つれづれ日記。
つれづれ日記。

2012年05月31日(木) 白花への手紙(仮)105

「アルギリ草の汁を」
 先生の声に、荷を入れた鞄の中から小さな小瓶を出す。アルギリ草。ティル・ナ・ノーグでは比較的手に入りやすい草で、煮詰めた汁は雑菌を殺す効果がある。原液だと濃度が濃すぎるから外出先では用途に応じた濃度に分けて使用する。先生に提出するレポートに書いてあったものだ。自分の手と患者の手が不潔にならないよう、清潔な手袋を着用し瓶の中身を少しだけ傾けて清潔な布に浸して。浸したものを同じく手袋をした先生に手渡した。
「少ししみますが我慢して」
 言うと同時に患者さんの腕をまくって肘の内側を拭いていく。何回か拭いたのちに拭いた場所がうっすらと青みがかってきた。
「針と管を」
 同じく細かくした針を長い管につなげたものを、針先が触れないように先生に手渡す。手渡した管──針が先生の手によって患者さんの腕の中に吸い込まれていく。
「ルートは確保した。次に繋げる薬液は?」
 針と管を通して薬液を人の体に入れるという医療行為。俗にいう点滴だ。体の中に直接入るものだから、当然危険性もある。食事が取れないと言っていた。人間は口から入れた食べ物を胃から吸収して栄養を運ぶ。それができないなら今のように直接体に入れるしかない。だけど、患者さんは皮膚がかさかさに乾いていて、急に栄養を注入するのも心もとない。
「リリシア(栄養剤)の前に、アクエット(補水)……ですか?」
「その通り」
 おそるおそるの返答に、先生は満足気にうなずいた。
 






過去日記
2010年05月31日(月) 委員長のゆううつ。その2−5
2007年05月31日(木) サイト工事しました
2006年05月31日(水) 温泉です
2005年05月31日(火) 霊はどっちが多いのか
2004年05月31日(月) 飲み会

2012年05月30日(水) 白花への手紙(仮)108B

「すまなかったな。少年」
 一人で帰らせるにもあまりにもしのびなかったので、用事があるからという名目で騎士様と一緒に道を歩くことになった。
「イオリ・ミヤモトです」
 少年ではないですという意味を込めて自己紹介すると、そうか。異国の出なのかと納得した顔をしていた。
「イオリか。少年にはよくあっている」
 この人は素で言っているんだろうか。悪気があっているようには見えない。
「して少年は、」
 ……やっぱり天然なんだろうな。それとも思い込みがひどい人なのか。
「イ・オ・リ・です! 騎士様は耳が悪いんですか?」
 頭に血がのぼってしまい、つい声をあらげてしまった。
「私も『騎士様』ではなく名前があるのだが。騎士だってごまんといる。誰のことだかわからないだろう?」
 急にまともなことを言われて言葉につまってしまう。ではなんとお呼びすればいいんですかと尋ねると、テオドールでかまわないと返された。
「テオドール……様は、リオさんのお兄さんなんですよね」
 テオドール・シャルデニー。リオ.シャルデニーの兄弟で天馬騎士団の一人、しかも師団長様だという。リオさんは赤髪に薄い緑の瞳。対して目前の騎士様は濃い緑の瞳に真っ黒な髪。親のどちらかに似たかによって外見も変わって見えるのはよくある話。だけど、それ以上に二人のやり取りはぎこちないものを感じた。
「お兄さんは騎士様なのに、弟のリオさんは騎士ではないんですね」
 何気なくつぶやくと、騎士様──テオドール様の足が止まった。
「違う」
「違う?」
 兄弟でばらばらの道を進むこともあれば一家そろって同じ道を歩むこともある。それも珍しくはないんだろう。意図がわからず小首を傾げると、彼は言った。
「道を外れているのは私一人だけだ」と。






過去日記
2010年05月30日(日) 急に思いついた
2004年05月30日(日) これから

2012年05月29日(火) 白花への手紙(仮)107B

「今さら何を」
「言葉通りの意味だ」
 騎士とは馬に乗って戦う人のこと。御家柄の立派な方がなることが多いから、後々の領主者様候補と言っても過言ではない。戦うってことは、この前のモンスターの一戦みたいなものではなく(わたしにとっては大ごとだったんだけど)、時には巨大な敵と、ひいてはこのティル・ナ・ノーグをおびやかす存在と武器をたずさえて立ち向かわなければならない。
「父上や母上も心配している。たまには顔を見せたらどうだ」
 そんな人が間近で真面目な表情で。メリーべちゃんの時もそうだったけど、リオさんも騎士様もただならぬ間がらのようだ。一体どんな関係なんだろう。 
「兄貴は帰っているの?」
 その答えは他ならぬリオさんの口から聞くことができた。
「定期的に顔を出すようにはしている」
「定期的には……ねえ」
 目をつぶってカップの中身を口につける。
「俺、これから仕事だから。悪いけど今日はここまで」
 空になったカップをテーブルに乗せると、リオさんは応接間からいなくなってしまった。
 そうなると残されたのは冷えたカップとわたしと騎士様だけで。
「私も今日は失礼させてもらう」
 気を遣わせて悪かったと言い残し、椅子から立ちあがった。






過去日記
2010年05月29日(土) 委員長のゆううつ。その2−4
2005年05月29日(日) 「弟子の受難。その1」UP
2004年05月29日(土) はやいもので

2012年05月28日(月) 白花への手紙(仮)106B

「ごめんね。見苦しいところをお見せしちゃって」
 場所はいつもと知れた施療院の応接室。今回は先生自らがお茶を入れてくれた。
「何か用があったのではないのかい?」
 カップを差し出しながら、先生が相手の顔をじっと見る。見つめられた相手の方は、ああ、うう、とうめきながらカップの中身を口にした。
 テオドール・シャルデニー。シャルデニー家の者でれっきとした騎士様だ。端正な顔で紅茶を口にする姿は年頃の女の人なら簡単の息をつきそう。

「家に帰ってくるつもりはないのか」
 それはとても真剣な眼差しで。提案をされた整体師のお兄さんの方は目を丸くしていた。






過去日記
2010年05月28日(金) 委員長のゆううつ。その2−3
2008年05月28日(水) HNバトンです
2007年05月28日(月) 「EVER GREEN」11−14UP
2006年05月28日(日) いい台詞と恥ずかしい台詞って紙一重だよね
2004年05月28日(金) 「EVER GREEN」6−1UP

