つれづれ日記。
つれづれ日記。

2012年04月30日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・80

「見かけない顔だね。ユータスの知り合い?」
 声の主はやっぱり男の人。でもこの中の面々では一番温厚そうな人だった。
「あの。兄ちゃんにお弁当持ってきたんです。多分食べてないだろうと思って」
 わたしの代わりにウィルくんが対応してくれる。ニナちゃんとは違って、ここでは弟の方が免疫があるようだ。
「それで、お嬢さんはうちの弟子とどういう関係?」
「わけあって、ご自宅にお世話になってます。今日はエリーさん──ユータスさんのお母さんに頼まれて持ってきいました」
 昼食の入ったかごに視線をおくる。早起きしておばさまが作ったサンドイッチ。食べたことはあるけど、作ったことはなかったからものは試しとわたしも少しだけ手伝った。せっかくここまできたんだから食べて欲しいところだけど、押し付けになるのもあんまりかな。
「名乗りが遅くなってしまったね。私はカルファー・アルテニカ。この工房の職人と依頼人の橋渡しをしている者だよ」
「イオリ・ミヤモトです。よろしくお願いします」
「ちょっと待ってね。ユータスはどこにいるかわかる?」
 カルファーさんが周りに声をかけるといつものところだとという声が返ってきた。いつものところってどこだろう。工房の中だとは思うんだけど。
「心配してたんだ。ユータスはいつもああだから。でもちゃんと年頃の友人もいたんだね」
 優しげな目元から、彼のことを気にかけていたことがよくわかる。でも『ああ』とは一体。そもそもわたしとユータスさんが出会ったのはほんの少し前。それまでのわたしはこの国にすらいなかったし今だって友人というよりも知り合いにすぎない。なんとも言えない表情をしていたのがわかったんだろう。カルファーさんが言葉を続けた。
「君はユータスのこと、どこまで知ってる?」
「この工房で働いている細工師見習い?」
 子どもの頃から親戚すじであるこの工房で細工の仕事をしていると道すがらウィルくんに聞いた。
「あってはいるんだけどね。彼が親元を離れてここにきたのは8歳からなんだ」






過去日記
2010年04月30日(金) 委員長のゆううつ。26
2007年04月30日(月) 「EVER GREEN」11−12UP
2006年04月30日(日) 「EVER GREEN」8−12UP
2005年04月30日(土) 創竜伝
2004年04月30日(金) 本気で書きそうです

2012年04月29日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・79

 男の人だらけ。それが工房の第一印象だった。
「うう。この匂い苦手」
「そう? オレはそこまでないけど」
 一緒に同行していた(ニナちゃんに無理やり頼まれた)ウィルくんが肩をすくませる。
「それはウィルが男だからよ。お兄ちゃんみたいな浮浪者が大勢集まって仕事してると思うと……!」
「姉ちゃん。仮にも自分の兄ちゃんを『浮浪者』って言うなよ。せめてぐグールくらいにしといたら?」
 浮浪者もグール(怪物)もどちらも変わりないのでは? そんな思いを胸にひめ、改めて工房内を見回す。大きな部屋の中にいるのは男性が10人ほど。暑いんだろう。腕をまくったり、中には上半身裸の人もいる。
「イオリちゃんは平気なの?」
 実家も半、工房みたいなものだったから耐性はついている。それを言うならお父さんが一番むさ苦しかったし。よくあんなのからこんなのが生まれたなと本気なのか冗談なのかわからない声も聞いた。
「あの。すみません」
 とにもかくにも当初の目的を果たさないといけない。声をかけてみるも、全員が仕事に夢中担っているのか誰も返事をしてくれない。
「すみませーん! ユータスさんはいますか?」
 さっきよりも大きな声で問いかけると、あいつなら奥にいるよと男の人の声がした。






過去日記
2010年04月29日(木) 委員長のゆううつ。25
2005年04月29日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,53UP
2004年04月29日(木) 「EVER GREEN」5−13UP

2012年04月28日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・78

 大きなリュックの中におばさまが作ってくれたお弁当に水筒。わたしとしては片手間にと解剖学の医学書を手に、ニナちゃんと目的地への道をたどる。
「工房って場所で働いてるんだっけ?」
 工房のことなら少しはわかる。故郷でお父さんがやっていたから。
 お父さんは花火師で、白花で生まれた『花火』というものに感銘をうけて単身異国へ旅立った。そして師匠であるじいちゃん、娘であるお母さんと出会い、結婚。じいちゃんは3年前に亡くなってしまったけれど、実家の隣にある工房はそのままじいちゃんの仲間たちとお父さんが共同で引きついでいる。時々、お母さんと一緒に差し入れを持って行ったんだった。
「おじさん達元気かなあ」
 何気なくつぶやくと、イオリちゃんも工房に行ったことがあるの? と不思議な顔をされた。故郷のことを話すと、それでお兄ちゃんに会っても大丈夫だったんだねと返されて、曖昧な笑みを浮かべる。その辺りは何か違う気がする。
「ついたよ」
 着いたのは、なんというか、ニナちゃんの言うように本当にむさ苦しい場所だった。

   






過去日記
2010年04月28日(水) 委員長のゆううつ。24
2006年04月28日(金) ただいま帰宅
2005年04月28日(木) やっぱり花粉症
2004年04月28日(水) 師匠について。その2?

2012年04月27日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・77

「そういえばお兄さんは?」
 今日は特に用事もなかったので部屋に閉じこもって本ばかり読んでいた。台所に来たのもついさっきだけど、ユータスさんの姿が見えない。
「お兄ちゃんならお仕事に行ったよ」
「お仕事?」
 初対面のことを思い出す。そう言えば仕事がひと段落して外に出たらペルシェに出会ったって言ってたっけ。それがここまで繋がるとは思わなかったけど。そういえば、お仕事って何をやっているんだろう。今更ながら聞いてみると、『工房』という声が返ってきた。
「何かを作る場所になるんだっけ?」
「ああ見えて、お兄ちゃんってすごいんだよ。規格外なんだから」
 規格外。文字通りの意味なんだろうけど、何だか別の意味合いも含まれている気がするのはどうしてなんだろう。
「気になる?」
 ウィルくんに顔を覗き込まれ素直にうなずく。ひょろっとした男の子が一体どんな仕事をやっているんだろう。わたしみたいに医学を志して──なんてことはないから、何かの作業なのかな。一体どんなことをやっているんだろう。それは純粋な興味と好奇心。
「これからお兄ちゃんにお弁当を届けにいくところなんだけど、イオリちゃんも行かない?」
「初対面のわたしが行ってもいいところなの?」
 むしろ邪魔になるんじゃないか。そう思って尋ねると一人だと怖くてむさ苦しい心細いもんとなんとも可愛らしい声が返ってきた。だから、医学書片手にニナちゃんとお兄さんの工房まで足を運ぶことになった。

