2012年03月31日(土) |
白花(シラハナ)への手紙(仮)・52 |
「まあ、美味しそう。いただいてもいいのかしら」 「一人では食べきれないので。みなさんでどうぞ」 そう言うと、じゃあ遠慮なくとみんなの目の前でナイフで取り分けられた。お皿にひとりずつ取り分けられた後、わたしの目前にも焼き菓子がおかれた。 リンゴを使ったパイ。ひと口かじると酸味と甘みが口いっぱいに広がった。ティル・ナ・ノーグではリンゴが有名だってことは昨日教わったけど、なるほど、これならうなずける。 「こんなにおいしいものが作れるんだ」 お菓子屋さんで出会った女の子。わたしと同じくらいの年代なのにしっかり仕事してる。わたしも、あの子みたいにがんばれるのかな。 「イオリちゃんはこの後の予定は?」 そんなことを考えていると、おばさまに声をかけられた。 「施療院を見て回ってこようと思います」 もともと、それでシラハナから来たんだし。施療院は病気や怪我で傷ついた人を診る場所。故郷にももちろんあったけど、施療院というよりもどちらかといえば小さな小さな寄り合いどころ。わたしが病気になったころは隣町にしかいなかった。医療を学ぶつもりではあるものの、せっかくだから色々な施設を見てまわりたい。 あとは宿を探さなきゃ。いくらなんでも続けてお世話になるわけにはいかないし。 「ユータス。イオリちゃんを案内してあげなさい」 おばさまの声に再び我にかえった。
過去日記
2007年03月31日(土) 指定対象イメージバトンです。その2 2006年03月31日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,99UP 2004年03月31日(水) SHFH11−3
2012年03月30日(金) |
白花 (シラハナ)への手紙 (仮)・51 |
「イオリさんは兄弟がいるの?」 「わたしは一人っ子だったから」 それでも兄弟がいるって微笑ましいなあ。同世代の友達ならいたけど、ほとんどが男の子だったし。こんな会話も新鮮でうらやましい。 「でも家族は多かったからさみしくなかったよ。犬もいたし」 「イオリ姉ちゃん、犬かってたの?」 興味深々のウィルド君にうなずきをかえす。 「子どもの頃から一緒だったの。毎朝散歩してたんだ。 元気にしてるかなあ。ユウ──」 ユウタと続けようとして、ふと口をつぐむ。そうだ。どことなく似てたんだった。 「……?」 わたしの視線に気がついたんだろう。男の子が──いつまでたっても男の子じゃよくないか、ユータスさんがわたしの方を見て首をかしげる。 「お兄ちゃん、女の子をぶしつけに見るのは失礼よ」 もっともニナちゃんがたしなめると、ん、とまたスープを飲みはじめたけど。子どものころから一緒だった一番の友達。お父さんのことお願いしたけど大丈夫かしら。手紙もちゃんとだしておかないと。 そうだ。 「これ、良かったらどうぞ」 昨日道の途中で買ったアップルパイを手渡す。焼き菓子だから大丈夫なはず。おばさん達の代わりで申しわけないけど、一人では食べきれないし何より捨ててしまうのはもったいなかったから。
過去日記
2007年03月30日(金) 「EVER GREEN」11−8UP 2005年03月30日(水) 「佐藤さん家の日常」学校編その6UP。 2004年03月30日(火) SHFH11−2
2012年03月29日(木) |
白花(シラハナ)への手紙(仮)・50 |
「だれだ?」 男の子がぼうっとした表情で私の方を見る。 「だれだじゃないでしょ! 昨日お兄ちゃんを助けてくれた人!」 そんな彼を手慣れた仕草で起こすアルテニカ兄弟。軽くたたいたり引きずったりしてるのはご愛嬌なのかな。 「昨日……?」 首をかしげて再度わたしの方をじっと見て。しばらく目をつぶったかと思えば手をポンと叩いた。ついでペルシェとも叫んだ。 「それ、昨日も聞きました」 「ユータス=アルテニカ」 「それも昨日聞きました」 そう言うと『ん』とひとつうなずいた。かと思えば再び目を閉じようとして、そこをまたニナちゃんにゆさぶられて起こされて。 「ごめんなさい。お兄ちゃんひとつのことに夢中になるとまわりが見えなくなっちゃうくせがあって」 「……みたいですね」 昨日のあれが原因かと心配したけどどうやらそれだけでもなさそう。お母さんが呼んでるよと耳元で言われると、顔を洗ってくると部屋を出て行った。
「久しぶりのお客さまだからはりきっちゃった。お味はどうかしら」 アルテニカ家一同との食事はなごやかにすすんだ。手づくりのパンにリンゴのジャム。あたたかいスープに野菜サラダ。食事もさることながら、みんなの話し声が楽しそうで。 「それでさ、姉ちゃんったらひどいんだ。オレの荷物全部外に出すんだもん」 「前々から言ってたでしょ。『こんどしまわなかったら全部外にだすからね』って」 たわいもない会話なんだろうけど聞いてて飽きない。兄弟がいるってこんな感じなのかな。
過去日記
2011年03月29日(火) 今日は書けました。 2007年03月29日(木) 指定対象イメージバトンです 2006年03月29日(水) またまた 2005年03月29日(火) 中性的だそうです。 2004年03月29日(月) 好きなマンガで語ってみよう! その1
2012年03月28日(水) |
白花(シラハナ)への手紙(仮).49 |
グールっていうのは確かティル・ナ・ノーグに生息する怪物だった気がする。不幸な死を遂げてしまったもののなれの果てだって本で読んだ。別名人喰い鬼。直接目にしたことはないけれど絶対にお目にかかりたくはない。 「お「兄ちゃー ん起きてるー?」 兄弟ふたりの声に返事はない。昨日の今日だったからつかれがたまってるのかな。そう告げるとふたりに絶対違うって首を横にふられた。 「いつものことだもん」 「いつものことだよな」 そう言って強引に部屋に入っていく。 「そ、そうなのかな?」 半信半疑で後に続くと、そこには誰もいなかった。ベッドがひとつに散乱した本。見慣れないものがあたりにあふれている 。男の子の部屋に入るのはこれが初めてだけど、みんなこうなのかな。 視線をめぐらせて一歩、二歩歩いてみる。三歩目をすすめようとしてつま先が何かにぶつかる。それはどう考えても人間の感触で。 「ごめんなさい!」 あわてて飛びのくけれど、人間──男の子はびくともしない。昨日のこともあるし、もしかして打ちどころが悪かったのかな。 「あー、いた!」 そんなわたしの胸中をよそに、ヴィルドくんが男の子に近づく。 「ほら、起きて起きて」 ペシペシと頭とほおを叩くと男の子はうーんとくぐもった声をあげた。
