんの飄々とした態度が、見ていて気持ちがいい。何か言われたからって激昂するような鬱陶しいオタクは他山の石とするがいいのだ。


 久しぶりに某氏のホームページの日記を覗いてみたら、「古いオタク」を自称する(若い人なのでどこが古いのかと思ってしまうのだが)その人、昨日の『トリビアの泉』の藤岡弘、のあのどうしょうもない演出を激賞していた。そのギャグセンスの無さ加減にも呆れるのだが、文章がテンから藤岡弘、氏を馬鹿にしていて頗る悪意的であるのに、自分ではいっぱしのファンのつもりで、どれほど失礼なことを書いているのか、自覚もないようなのである。よくそんなことで「オタク」などと自称できるものだと情けなくなった。オタクのイメージが悪くなるばかりじゃないか。くだらんゴタク垂れ流してあっちこっちにメイワクかけるくらいなら、オタクの看板降ろしてくれ。Y(>_<、)Y
 でも、この程度のレベルの人間性しか持ちえぬ人間が、現在では実体としてオタクの普通レベルになってしまっているのである。もう岡田斗司夫さんの提唱していた「オタクエリート論」は完全に雲散霧消してしまったと実感せざるを得ない。今や「オタク」は一般人以下の、知見(知識ではない)のないことを開き直って傲慢になることしかできない人間しかいなくなってしまっているのだろうか。実際、一時期はそれほど嫌われなくなっていたオタクが、最近は宅八郎のころのように毛嫌いされつつあるのである。特に女性たちから。
 その人、もともと悪人ではなかったと思うのだが、周囲の人間が卑劣漢ばかりなので、相乗効果でとことん馬鹿に成り下がってしまったのだろう。親友として親身になって忠告しようという人が全くいない。表向きだけはそう言ってのける輩はいるかもしれないが、陰では全く逆の悪口を平然と言える二枚舌野郎ばかりなのだ。その人がおだてられていいように利用されているだけなのに、有頂天になっている様子は哀れだけれども、それも当人の撒いた種である。類は友を呼んだのだ。落ちるところまで落ちて恥を晒していくしかないのだろうが、それとて恥と思わぬ鈍磨な神経に成り下がっているのであれば、脳天気でかえって幸せかもしれない。
 私も人からオタクだオタクだと言われて、頑強に否定するのも相手に悪いので受け容れてきたのだけれども、あんなのと同列に扱われるとなると段々気が滅入ってくるのである。もともと岡田さんの「オタクエリート」という言い方にビビって、「いや、私はそんな立派なものではありませんから」と萎縮していたのだけれども、今度は「オレをオタクと呼ぶな!」と否定しなくてはならなくなるのである。こんな悲しいことはない。その馬鹿に向かって何を言おうが、「バカの壁」をつくっちゃってるんだから、どうせなにも理解できはしないだろうと諦めながらもあえて言うが(ただし、これは押しつけがましい「忠告」でも「諫言」でもない。だいたいその人はこの日記を読んでないだろうという前提で書いてんだから。これはただの「祈り」である)、頼むから、もちょっと人としてマトモなことを書いてくれ。隣りにいる人の皮かぶった糞の言に耳を貸してる限り、人の心をなくしてくぞ。


 14日、神奈川県立厚木高校のダンスドリル部の2年生チーム「IMPISH」(=小悪魔のような、いたずらな、お茶目な)が、日本の高校生チームとしては初めてフロリダ州オーランドで開催されたNDA「全米チアダンス選手権’04」に出場、総合グランプリを勝ち取るという大快挙をなし遂げた。
 ……ってニュースをCSで知ったんだけど、新聞でもネットでもあまり話題になってないなあ。テレビ見てて久しぶりに「そりゃすげえ!」と思ったんだけど。
 特にチアダンス(チアリーディングと違って、スタンツはしない)に詳しいわけではないけれど、たまにテレビで選手権やってるのを見ることもあるから、向こうのレベルの高さには舌を巻いていた。高校生でもブロードウェイのプロダンサー並の激しい踊りやってのけてるんだものなあ。層が厚いってのはこういうことを言うんだろうか。その、アメリカ全土から集まった選りすぐりのチアダンサーに伍して、優勝したっていうんだから、こりゃ驚かない方がどうかしている。新聞の一面にデカデカと載ったっていいと思うんだが、なんか日本のスポーツ界のメジャー、マイナーの色分けって、偏向があり過ぎると思うんである。野球とサッカーとマラソンしか頭ん中にないんじゃないのか。


 これもバグダッドテロなんかどうでもよくなるような(こらこら)大ニュース。
 水野晴郎が、『シベリア超特急5』(こないだ『4』のあとにいきなり『7』を作って、再び『5』に戻ったのね)の撮影現場で転倒し、背骨と左手首を骨折する大けがをした。
 13日の午後、水野監督は東京・調布市の日活撮影所で、万里の長城のセットからの階段落ち、走る列車の屋根での乱闘シーンの撮影中に、前のめりに転んで床に左手をつき、激痛が走った。15日になって病院でレントゲン撮影したところ、左手首骨折と診断。さらにその約1週間前に転倒した際にも背骨を圧迫骨折していたことも判明したとか。……って、一週間、骨折に気がつかなかったってのが凄くないか。しかも背骨だよ?
 当然撮影中止かと思いきや、スタッフに「ライフワークなのでやめたくない」と執念を見せて、現在、ギプスとコルセットで固定し、痛み止めの注射を打ちながら撮影に臨んでいるとか。その執念はすばらしいと思うけれども、「ライフワーク」だったのか、『シベ超』。いや、確かにライフワークだよなあ。ライフワークにしなきゃ作れないものなあ。


 6月5日に公開予定だった那須博之監督の『DEVILMAN デビルマン』が「デビルマンの世界観をよりスケールアップするため、予定になかったシチュエーションを映像化すべく100カットの追加撮影を決めた」との理由で公開延期。
 100カットってだけじゃ、ドラマ部分が増えるのか特撮部分が増えるのかも分からないし、分数も見当がつかないないけれども、なんたってハルマゲドンまでちゃんと映画化しようってんだから、完成度が高くなるのは歓迎ではある。
 けど、『ハウル』『スチームボーイ』に続いて『デビルマン』もか。それだけ、力入れてる企画が多いってことだから、決して、リメイクだからって、最初から馬鹿にしちゃいけないよ。ともかく、映画は「見てから判断すべし」は基本なんだから。
 だから私ゃ、『SAMURAI7』(『七人の侍』のGONZOによるアニメ版リメイク)にも期待しちゃうぞ♪(マジかよ)


 女優のマーセデス・マッケンブリッジさんが、今月2日、サンディエゴで死去していたことが判明。享年85。詳しい死因は不明。
 『オール・ザ・キングスメン』(1949年)でアカデミー助演女優賞を受賞した後、『ジャイアンツ』(1956)『武器よさらば』(1957年)などに出演したが、60年代以降は低迷した。
 起死回生を狙ったのが『エクソシスト』(1973)での悪魔に取りつかれた少女リーガン(リンダ・ブレアー)の声の吹替えだったが、ウィリアム・フリードキン監督はマッケンブリッジさんの名前をクレジットすると約束していたのに、それではリンダ・ブレアーがアカデミー賞を受賞できなくなると判断して、クレジットから外してしまった。ショックを受けたマッケンブリッジさんは、その事実を暴露し、これがスキャンダルとなって、『エクソシスト』はノミネートされていた各賞の殆どで落選した。これこそ「『エクソシスト』の呪いだ」と当時は世人の口の端にのぼったものだったが、実際には「アカデミー賞の夢をもう一度」と願った老女優と、「初めてのアカデミー賞を」と欲にかられた監督の、どちらも「アカデミー賞の呪い」にかかっていたのである。……とは映画評論家・川本三郎氏の説。
 私にはこのエピソードはただただマッケンブリッジさんがかわいそうに思えるだけである。ちなみに、現在流布しているDVDソフトには、オリジナル劇場版のものにも、先年公開された追加シーンを含むディレクターズカット版のクレジットにも、マッケンブリッジさんの名前がちゃんと追加されている。しかし、マッケンブリッジさんの花がもう一度咲くことはなかった。

2003年03月18日(火) 第三セクター救済企画(^o^)/『ルパン三世 ある雨の日の午後(前編)』(大塚康生)
2001年03月18日(日) めおと変態/『セクサドール』(石ノ森章太郎)ほか


2004年03月17日(水) 『文春』のほかの連載が読めないのは困るなあ。

 田中真紀子さんの娘のプライバシーが暴露されてるとかで、「週間文春」が裁判所命令で発売禁止とのこと。いったい何があったのやらと、朝と夕方、コンビニに寄ってみたが、福岡ではまだ荷物が届いていないのか、それとも売り切れちゃったのか、もう回収してしまっているのか、一冊も置いていない。
 現物を見ない限りは裁判所の措置が正しかったかどうか判断できないし、かと言って、その措置が妥当性のあるものなら、そんな下らん記事は見ないほうがいいのである。アンビバレンツとはこのことだ。
 でも、実際に手に取った人たちの感想は「これで発禁?」てなものだったらしいね。たいしたプライバシーの侵害でもなかったってことなのかなあ。
 どっちにしろ、コトが分からぬ現時点ではコメントのしようもない。多分、2ちゃんねるとか調べれば内容アップしてるとこもあるんだろうけど、そこまでして知ろうって気はないしなあ。
 文藝春秋社は異議申し立てをしたそうだけれど、要求がマットウなものとして通ったなら、記事内容がハッキリわかる日も来るだろう。けれど裁判所が「マットウ」で無かったら、まさしく表現の自由は侵害されてしまうわけだ。こうなると、裁判所に「常識」があることを祈るしかないんだけど、それがどうにも歯痒いよねえ。


 毎年、この時期になると高校入試の合格発表の様子がテレビで報道される。無論、テレビカメラは、合格してVサインを出してる子を中心に撮っちゃいるんだが、どうしたって全体を俯瞰するシーンはあるから、落ちて呆然としてる子も映しだしてしまうのである。これって結構残酷なことしてるんじゃないかと思うんだけど。
 夕方、テレビを見ていたら、ある県立高校の合格発表で、何の間違いか、一番手前でまさしく「私は落ちました」って顔のメガネの子をカメラがどどんと映し出してしまっていた。それ見たとき、なんというか、胸が凄く締めつけられちゃってね。こういう「うっかり」はどうしたって避けられないと思うんだが、それでもいちいち合格発表を取材しに来なきゃならないものなんだろうか。高校生が合格しようがすまいが、全く興味のない私には、これにいったいどんなニュースヴァリューがあるのか、見当も付かないのである。……みなさん、毎年のこの合格ニュースを楽しみにしてるんですかね?
 ……しかし今時の中学生って、みんなカメラ付き携帯持ってるのな。みんな金持ちじゃん。いったいどこに「不況」があるんだ?
 ついでにずっと昔から思ってることなんだけれども、高校入試の問題って、県下全部同じなんでしょ? だったら、最初に希望校を受けさせるんじゃなくて、受けたあとで第一希望、第二希望ってアンケート取って、成績ごとに振り分けていけば、あぶれる受験生も減ると思うんだけど、何かそれができない事情でもあるのかね?


 『トリビアの泉』、三週間ぶりに見る。
 まあ、面白い演出とつまんない演出が半々といったところか。
 つまんなかったのは、「第2次世界大戦中、アメリカではこうもり爆弾が作られていた」の紹介イラストに、ローワン・アトキンソンのキャラを使っていたこと。全く意味がない(もちろんナンセンスという意味ですらない)。
 「藤岡弘、の事務所の隣りにはマムシ注意の看板がある」を紹介するのに、「藤岡弘、探検隊」風に紹介するのは、別にネタでもなんでもないものを無理矢理面白く見せようってところがいやらしい。猫が出た、ハクビシンが出たからって、それがどうした。藤岡さんは真剣に「マムシが出て危険」と思ってるから看板立てただけなんだよ? それを鼻先で笑うような演出されて、特撮ファンは悲しくないのか? そのまま普通に紹介することがなぜできないのか。これで怒らないようじゃ、ファンでもオタクでもマニアでもないぞ。
 それとは別に気になったのは、「藤岡弘、」の芸名が読点つきだったこと(正確には「藤岡弘」ではなくて「藤岡弘、」なのである。ホントの読点と紛らわしいので、こういうのは書くほうは困るんだけど)を、ゲストのみなさんが知らなかったらしいこと。それとも知っててわざと「へええ」と言って見せてたのかなあ。タモリのようにつまんないときは「へえボタン」押さなかったり、「そんなの知ってらあ」って顔してもらわないと、反応に信頼がおけないのである。まあ、もともとビビる大木を信頼する必要は全くないんだが。MEGUMIは素直に「へえ」と言ってると思いたいな(←意外と役者として買ってるのである)。
 逆に、ネタ自体はつまんないんだけれど、演出で面白く見せていたのは「お寺にある仏具は全て通販で買える」。実際に通販紹介風に演出してたのがマル。「お求めやすい値段」とか言っときながら、木魚が「1000万円」の、仏像が「370万円」のって、なんなんだかねえ。これをニコヤカに“本当に安い品物であるかのように”紹介できるんだから、テレビの営業マンはやっぱり素晴らしい。生の営業マンで、あんなにセールストークの上手い人間に会ったことなんてないぞ。番組見てたら、般若心経デザインの腕時計、私もほしくなっちゃったんだよなあ(^_^;)。
 純粋にネタだけで受けるのはやっぱり地域ネタだけれど、「鳥取県境港の住民票を透かすとゲゲゲの鬼太郎が浮かびあがる」を確認するためにスタッフが本当に境港市に引っ越したのには笑った。いや、区役所の人の「えっ!?」という反応がいいわ。しかも、住基ネットが施行されているので、わざわざ引っ越さなくても境港に行くだけで住民票は手に入れられる、という落ちの付け方もいい。もちろんスタッフは、そんなことは承知の上で、「わざと」引っ越したのだろうけれど、この「ヤラセ」は許される範囲内である。だって、ネタ自体を歪めているわけではないからね。
 金の脳だった「ツタンカーメンの墓を作った人々の出席簿がある」は、誰ぞのコメントにもあった通り、「サソリに刺された」とか、その理由とセットでないと、さほど面白くはないものだった。
 「トリビアの種」は堅実にアンケートもの。「日本の電話で一番多く使われている保留音は( )」というもので、結果は以下の通り。
 1.グリーンスリーブス
 2.エリーゼのために
 3.峠の我が家
 4.LET IT BE
 5.ミッキーマウスマーチ
 6.バッハのメヌエット
 7.パッヘルベルのカノン
 8.森のくまさん
 9.メリーさんの羊
 10.あなたがほしい(エリック・サティ)
 「耳障りでない曲」にするってのが第一義って感じだね。ディズニーがもう、一、二曲くらい入るかと思ってたけど。童謡や唱歌が一曲もないのが淋しいなあ。ウチの電話にはこういう待ち受け音楽の設定は多分してないと思うけど、するなら映画音楽にしちゃうだろうな。でも、『犬神家の一族』とか『七人の侍』、あるいは『第三の男』とか『ピンク・パンサー』なんかの音源、あるんだろうか。
 ……ウチの職場の待ち受け音楽は何だったかなあ。