 この時、もう少し考えるべきだった。ニナちゃんが言っていた、怖くてむさ苦しいという意味に。






過去日記
2010年04月27日(火) 委員長のゆううつ。23
2006年04月27日(木) 書き直し
2005年04月27日(水) まだまだ花粉症
2004年04月27日(火) 書き溜め中

2012年04月26日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・76

「ここが僧帽筋で、ここが上腕二頭筋」
 リオさんから借りた本をもとに復習する。カターニャさんからいただいた本にリオさんの解剖学の本。骨格マニアと自称するだけあって、本人は様々な部位の名前が記されてあった。
 イレーネ先生の施療院は半分自宅を兼ねている。以前は住み込みの弟子もいたところだけど、右も左もわからない、ましてや一般的な言葉もままならない人間は足手まといの他ならない。だからこそ突きつけられたのはこの二冊の本。解剖学に薬学。専門の道に進むわけではないにしても医学には十分連なるものだ。だから、こうして日がな本を読み耽っているけれど。
「これは、この意味で合ってるのかな」
 いかんせん、母国の白花(シラハナ)の言葉でないから発音に疑問が残る。
「イオリちゃん、いるー?」
 ためらいがちにノックされた後、入ってきたのはアルテニカ家の長女、ニナちゃんだった。
「また勉強? すごいなあ」
「そんなことないよ。わからないことが多すぎるだけだから」
 ちなみにティル・ナ・ノーグの言葉はたびたびニナちゃんやウィルくんに教わっている。ただでさえ居候させてもらっている身でおばさまに質問するのも気が引けるし、ユータスさんに教わるのも気が引ける……というより、眠っているかぼーっとしている姿しか見ないから別の意味で聞きづらい。どうしようかと迷っていると、『だったら任せて!』と二人に意気込まれてしまった。ちなみにニナちゃんもウィルくんもわたしより年下。プライドとか気にする人は気にするのかもしれないけれど、単身異国に来た身でそんな悠長なこと言ってられない。むしろ居候の上に感謝しかないと伝えたら、『将来のお兄ちゃんのためだから!!』と妙に意気込まれてしまった。






過去日記
2010年04月26日(月) 委員長のゆううつ。22
2004年04月26日(月) 遊んできました♪

2012年04月25日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・75

「今まとめるから、待っててもらえるかしら」
 カターニャさんに言われるがまま、用意された椅子に座り、これまた言われるがままに出されたお茶に口をつける。施療院の時もそうだったけど、何かの成分が入ってるんだろうか。飲み終わった頃には心なしか体がしゃっきりしていた。
「植木鉢のままだと重いでしょうから苗にしてみたの。大丈夫かしら?」
 丈夫そうな袋の中には緑の小さな苗がたくさん入っていた。袋を持ってみると確かに重いけど、持って帰れないほどではない。苗自体の重さよりもむしろ。
「これは図鑑ですか?」
 緑の表紙の本が一緒に入っていた。ぱらぱらとめくっていれば、さっきまで目にしていた青霧草はもちろん、お店の中にはない植物まで描かれてあった。植物の下には説明らしき文章が載っているんだろうけど、知らない文字もあって簡単には解読できない。
「子どもの頃に祖父からもらったものなの。一般的な薬草について書かれているわ。私たち(エルフ)の言葉で書いてあるものもあるから難しいかもしれないけれど、良かったらもらってちょうだい」
「そんな! お祖父様との大事な思い出の品なのに!」
 薬の知識は確かに必要だ。欲しくないかと言われてばもちろん欲しい。だけど、大切な思い出の品をいただいてまで勉強することではない。
「もしかして、これってイレーネ先生が……」
「お使いついでに薬学の知識について教えて欲しいですって。イオリちゃん大事にされているのね」
 片目をつぶっての返答に胸が熱くなる。またきてもいいですかと聞いて、頭をしっかり下げてからその日は施療院まで戻った。そして、施療院ではリオさんから解剖学の本を借りた。

 まだまだ道のりは長いけど、少しずつ頑張ろう。本を胸にそうかたく誓った。








過去日記
2010年04月25日(日) 「Sel'ge Liebe auf den Mund」UP。
2007年04月25日(水) いろいろいじってみよう
2004年04月25日(日) 第三部

2012年04月24日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・74

「お花も売ってあるけれど。残念だけどここは花屋ではないわ」
 苦笑するカターニャさんに慌てて非礼をお詫びする。イレーネ先生の知り合いなんだ。お花屋でもおかしくはないけれど、医術の関係者の方が断然しっくりくる。
「初めての方にはよく間違えられるから気にしてないわ」
 おおらかに朗らかに笑う薬屋さんに安堵した。エルフは長命だと聞くから見た目よりも本当にたくさんの経験をしてきたんだろうな。そんなことを考えていると、要件を伺おうかしらと続きを促された。
「院長先生──イレーネ先生からのお手紙です」
 持っていた手紙を手渡すと、白い指が筆跡をたどった。
「あなた、イオリさんって言うのね」
 手紙にはわたしのことも書いてあったらしい。ここのところ、手紙をあちこちに運ぶ用事が多いなあと自分でも思う。手紙運び専門の仕事でもないのかしら。わたしに頼むよりよっぽど効率が良さそうだけど。
「あなたの好きな色は何?」
 そんなことを考えていると、そんなことを聞かれた。
「色、ですか?」
「ええ、色よ。このお店の中にあるものだと助かるのだけれど」
 店内には色とりどりの植物があった。花が咲いているものもあって、行きつけの人でなければ花屋さんかと見間違うくらいに。赤、青、黄色の花。つぼみのものもあれば、緑の葉がおおいしげったものもある。店内のものがいいのなら。
「青でしょうか」
 あたりを見回して青を──正確には青い花をつけた植木鉢を指さす。
「これはね、青霧草(アオギリソウ)というの。花言葉は『誠実』」
 本当にお花屋さんみたいだ。






過去日記
2010年04月24日(土) 委員長のゆううつ。21
2005年04月24日(日) お金の使い方
2004年04月24日(土) お絵かき

2012年04月23日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・73

「ごめんください」
 店内に声をかけるけど、返事はない。
「誰かいませんか?」
 今度はさっきより大きな声で呼んでみる。やっぱり返事はなかった。仕方がないので店舗を眺めて時間をつぶすことにする。
 目の前に広がるのは大量の緑。みずみずしい新緑の葉に、色とりどりの花が咲き乱れている。イレーネ先生の地図はここであっているはずだし、お花を注文していたんだろうか。
「あら? どなたかしら」
 声にふりむくと、そこにはエプロン姿の長身のお姉さんがいた。
 お店の店員さんなんだろうか。薄水色の簡素なワンピースに緑色のエプロンを身につけている。白がかった金色の髪に人間には見られないとがった耳。その容姿を形どる種族といえば――
「……エルフ?」
 思わず口にしてしまい、慌てて口をおさえる。初対面の方にあんまりなもの言いをしてしまった。
「エルフを見るのははじめてかしら?」
「すみません。すっかり見とれてしまいました」
 下手にとりつくろっても仕方ないので素直にうなずいた。高貴で美しく、とがった耳が特徴的な人間とは異なる長命の種族。森の奥に住んでいて人間とあまり関わりたがらない、だったような気がする。
 なけなしの知識を頭の引き出しからとりだしてみる。目の前にいる女の人は確かにエルフなんだろう。でも優しげなアイスグリーンの瞳からは人を敬遠しているような雰囲気は感じられない。
「はじめまして。私はカターニャ・ヴォロフ。見ての通り、ここ『猫の髭(ひげ)』で薬屋を営んでいるわ」
「お花屋さんじゃないんですか?」
 失礼な声が再び口からもれてしまった。