2012年05月27日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)105 B

 宿の手伝いも慣れ、週に一度のレポートの提出にも慣れた。


「少年」


「いや、少年ではなかったな。……失礼した」
 鎧姿ではなかったからはじめはわからなかったけど。青い髪をひとつに結えた姿には見覚えがある。
「確か、メリーベちゃんを送ってくださった騎士様ですよね?」
 宿についた小さなお客様を追いかけてついてきた男性。はじめは怪しい人と勘違いして彼女を連れて走りまわってしまった。
「もしかしてお詫びに来たんですか?」
 そんなことはないだろうと思いつつも、いたずらっぽく問いかけるとしばらく動きを止めた後に首肯した。
「本当にすまなかった。まさか少女と少年を間違えるなど、騎士としてあるまじき行為だ」
 真面目な顔で言われると、冗談ですよとは言いづらくなる。
「あの変装は見事だった。件の方を守るためとは言え、まさか変装までするとは。一市民にしておくにはもったいない才能だ」
「あれは、元々から──」
「市民を、少女を守ろうとする態度。敵からどのような目にあうかもものとせず、あえてそのような格好を選ぶとは。騎士として貴君には敬意を払わなければならない」
「…………」
 なんだろう。どこかで似たようなやりとりをしたような気がする。
「だが安心してほしい。この街には犯罪が起きぬよう我々騎士団が常に目を光らせている。だから君もわざわざ少年のような身なりをする必要はない」
 大真面目にこの台詞。やっぱり既視感を感じる。
 反射的に腕輪に手をかけていると。
「イオリちゃんストップ!」
 後ろから同僚の整体師に肩をつかまれてしまった。






過去日記
2010年05月27日(木) 委員長のゆううつ。その2−2
2006年05月27日(土) 「EVER GREEN」9−2UP
2005年05月27日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,57UP
2004年05月27日(木) SHFH12−2

2012年05月26日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)104

「苦しい、助けてほしい」
「痛い……」
 ベッドに横たわる人、人、人。怪我をしているのか包帯を巻いていたり、目をつぶってうめき声をあげていたり。同じ神殿のはずなのにさっきの光景とは全く違う。
「ここは……」
「おそらく、君たちの領分かもしれないね」
 わたしの予想が正しければ、ここは施療院。そして視界に映る人たちの行く末は──
「寺院は神事を扱うのは知っているだろう? 命や愛し合うもの同士を祝福したり、一方で全く反対の役割も持つ」
 寺院に祀られていた二柱の妖精を思い浮かべる。ニーヴ様とリール様。ニーヴ様は全ての創造主。そしてリール様が司るのは死と再生に、裁き。
「彼はもう長くない。ニーヴの元へ旅立つのだろう。だからといって、ただ指を咥えて待っていることもできない」
「だから、私が呼び出されたんだ」
 先生が真剣な声で告げた。
「知識だけではどうにもならないことがある。厳しいかもしれないが、やってみるかい?」
 普段は優しげで、時には人を諭すことも多かった女医。今日の先生はいつも以上に冷静で、かつ厳しい目をしている。
 頭に詰め込めるものは詰め込んできたつもりだ。もちろん、それだけでは先に進めないということもわかっている。だったら経験をつむしかないんだ。
 すうっと息を吸って気持ちを落ち着けて。
「お願いします」
 そう言って、頭を下げた。






過去日記
2010年05月26日(水) 委員長のゆううつ。その2−1
2006年05月26日(金) 近況
2005年05月26日(木) 下書きその2
2004年05月26日(水) SHFH12−1

2012年05月25日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)103

「君は海にも連なる者なんだね」
 神官様の声に我にかえる。
「その腕輪は大切なものなんでしょう?」
 視線の先にあるのは海の色を模した腕輪。
 外しておいた方がいいですかと尋ねたことがある。その時は本格的な修行に入らない限りは気にしなくていいと言われていたのでそのままにしていた。
「やっぱり外しておいた方がいいでしょうか?」
 これまでこの腕輪には幾度となく助けられた。医療の現場に直接役にたつことはないだろうけど、今となっては正真正銘のお守りだ。
「そろそろ本題に入ってもいいかな」
 今度はイレーネ先生の声にわたしと神官様が視線をうつす番だった。
「ここで立ち話をするのも結構だが、子どもたちがおまちかねなんじゃないか?」
 先生の声にそれもそうだったと神官様が苦笑する。
「神殿の役割はなんだと思う?」
 先生の声にそれまでの知識で培ったものを応える。ニーヴ様とリール様を崇拝して祀っているからその二柱に関すること。祭事と呼ばれる神様の儀式を執り行う?
「この礼拝堂の管理でしょうか」
 人とは違う膨大なチカラを持った者たち。彼もしくは彼女らを崇拝する習慣は祖国でもあった。天井にあるのは妖精の女王と呼ばれるニーヴ様を基調とした巨大な絵画。日の光に照らされたそれは、創造物とはわかっていても目をみはるものがある。
「来なさい。答えを教えてあげよう」






過去日記
2010年05月25日(火) 委員長のゆううつ。49
2007年05月25日(金) 修理完了!
2005年05月25日(水) 衝動買いしてしまいました
2004年05月25日(火) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,11UP

2012年05月24日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)102

「リールがどんなやつかって?」
 ティル・ナ・ノーグへ向かう途中、そんな話をお兄さんとした。
「リール様って死と再生をつかさどるんですよね。きっとすごい方なんですよね」
 たゆたう海の上で。
「君はどんな方だと思うかい?」
 藍色の髪をしたお兄さんに感じたことを素直に伝える。
「とても力強くて逞しくてすごい方?」
「……すごい、というところは否定しないけどね」
「違うんですか?」
 海を司る精霊。大地、空を司るのがニーヴ様なら海を司るのはリール様で。この広大な海の支配者がすごくないはずがない。
「違わない。ただ、補足する部分が多々あるだけだ」
 なのに目の前のお兄さんはこめかみを抑えながら、まるでかの人となりを知っているかのように話す。
「偉大ではある。けれども偉大の程度が偉大過ぎる。周りの迷惑も考えてほしい」
 曰く。酒を飲んでは暴れまわるとか。
 曰く。酔ってリサイタルをやるのは勘弁してくれだとか。
 曰く。どれだけ家族(ファミリー)を増やせば気が済むんだとか。
「ったく、ふざけんじゃねぇよ。あのくそ親父。オレはあんたの尻拭いをするために生きてるんじゃねぇ」
「ええと、お兄さん?」
 今までとうって変わった物言いと剣幕に声をかけると、はっとした表情を見せた。
「ごめん。力が入りすぎた。忘れて──」
「お兄さんはもしかして、リール様の関係者なんですか?」
「関係者というか──」
「神官様って、ニーヴ様ばかり信仰されているのかなって思ってました。こんなところで海の神官様にお会いできるなんて思ってもなかったです」
「いや。それもどうかと──」
「もしかして、まだ神官様ではなかったですか?」
 神官を名乗るにはお兄さんはまだまだ若い部類に入るんだろう。もしかして神官になるための旅の途中だとか。
「……そういうことにしておくよ」
 お兄さんはそう言って苦笑いを浮かべた。