 そのままダラダラとテレビを見てたら、ネプチューンの番組で、鈴木杏の『花とアリス』の舞台挨拶の様子が流されていた。もちろん「秋葉カンペー」のコーナーで、鈴木杏は「ウンコが三つ」とかのネタに笑わされていたのだが。だもんで、映画の内容はあまりわからなかった。……宣伝になってないんじゃないか。
 メインのトークコーナーでは、『牡丹と薔薇』の大河内奈々子と、小沢真珠がゲスト。小沢真珠、ドラマでは殴るわ蹴るわのエキセントリックないじめを大河内奈々子に対してしているのだけれど、このドラマに出演して以来、小沢真珠の携帯に電話をかけてくる友達が減ったそうである。逆に、大河内奈々子には「大丈夫?」と激励の電話が増えたとか。……現実とドラマの区別がついてない人間って、いつまで経っても減らないのだねえ。


 糖尿病についての新発見ニュース。
 筑波大内科の島野仁講師らが、血糖値を下げるホルモンのインスリンがどうして肝臓で効かなくなるのか、そのメカニズムを世界で初めて解明し、イギリスの科学誌『ネイチャー・セル・バイオロジー』に発表した。
 過食によって、肝臓で糖を脂肪に変える遺伝子を制御する指令物質(SREBP―1c)が働きすぎること、その結果、肝臓でインスリンが作用するのに必要なたんぱく質の合成が抑えられ、インスリンの効きが悪くなることを突き止めたという。
 糖尿病者以外の人には、何のことやらわかんないと思うけれども、この「どうしてインスリンが出ているのに、血中の糖分が分解できないのか」ってのは、これまでずっと謎とされていたことなので、おかげで適切な治療法がなかなか見つからないでいたのである。
 これまで、糖尿病の治療には食餌療法、運動療法、薬物療法の三つで対処されていたのだけれど、この中では「薬物」が一番弱かった。「過食がよくない」とは分っていても、我々糖尿病者は、普通の人と同じ量を食べたって「過食」になってしまう。食わないのにだって限度はある。絶食しつづけるわけにはいかないから、仕方なくカロリーを控えて食べているのだけれど、それでもストレスだの他の要因が働いて結局、体重は減らないし、血糖値は上がってしまうのだ。酒もタバコも肉食もやってねえってのに、なんで痩せねえのか、全くどうすりゃいいのよって感じだったんだけれど、この“SREBP―1c”の研究が進んでいけば、新たな治療薬も開発されていくかもしれないのである。
 いやホント、素晴らしい朗報なんですよ、これは。ただ、朗報ではあるのだが、さて、現場に反映されるのがどれくらい先になるのかはまだわかんないんだよね。再検だってまだまだあちこちの医療機関でされてくだろうし、仮に実験が正しいと証明されたその後、薬が開発されても、その使用認可が降りるのにまた時間がかかってしまうだろうから。それでも数年の辛抱だろうとは思うんだけれど。
 何週間か前のこと、塾頭さんが肥満を抑えるのには血液型によって摂取する食べ物がどうのと掲示板に書かれていた。糖尿病の肥満については、今までの日記にも何度か書いてたことだし、今回の研究成果でも分かるのだが、基本的には遺伝子レベルでの病気なのである。抗原(アレルゲン)の違いを示す血液型とは直接の関係はない。いろんな医学書や研究書を付き合わせていけば、そのあたりの事情は見当がついてくることなのである。
 トンデモ科学、擬似科学に人がどうして引っかかりやすいかと言えば、どんな理論であっても最初から誤り、ということは滅多になく、その出発点はごくごくマットウであることが多いためだ。それが思考を進めていくうちに、途中からヘンな脇道に入りこんでしまう。なぜかと言えば、初めから終着点をこれと思いこんでしまっているために、途中の論理の矛盾に気がつかなくなってしまっているからだ。
 どんな科学だって、基本的には「仮説」の集積に過ぎない。「絶対」を過信するのは危険である。「SREBP―1c」だけが、肥満の原因と短絡的に考えてしまうのもマズかろう。薬だけに頼ってもよくはない。やっぱりカロリーの過剰摂取は控えた方がいいし、運動だってした方がいいのである。
 こないだの入院中の関西人がどうにも腹立たしかったのは、新米の栄養士にわざと答えにくい質問をしておいて、それに答えられなかったからと言って、だから自分が過食したって構わないような、論理のすり替えを行っていたことである。自分のからだのことなのに、そんなズルをして、なんか得でもあるのか。それが患者のために話をしている医者、看護師、薬剤師、栄養士さんへの礼を失していることになぜ気付かないか。
 自分の思考方法に、どこか「ゴマカシ」がないかどうか、それはいつだって丹念に見ていかなきゃならないよな、と思うのである。


 ハリウッド版『ザ・リング2』の監督だけれど、第1作を監督したゴア・バービンスキー、CMディレクターのノーム・ムロウと、二人続けて降板したあとで、現在交渉中というのがなんと日本版『リング』の監督である中田秀夫だとか。本家返りか。けど、中田監督にも一家言はあろうし、「他人に改変されたもの」の続きを従容として引き受けられるものなんだろうか。
 主役のナオミ・ワッツと息子役のデビッド・ドーフマンの復帰は決定ずみだが、脚本の方は日本版『リング2』のリメイクではなく、前作に引き続いてアーレン・クルーガーによるオリジナルのものだとか。となるとますます「オレの作りたい『リング』とは違う!」ってなことになりゃしないか。
 でも、日本版『リング2』は主役交代させたせいでつまんなくなっちゃったから、アチラの脚本がよければ、中田監督の画面造りと相乗されて面白いものになる可能性はあると思うんである。「ハリウッド進出」ことを喜んでもいいんだけど、あまり有頂天にはならないで、堅実な映画造りをしてもらいたいものだけど。

2003年03月17日(月) 納豆の光に!(ねば〜)/『TELESCOPE 〜テレスコープ〜』(古川登志夫)
2001年03月17日(土) 嫌煙権を振り回す気はないけど/『風雲ライオン丸』(うしおそうじ・一峰大二)ほか


2004年03月16日(火) ヤキモチを焼くという心理がよく分りません。

 昨日の日記にちょいと艶っぽいことを書いたものだから、しげから「抱きついてきたって、誰!?」と追求される。別に隠すことはないので、正直に全部話したのだが、全く予想通りの反応をするやつだなあと笑う。
 「書いてた通りだよ。別にあとは何にもなかったんだから、ヤキモチ焼かなくてもいいの」
 「……なん、そういうことしょっちゅうあると?」
 「しょっちゅうじゃないけど、たまにあるよ」
 「あんた、もてると?」
 「もてる男じゃなくても、そういうことは男には結構あるの」
 「なんか、うそくさーい」
 「ちゃんと正直に書いてるんだから、文句つけることないだろ? 秘密にして隠してた方がおまえはいやだろ?」
 「そうだけど〜」
 しげ、不満そうな顔をしてはいるが、私がケロリとしているので、渋々頷いている。それでも昔ほどにはヤキモチでヒステリー起こすほどじゃなくなってきてるようではある。
 女房がヤキモチ焼くとわかってるのに誤解を招きかねないことを書くこともなかろう、というのは冷静な判断ではあるが、それは妻への不実となる。「あったことはできるだけ書く」「自分に都合が悪いことだからと言って隠さない」というのが私の日記のスタンスであるから、その日思い出せることは書くしかないのだ。
 じゃあ、もしも本当に浮気したら、そのことも日記に書くのか、と突っ込まれたら、「当然書く」と答えるのに躊躇はしない。たとえそれで夫婦の危機が訪れようと、そういう覚悟もなしに日記をウェブ上で公開なんてできやしないのである。
 まあ、それ以前に私が本気でモテるわきゃないから、心配なんてもともと要らないのだが。だいたいしげがヤキモチ焼くシチュエーション自体が、端から見ればギャグでしかない。「女房がヤキモチ焼くほど亭主モテもせず」とはよく言うではないか。もうかなり恥ずかしい思いはしてるんだから、いい加減でジェラシるのはやめてくれ。


 職場の若い子が、江戸川乱歩の『孤島の鬼』を読んでいるのを見つける。普段は誰かが本を読んでいても声をかけるようなことはしないのだが、モノがモノだけに、思わず「それ、面白いよ」と言ってしまった。
 テレビドラマの『乱歩R』のおかげで、江戸川乱歩を読み始めた、という人が増えている。必ずしも原作に忠実なわけではないけれども、これまでの乱歩の映像化の中ではまずもって第1級と言っていい完成度のシリーズになっていただけに、これをきっかけに「同好の士」が増えてくれることは嬉しいことである。
 昨日の『乱歩R』の最終回についても話が弾む。
 「あの、推理がひらめいたときに、明智さんの眼の中にキラッていろんな映像が浮かぶのがいいんですよね」
 「昨日のもよかったね、最後の瞬間に『仮面』がキラッと……」
 「……二十面相、死んだんですかねえ」
 「二十面相は死なないよ、二十面相は明智小五郎自身なんだから」
 「そうですよね! ……続き、作ってくれませんかねえ」
 続編が作られるかどうか、あるいは映画化されるかどうかはDVDの売り上げにかかっているのである。当然私は予約した。さあ、みんなも買おう(^o^)。


 夕方、しげと買い物。今日は仕事がないと言うのでゆっくり回れる。
 「積文館」を回って、「レッドキャベツ」で水の補給とサラダの買い込み。
 どこかで食事をするかどうか、しげに聞いたら、またまた「うどんがいい」。まーねー、作るのがラクでいいんだけど、そればっかりというのも張り合いがねー。俺としてももうちょっとレパートリーを増やしたいんだけどねー。
 つか、その前におまえもたまには料理作れ(`□´)。
 具を少し変えてみて、豚のステーキを小切りにしたものと、目玉焼きなんかも入れてみたのだが、「辛い」と評判悪かった。だから自分で作れってば~凸(-~~- )。


 夜、『刑事鬼貫八郎16 死のある風景』。
 ……誰か、ちゃんとした脚本と役者で鮎川哲也を映画化してくれ(T.T)。


 昨15日、マラソンの高橋尚子選手が、アテネ五輪のマラソン代表選考で、落選。
 14日の最終選考レースを回避した時点で、私は「ああ、これは落ちたな」と思っていたので、意外でもなんでもなかったのだが、本人や小出義雄監督、それからマスコミも世間の人々もかなり意外だったらしい。……なんでかねえ。
 高橋選手本人は「自分で決断したことで後悔はない」と言ってるが、これは「決断」じゃなくて、過去の実績を鵜呑みにした「甘え」だろう。でなければ「走れなくて残念」なんてセリフは出てこない。小出監督の「名古屋で走らせていれば」という発言も、「何を今更」である。
 それどころか、今日16日になって、日本陸上競技連盟事務局には、約150件の抗議の電話が殺到したとか。中には「爆弾を仕掛けるぞ」といった過激な内容も目立ち、選考過程の詳しい説明を求めて、1人で3時間以上も続けて抗議してきた例もあったとか。
 こういう既知外が今の高橋選手を支えているのなら、落選してホントによかったんじゃないかと思う。周囲の過剰な期待や、偏執狂的な情熱が、才能のある選手を狂わせ、潰してきたことはこれまでにもいくらでもあったことだ。マイペースを貫いているように見えた高橋選手ですら、「過去の実績」という幻想に踊らされてしまった。ここで少し冷静になって、自分の判断がただの傲慢だったことに気づいてもらったほうがいいし、もしも選ばれた選手たちが芳しい成績を残せなかったとしても、「私が出ていたら」なんて腐れた思いは持ってほしくない。でもどうせ世間の「ファン」と名乗るただのハイエナは、そんなふうに思うのだろう。自分の「応援」が人を「殺す」こともあるという可能性を考えもしないで。
 東京五輪の銅メダリスト、円谷幸吉選手の自殺を、もうみんな忘れてしまってるのだろうか。スポーツ界がクリーンだったことなど一度もない。


 声優の神山卓三氏が、昨15日、敗血症で死去。享年72。
 この人も、声を聞いただけで分る、声優さんの一人だった。『チキチキマシーン猛レース』のケンケンが代表作のように言われているが、声質はもともと飄々とした温かみのあるもので、今風に言えば「和み系」であった。温かみのある声だからこそ、そこにペーソスを感じさせることもできる。言わば日本の喜劇人の伝統を忠実にたどる演技を得意とされていたのだが、そういう演技のできるベテランの声優さんは、これであと富田耕生さんや緒方賢一さんなど、数えるほどしかいなくなってしまった。
 『機動警察パトレイバー』「視聴率90%」で、“顔の出ない”「クマ五郎」の悲哀を声だけで演じていたのが印象深かった。

2003年03月16日(日) 出来ない要求/アニメ『ヨコハマ買いだし紀行』/『ななか6/17+』(八神健)/『オタクのピンクサロン』(筋肉胸毛)ほか
2001年03月16日(金) ワーオ、なんてこったい!/DVD『シックス・センス』ほか


2004年03月15日(月) 飢えてる男ってそんなに多いか?