過去日記
2007年03月28日(水) 一番バトンです 2006年03月28日(火) 外見について 2005年03月28日(月) 小さい頃から一日二時間以上テレビを見ている子に 2004年03月28日(日) ポポロクロイス物語
2012年03月27日(火) |
白花(シラハナ)への手紙(仮).48 |
おばさん達はどうしてるんだろう。手紙にも引っ越したってちゃんと書いとかなきゃ。そんなことを考えていると、人の気配がした。 「あれ? うーんと……誰?」 寝ぼけ眼で目をこする男の子。確かヴィルド君だったよね。 「おはようございます。昨日お世話になった宮本伊織――イオリ・ミヤモトです」 「ええっと、おはようございます。ヴィルド=アルテニカです」 こする手を止めておじぎをする。 「ええっと、なんでここに?」 「あなたたちのお母様からみんなを呼んでくるようにってお願いされたの」 そっかと手をたたく男の子。どうやらだんだんと目が覚めてきたらしい。 「みんなって、兄ちゃんと姉ちゃんだよね。姉ちゃんなら――」 「おはようございます!」 こっちはしっかり身支度を整えた妹のニナちゃんだった。 「昨日はお世話になりました」 おばさまやヴィルド君と同じようにお礼を言うとそんなにかしこまらないでくださいと言われた。つづいてこんなことも。 「もとはといえば、お兄ちゃんが悪いんだから。いっつもそうなんです。あてもなくふらふらさまよって最後はグールみたいに倒れてるんだから」 「時々オレ達も捜索手伝わされるんだよな。弟のオレが言うのもなんだけど、もうちょっとしっかりしたほうがいいと思う」 しっかり目が覚めたヴィルド君も続けてこの台詞。どうやら昨日出会った男の子はなんというか、その、兄弟にあまり信用されてないらしい。 「それで、あなたたちのお兄さんはどこに?」 肝心の質問をすると、アルテニカ兄弟の長女と次男は二人顔をそろえてこう言った。 『またグールになってる』
過去日記
2010年03月27日(土) 「花鳥風月」05UP 2006年03月27日(月) 眼科 2005年03月27日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,48UP 2004年03月27日(土) 「EVER GREEN」5−8UP
2012年03月26日(月) |
白花(シラハナ)への手紙(仮).47 |
「おはようございます」 身支度を整えて広間に出る。そこには朝食の準備をするユータスのお母さんがいた。 「おはよう。昨日は眠れたかしら?」 話しかけながらも料理を作る手はとめない。このあたりはどこの国でも同じなんだなとなんだか感心してしまう。おかげさまでよく休めましたと伝えると、それは良かったと微笑まれた。 「主人は仕事で出かけているの。ばたばたしちゃってごめんなさいね」 「そんな。わたしも無理言って泊めてもらってありがとうございます」 恐縮しながら伝えると困った時はお互い様よと微笑まれる。昨日も思ったけどなんだか感じのいいお母さんだな。 「なにかお手伝いできることありますか?」 一宿一飯の恩義。声をかけるとじゃあ子ども達を起こしてもらえるかしらと頼まれた。
昨日は大変だったなあ。 あらためてティル.ナ.ノーグでの一日を思いかえしてみる。港についておじいちゃんに街を案内してもらって。途中で洋菓子店にお邪魔して。ああ、そういえば焼き菓子を買っていたんだった。本当はおばさん夫婦にお土産のつもりだったんだけど不在だったしこちらに食べてもらわなきゃ。
過去日記
2011年03月26日(土) 拍手レスです(個人的)。 2004年03月26日(金) SHFH11−1
2012年03月25日(日) |
白花(シラハナ)への手紙(仮).46 |
久しぶりに、実家の夢を見た気がする。 お母さん、元気にしてるかなあ。お父さんはきっと相変わらずなんだろうな。変な心配する前にちゃんと手紙書いておかないと。ユウタは── 「……そうだった」 ようやく現状を思いだしてベッド から起き上がる。着替えをしてカーテンを開けて。そこには故郷のシラハナとはひと味もふた味も違う景色が広がっていた。
過去日記
2011年03月25日(金) 委員長のゆううつ。STAGE 1「委員長の受難。」その7UP 2006年03月25日(土) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,98UP。 2005年03月25日(金) 社会人として嬉しい日 2004年03月25日(木) SHFH10−7
2012年03月24日(土) |
猫と魚の雨宿り(仮)・6 |
「さっきからずいぶん悲観的ですのね」 確かに。感傷的になってしまったようだ。オレらしくもない。 たぶんこれも雨のせいだ。 「別にわたしは全てを放棄したわけではありませんわ」
「猫になってあなたを食べるのも楽しそうですもの」 ガタッ。 「冗談ですわ。それくらいわかるでしょう?」 「そうだね。冗談、だよね」 ぜひ冗談であってほしい。呪いをかけられたとはいえ猫に喰われておしまいという結末だけは嫌です。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「本当にやみましたわ」 二人で頼んだ食事を食べ終えた頃。雨はすっかりあがっていた。これからどうするのかと尋ねると家(ブランネージュ城)に帰るらしい。 「ヤーヤ」 振り向きざまに声を送る。 「君に、海の恩恵のあらんことを」 きっと今日のことは忘れてしまうんだろう。それでも君はヒトなのだから。自分で決めた道をしっかり歩いてほしい。
――行ってみたかったなぁ。ティル・ナ・ノーグに――
「やってきたよ。テティス」 父なる海はきょうも、穏やかな波をたずさえて輝いていた。
過去日記
2004年03月24日(水) ミーハーにつき。その3?
