浅間日記

2007年10月31日(水)

ラジオでここのところずっと昼の時間に流れている、「綺麗」という歌。

自分の中の少女が、心も身体も女として綺麗になりたいと言っている、
どうもそういう、中年女性の心境をうたった内容である。

ものすごく抑揚のあるメロディにのせて、
森昌子がこれまたうっとりするように歌っている。

これを毎日毎回、うへえと思って聴いている。
どうもこういうトーンは苦手である。恥ずかしくもある。
いい年をして、まだ自分の−自分だけの−美醜に固執するのか、という反発もある。

もうわずかのうちに自分も中年の域に達するが、
こんな気持ちの悪い心境に至らぬよう自戒したい。

というわけで、思い余って日記に記す。

2006年10月31日(火) 色あせた看板に書かれた意志は
2005年10月31日(月) 
2004年10月31日(日) 広大な国土の閉塞感



2007年10月29日(月) どんぐりと山ねこと私

山から下りて、夕暮れ時に家に戻る。

夕飯を食べ終わり、Aを横に座らせて「どんぐりと山猫」を読む。
宮澤賢治のこの名作は、裁判の話なんである。

「谷川に沿ったこみちをかみのほうへのぼっていく」主人公の一郎君に、
本日の自分が、なんだかオーバーラップする。

黄金色の草地こそ今はもうないけれど、
確かに私も栗の木や滝やきのこと対話をしたように思う。

Aが気に入ったのは、手紙の文章を褒められた馬車別当の男が、
いきをはあはあして、耳のあたりまで真っ赤になって喜んでいるくだり。

それからやはり別当が、山猫のたばこがほしいのを我慢して、
気をつけの姿勢のまま涙をぼろぼろこぼしているところ。

大人の私が気に入ったところは、野暮になるので書かない。
ただ、俗世の在り様を美しいファンタジーに溶け込ませる賢治のセンスは、
まさしく天才のものだと感心した。

かくしてAも私も、優れた文学作品の余韻にひたりながら、静かに眠りに落ちた。

2005年10月29日(土) 宗教的ドーピング
2004年10月29日(金) 陛下万歳



2007年10月26日(金) 賞与その2

キノコのシーズンもそろそろ終盤である。
そして、ここ信州では天然物のきのこをめぐって、ある騒動が起きている。

それは、長野県松本市の公設地方卸売市場で、業者が誤って毒キノコ「クサウラベニタケ」を販売、購入して食べた2家族の計6人が食中毒になっていたことが分かった、というニュースである。

山採りのキノコは同定が難しいから、素人判断で食用すべからず、というのがこのへんの常識だ。
しかし市場に出回っているものが危ないとなると、信州人に与えるショックは、これはもう「赤福問題」の比ではないんである。



そうだから、昨日山の中で馬鹿でかい3本のキノコを見つけ、
食べられるかも知れないなどといってKさんが嬉しそうに採っている時には、
私は、そんなグロテスクなのやめなさいよと冷ややかな視線を送っていたんである。

けれども、しばらく持ち運んでいるうち強烈に漂ってくるその芳香は、
もう間違いようもなく、キノコの王様と呼ばれる「あれ」である。

次第に、これは例え毒キノコであっても食すに値する、とさえ趣意を翻した私は、
無言のうちに、Kさんにあんな冷ややかな視線を送らなければよかったと後悔すると同時に、
もし「あれ」だった場合にはどうやって分け前を頂戴するかと、いやしい考えを巡らせながら山を歩いていた。



合流したA君より、ああこれは間違いなくツガタケですよと太鼓判を押され、小躍り、大躍り。
ツガタケとは、マツタケの別名である。

あんな場所に何故出ていたのかわからないが、
止山でもないこの山ならまあ問題ないだろうと、遠慮なく賞与に預かることにする。

Kさんはもちろん、気前よくみんなで山分けしてくれた。

2006年10月26日(木) 世界の重ね方
2004年10月26日(火) 被災



2007年10月25日(木) 無音のシンフォニー

朝から木曽路にて仕事。

先週よりも確実に秋が深まっている。
空気の冷え方が違うから、そのことは山に入る前からわかる。

ガタガタと山道をたどって、谷の奥へ奥へと入る。
青空はいっそう澄みわたって、高度を増すごとに稜線を浮かび上がらせる。
森の中はもう蝉も鳥も鳴かず、静寂だけがそこにある。

山は黙々と、色彩パターンを多様にしていく。
イロハモミジもイタヤカエデも赤く色づいたし、
カラマツもダケカンバも、じきに黄金色へと変わるだろう。
その一方で、ヒノキやツガの針葉樹は、深い緑を継続するだろう。

見渡す限りの山々で一斉におきる、これだけの視覚上の大変化が、
無音のうちに進行する不思議である。

2006年10月25日(水) 
2005年10月25日(火) 