 あるところで、ある女性に恋を告白されてしまう。まさかいきなり抱きつかれるとは思ってもみなかったので、ちょいと態勢を崩してしまった。
 ……とこれだけ書くと、なんだか艶っぽい話のようであるが、そんなことは全然なくて、私の返事は「そりゃどうもありがとう」で終わりである。相手もこちらがさほど慌てないとみるとニッコリ笑って離れて行ったので、それ以上の進展はない。まあ、長く生きてりゃこういうこともたまにあることである。
 世の中には、女性から「単なる好意よりはちょっと強め」の態度を示されると、過剰に反応してしまって、「コイツ俺に惚れてるな」と有頂天になっちゃう男も多いのだけれど、まず、鏡をじっくり御覧になることをオススメする。女性が木陰からジッとこちらを見つめて届かぬ思いに胸を焦がす、なんてシチュエーションが全くないとは言わないが、その相手は十中八九、あなたではないのだ。
 女性の方だって、「思わせぶり」をするのがよくないんじゃないか、という意見はある。けれど、男のほうがそれを「言い訳」にして、当たり前のように鼻の下を伸ばしてしまうというのは、若いときならばともかく、30、40ともなればただの馬鹿であろう。ところが、実際には、そういう自分というものを知らない自意識過剰な御仁は馬に食わせるほどいるのである。そういうやつらが、いわゆる「不祥事」を起こしてしまい、「私はコレで、会社を辞めました」なんてことになる。私の昔の同僚にも、その「不祥事」をしでかしてしまった人間が何人もいた。……で、辞めなかったやつもいるんだ、コレが。
 「恋愛は自由だ」ってのはそりゃその通りである。たとえばそれが「不倫」のように「背徳」と呼ばれる形のものであったとしても、本人たちがそれを納得ずくでやってるのであれば、文句を付けようなんて気はサラサラない。私ゃ道徳家でもなければ啓蒙家でもないのだ。説教は大嫌いである。
 でもたいていの場合、そういう関係に陥ってしまってる人間たちは、男も女も、先述した「言い訳」のごとく、心のどこかで「逃げ」を打っているのである。誰かに責任転嫁しているのである。潔くないと言うか、根性がないと言うか、覚悟が足りないんじゃないか。いや、覚悟があればやっていい、と言いたいわけでもないが、そうやって自分の卑劣さから眼を背けてるところがこの糞野郎が、とどうしても思ってしまうのである。
 私の場合、女性からコナかけられても全然心が動かないものだから、人によっては「女房に去勢されてるんじゃないか」と揶揄する人もいたりするんだが、脳が梅毒に犯されてるようなやつに言われたかないのである。女房一筋で何が悪い。
 いやまあ、たまに『プレイボーイ』立ち読みするくらいはありますが。でも小林よしのりじゃないが、エロ雑誌の袋綴じを切って見るほどの熱意はさすがにないのだよなあ(~_~;)。


 こないだの「火星に水の痕跡が」ってニュースには、実はあまり興味を惹かれなかったのである。いや、そのニュースが科学的に重要でないというつもりはないんだけれども、お調子者がすぐに「火星にも生命がいたかも!?」と短絡的なこと言い出すのが鬱陶しくてね。水があったって生命が生まれる可能性は限りなく低い。そんなことができるのならとうの昔に人類は水から人工生命を生み出してるんである。地球における生命の誕生が殆ど「奇跡」に近いからこそ、未だに科学と神学の対立だって続いてるのだよ。水と生命を直結させて考える思考は、「迷信」に近く、かえって地道な研究を阻害しかねない。自分が科学的思考の徒であらんとするのならば、今、有頂天になるのは早計に過ぎるというものである。もっとも、火星の成立の謎が解明されるのは、いったい何百年後になるかわかんないんだけどね。だからと言って、夢語りと妄想とを一緒くたにしちゃ、あきまへん。
 それよりももっと「へええ」と驚いていいのは<太陽系「第十惑星」?の発見である。
 カリフォルニア工科大学の研究チームが、冥王星の外側、地球から100億キロの距離に、直径約2000キロの氷と岩でできている天体を発見したというのだけれど、さて、これを「惑星」と認定するかどうかについてはまだまだ議論が生じるとは思うけれど(直径が小さいのと、組成が他惑星と違う)、もし正式に十番惑星だということになれば、科学的な面だけでなく、文化的にも我々の生活に多大な影響を与えることは間違いないからである。
 第一に、もしかしたら『美少女戦士セーラームーン』の新作が作られるかもしれない(それが一番かい!)。
 いやまあ、それは冗談としても、当然、理科の教科書などは来年から全面書き換えになってしまうのである。天体関係の本は全面改訂して旧版は絶版にしなければならなくなるのである。潰れる出版社も出てくるんじゃないか。
 占星術の類を信じてる(か、そこまでではなくとも、結構気にしてしまう)人たちにとっては、生活を左右されることだってありえる。
 SF小説やファンタジー、オカルト本や映画の類は、こぞってこの第十番惑星をネタにして、なにやら神秘的な物語、ゴシップをでっち上げるだろう。さあ、五島勉とあすかあきおとMMRの出番だぞ(^o^)。
 そういった「ブーム」が、商売に利用されないわけがない。この惑星の名前は、暫定的にイヌイット(エスキモー)神話の海の女神にちなんで、「セドナ」と命名されたそうだが、絶対、「セドナ饅頭」とか「セドナ煎餅」とか「セドナ石鹸」とか「セドナの名水」とか、そんなの売り出すやつが出るに決まっているのだ。猫も杓子もセドナセドナセドナ。その鬱陶しさときたら、「火星の水」どころの騒ぎじゃあるまい。
 もっとも以前発見された冥王星外縁の小惑星のときは、殆ど人の口の端には上らなかったから、ちゃんと「惑星」として認定されない限りは、すぐに忘れられてしまうとは思うけどね。
 ……けど、「セドナ」って、日本語にはどう訳せばいいんだろうかね。

2003年03月15日(土) まあ、便出しゃ痩せた気にゃなれるか/映画『タキシード』/『神恭一郎事件簿2』(和田慎二)
2001年03月15日(木) ナニワの謎/『怪盗対名探偵 フランス・ミステリーの歴史』(松村喜雄)ほか


2004年03月14日(日) 事件……かな?

 終日、本を読んだり映画を見たり原稿を書いたり。
 今日はたいして日記に書くこともないかなと思っていたのだが。


 夜、練習から帰ってきたしげと、買い物に出る。ともかく買い置きしておかなければならないのはトイレットペーパーであった。昨日からトイレットペーパーが切れていて、仕方なくポケットティッシュを代用していたので、文字どおり「不便」だったのである(つまんねえシャレだ)。
 晩飯は、最初は何か作ってやろうかと思っていたのだが、考えなおしてドライブスルーでハンバーガーを買うことにした。私は普通のハンバーガーで、しげはテリヤキバーガー。もちろん1個しか食べないし、ポテトもジュースもつけない。ここんとこサラダとかサラダとかサラダしか食ってないので、久しぶりの肉食なのだが、これだけサラダても体重が減らないので、一個くらいはいいかという気になってしまった。明日の体重はどうなってるだろうか。
 料理を作るのをやめたのは、台所がそろそろ腐臭を漂わせ始めているからである(おい)。私にメシを作らせるだけ作らせて、片付けもしないというのは人としてどうかと思うので、ちゃんと相談して台所の片付けはしげの担当と決まったのだが、これまで自分から自主的に働いたためしがない。約束したことをことごとく破っておいていつも大きな顔をしているのだから、全く、人としてどうかと思う。命令されるのがいやで不貞腐れてるのかと思って、できるだけ何も言わないでいるのだが、やはり命令しないと自分から動こうとはしない。病院に通うようになって、少しは家事をするようになってないかと期待はしてるんだけど、処置なしである。
 結局、しげに「いい加減、洗いものしろよ」と命じて台所に追いたてる。この程度ならドメスティック・バイオレンスには当たるまい。
 それでもしげは渋々である。てれんぱれんと(=いい加減)食器を洗い始めたしげだったが、ほどなく「ぎゃあ」と悲鳴が上がった。ゴキブリでも出たかと思っていたら、しげが台所から出て来て、「リストカットしちゃった」と左腕を見せる。確かに手首に横一線、自殺しかけたみたいに赤い筋ができているが、「どうした?」と聞いたら、皿を割ってその破片で切ってしまったのだそうだ。しげは不貞腐れるとなんでも力任せに乱暴な行動を取るので、そういうときはよくモノにぶつかったりしてケガをするのである。自業自得なので全く同情する気になれない。結構深く切っていて痛そうなワリに、「このトシでリストカットしたと思われるのはやだよう」なんて抜けたことをほざいている。「軟膏塗って、絆創膏貼っとけ」と言い捨ててほったらかす。妻がケガしてるのになんて冷たいやつ、なんて言わないように。本人も「ちゃんと日記に書いてね」とか血を流しながら笑って言ってるのである。


 お気に入りの日記を見ていたら、無料の占いサイトが紹介されていたので、いくつか試しにやってみる。以下はその結果。

あなたのロリコン度はこんな感じ!
 あなたのロリコン度は【15%】です。

 ほとんどロリ傾向のないあなたは、ノーマル気質といえるでしょう。
あなた自身が個人的な性癖に悩まされることはほとんどないようです。
しかし、世の中には異常な性癖を楽しみ、苦しみ、悩んでいる人も大勢います。
そういう人を差別しないであげてくださいね。
電車で隣に座った男性が、アニメ顔の美少女に魅入っていたとしても、見なかったフリをして、やり過ごすのが大人というものです。

あなたにぴったりの夢:宝くじで100万円当てる
再起不能度  7%
腐れ根性度  6%
二次元倒錯度  67%
社会現実度  100%

あなたの精神年齢はこんな感じ!
あなたの精神年齢は【43歳】ぐらいで【成熟した虎】レベルです。

あなたは社会において立派な一人前と認められる程度の精神年齢の持ち主です。
もしあなたが35歳未満ならば、かなり精神的に発達しているといえるでしょう。
60歳以上であれば、若々しく、今でも立派な現役だといえそうです。
今のあなたには、物事を熟考して考える力と、また将来のことを見通すだけの予測力が備わっています。
万事、正しい計画をたてて、それを実行する力があるので、あなたの進みたい道へ進んでいくことが出来そうです。
もし失敗したとしても、最小限のリスクで食い止めることができるでしょう。
精神的に成熟しているので、憂いはありませんが、性格が増長したり、親父ギャグを連発したりしないように気をつけることが肝心です。

今のあなたに必要なもの:仕事や専門分野に固まらず、幅広い年齢の文化や流行も理解しましょう
精神的未熟度  27%
精神的自立度  9%
精神的熟考度  100%
精神的悟り度  50%

あなたのセレブレティ度はこんな感じ!
あなたのセレブレティ度は【国内有名人級】です。

あなたは決して生まれ育ちが良かった、とは限らないようです。
しかし生まれ持った類稀な才能、すなわちタレント能力で、みずからセレブの仲間入りを果たしたタイプといえるでしょう。
今あるあなたの地位には、裏づけされた血の滲むような努力や根性が隠されているはずです。
このまま更に努力と精進を重ねていけば、やがてハリウッド進出、ヨーロッパ社交界デビューも夢ではありません。
大きな大志を胸に、はばたいてください。

あなたにぴったりのセレブアイテム:メル友はイチローもしくはナカタ
選ばれし遺伝子度  0%
生まれつきの恵まれ度  23%
本人の容姿・実力度  100%
掃いて捨てるほどいる遺伝子度  51%

あなたのジャイアン度は?
あなたはジャイアン気質とは程遠い、優等生なしずかちゃん気質です。

自分勝手で理不尽な要求を貫くのが【ジャイアニズム】だとしたら、あなたはそれをやんわりと諭すタイプ。
正しいことがなんだか知っていて、人の不正に心を痛めるやさしさを持ち合わせているようです。
誰にたいしても【正当な人物像】を要求するあたりは理想が高めだといえるかも知れませんが、あなた自身、つねに向上心を忘れません。
ただし、長いあいだお風呂に入れないと、気持ちが萎えていきそうです。
また、全然関係ありませんが、初期の頃のしずかちゃんは、現在のしずかちゃんほど可愛くないので、機会があれば、ドラえもん長編映画第一作【のび太の恐竜】を観てみてください。

あなたにぴったりのお友達タイプ:出来杉くん
ジャイアン度  0%
のび太度  39%
ドラえもん度  38%
しずかちゃん度  100%


あなたのおたく度はこんな感じ!
あなたのおたくタイプは【興味本位型】に分類されました。おたく度数は【32%】ぐらいです。

あなたはあまりおたく体質ではない、といえそうです。
どちらかというと一般人なのですが、好奇心が旺盛で、おたく文化、おたくの集まりに興味があるのでしょう。
一度、思いきって「コミケ」に出かけてみたり、同人誌を購入してみたりすると、より明確におたくの生態を知ることが出来そうです。
つかず、離れず、大きな心をもって接すれば、おたくの友達を持つこともできるでしょう。

あなたにぴったりのおたく称号:おたく初心者
二次元妄想度  67%
自己顕示創作度  39%
強迫性知識欲望度  40%
客観的冷静度  100%


あなたの鋼の錬金術師キャラクターはこんな感じ!
あなたは【イズミ・カーティス】タイプです。

精神と肉体、両方の強さを兼ね備えているあなた。
物事の真理を漠然と理解しながらも、大きな流れに逆らわないあなたは、『鋼の錬金術師』のキャラでいうならば【エドとアルの師匠・イズミ・カーティス】がぴったりです。
一見、自分にも他人にも、非常に厳しいように思われがちですが、その心のなかには深い愛情と優しさが眠っているのでしょう。
そんなあなたの本心を理解してくれる人が、きっとあなたのまわりにいるはずです。
ときに過激な行動をとって、まわりの人たちに驚かれることがあるかも知れませんが、そんな一面があなたの非凡な個性となっているのでしょう。