2012年03月23日(金) |
猫と魚の雨宿り(仮)・5 |
「そういうあなたはどうなんですの」 「オレ?」 まさかオレに興味を持たれるとは思わなかったからつい手が止まってしまった。 「何か目的があってここ(ティル・ナ・ノーグ)へきたんじゃありませんの」 「……どうしてそう思うんだい?」 「目。行き場を失った人間の子どもみたい。ずいぶん大きな迷子みたいですわね」 「そうかもね」 きっと。ずいぶん前からオレは迷子なんだろう。
――オレが、君を連れて行く――
「置いていくんだ」
――連れて行ってあげるよ。ティル・ナ・ノーグへ。
「みんながオレを忘れていく。どんなに親しくても、どんなに憎々しくても」
――いつか、世界で一番綺麗なものを二人で見に行こう――
「オレもまだまだだよな」 本当に。
過去日記
2004年03月23日(火) 送別会
2012年03月22日(木) |
猫と魚の雨宿り(仮)・4 |
「君、さっきから妙にとげとげしくない? オレ、何かしたかな。今日が初対面だと思うけど」 「ええ。初めてですわ。でもなぜかしら。あなたを見ているとちょっかいをだしたくなりますの。食指が動くと言うべきかしら。目の前に高級なお魚をぶら下げられたみたい」 「……言っとくけどオレは食べても旨くないから」 もしかしてと以前と全く同じ問いかけをすると、これまた全く同じ返答をされた。この調子だと顔をあわせるたびに同じ会話が繰り返されそうだ。頭が痛い。 「なかなかやみませんわね」 窓の外を見ながらヤーヤがつぶやく。 「この料理を食べ終わるころにはやむよ」 「どうしてそんなことがわかりますの」 「昔、友人に教わったんだ」
――すごい。本当にやんだわ。 あなったって本当に物知りなのね――
「忘れていくってどんな感じ?」 飲み物を口にした後、聞きたかったことを質問する。 「知りませんわ。思い出せないんですもの。もしかしたらあなたとも会ったことがありますのかもね」 そう言って、大したことではないかのようにスープを口にする。 「……君は、それでいいの?」 「ええ。全て忘れることの方が、きっと私は幸せですもの」 どうやらオレと彼女の感覚はずいぶんと違うらしい。
過去日記
2006年03月22日(水) 暇な一日 2004年03月22日(月) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,8UP
2012年03月21日(水) |
猫と魚の雨宿り(仮)・3 |
――忘却の呪いに囚われた者と、自らすすんで呪いを受けた者か。これも何かの縁なのかもしれないな――
シリヤの言葉を思い出す。オレの呪いのことは置いておくとして。自分から呪いを受け入れたというシリヤの言葉に、目の前の彼女に自然と興味がわいた。 「ああ、ちょっと!」 「なんですの? ずいぶん馴れ馴れしいんですのね」 「この雨の中外に出る気かい」 雨はひどくなってきた。このまま外へ出ればずぶ濡れになってしまうことは容易に想像できる。 「雨がやむまでそこでお茶しない?」 あろうことか、オレのほうから天敵に声をかけてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして現在にいたる。 人間の言葉に言い換えると、オレのやった行為はナンパに分類されるらしい。 「あなたがシリヤの友達だということはわかりましたわ。でもどうして私を呼び止めましたの?」 それはオレのほうが聞きたい。なんでオレは天敵をナンパしたあげく、同胞を差し出しているのだろう。立ち話もなんだからと立ち寄ったお店。海竜亭と言うらしい。昼間にもかかわらず店の中には人がたくさんいた。 「あなたは食べませんの?」 「食べてるよ。……うん、美味しい」 きっと目の前の同胞もそれはもう、おいしくいただかれちゃってるんだろうね。もしオレが本性を顕(あらわ)して捕まえられたりなんかしたら、食卓に並ぶんだろうか。きっと何十人、何百人の人間のお腹を満たすことになるだろうけど。 「美味しそう」 それ。オレに対して言ってるんじゃないよね。
過去日記
2006年03月21日(火) Writer Batonです 2005年03月21日(月) へたれつながりということで 2004年03月21日(日) 色々
2012年03月20日(火) |
猫と魚の雨宿り(仮)・2 |
その日。外は雨が降っていて。 オレ、というよりも海霊(ワダツミ)にとって雨にぬれるという行為はあまり意味をなさない。本性は別にあるし、その本性自体が魚だしね。でも人間にとっては不可思議な行動に思われるらしい。オレとしてはそれはそれでかまわないけど、ここはヒトの流儀にのっとるということで、雨をしのげる場所を探してた。
『あ』 そこで出会ったのはピーコックブルーの瞳。しなやかな体と表現すべきなんだろうか。顔が半分くらいかくれる長めのフードをかぶってはいるけれど、その上からも体の線はみてとれる。そして、フードをはずせばオレらの天敵である獣の耳がのぞかせるということも。 「ヤーヤ、だったかな」 以前、ブランネージュ城に足を運んだときに出会った。 「どなたですの?」 まるで初めて対面したかのように目を細められる。ああ、そうか。彼女は『忘却』という代償と引き替えに精霊と契約したんだっけ。友人のシリヤが教えてくれた。『ついに我も人間と契約を交わすことになった』って複雑そうな表情でぼやいてた。 「人の顔をのぞき込むなんて、ぶしつけにもほどがありますわ」 もっとも当人は不機嫌そうにこっちをにらんでいるけれど。
過去日記
2009年03月20日(金) いよいよ明日 2005年03月20日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,47UP 2004年03月20日(土) お絵かき
2012年03月19日(月) |
猫と魚の雨宿り(仮) |
「お待たせしました。海王海老の姿焼きです」 目の前に出されたのは文字通りの巨大海老、アイビースの姿焼き。オレに言わせれば同胞の姿焼きとも呼べる。 「食べませんの?」 「……オレはこっちを食べるからいいです」 同時期に頼んだサンドイッチを手に相手に返す。 君は同胞を口にするんだね。ちなみに彼の名前は知らないけれど、簡単にお皿の上に乗ってしまったんだ。そこら辺の雑魚なんだろう。 「美味しいかい?」 「ええ。とても」 さらば。お前の体は吾らが宿敵の血となり肉となってしまうんだ。弱肉強食。これも世の定め。悪く思わないでくれ。 「でもなぜかしら。この魚料理よりもあなたの方が美味しそうに思えるなんて」 「……さあ。なんでだろうね」