2007年10月24日(水)

本日から再び木曽路。
もう寒くて嫌である。

防衛省の色々な不祥事を今明るみに出すのは、
自民党も給油を再開したくないからなんだろうなと想像。
何もブッシュに花道を作る理由はないのだから、例え米国から誰が来日しようとも、
丁重に、お粗末で滑稽な事情を楯に、今は無理とお断り申し上げたい。

そういうことではないかというのが、私の意見。

2006年10月24日(火) 親子であることは尊いこと
2004年10月24日(日) 毒を喰え、皿まで



2007年10月21日(日) ミディアム冬支度

冬支度。

信州の我が家における冬支度というのは、大まかに言って3段階ぐらいある。
この段階が早すぎても遅すぎても、快適に暮らせないんである。
かくして今回は「冬・ミディアム」に対応した、2段階目の冬支度。
Aには「アリとキリギリス」の訓示をたれて、
今日一日の仕事について理解と協力を求める。


夏の間、素足に心地よい冷たさを感じた廊下は、
一変して寒さを感じる最大の脅威となる。

綺麗に掃き、拭きあげて、国会議事堂みたいに赤いじゅうたんを敷き詰める。
これで、足先から身体に冷えを呼び込まずにすむというわけである。

暖房器具の手入れをして、試運転。
もうおんぼろの十年選手は、交換しなくちゃいけないなと算段する。

レースのカーテンをはずして、厚手の物に替える。
タンスからニットの服を出して、スチームアイロンをさっとかける。
寝具を、ワンランク暖かいものに変える。



全てが上手くいって、暖かく、静かで快適な夜。
Aと二人、この快適な環境をつくりあげた功績を称えあう。

色づき始めた葉がすべて枝を離れる頃には、また寒さがランクアップするだろう。
早晩、最終段階の冬支度もしなくてはならない。
そう、今年は絶対に家の中で少しも寒い思いをしないぞと、心に固く決意する。

2005年10月21日(金) 
2004年10月21日(木) 嵐の後に来るものは



2007年10月18日(木)

中山道がはしる木曽山中にて仕事。

旧道を歩いたり宿場に投宿する外国人ツーリスト達は、
秋が深まる日本での旅をエンジョイしていて、実に楽しそうである。

でも五平餅は食べないんだよねえと、民宿の若女将。
今週はパリから1組、来週はシドニーから1組お客を迎える予定、などと
えらく国際的なビジネスをしている。

2006年10月18日(水) 
2004年10月18日(月) 管制塔は象牙の塔



2007年10月13日(土)

よく晴れた運動会。

子どもが走り、大人も走る。

こうした状況において、
真剣な子どもと真剣な大人がいた場合、
ウォッチングしていて楽しいのは、
なんと言っても大人のほう。

子ども達がつくった旗の下で、大の大人が険しい顔をして全速力する。
そういう人ほどまた、ズダーンと派手に転んでくれる。
申し訳ないが、可笑しいったらないんである。
綱引きだって、大人達が真剣になればなるほど、子どもは大喜び。


でも、やりとげて嬉しいニコニコ顔や、負けて悔しい表情の輝きは、
もう圧倒的に子どもの方がいい。

2006年10月13日(金) 
2005年10月13日(木) 冬支度
2004年10月13日(水) 奴らの足音のバラード・秋冬編



2007年10月11日(木) 後出しじゃんけん法

朝のラジオ。
独立行政法人「国民生活センター」の業務縮小案が、
政府による財政再建の一環として検討されている、というニュース。

国は、悪質業者の被害について、今後いっさい、
消費者個人のフロントには立ちません、と、そういう閉店宣言である。

消費者団体などから強い反対の声があがっているけれど、
郵政民営化と同じく、大筋ではとっくの昔に決まっていたのらしい。
耐震偽装マンションが取り沙汰されていた頃かもしれないのは、皮肉なことである。



ふたを開けたらこういうこと、という制度や法律のトリックに、
国民は翻弄され続けている。

全ての法律の条文や施行規則や施行令、通達に至るまでくまなく目を通さなければ、いつ、どんな風に自分達の生活へ影響するのかわからない。
国会審議の段階で明らかにされていないことも多い。



だから、改革改革というのなら、まずこの面倒くさい条文のシステムを変えてくれ、と思う。
なんならば、全文英語にしてくれてもいい、とすら思う。

2006年10月11日(水) インドへ回覧板をまわしに行った男
2004年10月11日(月) 動物の悲哀



2007年10月09日(火) 私はあなたと親しくしたい

衆議院予算委員会のラジオ。

アメリカで近く大きな選挙があり、政権交代の可能性がある。
日本はいかなる状況においても、親米路線を継続していくことが重要である。そのことは同時にアジア外交の安定にも重要である。