過去日記
2010年04月23日(金) 委員長のゆううつ。20
2005年04月23日(土) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,52UP
2004年04月23日(金) 「EVER GREEN」5−12UP

2012年04月22日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・72

 新しい薬を頼んでいたんだ。お茶の礼も兼ねてお使いに行ってきてくれるかい?

 イレーネ先生に頼まれた課題の一つだ。今までは院長先生と呼んでいたけれど、イレーネでいいと言われてからは、こう呼ぶことにしている。
「この道を真っすぐ行って、今度は左に曲がって」
 いつものように、地図を頼りに道を歩く。今回は案内役のユータスさんはいない。アルテニカ家には厄介になり続けてるし、いつまでも頼りっぱなしでは悪いし。そもそも彼は職人さんなんだ。人にかまっている場合じゃないだろう。そう思っていると、『いいから連れ出してあげて。この子にお日様の光を浴びさせてあげて』と半ば懇願のようなお願いをされた。流石にいたたまれなくなって、次の機会の時はご一緒させていただきますと返したけど。
 アルテニカ家は基本的には仲がいい。だけど、長男に対してだけはなんというか、過保護の反対をいっているような気がする。あえて崖に突き落としているというか。突き落とされた本人は存外ケロッとしているから成り立っているのかもしれないけど。修業先の工房へは半分住み込みで働いているらしい。形は違えどわたしのやりたかったことをずっと前からやっているのは素直にすごい。
「アルテニカ家じゃなくて、まずは自分のことから始めないと」
 異国へやってきたのは居候をするためじゃない。医学を学ぶためにきたんだ。これはその第一歩。気を引き締めないと。
 ぱんと両手で頬をたたき、歩みを進める。目の前にはお茶のポットと何かの植物が描かれた看板があった。






過去日記
2011年04月22日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−11UP
2010年04月22日(木) 委員長のゆううつ。19
2007年04月22日(日) 「EVER GREEN」11−11UP
2004年04月22日(木) 健康診断

2012年04月21日(土) 「放課後」UP

許可をもらったのはずいぶん前。更新できたのはつい最近。
そして日記を書くのが今日になります。

……本当にもうしわけないです(涙)。


委員長と先輩の第二弾です。
そして元ネタはこちら




本当にすばらしいです。なんでみなさまこんなにもすばらしい絵がかけるんでしょう。先輩、いいなぁ。なんか色気がありますよ。うん。詩帆も詩帆で済ました感じがいいし。



肝心の本編はまだまだです。うん。ちゃんと書こう……そのうち(ぇ。






過去日記
2010年04月21日(水) つかれてるひと。7
2006年04月21日(金) 最近の近況
2004年04月21日(水) とある兄弟の会話・2

2012年04月20日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・71

「それで。先生のおめがねにはかなったんですか?」
 要領をえないまま、リオさんが院長先生に尋ねる。


「ちょうど人手もたりないし、従業員を募集しようかと思っていたところではある」
「だったら――」
「だからといって、見ず知らずの人間を急に家で住み込みで働かせるってわけにもいかないな」
 それはそうだろう。今日知り合ったばかりの人間をいきなり住み込みで働かせるってわけにもいかないだろうし。そうなると、どこか宿を借りて一から施療院を訪ねて回るしかないだろうか。
「だから。これならどうだろう?」
 一人思案にふけっていると先生が人差し指をピッとたてた。院長先生が提案したものに唖然とする。確かにそれは理にかなっている。でも本当にそれでいいんだろうか?
「それでもいいなら試用期間ということでひきうけよう。どうする?」
 先生の提案に一も二もなくうなずいて。帰り際、今度はグラッツィア施療院からの手紙を二通持ち帰ることになった。
『人の手紙を勝手に見ないことは当然として。こちらの一通は君の実家にぜひ届けてほしい』
 先生にねんをおされ、ついさっき書いたばかりの自分の手紙と一緒に白い封筒に入れる。
 もう一つの手紙はアルテニカ家にあてられたもの。こちらも渡すと、イオリちゃんよかったわねと笑顔でかえされた。
 まさか、二つの手紙にあんなことが書かれているなんて当時のわたしにはしるよしもなかった。






過去日記
2010年04月20日(火) 委員長のゆううつ。18
2006年04月20日(木) これからの予定?
2005年04月20日(水) 「EVER GREEN」7−6UP
2004年04月20日(火) 集計中

2012年04月19日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・70

「二人?」
 何かあった際に紹介状が渡されるのはめずらしくない。だけど二人からというのは先生も意外だったらしい。おずおずと手渡すと、先生は便せんに目をとおしはじめた。
 一人は実家のお母さんから。これはそもそもおばさん夫婦にあてたものだけど、ティル・ナ・ノーグについたときにはひっこしていたから不要になってしまった。見せるつもりはなかったけど、せっかくだから目を通してもらってもいいんじゃない? と言われた。
 もう一つは前者を言ったユータスのお母さんから。せっかくだからこれも先生に渡してと頼まれてしまった。左から右へと先生の視線が便せんの上をせわしなく動いている。なんと書かれているか聞きたいところだったけど、初対面の人に聞くのも失礼だから表情だけで察することにした。
 便せんを丁寧にたたみなおしてわたしの方を向いて。
「君は今、アルテニカ家にお世話になっているのかい?」
「なりゆきで」
 アルテニカ家の長男をすったもんだの末、お星様にしてしまったからだとは口が裂けても言えない。当たり障りのない返答をすると、便せんを見てなるほどねとうなずかれた。
「君は、ここで医術を学びたいのかい?」
「医術は学びたいみたいだけど、今回は様子見ってところなんじゃ――」
「ここで学びたいです」
 リオさんとわたしの声が重なった。
「はじめは色々な施療院をみてまわるつもりでした。だけど、ここへ来て院長先生に教わりたいと思ったんです」
 ティル・ナ・ノーグで一、二を誇る名医だということはもちろんだけど、会う人会う人みんなが先生の名前を口にしていた。こうして初めて会って、驚きもしたけどやっぱり目の前の女の方に教えを請いたいを思った。
 だけど、初対面で医学を教えてください! なんて押しかけも同然。相手にも都合があるし大丈夫なんだろうか。
「君はお父さんのことが好きなんだね」
 そんなことを考えていると、ふいに考えてもみなかったことを口にされた。嫌いではないけれど、好きかと聞かれればなんと答えていいのか。なりふりかまわず言えば暑苦しいような。