過去日記
2010年05月24日(月) 委員長のゆううつ。48
2008年05月24日(土) ひさびさのレスです
2005年05月24日(火) 突発的ネタ?
2004年05月24日(月) 文章って

2012年05月23日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)101

 右には空の精霊ニーヴ。アガートラム王国で一番初めに生まれた種族。創造主でこの世界の全てを創りしもの――だったと思う。一方で、左にたつのは雄々しい姿をした男性の神像。こちらはというと――
「海の精霊リール」
 口に出すより前に。第三者の声にふりむく。
「死と再生、裁きを司るの妖精。ティル・ナ・ノーグにおける二つの大いなる柱の一つさ」
 そこには
 わたし達が生まれるずっとずっと前から存在していて精霊と呼ばれるもの達の長。ニーヴ様のことは知っていたけど、もう一柱のことは良く知らなかった。
「これがリール様……」
 雄々しい姿を視界に留めていると、男の人が説明してくれた。
 力の象徴である三つ叉の矛(トリアイナ)を携えた雄偉(ゆうい)な体躯に精悍な顔立ちの男性の姿をした精霊。ニーヴ様が創造ならリールが司るのは死と再生。
「と、言われてはいるけれど。見たことはないから実際はどのようなものかはわからない」
 もしかしたら男まさりの女性だったのかもしれないしね。茶目っ気たっぷりに片目をつぶる神父様にこちらが戸惑ってしまう。教会の関係者ってもっと粛々としたものではないんだろうか。さっきのシスターみたいに。
「……リール様は男のひとだと思います」
「珍しいね。ニーヴよりもリールに興味があるのかな?」
 自分でもよくわからない。でも何故だろう。なんだかほんの少し前に、海にまつわる何かを介したような気がする。
「うん。それは?」
 男の人の視線がわたしの左腕に、腕にはめられた腕輪に注がれる。そうだ。
「もらったんです。お守りとして」
 すべり落ちた答えと共に記憶の糸をたぐる。そう。わたしは海を知っている。

 腕輪をさすりながら、この地をおとずれる少し前のことを思い返していた。






過去日記
2010年05月23日(日) 委員長のゆううつ。47
2005年05月23日(月) 微妙に日記も変更
2004年05月23日(日) 母上様パソコンを始める

2012年05月22日(火) 「今宵、白雪の片隅で」UP

多人数参加型西洋ファンタジー世界創作企画『ティル・ナ・ノーグの唄』投稿作品になります。

いつもより若干幼いのは仕様です。はい。

実際はもっと前に「小説家になろう」で公表させてもらっていたんですが。
珍しくリザにーさんのお話。彼は今までの自分の作品にもちょこちょこ出てはくるのですが。彼メインの話というのはなかったかも。
今までの作品のことも考えて、海の王子様――極道――長(神様? 妖精?)の息子――ヤンキー? という、なんだか不可思議な職業になってしまいましたがにーさんなのできっと笑って許してくれるでしょう。彼が年をとることはまずないんですが、それでも師匠や苦労人と出会う前っぽいですね。ましてや詩帆なんか生まれるずっとずっと前……の、はず?


呪いのことはまあ、某作品で言ってる通りですね。そのときはヤンキー入るとは思ってもみませんでしたが。


そのうち本編もちゃんと書かないとなあ。うん。






過去日記
2010年05月22日(土) 委員長のゆううつ。46
2007年05月22日(火) 生存報告
2004年05月22日(土) 大沢昇祭

2012年05月21日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)100

 荷物に入れられたのは包帯や消毒液と言った基本的なもの。でもついてきなさいってどういうことなんだろう。治療であれば、先生の家でもある施療院で行えばいい。そこではできないことをするってことなんだろうか。
 色々考えをめぐらせていると。
「ほら、ついたぞ」
 先生が大きな建物の前で足を止める。一軒家にはまずない大きな門。そこにあるのは見たことのないような綺麗な紋様で。確かこれって、聖職者のものだったかな。
「……誰ですか?」
 その門の前にいた男の人がぼんやりと目を開ける。
「イレーネ・グラッツィア。先に話はつけておいたはずなんだかな」
「グラッツィア……」
 先生の名乗りに門番さんらしき人が首をかしげる。首を傾げたかと思えば目をつぶって何かを思案したようにも見えて。もしかしなくてもこれは。
「寝てる……?」
 既視感を感じたのはなぜだろう。ううん、あの時は道で行き倒れていただけだ。初対面の人相手に腕輪の力を使うにはあんまりすぎる。仕方ないのであの時よろしく体を揺すってみるべきかと考えていると。
「フェッロさん、こんなところで寝ないでください!」
 女の人の声がした。
「イレーネ様ですよね。お話は伺っています。どうぞ中へ。フェッロさんも早く!」
 けだるさそうに門番さんが扉を開けてくれる。扉を開けると、そこには二つの巨大な像が出迎えてくれた。






過去日記
2011年05月21日(土) 「委員長のゆううつ。」STAGE2−1UP
2010年05月21日(金) 委員長のゆううつ。45
2005年05月21日(土) 歳を感じてしまう時
2004年05月21日(金) 「EVER GREEN」6−0UP

2012年05月20日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)99

「ほら。前回のレポート」
「ありがとうございます」
 週に一度のレポート提出と残りはアルテニカ家の宿の手伝いもずいぶん慣れた。はじめはぎこちなかったけれど、施療院の顔見知りもずいぶん増えたように思う。
「解剖と薬学については一通り頭に入ったようだな」
「おかげさまで」
 レポートを書いて提出して、間違ったところを訂正して再提出して。はじめは大変だったけど昔に比べれば楽になったかも。
「ここにきてどれくらい経つ?」
「三ヶ月くらいでしょうか」
 船に乗って、施療院による途中でアルテニカ家にお世話になることになって。先生の提案で宿の手伝いをしたりユータスのお仕事をかいまみることもあって。つい最近だと小さなお客様ともお近づきになった。
 異国にきて数ヶ月。本当に色々あったなあとかみしめていると先生がふいにつぶやく。
「そろそろ行ってみてもいい頃か」
 意図がわからず首を傾げていると、イレーネ先生は意味ありげににやりと笑った。
「ついてきなさい。今回は実地指導だ」






過去日記
2010年05月20日(木) 委員長のゆううつ。44
2005年05月20日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,56UP
2004年05月20日(木) 不思議の海のナディア