そろそろ現実逃避をやめたほうがいいのかな。 おかしい。 どうしてオレはこの子とこんなところにいるんだろう。一対一でこうしてここにいること自体、自殺行為じゃないか。 外は雨が降っていた。 そう。この雨がいけないんだ。こめかみを押さえつつ、一時間前のことを思い返していた。
過去日記
2006年03月19日(日) 結婚式 2004年03月19日(金) 「EVER GREEN」5−7UP
2012年03月18日(日) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・17 |
「雨はやんだようです」 新しいお茶を準備した友人が再び姿を現す。そう言えばそんな話をしていたんだっけ。 「その花は?」 「テティリシア」 彼の言葉に愕然とした。どうして彼が彼女の本当の名前を知っているんだろう。ちゃんと伏せて話したはずなのに。 「先ほどの昔話には続きがあるんです。なくなった王国には一人の少女がいて、敵国の王子と結ばれぬ恋をしていたと」 ちょうど今の時期に咲くんです。彼の言葉が頭の遠くで響く。 「彼女は彼のことを忘れられずに、彼の瞳の色を模した花を庭中に飾っていたそうです。花言葉は『あなたのことを忘れない』」 「は……は」 まさか、そんなオチが待ってるとは思ってもみなかった。てっきり嫌われたとばかり思っていた。まさか覚えていてくれるなんて。
『お願い。人間を嫌いにならないで』
大丈夫だテティス。 オレは人間を嫌いにならない。
どうしてだろう。 どうしてヒトはこんなにも愚かで、こんなにも不器用で。
「うん。……綺麗だ」 青い花を手にとってつぶやく。
どうしてだろう。 ヒトはどうしてこんなに――いとおしいんだろう。
過去日記
2011年03月18日(金) 委員長のゆううつ。STAGE1-6UP 2006年03月18日(土) 漢字バトンです 2004年03月18日(木) 余白うめ。その2
2012年03月17日(土) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・16 |
(「嘘だな」) 二人きりの部屋で、もう一人の友人がつぶやく。 (「父親に勘当されて呪いを受けた? 海を離れたのはお前自身の意志だろう?」) 「勘当されたのは本当だよ。オレが海にいたら父上の立場が危うかったから」 ただでさえ抗争だらけの時代だったんだ。オレを引き合いにどんな仕打ちをさせるかわかったもんじゃない。 (「考えを改めるまで帰ってくるなと言われたそうだな。それはきっと、父親なりの優しさだろう」) 「そうであってくれることを願いたいね」
オレがケジメをつけます。 だから、オレを勘当してください。
それで放浪の末に幾人もの女をはべらせておくあたり確実に父親の血を引いているなと不本意なことを指摘された。人聞きの悪いことは言わないでほしい。ただでさえ他の人間、特にさっきまでいたフォルトなんかに聞かれたらどんな反応をされるやら先が思いやられる。 (「長年の放浪の末に、想い人の行きたかった場所にたどり着いた気分はどうだ?」) 「……思い人、だったのかな」 (「初恋ではなかったのか」) てっきりそうだと思っていたと、シリヤが初めて意外そうな顔をする。オレ自身よくわからなかった。ただ一つ言えるのは彼女の言葉がなかったら、これほどヒトに執着することもなかったんだろう。
ただ、彼女に笑ってほしかった。それだけだった。
過去日記
2006年03月17日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,97UP 2005年03月17日(木) 少年マンガ 2004年03月17日(水) 余白うめ
2012年03月16日(金) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・15 |
それからどうしたって? 当然街は離れたよ。それ以上の被害は出さなかったし後はあいつらが自分でなんとかするだろう。 オレはといえば、海底でしっかりお説教された。当然だよね。あれだけの事態を引き起こしたんだから。周囲を騒がせた罰として忘却の呪いをかけられた。 姿が変わらないのは考えようによっては『老けなくてらっきー』程度で済む。でも『全てのものに干渉できない』っていうのはひどいよね。おかげでみんな忘れていくんだ。ああ、君達のことは例外だよ。それから先はごらんの通り。あっちへ来たりこっちへ行ったり。ちゃんと里帰りはしてるよ。父親にはあってないけどね。そろそろちゃんと顔を出すべきかなぁ。
「――以上、話は終わり。たいしたことなかっただろ?」 笑って見せたけど周りはしんと静まりかえっていた。笑い話とはいかなかったけれど、そこまで深刻になることはないだろうに。 「聞いたことがあります」 口を開いたのはフォルトゥナートだった。 「遠い昔、リールの怒りをかって滅んだ王国があると」 「それは大げさ。壊したのは街ひとつだし、あの時父親は一切手出しをしなかった」 人間ってほんと大げさだよなぁ。子どもの頃のおいたを何百年にもわたって語り継がせなくてもいいだろ。いい加減あのことは忘れたいんだ。 「言いにくいのですが。こんなことを私たちに話してよかったんですか?」 「だって君。口外しないだろ」 そう返すと相手は黙ってしまった。それなりに年を重ねたから今ではそれなりにわかる。それでも裏切られたら、その時はその時。 「飲み物を取りに行ってきます」 そして、友人は部屋からいなくなった。
過去日記
2006年03月16日(木) りんご牛乳 2005年03月16日(水) 佐藤家その5UP 2004年03月16日(火) ハゲ
2012年03月15日(木) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・14 |
オレはただ、人間が許せなかった。彼女を悲しませて傷つけた人間が。けれどそんな忌むべき行為を他ならないオレ自身がやってしまった。 「テティス。どうして!」 「見ていられなかった」 見ていられなかったのはオレのほうなのに。 「あなたはここにいる、すべての人間を傷つけようとした」 彼女の方がオレより一枚も二枚も上手だった。 「あなたには愚かしくて憎々しい相手かもしれないけど。でも私にとっては大切な人がいるの。お母様も妹たちも……お父様も」 「あんな人間、大切にする必要なんかない!」 「……じゃあ、あなたはお父様が傷つけられそうになったら平然としていられる?」 二の句が継げなかった。全てにおいて豪快で破天荒で。それでも、オレにとってはただ一人の父親だったから。 「リール様。お願いです。私達を許してください。……私の命と引き替えに」 オレのできなかったことを人間の彼女がなそうとしている。 「リザ。聞いて」 この傷では助からない。そんなことはわかっていた。わかっていても手を差し出さずにはいられない。 「好きになってとは言わない」 そんなオレの手をとって。彼女の息づかいがさらに弱々しいものに変わっていく。 「ただ、人間を嫌いにならないで」 なんで。そんなことができるんだろう。 「約束する」 絶え絶えの息で。ただオレや周りのことばかり心配して。 「ヒトを、君を嫌いになれるわけがないじゃないか!」 そう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。 「行ってみたかったなぁ。ティル・ナ・ノーグに」 それが、彼女の最期の声。 あの時のオレは、本当に子どもだった。