あなたの運勢向上アイテム:ブレイズヘア
天賦の才能  100%
野心  68%
忠誠心  100%
人情  71%


 誉められてるんだか貶されてるんだかわからんな(^_^;)。
 興味のある方は以下のサイトをどうぞ。

 GOISUNET(無料占い&心理テスト)

2003年03月14日(金) 夫の威厳なし!(T∇T)/『なるたる』10巻(鬼頭莫宏)/『機動戦士ガンダム Ecole du Ciel』1巻(美樹本晴彦)
2001年03月14日(水) さて、勝ったのはどっち?/『HUNTER×HUNTER』11巻(冨樫義博)ほか


2004年03月13日(土) チケット取れました。

 シティボーイズミックス PRESENTS「だめな人の前をメザシを持って移動中」のチケット予約の開始日。プレオーダーの抽選には外れてしまっていたので、今日は朝から電話番。これが毎年全然通じなくて、ヘタをすると6時間、7時間と電話をリダイヤルし続けなくてはならないという苛酷なもの。大袈裟な言い方だと思うかもしれないが、その間ずっと立ちっぱなしなので、確実に腰に来ちゃうのである。風呂と寝床を行ったり来たりするハメになるのがオチだ。
 今年もその覚悟はしていて、10時からずっと電話をかけっぱなし。もちろん何度かけても事務所のアートスフィアには不通。こりゃ、今年も夕方まではダメかも、と溜め息をついて、もう何十回取ったか分からない受話器を置いた途端に、電話が鳴った。耳に飛び込んできたのはしげの声。
 「取れたよ! チケット!」
 しげはしげで、ローソンまで出張っていって、ロッピとかいう端末機でチケットが取れないかどうか、挑戦していたのである。「S席は完売だったけどいい?」
 時計を見ると、発売開始後40分である。それでもうS席は完売か。中年どころか老年にさしかかってるコメディアンの舞台だってのに、なんという人気。もちろんお客が入らない限り、公演は続けられないのだから、人気があるのは嬉しいのだが、そのワリにシティボーイズの世間的な認知度は未だに低いのである。テレビじゃ3人揃って出ること少ないからなあ。舞台中継をテレビでやってくれたらいいのだけれど、有料放送のWOWOWですら、内容がヤバ過ぎてカットされまくり(まあ、人権やら著作権やらに引っかかっちゃうのである)の舞台なもので、その面白さは結局、ナマで見てもらうしかないのだ。……とファンはみんなそう思っているから、これだけチケットが取りにくいのだよなあ。全く、アチラ立てればなんとやらの世界である。
 帰宅したしげ、すっかり有頂天。玄関先で踊っている。「一年で一番嬉しいかも」とか言ってるがまだ芝居を実際に見に行ったわけじゃないので、気が早すぎるのである。


 今日は知り合いの宴会が昼日中からある予定で、チケットが取れなかったら行くのやめようかと思っていたのだが、運よく取れたので出席することにする。糖尿が悪化してからは、仕事関係の宴会にすら参加してなかったのだが、義理がある人が出られるので、断り難くはあったのである。実際に顔を出してみると、酒癖悪いやつらも結構いたので、ちょっとツラかったのだが。日本人の酒の飲み方のヘタさ加減は、もうどうしようもないところまで来てることは何度となく実感しているのだが(またそれがいいのだと勘違いしてる野猿が腐るほどいるのが全く迷惑極まりないことである)、こういう酒に呑まれる国民性が一般化してるクニが国際化なんて考えちゃいかんよなあと思うのである。

 宴会の流れで客が一人、うちに遊びに来る。いきなりだったので、部屋は相変わらずとっちらかっていたのだが、まあ若いわりにはかなりオタなやつだったので、問題なかろう。堂高しげるの『全日本妹選手権』6巻を読みながら、たいていのネタの意味がわかってたようだから、もう人として引き返せないところまで行っちゃってるのである。
 「宝の山や〜!」とか叫んでたけど、山を掘りおこしていったら、たまにとんでもないものが出てくるところは確かにそうかもしれない。もっとも、とんでもないとは言っても、某俳優さんのコレクションのように、「盗品」は一切ないので誤解なきように。

 客は三時間くらい居座ってマンガを読んだりして帰る。
 しげ、ずっと寝室に引っ込んでいたのだが、時計はもう8時を回っていて、すっかり腹を減らしてブスくれていた。「オタな男ってアレだからモテないんだよ!」と、相手がモテてるかモテてないか分かりもしないのに勝手に決めつけて八つ当たりしている。確かにモテモテのオタクなんてのに会ったことはないが、みんな報われないと知りつつもそれなりに努力はしているのである。あるはずのない未来にも希望を捨てない人間に対して、背中から鞭打つようなことを言うのはあまりに酷薄な仕打ちとは言えまいか。オタクなんてのは外見はクマかトラかイノシシかってのが相場だが、ココロは傷つきやすいウサギちゃんばかりなんだから、もう少し、憐憫の情を持ってあげてほしいものなのである。ウザくてイタいオタクばかりゴマンと見てきているので、しげのオタク嫌いにとみに拍車がかかってきているのも無理からぬところではあるのだが、オタクに性格改善を求めるのは彼らの人生の唯一の生きがいを奪うに等しいことなので、少しは手加減してあげてほしいのである。
 「何でアンタにはオタクばっかそんなに寄って来るの?」とか言われて、こちらにまでトバッチリが来てしまったのだが、こんな言い方をするところを見ると、しげは私のことをオタクとは思っていないようである。私自身も、自分がオタクと言えるほどの知見はないと思っているので、それはそれで構わないのだけれど、人からはやたらオタクだオタクだと決めつけられてきたことを思うと、不思議なことではある。
 しげの機嫌を取って、カレーうどんを作ってやる。よっぽど腹をすかせていたらしく、ふた玉分をペロリと平らげる。うどんも先週までにかなり大量に買いこんでいたのだが、しげの食べるペースが早いので、そろそろ底を尽きかけている。トイレットペーパーやらなにやら、こまごまとしたものも切れていたので、買い物に行きたくはあったのだが、宴会疲れで外出する元気が私にもなかった。そのあとネットも開けずに就寝。


 フジテレビの昼の帯ドラマ『牡丹と薔薇』(「ボタバラ」と略するのが「通」らしい。主婦もジャーゴンを使うのだなあ)が、4月23日午後9時から、2時間のスペシャル総集編として放送されることが決定。『真珠夫人』以来の帯ドラゴールデン枠進出ということで、これでDVD化も決定したようなものだろう。でもどうせまたボックスなんだろうなあ。半額セールになるのを待つかなあ。
 けれどこれで世のお父さん学生さんも、あの超絶破天荒なドラマを心行くまで楽しめるようになるのだ。アレはあらゆる意味で凄いから、ぜひ見ましょう。解説には「不倫、略奪愛、復讐、誘拐、自殺、偽装妊娠、愛人契約、偶然の再会、出生の秘密、執拗ないじめ、燃えさかる嫉妬心……と、もう何でもアリの展開」とある。これが誇大広告じゃないどころか、「まだまだこんなもんじゃない」からねえ。初めて見たとき、私も呆気に取られたから、みなさんもそうなってください(^_^;)。

2003年03月13日(木) スターと役者のはざまで/『田口ランディ その「盗作=万引き」の研究』(大月隆寛編)
2002年03月13日(水) 「かろのうろん」ってわかる?/『博多学』(岩中祥史)ほか……“NEW”!
2001年03月13日(火) 少女しか愛せない/『NOVEL21 少女の空間』(小林泰三ほか)ほか


2004年03月12日(金) だに゛を゛しゃべっでんだが、わがんね゙。

 しげ、昨日から具合悪し。
 鼻をズルズルと鳴らしてるところを見ると、なんだか風邪っぽいが、「はな゛み゛どぅか゜どま゛らな゛い〜」と何やらわけの分らない言葉を呟いているので、多分、宇宙人か小人さんに脳を乗っ取られているのであろう。
 職場に、わざわざ鼻にティッシュを摘めてる写真をメールで送って来たので、同僚に見せたら、思いっきり受けた。普通、女房の写真を人に見せるというのはノロケの場合が圧倒的に多いだろうが、ウチの場合はたいていがウケ狙いである。だってラブラブな写真なんてウチには殆どないし。プリクラだって殆ど撮ったことがない。もしかしたら二人でツーショットの写真って、数枚しかないんじゃないか。

 仕事がハネて、しげと待ち合わせ。しげの鼻声、ますます悪化しているが、今日は姉の店に寄って散髪するように言われていたので、どうしても車で送ってもらわないといけない。公共の交通機関だと、閉店までに間に合わないので、病人だろうと容赦してられないのである。
 しげも店の入口のところまで一緒に来ていたのだが、熱発してきたのか、あふあふ言い出していたので、一足先に帰らせた。
 父が、「来とったんなら、顔くらい見せればよかとに」と口をすぼめていたが、さすがに歩く恥知らずのしげでも、鼻にティッシュ突っ込んだ顔をナマで見せる勇気はなかろう。父、見舞いとホワイトデーのお返しを兼ねて、ワインをくれた。しかも5本。しげを飲んだくれか何かと勘違いしてないか。人と一緒のときならともかく、しげは家では一切酒を飲まないし、そのことは父に何度も教えてるんだが。

 博多駅を回って、紀伊國屋で本を物色。
 晩飯は吉野家の豚丼(並)、250円。メチャ安。
 期間限定の低価格で、牛丼が出せないための客離れを防ごうということなんだろうが、その戦略が図に当たったか、待ちが出るほどの盛況ぶりである。
 ……それにしてもいいトシしたサラリーマンの客がやたらと多いけど、ウチに帰って家族で食事するってことはないのかね。それともみんな単身赴任か独身なのか? まあ、家族がいるにしろいないにしろ。何か「事情」がありそうで、なんだかうらがなしくなってくる。で、並だけ頼むってことしないで、必ず「卵」とか「味噌汁」とか、一品余計に付ける人ばかりなのである。少しでも贅沢を、という気持ちなんだろうが、かえっていじましく見えてしまう。安いから食べるんだろう? 並だけでいいじゃん、スキっと行こうよ……。と、心の中だけで呟く。


 帰宅は8時過ぎ。買ってきたDVD『悪霊島』などを見る。これもいろいろと不満の多い映画だけれど、今見ると出演者がやたら死んでるのに驚く。しかも古尾谷雅人に伊丹十三は自殺だ。まさしく悪霊に憑かれた映画だったんかな。この映画の何が怖いって、一番怖いのはお下げ髪の岩下志麻であろう(^o^)。加賀丈史の金田一耕助は、慣れればそう悪くはなかったと思う。横溝正史が『女の墓を洗え』を完成させてれば、その映画でも加賀丈史が金田一を演じてたかもなあ。


 テレビの新作、4月3日放映の3時間ドラマ、『犬神家の一族 〜誰も知らない金田一耕助〜』で20代目の金田一耕助を演じるのはSMAPの稲垣吾郎だとか。まあ地味目の顔だから、金田一に似合わないこともないか。これで稲垣吾郎は、明智小五郎、金田一耕助の二大名探偵を演じることになったことになる。既に次作『八つ墓村』の撮影にもかかっているそうだが、そろそろ『白と黒』を映像化してもいいんじゃないかなあ。

2003年03月12日(水) ケダモノに振り回されてる話/映画『美女と液体人間』『大怪獣バラン』
2002年03月12日(火) 「思春期」という名の汚泥/『サブカルチャー反戦論』(大塚英志)ほか……“NEW”!
2001年03月12日(月) 伏字な話/ドラマ『D』episode1 ほか