過去日記
2010年04月19日(月) 委員長のゆううつ。17
2004年04月19日(月) 方言

2012年04月18日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・69

「長い話になりそうだね。せっかくだからトウドウの持ってきたものでもいただきながら話そうか」
「わかった。ちょいと茶の道具を借りてもいいか?」
 そう思って前々から準備はしていたよ。院長先生がそう言うと、用意がいいことでとソハヤさんが肩をすくめた。
「ちょいと待ってな。すぐできる。おまえさんは持ってきたもんでも用意してな」
 言われるままお土産のお菓子類を準備してもらった大皿にならべる。少しすると茶色の液体が入ったカップが人数分並べられた。
「これは?」
「白藤(しらふじ)茶。先生から頼まれていたんだ」
 お茶の中央に白い花びらが浮かんでいる。口にすると、口の中にほのかな甘みが広がった。
「この香りがいいんだ。仕事の息抜きにはちょうどいい。薬の成分も入っているようだが?」
「よくわかったな。調合が難しくてヴォロフさんの知恵を借りた」
 わたしが持ってきたクッキーは甘めのもの。その組み合わせは大丈夫だったのかなと心配になったけど、院長先生は気にすることなくクッキーに手をのばした。
「これはアフェールのものだね」
「わかるんですか?」
 驚くと、こう見えて先生は菓子関係にはかなり明るいんだとリオさんが教えてくれた。珍しいお菓子や食べ物のことを耳にすれば足繁くかよいつけるとか。藤の湯では甘味処も店内にある。なるほど。それでソハヤさんとのつながりがあるんだ。
「さてと。君の話を聞こうか」
 紅茶の一杯目を飲み終えたところで院長先生が向き直る。うながされるまま先生にこれまでのいきさつを話した。
 父親がティル・ナ・ノーグ生まれで今は白花にすんでいること。医術を学びたいと単身で船にのってここまでやってきたこと。10歳の時に大病をわずらって、外国からきた医師に命を救われた話をすると、そうだったのかとリオさんやソハヤさんが軽く目をみはった。
「それと、手紙を二つあずかってきました」






過去日記
2010年04月18日(日) 委員長のゆううつ。16
2004年04月18日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,9UP

2012年04月17日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・68

「準備はいいか?」
 ソハヤさんの声にうなずきを返す。お土産も持ったし紹介状も持った。あとは出たとこ勝負だ。

「邪魔するぞ」
 ソハヤさんが声をあげると、中からはいはーいと軽めの声がとどいた。
「いらっしゃい。トウドウの旦那にそっちは……イオリちゃん?」
「先日はお世話になりました。これ、良かったら食べてください」
 あらかじめ用意していたお土産のクッキーの入った包みを手渡す。リンゴではなかったものの、友人の作ったクッキーは包みをあけるとほのかにあまずっぱい香りがした。
「おいしそう。さっそくいただくよ。トウドウの旦那は何の用?」
「先生に頼まれてたもんができたから持ってきた」
 先生はとソハヤさんが尋ねると、そういうことならとリオさんは待っていてときびすを返した。
「待たせて悪かったね。トウドウ」
 出てきたのは腰まで届く赤い髪をゆるく三つ編みにした、わたしより少し背の高い――
「女の人!?」
 つい出てしまった声に慌てて口をふさぐ。ここティル・ナ・ノーグで一、二を争う名医だとは聞いていたけれど女の人とは思わなかった。
「こちらのお嬢さんは?」
「イオリちゃん。この前言ったでしょう? 医術を学ぶために白花(シラハナ)からやってきた子がいるって」
 ああそうだったと、緑の瞳が興味深そうにこちらをのぞく。
「宮本伊織……イオリ・ミヤモトです。よろしくお願いします」
「グラッツィア施療院にようこそ。私が院長であり当主のイレーネ・グラッツィアだ」
 この出会いが、後の異国での人生を大きく左右することになる。






過去日記
2010年04月17日(土) 委員長のゆううつ。15
2006年04月17日(月) 「EVER GREEN」8−11UP
2005年04月17日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,51UP

2012年04月16日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・67

『船の上の出来事といえば、嵐で一時期立ち往生してしまいました。ああ、今は無事にティル・ナ・ノーグにたどり着いているので安心してください』
 アルテニカ家の一室で、昨日の手紙の続きを書く。
『おばさんの家はなかったけれど、ティル・ナ・ノーグでできた知り合いのところに少しだけ泊まらせてもらうことになりました。この手紙はそこから書いています。
 知り合いのご家族はいい人達で白花から来たばかりのわたしにとてもよくしてくれます』
 嘘は書いてないよね。昨日知り合った人のお家にお邪魔させてもらってるんだから。
『この手紙が届く頃には、グラッツィア施療院という場所へ行ってきます。なんでもティル・ナ・ノーグで一、二を争う名医がいらっしゃるそうです。その辺りはお父さんが詳しいのかな。

 落ち着いたらまた連絡します。それまでお元気で。伊織』
 知り合いが男の子ということは伏せておいた。変に勘繰られても嫌だし、お邪魔するのも今日までだろうし。
 と当初は思っていたのだけれど。
 一日だけのはずが、アルテニカ家には結局それ以降も居候させてらうことになった。ユータスさんを藤の湯から連れ帰った際にアルテニカ一家に『あのお兄ちゃんがぴかぴかになってる!』といたく感動され生活習慣改善のためにももう少し長居してほしいと頼まれたからだ。正直気が引けたけど、藤の湯のことも気になっていたしご厚意に甘えさせてもらうことになった。そして思う。普通にお風呂に入ってきただけで感動されるユータスさんって一体何者なんだろうと。

 そして今日は、いよいよグラッツィア施療院に出かける日。






過去日記
2010年04月16日(金) 委員長のゆううつ。14
2004年04月16日(金) 企画中〜♪

2012年04月15日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・66

「それで、どこで医学を学ぶんだ?」
「グラッツィア施療院に行こうと思ってます」
 もともと、医学を学ぼうとは思っていたものの具体的な紹介先はなかった。だからおばさん夫婦の家にお邪魔させてもらいつつ、働きながら勉強できるところを探そうとしていた。それなのに、いざ来てみればおばさん夫婦はいないし拠点どころではなくて。
「グラッツィアねえ……」
「知ってるんですか?」
「知ってるもなにも、この辺りでは評判の名医だからなあ」
 ソハヤさんが教えてくれた情報はこうだった。曰く、ここティル・ナ・ノーグでは一、二を争う名医だとか。曰く、名家の出であるのに少々風変わりで滅多に弟子はとらないとか。
「じゃあ、そこで勉強させてもらうことは難しいんでしょうか」
「先生次第でしょうね。最近の情報ですし、詳しいことまでは私たちではわかりかねますし」
 引き継いだトモエさんの声に不安が胸をよぎる。
「行ってみるか?」
「え?」
「菓子の味見をしてもらう約束だったんだ。それがあと二日。
 そこにつくかどうかは別として、施療院の雰囲気くらいはつかめるだろ」
 どうする? の声に一も二もなくうなずいた。
「よろしくお願いします!」