過去日記
2006年03月15日(水) ホワイトデー 2005年03月15日(火) 気がつけば 2004年03月15日(月) お絵かき
2012年03月14日(水) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・13 |
リールがよく使うのは手に携えている三つ叉の矛。よく耳にするだろ? 雷とか津波とか。雷鳴はリールの怒りってよく言うけど、そこまでとはいかなくても当時の魚にも真似事ができた。
逃げ惑う人々。当然だ。彼女を傷つけたからこうなった。 吾(われ)に矛を向けたのだ。相応の報いを味わうといい。 本性を傷つけられても後悔はなかった。むしろ倍の勢いで目前の人間達を屠ることで精一杯だった。
滅べ。滅せよ。 こんな愚かな種族など消えてしまえばいい。
「獣めが! 本性をあらわしおったか」 目前には人間の親玉が、彼女の父親が倒れていた。こいつが悪いのだ。こんな人間など滅ぼしてしまえ。 ニンゲンハウミノテキ。 サア、スベテヲコワシテシマオウ―― 「リザ。もうやめて!」 そこに。いるはずのない彼女がいた。
「半人前がいきがってんじゃねえ」 同時に。久々に聞く男の声がした。 「馬鹿野郎が」 長身の目つきの鋭い男。彼こそ魚の父親であり、海の長と呼ばれるものだった。 「父上……」 「そっちの人間の娘のほうが、てめぇより余程理解がある。なりふり構わず壊してんじゃねぇよ」 海の長が告げたものはまごうことなき正論だった。
過去日記
2006年03月14日(火) 料理 2004年03月14日(日) お礼参り♪
2012年03月13日(火) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・12 |
「愚かなのは貴様だ」 こんなに怒ったのは久しぶりだった。 「この娘は手前(てめえ)の娘じゃないのか。自分の娘になんてことしやがる!」 自分の利のために身内を見捨てようとする。あってはならないことだった。こんな輩、オレの手で 「お願い。逃げ――」 「逃げない」 彼女を砂浜に横たえて。傷口に手を当てる。人間にオレの能力が効くのかわからなかったけど、何もしないよりはましだったから。 今度はオレ自身に矢が当たった。本性じゃなかったから最悪の事態は免れる。でも腕の中には息も絶え絶えなテティスがいる。逃げられるわけがない。 いや。逃げたくなかった。 こんな人間に背を向けるなんて海の民としての誇りが許さなかった。 「海に眠りし者たちよ。吾(われ)が命ず」 ざわり。体の感覚が研ぎ澄まされていく。気配を感じた兵士達が後ずさりをしても、もう遅い。 「厳霊(いかつち)を以て吾が目前を退けよ」 人の姿が霧散して代わりに現れたのは巨大な魚。
許さない。 ユルサナイ。
愚かな人間よ。その身をもって償え。 貴様らが手中に収めようとしたものがどれほどのものか、身をもって味わうといい。 人間は敵。 海に通ずる者、すべての排除すべきもの。
過去日記
2011年03月13日(日) 生存報告 2009年03月13日(金) 式用のメモ書き 2008年03月13日(木) 04. 元気な小学生の少年 2006年03月13日(月) 雪ですね 2005年03月13日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,46UP 2004年03月13日(土) 人気投票中間発表
2012年03月12日(月) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・11 |
「お父様はあなたと契約を結ぼうとしている」 彼女の言葉に愕然とした。 彼はオレの力を使って国を滅ぼそうとしていると。リールじゃなくてもオレ程度ならなんとかなるだろうと思ったらしい。オレもなめられたもんだよね。 魔法使いになるには精霊との契約が必要だ。もちろんだれでもなれるわけではないし、リスクだって必要になる。 「お願い。逃げて!」 「かまわん。そいつを狙え!」 彼女の言ったことは本当だった。彼女の父親は本気でオレを取り込もうとしている。 「君も来るんだ!」 返事を待つよりも早く彼女の手を取って走り出す。海に連れ出せばあとはオレの独壇場だったから。そこまでもてばなんとかなる。それもあるけど何よりも彼女を父親とはいえあんな人間のそばにおけなくなった。
オレなら、もっといろんなところへ連れていってあげられるのに。 オレなら、もっと笑わせてあげられるのに。
気持ちの正体に気づくのに時間はさほどかからなかった。でも気づいた時には敵の手中にいて。どうにもならない状況で。 「リザ、危ない!!」 体に衝撃が走ったのと彼女が倒れたのはほぼ同時だった。 息はあった。けど、とても動ける状態じゃない。信じられなかった。なんで自分の娘にそんなことができるのか。 「どうしてそこまで愚かなのだ。お前は」 どうしてそんな言葉が吐けるのか。
どうして。人間はこんなにも愚かなんだろう。
過去日記
2007年03月12日(月) 「あの子のことがもっと知りたいバトン」です。 2006年03月12日(日) 男の人って 2005年03月12日(土) 夢 2004年03月12日(金) 「EVER GREEN」5−6UP
2012年03月11日(日) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・10 |
