無責任賛歌
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2001年03月17日(土) |
嫌煙権を振り回す気はないけど/『風雲ライオン丸』(うしおそうじ・一峰大二)ほか |
夕べからの頭痛が、一晩寝ても治らない。 日頃煙草の匂いと全く隔絶した生活を送ってるので、たまにちょっと道端なんかで匂いを嗅いだだけでも覿面、アタマに来てしまうのである。 あ……、そう言っている間にも頭の奥がガンガンと……。
駅のホームなんかで平然と煙草吸ってるやつらや歩きながらカッコつけて煙草吹かしてるやつらは、自分が周囲にどれだけ迷惑かけてるかなんて意識はカケラも持っちゃいないんだろうな。喫煙コーナーで吸ってるんだからいいんだ、とか、風に流されてるから迷惑なんかかけてない、なんて思ってる連中に至っては最低なクソ野郎である。か、風で流れるから被害が広がるのではないか。煙はそんなに簡単に薄まったりはしないのだぞ。そんな簡単なことも認識できんのか。ほ、ホームのどこにいようと煙は風で流れてくるのだ。逃げられないのだ。被害は無差別に周囲の人間を攻撃し、苦しめているのだ。私がそれでどれだけ苦しめられ脳細胞を破壊されてきたか知っているのか貴様らは。こ、これはもうまさしく毒ガス攻撃ではないか。げほげほげほ。サリン事件がどれだけ多くの人間を巻きこんだかを考えてみればいい。貴様の一回の喫煙で少なくともその近くにいた数十人、数百人、数千人が確実に被害にあっているのだ。お、お前らはナチスドイツやオウムと同じ行為をしているのだぞ。この鬼め人非人め悪魔めド外道め。私の壊れた脳細胞を返せちぎれたニューロンを返せ。 喫煙の常習者は既に脳が犯されているのでもうそんなことも想像できないくらいバカになっているのだ狂っているのだ。そのくせやつらは我々非喫煙者を大人になれぬやつらとバカにし、シニカルに笑って煙を吐きつけてくるのだ。こ、この既知外どもめが。あんなやつらを放置しているから巷には犯罪者が増え教育が荒廃し政治が腐敗し国家が崩壊していくのだ。喫煙者はみんなとっ捕まえて隔離してしまえ。踏絵を踏ませろ。改宗をせまって従わぬやつは拷問にかけろ。クズどもはみんな粛清だ。血だ血だ血だ。日本を喫煙者の血で染め上げるのだ。まずは私が手近にいる喫煙者を始末してやるぞ。 ……お? あそこに女を待ってるらしい喫煙者がいるな。吸殻が足元にうずたかく山になっていやがる。どうせ喫煙者のことだから女を引っ掛け弄んだ挙句に捨ててやろうとしてるに違いない。あんなやつはこの世から消えた方が世界のためだ。あいつのノドもとにグサリとこのナイフで……。うひひひひひひ。
……ほら、煙草ってとっても危険でしょ。心の健康のため、吸いすぎには注意しましょうね。
帰宅して風呂に入り昼寝する。夕方近くになってようやく頭痛も収まった。ほぼ丸一日、苦しい思いをしたが、気分もなんとか落ち着いてくる。 その間、多少危険な考えが心を支配していたようであるが、まあ、私の中のトレイシー・ハイド氏(*)の仕業であるので、あまり読者の方は気になさらないように。あ、藤田くんに其ノ他くん、私の近くで煙草を吸っても多分危険はないと思うので安心してね。
昨日は「ポパイ」に5時間以上居続けだったので、日記を書くヒマもなかった。こういう時に限ってやたらと本を読んでいて、書くことが多い。うわあ、一昨日の分から溜まっているのだ。もう何をしたか細かいところは覚えていないぞ。なんとかちぎれかけたニューロンをつなぎ合わせ、記憶を取り戻しつつ、ひたすら日記を書く。