 ちなみに、この間に道案内をしてくれていた男の子はというと。
「すごくくすぐったい……」
 藤の湯の名物の一つ。くつろぎの足湯で魚に身体中をつつかれていた。






過去日記
2011年04月15日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−10UP
2010年04月15日(木) 委員長のゆううつ。13
2007年04月15日(日) 「EVER GREEN」11−10UP
2006年04月15日(土) ありがとうございます
2004年04月15日(木) 「EVER GREEN」5−11UP

2012年04月14日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・65

「目の前がチカチカする」
 飛ばされた彼は本当にお星様になってしまっていたようだ。
「見た目が派手だったわりには怪我してないのな。嬢ちゃんのコントロールがいいのかそっちのがよっぽど鍛えてるんだか」
「派手って、俺なにかされたのか?」
 そのあたりはわかりません。いつか海のおにーさんに会うことが出来たら伝えておきます。
 目は覚めましたかと半分嫌味を交えて言うと、彼は「ん」と一言うなずいた。
「それで、ここはどこなんだ?」
「藤の湯ですよ。良かったら入っていってください」
 お茶を出しながらトモエさんが言う。
「入りたいのはやまやまなんですが、持ち合わせがないんです」
 さっきのクレイアのお店でお土産を買ってしまったから持ち合わせはほとんどない。ただでさえ、こうして好意に甘えているんだし申し訳なさすぎる。そう思っていると、ついてきなとソハヤさんに半ば強引に連れられることになった。

 ほどなくしてついた場所は。
「これなら文句ないだろ」
「足湯ですか」
 ズボンを膝上までまくって足をひたす。じんわりと温まってくるから不思議だ。
 なんでも足湯だけは無料で、足を湯に浸しながらデザートに舌鼓をうつのがここ、藤の屋の通なくつろぎ方なんだそうだ。
「医学の勉強ねえ。なかなか見上げたもんじゃないか」
「そうですね。単身で白花からこんな遠いところまで来るなんて、イオリちゃんすごいわあ」
「……お前も似たようなもんだっただろ」
 呆れたような声にトモエさんがふふっと意味深な笑みを浮かべる。
「ああ見えて、トモエさんは押しかけ女房なんですって」
 あとでパティさんがこっそり耳打ちしてくれた。異国の地で会った同郷夫婦はとても素敵な人達だった。 












過去日記
2010年04月14日(水) 委員長のゆううつ。12
2006年04月14日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」エピローグUP
2005年04月14日(木) ナチュラルサイトレーラー
2004年04月14日(水) とある兄弟の会話

2012年04月13日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・64

 どこかの海のにーさんが言っていた気がする。衝撃波の程度はまだわからないから自分で試してみてって。
「…………」
 無言で左腕にはめた腕輪に手を添えて、石を軽く叩く。光ったかと思うと右手には父親からの贈り物が姿をあらわした。
「なんだ? そのけったいなものは」
「どこかの海のおにーさんに聞いてください」
 ソハヤさんの疑問はスルーして、両手でハリセンを握りしめる。自分で試してってことなら、自分次第で力加減もどうにかなるってことだよね。
 だったら。
「いいかげん、起きんかユータああああ!!」

 スパあああああん!

 ものすごい勢いで、長身の男の子が2階に飛ばされていく。前の時はお星様になったけれど、今回は控えめにしたから階段を上がってすぐのところで転がる程度で済んだ。
「オレもこっち(ティル・ナ・ノーグ)に来てそれなりに経つけど、吹っ飛ばされて二階へ行った奴は初めてみた」
「本当ですね。怪我がないといいんですけど」
「イオリさんすっごおおい!」
 東堂夫妻が思い思いの声とパティさんが感嘆の声をあげる。とりあえず、ここでハリセンを使うことはなぜか受け入れてもらえた。

 念のためにユータスさんに怪我がないか確認したけど、打ちどころが良かったのか怪我一つなくて。この光景はこれから先、藤の湯に温かく見守られることになった。






過去日記
2011年04月13日(水)  「クール系お題」その10
2010年04月13日(火) 委員長のゆううつ。11
2006年04月13日(木) 風の歌 星の道
2005年04月13日(水) 職場
2004年04月13日(火) 好きなゲームで語ってみよう

2012年04月12日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・63

「そちらの方は白花の方かしら? はじめまして。私は藤堂巴(トウドウトモエ)。『藤の湯』の従業員でソハヤさんの妻です」
 おっとりとした雰囲気の黒髪の美人。初対面のはずなのになぜかこちらの方がどぎまぎしてしまう。
「はじめまして。宮本伊織(ミヤモトイオリ)です」
「トモエさんはね。故郷では『シラハナナデシコ』って言われていたんですって。
 トモエさん、イオリさんはシラハナから昨日ついたばかりなんですよ」
「あら、やっぱりそうなのね。遠いところからティル・ナ・ノーグへようこそおいでくださいました」
 パティさんの声にこくこくとうなずいてしまう。確かにしとやかな雰囲気に何か芯の強さが感じ取れる。まさに白花撫子と呼ぶにふさわしい。
「そちらの方はつかれているのかしら? 二階に休憩どころがあるからお連れしましょうか?」
 心配そうな声に慌てて首を横にふる。初対面の方にそんなことまでしてもらったら申し訳なさ過ぎる。
「この人の家に昨日からお世話になっていて。街を案内してもらっている途中で眠ってしまったんです」
 確かに案内はしてもらったし、クレイアと改めてお友達になることができた。だけど、それから先のことは想定外だった。ニナちゃんがグールみたいと言っていたけど本当にこのままだったらどうしよう。
「だったら二階にでも連れて行くといい。今なら人もいないだろ」
 そんなことを考えていると店主のソハヤさんがこともなげに言った。
「とはいえにいちゃんの図体はでかそうだからなぁ。問題はどうやって運ぶかだ」
 連れてくじゃない。荷物みたいに『運ぶ』になってる。
 連れて行くにしても運ぶにしてもソハヤさん一人でも大変そうだし女性三人でも難しそうな気がする。一体どうやって連れて行くか。そんなときに思い浮かんだのは先日の見知らぬ人からの手紙だった。 






過去日記
2011年04月12日(火) 「クール系お題」その9
2010年04月12日(月) 委員長のゆううつ。10
2006年04月12日(水) 最近ごぶさただったので
2004年04月12日(月) SHFH11−8