父親を呼ぶことは簡単だった。音を奏でればいいだけのことだから。 不思議な顔するんだね。意外かもしれないけど海と音って密接なつながりがあるんだよ? あと月の精霊とも。 本性をおさえられたとはいっても逃げようと思えば逃げれた。でもそうしなかったのはテティスのことが気になったから。あとは考え事をしていたからかな。 海と人間は相容れないのだろうか。 彼女の本当の気持ちはどこにあったんだろう。 そんなことを考えながら密室で一晩を過ごしていると、ふいに部屋の鍵があけられた。 「テティ――」 「静かにして」 言葉を遮られて強引に手を引かれて。一体どうやってここまで来たのかはわからなかった。 「ごめんなさい」 でも彼女の声が。息づかいが。本物だと言うことをものがたっていた。 包みの中から取り出されたのは光を放つ魚――オレ自身だった。精霊であれば姿は見えても実体がない、あっても常時はとれないから意味がなかったかもしれない。けど悲しいかな。魚には妖精の血が流れていて。実体があったんだ。実体をやられても本性をやられても同様にダメージを受ける。もちろんそれを上回る体力と再生能力もあるんだけどね。 とにもかくにもこうして本性をとりもどしたんだ。こんなところにいる理由はなかった。 けれど。 「君は知っていたの? こうなることを」 「本当にリールの息子とは思っていなかったの」 それは肯定の声。
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2006年03月11日(土) テレビを見て 2004年03月11日(木) お金
2012年03月10日(土) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・9 |
結婚の誓いをよく思わない外野が邪魔をする。それはどの種族でもよくあること。 けどここまでされるとは思わなかった。 「はじめから知っていたの?」 やってきたのは彼女の父親。つまりは大臣と無数の兵士だった。 「私は――」 「人間には人間の伴侶が望ましい。そして君の父上も同じことを考えているのでは」 彼女の声におおいかぶさるように。父親が淡々と声をあげる。 「有能な獣の肉を食べれば富と英知が養われるそうだがそれは本当かね」 「それがどうした」 「君達は本性を砕かれると泡になって消えてしまうそうだね」 「オレを脅迫するつもりか」 「まさか。海の種族とは友好的な関係を築いていきたいのだよ」 そう言いつつも周囲には複数の兵士達がいた。正直な話、躊躇さえしなければ普通の人間程度なら楽にやりすごせる。でもオレ達にとっての急所、本性を砕かれれば一瞬にして滅びてしまう。 本性って何かだって? 言葉通り。生まれながらの性質。本来の性質。生まれもっての姿ってこと。 よく考えてみるべきだった。女の子が毎晩水槽に語りかけてて、同じ頃から得体の知れない男が現れて。知識のある者だったら考えればわかりそうなものなのに。逆説をとれば、それだけ当時のオレは浅はかだった――子どもだったんだ。 「父君と話がしたい。聞き入れてもらえますな?」 魚の父親は良くも悪くも種族を超えて有名だった。父親が有名だと子孫まで調べあげられても何ら不思議はないのにね。子どもは本当に辛いよ。うん。
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2006年03月10日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,96UP 2004年03月10日(水) 速攻型
2012年03月09日(金) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・8 |
その日の夜。約束通りオレは海岸にいた。
彼女が現れたのは真夜中だった。 「来てくれたんだ」 息も絶え絶えに走ってきたという体だった。今思えばそんなにまでして何を伝えようとしたのかもっと考えるべきだった。けど、その時のオレは彼女の答えを聞くことで精一杯で。 「テティス。返事を訊かせてくれないか」 だから、余裕なんてなかった。 「私は……」 自分の身体がどのような状態にあるかってことに。 「逃げて」 返ってきたのは肯定でも否定でもなく懇願の声だった。 「あなただけなら逃げられる。お願い。できるだけ遠くへ逃げて。そして帰ってこないで!」 なんでそんなことを言われたのかわからなかった。ただ、必死にオレを拒絶しようとしている。拒絶の声に別の感情が見え隠れしている。それを必死に理解しようとして。現状を全く把握できていなかった。 「お前にこんなことをする気概があるとはしらなかったよ」 声と同時に瞬時にして身動きができなくなった。 「お父様……」 彼女と同じ色の、けれども全く別の感情を灯した冷たい瞳。 「丁重におもてなしさせてもらおう。リールの息子よ」
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2010年03月09日(火) つかれてるひと。5 2006年03月09日(木) 3月9日 2005年03月09日(水) 日記とブログ 2004年03月09日(火) 20000です
2012年03月08日(木) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・7 |
約束っていうのはそう簡単にしてはいけない。破ったらそれ相応の報いがあるからね。指を詰められたり、最悪だと命を奪われかねない。 え。君の国では違うの? シリヤも? オレのところが特別だって? そんなはずないだろ。 話をもどそう。 約束は、ある意味で自らにたてた誓いになる。誓いを破った者はそれ相応の報いをうける。 「お見合い?」 その言葉を聞いたのはさらに一年がたってからのことだった。 「婚約者がいるの。近々結婚させられるんですって」 この頃には彼女は淑女と呼んでも差し支えない年頃になっていた。婚約者という言葉はオレの世界でもあった。家と家の結束を強めるために行う結婚の儀式だよね。でもオレは、オレの家はそんなまどろっこしいことはしない。惚れた女は自分で口説く。それが男ってもんだろ。父親もそうだったし、言われなくても海の男ならそれくらい知ってて当然だ。なんだよ。その意外そうな目は。君達、オレをなんだと思ってるの? 「その人と会ったことは?」 「あるわけないに決まってるじゃない」 なら君は会ったこともない人間の妻になるの? そう訊くと寂しそうな顔をしてうなずいた。 「人間の世界では、そんなしきたりがあるの?」 「私の家ではそうみたい。ごめんなさい。約束守れなくなっちゃったわね」 「君はそれでいいの?」 「いいもなにも、お父様が決めたことだから仕方ないじゃない」 寂しそうな笑顔。それは本来なら快活な彼女が決してみせることがない諦めの色。 「君自身の気持ちは?」 彼女の瞳がゆらぐのをオレは見過ごさなかった。 「私は――」 「今夜、オレはここにいる」 彼女が 「君の気持ちが固まったら教えてほしい」