2004年03月11日(木) 多分今日の血糖値は馬鹿上がりだろう(T.T)。

 夕べ、しげに洗濯物を干しとくように言っといたのに、今朝洗面所を覗いてみたら、ほったらかしたままである。いつもしげは「干し方がわからん」とか言い訳ばかりして家事から逃げ回ってばかりいるので、昨日はまるで小学生相手に教えるように、具体的にどんなふうに干したらいいのか、実際にやってみせたのである。……冗談ではなく、私はしげに、「シャツとか干すときにはな、物干しにこうやって、袖を通して干すんだ」というように、バカ丁寧に教えているのである。そんなことまで教えないといけないのか、いくらなんでも自分の女房をバカ扱いしすぎてないかと驚かれる方もおられようが、ここまで丁寧に教えてもできないのがしげなのである。パートの仕事とか、金になることならするのだが、家事などはお金にならないので、自分の仕事と認識しようとしない。だから仕方なく、一日に何か家事をしたら日銭を渡すようにしていたのだが、それも段々サボるようになってきた。洗濯ばかりでなく、掃除も片付けも、何一つしたがらない。もちろん、それじゃ生活自体が成り立っていかないから、どんなにいやでも、少しくらいはやってもらわなければ困る。だからわざわざ、洗濯物の干し方まで、バカバカしいと思いながらも教えてきたのだ。けれど、もう何百回も教えているのに、一度もきちんとしたためしがない。
 どうしてそんな普通のことをしようとないの? と疑問を持たれる方もいらっしゃると思うが、私だってわけがわからない。それどころかこのことを一番疑問に思っているのは、しげ自身なのである。
 昨日も「洗濯したか?」と聞いたら、「ちゃんと干した」と言っていたので、またウソついてるんじゃないかと思って、洗面所に行ったら、やっぱり干してなかった。怒って「なんでウソつくんだよ!」と怒鳴ったら「ちゃんと干したのに!」と、自分は絶対ウソはついていない、と言い張る。それで、実際に洗濯機の前にしげを連れていって、洗濯物が入れっぱなしで干されていない様子を見せたのだが、しげは狐につままれたような顔になってしまった。「干したはずなのに!」。けれど、いくらしげが「干した」と言い張ったところで、現にやってないのは事実だから、反論できるはずはないのである。私はもう一度「やりなおせ!」と言って、居間に戻ったのだが、30秒もしないうちにしげも洗面所から出て来た。「洗濯は!? 今しがた『やれ』って言っただろ!?」と怒ったら、堂々と「だから干したよ!」と言った。……30秒で干し終えられるわけはないので、これは明らかにウソである。思わず「ふざけるな! なんでそんな見え透いたウソつくんだよ!」とまた怒鳴ると、しげも「だってホントに干したんだもん!」と涙声で怒鳴るのである。ウソをつく気なら、こんなすぐにバレるようなウソはつかない。しげは、“本気で”干したつもりになっているのだ。恐らく、起きたまま、「洗濯物を干した」夢を見ているのだ。しげはすっかり夢と現実の区別がつかなくなっているのである。「じゃあ、俺が見に行って、また干してなかったらどうする?」と聞いたのだが、しげは渋面を作って、「じゃあ、俺がウソツキでいいよ!」と開き直った。いいよも何も、実際にウソだと分ってるのを確かめる私の方がツライのだ。けれど、確かめないわけにもいかないので、また洗面所に行った。さっきから洗面所を行ったり来たりだ。もう書くのもいやなのだが、やっぱりというか案の定、洗濯物は干してなかった。ここまでしげの白昼夢に付き合わされると、私の頭の方がどうにかなってしまう。仕事疲れも溜まっていたので、「明日までに干してなかったらもうお前に給料渡さないからな!」と言いおいて、夕べは布団に潜りこんだ。
 朝になって祈るような気持ちで恐る恐る洗面所を覗いてみると、やっぱり洗濯物は干されてなかったのだった。いったい何回同じことを繰り返させられるのか。またしげを洗面所に連れていって確認させたのだが、しげは自分が干していたはずのものが干されてなくて、パニックを起こしてしまった。「なんで? ちゃんとやったのに!」
 「やったつもりになってるだけだって、いつも言ってるだろ!? だから『ちゃんとやった!』って言い張るんじゃなくて、注意されたら『もしかしたらやってないかもしれれない』って、自分を疑えって言ってるだろ!?」
 でもしげは、そう言われたこともしょっちゅう忘れているので、やっぱり同じ口答えを繰り返すことになるのだ。健忘症だけなら、単に「物忘れがひどい」程度ですむのだが、しげの場合、これに幻視幻聴が絡んでくるから始末に悪い。やってもいないことをやったと思いこみ、自分のしでかした失敗はケロリと忘れるのである。このしげの健忘症と幻視幻聴が何とか治らないものかと思って、神経科にももう3ヶ月以上、通わせてるんだけど、どうも効果はあまり上がっていないようだ。薬を飲んでもすぐに効果が出るものではないと聞いてはいたけれど、それにしても効果が薄い気がして仕方がない。ああ、せめて口答えする癖だけでも治ってくれないものか。でないと、ストレスでまたからだが悪くなってしまいそうなのだ。……神さまはいないね(T.T)。


 夜、ドラマ『エースをねらえ!』最終回。
 しょぼいテニスシーンを見てると、映画『ピンポン』はCG作画であろうが名作だったのだなあとしみじみ感じちゃうのだけれど、下見て比較しちゃいかんか。でも、思ってたよりは原作に忠実な作りになってたんで、まあこれはこれでヨシってとこにしとこうよ。誰に向かって言ってるのやら(~_~;)。


 これはもう、戦後最大のニュースと言っていいと思うのだが(^o^)、NHK『みんなのうた』が、DVD全12巻になってついに発売決定! あああ、何という朗報、何という快挙! 欣喜雀躍、呵呵大笑、これまで数々の名作ドラマ、子供番組を「ビデオ代がもったいないから」というクソバカかつケチくさい理由で廃棄して顧みなかったNHKのことだから、こんなもんが出る日が来ようとは思ってもみなかったのだが、もうこれは踊るしかないね! ヘ(^m^ヘ)(ノ^m^)ノヘ(^m^ヘ)(ノ^m^)ノ ヒゲダンス♪
 放送開始の1961年から2002年までにかけて放送されたものの中から、全169曲を厳選し、既にNHKには保存されていない映像も(これだからNHKは自分とこの文化をないがしろにしているというのだ)、多くのアニメーターに協力を要請して集めたという。まあ、私がなんでこんなに興奮してるかは、この『みんなの歌』に携わってきたアニメーター、イラストレーターの面々の名前を“ほんのちょっと”紹介するだけで納得していただけるだろう。
 和田誠、久里洋二、中原収一、藤城清治、真鍋博、やなせたかし、谷内六郎、横山隆一、横尾忠則、柳原良平、亀井武彦、小薗江圭子、東君平、川本喜八郎、長新太、佃公彦、古川タク、月岡貞夫、水森亜土、大井文雄、吉良敬三、花之内雅吉、堀口忠彦、毛利厚、福島治、岡本忠成、りん・たろう、田中ケイコ、林静一、ひこねのりお、若井丈児、矢口高雄、南家こうじ、加藤晃、ほんだゆきお、鈴木康彦、倉橋達治、芝山努、金海由美子、葉祥明、こはなわためお、小林まこと、西内としお、前田昭、西村緋祿司、葛岡博、鈴木欽一郎、水木しげる……。
 これだけの作家たちの絶品アニメを堪能できるのである(歌手についても触れたいところだがますますキリがなくなるので省略)。しかも褪色してしまった古い映像は、新たにデジタル彩色を施して極力当時の色に復元したり、ノイズ除去ソフトを使用して音も修復して、音と絵のタイミングも、ズレが出ないよう微調整を行うなど、現状で出来るかぎりのクリアな画質・音質を実現させたとのこと。もちろんブックレットも完備。
 ああ、なんというオタク仕様! クソNHKめ、オタクなら絶対買うと踏んでやがるな。つか、これ買わないアニメオタクはオタクの看板降ろした方がいいぞ。私はオタクじゃないから悩むけど。4月23日の発売だけれど、一般発売はなくって、通販のみだそうな。気になる価格は40,320(税込)を予定。……えーと、誰か私にプレゼントしてあげようという奇特な方はいらっしゃいませんか(--;)。


 まあカネがかかるということでは夏発売予定の『ピンク・パンサー』DVDボックスという大物も控えているのである。でも、実質傑作なのはシリーズ中でもせいぜい二、三本なんだけど、やっぱり買わないわけにはいかないよなあ(ーー;)。
 これまでずっとDVD化されてなかったのに、いきなりボックス発売ってのは唐突な気もするけど、これは多分、リメイク新作の宣伝にひと役買ってもらおうという戦略なのだろう。
 それにしても新作『ピンク・パンサー』、キャストだけはスティーブ・マーティン、ジャッキー・チェン、ジャン・レノ、ビヨンセと発表されていて、すげえ超豪華なのだけれど、一向に製作に入ったという話を聞かない。ちゃんと完成するんだろうか。


 その他の映画製作開始の情報、有名どころでは『ホビットの冒険』(もちろんピーター・ジャクソン監督だけれど、今『キング・コング』にとりかかっているから、早くとも数年先になるようだ)、C.S.ルイスの『ナルニア国ものがたり』(監督は『シュレック』のアンドリュー・アダムソン。ディズニー製作ってのが不安要素だけれど)、エドガー・ライス・バローズの『火星のプリンセス』(監督は『スパイキッズ』『レジェンド・オブ・メキシコ/デスペラード』のロバート・ロドリゲス。何だか可もなく不可もなくって感じになりそうな)。どれもこれも「いかにもシリーズ化考えてます」って感じの企画なのがいじましい。『2300年未来の旅』のリメイクってのもあるな。なんかこれも「今更」感強し。
 どれもこれもタイトルだけは昔馴染みなものばかりで、一応、惹かれはするんだけれど、どうせコケオドシのCG映画にしかならないんじゃないかって気がして、なんだか見る前から気持ちが萎えちゃってるんである。どうせプロデューサーとかは、CG映像を多用すれば宣伝になって、きっと映画も売れるだろうって安易な発想でいるに違いない。でも、センスがなきゃ『マトリックス』シリーズの二の舞になっちゃうのは目に見えてるんだけどなあ。「無意味なところにまでCGを使っている」っていうシーンが増えすぎて、「また同じことを繰り返して」と食傷してる人は多いと思うんである。観客離れを憂える人がたくさんいるわりには、物語に絡むわけでもないCG映像をむやみやたらと作り続けてきた映画人の功罪は大きいと思うんである。

2003年03月11日(火) 本気のしげ/『イリヤッド 入谷堂見聞録』2巻(東周斎雅楽・魚戸おさむ)
2002年03月11日(月) また一人のスケープ・ゴート/『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(鯨統一郎)ほか……“NEW”!
2001年03月11日(日) 多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか


2004年03月10日(水) 昨日はずっと寝てました。

 仕事バカ忙し。
 帰宅して、横になったら、そのまま眠りこけてしまったので、今日はホントに何にも書くことなし。いつもネタを提供してくれるしげとも、殆ど会話してない。テレビも全く見てないのである。
 おかげでもう2週間も『トリビアの泉』を見ていないが、そろそろ単行本の売れ行きも落ちて次巻が出なくなるかもしれないから、ちょいと見逃さないようにしとかないといけないかな。いや、熱心に見なきゃならん番組ではないのだが。
 ネタはないが、今日のニュースはヘンなのばっかであった。


 アメリカのBSE騒動を受けて、牛メシの販売を中止していた「松家」が、国産牛やオーストラリア牛の肉を使って、牛メシの販売を一ヶ月の限定販売とか。ウチの近所、「吉野家」と「すき家」はあっても「松家」はないのであまり関係がない。
 もっとも再開したこたしたばってん、通常の値段より100円ほど高いということなので、だったら牛肉買ってきて自分で牛丼作った方が安くつくんじゃないかって気がするが。牛丼屋って、安い以外に価値ないじゃん。
 しかし「パンが食えなきゃお菓子を」のたとえじゃないけど、「肉も野菜も米も」食えない状況が出てきたらどうするんだろう。なんかむりやり難癖つけて食えないようにしてる面、ありゃしないか。少なくとも鳥インフルエンザに関してはちょっと過剰報道じゃないかと思うんだけど。


 1997年の神戸連続児童殺傷事件の犯人、酒鬼薔薇聖斗が仮退院。本名を明かすわけにはいかないからメディアは仕方なく、「加害元少年」という言い方をしてるんだけど、こういったどうでもいいように見える苦労に、実は事件の複雑さが象徴されてはいるのである。実際もうハタチ過ぎたオトナになってるってのに、まだ名前明かしちゃイカンというのはどういうことなの。ハタチを一日でも過ぎてたら、犯罪の軽重を問わずにメディアは名前を出してるってのにね。未成年のときにやったことなら、たとえ爺さんになっても人権保護してもらえるってんなら、若いころに悪いことやってたほうがトクって発想になりゃせんか。
 それに「社会の中で贖罪を」というのなら、受け入れる側だって相応の覚悟をしなきゃならない。「名前も住まいも隠す」という態度にその覚悟があるようには思えないんだけどねえ。「だってそういうアブナイ人がウチの町にいることが世間にバレると評判落ちるし」とか考えてるんだったら、受け入れること自体、やめなよな(--;)。
 小泉首相が「複雑な気持ちですね。被害者のご家族、やりきれないでしょうね」と見事に他人事なコメント。……なんだか「覚悟」なんて言葉を口にすること自体、アナクロなんかなあって気になってくるんである。


 日露戦争時に使われていた手榴弾と砲弾が団地の共同ゴミ捨て場に捨てられてたというニュース。火薬は入ってなくて爆発の危険はなかったそうなのだが、まあ、落ちてて「なーんだ、パイナップルか」と見過ごせるものでもない程度には危機意識が日本人にもあったと解釈すべきか、錆びた爆弾にそこまで大騒ぎするかというべきか。
 捨てたのは80過ぎの爺さんで、親から記念に受け継いでたものだそうな。大事に取っとけよ、そういうものなら。捨てたのは奥さんだそうだから、勝手にやったことかもしれないけど、爺さん婆さんがトシ食った分だけ常識に長けてるかっていうと、そんなことはないという好例であったね。

2003年03月10日(月) 春天来呀、快天来……字が出ねえや/CD『烏龍歌集 chai[チャイ] 』/『虎よ、虎よ!』(アルフレッド・ベスター)
2002年03月10日(日) 象さんパンツの波紋/アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄の条件」ほか……“NEW”!
2001年03月10日(土) きのこを手に入れました/アニメ『青山剛昌短編集』


2004年03月09日(火) 怒涛の買い物

 『キネマ旬報』3月下旬号、押井守インタビュー。
 当然話題は『イノセンス』についてなのだが、脚本執筆に要した時間がわずか2週間だそうな。羨ましいくらいの速筆だなあ。それでいてあれだけの密度のものが書けるんだから、全くあの人の頭の中はどうなっているのやら。単なる衒学趣味ではなくて、言葉が有機的に呼応しあってるから凄いんである。知識があってもそれが散発的だと、物語に訴求力が生まれない。そこが押さえられてるのが押井さんなんであって、追随者の『マトリックス』シリーズが恥ずかしい出来にしかならなかったのは、所詮、ウォシャウスキー兄弟にはオリジナルを表層的になぞることしかできないからである。でも表層的だからこそヒットするってのはあるんだけどね。ホントにもう、モノを考えるのイヤって人間、腐るほど増えちゃってるから。押井さんの考える「人間が生きる根拠とは何なのだろうか」なんてテーマは、重過ぎて受けないのである。……あの映画見てる間、ただただ沈黙してギャグシーンにすら何の反応もせずに画面を見てる観客が、人形の群れと重なって見えてしょうがなかったんだけど、現代人には、生きてく上で「心」の存在が邪魔になってるんじゃないかとすら思えるのである。
 も一つ、押井さんの言葉から。
 「頭の中で作っただけの巨大都市といったものは『鉄腕アトム』にしかならないんですよ。実写以上に、必要なディテールを現実の世界から拾い集めてくるということが絶対に必要なわけです」
 『アトム』の小中和哉監督、これ聞いたらどう思うかな。
 北川れい子の『イノセンス』批評はやっぱり的外れ。「人形のエロスが描かれていない」って、そんなん描くのがあれの目的じゃないでしょうが。それに多分この人、エロスとエロを混同してるよな。