2012年05月19日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)98

「世話になりましたわね」
 帰りの際のメリーベちゃんの表情は清々しかった。
「こちらにいらした時はぜひ寄ってくださいね」
「まあ、考えてあげなくもないですわ」
 相変わらずの高飛車だけど、なんだか憎めない表情はそのままで。世間で言うところのお嬢様がどう言うものかはわからないけど、こういう女の子ならそばにいてもいいのかな。
「ところでひとつ聞きたいのですけど。あなた、朝露(あさつゆ)の君をご存知?」
「朝露の君?」
 聞きなれない言葉におうむ返しに尋ねると、女の子はそっぽをむいて続けた。
「水辺に――噴水のそばにいましたの。声をかけても気づいてくださらなくて。ですのに、ずっと朝陽に向かって何かを掘り続けていましたの」
「朝日に向かって」
「真摯な顔で芸術を作り上げる姿。霧が晴れると同時に彼の周りが朝陽に照らされて、霧が一瞬で晴れていきましたわ」      
「えっと、メリーベちゃん?」
 話が見えずに声をかけるも、興奮冷めやらぬまま彼女の話は続く。
「光る汗に眼鏡が輝いて。まるで彼の方こそ芸術を人型にしたような」
 次々と出てくる賛辞の声になすすべもなく、聴く側としてはただただうなずくしかなかった。
「わたくしが帰ってきたら、彼の君のことを教えてくださいな」
「よくわからないけど、もし見つけたらその人のところに連れて行ってあげるね」
「本当ですわね? 約束ですわよ!!」
 こうしてわたしは小さなお客様と別れた。

 ちなみに、この件には後日談がある。
「ユータってこういう修理の仕事もするの?」
「時々は」
 ティル・ナ・ノーグの中央にある噴水広場。人が集まるだけあって周囲にはたくさんの彫像が飾られている。その中にユータスが師事する師匠や兄弟子の作品があるんだそうだ。彼自身の作品はないけれど、修理には時々駆り出されてるんだとか。
「この前、噴水の修理をしていたなんてことは──、なんでもない」
 目の前で、黙々と彫像の修復につとめる男子。時おり眼鏡をはずして汗をぬぐって。 
「……まさかね」

 そのまさかが本当だったこと、メリーベちゃんがいうところの『朝露の君』が後のわたしの相方だったことが発覚するのはそれから一年先のことになる。






過去日記
2010年05月19日(水) 委員長のゆううつ。43
2004年05月19日(水) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,10UP

2012年05月18日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・97

「白花流で悪いんだけど」
 呼び出したのは宿の裏。

「この封筒に書くんですの?」
 準備したのは飾り気のない真っ白な封筒。

「お焚き上げ……ってわかるかな? 火をくべることで言霊が昇華して天に届くって言われているの

 本来なら女王、そうでなくても地域の巫女姫様がやることなんだけど。残念ながらわたしは白花生まれの田舎の一市民でしかない。だけど、真似事くらいならわかる。
「少しだけ似てますわ」
 火をくべて。焚き火の中に手紙の入った封筒を投げ入れる。
「再生の炎なんですのね」
 ぱち、ぱち、ぱちと炎が弾ける音。本来のそれとは比べ物にならないけど、それでも真摯な気持ちは天にとど居ていると信じたい。
「お父様もいつかはこの大地に降りてくるのかしら」
 消えゆく手紙の残骸を前に女の子がポツリとつぶやく。
「届くよ」
 メリーベちゃんがお兄さん達と同じくらいお父さんを大好きだったこと。
 頬をつたう涙を強引に拭ったあと、メリーベちゃんは炎に、天に声高らかに叫んだ。
「お父様! わたくしは元気にやっていますわ。だから安心してそこで見守っていてくださいませ!!」
 それがメリーベちゃんの本心。
 それがメリーベちゃんが叶えたかった願い。

 






過去日記
2010年05月18日(火) 委員長のゆううつ。42
2006年05月18日(木) 五月十八日
2005年05月18日(水) 「EVER GREEN」7−7UP。
2004年05月18日(火) とある姉弟の会話・その3

2012年05月17日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・96

 言われてみれば思い当たるものはあった。可愛らしい容姿に居丈高な口調。

「彼らは久しぶりにここに来てくれてね。話がはずんでる間に彼女がいなくなってしまったんだ」
 ここへは何度かきたことがあるんですかと尋ねると、年に1、2度ほどねと返される。なるほど。楚羽矢さんはその時に見かけていたんだ。
 手紙って人と人をつなげるものなんだな。今更ながらに思う。単身で旅立つ時にお母さんとした約束。そう言えばここのところ書いてなかったな。今度出してみよう。

「ここにはいない人にも届くものですの?」
 クレイアのお店で言ったメリーベちゃんの呟きが今ならわかる。今回の訪問は領主様に自分の父親が亡くなったことの報告。初めてみたお兄さん達は成人していて、明らかにメリーベちゃんよりもはるかに年上だった。お父さんがいなくなってきっと寂しかったんだろう。
「お話は終わりましたの?」
「ああ。明日には出立するよ」
 お兄さんに背筋を伸ばして応じる女の子がたくましくもあり、同時に痛々しくも見えた。
「イオリはずっとここにいますの?」
「いるよ。まだまだ修行中だから」
 正確には弟子にすらなっていないけれど。それでも、だからこそもっと勉強しなくちゃならない。
「仕方ないですわね。案内の続きは次にお預けですわ」
「メリーベちゃん。少しだけ時間もらえるかな?」






過去日記
2010年05月17日(月) 委員長のゆううつ。41
2006年05月17日(水) 自分らしく?
2004年05月17日(月) あと少し。

2012年05月16日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・95

「やっと帰ってきたんだね。ベル」
 女の子と同じショコラ色の髪をした男性が安堵の声をあげる。
「大袈裟ですわ。ただ散歩をしていただけですのに。ねえ? イオリ」
「……君は?」
 視線が女の子からわたしの方にうつって。でも当の自分は明らかに浮いた状況に挙動不審になっていた。
「わたくしが案内を頼みましたの。ねえ? イオリ」
「本当?」
 訝しげな視線にこくこくとうなずく。間違ってはいないのだけど。場所が場所だけに緊張してしまう。

 今、わたしがいるのはブランネージュ城。ティル・ナ・ノーグの領主様の住居であり要塞でもある、言うなれば殿上人の住む場所だった。
「この子を送ってくれてありがとう。彼らは心配性でね。君たちが来るのがもう少し遅かったら騎士団総出で捜索に出るところだったよ」
「……そうだったんですか」
 よかった。もう少しで本当に大惨事になるところだったんだ。背中を冷たい汗が流れた。
「テオドールもありがとう。助かったよ」
 声をかけられたのはメリーベちゃんの隣にいた藍色の髪の男の人。メリーベちゃんを連れにきた騎士様だと言うことは後から知った。そう言えば施療院にいた時、リオさんが複雑そうな顔をしていたけど何かあったのかな。今度聞いてみよう。
 にこやかな笑みを浮かべたのはノイシュ・ルージュブランシュ・ティル・ナ・ノーグ。まごうことなきここ、ティル・ナ・ノーグの領主様だった。
「メリーベちゃんは、一体誰なんですか?」
 初めてあった時から思っていた疑問を口にすると、女の子は重たい口をやっと開いた。
「メリーベルベル・ルル・フランボワーズ。ノイシュ様の親戚にあたる者ですわ」






