無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年03月13日(水) 「かろのうろん」ってわかる?/『博多学』(岩中祥史)ほか……“NEW”!

 ううう、そろそろ、更新爆走せねばなあ、と思いながら昨日の分、むっちゃ時間がかかっちまったい。
 これもみんな「日記は長けりゃ長いほどいい」なんて抜かしやがったヤツのせいだ。誰だそれは。私です。すみません。

 今日もまた外は雨だし。
 こういう日はしげも迎えに来たくはないらしく、機嫌が余りよくない。
 仕事帰りに本屋に寄ってもらう。
 しげが小野不由美の『屍鬼』を突然読みたくなったとかで、いきなり買わされることに。……いや、買うのはいいんだけどさ、買ったらしげ、本をあっちこっちに放り出すから私が読めないんだってば。
 私も一緒に『アニメージュ』『ニュータイプ』を買う。

 帰宅して、マンションのエレベーターに乗ろうとしたら、ちょうど乗り会わせた人たちがスゴイ巨漢三人。姿恰好からすると見るからにアチラ方面のヒトたちなのだが、私は余りそういうのを気にしないほうなので、平気で一緒に乗りこむ。
 私としげが乗ったとん、ブザーが鳴る。
 うわ、このマンションに住んで十年、ブザーが鳴ったのって初めてだぞ。
 前に乗ってた三人のうちの一人がポツッと言った。
 「……荷物が多いからな」
 荷物のせいやないわ〜! たいして持っとらんやんか〜!
 と、ノドから出かかったが、そこまでの勇気はない。
 仕方なくエレベーターから降りて、もう一度乗りなおす。
 あとで制限体重を見てみたら、700キロまで耐えられるようになっている。
 ……つーことは平均140キロって……いや、しげと私とを合わせてそれくらいだぞ。
 じゃあ、あの三人、一人200キロ近くあるんかい(^_^;)。

 
 『NEWTYPE』、フロクになんとDVDが一枚ついてくる。
 これは世界初ってことだそうだけど、問題は中身だな。
 ……うーん、判断が微妙。
 『WX掘抔開記念、と言うことで、出渕裕や押井守のインタビューを収録してるのは、私は面白かったけれど、こういうインタビューって、活字記事以上の価値があるかどうかってことになると、余りなかったりするんだよね。
 喋った言葉って、舌足らずなことも多いから、やっぱりあとで本人が手を入れたり、注をつけたりして活字にしてもらった方が、意図はよりよく伝わるんである。
 まあ、押井守がいかにもふてくされた感じで「ミニパト作ったわけ? 企画が来て、オレのやりたいことやるのに都合がよかったからだよ。あんなSDキャラ、大っ嫌いなんだよ」とかツバ吐くように喋ってる雰囲気は、とても活字じゃ伝わんないだろうけど。
 新作ビデオの予告編の類は、今は面白いけれど、時間が経てば価値はなくなる。じゃあ、何がこのDVDの目玉かと言うと、『機動警察パトレイバー』第一期OVA第一話完全収録だったりする。
 LDで持ってるって……(-_-;)。


 夕方、『続・平成夫婦茶碗』第十話を見る。
 優香の演技が意外といいのにビックリ。
 これまでの話を丹念に見てたわけじゃなくて、たまたま目にしてただけだったので、浅野温子が幽霊ってことくらいしか分らなかった。
 ドラマとしてはたいしたことない。
 借金がかさんだ満太郎(東山紀之)に、大手の食品会社から、金満ラーメンをカップラーメン化したい、との申し出がある。契約金は500万円。灯(優香)や子供たちは半信半疑だったが、満太郎は喜んでこの話に飛びつく。
 しかし、契約の日、食品会社に行った満太郎は、完成したカップ麺を試食した途端、味が変えられ、金満ラーメンとは似ても似つかないものになっていることを知る。節(浅野温子)や灯、子供たちとこの味を作り出すまでのことを思い出した満太郎は、結局、契約を断る。
 ……という結末になるなら、書く必要ないじゃん。
 先がミエミエっつーか、余りにケツが青い。
 契約前に断るんなら、結局は誰も傷つかないで終わるからねえ。味が変えられてもカネのために契約して、それで新しく来た客が「カップ面の味と違う」とか言い出して更に満太郎が苦しむ、とかいう展開になるってんならまだドラマだけどさ。上滑りっつーか、テキトーなとこで難しい展開になるの避けてんだよ、脚本がねえ。


 しげ、夜中にいきなり、「二度と帰ってこんよ」と言って出て行く。
 眠かったのでそのまま無視して寝る。
 明日も晴れるといいな。


 岩中祥史『博多学』(新潮社・1575円)。
 『大坂学』『東京学』『名古屋学』と続く「都市学シリーズ」の第6弾。
 あえて博多出身者でない人間に、その土地のことを書かせるという企画、なかなか面白い。
 ただでさえ唯我独尊が信条みたいな博多人にオクニ自慢をさせると、もう鼻もちならないものになるという判断からかもしれないが、なるほど、筆者は意外と気づいてないかもしれないが、博多人にしてみれば耳にイタイところもあって、だからこそ「客観的」だなあ、と思わせる。
 「福岡は、東京など比べものにならないほど歴史の古い都市である。“新参者”の東京に大きな顔をされてたまるか! くらいの気概は、多くの人が持っているに違いない(もっとも、そのわりにはミニ東京化しているきらいはあるのだが)」なんて文章、博多人には書けんもんね。
 博多人に書かせちゃうとね、例えば長谷川法世のマンガみたいに「博多」らしさを強調しすぎて、かえって現実離れしたものになっちゃうんだよな(ついでに言っておけば、博多人に「九州男児」って自覚はないから。博多の人間は博多出身ってだけで充分なので、ことさら「九州」は主張しないのよ)。
 表紙のうえやまとちのマンガも、博多人が「アポまってきた(うんこしてきた)」とか言ってるとこ描いてるけど、イマドキそんな言葉使ってる博多人はもういないよ。

 「福岡」と「博多」が違うってことくらいは、博多人自身、アイデンティティの一端になっているから主張はする。けれど、ロシアがかつて、世界の全ての八間、発明を自国の産物と喧伝していたように、突出したナショナリズムは、「博多にあるものはすべてイチバン!」という妄想を作り上げる。例えば食べ物について、博多人は「全ての食は博多に通ず」って思ってるとこあるしね。筆者は、博多が食事どころであることを認めつつも、忌憚のない意見を書いてくれてるのが嬉しい。
 若い博多人(これはまあ、五十歳以下ですかね)は、「博多んラーメンはとんこつやなかと(でないと)」とか言ってるヤツ多いけど、博多ラーメンの代表のように言われている「一風堂」のラーメンが、もともとは博多ラーメンの味ではなく、開発の末にできたものであることや、土産物の定番、明太子のルーツが韓国であることなど、キチンと書いてくれているのだ。
 で、殆ど唯一と言ってもいい博多の味「おきゅうと」については「こんなものか」って貶してるのな(^_^;)。
 威張っちゃいけない。博多はいろんなとこからの文化の流入で「味」を作り上げていったって過程があるのだ。それに伝統で言えば博多人はラーメンはキライで、うどん(博多弁では「うろん」)の方を好むのが「正しい」んだよ。

 全体的に筆者の批評眼は信用できるのだけれど、やはり細かいミスはあちこちにある。例えば、長谷川町子の出身を福岡、と書いてるのは間違い。
 あの人は佐賀県多久市の出身。博多に引っ越してきて、そこで「福岡日日新聞(今の西日本新聞)」に『サザエさん』を連載し始めたのだ。だから厳密に言えば、「サザエさん一家」が博多人なのね。
 だからあの人たちが東京弁を喋るのは本来おかしいのである。
 本当のサザエさんは、こう会話しなきゃならない。

 サザエ「カツオ! またアンタは、なして宿題もせんと、あすびに行きようとね!?」
 カツオ「ねえちゃん、違うばい。中島ンとこで一緒に宿題ばしようて約束しとったっちゃん」
 ワカメ「あ、にいちゃんまた、ウソつきよう! 中島さん、さっきバットとグローブ持って、グラウンドに行きよったとに」
 カツオ「な、なんば言いよっとや! ぞうたんのごと!」
 サザエ「あんたまたすらごと言うて、姉ちゃんば騙しよったとやね!? 今度という今度はねえちゃんも腹かいたけんね! こっち来んしゃい!」
 カツオ「あ! ねえちゃん! あすこに魚ばくわえたドラネコが!」
 サザエ「あいた! ほんなこつ! 待たんね! こんドラネコが!」
 カツオ「……ふう、往生したばい」

 ……まあ、これもちょっと誇張してますが(^_^;)。

 けど、やっぱり遠慮して筆を押さえてんじゃないかってとこはあるねー。
 東公園の亀山上皇像について書いてる人ってなかなか見かけないし、焼き鳥屋が多いことは書いてても、焼肉屋がそれ以上に多いことについては、筆者が気付いてないはずはないと思うのに書いてない。博多の焼肉屋は殆ど韓国系なので、妙に気を遣ったのかな?
 あと、さりげなく「角打ち」(いわゆる「ぐい呑み」のこと。酒屋の店先で一杯酒を飲ませるのである)について触れてるけど、これ、昔から仲間ウチの儀式みたいな意味があったんだけどな。だから、被差別階級の人たちは仲間じゃないから「角打ち」させてもらえないってことも江戸期にはあったんである。それをあえてやった部落の人が処刑されたという悲しい歴史もある。博多の文化に触れるなら、ホントはこういうことも知ってた方がいい。
 ま、「学」と言いつつ、観光案内に毛が生えた程度だから、しょうがないんだけどね。
 博多初心者には(上級者まで行かにゃならんのか)ちょうどいい程度のものだけど、何しろ博多も変貌激しい町だから、3年後この本が役に立つかどうか。

2001年03月13日(火) 少女しか愛せない/『NOVEL21 少女の空間』(小林泰三ほか)ほか


2002年03月12日(火) 「思春期」という名の汚泥/『サブカルチャー反戦論』(大塚英志)ほか……“NEW”!

 もうなんだかまいにちのおしごとがたいへんです。
 いそがしくておひるねもできません。
 だからかえってすぐねむくなりますがにっきをかかないといけないのでねむくてもがまんします。
 こんなぼくはかわいいとだれもいってくれませんがいわれたらいわれたできもちがわるいのでそのままでいいんだよとじょんれのんもいってました。

 ……熱があるのか、私。

 スーパーに寄って、食料など買い込む。
 惣菜売り場で、からあげを買おうとしたときに、偶然、同僚の女性に出会って挨拶。我々も夫婦で買い物してたのだが、あちらも旦那さん連れであった。
 「あら、いつもこちらでお買い物なんですか?」
 「ええ、仕事帰りに買い物して、それから家事を」
 「私たち、この近くにすんでるんですよ」
 「ああ、それは便利ですねえ」
 と、たわいのない会話。
 実はこの女性、しげと同い年だ。
 けれどねえ、はっきり言って、しげより美人だししげより清楚だししげよりしっかり者だし、まあ、しげより劣ってる女性を世間で探すほうが実際、難しいと言うか、砂漠の中に落ちたゴマ粒を見つけるくらいミッション・インポッシブルなことなのだが、それにしてもちょっと立ち話してるだけで、しげが嫉妬してるのがわかっちゃうのがどうもねえ。
 どう嫉妬してるかと言うと、表だってケンカ売るような度胸はしげにはないから、私の後ろに隠れてモジモジしてるのである。
 実はこの態度が、しげを「かわいい」と誤解させてしまう原因になってるのだな。しげは自分が「かなわない」と思った相手からは逃げるやつなんだけどね。
 ……んなこと言ってたら私だって相手の旦那さんには全然かなわないんだが。

 で、今日も夕食は「焼肉もやし」。安上がりでヨイです。


 『盤嶽の一生』第2話「絵図面の謎」。
 やっぱり今回も騙される盤嶽の巻(^o^)。
 でもコンセプトが分っちゃうと、第1話ほどには楽しめないなあ。
 「大盗賊日本左衛門の埋蔵金」ってよう、それだけでもう、「インチキ」ってバレバレじゃん。
 となると、あのゲストもこのゲストもみ〜んな「詐欺師」だってことが見えちゃうんだよなあ。
 しかも1話とうって代わって、安達祐実だの高橋和也だの浅野ゆう子だの、大根ばかり揃えやがるし。
 キャストで映画の9割は決まるって言ってたんじゃないのか、市川崑。


 某サイトにて、中学三年生の女の子と、偶然にも二人だけでチャットしていた。何分、受験生であるから、激励めいたことを喋っているうちに、その女の子の友達の話になる。
 「思春期」というコトバの胡散臭さとは、まさしく10代を生命感溢れる「春」に譬える偽善性にある……とは誰が言ったんだったか、私が言ったんだったか。
 実際、10代、20代前半の頃くらいまでを思い出してみたらいい。そんなオブラートにくるんだような甘いもんじゃなかったはずだ。自分のほとばしる性を制御できず、バカでアホウでみっともない行動を周囲に晒しまくっていたかつての自分。よく、「若い頃に戻りたい」というヤツいるけど、それはいったい、どのあたりまでだ? 私はせいせい20代後半だ。それ以前の狂気と愚昧の10代になんぞ、帰りたくもない。
 だから、今の私が「10代の女の子ってどう思う?」なんて聞かれても、答えに窮するばかりなのだ。
 その女の子自身は、トシのわりには随分と冷静なほうである。同じ10代でありながら、同い年の友人たちの「自己欺瞞」にはしっかり気がついている。だから逆に、友達にある「悩み」を打ち明けられて、困ってしまったらしい。
 「私はこんなに苦しいの」という友達の言葉が、その女の子には「自分に酔っている」ようにしか聞こえない。
 それはその通りだろう。
 10代の少女の涙の9割は(あるいは10代でなくても)、「自己陶酔」だ。
 ただ、私はその女の子の分析に舌を巻きつつも、「そのトシで既に人間の全ての事象を『自己陶酔』で括る」ことの危険性も感じていた。
 こういう冷静な子って、女の子グループの中じゃ「浮く」んだよね、往々にして。
 だから、「そういう『自分に酔ってる』って切り取り方をする必要はないんじゃないかな。確かにそういう面もあるだろうけれど、『悩み』をどう解決するかってことを、完全に自己完結させることだって、できることじゃないんじゃないかな」なんてことを話す。
 中学三年生にこんな言葉遣いは少々難しかったかもしれないが、それを理解できるだけの能力がこの子にはあるんじゃないかな、と期待したのだ。
 反応は「はあ、そんなもんですかね」だったけど。


 大塚英志『サブカルチャー反戦論』(角川書店・1155円)。
 まず、この単行本のモトの掲載誌がどこか、ということから押さえておく必要があるだろう。
 『NEWTYPE』である。『ザ・スニーカー』である。
 そうですよ、あのオタク系アニメ情報誌の、小説誌の、です。
 『多重人格探偵サイコ』の連載のフリをして、さりげなく読者に提示されちゃった原稿。それがこの『反戦論』。
 この事実だけでもう、実はこの本読む必要なくなっちゃったんじゃないかって気がするよね、実のところ。こういう「反則」的行動自体は確かに面白くはあるんだけれど、同時にそんな行動を取るやつが「信頼に値しない」というのもたいてい事実だし。
 ……いや、取ってもいいけど、それを「前がき」で弁明しちゃイカンよねえ。やったらやりっぱなしで、あとは黙ってなきゃ。「反則」の言い訳くらいみっともないことはないよ。