福田総理大臣の発言である。



アメリカが政権交代し、もし民主党が−ヒラリー上院議員が−政権を担ったら、
自民党は一体どんな面を下げて寄り添うというんだろうか。
ブッシュ共和党政権にべったりで、そのためには自国の憲法までねじ曲げる真似までしたくせに。

品がなく卑しい。

2006年10月09日(月) 徒労
2005年10月09日(日) 貧困救済の役割分担



2007年10月08日(月)

世俗の出来事に一つも考えを及ぼすことができない日々が続く。

責任と権限はコインの裏表であるが、
しがない自営の身にふりかかるそれは分不相応に膨れ上がり、
もはやどうしようもないことになっているような気がする。

2004年10月08日(金) コースか単品か



2007年10月04日(木) オイディプスかキング・アーサーか

参議院本会議が行われている。

自民党議員の質問。
「極めて厳しい議会運営となり」、という科白に、今風に言えば、
「どんだけ楽してきたんじゃ!」という気持ちをラジオに返す。
強行採決という麻薬に対する中毒症状である。

方や福田総理は、「二院制の本来のあり方で議会が進行できると思っている」と真っ当至極な答弁をしている。

こうした発言に象徴されるこの人のプライドの高さとスノッブな感じが、私は嫌いではない。
自民党の立場に立ってみれば福田氏を総裁に立てたのも理解できる。
何しろ、この人の口から「自民党には変な人など一人もおりません」と言われたら、
本当に信じてしまいそうなほどである。



自民党は、ある種の父権的存在感をもって、民主党と対峙しようとしている。

礼儀的で毅然とした態度、遊びのない態度。
戦後の与党第一党として国を支えてきたという自負と威信。
「不満や要望があるのなら言いなさい。考えておくから」という態度。

「おやじのやり方じゃあもう何もかもだめなんだ」と憤る息子へ向かって、
「じゃあお前できるのか。できるわけないだろう。」と威嚇する。

自分の考えを変えない父親。
過ちや我が身のほころびを、そして息子の存在を認めようとしない父親。
そして、絶対的な力をもっている父親。

小沢一郎民主党党首は、この自民党の父権的存在感をおそらく身にしみてわかっている。
自分は老獪の騎士であろうとも、民主党自身は所詮未熟な若造であることも。



未熟な若造とともに不器用に未来を模索していくことを、国民は選択するだろうか。
それとも、父親の庇護の下に与えられた未来を選ぶだろうか。

私にはわからない。

2006年10月04日(水) 生産性と専門性
2004年10月04日(月) ますらおぶり



2007年10月03日(水) 希望アピール

ミャンマーの軍事政権が、僧侶や市民による反政府デモを武力で制圧したというここのところの騒ぎについて、ラジオで現地特派員が電話でレポート。

お湯を沸かしたり葱を刻んだり、炊き上がった飯を混ぜたり、
朝のあわただしい中で片手間に聴いたから所々あやふやであるが、
こんなふうに言っていた。



反政府デモが始まった当初、市民の中で高まった何かが変わるという期待は、
武力制圧によって尊敬する高僧達が目の前で次々と暴行を受け拘束されるに連れて、次第に絶望に変わり、
今や人々は、未来に対する一切の希望を失っているように見える、
もちろんデモを継続しようという意思はまったくみられない、
ということである。

そして記者は、経済制裁はもう何年も継続しており、新たに加えたとしても効果はあまり期待できないが、
日本としてこのような軍事政権を認めないという姿勢を見せることは重要だと、レポートを結んだ。



人の身にあることは、やがて我が身にある。
私には、ミャンマーの出来事が少しも対岸の火事とは思えない。
日本だって、危ないところだった。

安倍政権下では戦争ができる国への骨格が着々と築かれ、国中に閉塞感が漂い、
直近の選挙があるまで、人々は-私は-未来に対する希望をもてないでいた。
何とかこの国で子どもを育てないですむ方法はないかと真剣に考えた。

だから思う。

今かろうじて健全性をとりもどそうとしている−おかしな法律は残ったが−日本から、彼の国の人々へ向かって、
「今のあなたの国はおかしいと思うが、いずれ必ず変わる。どうぞ明日に希望を捨てないで」と伝えられたらと、心からそう思う。

そしてそのことは、彼の国のためだけではない。
「選挙の結果を無視して軍事政権が存続するのはルール違反」
「市民に対して武力を用いる軍事政権は大間違い」と日本国政府がアピールすることは、
日本国自身が、未だ身の内に残る自らの危うさを律するためにも、意義のあることだと思う。

2006年10月03日(火) ヒマラヤ満足
2005年10月03日(月) 炎
2004年10月03日(日) ナガランド州を探せ


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