2012年04月11日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・62

「琥珀?」
「知ってるんですか?」
 知ってるもなにも、わたしの国で売られていた飲み物だ。白花造りの建物もだけど、異国の地で祖国の飲み物にこんなにも早くお目にかかれるとは思わなかった。
 透明な瓶のふたをあけてこくこくと飲んでみる。文字通り琥珀色の液体は懐かしい甘みとほんの少しのほろ苦さがのどに残った。ちなみにお父さんはお風呂上がりに買いだめしてあったこれを腰に手をあてて一気飲みしていた。
「琥珀を知ってるたぁ、おまえさん通だね」
 声にふりかえると、そこにはパティさんと同じく着物に身をつつんだ男の人がいた。
「ん? 見慣れない顔だな。もしかして白花のもんか?」
「最近こちらに来られたそうですよ。ソハヤさん」
 年配と呼ぶには若い成人した男の人といった感じ。着物に描かれた紋様は。
「『明けの藤笠(ふじかさ)』!?」
「そこまで知ってるたぁ、ますます通だな」
 同郷と同じ黒の瞳が軽く目をみはる。知ってるもなにも、ミヤコ地方を通り過ぎた時に、しばらくはこの味を味わえないだろうからってお父さんと一緒に食べた。白花でも一、二を争う都地方での人気菓子店。後から聞いた話だと、白花であつかっているお菓子はこちらだと『和菓子』と呼ばれるんだそうだ。
「お父さんが大好きで、都を訪れるたびにお土産を買ってきてくれていました」
 それにしてもお父さん、祖国はティル・ナ・ノーグのはずなのに白花の文化に詳しすぎる。
「それじゃあお得意さんってわけか。こんなところで白花の人間に会えるなんてなあ。ちなみにおまえさん、白花のどこの生まれだ?」
「カルデラです」
「カルデラか。あそこからここまで来るのは大変だっただろ」
 その後、故郷についてソハヤさんといろんな話をした。やっぱりソハヤさんは白花の都地方の生まれで気になっていた家紋は都の老舗お菓子店の紋様だった。元々はお店の身内だったけれど、ティル・ナ・ノーグに来たことで転じて大衆浴場を経営することになったんだそうだ。
「ソハヤさんどうされましたか?」
 つい故郷の話でもりあがっていると、鈴を転がしたような心地よい声が耳にとどいた。
「あら。そちらの方は気分がすぐれないのかしら?」
「あ」 
 ユータスさんのことをすっかり忘れていた。






過去日記
2011年04月11日(月) 「クール系お題」その8
2010年04月11日(日) つかれてるひと。6
2005年04月11日(月) お疲れ様でした
2004年04月11日(日) 姓名判断

2012年04月10日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・61

 見慣れないようで見たことがあるような白花の紋様。
「あれ? ここじゃありませんでした?」
 コバルトブルーの瞳が不思議そうにこちらをのぞいている。ふわふわのハニーブロンド。年はわたしと同じくらいなのかな。でも着物の上からもわかるスタイルの良さはなんというか、その、コンプレックスを刺激させてられてしまう。
「……うーん」
 目の前というか、目下の男の子との一件があった後だと特に。
「申し遅れました。わたしの名前はパティ・パイ。ここ、大衆入浴施設『藤の湯』の従業員です!」
 元気で明るいはきはきとした声。きっと従業員さん件、看板娘さんなんだろうな。
 話をもどすけれど、クレイアから渡された地図は確かにここであっていた。目の前の男の子に活を入れるのにもってこいだからとも言っていたし、お風呂に入ってこいって意味なのかな。
「はじめまして。わたしは宮本伊織……イオリ・ミヤモトです」
 この国の流儀にのっとって自己紹介をする。
「イオリさんですね。入浴施設は初めてですか?」
「はい」
 正確にはちょっと違う。そもそも大衆浴場は白花の文化だし、家にだってお風呂はあった。あったけど、『白花に入れば白花に従え』というお父さんのよくわからない格言で強制的に地元の浴場に引き出されていた。体をきれいにすることはなんの異論もないしさっぱりするから気持ちいいのだけれど。人が集まれば当然ながらそのぶんだけ人の体型を目のあたりにするわけで。
「これでもわたしはれっきとした女です」
 視界をはるかかなたの故郷に向けて、自己紹介に付け加えておいた。髪を伸ばせば少しは年頃の女の子らしく見えるのかな。そんなことを思いながら。
「お近づきの印にどうぞ」
 瓶につめられた茶色の飲み物を差し出しながら、さっきと同じ青の瞳が優しげにのぞいている。本当に目の前の女の子はこの施設の看板娘さんだった。






過去日記
2011年04月10日(日) 「クール系お題」その7
2010年04月10日(土) 委員長のゆううつ。9
2005年04月10日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,50UP
2004年04月10日(土) 「EVER GREEN」5−10UP

2012年04月09日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・60

「あの、その格好」
 同じ年くらいの小柄な女の子。その子はこの街にはいささか不つりあいな着物にエプロンを身につけている。って――
「着物?」
「そう。着物だよー。あら? あなたも着物きてるんだね」
 着てるもなにも、わたしの国の正装。普段着だし。それにしてもエプロンに描かれている紋様。どこかで見たことがある。着物を着ているから白花にゆかりのある人で間違いないんだろう。
 じゃああれは、一体どこで――
「……すー」
 そうだった。まずはこの状況をどうにかしないといけないんだった。
「あれ? ユータスくんじゃない」
「しってるんですか?」
「時々ニナちゃんに連れられてきてますから」
 ここでもニナちゃんがらみだった。
「知り合いにここの場所を紹介されたんです。行く途中で彼が眠っちゃって」
 そ言ってクレイアから手渡された地図を見てもらう。地図を手に取りコバルトブルーの瞳が真剣にのぞき込んだ後。
「なんだ。うちのお店じゃない。着いてきて」
 そう言うと、道を迷うことなくすたすたと歩き出した。力があれば道ばたで倒れた男の子を担いではこびたいところだけど、仕方がないのでほおをぺちぺちとたたく。
「いい加減起きてください。ユータスさん!」
 曲がって、さらに曲がって突き当たりをまっすぐ進んで。進んでは止まって、止まってはまた進んで。
 ようやくたどり着いた場所は。
「おいでませ。藤の湯へ!」
 懐かしい大きなたてものがそこにはあった。