 あの同時多発テロに対して、文学者たちが表立った行動を取らなかったことに対して、作者は、「かつてない苛立ち」を覚えたと言う。
 「あらゆる戦争行為に協力しない、と正論をとなえる勢力はジャーナリズムで存在感をなくし、10年前の湾岸戦争では反対声明を出した文学者からも目立った動きがなかった。その『鈍さ』。漫画をなりわいとするサブカルチャーの人間として『逆ギレ』した。」
 ……気持ちはわからなくはない。けど、あまりにストレート。というか、「文学者へのヒガミ」を動機に書いてるんじゃん、このヒト。正直すぎる述懐ってのは、かえって「胡散臭く見える」ってこと、この作者、考えて書いてるのかね?
 「戦争に協力しない」という意見を述べるのは構わないけれど、それって国際的には一つの「意見」ではあるけれど、別に絶対的な「正論」じゃないでしょ? 唯一にして普遍的な「正論」なんてものはどこにも存在しないんで、それを口にした時点で、このヒト、論理が語れる人ではないということが見えてしまう。
 第一、「文学コンプレックス」をバネにして「アジビラ」書くってのが読者に見えちゃうってのは、アジとしては最低レベルではないのか。

 「反戦」を唱える者はたいていヒステリックだ。
 そのヒステリックさが反発を招いたために、最近の「復古」ブームというか、「戦争もまた一つの選択肢であった」という肯定論を認める風潮を作ってきたということを、反戦論者たちは情けないくらいに自覚してない。
 「日本国憲法の英語原文の和訳」とか面白いこともやってるけど、概して説得力に欠けるのは、やっぱり「でも、日本が攻められたらどうするの?」という疑問に答えてない(答える気がない)からでもある。
 私も「反戦論者」だからこそ、自分の立場に欠陥があること、わかるんである。そこから逃げてる文章はどんなにページ費やしたって、ただの駄文にしかならないんだよねえ。
 結果、ただの「自己満足論」にしかなってない。どこかにもちっと説得力のある「反戦論」はないものかねえ。

2001年03月12日(月) 伏字な話/ドラマ『D』episode1 ほか


2002年03月11日(月) また一人のスケープ・ゴート/『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(鯨統一郎)ほか……“NEW”!

 小泉首相誕生の頃くらいから、政治が結構面白くなっていたのだけれど、「その人気の凋落が起こってから」、また、昔のように興味が薄らいでいる。
 小泉首相に失望したというより、それを支持していた大衆の「堪え性のなさ」に、ちょっとガッカリしたのである。
 「小泉さんは結局、口先ばかりでリーダーシップが取れない、実行力がない」って意見、多いみたいだけど、そんなの、総理就任以前からみんな言ってたことじゃん。「にもかかわらず」、大衆は小泉さんに期待してたんじゃなかったのか。今更そんな分りきったことを理由に「失望」するなよ。
 これだから「大衆」ってヤツはマスコミの「洗脳」にコロリと騙されるのだよな。
 鈴木宗男の証人喚問についても、だから世間が騒ぐほど興味を持たなくなっている。
 マスコミも大衆も、攻撃したい「悪者」を作りたいだけだものねえ。
 ただ、その対象として選ばれたのが、「いかにもコツブ」な鈴木宗男だと言うことが情けない。
 情報操作の基本の一つに「憎まれ役を作る」(もちろん真の巨悪から大衆の目を逸らすため)ってのがあるけど、アンタ、鈴木宗男なんて、時代劇の悪人のレベルで言えば、せいぜい庶民の上前ハネる小商人でないの。外務省に影響力があった、とか騒いでるけどさ、実のところは政治家の官僚への影響力なんて、日本じゃ諸外国ほどにはないのよ。
 騙されちゃいけないのは、一見、政治家の影響があるように見える場合でも、それはもともと官僚が望んでる場合がほとんどだってこと。政治家の圧力があったとか、後ろ盾についたとか、言われるけど、それって政治家を「お墨付き」として利用してるだけなんだよね。NGO閉め出しの件だって、もともと外務省自体がそれ望んでたの、はっきりしてるじゃん。
 今回の北方四島のナンタラにしてもよ、本人も「一所懸命思い出して答えてるんですよ!?」とボケるくらいに、どの政治家も日頃やってる程度の微々たる不正だ(大金が絡んでるじゃないか、という向きもあろうが、私ゃ「頻度」のことを言ってるのね)。あの程度の男を責めることで「溜飲を下げられる」、あるいは「義憤を感じて正義感に浸っていられる」程度の意識しか持ちえていないってのがねえ、「日本人はもっと政治に関心を」と言ってる連中なんだよ。
 ……だからそれはそっちの勝手だから、私を巻き込まないようにってば(-_-;)。


 モヤシマヨネーズばかり食っていてもいっこうに痩せない。
 しげも「美味くない」を連発するし、結局、今日は「焼肉もやし」にする。……って、それただの鉄板焼き(-_-;)。
 まあ、「焼肉のみ」にしないあたり、まだ、いささか「良心」が残っているのだと考えよう。考えてね(誰に言うとんじゃ)。


 キッズステーションを漫然と見る。
 今、『うる星やつら』の再放送をずっとやってて、このシリーズはまあ、原作を無視して暴走したことで、賛否両論呼んじゃったんだけど、今日の放送は珍しくも原作に忠実に映像化された48話、「飛べよイモちゃん!」。
 ……え〜っと、イモちゃんの声優、TARAKOさんかな? この頃は今と違って(失恋)、可憐な少女の声とかもやってたんだなあ。
 後の暴走を考えると、原作に忠実なだけに、かえって間延びして感じられちゃう部分もあるが、「どうしたら原作のイメージをアニメに起き変えられるか」ってこと、スタッフは真剣に考えていたんだろうと思う。
 やはりこの独特のピンクがかったような美術は、当時は実に斬新だった。押井演出等の爆発が語られることは多いけど、荒井寅雄や小林七郎の美術の功績について語られることが少ないのは不当な気がする。
 『うる星やつら』は私の精神形成の5分の4を占めているので(ホントかよ)、DVDシリーズを買うべきか買わざるべきか、未だに悩んでいるのだが、今の目で見ると、結構駄作も多いんで(原作に忠実なものも暴走したものも)、購入に等しく躊躇するのである。
 「てっきりLDボックスも持ってるものと思ってましたが」と言われることも多いんだけどね。
 今に至るも、私の『うる星やつら』テレビシリーズのベストは、第86話『竜之介登場! 海が好きっ!!』(脚本・伊藤和典)と、第87話『さよならの季節』(脚本・押井守)の2本である。かたや原作に忠実、かたや原作を逸脱した両極の傑作2本が、このときは連続したのだ。
 ……あの年の夏は満たされていたなあ。


 鯨統一郎『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(角川春樹事務所/ハルキ文庫・630円)。
 前編の『ONOGORO』は途中で妙なミステリ風味を入れたために、かえってリアルな物語をやりたいのかファンタジーをやりたいのか、ハッキリしない話になってしまったが、そこんとこ反省したんだろう。この後編、特に「謎解き」の要素は持ちこまれず、ただひたすら海幸山幸から推古女帝に至る歴史が、作者の「解釈」に従って紡ぎ出される。
 かつて『邪馬台国はどこですか?』で展開された「邪馬台国東北説」、ひいては、「邪馬台国+伊都国=大和国」説も、いささか唐突な印象を与える形で語られる。実際、鯨さんのこのデビュー作を読んでいなければ、「どうして?」と首を捻る読者も多いのではないか。
 私にもよく分らないのは、聖徳太子(厩戸王子)の娘である馬屋古女王(うまやこのひめみこ)を推古天皇に擬していることだ。
 史実は、推古天皇の本名は額田部皇女(ぬかたべのひめみこ)、ないしは豊御食炊屋比売命(とよみけかしきやひめのみこと)であり、推古帝の摂政として皇太子となっていたのが聖徳太子だったのである。……えーっと、確か『邪馬台国はどこですか?』中の『聖徳太子はだれですか?』では、鯨さん、聖徳太子と蘇我馬子と推古天皇が同一人物、とかいう説、唱えてなかったっけ?
 史実とも自分の説とも違ってるけど、これ、どういうわけ? もう一人「同一人物が増えた」ってことなのかな? ……「馬」って字がつきゃ親子だろうが同じ人間ってか。ちょっとムリがありすぎるぞ。
 欽明天皇の本名が「ハルキ大王」ってのは、角川さんに媚びてるのか? これも正しくは天国排開広庭天皇(あめくにおしはるきひろにわのすめらみこと)であって、 省略するなら「ヒロニワノ大王」が妥当なところだ。「アメクニオシハルキ」は、「この天地を押し広げられたもうた」という意味なので、途中では切れない。
 論理をアクロバット的に展開していた「邪馬台国」は傑作だったが、ただ解釈を押しつけるだけの、この「新千年紀」シリーズを読んでいても、知的興奮は何ら感じられない。「おお、なるほど!」と膝を打つ快感が与えられていないからである。
 ……ま、でもね、その辺はまあ、たいしたことないのよ。
 読んでて一番、「……なぜ?」と思うのは、ヤマトタケルの謎についてだろう。ミステリーではないから、ネタバレしたって構うまいが、要するに、この宇宙自体が、時を遡ったヤマトタケルの意志から生まれたって言うのね。……(°θ°;) は? ここまで来ると「はあ、そうですか」と言って黙るしかないわな。
 最初の印象がよくて、それ以後これだけ印象が悪くなってく人も珍しいよなあ。もう、おカネのためだけに書き飛ばしてるのかね? 才能がもう尽きたってことなのかね?
 いくらなんでもそこまで悪口言わんでもいいじゃないか、と仰る方のために、「これはやっちゃいかんだろう」という本文中のギャグを一つご紹介。
 多分、タイトルの『YAMATO』に引っ掛けてるんだろうけど、時を遡るヤマトタケルが初めの「淤能碁呂(オノゴロ)島」を見つけて一言。
 「淤能碁呂か、なにもかもみな懐かしい……」
 確かに千年に一つ出るか出ないかの超氷河期ギャグだ(-_-;)。

2001年03月11日(日) 多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか


2002年03月10日(日) 象さんパンツの波紋/アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄の条件」ほか……“NEW”!

 もう随分更新をほったらかしてる2ヶ月前の分、ちょこちょこと合間を埋めることにする。短くまとめてくつもりだけど、うまく行くかなあ(^_^;)。

 今日もしげ、象さんパンツに喜ぶ。
 ……毎日履いてやるのもなんかアホらしいなあ。こういう形の「家族サービス」って、世間様からいったらバカそのものだろうな。
 けれど夫婦は幼児化する瞬間があるというし、多分、ウチだけじゃあるまい。
 象さんパンツが世間にどの程度出回っているか、正確な数は分らないが、まあ、100枚や200枚でペイするものでもなかろう。
 全国で仮に十万、売れているとして、買っただけで履かない、ということはありえないと思う。
 となると、全国で少なくとも十万の人間が、これを履いて、女房や彼女の前で腰をフリフリ「ぞ〜うさん、ぞ〜うさん」と……。
 アタマが痛くなる想像するもんじゃないな。
 

 日曜日、一週間分の疲れがドッと出て、夕方近くまで寝たり起きたり。
 それでも『仮面ライダー龍騎』だけははビデオに仕掛けるが、じっくり見返す気力はなし。
 起きても「イタスト3」を漫然とするばかりで、実に不健康。
 しかもいきなりデータが消えて、ゲーム自体、やる気をなくす。
 ああ、不健康だ。

 WOWOWで、『スターウォーズ』の一挙放送をやっているのに気づいて、昼過ぎから立て続けに見る。
 『帝国の逆襲』『ジェダイの復讐』『ファントム・メナス』、前二者は「特別版」だが、ジャバ・ザ・ハットの周囲の宇宙人たち、新撮部分はCGキャラってことがバレバレ。……これで満足してるんだから、ジョージ・ルーカスの底も見えてるよな。
 『ファントム』は、劇場で途中で居眠りしてたことを思い出して見てみたのだが、ちょうど砂漠レースのあたりだった。……居眠りしてて正解だったな。なんのアイデアもないレースを延々映して、何が楽しい?


 アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄(ヒーロー)の条件」。
 002=ジェット・リンクが馴染みのウェイトレス、キャシーをホテル火災から救出する話。
 ……って、オリジナルかな? こういう短編、読んだ記憶がないけど。
 「サイボーグだって人間よ!」的な落ちがありきたりだし、作画レベルも低い。オープニングが変わったんで、そっちにリキが入りすぎたのかな?
 ともかく、来週からはようやく「ミュートス・サイボーグ」編。予告編を見る限りでは、ヘレンがアルテミスになっていて、前シリーズでボツになった石森章太郎の遺稿に忠実なキャラデザインでアニメ化するようだ。「ヨミ編」をアニメ化するなら、この選択は正解だろう。……出来がいいものになれば、二十年、設定を寝かしておいた甲斐があったというものだろう。


 練習のあと、しげと映画に行く約束をしていたが、見るからにしげの具合が悪そうで、結局今日も映画中止。ハンバーガーだけ買って帰る。
 練習中の噂話など、いくつか聞く。
 よしひと嬢、例の象さんパンツの話に受けたとか。まあ、あの娘は「どれみ」のはづきちゃんだから、どんなギャグでも受けるんである。
 「よしひと姉さまの前で『ぞ〜うさん』する?」としげが聞く。
 やるか、あほう。
 鴉丸嬢、藤田兄弟のちょっとここではちょっと書けないヒミツの話をペラペラ喋ったらしい。「これはここだけのヒミツね」と、定番のセリフだが、これで秘密が守れたためしはない(^o^)。早速しげ、私に喋ってやんの。人間に約束だの礼儀だのはないな。
 聞いた途端に爆笑。こういう笑える話はぜひとも書いておきたいのだが、さすがに鴉丸嬢がおしゃべりだって印象を持たせるのもなんだしなあ(今更)。一応、私んとこで止めておきましょ。
 何かの会話中に、鴉丸嬢が「さては……」と言った後、言葉が出なかったのを、しげがすかさず「インキンタマすだれ?」とつなげたそうな。……それは「南京玉簾」だ(-_-;)。
 思った通り、よしひと嬢だけが大爆笑したらしい。

 そのよしひと嬢、タトゥーを入れようかどうしようか迷っているとか。
 どうせなら背中一面に、ガメラの刺青でも彫るくらいの度胸があればな、とか言ったら、「銭湯に行けなくなるよ」としげがツッコミ。いや、そういう問題でもないような(^_^;)。


 深夜、テレビで『トリック2』見て寝る。

2001年03月10日(土) きのこを手に入れました/アニメ『青山剛昌短編集』


2002年03月09日(土) 肉ウドンにすればよかったのか?/『南高裏生徒会』(日下部拓海)/『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(倉田真由美) …“NEW”!