 今日は鴉丸嬢の話である。
 最近まで全然知らなかったのだが、彼女の家にはDVDを再生する機械が全くないのであった。確か以前、『吸血鬼ハンターD』のDVDを買ってたし、私に『BSマンガ夜話』の録画を頼んだりしてたから、てっきりプレステ2か何か、再生機器を持ってるんだろうとばかり思いこんでいた。ところがそういうのは全部其ノ他君の家で見せてもらってたそうなんである。
 これまでにも鴉丸嬢には、ホームページにたくさんイラストを描いてもらってるのだが、私も鴉丸嬢の絵のファンであるので、もっともっと彼女の絵が見たい。もっとも彼女の描く絵はたいていがエロなので(#^_^#)、そのまんまホームページに載っけるわけにはいかない。新たにお子サマが見ても安心な絵を描いてもらえないかと思って、以前、「Mystery映画館」のコーナーにもイラスト付けちゃもらえないかと頼んでいた。そのためには私の持ってるDVDを片っ端から見てもらわなきゃならないわけだが、それが再生機器がないとなると、ことは簡単には運ばない。いちいち私の家に来てもらうわけにもいかないし、DVDをテープにダビングするのは違法である(そのへん、私はきちんとしてるんである)。よい解決法がないかと随分考えていたのだが、ふと、「なんだ、プレステ2、プレゼントすればいいんじゃん」ということに気が付いた。もちろんタダではなく、その代価分、イラストを描いてもらうのである(これまでもちゃんと一枚いくらで原稿料を払ってるのだ)。
 で、しげを通して、「プレステ2ほしい?」と鴉丸穣に連絡を取ってもらったのが昨日のこと。で、仕事がハネて、しげに首尾を聞いたら、「ゲームしないから、プレステ2は要らないって」との返事。ガックリ、とまではいかないが、少し拍子抜けしてしまった。いいアイデアだと思ったのになあ、と肩を落としていたら、しげが重ねてこう言った。
 「プレステよりパソコンのほうがいいじゃん。絵描きさんなんだから。今からパソコン買いに行くよ」
 ……買いに行くって……おい。
 で、それから数時間の記憶が私にはないのだが、ハッと気が付いたら私はimacを抱いて、鴉丸嬢の家の前に立っていたのだった。
 ここはどこ? と思う間もない。しげは私をせかしてimacを鴉丸嬢の部屋まで運ばせる。鴉丸穣も目を丸くしている。まさかホントに買ってくるとは、といった顔だ。
 しげ、「型落ちしてるけど安かったから買ってきたよ」と平然としている。こう、と決めたときのしげの行動力(つーか、ムチャ)にはこれまでにもたびたび驚かされてはいたが、今回のは一際図抜けている。気がついたら私の財布から諭吉っつぁんがキレイサッパリ消えているのである。それを惜しむものではないが、せいぜい数枚イラスト描いてもらえりゃいいやと思っていたのが、これでは鴉丸嬢、数十枚もイラストを描き続けねばならない。大丈夫か。とりあえず「『D』が見れた!」と喜んでいただけたのはあり難かったのだが。

 鴉丸嬢のご両親とついつい話しこんでしまったので(中身は殆どご父君の娘誉めである)、帰宅は11時。てなわけですぐ寝ちゃったので日記のアップがこんな早朝になったのである。でも週遅れになるほどじゃないのでお許し頂きたいのである。

2003年03月09日(日) 誰が痩せるって?/映画『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』/DVD『Manie-Manie 迷宮物語』ほか
2002年03月09日(土) 肉ウドンにすればよかったのか?/『南高裏生徒会』(日下部拓海)/『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(倉田真由美) …“NEW”!
2001年03月09日(金) ふうふのしんしつ/『掌の中の小鳥』(加納朋子)ほか


2004年03月08日(月) コンテンツに力入れてるんで日記の中身は薄いです。

 しげがヘンな夢を見た。
 行き付けの本屋に行って、少女マンガのコーナーを探してみたのだが、なぜかマンガは一冊もなく、あるのは「○○○○全集」といった全集ばかり。本もDVDもCDも売ってるのだが、全部全集である。宮澤賢治全集、黒澤明全集、宮崎駿全集。箱にはいちいち「売り切れ」とか紙が貼ってあるが、なぜか全集のくせにおまけのフィギュアなんかが付いていて、本体は売れてるけど、おまけは売れ残ってたりしているのである。
 で、宮崎駿の売れ残ってたおまけってのが、なんと『ハウルの動く城』のジオラマなのである。お、おまけのほうが豪華じゃん!
 話を聞いた私が「いいなあ、それ」と言ったら、しげ、「じゃあ、見に行く?」と聞いてきた。だからそれ夢だろうが。


 しげから聞いた其ノ他君の話。
 練習が終わったあと、某コンビニに立ち寄った其ノ他君、そこに葉巻がズラリと並んでるのを見て感動したのだそうだ。確かに、コンビニで葉巻を売るってのは珍しい。思わず店長さんに葉巻のことを聞いてみたら、そこの店長さんの趣味で入れていたものらしく、「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに「葉巻ウンチク」を語り始めたとか。
 普通は他人のウンチクなんぞ聞いちゃいられないもんだと思うのだが、其ノ他君、店長さんと意気投合して、すっかり話しこんだ末、葉巻をプレゼントしてもらったそうである。
 ……なんか、「立喰師」みたいなことやってるなあ(^_^;)。
 いやまあ、私も昔、中山晋平記念館で舌先三寸、館長さんの機嫌をよくして、秘蔵の松井須磨子の肉声テープ聞かせてもらったことあったけど。「小股潜り」と呼んでください(^o^)。


 晩飯に久しぶりに焼肉の「さかい」に行く。もちろん肉はしげばかり食わせているのだが、例の肉騒動のせいで牛肉が全くない。豚のステーキ、豚のロース、豚のカルビである。まあ豚もキライじゃないけど。専らサラダと焼き野菜ばかり食ってたから、多分体重はそんなに増えちゃいないだろう。増えないでいてくれたらなあ。


 帰宅してみると、録画をしかけておいた小津安二郎の『非常線の女』が中止になって、国会中継が延々と録画されている。あああ、DVD−R、一枚無駄にしちまったい(T∇T)。
 しげは昼間いきなり国会中継が録画され出したのでびっくりしたそうである。じゃあ、止めてくれよ。
 夜、『乱歩R』「怪人二十面相」前編。どうせDVD買うから、感想は今は書かない。でも二十面相の正体ってやっぱりあの人なんだろうなあ。オープニングにも暗示されてるし。


 鳥インフルエンザ事件の浅田農産、会長さん夫婦が責任感じて首吊り自殺。死んじゃった人に追い討ちをかけるようなことを言うのも何なんだが、無意味だよなあ。苦しんだら苦しんだだけ、やんなきゃなんないこともあったと思うんだけど。奥さんまで一緒ってのもねえ。あとに残された人のほうがもっとツライだろうに。

2003年03月08日(土) 急ぐぞ急ぐぞ/舞台『黄金の壷』/『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』(藤子・F・不二雄・岸間信明・岡田康則)
2002年03月08日(金) ○○○○が長いのね♪/『笑うクスリ指』(唐沢俊一)/『ぶたぶたの休日』(矢崎在美)ほか …“NEW”!
2001年03月08日(木) ゴジラ対バラゴン。……地味だ(-_-;)/『Heaven』2巻(佐々木倫子)ほか


2004年03月07日(日) 短くてきたない話。読まなくていいからね。

 まる4日ぶりに便通。長かったなあ。
 えい、腹が突っ張って(c.つげ義春。意味が違うか)。
 ようやく気分がよくなったはいいものの、そのせいなのか、ヘンな夢を見た。電車の中でうんこをもらしてしまう夢である。本当は私はスーパーマンなので、飛んで行けばトイレに間に合うのだが、正体を明かすわけにはいかないので仕方なく電車内で座ったまま腰をずらし、ケツだけ出して床にうんこを落とすのである。……四十も過ぎてなんちゅー夢を見てんでしょうかね。


 ホームページの原稿のほかにも、仕事上でレポートをまとめねばならなかったので、まる一日それに取りかかり。まあ、朝のアニメはちゃんと見ましたが。ただ、外に運動に出る時間はなかった。しょうがないので風呂に何度も漬かって汗だけ流す。でもやっぱり体重はなかなか減らないし体脂肪も落ちないのである。便秘になるくらいだからたいして食っちゃいないってのに。
 しかし毎日のように本の感想や映画評を書いてるつもりなのに、中身はまだスカスカなのである。「あいうえお〜わ」と項目を立ててるけど、あれが埋まる日がいつか来るのかね。

2003年03月07日(金) 亡霊ふたたびみたびよた……/映画『Jam Films』/『魔法遣いに大切なこと』2巻(山田典枝・よしづきくみち)ほか
2002年03月07日(木) ヤァ〜クソクしたジィ〜カンだけがカァ〜ラダをすり抜けるゥ〜♪/『ヒカルの碁』16巻(ほったゆみ・小畑健)ほか
2001年03月07日(水) 優しい妻ごっこ/『てきぱきワーキン▽ラブ』6巻(竹本泉)ほか


2004年03月06日(土) 爺さんの見る映画とオタクの見る映画

 しげは夕べも仕事だったので、朝から爆睡。私はと言えば、前売券を買っちゃってるので、「シネテリエ天神」まで『真実のマレーネ・ディートリッヒ』を見に行かねばならないのである。福岡では上映してるのもここだけ、しかも朝10時から1回のみの上映なんで、遅刻するわけにはいかない。『リリー・マルレーン』は私のフェイバリット・ソングの一つであるし、ディートリッヒが主演した『情婦』は、フェイバリット・ミステリ映画の一つでもあるからだ(実際に見てみたら、『情婦』への言及は全くなかった。なんでだ)。
 けど、この映画館、あの悪名高き親不幸通りにあるのである(親富孝と字面を変えたが、実際に行ってみると未だに「親不幸」のカンバンがあちこちにある)。繁華街には違いないのだが、怪しい店やいかがわしい店が並んでいて、漂う空気も不穏である。映画館自体も地下に降りたところにある秘密クラブっぽい雰囲気の劇場で(当然画面サイズも学校や公民館の視聴覚教室なみである)、封切館の感じがまるでしない。そんなわけで、夕方以降は特に、ここは通りにくいったらないのである。まだ麻薬の取り引きとかやってねえだろうな(10年くらい前、この通りで学生が検挙されたことがある)。今日は朝だから、人通りも少なくていいけど。
 小さいところだけれど、上映回数が少ないせいか、10人くらいはお客さんが来ている。でも見事に爺さん婆さんばかり。だいたい『モロッコ』とかに感涙した世代って、リアルタイムだったら若くても八十過ぎてるはずだものなあ。映画は『嘆きの天使』のカメリハとか、家族で海水浴に行った時のプライベートフィルムとか、秘蔵映像がいくつか見られたのはよかったけれど、全体的には『知ってるつもり』なんかを見せられている感じでした。
 帰りがけ、階段ですれ違ったお婆さんが、「『マレーネ・ディートリッヒ』はもうやってないんですか」とカウンターの姉ちゃんに残念そうに喋りかけていた。時間を確かめてなかった婆ちゃんがよくないと言えばその通りなんだけど、裏の上映室かどこかで、見せてあげられないものかねえ。


 映画が終わってしげに電話を入れたら、まだ寝ていた。もう昼だってのに。キャナルシティで今度は『イノセンス』を見るので待ち合わせをすることになってたのである。30分後に会うことにして、私は徒歩でキャナルに向かう。しげの足だと天神からキャナルのある住吉まで1時間弱はかかっちまうが、私の足なら20分ほどである。途中、福家書店に寄って、昨日買い損ねていたマンガなどを購入。それでも時間通りにAMCの前に着いた。
 初日だから客が多いかと思ったが、2回目の上映なので(オタクは第1回に拘る)、4、50人ほど。見たところさっきの客層とは全く違って、いいトシした大人は殆どいない。学生か、若いカップルである。押井守にして、中高年からはそっぽ向かれるか。アニメの市民権はまだまだ得られてないねえ。でも、前作の『攻殻機動隊』が、中洲大洋のやっぱり視聴覚教室なみのちっちぇ映画館で、オタク鮨詰めの汗臭い中で見なきゃならなかった時に比べれば、AMCの大画面で見られるようになろうとは、状況はかなりマシになってるんである。
 映画見た客の反応は「シーン」。声も出ないほど何を感じてるんだかねえ。映画の出来はって言うと、もう、押井守に駄作なしだから(^o^)。押井さんならではの、いつもと同じ実存主義的な映画を作ってるように見せて、実はいつもと違う地平を切り開いてるとこに私は戦慄すら感じたんだけど、この感覚を共有できない人とはあまり喋りたくないなあ、とまで思ってしまうのである。
 半可通な映画ファンはすぐ押井さんのことを「観念を弄んでる」とか「無意味に難解」とか貶すけどさ、押井さんはこれまでだって映画で難しいことなんて一切言ってないぞ。映画のセオリー通りにキチッと作って、エンタテインメントの王道をまっしぐらに来ている(ルーカスやスピルバーグを王道なんて思っちゃわないように。あんなに構成力のないデタラメな映画造りをする人たちもいないぞ)。観念的な言説を難解と捉えるのは単に自分が何も考えてないことを露呈してるだけなんだけどね。


 帰宅して、ホームページの原稿だの、いろいろ書き物。テレビやDVDもちょこちょこ見たけど、当然そんなの感想まで描く時間はないのである。でも深夜『チャンネルNECO』見てたら、横山博人監督の『眠れる美女』をやってたのみて、仰天。タイトル見てあれ? と思って、筋見てギャギャッと唸っちゃったのだが、これ、川端康成の『眠れる美女』だったのか、「大西結花が脱いだやつ」としか認識してなかった。

2003年03月06日(木) 御乱心!……って、マジなんですけど/『オタクの迷い道』(岡田斗司夫)ほか
2002年03月06日(水) 夢のビル・ゲイツ/『金田一耕助の新冒険』(横溝正史)
2001年03月06日(火) 優しい夫ごっこ/『真・無責任艦長タイラー2 奮闘編』(吉岡平)ほか