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2010年03月08日(月) つかれてるひと。4 2006年03月08日(水) メモ書き 1 2004年03月08日(月) あと70♪
2012年03月07日(水) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・6 |
「見て。リザ。鳥がたくさんいるわ」 時は流れて。テティスは16歳の女性に成長した。オレも外見はそんなにかわらなかったけど、彼女の協力もあって人の姿をとどめられるようになった。 「すごいな。カモメだよ。これだけ見るのは久しぶりかも」 ヒトの目を盗んではこうして海に繰り出すようになったのは何度目だろう。人間の生活基準もずっと観察してきたおかげでずいぶんまともになったしね。 「ティル・ナ・ノーグ?」 初めて常若の名前を聞いたのはそんなときだった。 「聞いたことがない? とっても綺麗なところなんですって」 上品な栗色の髪を風でとばないようそっとおさえて。翠玉の瞳を輝かせて話す様はオレが言うのもなんだけど、その。……綺麗だった。 「ここからずっとずっと西にあるとてもとても綺麗な場所。おとぎ話だと思っていたけど本当にあるんですって」 人間の成長速度って本当にはやいよね。助けてもらったときは小さな幼子だったのにいつの間にか追い越してずっと先をいくんだ。寿命の差だってことはわかっていたけどそれでも男としては複雑だったな。 「いいなあ、リザは。あなたならそんなところ、あっという間に着いちゃうんでしょうね」 「さすがにそれはないと思うけど」 それでも月日をおうごとに綺麗になっていく彼女と代わり映えのないオレがこうして海岸を歩いている。なんだか不思議な感じがした。 「行ってみたいなあ。ティル・ナ・ノーグへ」 そして、月日を重ねるごとに時々見せる寂しそうな笑顔がたまらなく胸をしめつけた。 「約束しようか」 言葉は自然ともれた。 「オレが君を連れて行く」 君が望むのなら。 「連れて行ってあげるよ。ティル・ナ・ノーグへ」 オレが側にいてあげる。 「いつか、世界で一番綺麗なものを二人で見に行こう」 だから。君はそこで笑っていて。
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2010年03月07日(日) 「花鳥風月」04UP 2006年03月07日(火) 「EVER GREEN」8−10UP 2005年03月07日(月) 文章とパソコン 2004年03月07日(日) 「大人になるということ」UP
2012年03月06日(火) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・5 |
テティスは裕福な家の家庭だったらしい。そうだよね。庭に観賞用の池があるって一般の人間の家では珍しいことなんだろ? 彼女にはたくさんの侍女がいた。教育係に礼儀作法。時には護身術まで覚えさせられていたよ。人間も大変なんだなあってつくづく思ったもんだ。 時々、彼女の親らしき人間も来ていた。でも言葉を交わすのは日に数回だけ。オレのことも珍しそうに眺めてたけど、さすがに口を開いてくれることはなかった。ヒトがヒトでないものに話しかけるって端からみれば危うい行為だろうしね。時々冷たい目をしていた。何かを値踏みするような、別のものに捕らわれているというか。親子であるはずなのにテティスとは似ていても似つかないというか。寂しかったんだろうね。彼女はオレに始終色々な話をしてくれたよ。家庭教師が口うるさいとか、木登りをしようとしたら慌てて周りに止められたとか。 あと、こうも言ってた。『あなたとお話できたらいいのに』 オレはヒトの話を理解することはできる。できるけど魚の口から出るのは魚の言葉――海言葉(うみことば)でしかない。ああ、今は本性のままでもちゃんと話せるよ? 練習したからね。 お前の本性って何だって? 本性は本性としか言いようがない。強いて言えば海に漂う魚かな。って、オレの話じゃないからいいの。 受けた恩は二倍にして返せっていうのが海の民の掟なんだ。だからオレは傷が治るまでの間色々と努力した。具体的には人間でいう十年くらいかな。時間はちょっとかかったけど、でもそれはついに成功した。 「あなた、誰?」 彼女はひどく驚いた顔をしていた。そりゃそうだよね。目の前にいきなりヒトが現れたんだもの。驚かないはずがない。 藍色の髪に紫の目。深くは考えてなかったけどこれくらいが成人男性の基準だって聞いてたから。服装はまあ、なんとなく。 そう、ヒト。そこにいたのは魚ではなく、人間の姿を形どったもの。 「オレはリザ。君に命を救ってもらった者だよ」 これが初めて人の姿をとった瞬間だった。
過去日記
2010年03月06日(土) つかれてるひと。3 2006年03月06日(月) ただいま 2005年03月06日(日) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,45UP 2004年03月06日(土) SHFH10−6
2012年03月05日(月) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・4 |
どんなやつでも経験をつまなきゃ成長できない。当時の魚はてんでひよっこで。人化の術すらままならなかったんだ。 海の民にはある程度の自己再生能力があるから放っとけば自然に治るんだけど、それでも限界がある。その時の怪我というか抗争は相当ひどかったんだ。体を治すことも形式を整えることもままならず、本来の姿のままで海中を漂っていた。そのうち意識もなくなってきて、ああ、オレはここで死ぬんだなあってぼんやり思ったよ。 でも幸いなことに死ぬことは免れた。 「あなた。もうちょっとで死ぬところだったのよ?」 気がついたとき小さな池の中にいた。 人化はとれなくても人の言葉は理解できた。父親から勉強させられていたからね。近いうちに抗争をやる際に役立つだろうって。 「海に遊びにきていたの。そしたら海岸に傷だらけのお魚が打ち上げられているんだもん。びっくりしちゃった」 君の名前は? そう聞きたかったけど本性のままだったから口をぱくぱく動かすことしかできなかった。こういう時、身動きがとれないってのは辛いよね。海では重力もないし気温も一定を保っているから慣れると案外楽なんだ。それに比べて地上の変わりようといったら。 「わたしの名前聞いてるのかな?」 言葉は通じなくても言いたいことは伝わったんだろう。首をかしげたあと、彼女はこう言った。 「わたし、テティス」 それが彼女との、人間との初めての出会いだった。
過去日記