 マンガ家のあさりよしとおさんが、アニメ『コメットさん☆』の打ち切りについて某掲示板で憤っている。
 「(テレビ局が)単に放送枠を切り売りするだけに腐心し、公共のメディアである事の責任を忘れ『何をつくり、何を放送すべきか』という能動的な意思を失った商売オンリーの行為が、このような不幸な事態を招いたのだと思います」。
 で、このあとも、延々と愚痴が続くんだけど、いくら『コメットさん☆』が好きだからって、ちょっと大上段に構え過ぎてる気がするなあ。
 打ち切りは私だって悲しい。
 けど、そりゃ視聴率が取れなかったんだから仕方がないことだ。
 スポンサーが商売を優先するのは当たり前で、モノが売れなきゃ、社員を養うことが出来ないのだ。あさりさん、そういうオトナの見方が出来ない人じゃなかったはずなんだがなあ。
 やっぱりまだ、立ち直れてないのかな。


 朝からのんべんだらりとプレステ2で「いただきストリート3」など。
 日記の更新、遅れまくっているのだが、書きたいことがたくさんありすぎて、とてもおっつくものではない。
 気力を振り絞ってやるしかないので、気持ちが乗るまで時間がかかるのである。……でもゲームし過ぎて疲れて寝ちゃうんだよな。
 処置ナシである。


 AIQの会合、今日の8時からの予定。
 それまで時間があるので、映画でも見に行こうかと、芝居の練習が終わる3時半に、しげと「パピオ」の前で待ち合わせ。
 ところが、時間通りに着いたのに、しげの姿が見えない。
 まさか先に行ったのかと、慌てふためく。
 練習場や表を二、三度行ったり来たりして、どうしても見つからなくて、パピオ内の公衆電話から、しげの携帯に連絡を入れる。
 もしも車中だったら繋がらないのではないかと心配したが、しげ、すぐに出る。
 「もしもし?」
 「どこに居るん?」
 「……パピオの前」
 「いなかったじゃん!」
 「いたよ。オレの前通り過ぎてったし」
 どうやら目が悪いので見逃したらしい。
 「……オマエ、それ見てたんか」
 「うん」
 「声かけろよ!」 
 表に出てみると、なるほど、しげと鴉丸嬢がぼへーっと立っている。でも「パピオの前」って、前は前でもずっと端じゃん。玄関前にいろよ、待ち合わせしてるんだから。
 鴉丸嬢、目ざとく私のセーターのホツレを見つけて、「穴が空いてる」。……いや、それはその通りだけど、今それを言ってどうリアクションしろと言うのか。タイミング外す娘だなあ、この子も。

 鴉丸嬢と別れて、しげと二人、天神まで車をかっ飛ばすが、中洲を越えた途端、渋滞に巻き込まれる。
 おかげで、天神東宝に着いた時点で、見ようと思っていた『マリー・アントワネットの首飾り』には10分差で間に合わず。
 「次に行けそうなのは『ドラえもん』だなあ。これにする?」
 それを見るとしても、始まるまで1時間弱ある。
 寿司屋に入って、それまで腹ごなし、という予定を立てたまではよかったのだが……。

 突然、しげが苦しげに言う。
 「……ねえ、アンタ一人で行って来ん?」
 「どうしたんだよ、急に」
 「気分悪くなった。迎えには行くから」
 今しがたまでパクパク寿司食ってたくせに、なるほど、眼の下にクマができていて顔色も悪い。
 「具合が悪いんなら、迎えにも行けないだろう。エロさんには断りの連絡入れるよ」
 こういうときに、しげをほったらかして自分一人で遊びに行けたらいかにも「アニメのためなら女房も泣かす」って感じで、人非人でヨイのだけれど、どうもそこまで思い切れないところがイマイチ修業が足りないようなんである(^_^;)。

 帰る途中で、スーパーに寄って飲み物やウドンを買う。
 帰宅するなり、ベッドに寝転ぶしげ。
 早速、ウドンを作ってやるが、しげ、「腹にたまらん。肉がいい」などグズグズわがままを言う。
 「どうしてオマエはそう、自分のカラダをわざと痛めつけるようなことばかりしようとするんだよ。おとなしく寝てろ!」
 でも、私がパソコンに向かった途端、寝室からヒョコッと顔を出してくる。
 「……寝てろ」
 顔を引っ込めるしげ。
 またヒョイと寝室から出て来て、私の隣の椅子に座る。
 「寝てろってば」
 寝室に戻る。でも5分もするとまた顔をそ〜っと……。
 「寝ろ!」
 ……「さびしんぼう」だなあ。富田靖子か、お前は(そう言えば、昔、そう言われてたことあったな)。 

 某チャットで、某会合の打ち合わせ。
 なんだかその会合の幹事みたいなことをしなければならないような雰囲気なので、これからチャット行きが頻繁になりそうな気配なのである。
 これでますます日記の更新が遅れることになるな、とタメイキ。
 まあ、ボチボチやりまっさ。


 マンガ、日下部拓海『南高裏生徒会』(実業之日本社/MBコミックス・400円)。
 「エンピツ」の「ぽんぽこ日記」でもお馴染み、日下部拓海さんの一つ前の新刊。『純情!鈴鳴学園探偵部』の1巻も発売されてるはずだけどどこの本屋に行っても見かけない。これもあっちこっち探してやっと見つけた。
 福岡はイナカだなあ……(ーー;)。
 日下部さんにはこの日記も「お気に入り」に入れていただいてるので、この記述も読まれちゃうわけである。正直な話、読む前は読んでみてつまらなかったらどうしようかなあ、私は身内だろうが誰だろうが、批判するときは批判するって決めてるので、ヨイショするのだけは死んでもイヤだなあ、と思ってたのだ。
 でもまず、絵が私の嫌いなタイプでなかったのでホッとした。
 つーか好みだった。
 清潔な絵柄だけれど、線に艶がある。誉め言葉になるかどうかは解らんけど、「セクシー」でイイぞ。主人公の緋芽、ストレートのロングヘアで、モロ私のタイプだったりする♪ 男二人はどうでもいいが(←正直)。

 ……余りフザケタ誉め方しちゃいかんな。マジメに行こう。
 学園モノで「裏」生徒会パターンってのは決して目新しいものではない。
 ただ、その「裏」のベクトルが正義か悪かのどちらに向かうかによって、ドラマ展開はガラリと変わる。
 ラクなのはもちろん、「裏」が影の悪の組織である場合。もう70年代の学園モノって、たいていこのパターンだったよなあ。実は主人公のすぐ側にいた気弱なメガネ君が影の総番長だったりしてな(^_^;)。
 「裏」を影の正義の組織にするって設定は、意外と少ないんである。
 というのも、なぜその組織が「裏」でなければならないかってことに説得力を持たせることが難しいからなんだよね。……「正義」なんだから、わざわざ陰で暗躍しなくったって、表で活躍すりゃいいじゃん、って言われたらそれまでだし。ヘタに「暗躍」させちゃったら、「正義」のイメージが崩れるってこともある。
 だから、登場人物たちが「裏」として行動するための一本筋の通ったポリシーみたいなものが必要になってくるのだ。一番簡単なのは、「タテマエ」でしか動けない「表」に対して、多少、倫理に引っかかる奴らであっても、「本音」で生きるやつら、という設定にするのが妥当なところだろう。
 野間美由紀さんの『パズルゲーム☆はいすくーる』なんかは、その「裏」にあたる「ミステリ研」が、決して一本気な正義じゃないって設定にしてあって、結構ヤバげなこともしているのである。

 本作も、初めはそのセオリーに則ってドラマが展開する。
 まず、舞台となる南校、橋本淳という1年生の不良に牛耳られている。オモテの生徒会はすっかり弱体化していて、一般生徒は「あえて校則を無視しなければかえって危険に陥る状況」が生まれている。この設定はリアルだ。
 つまり、非行に走ってるのは一部の生徒に過ぎないんだけど、マジメにしてるとそいつらの標的になっちゃうわけだね。だから、制服があるにもかかわらず、誰も制服を着て来ない。着て来れない。
 しかも、その状況を教師もなんとかしようという気になってない、という設定が紹介される(ここはもう少し説明がほしかったところだなあ。教師がそれだけ無気力なのに、PTAはどうして動かなかったのか、とか、やや疑問が生じる。現実の学校では、イジメや非行が放置されてても学校の評判が落ちるのを気にして、PTAもだんまり決めこむって例、結構あるから、そういう説明がちょっとでもあればね)。
 そこにやってきた転校生の佐藤一星と鈴木輝流。
 この二人も転校初日に私服登校、校舎裏で喫煙するあたり、橋本と一脈通じるところがあることが明示される。でもそのへんが許されちゃうのはやっぱり「美形」だからだな(^o^)。
 生徒会長は、二人の喫煙現場を抑えて、橋本の「更正」を依頼する。
 毒をもって毒を制する、ということだろうけれど、展開としては正しくても、設定としてはここんとこがちょっと弱い。生徒会長のメガネくん、いかにも「いい人」っぽくて、そこまで悪辣なことを考えるようなキャラクターには見えないのだ(結構「裏工作」してるって設定はあるみたいだけど)。
 あるいは彼をもっともっとイジケた卑屈なキャラにして、もっと二人を脅迫しているような印象を与えたほうが、キャラクターの対比がハッキリして、次のやりとりがグッと生きたと思うのである。
 「君たちなら学校を変えられる!」という生徒会長のセリフに対する二人の返事。「おまえが変われ!」。
 いいセリフなだけに、惜しかったなあ。
 物語は、まさしくこのセリフから始まっているのだから。

 さて、1話はともかく、2話以降、「半不良」な一星と輝流を、どう「裏」として活躍させるか、ここが難しいところだけれど、日下部さん、そこを見事に開き直った(^o^)。
 つまり、「裏」とか言っときながら、「校長公認」の「裏」にしちゃったんである。もう、裏でもなんでもないやん(^_^;)。まあ、これなら「オモテ」でも「本音」で行動できるしね。
 でも現実では、校長がこの作品のように、たとえ「裏」であろうと「半不良」の二人の生徒会活動を認めたりすることは、まず絶対にありえないことだろう。実はそれこそが「現実の」学校が今や閉塞的状況にあるってことの証明なんだけれど。

 親であれ教師であれ生徒であれ、現実に教育問題が彼らの口から語られる時に、私がどうしても胡散臭く思ってしまうのは、ともかくその主張が「正義」に基づいてると、彼らがみんな思い込んでいるように見えることだ。
 他の問題では「曖昧さ」が認められるのに、「教育」に関する限り、「白か黒か」どっちかしかない、そんな風にみながみな思いこまされているように見える。
 例えば、本作でも語られる「制服」の問題。
 「制服はあった方がいいのか悪いのか」って問題提起はやたらされてるけど、その問題が出された時点で、イエスかノーか、それしか答えられないようになってはいないだろうか。
 「別にどっちでもいいから投票で決めよう」とどうしてならないのか。
 賛成派であろうと反対派であろうと、常に自分たちの「理念」=「イデオロギー」を優先させている。どんなに「生徒のため」とお題目のように唱えようと、生徒の現実を見ずに理念だけを優先した教育に、教育としての価値がどれだけあるというのだろう。
 教師も親も、自分では「本音」で喋ってるつもりかもしれない。
 けれど、実際には「理念」や「伝統」や「常識」に躍らされてるだけではないだろうか。本当に自分の望んでいるものが何なのか、そこから無意識のうちに、目を背けてしまっているように思えてならない。

 日下部さんはそこから目を逸らしていない。
 そこが一番、好感の持てるところだ。テーマ的にマジメではあるんだけれど、固っ苦しい展開になってないのもいい。副会長の沙織ちゃんとかもいい味出してるし。できればクリちゃんがも少し活躍してくれたらよかったな♪

 日下部さん、シツレイを顧みず批評させていただきました。
 ちょっと批判めいたこと書いてる部分もありますが、素直に楽しめる御本でした。また、他の御著書も探させて頂きますね(^^)。


 マンガ、倉田真由美『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(扶桑社/SPA!コミックス・900円)。
 毎巻のことだけど、カバー裏もちゃんと見よう。
 くらたまさんのとっても恥ずかしいお姿が見られるよん♪ けどこれなら巷間デブったとウワサされる(って本人が言ってるんだが)体型も気にならないね。
 でもついに3巻かあ。ここまで出れば、くらたまさん、もう極貧生活からは抜け出してると言ってもいいだろうな。どうやらゴクツブシの旦那とも別れられたようだし、めでたしめでたし。巻末で岡田斗司夫さんも言ってるが、結婚のあと子供が出来たら離婚に至るのは自然の流れなんである。絶対に離婚しろっていうわけじゃないけど、現実にただのゴクツブシと化す亭主が圧倒的に多い現実を鑑みると、そう主張されてもしかたないやね。
 片親の家庭が、両親揃ってるとこより劣ってるなんて偏見を打破するためにも離婚はどんどん増えたがいいな。
 でもくらたまさん、なんだか凄くサビしそうではあるんだよなあ。まだ傷が癒えてない感じで。ゲストマンガ家さんにやたら寄稿してもらってたり、西原姉さんに噛みついたり。これって明らかに「かまってほしい」症候群だものね。
 つーか、もともとそういう性格だから、“だめんず”に引っかかっちゃってんだろうなあ。自分では尽くしてるつもりで、実はかまわれたがってる女性って、“だめんず”の格好の餌食になっちゃうんだよね。やっぱ女性は結婚が女の幸せなんて考えずに自立してた方が幸せだろうって思うんである。
 少子化はどうするかって?
 あのさ、出生率が低下してるのは堕胎してる女性が増えてるからなの。
 堕胎を法律で禁止すれば一発で解決するよ。こっそり流したら重罪ってことにしとけばイヤでも覚悟するしかなくなるしね。
 だったら避妊する、あるいはエッチもしない若者が増えたらどうするかって?
 でもそんな親ばかり増えた日本に未来があると思う? そんなクニ自体、続けたってしかたないじゃん。つぶしちゃえつぶしちゃえ。
 ……『だめんず』の感想じゃなくなっちゃったな(^_^;)。

2001年03月09日(金) ふうふのしんしつ/『掌の中の小鳥』(加納朋子)ほか


2002年03月08日(金) ○○○○が長いのね♪/『笑うクスリ指』(唐沢俊一)/『ぶたぶたの休日』(矢崎在美)ほか …“NEW”!