過去日記
2010年05月16日(日) 委員長のゆううつ。40
2006年05月16日(火) 分析結果 その2
2005年05月16日(月) 生ける屍のようだ

2012年05月15日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・94

「観光で来たんじゃなかったの?」
 てっきりそうだと思ってた。何かしらの意図があったとしても、まだ小さいんだ。遊びまわりたい年頃だろうし。
 でも実際のお姫様の現実は想像よりもはるかにきびしいものだった。
「お兄さまに連れられてきましたの。ほんの少しだけ羽を伸ばしてきますと置き手紙を書いてきたから大丈夫ですわ」
 あっけらかんという女の子に絶句してしまう。
「それに。お兄様もわたしがいない方が安心するでしょうし」
 そう言った女の子の横顔は年相応に寂しそうで。もしかしたら、この子は大人びているぶん、大変な目にも遭ってきたのかも。
「メリーベちゃんはお兄さんが好き?」
「好きに決まってるでしょう? あんなに素敵な男の方、世界中どこをどう見てもいるわけないですわ」
「なら大丈夫」
 小首をかしげる女の子に説明する。
「理由はわからないけど、お兄さん達はメリーベちゃんが大好きだからここに連れてきたんじゃないのかな」
「意味がわかりませんわ」
「ごめんなさい。うまく言えないんだけど──」
 ご兄弟にはあったことはないけれど、大切にされていなければひねくれたままで終わっているはず。
「だからわたしは手紙を書くことにしてる」
「手紙を書くと何かいいことが起こりますの?」
 起こるかはわからないけれど。家族との約束だから。
「今日一日であったこととか。いいこととか悪いこととか全部。たくさん伝えたら何かが返ってくるんじゃないかな」
「それはあなたの想像でしょう? いいかげんにもほどがありますわ」
 確かに想像にすぎないけど。でも当たっているぶんもあるんじゃないかな。そう思った。
「お客様──」
「メリーベですわ」
 ふんと鼻をならすと女の子──メリーベちゃんは告げる。
「着いてきなさい。最後までお見送りするのが宿の従業員の役目ではなくて?」
 女の子らしい、可愛い命令に笑ってはいとうなずいた。






過去日記
2010年05月15日(土) 委員長のゆううつ。39
2006年05月15日(月) 「EVER GREEN」9−1UP
2005年05月15日(日) 休日のしごと

2012年05月14日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・93

「それで今度はここに来たってわけか」
 イレーネ先生が苦笑する。
 メリーベちゃんを連れてやってきたのはグラッツィア施療院だった。何がどうツテになるのかわからないけどここにいけばわかると楚羽矢さんに言われたからだ。
「これは──の絵ですわね」
「詳しいな。よくわかったね」
 メリーベちゃんが漏らした声にイレーネ先生が感嘆の声をあげる。
「こんなのわかって当然ですわ」
 そうなんだ。わたしはこの前先生に聞くまでは知らなかったけど。そう言うと、勉強不足ですわと鼻で笑われた。
「ごめんなさい。ティル・ナ・ノーグの知識はまだまだ勉強中なの」
 何せ故郷の白花から来て数ヶ月しか経っていない。
「あなたはここの人間ではありませんの?」
「お父さんはここで生まれ育ったけど、わたしが生まれたのは白花だよ」
「シラハナってここから西にある島国のことですわよね。こことは違って女王が治めていると言うのは本当ですの?」
「うん」
 正確には代々の女王──姫巫女様がだけど。一庶民のわたしは話でしか聞いたことがないし、本当のお姫様には一度もお目にかかったことはない。
「イオリは故郷に帰りたいとは思いませんの?」
 出されたお茶に口をつけながらメリーベちゃんがつぶやく。
「時々は思うけど。やりたいことがあるって飛び出してきちゃったから。だから、自分でいいと思うまでは帰らないし帰れないかな」
「わたくしとは違うのですね」
 そう言った彼女の顔は今までよりずっと大人びて見えた。






過去日記
2010年05月14日(金) 委員長のゆううつ。38
2006年05月14日(日) 母の日
2004年05月14日(金) 「EVER GREEN」5−15UP

2012年05月13日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・92

「で。結局このお嬢ちゃんはどこのどいつなんだろうな」
 パルフェに舌鼓をうっていると楚羽矢さんがつぶやいた。
「お嬢ちゃんなんて失礼千万ですわっ! わたくしにはちゃんとした名前が──」
「じゃあ、なんて名前なんだ?」
 そこまで言うと、メリーベちゃんは口を閉ざしてしまった。
「どこかで見かけたような気がしないでもないんだよな。それこそ、つい最近だったような」
 どこだったかと首をひねる楚羽矢さんに、ご馳走様でしたわ! と女の子は足早に去っていった。
「役にたてなくて悪かったな」
「そんなことないです」
 お菓子を食べさせてあげることができただけでも充分な成果だし。
「それで、この後どうするんだ?」
「周りを散歩してみようと思います」
 それこそ初めて来たころのわたしのように。ジャジャじいちゃんに会って、いろんな人と出会って。限られた時間だったとしてもちょっとした思い出くらいは作ってあげたい。
「だったら、それこそ街の領主にでも聞いてみたらどうだ?」
 確かにそれは名案だけど。一介の市民が領主様にお目にかかるなんてことはそうそうできない。ツテでもあれば別だけど異国人のわたしと顔見知りの人なんて限られてるし。
「ツテならあるだろ。お前さんの近くに?」
 今度はわたしが首をかしげる番だった。






過去日記
2011年05月13日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE2−0UP
2010年05月13日(木) 委員長のゆううつ。37
2007年05月13日(日) 遅くなってすみません
2005年05月13日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,55UP
2004年05月13日(木) 今日のIさん・その2