2010年03月05日(金) つかれてるひと(仮)。2 2006年03月05日(日) 旅に出ます 2004年03月05日(金) 「EVER GREEN」5−5UP
2012年03月04日(日) |
「白花(シラハナ)への手紙」UP。 |
多人数参加型西洋ファンタジー世界創作企画『ティル・ナ・ノーグの唄』の参加作品です。
リザにーさんと今回初登場の伊織(イオリ)ちゃんを登録させてもらっています。今回は伊織サイドのお話です。
補足説明をすれば、ライラ・ディがこちらでいうところのバレンタインデーでリ・ライラ・ディがホワイトデーにあたります。伊織は医術を学ぶため東国の白花(シラハナ)から単身ティル・ナ・ノーグにやってきました。17歳の女の子。でもはたから見れば男の子にしか見えません(涙)。 伊織のホワイトデーはどうなったことやら。詳しくは本編をみてお楽しみ下さい。リザにーさんはEGやSHFHでお楽しみ下さい。 というのは冗談で、詳しいことはぼちぼち書いていくつもりです。相変わらずの方向音痴っぷりですが。
毎回、すごい勢いで増えていくこの企画。本当にすごいです。そのうちリザにーさんのお話も書いていきたいなぁ。
過去日記
2011年03月04日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−4UP 2010年03月04日(木) つかれてるひと(仮)。 2007年03月04日(日) 「EVER GREEN」11−7UP 2006年03月04日(土) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,95UP 2005年03月04日(金) はたらくようになって 2004年03月04日(木) SHFH10−5
2012年03月03日(土) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・3 |
魚――というのも語弊があるかな。『海』そのものなんだあの人は。すべてが大きいというか豪快というか。 けどオレに言わせればただの頑固親父だよ。『俺が法律だ。文句あるか』を地でいくひとだから。実際ものすごく有能で顔が広いから大抵のやつらは口を出さないんだけど。強気な言動を憎々しく思っている奴らも確実にいるわけで。もう少し穏便にすませればいいのに。ニーヴおばさんの爪の垢でも煎じて飲ませたいよ。尻ぬぐいさせられるオレ達の身にもなってみろ! というか、いい年なんだから少しは丸くなりやがれ!
ああ、ごめん。今の忘れて。つい興奮しちゃったよ。今度会ったらオレ何しでかすかわかならいかも。その時は止めてねシリヤ。 とにかくその人にはたくさんの奥さんというか子どもたちがいて。……まあ、その。そういう方面にも豪快なんだあのヒトは。気になる女性がいたら片っ端から口説きまくってるというか。その中の子どもに一匹の魚がいたんだ。 曲がりなりにもあのヒトの息子だから。それなりの地位というか能力というか、それなりの仕事を任されていた。とどのつまりは父親のしりぬぐいなんだけど。父親がいつもお世話になってますって時には頭を下げたり時には『頭下げてるだろ。いい加減そっちもおれやがれ!』って喧嘩になったり……何? その視線は。オレ、何か変なこと言ってるかなぁ。人間の感覚とは多少違うかもね。 何? 多少じゃないって? オレの話じゃないんだからいいだろ。 とにかく。子どもの魚は尻ぬぐいという名目の抗争に巻き込まれていたんだ。 そして、大きな傷をおった。
過去日記
2006年03月03日(金) ひな祭り 2005年03月03日(木) お金ってすぐになくなるんだなー。 2004年03月03日(水) SHFH10−4
2012年03月02日(金) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・2 |
それにしてもと前置きして、フォルトゥナートが息をつく。 「いつまでここにいるんですか」 「雨がやむまで」 そう言うと椅子に体をあずける。 「本当に一時間でやむかも怪しいところですね」 なんだかオレと会うたびにため息をつかれているような気がする。オレってそんなに信用ない? (「リザ。なにか面白い話でもしてやれ」) 「オレが?」 帰結の精霊が妙案だとばかりに手をたたく。なんでそんな流れになるのかはわからないけど。 (「部屋を借りているのはお前だろう。少しは友人の退屈しのぎにつきあってやれ」) 僕は退屈していませんし、友人の部類にしてほしくないんですがという声は聞こえなかったことにする。 「気になるの?」 「ええ、まあ」 珍しい。この子が興味を持つこともあるんだ。 「長い話になるよ?」 「かまいません。時間はありますから」 (「かまわぬ。早く話さぬか」) いつの間にか、フォルトゥナートとシリヤまで椅子に座っていた。どうやら話さなければ帰してくれないらしい。 「むかしむかし。あるところに一匹のお魚がいました」
それは、遠い昔に魚がヒトになる前の物語。
過去日記
2006年03月02日(木) 長所占い? 2004年03月02日(火) とうさん
2012年03月01日(木) |
今宵、魚のみる夢は(仮)・1 |
外は雨が降っていた。 「雨だね」 (「雨だな」) 「雨ですわね」 豪雨と呼んでいいんだろう。夕方から降り始めた雨はなかなかやむそぶりを見せない。 「私としては、どうしてあなた方が私の部屋でくつろいでいるのかを知りたいのですが」 お茶を飲みながら友人の(と言ったら眉間にしわを寄せられた)フォルトゥナートがため息をもらす。だって雨宿りをする場所といったらここしかないじゃないか。海竜亭でもよかったけどなんとなく気分がのらなかったし。 (「そう気をもむな。たまには雨をめでるのも面白いだろう」) 「そういうわけにもいきません。明日はノイシュ様が外出されるのですから」 大丈夫でしょうかと思案顔のフォルト。前々から思っていたけど彼は生真面目がすぎるんじゃないだろうか。 「大丈夫だよ。あと一時間もすればやむから」 「どうしてわかるんです?」 (「こいつはこう見えて我よりも長生きしてるからな。それくらいのことは造作もない」) 「あなたよりも?」 「……なんでそこで驚くかなぁ」 どうもオレは、この姿だと並の人間よりも軽く見られてしまうらしい。不本意だけど。 「それもあなた(海霊)の能力なんですか?」 「昔教えてもらったんだ」 そう。ずっと昔に。
過去日記
2006年03月01日(水) なんとか終わりました 2004年03月01日(月) どうなる?
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