 タイトルに「新」とつけとかなきゃ、あとから更新されたヤツだってわかんないよな。
 そのあたり、あとから読む読者の方にはピンと来ないだろうけど、ご容赦。


 今日で職場を辞める同僚の女性に、花束をみんなで贈る。
 勤務時間も間際だったので、10分ほどしげを駐車場で待たせた。
 遅れた理由を話すと、しげ、「その花束って、『やめてくれてありがとう』って意味?」と聞いてくる。
 ああ、またアホまるだしの発言。
 これが皮肉とか僻みとかだったら、相当な根性曲がりだし、本気だったら知能レベルは幼稚園児並だ。
 しげの場合、どうも後者に近い。
 ただの「反射」と言ってもいいかもしれない。自分の知ってる「コトバ」自分が喋ってることの意味すら考えてない。
 どうせ三十秒後には忘れちまう言葉になんか、いちいち反応してやるだけ時間の無駄なんだが、無視すると僻むのである。
 で、僻んだ理由を忘れて、ただ無意味に僻み続けるのである。
 ……神様なんていないよな。
 少なくとも全知全能でないことだけは確かだと思う。


 マルキョウで買い物をしたあと、近所のベスト電器で冷蔵庫を見る。
 実は先日、沸かしたお茶を冷やそうとペットボトルに入れて冷蔵庫にぶちこんでおいたら、熱が充分に引いてなかったせいか、どうやら冷蔵機能に過負荷がかかってしまったようで、全くモノが冷やせなくなってしまったのだ。
 冷凍庫はかろうじて動いているものの、これも製氷機能はオシャカ。
 ううむ、この冷蔵庫を買った知り合いの電器屋さんに頼んで、修理を頼むべきかどうか、と考えてはみたものの、実はコトはそう簡単にはいかないのである。
 実はこの電器屋さん、決して裕福とは言えないヒトで、たとえ知り合いであろうと安いものを高く売り付けちゃう人なのである。
 それが好景気の時であっても(-_-;)。
 ましてや今の不況である。こりゃ、どんな暴利を貪りとられるかわかりゃしない。修繕頼むくらいならチト高かろうが、冷蔵庫を新しく買ったほうがいい、と思って、しげとブツを下見に来たのである。

 さて、ここでちょっとしたカルチャーショック。
 なんと殆どの冷蔵庫の冷凍室、これが一番下についていたのであった。
 ……いや、いつ頃からそうなってたのかわかんないけどさ、少なくとも、冷蔵庫に冷凍室がついて発売されて以来、私ゃ「冷凍室は上」とインプリンディングされていたのだ。
 冷気は下に溜まるからそっちの方が便利なのかもしれないが、違和感ばかりが先に立つ。
 今日はとりあえず下見だけである。
 

 アニメ『クレヨンしんちゃん』「優ちゃんのオーディションだゾ1&2」。
 30分一本だと、やっぱり見応えがある。
 原作は短いから、間を取ったり別のエピソード付け加えたりするのだけれど、それがウマイのだ。……東映アニメーションは、シンエイ動画を少しは見習え。


 その『しんちゃん』に、「ぞ〜うさん、ぞ〜うさん」というお下品ギャグがある。
 あの、アソコんとこに象さんのラクガキをして、腰振るやつね。
 アレを自分でもやってみたい、とお考えのオトナのヒトもいるであろう(いるのか?)。
 しかし、アレは子供だからこそ許されるギャグだ。
 たとえアナタが彼女を喜ばせようと、アレを実行したとしても、残念ながら「きゃー、すけべえっち、へんたい!」と言われて、警察の御世話になるのがオチだ(たまに喜ぶ彼女もいるかもしれんが)。
 いくらギャグだと言い張ろうと、あなたの純情は田代まさしの寒いギャグ並に、決して理解してはもらえないだろう。
 しかーし!
 ここに福音が!
 えっちでなく、アナタの願望を実現してくれる魅力のアイテムがついに!
 そう! 「象さんパンツ」!

 あー、買って来ちゃったんスよ、しげが、箱崎の「ドンキホーテ」で(-_-;)。
 これね、コトバで説明するのが難しいんだけど、要するに、パンツが象さんの顔になっててだな、ちょうどパンツの穴にあたるところが象さんの長い鼻になってて、あの、男性のナニをだよ、そこに入れられるようになっていると。
 で、まあ、ナニが元気になると、象さんも鼻をもたげて「パオーン!」って……。
 ばかだねー。
 誰が考えたんかね、こんなの(井出らっきょが番組で使ってたらしい)。
 で、しげはそれを私に履けと。
 抵抗しましたよ。
 しましたとも。
 なんたって、その鼻の部分、30センチもありやがるし。
 いくらナニがナニしたからって、「パオーン」なんてなるわけないじゃん。
 だから、抵抗はしたんだってば。
 あとは聞かないで……(T∇T)。

 「よしひとねえさまも見たがってたよ?」
「見せるかああああああ!」


 宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』が第25回の日本アカデミー賞最優秀作品賞に選ばれる。けれど、監督賞、主演男優賞他の主要賞は殆ど『GO』が独占。
 ……作品賞を除けば『キネ旬』ベストテンと殆ど同じだね。つーか、アニメ作品に関しては、作品賞以外のノミネート自体がそもそもされないらしいからな、この賞は。
 もし、ベルリン映画祭グランプリを取ってなかったら、作品賞も取れてなかったんでないの?
 出来レース色の強いこの賞だけど、今回はその批判をかわすために姑息な手を使ったような気がするな。


 唐沢俊一『笑うクスリ指』(幻冬舎・1300円)。
 『薬局通』の姉妹編みたいだなあ、と思ったら、医薬品卸売会社「秋山愛生舘」ってとこの「愛生会月報」に連載されていた正真正銘のクスリ本なのである。
 クスリというものを信頼しない人間は意外と多い。クスリというか病院も行きたくないって御仁だ。
 私の母がそうだったし、妻のしげもちょっとそういう傾向がある。
 要するに高い金払わされてクスリ飲んでも、必ずしも確実に治るわけでもなく、下手をすると副作用に悩まされる、という結果になることもあるからだ。
 漢方薬は副作用がないと一般的には言われるが、その代わり、いったいどの成分がどう効くか判然としない面もあるようである。だいたい雑草食って健康になるなら森の小動物は人間より長生きしてて然るべきって気もするが。
 ともかく「クスリ」はどこか胡散臭い。
 胡散臭いのに我々は何となく「信じて」しまっている。クスリが効いたように思うのも、半分以上はプラシーボ効果の可能性もありそうだ。
 そんな風に余り信じちゃいないのに、我々は風邪を引けば医者に行って解熱剤を貰ったり注射を打ってもらったりする。
 これってもう、宗教なんじゃないか。

 つまりこの本、宗教の「解説本」として読むと凄く面白い。
 人はなぜ宗教にハマるのか。
 クスリばなしを読むことで、それが見えてきそうな本なんである。
 
 
 矢崎在美『ぶたぶたの休日』(徳間デュアル文庫・620円)。
 ああ、ぶたぶたはいいなあ、やっぱり。
 前作を知らない人のために、ちょっと一言だけ言っとくと、表題の「ぶたぶた」ってぬいぐるみなんである。もちろん、ぶたの。
 けど、このぬいぐるみは喋る。喋るだけでなく、どうやら中年であるらしい。しかも妻持ち子持ち。妻と子はれっきとした人間。社会人……社会豚?として働いてもいるようだ。その時々で、占い師だったり定食屋の手伝いだったり刑事だったりするけど。それも全部、同一“豚”物らしい。
 どうして? と言いたくなるが、そうなんだから仕方がない。実際、そういうことで世間に受け入れられてるようだし。
 初めてぶたぶたに会った人は驚くが。
 この小説が面白いのは、各話の主人公が、生きて動いてるぶたのぬいぐるみがいることについて、自分以外の人間が何の疑問も抱いてないことを知って、とまどうところだろう。
 自分だけがこの世界から取り残されたんじゃないか。……そういう疎外感が先にあるからこそ、ぶたぶたの存在を認めたあと、主人公たちは一様に世界に受け入れられた安堵感を持つようになるのである。
 ……一言で終わってないな(^_^;)。

 この第2作(ホントは『刑事ぶたぶた』ってのがあるけど、文庫シリーズではなぜか発行順序が逆転)、前作同様いくつかのエピソードで成り立ってるのだけれど、注目なのは『女優志願』。
 ……まさか『ぶたぶた』で本格ミステリやられちゃうとは!
 いやあ、ひっかかったひっかかった。
 冷静に読んでたら多分引っかからなかったとは思うんだけど、だって『ぶたぶた』だし。そもそも本格ミステリだなんて思わずに読んでたんだよ! それが一番のミスディレクションだったなあ。
 ここしばらく、ミステリ読んでキレイに騙されるなんて経験なかったから、なんだか久しぶりに新鮮な気分。ミステリファンのみなさん、ここで先にヒントは言ってるんだから、これからこの本読む人はトリックに騙されないようにね。
 しかし毛色の変わった名探偵も数あるけれど(中にゃ「三毛猫」なんてのもいたが)、「ぶたのぬいぐるみ」なんて名探偵がいてたまるかい。個性的と言えば、ここまで個性的な名探偵もないだろうな(^_^;)。

2001年03月08日(木) ゴジラ対バラゴン。……地味だ(-_-;)/『Heaven』2巻(佐々木倫子)ほか


2002年03月07日(木) ヤァ〜クソクしたジィ〜カンだけがカァ〜ラダをすり抜けるゥ〜♪/『ヒカルの碁』16巻(ほったゆみ・小畑健)ほか

 シャレにならんほど更新が遅れてる上に、せっかく書いたこの日の日記、キレイさっぱり消えやがった。
 保存してたのになぜだ? 原因不明。何かの祟りか。
 とゆ〜わけで、もう一度書きなおすとどうしても文章にトゲがあるんである。
 更には短くなるんである。
 そのヘン、あまり気にしないよ〜に。

 体調を崩して仕事を休む。
 具合が悪くてもがんばって行こうと思ってたんだけど、どうもここしばらくのストレスで不眠が重なってたのが祟ったらしい。
 もっとも初めは無理してでも仕事に行こうかと思っちゃいたのだ。
 会議もある予定だったし。
 でも、しげに「もしも寝こんじゃったら、朝起こしてくれ。一人じゃ職場に行けそう見ないから」と頼んでおいたのに、無視してしげもぐっすり朝寝してやがった。
 仕方なく職場に連絡を入れて休む。こんなに仕事休んでたら来期は確実に閑職に回されるな。
 ……ハッ、さてはしげのやつ、それが狙い?!
 日頃唐突に「仕事なんかやめてずっと二人でいよう」とか「このまま逃避行に出よう」とか、半ばマジで言い出すヤツだからなあ。意外と本気で私の仕事の妨害をしているのかもしれない。
 でも、閑職どころかクビになったらどうすんのよ。
 ともかく眩暈が収まらないので、夕方までひたすら寝る。


 アニメ『七人のナナ』第9話「甘い誘惑!恋と秘密とカンニング」。
 実は前回放送分でこの作品の底が見えちゃったんで、急激に興味がなくなっている。受験云々はサブで、あくまで「七人のナナ」のドタバタがメインだろうと思ってたのに、マジでずっと試験ネタでいくつもりなのか? なんだか説教くさくなってきて、感動の押しつけに近い感じになってきてるんだよな。
 そう言えば『ジャイアント・ロボ』でも今川監督、後半に行くほどせっかくの横山光輝キャラを説教の道具にしてたものなあ。
 とりあえず8話まで見たしなあ、と今回も見たが、「カンニングネタ」ですかあ。

 知恵熱で倒れたナナの代わりに、急きょ登校したナナりん、トイレに隠れてナナレンジャーのコスチュームを着替えているところを、クラスメイトの杉山茜に見られてしまう。
 その日の抜き打ちテストで、今度は、茜がカンニングするところを見てしまうナナりん。放課後になって、ナナりんがそのことを注意すると、茜は「もしもカンニングのことを言ったら、ナナレンジャーのことをバラす」と言い始めて……。
 
 結局、茜の「改心」という形でハッピーエンドってのもお定まりだし、都合が悪くなったキャラを転校させるって始末のしかたも安易。
 子供向けアニメだからって、「カンニング」なんてハードなテーマ扱うんだったら、1話で適当に終わらせるなよ。金八先生だってもう少し時間かけたぞ。ギャグにするならギャグにするで、『ザ・カンニング』くらいのネタにしろよ。
 こういう中途半端なマジメぶりっこが一番始末に悪いや。
 なんかもー、来週から見る気なくしたので、ナナレビューはこの辺で終わり。


 夜までぐっすり寝ていたしげ、今朝のことを謝りもせずさっさと出て行く。
 先日外に閉め出されたばかりだというのに、この三日、家事も全然していない。
 いちいち叱るのも面倒臭いので、鍵をかけてまたしげを外に閉め出す。
 三日前閉め出されたばかりだから、少しはしげも学習している。
 今度はすぐに「ごめん」と謝って来たので中に入れてやるが、今度は送り迎えをサボったり、約束したことを守らなかったら、罰金を取ることをしげと約束する。
 ……でもどうせしげが約束守れるはずなどないよな。守れてればこの十年、まともに家事しない状態でいるはずないし。
 来月は給料1銭も渡さないことになるのは必然だろう。
 それを承知で約束するのはなんとなく詐欺のようだが、しげが家事をしさえすればなんの問題もないのだ。しげを寄生虫のままで置いておかないためにはこれくらいの荒療治は必要だろう。


 マンガ、ほったゆみ原作、小畑健漫画『ヒカルの碁』16巻(集英社/ジャンプコミックス・410円)。
 連載中は中だるみしているように思えた「伊角編」だけれども、こうして単行本に纏まっているのを見ると、なかなか読みごたえがある。初めはヒカルを碁の世界に呼び戻すのが伊角じゃ弱いかと思ってたのだけど、そんなことはなかったな。単にファン人気だけで伊角がクローズアップされたわけじゃないということが伝わってくる。
 この辺になると、ヒカルを始め、登場人物の殆どが小学生時代と違って、等身も伸び、顔も下膨れの印象が全くなくなっている。ヒカルの悲しみの表情には凄愴さすら漂っていないか。
 だから、碁盤に佐為を見たヒカルの涙の重さが読者にも伝わってくる。
 ……大人になったなあ。ヒカルくん。

2001年03月07日(水) 優しい妻ごっこ/『てきぱきワーキン▽ラブ』6巻(竹本泉)ほか


2002年03月06日(水) 夢のビル・ゲイツ/『金田一耕助の新冒険』(横溝正史)

 今朝見た夢。
 例によって例のごとく、私は入院している。場所はどうやら一番きれーな看護婦さんがいたときの病院らしい。
 正直だなあ、夢って(^o^)。
 糖尿病は、治療しながら授業も受けなきゃならんのだけれど、その講義をどこでやってるか、よく分からない。
 廊下にいる看護婦さんに聞こうとするが、あいにく患者さんに点滴打ちながら移動している最中で、ちょっと声がかけにくい(どうして廊下で点滴打ってやがるんだ)。
 諦めて病室に帰ってもいいのだが、既に退路は断たれている(どういう意味だ)。
 もはや私には講義を聞くしか道は残されていないのだ。
 時間は既に過ぎている。焦って廊下をウロチョロしていると、それらしい講義室がようやく見つかる。
 ……なんだか大学の講堂みたいだな、と思いつつ中に入ると、ありがたいことに基調報告が終わっただけで講義には入っていなかった。
 糖尿病の基調報告というのも意味不明だが、夢だから仕方ないな、とか思っている。
 ちょうど降壇しようとしていた講師は、ビル・ゲイツだった。
 紛れもなくビル・ゲイツなのだが、彼が糖尿病の講義などするはずない、と冷静な判断を下した私は、彼を「ニセモノ」と決めつけた。
 降りて来て私とすれ違ったビル・ゲイツをよく見ると、ニセモノである証拠が確かにあったのだが、それが何なのかはヒミツなのである。

 ……いつにもましてよく分らない夢である。
 夢語りが本人に狂気を呼ぶというのも一種の都市伝説じゃないかと思うんだが、どういう脈絡でそんな夢を見たのか、自分でも説明しきれないからなあ。
 単純に「もう入院はいやだ」と思ってるだけかもしれないけど、かといってどうして講師がビル・ゲイツでなけりゃならんのかって説明にはならんし。
 夢分析を今一つ信用する気になれないのは、それが一応のココロの分析はできても、必ずしも正解とは限らない、という不透明性があるせいだろう。
 結局、「人の心は闇」というところに落ちついてしまう。
 なのに、テレビとかに出ている精神分析学者がたいてい自信たっぷりに「この夢はこういう意味」と断定している。その明瞭さがかえって胡散臭い。
 あれも一種の宗教ではないのか?
 