2012年05月12日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・91

「それでここに付き合ってもらったとういわけか」
 わたしとメリーベちゃんは藤の湯に来ていた。正確には藤の湯の中のお店の一角だけど。
「私のおごりだから遠慮なく食べてね」
 理由はなんであれ一人だと心細いだろうな。そう思ってやったことは小さなお客様を外へ連れ出すこと。初めての場所だと危ないし、顔見知りと言えばこことクレイアが働いている洋菓子店、あとはお世話になってる施療院くらいしかない。
 お金はアルテニカの宿で働いてる時にお小遣いをもらっていた。こういうことに使ってもいいよね。
「お金の持ち合わせくらいありますわ。レディーを甘くみないでくださる?」
「相手の顔を立てるのも立派な淑女ってもんじゃないか?」
 さすが楚羽矢さん。接客業をしているだけあって対応が慣れてる。女の子はあー、うー、と小さく唸ったあと、ここはあなたの顔をたててあげますわとスプーンを手にした。
「はい。白花パルフェだよー」
 作業着をきたパティが果物ののったお皿をテーブルに広げる。
「なんですの? これ」
「白花でも有名なんだけど、知らない?」
「これくらい知ってますわ!」
 意気込んでスプーンで果物をすくい、パクっと口に運ぶ。
「……おいしい」
 その後は二匙、三匙と食がすすんで。
「異国の文化を嗜むのも悪くないですわね」
 そう言った女の子の表情は初めて声をかけられた時よりもずっとほころんでいた。






過去日記
2010年05月12日(水) 委員長のゆううつ。36
2004年05月12日(水) 近況報告

2012年05月11日(金) 花鳥風月のタイトル(仮)

こちらからお題をお借りしました。


+ ファンタジー系お題〜冒険編〜 ++
ファンタジーな冒険者たちのアレコレ

01.予期せぬ来訪  06.それぞれの目的  11.異種族の友  16.護り主
02.背負うもの  07.金貨、一枚  12.失われし楽園  17.月光の下で
03.国境の街  08.迷いの森  13.目覚めを告げるもの  18.最後の希望
04.刃と言葉と  09.彼方からの呼び声  14.不可思議な扉  19.辿り着いた場所
05.旅は道連れ  10.相容れぬもの  15.鍵  20.ここから続く道

できているのは5番まで。
ずいぶん昔の話なので続きが書けるのか、完結できるのか(遠い目)。


とりあえずのメモ書きです。






過去日記
2010年05月11日(火) 委員長のゆううつ。35
2006年05月11日(木) 風日期中
2005年05月11日(水) 異世界召喚ものについて
2004年05月11日(火) 人気投票・中間報告その2

2012年05月10日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・90

「メリーベちゃんですね」
「失礼な! メリーベ様ですわ!!」
 憤然として声をあげるお客様に人知れず笑みが漏れてしまう。同世代なのにニナちゃんともウィルくんとも違う感じが。子どもっていろんな種類があるんだなあ。
「何をじろじろ見ていますの。失礼ですわ」
 形のいい眉がきっと吊り上がる。確かに見つめ続けるのはよくなさそう。
「失礼しました。荷物を運びますのでどうぞこちらへ」
「ありませんわ」
 ベルガールよろしく荷物を荷車に乗せようとして、受け取ろうとした手が止まった。
「ないんですか?」
「身ひとつで充分ですわ。それともおまえはお客様に向かってそんなことも詰問しますの? 従業員としての態度がなっていないんじゃなくて」
 お金ならありますわと受付に金貨を広げられて。宿のおじいさんおばあさんと確認したけどこれはどう見ても本物だ。
 身ひとつでやってきた身なりのいい女の子。どうやらとても訳ありのようだ。

「どうしようかねえ。迷子かい?」
「そうかも知れません」
 小さなお客様を客室に案内して、宿の従業員全員で作戦会議。
「わけありみたいだし役所にでも引き取りに来てもらうかい?」
「一人だと何かあった時色々大変だろうしねえ」
 確かにそれが最善策なんだろう。だけど、わたしにはそれが一番とは思えなかった。その表情がどこかで見たような気がしたから。
「あの。よかったらなんですけど」
 だから。気づいたら全く別の提案をしていた。






過去日記
2010年05月10日(月) つかれてるひと。9
2005年05月10日(火) 伊達眼鏡について
2004年05月10日(月) 母について

2012年05月09日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・89

「ここは宿であっているのかしら」
 可愛い声とともに現れたのは長い髪を高い位置で二つに結えた女の子。ニナちゃんくらいになるのかな? 
「いらっしゃいませ。当店に何か御用がありでしょうか」
「宿ならば、今から宿泊することも可能ですわね」
 ずいぶんと可愛らしいお客様だ。
「部屋は空いておりますが、どなたかお連れの方はおありで?」
「宿泊の手続きくらい一人で充分ですわ。わたくしをだれだと思ってますの?」
 瞳をカッと見開き堂々と名乗りを上げる。
 ……ずいぶんと、大人びたお客様だった。 
「ではここに記帳をお願いします」
 おじいさんが記帳用の紙を女の子の前に広げて差し出す。女の子はペンを片手に自分の名前を書こうとして。
「お金は先に払います。これでいいでしょう?」
 袋からじゃらじゃらと硬貨を取り出す。これって確か相当な額になるんじゃ。
「こんな大金いただけませんよ」
 慌てて返そうとしても女の子は頑なに拒否する。いいから受け取りなさい、その代わりこのことは内密にと。どうやら訳ありのようだ。
「じゃあ、記帳はよろしいですからお名前だけでも教えていただければ」
 フルネームではなくて結構ですから。そういったご主人に。
「……メリーベですわ」
 女の子はそっぽを向いたままつぶやいた。









過去日記
2010年05月09日(日) つかれてるひと。8
2005年05月09日(月) 「佐藤さん家の日常」お題編01UP
2004年05月09日(日) 今日のIさん

2012年05月08日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・88

「よく来てくれたの。さっそく頼むよ」
 エリーさんのご両親──ニナちゃんとウィルくんの祖父母が経営している宿は本当に歩いてすぐのところにあった。なるほど。これなら安心だし手伝いだって行こうと思えばすぐに行ける。
「あやつはどうしているかの。近頃まったく顔を見せてもらえんでの」
 頼まれたのは古びた椅子を別室に運ぶこと。腰を悪くしてしまったらしく、代わりになる従業員さんも今日はお休みだったらしい。それでエリーさんの代わりにわたし達がかりだされたわけだ。
「ユータ……ユータスさんのこと、気になるんですか?」
 故郷では畑仕事を手伝っていたし、人並みの足腰や体力には自信がある。椅子を抱えながらおじいちゃんに聞くと、そっぽを向きつつこんな声が返ってきた。
「なんだかんだで可愛い孫だからの」
 なんだ。しっかり愛されてるんだな。
 なんだかホッとすると同時に嬉しくなってしまった。どうしてかはわからないけど。
「小さいころから細工師の修行をしているなんてすごいと思います」
 脳裏に浮かぶのは先日の工房での横顔。いつもと違う真剣な表情に声をかけることすらできなかった。悔しいけど、わたしもちゃんと見習わないといけない。
「終わりました。次は何をするといいですか?」
 全ての椅子を二階に運び終わっって軽く腰をたたく。幸い今日は予定もないしせっかくだから拭き掃除でもしていこう。
「本当に悪いの。それじゃあ──」
「どなたかいませんの?」