2004年03月05日(金) へるぷみー(+_;)

 もう、まる二日以上も便秘。おかげで体重も全く減らないまま停滞しているのだが、少量とは言え、それなりに食っちゃいる朝昼晩のメシは、いったいどうなっているのだろう。まさか全部消化しつくしてるから出てこないのじゃあるまいな。……これって健康になっているのかそれとも不健康なことなのか。


 朝、七時半を過ぎてもしげが起きてこない。
 こういうとき、無理矢理起こすと、「いやー」とか「行きたくな〜い」とか、朝っぱらから聞きたくもないセリフを聞かなきゃならないので、8時ギリギリまで寝かしておく。
 けれど「もう8時だぞ!」と声をかけたら、「なんで起こしてくれんと! 病院に遅刻するやん!」と腹を立てるのである。結局、起こしても起こさなくても嫌言を聞かされるのだった。連日これじゃ、もう、しげと会話すること自体、いやになってくる。しげが自分で起きてくれば、何の問題も起こらないのに。
 車の中でもしげ、しつこく悪態をつきまくる。「旦那さんにストレス与えるようなことはしないように」と医者からあれだけ注意されてたのに、何も考えていない。
 「遅刻するのが嫌なら、なんで自分で起きないんだよ。おまえの嫌言なんて聞きたくないから、何度も『自分でちゃんと起きろ』って言っただろ?」
 「あんたを送るために起きてやってんだから、あんたが起こすのが筋やん」
 「だから何度も無理して送らなくてもいいって言ってんのに、『送りたい』って言い張ってるの、おまえじゃないか」
 「送らんやったら罰金取るやろ?」
 「だから『今日は行かん』とか朝になっていきなり言われても、タクシー使うしかないからだろうが!」
 「途中で降ろして帰っていい?」
 「何だよそれ! だったら最初から乗せるなよ!」
 実際、ガソリン代もしっかり取っといて、何で「送らん」とか言い出せるのか、その神経がわからないのである。私が本気で怒鳴ったので、しげ、渋々ながら職場まで送る。けれど「ごめんなさい」とはやっぱりひとことも言わない。ああ、いやだ。
 でも、イライラしてたって始まらないので、少し気持ちを落ちつけて、さすがにこちらも怒鳴りすぎたかと反省する。「文句言い過ぎてごめん」とメールを送ったら、しげ、「アンタが謝るなんてヘンやん。何かオレに隠しごとしてるやろ」と返して来た。……なんだ、それ? 自分のつれあいを疑うことしかできないってことか? つくづくしげは人間が腐っているのだと気づいて、虚しくなった。なんでこんな下らんことでしょっちゅうイライラさせられなきゃならないのか。しげはどうして十年一日のごとく、進歩がないのか。謝罪は撤回。私が謝っても謝ってると認識できないほどの馬鹿なら、何を言っても無意味なのである。馬鹿には怒鳴るしかないのかね、やっぱり。
 この手の会話ももうこれまでに何百回としていて(誇張ではない)、そのたびにしげが「自分が悪かった」と気がついて謝ることになるのだが、謝った次の日には、しげはもうなぜ自分が謝ったのか忘れてしまう。私がこんなふうに口ゲンカの経緯をいちいち書いておくのは、別に露悪趣味だということではなくて、しげがあとで読んだときにいかに自分勝手で理不尽なことを言っていたかを思い出してもらうためなのだが、思い出した3秒後にはまた忘れてしまうので(比喩ではない)、徒労に次ぐ徒労、私の神経のほうが参ってしまうのである。でも同じことだろうが、繰り返し繰り返し言い続ける以外にどんな方法があるというのだろう。私は本気で馬鹿につける薬がほしい。
 しげが今通っている神経科の病院でも、その記憶力のなさをどうしたら治せるか、ずっとカウンセリングしてもらっているのだが、なかなか効果が上がらない。考えてみたら、先週どんな話をしたか、次の週にはすっかり忘れてしまっているのだから、治療効果がないのも当たり前なのである。冗談ではなく、私の顔だって数日会わないとしげは忘れてしまうのだ。「しばらく会ってないからもうどんな顔だったか覚えてないけど、何となく似てるような気がするし、こっちに笑いかけてるから多分、自分の相方だろう」、ってな具合にしげは判断してるに過ぎない。どうしたらいいの、こういうの。(―∇―;)

 しげ、一応帰りも迎えに来てはくれるが、なぜか急にコギャルみたいな口調で喋り出す。
 「てゆ〜か〜、こんど〜、ほかのびょ〜いんにも〜、行ってみよっかなって〜、思うんだけど〜、さいしょは〜、ひとりで〜、行けないみたいな〜、だから〜、アンタが〜、ついて来てくれたらいいかなって〜」
 はい、切れて怒鳴りあげました。こういう妻に殺意を抱かない夫はいまい。凸(-~~- )
 

 夜、AMCキャナルシティで映画『ゴシカ』。
 映画はまあ、こんなもんか、という感じ。ホラーというよりは心霊ミステリーだな。
 客席の真ん中に陣取ってた4、5人、の外人さんたちが、ショッキングなシーンになると悲鳴をあげて、そのあとけらけら笑うのが目立っていた。まあそれはそれで外人さんというのはそういうものだから、私はまるで気にならないのだが、映画が終わって、他の客が「なんで外人ってホラーなのに笑うの?」と首を捻っていたのがおかしかった。ホラーは驚いたあとは笑うものだという感覚が、日本人にはあまりないのだね。


 東京都が、都内の中高生約1400人を対象にして、万引その他の犯罪について、アンケートを実施。
 結果は、「絶対にやってはいけない」が75%、「やってはいけないがそんなに大きな問題ではない」が19%、「よくあることでさほど問題ではない」が3%。22%が“Not that it matters”と答えたことになるわけだ。でも、こういうアンケートは、十年前、二十年前と比べてどうか、ってのを一緒にして紹介してくれないと、果たして意識に変化があったのかなかったのか簡単に判断を下すことはできない。「若い者もまだまだマトモじゃん」と考えるか、「こんなにひどくなった」と判断するか、どっちなんだ? 戦後すぐの混乱期だったら、「生きるためには盗むことだってあるさ」って感覚のほうが支配的だったんじゃないか?
 麻薬と脱法ドラッグについては92%がダメってのは、まず間違いなく昔より意識が向上してると思う。これは教育やキャンペーンの成果だろう。煙草を「絶対にやってはいけない」と回答したのが57%止まりってのはもう少しなんとかならないものか。
 煙草そのものは大人だろうと子供だろうと害があるのは間違いないことである(愛煙家は害がないと言いたがるがウソである)。だからと言って、本人が吸いたいものをムリに吸うな、なんて強制するつもりはない。けれど、公共の場での禁煙空間がどんどん増えて、歩き煙草もあれだけバッシングされてるのに、まだ堂々と煙草吸って平気でいられる無神経さはどうにもいけすかない。なぜそこまで傲慢になれるかなあ。
 万引防止策については、(1)家庭でのしつけ、(2)刑罰を重くする、(3)万引しづらい店作り、の順に回答が多かったということだけれど、そもそもその家庭にシツケの能力がなくなってるのに、どうやって道徳とか倫理観なんてのを教えられるというのかな。シツケをしなくてよいと言いたいわけじゃないが、親がマットウでも子供がグレることはままあることだし、親がしなきゃなんないことは、しつけと称して何だかんだと子供に干渉することじゃなくて、子供が何かしでかしたときに親としての責任は取ろうって覚悟なんじゃないのか。子供殺して自分も死ぬくらいの。
 「ひと様に迷惑かけちゃいけない」とおためごかしの説教をするより、「あんたがなんかしたら、あんた殺して私も死ぬよ」って“本気で”言われた方が子供には効くよ、絶対。戦前生まれの親なんてそれが普通だったんだがな。そういう親に育てられたものだから(と言ってもそれは母親の方で、父親はそうじゃないんだが)、どうにも今時の親は私からはただの利己主義者にしか見えないのである。

2003年03月05日(水) テレビアニメまとめて感想/『TRICK2 THE COMIC』(西川淳)/『ギャラリーフェイク』27巻(細野不二彦)ほか
2002年03月05日(火) さよなら半村良/ドラマ『盤嶽の一生』第1話/『かりそめエマノン』(梶尾真治)
2001年03月05日(月) SMOKE IN MY EYES/『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(田中啓文)ほか


2004年03月04日(木) 今年の映画は

 夕べは雷雨だったんだけれども、今朝はこれが雪になっている。おいおい、もう3月だってのに。職場は山の中なので、芝生あたりはうっすら雪が積もっている。窓の外、向こうの山を見てみると、頂上の方から段々と白くなっていくのがはっきりわかる。息は白くなるし、とんと真冬だ。油断して薄着で来たものだから、部屋の中にいても寒い。
 運動療法にとジャージを持ってきていたのだが、着替えるとメチャクチャ寒い。それでも頑張って建物の周りをせっせか早歩きしたのだが、十分たっても二十分経っても全然からだが温まらないのには往生した。これじゃ運動にならないのである。
 本日はちょっとだけ仕事あり。完全復帰にはもうしばらくかかりそうである。

 帰宅した途端、それまで寝こいていたしげが「メシ〜、腹減った〜」とまだ薬の効いてるからだなのに起きてきた。ちょうど買ってきたばかりのサラダを食べようとしていたところだったのである。ホントに食べ物の匂いには敏感である。
 私の晩飯をピンハネしただけではしけには当然足りない。さらに「カレ〜、うどん〜」と囀るので、うどん二た玉、牛肉に鶏の唐揚げも混ぜて、上からカレーをぶっ掛けたのを渡したら、きれいに平らげた。……どこが食が細くなったんだか。

 テレビ『エースをねらえ!』など。最終回直前で盛りあがってますね。説教クサイセリフも飛び交ってるし。しかしこういう宗教マンガに本気でハマってる人がソバにいたりしたら大変なのである。「『エース』が好き」という人にはちょっと注意しましょう(^o^)。


 昨日の「ゴジラショック」について、ふともう一つ気になったこと。
 角川が製作予定の『ガメラ4』、社長は「ガメラ対ギャオス対ゴジラ」をやりたいらしいが、東宝が「ゴジラ終了」を宣言した以上、ゴジラを貸し出すなんてことはしないんじゃないか? 歴彦社長も兄さんに負けず劣らずハッタリかますおヒトだから、最初からラッパ鳴らしてただけかも知れないけれども。
 ネットをいくつか回ってみたが、まだそんなに書きこみは多くはないものの、期待を表明したものは殆どない。北村龍平監督への「信頼度」がどんなものかってことだな。まあ『Jam Films』にしろ『あずみ』にしろ『スカイハイ』にしろ(なんだかんだで北村作品いろいろ見てるな、オレ)、あんた、頭のネジがどっかひんまがっとるやろ、ってな作りであったので、宜なるかなではある。
 けれど、今年から来年にかけて、「話題作」という点で行くなら、アニメでは『イノセンス』『クレヨンしんちゃん』『スチームボーイ』『アップルシード』『ハウルの動く城』(予告編ちょっとだけ見たけどすげえいいぞ)があり、特撮じゃ『CASHERN』『キューティーハニー』『デビルマン』『鉄人28号』、そして『ゴジラ』『妖怪大戦争』『ガメラ』などなどが続くのである。もちろん話題のみで中身はスカスカってことはありえるけれど、これだけ豊作の年って滅多にあるもんじゃない。私の場合、これにさらに「時代劇」(『丹下左膳・百万両の壷』『隠し剣・鬼の爪』『甲賀忍法帖』『HAKKENDEN』)とか「ミステリー」(『盲獣VS一寸法師』『恋人はスナイパー』『死に花』『レディ・ジョーカー』)とか「コメディ」(『リアリズムの宿』『笑いの大学』)で落とせないのが加わってくるんで、全く銭がナンボあっても足りないのである。で、海外まで目を広げると……。


 で、ほかのニュースにまで気が回らなかったのだけれども、気になったニュースをいくつか。

 アメリカ・マクドナルドが、特大サイズのフライドポテト「スーパーサイズ・フライ」などの販売中止を決定。年内いっぱいで店頭から姿を消すことになるとか。
 こういうニュースを聞いたら、時期が時期だから、牛だの鶏だのに続いてイモもかい、とちょっと勘違いしてしまったのだが、理由が「肥満の原因になる」からだって。
 はあ?
 まだこれだけじゃなんのことだか分らない。さらに記事を読んでくと、2002年夏に「高カロリーのメニューが肥満の原因となった、とマクドナルドを相手取った損害賠償訴訟が起こされた」とか、「ハンバーガーなどを食べ続けた人物の健康悪化を記録したドキュメンタリー映画が公開される予定」とかいうことが背景にあるということなんである。
 やっぱり、「はあ?」だな。
 そりゃ、食いに来る客の方が大馬鹿三太郎なんじゃないのか? 太りたくないならマクドナルドに行かなきゃいい、という発想がアメリカ人にはないのか? 自制心とか自省心ってものがないのかね? その主張の流れで行くなら、肥満の原因になるものは全て訴えていかないと筋が通らんだろう。ポテトだけじゃなくてハンバーガー本体もダメだよな。ケンタッキーフライドチキンもミスタードーナツも当然訴えなきゃならん道理だ。ファミレスも全部、訴えないといけない。それでも販売停止をしない店は、実はアメリカ人を太らせて滅亡させようという魂胆なんだな。肉をどんどん売ってる店なんか、アメリカ人を太らせて運動不足にし、動けなくなったところを攻撃しようと企んでいる悪の組織の手先なんである。なんだ、「ビッグ・ボーイ」がドクター・イーブルの隠れ蓑だってのは本当だったのか(^o^)。
 日本人とはやっぱり感覚が違うよねえ。どっちかというと、日本じゃ「余計なものは要らん」とセットのポテトを頼まない人のほうがもともと多いんじゃないかな。マニュアル言葉に対する批判が高まったせいか、昔みたいに「ご一緒にポテトはいかがですか?」って言う店も、少なくなったみたいだし。少なくとも日本人で「よくも太らせてくれたな!」と飲食店を訴える奴がいたら、ただの既知外と思われて裁判所に門前払いされるのが落ちだろう。それともアメリカには飲食店がマクドナルドしかない街がやたらあるのか? 広さだけはあるクニだから、その可能性もないわけじゃなかろうが。


 確率的には低いだろうけれども、国民一人一人に関わってくる話題。
 殺人などの重大な刑事裁判の審理に参加する「裁判員制度」の創設を盛り込んだ裁判員法案など、司法改革関連9法案が2日に閣議決定された。「公布後5年以内の施行」ということだから、2009年には裁判員制度がスタートすることになる。でも付和雷同型の人間がゴマンといる日本で、これが吉と出るかってのは甚だ心許ないことだと思うんだけどね。
 裁判員が無作為に選ばれるということは、ウチのしげも裁判員になる可能性があるということである。まず、事件の内容を理解できるかどうかもわからんぞ。無罪の人間が女房の「顔が気にくわないから」の判断で有罪になる可能性だってないとは言い切れん。
 でも、それくらいい加減な方が、かえって犯罪の抑止力になっていいかもしれんな。筒井康隆の『12人の浮かれる男』じゃないが、「死刑にした方が面白い」って感じの審判も増えそうだし。少なくとも私が裁判員になったら、情状酌量は一切主張せんぞ。実刑の最高刑だ。それでもいいのか?