 今日こそは本屋で『マニア蔵』を見つけようと思っていたのに、しげ、また迎えに来ていない。電話を入れると、「気分悪いから、一人で帰ってきて」と言う。
 「そうなるから、昨日、一昨日のうちに行きたいって言ったんじゃないか。もう二日も待ってやったんだから来い」。
 怒って迎えに来させるが、やっぱりしげは、謝らない。

 博多駅の紀伊國屋と、福家書店を回る。
 紀伊國屋にはナビがあるので、『唐沢商会』で検索してみたが、もう入荷はしていたらしい。
 けれど、既に「品切れ」のマークが。
 何冊入れたかは分らないけど、ともかくもう売り切れちゃったのだ。
 キャナルシティの福家書店も、オタク系のコーナーはフタ棚もあるのに、1冊もない。ちょうど平積みのあたりが何ヶ所か空いているので、ついさっきまでそこに置いてあった可能性は大。
 えいくそ、昨日のうちに来れていれば、としげへの怒りがフツフツと湧き上がってくるが、腹を立ててまた拗ねられるのも面倒臭いのでグッと我慢する。
 ああ、胃に悪い。


 夕食はマクドナルドでてりタマバーガーセット。
 なんだかもう、食事作る気ないんだよなあ。
 『ヒカ碁』録画仕掛けただけで見ず。なんか疲れているのだ。

 
 横溝正史『金田一耕助の新冒険』(光文社文庫・700円)。
 三十年、ファンであり続けた金田一耕助シリーズ、読めるのはこれがもう最後になっちゃうのか……。
 タイトルに「新」なんて付けるなよう。これで終わりなんだから(エラリー・クイーンの顰に倣ったってのはわかるんだけど)。
 長編化される前の原型作品ではあるけれど、『帰還』と同様、荒削りではあっても、横溝正史のエッセンスはギッシリと詰まっている。作品によっては、長編よりもはっきりと金田一耕助の個性が描かれていると言っていいかもしれない。
 『百唇譜』の中で、作者が「金田一耕助は滅多に汗をかかない。そういう意味では冷血的なのかもしれぬ」と語っているのは珍妙な論理だ。しかし、本来、金田一は優しい人間などではない。人間は観察するだけのものとしか思っていない。事件もエログロ味の濃いものが多いし、金田一自身、自分のことを「猟奇の徒」と呼んでいる。まさしく初期の明智小五郎に近い存在なのだ。
 『魔女の暦』では、事件に関わるためとは言え、浅草六区のストリップ劇場に出入りしている。しかも結構楽しんでるぞ金田一。
 「目玉を奪われた魔女がめくらめっぽうまごまごしながら、いちまいいちまい脱がされていって、ストリップになるというだんどりもおもしろかった」
 ……仕事で来てるんだろ、おもしろがるなよ、金田一。
 それにしてもこの事件の舞台になった「壽楽館」っての、どこがモデルなのかな。フランス座しか名前知らないし。

 これらの短編、『獄門島』や『女王蜂』のような、ロマンチシズム溢れる作品だけを読んで、金田一を「優しく暖かい人柄の人間」と勘違いしている読者には認識を改めてもらうきっかけになるかもしれない。

 これで、金田一と言うか、横溝正史について書くこともしばらくなかろうから、この際勝手に、私のベスト・オブ・横溝正史をあげとこう。
 本当なら一作一作レビューしたいところだがそこまでの体力はない(^_^;)。

 <長編>
 1 獄門島
 2 本陣殺人事件
 3 蝶々殺人事件
 4 悪魔の手毬唄
 5 真珠郎
 6 犬神家の一族
 7 悪霊島
 8 八つ墓村
 9 迷路荘の惨劇
 10 悪魔が来りて笛を吹く
 11 びっくり箱殺人事件
 12 白と黒
 13 病院坂の首縊りの家
 14 仮面舞踏会
 15 女王蜂
 16 髑髏検校
 17 夜歩く
 18 不死蝶
 19 迷宮の扉
 20 三つ首塔
 次点 悪魔の降誕祭

 <短編>
 1 蔵の中
 2 鬼火
 3 面影草紙
 4 探偵小説
 5 百日紅の下にて
 6 車井戸はなぜ軋る 
 7 蜃気楼島の情熱
 8 首
 9 鴉
 10 黒猫亭事件
 11 蝙蝠と蛞蝓
 12 湖泥
 13 かいやぐら物語
 14 あ・てる・てえる・ふいるむ
 15 上海氏の蒐集品
 16 女怪
 17 幽霊座
 18 人面瘡
 19 暗闇の中にひそむ猫
 20 山名耕作の奇妙な生活
 次点 金田一耕助の冒険(短編集)

 番外(エッセイ)
   真説・金田一耕助
   探偵小説五十年

2001年03月06日(火) 優しい夫ごっこ/『真・無責任艦長タイラー2 奮闘編』(吉岡平)ほか


2002年03月05日(火) さよなら半村良/ドラマ『盤嶽の一生』第1話/『かりそめエマノン』(梶尾真治)

 終日土砂降り。
 しげが車で迎えに来てくれてなかったら、帰りは濡れ鼠だなあ、と思っていたが、職場の玄関脇に車を停めてくれている。
 しげがこうやって気を遣ってくれることなんて、千年に一度くらいしかないことなので、やたら嬉しい。
 けど、嬉しい様子を見せるとしげは絶対に図に乗るので、ポーカーフェイスで過ごす。
 職場の近所の本屋に寄ってもらうが、目当ての『マニア蔵』、小さな本屋なので置いてない。
 やっぱり昨日、紀伊國屋に寄ってもらってたらなあ、と臍をかむがいたしかたない。
 しげに、「明日は絶対紀伊國屋に寄ってくれよ」と念を押す。
 でもなんか裏切られそうな予感がするなあ。。


 しげ、「シティボーイズのチケット取れたの、夢かもしんない」なんて言い出す。
 しげの杞憂は今に始まったことではないが、それにどう返事をしてやればいいのかね。
 「夢じゃないよ」と言ったって、それで納得できるくらいなら、初めから妄想自体抱かないわけだし。
 ホントに夢だったら泣くだろう。自分で自分が悲しくなるような妄想、抱かなきゃいいのになあ。
 

 仕事帰りに寄ったうどん屋、初めて入った店だったが、中が広くて、感じがいい。
 しげは何となく気分が悪そうだ。余り寝ていないと言うが、しげの「寝ていない」ってのは「6時間しか寝てない」とかだから、余り同情したって仕方がない。確かに目の下にクマができて気分は悪そうだ。
 そういうときに、普通頼むのは、ウドンとか、あっさりしたものだろう。なにのにしげが頼んだのはロースカツ丼。
 値段も良心的で、味も普通、何より種類がたくさんあるのがいいので、ここは結構通いやすいかな、と思ったのだけれど、しげ、「熱くて食べられない」だの、「脂身が多くて気分悪い」だの、わがままばかり言う。
 ……この値段ならたいしていい肉は遣ってないと判断するのが常識ってもんだろうに。第一、気分が悪いなら、こってりした物頼むほうが悪いに決まってる。
 私はそのそばで焼肉オムライス定食を食べていたのであった。
 しげ、帰宅して「眠い」と言ってそのまま寝る。
 クスリ飲むとか、栄養剤飲むとかすればいいのに。


 テレビ、『盤嶽の一生』第1話「わが愛刀よ」。
 全く、知る人ぞ知るって作品を映像化してくれるから、市川崑って侮れないんだよなあ。
 白井喬二の『盤嶽の一生』が新作で見られる日が来るなんてねえ!
 白井喬二って誰だって?
 あのさ、いやしくも時代小説ファンなら、国枝史郎の『神州纐纈城』、中里介山の『大菩薩峠』、白井喬二の『富士に立つ影』くらい読んでないとファンとは言えないぞ。全部文庫で手に入るし。
 もっとも私は全部途中で挫折してるが(^_^;)。
 けど『盤嶽』はなあ。見たくて仕方なかったんだよ。
 愚直なまでに実直、ために逆に世の中のウラオモテも機微もわからず、剣の腕が立つにもかかわらず右往左往する羽目になる浪人、阿地川盤嶽。
 何度か映画化もされ、大河内伝次郎や小林桂樹が彼を演じているが、映画の方も残念なことにお目にかかったことがなかった。
 ……お目にかかりようがないよ、だって大河内版はあの天才、山中貞雄の失われた一本なのだもの。
 今回のテレビ版は、市川崑自身による脚色だが、ベースはあくまで山中貞雄版に準拠するという。
 なるほど、ラストの「騙されて また騙されて 盤嶽よどこへ行く」の字幕テロップは、盤嶽が徹底的に野暮天なだけに、かえって粋だ。
 このテロップの声は誰の声か。登場人物の声でもなければ天の声でもない。
 我々の声だ(音声が出ないとこがまた粋だよ)。
 このへんが山中貞雄テイストと市川崑演出の融合なのだろう(フカサクは、少しはこういうテロップの出し方覚えろよ)。
 主演の役所広司、『どら平太』の時も思ったが、ちょっと力みすぎ。
 ウソに対して過敏に反応して激昂するのはわかるが、いやしくも盤嶽は武士だ。武士としての怒りかたってものがあるはずなのに、どうもどこかチンピラくさい。もう少し固さが取れてくれりゃあなあと思うんだけどな。
 そのあたりを割り引いても、時代劇でこれだけ面白いものに出会えたのって、初期の必殺シリーズ以来じゃないか。
 ……やっぱ、昔の原作、もっと掘り起こそうよ。
 若い脚本家に時代劇、マジで書けなくなってんだから。


 SF作家・半村良氏が4日死去。享年68歳。
 期待しちゃいなかったけど、『太陽の世界』はやっぱり完結しなかったな。『妖星伝』を完結させただけでも立派なものだけど。実はどっちもまだ読んでない(^_^;)。せめて『妖星伝』くらいは読んでおかないとなあ。
 でも私が最初に好きになった半村さんの作品は『収穫』だったのだ(って、デビュー作じゃん)。『サイボーグ009』の『天使編』のもとネタになったヤツ(よくあるネタではあるんで「盗作」とは言えないけど)。
 あと、『H氏のSF』。
 後の長編伝奇SFの流れを作った経歴からすると、半村さんの短編ばかり好きになるというのはご本人には申し訳ないことかもしれないけれど、なんだか半村さんの長編って読みにくくてねえ。

 実は一番好きなのは、NHKでドラマ化もされた『およね平吉時穴道行(ときあなのみちゆき)』。

 コピーライターの「私」が、江戸時代の戯作者、山東京伝の文献を調べて行くうちに見つけた岡っ引平吉の「こ日記」(「こ」の字は変体仮名)。それには京伝の妹、およねへの恋心が切々と綴られていた。
 しかし、ある時、およねは神隠しに遭う。しばらくして、平吉の日記はいきなリ明治に飛ぶ。平吉は、その記載を信じる限り、百数十年生きた計算になる。
 この不可解な二つの事実は何を意味しているのか。
 「私」はその意味を突き止めかねているうちに、ふとしたことから、歌手の菊園京子が、誰も読んだことのないはずの「こ日記」の内容を知っていることに気づいた……。

 SFを絵空事とバカにする人にはこのドラマも「ありえないこと」で片付けられてしまうのだろうか。
 しかし、基本的にSFはメタファーなのである。いや、虚構自体が現実のメタファーなのだと言っていい。
 だから、物語が現実に即しすぎては逆に読者はそれを「他人事」としか思えず、感情移入を妨げることにもなる。
 時代を越えた恋。もちろん、現実にそんなことはありえない。
 しかし、我々は結局、自分たちが生きてきた「時代」に束縛された形でしか生きられない。
 育った環境が、国が、文化が、年齢が違うことが「壁」となって、二人の恋を引き裂くこと。
 それを最初に教えてくれた小説はこれだったように思う。
 あ、それから古い東京人が「向う岸」のことを「向こう河岸(がし)」と呼ぶこともこの作品で知ったな。こういうディテールも、すごくよくできてるんだよねえ。

 これは、もう、私のフェバリットSF短編の筆頭だ。
 原作もよかったが、ドラマもすばらしくよかった(1977年。ついこのあいだだねえ)。
 主人公と、この字平吉の二役を演じたのは寺尾聰。およねには由美かおる。山東京伝に西沢利明。朴訥で冴えない平吉に寺尾造聰はハマリ役だったし、時代を越えた美少女(というトシではなかったが)というムードを当時の由美かおるは確かに醸し出していた。うん、これ以上はないって配役だったなあ。
 原作にはない平吉の「そりゃねえよ」というセリフが繰り返される演出、実に印象的だった。杉山義法の脚本、スバラシイの一語に尽きる。
 つい何年か前にも再放送があっていたから(録画し損ねた!)、ビデオ化は可能なはずだ。……やれよNHK。


 梶尾真治『かりそめエマノン』(徳間デュアル文庫・500円)。
 宇宙の誕生以来の記憶を持つ少女、エマノンシリーズの最新作。
 って、ネタバレいきなりカマしちゃってるけど、これがシリーズになってなかったら、当然、エマノンの正体、この日記にも書かずにすましてるよ。
 うーん、難しい評価になっちゃうけど、このシリーズはもう、第一作が最高傑作なのはこのエマノンの設定にかかってることなんで、あといくらシリーズ続けても第一作を越えられない仕組みになってるのね。エマノンの魅力にトリコにされちゃった読者の方々には悪いんだけど。
 だってさあ、三十数億の記憶を有する少女の苦悩なんて、たかだか数十年の記憶しか持たない人間に想像なんてできるわけないって。
 いかに梶尾さんの才能をもってしたって、それを描くことが不可能だってことはわかるじゃんよう。
 だから、1作目はそのあたりをぼかすことで小説として成立し得てたわけ。
 常人には計り知れない苦悩を抱えた少女がいる、ということで、その「誰にも分らない苦しみ」が読者の共感を得たわけよ。
 でも、シリーズを重ねてエマノンを描けば描くほど、彼女の苦悩が卑小化されていくことになっちゃうんだよねえ。
 つまり、「エマノン、お前数十億年の記憶持ってるわりにはつまんねーことで悩むなよ」ってな感じ?