マンガ、内藤泰弘『トライガン・マキシマム』5巻。 うわあ、ミッドバレイがもう死んじゃった。ナイブズへの反逆の芽を持っていた人物だけにもう少し引くかと思ってたけど。GUNG-HO-GUNSももう殆ど残ってないなあ。あと数巻で終わりってことなんだろうか。 私はこの『トライガン』シリーズを「人を傷つける意志もないのに傷つけてしまった人間の贖罪の物語」と受け取っている。この場合、その「贖罪」をしようとする主人公のヴァッシュが実は「人間ではない」ことが逆に重要な意味を持っている。「人間でないモノ」だけが贖罪を考えているということは、つまりはそもそも「人間に贖罪が可能なのか」という問いにも繋がっていくからだ。 しかもそこにもう一つ「人はどこまで非暴力を貫けるのか」という問いまでが絡んでくる。 実にハードなテーマに取り組んじゃったなあ、この作者、と思っていた時に起こった、例のバクダン事件。掲載誌の変更といい、作者もいろいろと不運なことであったが、メゲずに書き続けているのは立派だ。出版社が少年画報社というのも幸いしたのかもな。あまりデカいとこだと、連載切った方がリスクが少なくてすむ、と判断されちゃうだろうし。 アニメ版と展開が違ってきているのも嬉しい。もしかしたらウルフウッド、死なずにすむかも……と言うか、死なさない方法を考えて欲しいなあ。彼もまた彼なりの十字架を背負いつつ生きているのだから、それが「死」という形でしか決着を付けられないというのは安易だと思うからだ。
マンガ、和田慎二『超少女明日香 聖痕編』2巻(完結)。 完結ったってどうせまだ続く(^^)。というか出版社を白泉社からメディアファクトリーに変えて(これで二度目だ)、更なる新シリーズを始めるためのプロローグって感じの作品だった。 おかげで一也も出て来ない。でも明日香のヌードが初めてカラー収録(うへへ)。どっちかというとチンチクリンの明日香の方が私は好きだが。 しかし明日香を自然の友という設定にしておきながら、いつまで経っても一也と結ばれないように仕向けているということは、自然ってのはやっぱり意地悪なものだってことなのであろうか。前作までで自然保護団体の欺瞞をバッサリ切って捨てた和田慎二だけに、中途半端な話にはならないと期待しちゃいるが、無理矢理なすれ違いドラマにするのはもうそろそろカンベンして欲しいかな。
うしおそうじ・一峰大二『快傑ライオン丸』2巻、『風雲ライオン丸』(完結)。 あっ、テレビ版でゴースンの人間バージョンを演じていたの、天津敏さんだったのか。放映当時見ていたはずなのにすっかり忘れていたぞ。こ、これはなんとしても手にいれねば……って、どうやって(-_-;)。 多分DVD発売なんてそうそうやるまいし、されたとしてもBOXだろうし。一話かそこらのために全話買うほどの番組じゃないしなあ。 それより『隠密剣士』と『仮面の忍者赤影』のDVDBOX出ないかなあ。これなら天津さん目いっぱい出てるし、絶対に買うのだが。 それはそれとして『ライオン丸』である。 一峰大二の絵は、イマドキの若い読者には濃過ぎて親しめないかもしれないが、私は好きで愛読していた。昔のマンガの伸びやかでやわらかな線と、劇画の硬質で骨太な線とが混じったような感じで、後半完全に劇画になりきって面白味のなくなっていった川崎のぼるの『巨人の星』より、一峰さんの『黒い秘密兵器』の方が野球マンガとしては好きなのである。 『風雲』の第2話、『シャゴン』は特にギャグが満載で(設定がもともとギャグという批評は置いといて)、三吉が作った機関銃の石のタマが地虫忍者の口に「ガポッ」とはまるシーンだの、その三吉を誘拐して無理矢理作らせた特製火薬による弾丸が暴発した途端、怪人シャゴンが「ムハーッ」とのけぞるシーンだの、擬音が水木しげる的に大げさで、その大らかさが本来シリアスなドラマ展開を適度に緩和していていいのだ。やっぱり敵を切る音は「ドバッ」でなくちゃな。 キザなシーンもあるぞ。志乃と三吉を救ったジャガーマン、三吉から「なぜおいらたちを助けてくれたんだい?」と聞かれて、「おまえの姉さんがきれいだからだ」。……豹に「きれい」って言われてもなあ(^_^;)。 テコ入れのためだったのだろうが、ライバルのジャガーマンを殺し、ライオン丸も傷つき挫折し、新たに『快傑』のレギュラーライバルだったタイガージョーの弟を登場させてライオン丸を激励させる展開も定番だが充分ドラマチックだ。 