 ──そして、冒頭に至る。






過去日記
2010年05月08日(土) 委員長のゆううつ。34
2006年05月08日(月) 今日も今日とて
2004年05月08日(土) 50の質問

2012年05月07日(月) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・87

「ちょっと、そこの」
 声をかけられたのは掃除をしている最中だった。
「そこの黒髪のあなたですわ」
 周りを見回してみる。あたりには宿の従業員さんと、わたしくらい。その中で黒髪なのはわたしくらい。
「わたしですか?」
「あなた以外に誰がいるといいますの。ちょっとわたくしの元へ来なさい」
 初対面なのに強気な発言の主は、わたしの腰より少し上くらいの高さの女の子だった。


「悪いけど、おじいちゃんの家を手伝ってくれないかしら」
 朝起きるとエリーさんに申し訳なさそうに頼まれた。おいじちゃんというのはおばさまの実のお父様のことで、アルテニカ家の近くで宿を経営している。本当に近くなので時々様子見も兼ねて食事を届けにいくこともあるとか。今日もそのつもりだったけど、急な用事で都合がつかなくなったらしい。
「掃除と受付を頼まれていたんだけど都合がつかなくなっちゃって。あの子は仕事中だし、頼んでもああでしょう?」
 あの子とは言わずもがな。今日は朝早くに工房へ出かけて行ってしまった。確かに掃除はできたとしても、受付──人と接する業務は難しそうだ。もっともわたしだって接客業ができるとは限らないけど。
『居候しているアルテニカ家のもとで勉学にはげむこと。それが私の元で学ぶ条件だ』
 エリーさん宛に書かれた手紙にそう書いてあったと後から聞かされた。そもそも居候させてもらっている身だし断る理由はないので二つ返事で引き受けた。






過去日記
2010年05月07日(金) 委員長のゆううつ。33
2007年05月07日(月) 「EVER GREEN」11−13UP
2004年05月07日(金) 「EVER GREEN」5−14UP

2012年05月06日(日) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・86

「イオリさんが良かったら、時々ここ(工房)に顔をのぞかせてくれると嬉しい」
 帰り際、カルファーさんにそんなことを言われた。
「ユータスには才能がある。だけど、あの通りそれ以外のことには無頓着というか──、からっきしなんだ」
 さしずめユータスの管理係と言ったところか。
「君のためになるかもしれないしね。一つのことに集中しているとそのうち周りが見えなくなる。お互い息抜きは必要だろう?」
 言っていることはよくわからないけれど、年長者のアドバイスということで胸に留めておくことにした。
「ユータ」
 今日使った呼称をさっそく使うと、言われた相手は拒絶することなく『ん』とだけつぶやいた。
「ユータはすごいんだね」
「別にすごくない。もの心つく前から同じことを繰り返しているだけだ」
「修行をして、一人前になって。いつかは自分の工房を持つの?」
 いつか彼自身に聞かれた質問を口にする。なかなか返事がないのでどうしたんだろうと後ろを振り向くと彼はずっと後ろの方にいた。
「ユータ?」
「わからない」
 これまたいつかのわたしと全く同じ台詞で。弟子というからには最終的に行き着くのはそこじゃないのか。
 お互い似たもの同士なのかもしれない。そう思うと少しだけ親近感がわいた。
 それと同時に。
「わたし、負けないから」

 負けたくない。
 この日、わたしに新たな目標ができた。

「……何に?」
 彼のつぶやきは聞かなかったことにする。











過去日記
2011年05月06日(金) 「委員長のゆううつ。」STAGE1−12UP
2010年05月06日(木) 委員長のゆううつ。32
2006年05月06日(土) 分析結果
2005年05月06日(金) 「SkyHigh,FlyHigh!」Part,54UP。
2004年05月06日(木) 仕事について。その2

2012年05月05日(土) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・85

「ここは、僧帽筋」
「じゃあ、ここは?」
「上腕二頭筋」
「ちゃんと覚えてるじゃないか。坊──じゃない、嬢ちゃん、やればできる!」
 ユータスさん──ユータを待っている間、わたしはなぜか彼の兄弟子であるライアンさんと勉強をすることになった。たまたま持って来ていた解剖物理学の本にライアンさんが興味を持ったからだ。それにしても、さっき坊主って言おうとしましたよね。
 ライアンさんはユータと同じ細工師のはずなのに、見た目はユータス達、工房の面々と体格が違う。後から聞くと正確には硝子職人だそう。それにしても、一般的なそれとかけ離れている。
「筋肉はいいぞ。骨格にちゃんとした筋肉が乗ってこそ完璧な人体ってもんが出来上がる」
「はあ」
 わたしは何をしているんだろう。延々と筋肉講義を受け、でも確かに覚えるには役に立ちそうだからと小一時間話を聞くことになってしまった。
「じゃあ、ここは、こんな感じになっているんですね」
 ノートに言われたことを書き出してみると、ライアンさんは軽く目を見はった。
「へえ。嬢ちゃんは絵もかけるんだな」
「人並みには」
 子どもの頃は体が弱かったから遊び半分で渡されたスケッチブックに目に見えるもの全てを描き連ねていた。
「どうだ? 細工師をやってみるってのは」
「冗談はやめてください」
 わたしは医学を学ぶためにティル・ナ・ノーグにやってきたのであって、細工師になるために来たんじゃない。そりゃあ、絵を書くことは好きだし工房を見るのはわくわくするけれど、それだって趣味の範疇だ。
 そんなこんなで日も暮れて。これ以上残っていたら今度は家に帰れなくなる。
「そろそろ日もくれた。ユータス、今日は家に帰りなさい」
「けどまだ途中──」
「休むのも仕事。いいから帰りなさい」
「──はい」 
 カルファーさんの凄みのある声に半ば尻込みする形でユータスとわたし達は工房を後にした。






過去日記
2010年05月05日(水) 委員長のゆううつ。31
2006年05月05日(金) 「EVER GREEN」9−0UP
2005年05月05日(木) 中間報告九回目
2004年05月05日(水) 仕事について