 「どうしても、ときどき自分の心の重みに押し潰されてしまいそうになるときがあるの。そのときに求めてしまうのが、これ……」……って、タバコかよ(^_^;)。スゴイなあ、三十数億年の苦悩がタバコ一つで和らぐってか。するってえと、人類の一番偉大な発明はタバコか?

 この3作目の最大の特徴であり、最大の美点であり、最大の欠点でもあるのは、エマノンに「兄」がいるという設定なんだけど、「なぜ兄がいるのか」って理由もだよ、「え? その程度?」ってなもの。こんな「誰にでも思いつく」理由でいいの? いくらなんでも陳腐過ぎる。SFのセンス・オブ・ワンダーのカケラもないぞ。
 ……だったら、エマノン、今まで「兄が必要」な状況に出会ったことがないってわけか? 三十数億年も生きてきて?
 実は世間知らずなだけじゃね〜のか、エマノン。それはそれでスゴイけどよ、三十数億年間箱入り娘。……SFだなあ(←皮肉)。
 ああ、あの1作目の感動はどこへ行ったんだよう。なんであれだけの傑作がこんな愚作にまで落ちるのかなあ。シリーズ化の難しさをつくづく感じちゃうよ。

 一気に書かれたせいか、設定上の細かいミスもある。
 物語冒頭で「兄」に会おうと決意するエマノンだが、それがラストシーンに繋がるものだとすれば、エマノンの言う「何故、今回得た生にだけ兄がいるというのか」というセリフと時間的な矛盾が生じる。
 ……言いたくないけど、梶尾さんもついに老境に入っちゃったのかもね。

2001年03月05日(月) SMOKE IN MY EYES/『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(田中啓文)ほか


2002年03月04日(月) 愛のタコ焼き情話/『八戒の大冒険 2002REMIX』(唐沢なをき)/『ダルタニャンの生涯』(佐藤賢一)ほか

 マンガ、唐沢なをき『八戒の大冒険 2002REMIX』(エンターブレイン/ビームコミックス・756円)。
 えっ、『八戒の大冒険』、初版は1988年?!
 そんなに経つのか本当に。
 つーか、『少年キャプテン』掲載時から読んでるから、1987年から数えてもう15年じゃん。……何となく唐沢さんってまだ新人のような印象あったけど、冗談じゃない、ベテランもベテラン、ひと昔前なら老境に入っててもおかしくない年だったんだなあ。
 ギャグではなく、本当にギャグマンガ家の命脈は持って十年なんて言われてたんだよ。往年のギャグマンガ家で、今も活躍中って人がどれだけいるか。
 だから、このデビュー作の傑作群を読みながらも、正直なところ「ああ、この唐沢なをきって人、こんなに才能を浪費してたら、3年でつぶれちゃうだろうなあ」なんて思ってたのだ(逆を言えばそれだけ面白かったってことになる)。
 私自身は、表題作の『八戒の大冒険』が雑誌に載ったときの反響、結構大きかったと記憶してる。なんたって、三蔵法師のお供が3人とも八戒なんて、誰が思い付くか(^o^)。私はもう、雑誌を何度も読み返し、それでもまだ、げらげら笑っていたのだ。なのに、とりさんの解説によれば、「読者ウケも編集ウケも悪いとなをき氏自身がこぼしていた」とか。今の唐沢さんの隆盛を考えると、なんだか信じられない話である。
 とり・みきさんや唐沢さんは「理系ギャグ」なんて評されることが多いが、文型も理系もない、理詰めでこの素っ頓狂な発想が出るものではないことは見当がつきそうなもんだ。今回のREMIX版、前半は旧版からのセレクションなのだが(傑作『忍法十番勝負』は残念ながら「カスミ伝」の第1話にあたるので今回はカット)、毎回毎回、設定を変えてよくこれだけのギャグを実験できたものだと今読み返しても感心する。
 赤塚不二夫が実験性を持ち出したのは『天才バカボン』の後期だったし(『おそ松くん』のころはシチュエーションコメディを描いていたのであって、純粋なギャグマンガではない)、他の作家も、実験性を帯びたマンガを描けば描くほどウケが悪く、消えていく運命にあった。
 だから「唐沢なをき、3年持つかなあ」と当時危惧したのは多分私だけではあるまい。ウケが悪いからではなくて、こんな濃いギャグを続けていたら身が持つまい、という心配ゆえにである。なにしろ、作品によっては、「これを面白がる感性が果たして読者の側にどれだけ用意されているのか」と心配したくなるようなモノまで混じっているのだから。……「解剖図人間」って、やっぱり「改造人間」のシャレから思いついたのかなあ。こんなのなんか、「どうして解剖図の人間が存在するのか」なんて疑問を抱いたら、笑うことすら不可能だろう。理詰めで考えて笑えるギャグではないのだ。

 その意味で、後半の単行本初収録の短編群、これと前半の作品を比較してみるのも面白い。そこには「なぜ唐沢なをきはギャグマンガ家であるにもかかわらず生き残ったのか」という疑問の答えが提示されていると思われるからである。
 『うずまきくん』はタイトルだけを見ると『うずまき』のパロディのようだが、実際には唐沢さんの自画像を自らパロディにしたものである。
 絵を文章で説明するのはすんごく難しいのだが(^_^;)、唐沢さんはトマトのような輪郭に、うずまき目と小さなメガネを描いて自画像としている。鼻や口は省略。このデフォルメと省略を記号として受け入れることは、マンガを読みなれている人間にとっては別段、難しいことではない。
 ところが、世の中、そんなマンガ読みばかりではない。これは実話だそうだが、あのメガネを鼻の穴だと思ってたり、口をイーッてしてる形だと思ってたというファンがいたそうなのだ。
 ……これ、トポロジーっつーか、「騙し絵」の応用なんだよね。ある線や面の集合体が、人によっては別のものに見えることがあるってアレ。「これ、何に見える?」と言われて、二つのものに見えて面白がった経験は誰にでもあるだろう。「女の人の後姿かお婆さんの顔か」とか。それの応用ギャグをどれだけ提示できるかってのを「うずまきくん」では実験しているのだ。
 「実験」ではあるけれど、これは今描いた通り、「マンガの記号に慣れているファン」と、「マンガを読みなれていないファン」の両方を視野の中に入れている。だからこそ、唐沢さんは「マニアウケに留まらない」立場に立つことができたのではないか。
 ともかく、唐沢なをきの原典と発展を考える上でも、徳間版、白夜書房版、どちらも持っているという人もこれは買いである。おカネを惜しまずに買おう。 
 

 『八戒』の巻末に、「唐沢なをき著作リスト」が載っていたので、買い漏らしはないかと確認してみたら、同内容の再刊を除いて全部持っていてホッとする。 けれど、もしかして再刊のやつも気がつかない書き下ろしが入ってたりしたらやだなあ、とか思って、ほとんど読んだことある作品集でもつい買ってしまいたくなるのがファンの「サガ」か、はたまた「業」か。
 ふとラストの所を見ると、『唐沢商会 マニア蔵』のタイトルが。
 あっ、これは確か、唐沢俊一さんの「裏モノ日記」に書かれていた、唐沢商会の落穂拾い(^^)マンガ集だな。2月末の発売とあるが、まだ店頭では見かけていないぞ。もしかして見逃してるだけか?
 こりゃ、仕事帰りに本屋に寄ってみねばみねばと、いつものごとく、定時退社するやいなや、玄関を飛び出して、迎えに来てるはずのしげの車を、駐車場で待っていたのだが。
 来てねえよ、しげ(--#)。
 また、寝坊してやがるな。
 電話を入れると、やっぱり予想通り寝惚けた声で「もひもひ?」。
 「ごめん」のヒトコトもないのも、いつも通りだ。
 20分遅れてしげが来るまで、寒風吹き荒ぶ中、バス停でひたすら待ちぼうけ。
 側にたこ焼き屋の屋台が出ていたので、コーラと一緒に買う。やや大きめの6個入り400円はまあ、こちらでは普通の値段か。
 地方によっては、たこ焼きもカラカラになるまで揚げて、食感がパリパリしてるやつとか、ソースのみを塗ってるやつとかいろいろあるようだが、福岡のたこ焼きはたいてい、皮はフニャフニャ、ソースの上にマヨネーズとカツブシを乗せるものばかり。
 マヨネーズはともかく、カツブシはアゴの裏に張りついて私は嫌いなのだが、乗せないたこ焼き屋って、この近辺では見かけたことがない。これも定番になってるのかなあ、工夫がないぞ。
 自分一人だけ食べるのもなんなので、しげにもひとパック買っておく。
 「遅れてきたのに、こうして土産まで買ってもらえるなんて、申し訳ない」……そういう気にしげがなってくれればいいな、という淡い期待なのだが、まあ、たいてい淡い期待は淡いままで終わるのが世の常というものだ(-_-;)。
 案の定、迎えにきたしげ、遅れてきたのに謝ろうともせず、たこやきを見せた途端に目を輝かせ舌なめずりして(ホントにだ)ぱくついて、礼も言わない。
 腹が立つのをぐっと抑えて、しげに頼む。
 「本屋に寄ってくれない?」
 「どこの?」
 「博多駅の紀伊國屋」
 「遠いやん!」
 「けど、大きな店じゃないと売ってそうにないし」
 「休日に行けばいいやん!」
 「売り切れてたらどうすんだよ。たくさん入荷しそうな本でもないし(こらこら)」
 「行く時間なんてないよ。行って帰って、1時間以上かかるやん」
 「時間がなくなったのは、おまえが遅れたせいだろ?!」
 「……わかったよ、行くよ。行けばいいんやろ!!」
 「いやなのに無理して行かなくていいよ!」
 毎度毎度の売り言葉に買い言葉のケンカであるが、私ゃ別にこんな会話をしたいわけじゃないんだがなあ。ごく普通の夫婦の会話がしたいんだが、しげの知能では、まず「普通の夫婦」というものを理解すること自体、あと百億万年はかかりそうなので、今生ではちとばかし無理っぽいのである。
 無理だからと言って、放置するのも業腹なので、遅れて来た分、お詫びと言うことで、マクドナルドでしげにおごらせる。
 てりたまバーガーとビッグマック。なんだかムナクソ悪いんで、もう一つ二つ暴食したい気分だったが抑える(まあ、この二つでもカロリーオーバーなんだが)。


 マンガ、徳光康之『濃爆オタク先生』1巻(講談社/マガジンZKC・580円)。
 いやあ〜、濃い濃い。暑苦しさでは島本和彦とタメ張るんじゃないか、このマンガ。なんたって表紙がいきなり劇場版『機動戦士ガンダム』ポスターのパロだよ。しかもコスチュームは黒い三連星でドム背負ってるし。
 でもいるよな、おたく教師。授業中に関係なくアニメの話題振ったりするやつ。それで生徒の歓心を買えるんじゃないかとか考えてるのがミエミエなのがお笑い種だけどさ。
 いっそのこと、このマンガの主人公、暴尾亜空(あばおあくう……なんだかなあ)のように「おたく話しかしない」ってとこまで振り切ってくれりゃかえって楽しいのにな。すぐクビだろうけど(^^)。
 ……はい、ここでテストです。
 次にあげる10個のセリフのうち、四つ以上になにか「響くもの」を感じた人、あなたは立派なおたくです♪
 1、「知識を語るな愛を語れ!」
 2、「みやむー!!」
 3、「ジオンは負けてないから」
 4、「愛の前に体型なぞ無関係」
 5、「ごめんね普通じゃないんだよ、オレドムおたくだもの」
 6、「ロボットじゃない、モビルスーツと言いなさい」
 7、「アニメおたく全員がロリコンってわけじゃないぞ……まあ100人中99人はロリコンだ」
 8、「生身の女性に興味ないんだオレ」
 9、「人を好きになるのにジオンもロシアもないだろう」
 10、「お前を変態にしてしまうその衝動こそ創作者の真の資質」

 ああっ! 全部響きまくりっ! オーマイガッ! 
 ……墓穴掘りだよな、私って(-_-;)。

 では追加テスト。
 次のセリフで連想するセリフを答えよ。
 「諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだッ!! なぜだ!!」
 答えを知りたい人は単行本、買うようにね。自分をおたくだと認識してる諸君、意外と外れるかもしれないぞ(^_^;)。 


 佐藤賢一『ダルタニャンの生涯 ―史実の「三銃士」―』(岩波新書・735円)。
 アレクサンドル・デュマの『三銃士』シリーズで有名なダルタニャンが、実在の人物である、程度の知識はあった。三銃士のアトス、ポルトス、アラミスも同様であることも。
 しかし、その実像については全く知らなかったので、作者が作家の佐藤賢一というのが気にはなったが(作家はたいてい実録であっても粉飾するから)、ともかく読んでみる。
 確かに、ガスコーニュの「現在の」田園風景の描写(当時のでなきゃ意味ないじゃん)や、ダルタニャンを「我らが主人公」などと呼ぶ気取った書き方に、むだな粉飾を感じないではないが、史実を堅苦しく感じさせないための脚色、ということで、うるさく感じる一歩手前でなんとか留まっている。やはり気高き「銃士」を描くには、それなりの文体が必要だというところだろうか。

 ダルタニャンは実はダルタニャンではない。
 それは母方の姓、勇気あるガスコンの名家であることを謳うためにあえて名乗った偽名であって、ダルタニャンの本名は「シャルル・ドゥ・バツ・カステルモール」。
 アトス・ポルトス・アラミスもそれぞれ本名は違うし、まるで『三国志』の「桃園の誓い」を真似たかのような4人の友情も、どうやら史実ではなかった模様だ。彼らが同時期に銃士隊にいたことは事実のようだが、4人がともに行動したエピソードが全く残されていないからである。
 さらには、フィクションでは王権を揺るがす悪の権化であるリシュリュー枢機卿(史実のリシュリューはさっさと死んでいて、ダルタニャンの時代にはマザラン枢機卿に代替わりしている)と対立し、あくまでルイ14世のために働くその颯爽ぶりとは正反対で、なんとダルタニャンはマザラン枢機卿の子飼いの部下として働いているのである。
 『三銃士』ファンはそれを聞くと、虚構と現実の落差に幻滅してしまうかもしれない。しかし、史実は、本当に虚構に比べて「夢のない」ものであるのだろうか。
 大岡越前は天一坊事件を直接担当してはいない。しかし、彼が江戸の火消し組を編成し、防火対策を取った名判官であることは事実である。
 水戸黄門も諸国漫遊などはしていない。しかし将軍綱吉の生類憐れみの令に真っ向から反発し、水戸藩中では実施しなかった慈愛に満ちた人物であることは事実だ。
 虚構は確かに虚構であるが、それを生み出す「素地」があったこと、それは紛れもない事実。ダルタニャンについて言えば、それは「フーケ事件」で彼が取った態度に表れている。
 自らの親政にあたって目の上のコブであった財務長官、ニコラ・フーケを失脚させたルイ14世は、彼の護送を銃士隊長ダルタニャンに任せた。バスティーユへ馬車でフーケを護送している最中、沿道にフーケ夫人が現れる。法的にはフーケと夫人を合わせることは叶えられることではない。しかしダルタニャンは、馬車の速度を緩めた。二人はそこで最後の抱擁を交わす。
 これが史実のダルタニャンである。
 ある意味、王に反逆する行為ではあったが、王の信任厚い彼は、自分に咎めはないと踏んで行動したのだろう。実際、ダルタニャンはその後も順調に出世街道を歩んで行く。したたかな計算とも言えるが、計算だけでできることでもない。彼が「英雄」となったのはこの瞬間からだった。
 もちろん「史実」であるから、ダルタニャンの名誉を傷つける不都合な事件も紹介される。妻との不仲、リール城砦建築に関しての失態などである。
 しかし、それらもまた、「人間」ダルタニャンの姿であることにほかならない。それこそ、「我らが英雄は『人間』であった」と語り継ぐことができるのは、彼が笑い、怒り、泣くその姿を想像することができるからだ。
 『三銃士』のダルタニャンもすばらしい。
 しかし史実のダルタニャンも、やはりすばらしいのである。

 あ、でもダルタニャンの肖像画を見て、「え〜?! こんなニヤケタおっさん?!」とか思わないようにね。ダルタニャンはクリス・オドネルでもガブリエル・バーンでもジャスティン・チェンバースでもないんだからさ。

2001年03月04日(日) 一日が短い。寝てるからだな/アニメ『ソル・ビアンカ』1・2話ほか


2002年03月03日(日) ぼくらの7時間戦争/ドラマ『シャドウ商会変奇郎』/『真・無責任艦長タイラー外伝 LOVE&WAR』1巻(吉岡平・森小太郎)ほか

 昨日の夜、何気なくWOWOWを見ていたら、突然CMが流れてきた。
 「WOWOW視聴者のみな様だけに先行御招待!」
 なんだなんだと見てみると、『シティボーイズ ミックス PRESENTS「パパ・センプリチータ」』の先行予約のお知らせではないの!
 昨年の公演を見に行ってるので、公演通知自体はハガキで受け取ってたのだが、先行予約があったなんて聞いてないぞ! 三月九日発売じゃなかったのか!
 しげがe+に抽選を申しこんで見事にハズれていたので、やっぱり普通通りに手に入れるしかないかなあ、と考えていたところにこの朗報。
 で……いつ発売?