過去日記
2011年04月09日(土) 「クール系お題」その6
2010年04月09日(金) 委員長のゆううつ。8
2004年04月09日(金) お花見

2012年04月08日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・59

 結局、クレイアのお店では日持ちのするお菓子を買った。本当ならこのままグラッツィア施療院に挨拶に行きたいところだけど、先生は数日お休みだって整体師のリオさんが言っていた。それならせっかく案内役のユータスさんもいることだし街を歩いてもいいのかな。
「観光するならここへいってみなよ。まずはそいつの頭も覚ました方が良さそうだし」
 その案内役は半ば船をこいでいるような気もするけど。1人でうろうろするより店員さんの提案にのるほうが確実だ。
「ここをまっすぐ進んで、突き当たりを右にまがる」
 お菓子屋さんの店員さんからもらった簡単な地図をたよりに道を進む。それにしてもここって海の街なんだなあ。船から下りたときから感じていた。わたしの住んでいたところはカルデラだったから田んぼや畑だったから潮の香りなんか全く感じることはなかった。
「その後は左に曲がってひたすらまっすぐでいいんですよね?」
 確認もかねて隣をふりかえると誰もいない。あれ? さっきまで一緒に歩いていたはずなのに。
 慌ててさっきの道を引き返すと。
「…………」
 ユータスさんは寝ていた。
 道の真ん中で。周りの人が遠巻きにみているけれど、思ったより反応が薄いような気がするのはわたしの気のせい?
「ユータスさん!」
 軽く肩をゆすってみたけれどさっきと同様やっぱり起きてくれない。
「だから、ユウタってば!」
 だからもう一度さっきと同じ要領で起こそうとしたけれど、耐性がついたのか眠り足りないのか、やっぱり起きてくれない。かといってこのまま野ざらしにしておくわけにもいかないし。
「こんな道ばたでどうしたの?」
 顔をあげると、そこにはやわらかなハニーブロンドを一つに結わえた青い瞳の女の子がいた。






過去日記
2011年04月08日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−9UP
2010年04月08日(木) 委員長のゆううつ。7
2007年04月08日(日) 「EVER GREEN」11−9UP
2006年04月08日(土) お花見
2004年04月08日(木) SHFH11−7

2012年04月07日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・58

「こりゃ完全に寝てるね」
 クレイアが軽く肩をすくめる。態度枯らして、もう慣れっこのようだ。
 どちらにしても、人様のお店で眠ったままというわけにもいかない。起きてくださいと何度も声をかけても「ん──」というばかりで反応はなきに等しい。かといって、昨日会ったばかりの人を強引に揺さぶるのも気が引ける。
 船をこぐたびに揺れる薄茶色の髪。思い浮かべるものといえば、
「起きなさいユウタ!」
 結局大声をあげてしまった。ユウタは言わずもがな、白花の家で飼っている柴犬だ。 
「……ユータスのこと?」
 店員さんがきょとんとした表情をする。それはそうだ。まさか犬の名前を呼んで起こされ人はそういないだろう。こほんと咳払いをすると、もう一度彼に向かって呼びかける。
「起きてください。ユータ──」
 今度は控えめに体を揺さぶってみる。ちなみに家のユウタもこんな感じ。そもそも朝、顔をなめて起こしてくれることの方が多い。でも男の子の髪が揺れるだけで、一度開きかけた瞳は閉じられたままだ。
「いい加減起きんか! ユータ!!」
 勢い余った故郷のカルデラなまりで叱りつけると。
「……何?」
 ようやく目が開いた。
「あんた、ここに一体何しに来たの」
 呆れ顔のクレイアに眉根を寄せた男の子は。
「……何しに来たんだろう?」
 まだまだ夢のなかのようだった。






過去日記
2011年04月07日(木) 「クール系お題」その5
2010年04月07日(水) 委員長のゆううつ。6
2006年04月07日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,100UP
2005年04月07日(木) 「佐藤さん家の日常」学校編その7UP
2004年04月07日(水) SHFH11−6

2012年04月06日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・57

「いらっしゃいませ──って、昨日の?」
 出てきたのは昨日と同じ、わたしと同世代の女の子。
「こんにちは。さっそくお邪魔してます。今日も買わせてもらっていいですか」
 味は昨日の一件でよく分かった。アルテニカさんがどういう了見で連れてきてくれたのかはわからないけどちょうどよかったかも。
「あれ? そっちにいるのは珍しい客だね」
 どうやら隣の男の子のことを言ってるらしい。ニナちゃんたちの弁ではないけど、本当に外に出るのは珍しいらしい。
「アルテニカさんはわたしの付き添いなんです」
 クレイアさんに今までの経緯をかいつまんで話す。ジャジャじいちゃんと施療院まで行ったこと。リオさんにもあったけど先生は不在だったこと。帰り道の途中で隣の彼にあったこと。
「アルテニカさんは──」
「ユータスでいいんじゃない?」
 何度目かの姓呼びにクレイアさんが眉を潜めた。
「ここに買い物に来てくれるのだってもともとはニナちゃんなんだし。確か弟もいるんだよね。誰を言ってるのか紛らわしい」
 なるほど。そういう経緯でこのお店を知っていたんだ。出不精と言われている彼がなぜこの店を知っているのかがよくわかった。
「じゃあ、ユータスさんと呼ばせてもらっても」
 構わないですか? そう了解をとろうとして隣をみて。
「…………」
 男の子は目を瞑ったまま動かない。






過去日記
2011年04月06日(水) 「クール系お題」その4
2010年04月06日(火) 委員長のゆううつ。5
2008年04月06日(日) サイト名あいうえお作文バトン です
2005年04月06日(水) まつけんさんば
2004年04月06日(火) SHFH11−5

2012年04月05日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・57

「私?」
「グラッツィア施療院に行くんだろ? 医術を学びたいってことは昨日聞いた。医術を学んでその後どうするつもりなんだ?」
 紹介状は書いてもらった。でも肝心のおじさんおばさんは家をひきはらっていたし。昨日は運良くアルテニカさんのお家に泊まらせてもらえたけど、いつまでもお世話になりっぱなしというわけにはいかない。考えることが山積みだ。
 長身の男の子。私とほぼ変わらない年代で修行をしていて。初対面でこそ、ぼうっとしていたけど実はすごい人なのかも。私にはできるのかな。医療を学びたいって一心で単身でやってきたのはいいものの、ちゃんと学ぶことはできるのだろうか。そもそも、先生はどんな人なんだろう。学ぶことを受け入れてもらえるんだろうか。
「今すぐ答えがだせる問題じゃないか」
「……そうですね」
 むやみに考えすぎて不安になるよりも、まずはやるべきことをやるのが先だ。もたげた不安をふりはらうようにかぶりをふると、隣の男の子について行く。
 ほどなくして、一軒の建物にたどりつく。
「あれ? ここって――」
「知ってるのか?」
 彼に連れられた場所。そこは昨日道すがら訪れた場所だった。






過去日記
2011年04月05日(火)  「クール系お題」その3
2010年04月05日(月) 委員長のゆううつ。4
2007年04月05日(木) オリキャラメイキングバトン。SHFH編
2006年04月05日(水) 成分分析
2004年04月05日(月) 未だに出会いなし