2003年03月04日(火) 騙されるほうがねえ/『たったひとつの冴えたやりかた』(J・ティプトリー・Jr.)/『ENDZONE』2巻(えんどコイチ)ほか
2002年03月04日(月) 愛のタコ焼き情話/『八戒の大冒険 2002REMIX』(唐沢なをき)/『ダルタニャンの生涯』(佐藤賢一)ほか
2001年03月04日(日) 一日が短い。寝てるからだな/アニメ『ソル・ビアンカ』1・2話ほか


2004年03月03日(水) ゴジラ完結

 さて、イラク同時多発爆破事件も鶏インフルエンザ拡大も水野真紀結婚もすっ飛んだ(?)、「ゴジラ終了」の話題である。と言ってもすれたマニアは「また?」とか思ってるかもしれないけれど。なんたってその手の話には散々振り回されてきた過去がやたらあるからね。『怪獣総進撃』で終わるって言ってたのがヒットしたんで翌年も継続、次は『メカゴジラの逆襲』で今度は予告なく終了、『ゴジラ(1984)』で復活したけどちょっとブランクがあって『ゴジラVSビオランテ』以降『ゴジラVSデストロイア』で「VSシリーズ」は終了、来世紀までは作らないと言ってたけれど、たった三年で復活して、『ゴジラ2000』からは毎回1話完結形式で継続……と、まあややこしい続き方をしてきたんである。率直に言って不出来な映画の方が圧倒的に多いこのシリーズ(映画としてマジメに見たら本気で誉めるのは神経がどうかしているよな)、よくぞここまで続いてきたとは言える。言い換えれば駄作でも続いたんだから、終了させる意味だってないと言えばないのだ。でも、『ハム太郎』人気でやっとこすっとこヒットしている(させられている)状況は、長年のファンとしても見ていて悲しいものがあった。
 ……そうだよ、どんなに駄作でもオレあゴジラが好きなんだよ、釈だの美穂だのに釣られて見に行くようなヘタレが群がってる状況が悔しくって仕方なかったんだよ。終わってくれるんなら、それはそれでいいやという気も確かにあったんだ。こないだの『東京SOS』がそれなりにいい出来で、ゴジラもちゃんと始末してくれて、「ああ、これで終わるんだったらいいな」と思ってたんだが、でも余りにもつまらん作品が続いていたんで、世間的にはたいした評価もされなかった。それも悔しかった。
 今度製作すれば、シリーズ50周年記念作品で区切りはいい。やめるとすればまさしく今だろう。今後、待望論が出ても、無視してほしい。これからしばらくは、VSシリーズ以降の内容をもう一度見直す必要があるんじゃないか?
 新作のタイトルは『FINAL WARS』(12月11日公開)。監督は『あずみ』の北村龍平監督。これがまあ一番のすげえ不安材料だ。自信家だから、バイタリティーはあるけど、突っ走ったらいい方に転がるか悪い方に転がるか見当がつかない。
 内容は殆ど『怪獣総進撃』になるようである。過去の人気怪獣が10頭以上登場、最強の新怪獣「モンスターX」も登場し、ニューヨーク、パリ、上海、シドニーをまとめて破壊するという。2カ月間の海外ロケを行う予定だとか。……焦点の合わないものにならなきゃいいけどなあ。で、これにも『ハム太郎』くっついて来るんか?


 昨日はやたら忙しかったのだが、今日は特に仕事がなくてヒマ。病み上がりには仕事が回ってこないのである(--;)。
 昨日買った饅頭を配ったら、受け取ったおひと方から、随分バカ丁寧に頭を下げられた。いや、お返しだから感謝してるのはこっちなんだけど。

2003年03月03日(月) 東京始末&ニュースの森(^^)/舞台『奇跡の人』
2002年03月03日(日) ぼくらの7時間戦争/ドラマ『シャドウ商会変奇郎』/『真・無責任艦長タイラー外伝 LOVE&WAR』1巻(吉岡平・森小太郎)ほか
2001年03月03日(土) オトナの会話/アニメ『サウスパーク・CHINPOKOMON』


2004年03月02日(火) 小津ごっこ

 5月の東京行き、行きの飛行機のチケットは超割で安く買えたのだが、帰りの値段が2倍以上する。入院がなかったならポンと出すところだが、今年は新車のローンもあるので、どうしても緊縮財政で行くしかない。高速バスだと、かなり安くなるのだが、そのかわり東京⇔福岡、時間が14時間かかるのである。……5月まで体調を悪くしないようにしないといかんな。


 一ヶ月ぶりに職場復帰。けど、昨日まで仕事してたんじゃないかってくらいに普通に戻れてしまった。それくらい一日一日に変化のない職場なのである。けれど久しぶりに着た背広が随分重く感じる。別にポケットに重いものなど入れてはいないので、気のせいだとは思うが、もしかしてもうストレスを感じているのだろうか。
 同僚の何人かから、「顎のあたりがすっきりされましたね」と言われたが、実は腹の脂肪は全然落ちていない。この鏡餅がなくなってくれないと、からだが軽くなったという実感は持てない。まだまだ先は長いんである。
 復帰早々、あの仕事この仕事とやたら忙しいが、合間を縫って職場の周りを歩くことにする。上司に「運動しなきゃなりませんから」と断っているので、サボリではない(^o^)。面積だけはただっぴろいとこなので、周回するのに困りはしないが、そんなことをするのは初めてなので、建物の裏手が大きな池になっていて、回りこめないことを初めて知った。いったい何年務めてたんだろうかね。これを迂回してたら、30分はおろか1時間経っても戻って来れないので、同じ道を引き返すことにする。車通りがそう多くはないので、散歩するには悪くない感じだが、同じ道を行ったり来たりしてる不審人物と思われやしないかがちょいと不安である。


 いろいろ持ち帰る荷物が多かったので、しげに車で迎えに来てもらう。
 今日もしげは車に乗ってる間、ペチャクチャと喋りっぱなしで五月蝿い。
 「お前さ、うるさいよ。少しは大人しくできん?」
 「それはムリだね。おれがおしゃべりなのはアンタの影響だよ」
 「だったらオレが落ちついた喋り方したら、お前もそうするか?」
 「してもいいけど、例えばどんな?」
 「も少し、気品というものを持つと言うかさ」
 「気品? 床屋の坊ちゃんにはそれができるって? たかだか日雇い人夫の娘にはとてもムリだね」
 「……そういうことじゃなくってさあ。……別にね、普通に、こんなふうにゆっくりと、お話しすれば、よいのですよ」
 「……じゃあ、わたくしは、このような、話し方をすれば、よろしいのかしら?」
 「……別にそこまで作らなくても」
 「でも、普通にお話ししたら、乱暴になってしまってよ? 今度から私たちの部屋を『オズの部屋』と呼びましょうかしら」
 「……アクセント違うぞ」
 「本の部屋には『東京物語』と付けましょうか。私の寝室は『秋刀魚の秋』ね」
 「それを言うなら『小早川家の秋』と『秋刀魚の味』」
 「つまり、あなたは、笠智衆? 私はさしずめ誰かしら?」
 「……原節子?」
 「……よくってよ」
 何が「よくってよ」だ。
 恐ろしいことに、しげは未だにこれを続けているのである。ああ、舌禍。つまらぬことを口にするものではないと実感。


 父の店に立ち寄って、散髪して貰おうかと思ったが、お客さんが来ていたので来週、改めて来ることにする。見た目、少しは痩せているので、そのことを突っ込まれて入院のことがバレちゃまずいなと思ったが(入院していたことは、父にはナイショなのである。姉にはしげがバラしたが)、特に何も言われず、やっぱり腹の肉が落ちないと「痩せたな」とは言われないか。
 そのあと、「いしむら」に回って、職場の同僚への見舞いの御返しを物色。饅頭の類を適当に詰めあわせてもらうが、ちょうど明日が雛祭りなので「桃まん」なんてのを売っている。どんな味がするか分らないが、語感が気に入ったので(^o^)、これを入れてもらう。実際、饅頭なんて最近殆ど食ってないから、アンコの味だって忘れている。……という心境にまでなってるから、饅頭につい手を出してしまうということもあるまい。漱石が死にかけた「修善寺の大患」は、確か饅頭三つ食ったせいじゃなかったかな。


 帰宅して、録画しておいた横溝正史原作の『毒蛇島奇談 女王蜂』を見る。これも洋装の金田一耕助もの。ビデオしか出ていないので、わざわざ高い金出して買わねばならんかと思っていたが、チャンネルNECOが流してくれた。感謝である。

2003年03月02日(日) 東京遁走曲/『明日のナージャ』第5話
2002年03月02日(土) イビツな職場だと思うぞ、実際/『ビートたけしドラマスペシャル 張込み』/『真・無責任艦長タイラーΑヽ旋編』(吉岡平)ほか
2001年03月02日(金) あっいぃ、うー、えぇおー♪/『ドラゴン株式会社』(新谷かおる)ほか


2004年03月01日(月) 波瀾なしのアカデミー賞も珍しい。

 一日中、ホームページの更新。
 てなわけで疲れてるんで、日記は短く書く。悪しからず。

 WOWOWで米アカデミー賞の生中継。『ロード・オブ・ザ・リング―王の帰還』(ピーター・ジャクソン監督)が、作品賞・監督賞ほか、ノミネートされた11部門すべてを制覇し、『ベン・ハー」(1959年度)、『タイタニック』(1997年度)と並ぶ史上最多タイを記録。予想通りというか、順当な結果だったけれども、ファンタジーがこれだけ高い評価を得たというのもアカデミー史上、珍しい。『ダーク・クリスタル』のような傑作が完全無視されてた頃を思うと、隔世の感がある。私自身も、必ずしも原作に忠実ではない展開にやや不満はあるものの、これだけ長大な映画をイネムリせずに3本とも見せてくれたピーター・ジャクソン監督の力量に拍手を送るに吝かではないのだが、「映画の部屋」にも書いたとおり、日本人があの映画に喝采を送るのは、ちょっと「ズレ」があるんじゃないかなと思っているのである。「神話」の感覚がまるで違うんだから。「あんまり長くて寝ちゃった〜」という感想のほうがなんか自然だなあ、という気がするのである。
 いや、鴉丸嬢のことなんだが。
 クリント・イーストウッドは今度も監督賞を逃す。作品賞の経験はあるんだけど、あれはプロデューサーのものだからなあ。運が悪いと言えば悪い。『ミスティック・リバー』も当然、他の年ならアカデミー賞を取っておかしくない完成度で、一応主演男優賞(ショーン・ペン)と助演男優賞(ティム・ロビンス)は受賞した。イーストウッド、もって冥すべしであろう。
 主演男優賞に落ちたビル・マーレーが、いきなり退席しようとして(もちろんパフォーマンスである)、司会のビリー・クリスタルが「帰らないで! ボクらはみんな君が好きだよ!」と呼び止めるのがおかしかった。こういうショーアップのできるところが腐ってもアメリカなんだよなあ。
 ブレイク・エドワーズの特別賞が個人的には嬉しい。映画のクリップが上映されるのだけれど、のっけから『暗闇でドッキリ』。分かってらっしゃるねえ。日本人なら『ティファニーで朝食を』や『酒とバラの日々』を出しちゃうところである。
 日本人は専ら渡辺謙と『たそがれ清兵衛』に期待してたみたいだけど、ほかの候補作見てりゃトテモそんなこと言えないはずなんだけどな。


 しげと鴉丸嬢、今日はアクロス福岡に会場取りの抽選に行っていたのだが、新しく係になったカチョーというのがずいぶん横柄な態度だったらしく、二人揃って憤っている。
 「隣にいたおばさんばかり贔屓するし、会場詰まってるのに無意味に長いこと待たせたりしたのよ!」ということで、鴉丸嬢もあまりに悔しくて帰宅する気にならず、うちに遊びに来たのである。
 「こんなことなら、けいちん(私のことである)を連れてって文句言わせればよかった」というのだが、私をヤクザかクレーマーといっしょくたにしてないか。文句があるなら自分で言えばいいのである。人に頼っちゃダメ。

 しげ、鴉丸嬢を送って行ったあと、うどんを食って寝る。本当は一緒に映画に行こうと思っていたのだが、あまりに腹が立って、出かける元気が出ないらしい。結局抽選には外れたので、芝居の公演はひと月延期である。お疲れさまでした。

2003年03月01日(土) パニック・イン・トキオまたはJ○A金返せ凸(`0´)凸/舞台『愛とバカユージ』
2002年03月01日(金) 福岡デパート事情/映画『吸血鬼ハンターD』(1985)/『20世紀少年』8巻(浦沢直樹)ほか
2001年03月01日(木) ダブルマインド/『ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド』(上遠野浩平)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)