 ということで今日は朝から陣取ってたわけよ。電話の前に。
 しげがもう、ハッパかけること。
 「いい? 10時発売だからその直前にかけるんだよ?! 携帯も使って2台でね! 私は練習で電話かけられないんだから、絶対取ってね!」
 取れなきゃマジで殺されそうだ。
 これほどまでに熱心なしげを見たのは結婚して以来初めてではなかろうか。
 去年も、結局3時間電話を掛けっぱなしだった。
 今年もそれくらいかかるかなあ、と覚悟したよ。
 で、結果ですが。
 
 7時間電話かかったよ。
 ともかく、まずNTTが受けつけてくれないのな。
 「ただいまこの番号は大変混雑しております」なんたらと、去年も聞いたアナウンス。
 これを最初の3時間、ずっと聞かされ続け。でなきゃ「つ−、つ−」って話し中の例の音。
 で、ようやく呼び出し音がなって、やった!と思ったら。
 「こちらWOWOWです。現在こちらの番号は大変混雑して……」
 NTTの次はWOWOWも突破せねばならなかったかあ!
 結局、二重のガードを突破したのが午後の5時だぜ。いったい電話代どれだけかかったか。飛行機代だって、二人でじうまんえんかかるのだぞ。
 ……だから九州公演してくれえ、シティボーイズさんよう(ToT)。
 でもともかくこれでGWは東京行きだ!
 例年、劇団の連中も誘うんだけど、やっぱりじうまんにじうまんのおカネを溜めるのは、若い人たちには相当キツいのである。月一万溜めたって、1年で12万しか溜まらない。「しか」って言い方もなんなんだが、実際GWの時期だと飛行機代もまからないし、ギリギリなのだ。……2年越しで溜めなさい。それだけの価値はあるぞ、シティボーイズ。


 チケット取れたヨロコビで、思わず東京のこうたろうくんに電話を入れる。
 彼には武蔵野ジブリ美術館のチケットも取ってほしいと頼んでいたので、真っ先にご報告である。予定は今のとこ美術館とライブと二つしかないのだが、ほかに何をしようかなあ、なんて喋っているうちに、某サイトの人たちと会ってみたいねえ、という話になる。
 私や彼がちょくちょく覗いてるサイトなんだけど、まあ、ここの人たちがすばらしくイイ人ばかりで、引っ込み思案で対人恐怖症な私ですら(誰がだ)、お目にかかりたいな、と思わせる方々なのだ。
 「でもお誘いしても誰も集まんないだろうねえ、オレたち相手じゃ」
 「まあ、声かけるだけ、かけてみようか」
 これがもう、今日のうちにトンデモナイことになってしまう第一歩であった(^_^;)。
 

 時間軸をいったん遡行(^^)。
 『仮面ライダー龍騎』、『おジャ魔女どれみどっか〜ん』、『加藤夏季のファミナビ3月号』、一応、斜め見しちゃいたんだけど、受話器片手だもんで集中なんてできない。
 ビデオにとりあえず録画したが、見返せる時間が取れるんだろうか。

 『ファミナビ』の流れでCSファミリー劇場を掛けっぱなしにしていたら、なんと、藤子不二雄Aさん原作の『シャドウ商会変奇郎』(ホントは『ブラック商会』だよ)の実写版が(^o^)。
 あ〜、こんなんあったんだ〜。1996年3月? 本放送のときは気づかなかったぞ。
 V6の森田剛をフィーチャーするために原作が選ばれただけなんだろうけど、まるっきり月曜ドラマランドのノリで、意外と面白いわ、これ(おもしろいって言っても「ドラマランド」のノリでだからね)。
 変奇郎(森田剛)の家族が住む骨董品屋「変奇堂」を、父、変奇一郎(峰竜太)の会社専務、伊達千広(萩原流行)が、強引な手段で手に入れようとするのを、骨董品の不思議な力を借りて防ごうとするが……。
 アイドルドラマだけれど、ちゃんと安孫子さんのエッセンスが残ってるのは、伊達に「万引き癖」があるとことかだな。そこを変奇郎に脅迫されちゃうわけである。
 けど無駄にキャストが豪華なんだよなあ。変奇郎の祖父が丹波哲郎、母が岡江久美子って布陣。
 伊達の娘、よう子は小橋めぐみだ。この子もちょくちょく見かけるんだけど今一つブレイクしない。なかなかの美人なんだけど、どこか影があるっつーか、花に欠ける点がネックなのかも。
変奇郎のクラスメイト、若葉は映画『リング』シリーズの佐藤仁美。このころはあんまりかわいくないな。最初、佐藤仁美と気づかなかった。
 こういう5、6年前っていう、ちょっと古めのドラマってのが、今見返してみると意外な人が出演してたりして面白い。ドラマはまずもって作品として評価するのがスジなんだけど、それ以外の楽しみ方だってあるのだ。

 続けて、『劇場版「WX掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌次廚里垢戮董戮鮓る。
 監督が押井守から『機動戦士ガンダムOO80 ポケットの中の戦争』の高山文彦に変わったので、カラーがガラッと変わるかなと思ったのだけれど、予告編を見る限り、『パト1』と『パト2』をこき混ぜたような印象。出来はなかなかよさそうである。
 けど、併映の『ミニパト』が週代わり興行だってのは許せんなあ。三本全部見ようと思ったら、3回劇場に足運べってか。最初からヒットしないと踏んで、マニアだけ3回来させようって、セコイぞ。


 アニメ『サイボーグ009』第20話「まぼろしの犬」。
 『009』シリーズ中、短編では最も人気のある作品の一つであろう、クビクロ編。……でも、これやっぱり構成から言ったら前回の「ディノニクス編」の前に来ないと流れがおかしいよなあ。
 けど、一週遅らせた甲斐があってか、作画は先週とはうって変わって、スバラシイの一言に尽きる。
 原作に忠実、と言えば今までで一番忠実なんじゃないかな。ぜひともモノクロ版の『ああ、クビクロ』と比べてみたいものだけれど、さすがに手元にない……。東映動画、カラー版はいいからモノクロ版26話全部DVDにして出せっ!
 細かいところなんかもう全然忘れてるんだっ!(見てたのは確実なんだがなあ)
 死ぬ間際にあえて殺されようとするクビクロを見て、今回初めてこれが元になって『佐武と市捕物控・シャマイクル』が描かれたのだと気づいた。……遅いって。


 晩飯はレトルトカレー。
 いよいよ食事をするカネもない(^_^;)。
 今月は早めにボーナスが出る予定だから、給料日前に食いつなげるはずなんだけど、それにしたってまだ一週間もある。やっぱり『コメットさんBOX』はイタかったなあ。
 さあ、私は果たして生き延びることができるのかっ!

 しげの体調優れず、映画に行く予定は中止。無理していこうと思えば行けなくないが、なんたって見に行こうと思ってるのが『ロード・オブ・リング』である。3時間10分だぜ。よっぽど体調を整えておかないと、映画の最中に漏らしかねん(マジでな)。
 
 『不思議の国のアリス』の食玩がコンビニに売っているのを発見。早速3個買う。出て来たのは「ラッパを吹くウサギ」、「赤の王様」、「ドードー」。
 くうううう、アリスはかすったかっ!
 デザインはもちろん原作の挿絵を担当したジョン・テニエル。
 「ディズニーデザインじゃなくてよかったあ」と私が言ったら、しげ、すかさず「ディズニー、有名じゃないじゃん」とズバリ言いきる。
 実はディズニーアニメの中で『アリス』は出来がいいほうなのだが、「ディズニーらしくない」と言うことでファンの評価は低いのだ。この一点をもってしても、ディズニーファンにアニメを見る目がないってことはわかるであろう。
 それはそれとして、この食玩のデザインのなにが立派かって、挿絵じゃ一方向からしか見えないものをちゃんと立体として造型できてるってのがスゴイよ、海洋堂。
 ……これもハマっちゃいそうだなあ。


 夕方、某サイトのBBSに、東京オフ回やりませんかあ? と流す。
 途端に管理人さんが反応して、「ぜひやってください!」との書き込み。
 え? あの……ほんとにいいんですか?
 ……こんなにノル人だとは思わなかったなあ。
 本来なら、まず管理人さんに相談して掲示板には書き込むべきことなのに、ついチケットが取れたことが嬉しくて、有頂天になってしまったのだ。
 なのにその不手際を責めもせずに受け入れていただけたことが申し訳ないやら嬉しいやら……。
 そのサイトには結構、有名な方々も集っておられるのだが、管理人さん、無謀にもそういう諸先生方にまでお声をかけている。
 あの、私、そんなオオゲサなこと考えてなかったんですけど……?(・・;)
 チャットでもオフ会の話題がしきり。
 既に何人かは参加を表明してくださる。まあ、私と妻とこうたろうくんと三人きりのオフ会だけは回避できそうなものの、なんとなくエレエことになりそうな予感が既にし始めているのであった。


 マンガ、吉岡平原作・森小太郎作画『エンターブレイン/ブロスコミックス・630円)。
 小説版のあとがきで「初版発行部数が小説よりも低い」と驚愕され、どこにもない幻の書(^o^)とまで言われているようだが、博多駅の紀伊國屋には2冊ちゃんと残ってました。
 大きい本屋はやっぱりバカにできないね。
 外伝とは言え、小説版の6巻からの直接の続きということになってるので、6巻まで読破して設定が頭に入ってる身にはスムーズに読める。
 逆に言えば、小説シリーズ読んでなきゃ、設定がわかんないだろうってことになる。これで初めてタイラーに触れるって人にはちょっとノリにくいんじゃないかな。
 マンガを描いてる森って人を私は知らなかったけど、絵も構成もなかなかの練達者。田丸浩史さんや西原理恵子さんの影響は結構受けてるみたいだけど。でもユリコさんの巨乳に免じて許そう♪ 磁気嵐に襲われてタイムスリップ?! という設定はありがちだけど、まあ、外伝だからな(意味不明)。
 ふざけてるように見せて、このタイラーシリーズ、SFのツボは毎回抑えてくれてるから、このマンガ版も期待したいのである。

2001年03月03日(土) オトナの会話/アニメ『サウスパーク・CHINPOKOMON』


2002年03月02日(土) イビツな職場だと思うぞ、実際/『ビートたけしドラマスペシャル 張込み』/『真・無責任艦長タイラーΑヽ旋編』(吉岡平)ほか

 土曜だけど、終日出勤。
 でも昼飯はスシ。しかも特上、3500円。
 つまり、職場で慰労会みたいなモノがあったわけやね。
 世間一般の会社とか職場がどの程度宴会をするものかよく分らないが、うちはやたらに多い。なにかにつけ理由をつけて、全体だの部署だのに分けて宴会をしまくっているのである。
 全部合わせたらこの二月で八つもあったぞ。中には慰安旅行もあるわけで、これが全部積み立てってわけじゃなくていきなりの出費。いったい何を考えてるんだ。みんなそんな金持ちなのか。
 当然、そんなの参加できるわけもなく、「用事がある」とか「病気なんで」と軒並み断ってたんだけど、今回のは職場の昼休みに開くってことだったんで逃げられなかった。
 ところがである。3500円を取る、と予め連絡があったのに、いっこうに徴収する気配がない。……もしかして忘れられてる?
 もちろん「会費はどうなったんですか?」なんて言い出すようなバカなことはしない。そのまんまバックレてウニだのイクラだのサーモンだのに食らいついてたけど、しかし本当に会費はどうなったのかなあ。
 もしかして徴収してないってのはマチガイで、給料から勝手にさっぴかれてたりしてないだろうか。気になってしょうがないけど、今更聞くに聞けないのである。


 会議が長引いて、しげを駐車場でまたもや待たせっぱなし。
 上司の時間設定に問題があるのはハッキリしてるんだが、反省する気配が毫もない。
 討議を拒否したいわけじゃないんだが、滅私奉公が当たり前ってツラしてるのがどうもな。こう考えてるのは私一人じゃなくて、たいていの同僚がそう感じてるんだが、いっこうに改まらないのは、上司の周囲にタイコモチが集まってるからである。仕事してるつもりになってるだけの連中だがな。
 しかしタイコモチだって見てはっきりわかるのにそれに乗せられてるんだからなあ。……またなんとかしてここを探しに来て文句つけるかな、上司。
 でも今度は文句つける理由がないぞ、名前も職場に明かしてないのに見つけられたら、そりゃただの偶然か陰謀以外に考えられないからな。自分の犯罪行為を立証するようなものだ。

 それはそれとして、しげ、待ち飽きてまたむくれる。
 こういうときには肉を食うに限るが、既に私には金がない(^_^;)。
 まだ給料日まですごーく間があるのに大丈夫か私。
 で、マクドナルドのドライブインで、てりたまバーガーを頼んで食う。
 この「目玉焼きが入ってればOK」ってのも「しげ感覚」である。マクドナルドはこれまで期間限定でしか目玉焼きものを出してこなかったので、どうやら固定メニューになりそうな「てりたま」は、しげにとってはめっちゃ嬉しいらしい。
 で、帰ったら今度はレトルトの目玉焼きカレーを食ってるんである。なぜそう連続して卵が食えるのかねえ。
 でもこの「目玉焼きカレー」、「焼き加減が甘い」とかで、しげの口には合わなかったらしい。たかがレトルトになに注文つけてんだか。