2012年04月04日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・56

「お土産?」
 首をかしげる彼に、お願いしますと伝えた。期日をあらためて施療院に伺うと言伝はしたものの、手土産の一つもなければ失礼だろう。そう思ったからだ。それを伝えると、ユータスさんはそう言うものなのかと首をひねった。
「私の生まれた場所ではそうなんですけど、こちらでは違うんですか?」
「よくわからない。兄弟子たちには聞いてない」
 相変わらず首を捻ったままの男の子。兄弟子という言葉が気になって尋ねてみるとなんと彼はすでにどこかのお弟子さんなのだそうだ。
「すごい! そんな若さで工房を持っているんですか?」
 成り行きとはいえ身近にそんな人がいるなんて思ってもみなかった。中ば興奮して尋ねるとそれも少し違うと言われた。
 なんでも弟子入りしたのは早かったものの、今は卒業制作に明け暮れている最中なんだそうだ。
作ろうとは思っていても、何を作ればいいのかわからない。デザインのヒントになればと山を散策中にペルシャを見つけ、そのままうたた寝していたところを私に発見されたと言うわけだ。
「じゃあ、自分の工房は持たないんですか?」
「……よくわからない」
 周りには独立しろとつつかれているらしい。だけど、自分から率先して何かを作りたいという情熱はなく。兄弟子たちに教わりながら技術を習得する日々が性にあっているそうで。
「そういうものなんですか?」
「……よくわからない」
 さっきと同じ返事が返された。 
「あんたはどうなんだ?」






過去日記
2011年04月04日(月) 「クール系お題」その2
2010年04月04日(日) 委員長のゆううつ(仮)。3
2007年04月04日(水) 寝る前にちょっとだけ
2006年04月04日(火) 三周年
2005年04月04日(月) 気づけば本・二周年。
2004年04月04日(日) 本・一周年

2012年04月03日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・55

 あれよあれとと言う間に追い出され……もとい、外に出された私たち。
「寒い」
 隣にいる男の子はそう言って目をこすっていた。
「無理しなくていいですよ? 泊めてもらっただけでも充分です」
 本当なら宿を借りるところだったのにハリセンで吹っ飛ばしてしまったし。かっとなってしまったとはいえ失礼に当たってしまうし。
「…………」
「おせわになりました」
 何か考えてるのかな。それとも眠くてぼーっとしてるだけなのかしら。考えあぐねていると、
「どこかある?」
 そんな呟きが聞こえた。
「行ってみたいところ」
「私のですか?」 そう言うと彼は首を縦にふった。
「母さん達に頼まれたから。何もしないで帰ったら何を言われるかわからない」
 確かにあの様子だと後が大変そう。
「じゃあ、さっそくお願いします」






過去日記
2011年04月03日(日) 「クール系お題」その1
2010年04月03日(土) 「つかれてるひと。」プロローグUP。
2007年04月03日(火) 色々いじってました
2006年04月03日(月) わりと暇な一日
2004年04月03日(土) 4月です

2012年04月02日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・54

「お気持ちだけで充分です。ありがとうございまし――」
 長居してもよくない。一泊させてもらっただけでもありがたいのに、朝食までいただいた。そのうえさらにご厄介になろうだなんて虫のよすぎる話だし。
「イオリちゃんは急いでいるの?」
「そんなわけじゃないけど」
 ニナちゃんの声に首を横にふる。施療院の場所は昨日行ったからすぐにでもいける。リオさんの話だと先生が帰ってくるまでには時間がかかるそうだから、おばさん夫婦の家からあたりを散策しようと思っていた。だけど、そのおばさん夫婦はあいにくの留守。というよりも引っ越して存在はもぬけのから。だから、間借りできる場所を探してみよう。そう思っていた。
 その旨を伝えると、だったらとさらにお願いされた。
「女の子が全く知らない場所を一人で歩くのは危険でしょ? こんな背の高さだけが取り柄でもお兄ちゃんは男だし、生粋のティル・ナ・ノーグ生まれなんだから。ここは絶対案内してもらったほうがいいよ」
 確かに一人で歩き回りよりも案内がいた方が助かるけれど。それにしてもどうしてここまで良くしてくれるんだろう。むしろ、哀願されてるされてるようにも思えてくる。戸惑いの視線を弟くんに向けると、『ねえちゃんは心配なんだよ』と返された。
(兄ちゃんってほんとのほんきで出不精なんだ。気になることがあれば飛び出すくせに、それ以外のことはからっきし駄目でさぁ。今回だって、イオリさんのことがなかったら、それこそほんとの本気でグールになってたと思うよ)
 それはさすがに言い過ぎなんじゃと思ったものの、昨日の一連の行動を思い返して納得してしまう。すくなくとも、あの異様な光景と行動力は目を見張るものがあった。
「イオリさんが気に病む必要なんかないよ。むしろこっちからお願いしてるんだから」
 家族三人からの熱い視線を受けてさらに戸惑ってしまう。
 かけど、助かるのは事実だし好意に甘えてもいいのかな。
「それじゃあお願いします」
「オレ、何も言ってな――」
『まかしといて!』
 男の子の意思は他の家族の声にきれいにかき消されてしまった。






過去日記
2011年04月02日(土) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−8UP
2010年04月02日(金) 委員長のゆううつ(仮)。2
2007年04月02日(月) 中間報告二十回目
2005年04月02日(土) 仮面ライダー
2004年04月02日(金) 「EVER GREEN」5−9UP。

2012年04月01日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・53

「案内?」
おばさまの提案に彼が眉をひそめる。わたしも予想だにしなかったことだから、え、と食事の動作がとまってしまった。
「これも何かの縁なんだから、散歩がてら行ってらっしゃい。それとも何か用事があるの?」
「創作が──」
「なさそうね」
ユータス君の声を横に今度はわたしに向かって声をかける。
「イオリちゃんはここ(ティル・ナ・ノーグ)にきて間もないもの。知らない場所やいってみたいばしょだってあるでしょう?」
「でも、昨日に続いてお世話になるなんて──」
わたしの制止の声はおばさまのやんわりとした声にさえぎられる。
「遠慮しなくていいのよ。これは息子のためでもあるんだから」
どこがどう、息子のユータスさんの事になるんだろう。首をかしげていると二人の兄弟が説明してくれた。
「お兄ちゃん運動不足だもんね。これ以上家に閉じこもりっぱなしだったら本当にグールみたいになっちゃう」
「だよな。しかも自分の興味のあるところにしか出没しないもんな。知ってた? ティル・ナ・ノーグって兄ちゃんが思ってるよりずっと広いよ?」
なんだかひどい言いようだけど、当の本人はうーんとうなっている。おばさまの言うようにティル・ナ・ノーグは初めて訪れた異国の地だし、行ってみたい場所はたくさんある。でも、昨日であったばかりの男の子に頼むのも図々しすぎるんじゃないか。






過去日記
2011年04月01日(金) 「クール系お題」でやってみよう。
2010年04月01日(木) 委員長のゆううつ(仮)。1
2007年04月01日(日) わたぬき
2006年04月01日(土) エイプリルフール
2005年04月01日(金) つくづく騙されやすい人間です
2004年04月01日(木) SHFH11−4
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