2012年05月04日(金) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・84

 大の男衆に囲まれて黙々とサンドイッチを食べる姿は異様だった。『やっぱり帰る!』とニナちゃんが途中で逃げ出したのも頷ける。ちなみにここにいるのはユータスさんに、ウィルくん、カルファーさんとユータスさんの兄弟子にあたるライアンさんだ。
「まさかと思うけど、家でも『あんた』とかましてや名前を覚えていない、なんて言わないだろうな」
 わたしがここまできた経緯をかいつまんで話すと、ライアンさんの片眉がピクリと上がった。と、同時にユータスさんの肩もぴくりと動く。知り合って半月はたつし日常的にとは言わなくても顔はそれなりに合わせている。まさかと思うけど、本当に名前もわからないようだったら怒るし落ち込む。 
 結果的は最悪の事態にはならなかった。けれど。
「えーと……イオリ?」
 呼び捨てだった。これが普通なのかもしれないけど。
「イオリ姉ちゃんも、いつまでもさん付けって他人行事じゃない?」
 ウィルくんの声に、今度はこっちがうならされてしまう。ユータス・アルテニカさんという名前はわかる。でも、アルテニカさんだと家の誰のことを言ってるのかわかりづらいし、ユータスさんとは呼んでいるものの、正直違和感があった。
 ダークグリーンの瞳と薄茶色の髪。それを聞いて連想させるものはわたしにとってひとつしかない。小さい頃からずっと一緒にいてくれた、わたしの友達。わたしの相棒。その子の名前は。
「……ユウタ」
「ん」 
 また実家の愛犬の名前を口にしてしまった。呼ばれた方にも違和感なくうなずかれてしまった。
「ちがうんです。いきなり変な呼び方してしまってごめんなさい。これには、その」
「『ユータ』じゃないの?」
「一応、ユータスさん、なんですけど」
「ん」
「……じゃあ、ユータで」
 とっさの呼び名がこれから先も定着していくとは当時は思ってもみなかった。






過去日記
2010年05月04日(火) 委員長のゆううつ。30
2007年05月04日(金) 裏EG その4
2006年05月04日(木) あなたの家族記念日はいつですか
2005年05月04日(水) 連休どうですか?
2004年05月04日(火) 衝動書き・2

2012年05月03日(木) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・83

「どうしてここに?」
 工房に職人以外の顔見知りの人間がいる。不思議に思って当然だ。
「おばさまに頼まれて持ってきたの」
 頼まれたかごを手渡すと、『ん』と受け取った後、作業台の机の上に置いた。伸びをした後に、椅子に座り、手を握って閉じてを繰り返した後、作業を続けるんだろう。再び工具を手に体をかがめ──
「ユータス、それはお客様に対してあまりにも失礼なんじゃないか?」
 ようとしたところで、非難めいた声に中断された。声の主は言うまでもなくカルファーさんだ。
「せっかくここまで昼食を運んでくれたんだ。冷めないうちに食べなさい」
「でも」
 なおもしぶるユータスさんに、依頼人も以来の品も食事を取るくらいの猶予はちゃんとくれるぞと追い討ちをかけるカルファーさん。
「皆さんにはこちらをどうぞ」
 合間に作っていたクッキーを手渡すと、ありがたくいただくよとカルファーさんがさんが笑顔で応対してくれた。
「安心して。姉ちゃんが作ったものは入ってないから」
 いつの間にか戻ってきたウィルくんが、気になるセリフを口にする。なら大丈夫かとうなずくユータスさんにも気になるところはあるけれど、せっかくだからみんなで食べましょうと簡単なお食事会になった。
「ユータスさんは今日は帰るんですか?」
「ここに残る」
 サンドイッチに口をつけながら、彼は首を縦にふった。






過去日記
2010年05月03日(月) 委員長のゆううつ。29
2007年05月03日(木) 裏EG その3
2006年05月03日(水) ゴールデンウィーク
2004年05月03日(月) Iさん日記

2012年05月02日(水) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・82

 知らないって言っても、知り合ったのはひと月前のことだし。こんなに真剣な表情ができるんだって驚いてしまった。
 思い起こせば、初めて出会った時も『ちがう』って言われて。そもそも何が違ったのかわからなかったんだけど。後で聞いてみよう。不真面目ということはないけど、いたって真剣にちがう方向に突き進んでいるというか。みもふたもなく言えば、始終ぼんやりしているというか。
「……ちゃんと仕事してるんだ」
 ものすごく失礼な意見を口にしても、言われた相手は聞こえてないかのように──実際、作業に夢中で聞こえてないんだろう、真剣な表情で手元を動かすことだけに神経を注いでいる。
 ぼんやりしていたとしても、彼が真剣に仕事をしているのは事実。わたしはまだ異国に来たばかりで、住むところだってようやく決まったばかり。好意に甘えてばかりの自分に、黙々と仕事をこなす同世代の男子。異国につけばどうにかなると思っていたわけじゃないけど、なんというか、現実を見せつけられたという感じ。はじめは大丈夫なのかなと心配したけれど、相手の心配ができるほどの場所にわたしは立つことすらできていない。
「カールさん? どうしたんですか──」
 人の気配に気付いたのか、眼鏡をはめなおした彼は顔だけふりかえって。
 そこでようやく。
「……イオリ?」
 意識が仕事から、わたしの方に向けられた。






過去日記
2010年05月02日(日) 委員長のゆううつ。28
2007年05月02日(水) 裏EG2 書きながら思ったこと
2004年05月02日(日) 衝動書き

2012年05月01日(火) 白花(シラハナ)への手紙(仮)・81

 ユータスさんが久しぶりに帰ってきたとはペルシェに出会った日の夜に聞いていた。でも、住み込みで、しかもそんな小さな頃から親元を離れて工房で暮らしているなんて知らなかった。何か事情があったんだろうか。家庭仲が悪いというわけではないだろう。ここ数日間の暮らしを見ていればよくわかる。むしろ、和気あいあいとしていたし彼だってぼーっとしてはいるものの、家族を嫌がっている様子はなかった。じゃあ、別の理由が?
「才能があるのは確かなんだけどね。ちょっと訳ありで予定よりも早く修行させることになったんだ」
 苦笑しながらカルファーさんが扉を開ける。そこには探していた男子がいた。
「…………」
 椅子に座って。後ろからだと全く動いていないように見える。時おり腕が動いたり、頭を軽く動かす姿が見えなければ眠っていると勘違いしていただろう。
「気になるなら近くで見てみるといいよ」
 いいんですか? と尋ねると物音をたてなければ大丈夫と許可がでた。細工に集中してるんだし、邪魔するのは悪い気がする。だけど、何をしているのか気になりもする。そっと音を立てないようにして近づいて。相手の手元をのぞきこんでみた。
 何かの修理なんだろうか? もともと大きくない媒体の中に、小さな部品を詰め込んでいる、ような気がする。
 かちゃ、かちゃ、かちゃと金属がすれあう音が響く。音をたてている本人はというと。

 いたって真剣な表情で。それはわたしが全く知らない男の子の顔だった。
 






過去日記
2010年05月01日(土) 委員長のゆううつ。27
2007年05月01日(火) 裏EG その1
2006年05月01日(月) 中間報告十六回目
2005年05月01日(日) おかげさまで7万
2004年05月01日(土) EVER GREEN
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