だから戦国時代なのに「ロケットライオン変身!」はないだろう、なんてクダランツッコミはどっかにすっ飛んでしまうのである。いや、突っ込んで楽しむのはいいんですよ、もちろん。 うしおそうじはまたぞろ「立体アニメでリメークを」なんてラッパ吹いてるが、誰も金出しゃしねーって。 『快傑』と『風雲』の巻末に収録されているうしおそうじ本人の筆になる原作版『風雲ライオン丸』、昭和48年の時点でもこの30年代を思わせる絵物語風の絵柄で堂々と描いていたというのはすごい。 設定のいい加減さは一峰版の更に上を行く。一峰版では三吉たちの馬の名は「アオ」なのにうしお版は「しぇーん号」。ひらがなにしたってなんの意味がある(^_^;)。セリフも妙にくどい。「これは母上がかたみにくださったかたみのポンチョです」。ポンチョもなんだかなあ、なんだが、「かたみ」を二度繰り返すのはなぜなのよ。 ブラックジャガーに変身する時のセリフ、「豹変!」……いや、文字通りなんだけどさ、「豹変」ってそういう意味じゃ……。しかもそれを見た敵の怪人のセリフが「変身したぞ! なまいきなやつめ!」。なるほど「豹変」するのは「なまいき」なのか。世の女の子は、もし男に襲われそうになったら「なまいきよ!」と怒鳴ってあげよう。きっと相手は自分のなまいきさを恥じて退散してくれるでしょう(^o^)。 脱力するセリフはとても多過ぎて書ききれないので、あとはどうぞご購入して確かめて下さい。ただし各巻1800円します(T_T)。
半徹夜で日記を書きつづけていると、夜中に東京の友人のこうたろうくんから電話。何だか成り行きで劇団の関東支部長になってしまったのでご挨拶である。 「ホントに俺がはいっちゃっていいの?」 と、遠方でなにも手伝えないのにオジャマムシではないかと気にしている。何がお邪魔なものか。「人生は舞台」というのが真実ならば、その舞台に立ってる人は「必要だから」「役に立つから」そこにいるのではなく、「そこに立ちたいから」そこにいるのである。 演劇が他の職業と違うのは資格なんかいらないということである。その人に芝居の才能があるか、とか、練習をどれだけ積んだか、ということは、演劇をする上では実はなんの意味もないのだ。そこで「何かをしたい」(「何かが出来る」ではない)、という気持ちだけが唯一の条件と言えば条件。 ……となれば、ウチの劇団に入るのなんて、「何かしたい」だけで十分で試験なんていらないんだけどね。女房のやつ、こうたろうくんにレポートまで書かせたらしい。なんてイジワルなやつなんだ(^_^;)。 久しぶりに声を聞けたので、つい『ホームズ』や『ワンピース』、『仮面ライダーアギト』の話など、長話をしてしまった。オタク同士で話をし出すと、楽しいことは楽しいのだけれど話の切れ目がなくなるのが玉にキズなのである。電話代かけさせちゃって申し訳ない。 しかしこうたろうくんに「面白い!」と勧められて、俄然、『ワンピース』と『デジモン』、見に行きたくなってしまったぞ。女房と一緒に行く時間もなかなか取れないし、困ったなあ。
(*)今日の蛇足。 ギャグが通じない人がいると困るので一応書いとくけど、「トレイシー・ハイド」ってのは映画『小さな恋のメロディ』の主演の少女俳優です。『ジキルとハイド』とはなんの関係もありません。……頭ん中にトレイシー・ハイドがいたらちょっと気持ちいいかも。 あちこちタグを使おうかとも思ったけど、今日のはちょっと切れた演技をしているので、それを本気に取るバカがいると困るなあ、刺激が強すぎるかもと思ってやめました(兼好が『徒然草』の中で「既知外の真似するやつは既知外」と言ってたな。当たってる場合もあるがそうなると役者はみんな既知外である)。 個人のホームページでそこまで気をつかわんでもとは思うんだけどね。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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