 9時からKBC(テレビ朝日系)『ビートたけしドラマスペシャル 松本清張没後10年記念 張込み・傑作サスペンス! 美しい人妻のもとに刑事の執念の捜査 東京−桐生−和歌山、点と線を追え!』を見る。
 ……なげーよタイトル(-_-;)。
 松本清張の推理小説第一作とされるのがこの『張込み』。
 と言ってもミステリ的興味は「女の変化に刑事が気づいて犯人との密会を悟る」くらいしかないんだが。作者自身、当初はこれをミステリとは考えてなかったらしいし。
 けど、抑制の利いた名短編だし、映像作家の意欲を誘うのだろう。
 作者自身が絶賛した1958年の松竹映画、野村芳太郎監督版は、キャストに大木実、高千穂ひづる、田村高廣、高峰秀子、宮口精二と名優を揃え、今見ても何ら遜色のない日本映画史上に残る名作として評価されている。
 これを乗り越えるのは並大抵じゃないんだけどねえ。
 10年前の1991年にもフジ系の金曜ドラマシアターでテレビドラマ化されたことがあったけど、ヒロインの大竹しのぶの名演が目立ったものの、主演の田原俊彦がどうしようもない大根だった。つーか、刑事は張り込みしてるけど本当は主役じゃないんだよ。あくまで観察してる先のヒロインが主役なんでさ。それを田原俊彦をかっこよく見せようって演出するものだから、ドラマが分裂してつまんなくなる。
 今回もなあ、多分、「ビートたけし主演」ってとこで、どうしようもなくなるんじゃないかなあ、と思ってたけど不安は的中。だから刑事にスポットあててどうすんだよ。
 何かいかにもイマドキの設定でよう、仕事人間の下岡刑事(たけし)の家は、妻(宇都宮雅代)は不倫してて娘は父親を親とも思わない「家庭崩壊」の状況でさ、しかもこの張り込みの最中、犯人に撃たれて死んでやがるの。そしたら今まで離れてた家族が涙を流すって……おい、これで「ドラマ」に仕立てたつもりか。
 そのたけしが死ぬきっかけになったのが、キャリアエリートで下岡に対抗意識を持ってる若い柚木刑事(緒形直人)の勇み足ってのもベッタベタ。中学生の書いた脚本かよ、これは。ワザと時間軸を入れ替えて過去と現在が行ったり来たりするのも設定が陳腐だからウルサイだけ。
 で、犯人と元恋人の二人がさあ、田辺誠一と鶴田真由だよ。ちょっとイマドキ狙い過ぎだって。田辺誠一は逃亡生活の疲れた様子がまるで見えないし、鶴田真由も生活に疲れた感じが全くない。
 まあキスシーンは濃厚で楽しめたけど。っつーか2時間見て、その中でそそられたのがそのシーンだけってのはなんなんだ。
 何が一番腹立つって、原作の舞台九州なのにそれが意味なく和歌山に変えられてる点なんだよな。ミステリと作品の舞台との関連性を軽く考えすぎてないか? あのさあ、「松本清張」って名前、信頼のブランドみたいなもんなんだぞ。少しはそのこと考えてドラマ作れよ。無駄な作家性発揮されたって、原作越えられるものじゃないんだよ。
 ……まあ、この『張込み』と『鬼畜』、ギリギリ『天城越え』と『疑惑』ぐらいのものだよなあ。原作以上におもしろかった映画って言えるのは(『砂の器』は却下)。ああ、ドラマしか見たことないって人は松本清張をこんなもので判断しないようにね。
 

 昨日、しげが忘れて悩みに悩んでたコトバ、急に思い出したらしい。
 「アニサキスじゃなかったよ、『クラミジア』だった」
 「……で、その『クラミジア』のなにが聞きたいの」
 「かかったことある?」
 「あるかあああああ!」
 それのどこが大事な用だ。
 脱力して寝る。


 吉岡平『真・無責任艦長タイラーΑヽ旋編』(エンターブレイン/ファミ通文庫・672円)。
 7巻あたりまで引き伸ばすかな、と思ったけど6巻で完結。
 分量としてはまあ、妥当なところかな。作者もあとがきで書いてた通り、富士見ファンタジア文庫版の方は筋はわかるけど描写はないに等しかったからね。
 宇宙戦争の描写自体は何となく『銀河英雄伝説』と似てるなあ、という感じではあるのだけれど(ランダムワープって設定は新機軸なのかもしれんが)、実のところオモシロイのはキャラクター同士のやりとりなんだよね。
 圧倒的多数のラアルゴン艦隊を前に、タイラーは起死回生の策として、故・キクチヨ・ミフネの作戦を採用するか否か。
 これを最初からタイラーが考えついた作戦ということで設定したって、話は進められる。で、ラストは「さすがタイラー」とみんなが誉めそやして終わればいいんだから。でもそれは作中人物たちがなあなあでお約束の展開をなぞってるだけだ。
 ミフネの策と設定することはある意味ドラマを分裂させてしまう。
 絶好の策が「他人の考えた作戦だから」という理由で取れないとなればタイラーの狭量さを露呈しちゃうことになるし、採用したらしたで、「他人の尻馬に乗って、アンタ主役じゃなかったのかい」ってことになる。
 どっちを取ってもタイラーの株は落ちる。いわゆる「女か虎か」ってヤツなんだね、これ。
 これがうまいこと収斂できなかったらせっかくの盛り上がりも一気に萎んじゃうんだけど、さて、その結末や如何?
 ……おお、なるほど、そう来たか。ウン、悪くないぞ、このオチ。既に以前読んでたオリジナル版の方は細かい中身を忘れてるから、筋は同じでも新鮮。
 うーん、こうなるとこのシリーズ、もう一度原作に忠実な形でアニメ化してほしくなるなあ。その場合、キャラデザインはどうしても今回の吉崎観音さんになるんだろうな。けど私はオリジナルの都築和彦さんも好きだったんだが。特にキム・キョンファの水着のキョーアクさと来たら……。
 次巻からは『無責任提督タイラー』か。オリジナル版の『ワングの逆襲』がベースになるのかな。今度は何巻増えるやら(^^)。


 マンガ、魔夜峰央『別冊花とゆめ増刊3/25号 増刊パタリロ!』(白泉社・590円)。
 単行本73巻までしっかり買ってるんだし、今更増刊買う必要もないんだが、グラビアとかついてるからなあ(グラビアまでは単行本化されないもんね)。
 と言っても、作者とROLLYとオナペッツの対談グラビアにそんなに惹かれてるわけじゃないが(^_^;)。
 しかし第1話『美少年殺し』の発表が昭和53年。1978年だよ。……24年前ぇぇ? 掲載誌の変更はあってもその間休みなしだからなあ。まさしく少女マンガの最長不倒距離。飽き飽きしてる人や、「え? まだ続いてたの? うっそ〜!」てな人もいるかもしれないが、ここまで来るともう終わることってないような気すらしてくる。アニメの『サザエさん』状態だね。こりゃ。
 特別書き下ろしの新作、『ベビーパタリロ』、なんと衛兵隊長が再登場! おいおい、これも二十年以上過ぎて存在自体忘れられてたんじゃないのか。『パタリロ活殺拳』でドジ働いて、てっきり左遷されてると思ってたのに……って、あの事件の前の話って設定だから、いてもおかしくないのか。しかしその場限りで書きなぐってるというウワサの魔夜さんが、よく20年も前のキャラを覚えてたねえ(^^)。
 これなら警察長官にもプラズマXにも再登場してほしいものだが、難しいかなあ。

2001年03月02日(金) あっいぃ、うー、えぇおー♪/『ドラゴン株式会社』(新谷かおる)ほか


2002年03月01日(金) 福岡デパート事情/映画『吸血鬼ハンターD』(1985)/『20世紀少年』8巻(浦沢直樹)ほか

 福岡の老舗のデパートに「岩田屋」ってのがある。
 んーと、江戸時代から続いてるのかな、最初は確か呉服屋だったはずで、それが百貨店になって発展してったってのは、よくある話。
 天神の目抜き通りにドドンと面積占めてて、福岡のデパートの中じゃまあ、一番の古株、っつーか、ほかがつぶれまくっててもう岩田屋しか残ってない、そういう状況だった。
 バブルが弾けても、ほかの地区と違い、福岡は元気だとは言われていた。なんたって、キャナルはできるわ、ホークスタウンはできるわ、リバレインはできるわ、どこからそんなカネが流れてくるんや、みたいな状況だったんである。
 デパート競争も激化の一途をたどっていて、岩田屋と手を切った西鉄福岡線が三越と提携して最大のフロアを誇る巨大ビルをおったてる、対抗して岩田屋は裏手に「Z−SIDE」を建てる、アオリを食らったマツヤレディスはついに今度撤退を余儀なくされる……。
 なんかスゴイことになっていたのだ。
 結果として「勝った」のは三越だった。
 岩田屋は「老舗」であることに慣れ過ぎていたのか、「ZーSIDE」はまあまあの集客は見せたものの、当初の予定ほどではなく、本館・新館の客は激減した。
 そして、今度、社長の引責辞任が決まった。
 そして岩田屋は「伊勢丹」に吸収される。屋号の「岩田屋」は残すという話だが、江戸時代から血族運営して来たN一族の撤退は大きい。何しろよかれあしかれ、彼らはまさしく福岡の「顔」だったからだ。毀誉褒貶、激しい人たちではあっても、「福岡の百貨店は岩田屋」、そういうイメージを築き上げていたのだ(オレは博多人なんで「玉屋」派だったけどな)。
 地元に密着した経営が結果的に破綻をきたしたということは、ぶっちゃけた話、「福岡の人間に裏切られた」結果として、こうなった、ということなのだ。

 福岡人は、情に厚いと言われる(自分たちで言ってんだが)。
 そのことを否定はしないが、この「情」って、必ずしも「義理」に縛られたものではないよなあ、と昔から常々思っていた。
 いったん見切りをつけたら、「乗り換え」が実に早いのだ。
 「淵上」が「ダイエー」に吸収された時も、ライオンズがホークスにとってかわった時も(厳密に言うとちょっと違うが)、いとも簡単にみんな「乗り換え」たしな。
 この実利的というか、粘着質でない妙にサバサバした気質は確かに私自身もそうかなとは思うし、まあいいとこだと言えはするのだろうが、反面「福岡人のナミダは信用できん」ということにもなってるのだ。
 つまり、感動してくれはするが、約束守ったり責任取ったりはしてくれない(^_^;)。「人情はあるが義理はない」って、そういうことなんだよね。……ある意味、サイテー? かも。

 岩田屋もがんばった(放埓経営と批判はあっても)。玉屋だってリバレインだってがんばった。けど、一度行ってみてつまんなかったら、もう足は運ばない。実にハッキリしている。それは「仕事に厳しい」、あるいは「結果を出すこと」を何より重視しているのだと評価することもできる。
 けど、それってホントに「情が厚い」って言えるんかな、とは思う。「義理と人情」は本来不可分なものではないのかなあ。どっちかが重いってことでなく。 私ゃ岩田屋自体に義理はなかったから別にかまわんのだが、昔ながらの岩田屋ファンはどうしちゃったんだろうかね。三越に乗り換えて、はいオシマイ、かね。三越が岩田屋に比べて格段なサービスを提供したとも思えない。「新しいもの」「見栄えのいいもの」「イメージのいいもの」に飛びついた、それだけじゃないのかね。
 実は私も三越は話のタネにいっぺんしか行ったことがない。本屋がつまんなかったので興味をなくした(それだけで判断するかね)。
 私も福岡の人間である。移り気なところは確かにある。けれど「福岡人」とは言っても、「博多」の人間、実を言えば「博多の職人」の血筋である。「福岡は商業の街」とは言われるが、「商売人の血筋」ではないのだ。はっきり言わせてもらえれば、イメージ戦略のみに騙し騙される福岡の商売人気質を嫌ってもいる。
 岩田屋が敗退したことを口惜しいとは思わない。下手に岩田屋に百貨店業界の一党独裁みたいなことをやらかしてもらっても困るからだ。けれど福岡の人間たちが選んだその「目」が確かなものかどうか、そこに疑義を差し挟む必要はあるのではないか。
 不況だろうがなんだろうが、使うときにはパアアッと散財するところが多い福岡の人間である。そんな気質だからこそ、目先のイメージにまんまと乗せられて高い買い物させられてるところはあるんじゃないのか。
 インケツな商売人にとってはオイシすぎる購買層になっちゃってるぞ、きっと。

 庶民なもので、お高く止まった岩田屋の思い出はそう多くない(まだつぶれてないって)。
 両親が友の会に入っていたので、会員観劇コースとやらで、両親の時間が取れないときは代わりに芝居を見に行ったことはある。
 ちょうど市川右太右衛門の『旗本退屈男』で、生前の右太衛門丈のあの豪快な笑いをナマで聞けたのは(オトシを召しててちょっとカスレてたけど)嬉しかった。
 経営陣が伊勢丹に代わっても、観劇コースでいいのやってくれたら入ってもいいかな(やっぱ移り気じゃん)。
 

 さて、今日は仕事でちょっと泣くことがあった。
 しかも人前でだ。
 つらい涙ではない。
 嬉し涙ではある。
 ただ、自らを「泣く」方向にあえて持っていったことは事実だ。
 曲がりなりにも役者のハシクレであるこの身にしてみれば、涙を流すことくらい、演技の基本だ。感情を高ぶらせればできないことではない。
 では、ここで流した涙が「ウソ」であるかと言えばそうではないのだ。
 「ウソ」をつきながら泣くことなんてできはしない。
 実際、私はそのとき本気で嬉しくて、そして口惜しくもあって、それで泣いたのだ。感動の涙であるには違いない。
 ただ。
 「ここで泣かねばならない」と判断したもう一人の自分がここにいる。
 その「自分」が別の「自分」に「泣けよ」と指示を出した。それゆえにこの涙は紛れもなく「打算」の上に流された涙であると言える。
 詐欺働いてんなあ、と思う。
 実際、ウチの職場、詐欺師の集団だし。
 ただ、彼ら同僚と私の違いは、私が自分が詐欺師であると自覚を持っているのに対して、彼らが全くの無自覚で詐欺を働いているということである。
 ……どっちが罪深いか即断はし難いが、私は彼らが羨ましくはある。
 なぜって、彼らは少なくとも自分に「心」があると信じていられるから。
 自分が善人であるという錯覚の中に無意識のうちに浸っていられるから。
 私のように、自分自身の苦悩すらも「演技」であると自覚している人間に、果たして「心」というものがあると言えるだろうか。……ああ、こんなこと考えてるから「押井守のしっぽ」と言われる(誰が言ったんだ。それは私です)。
 

 なんだかんだで今日は半ドン。
 しげに人前で泣いた話をしたら「ケチ」と言われる。
 「なんでケチなんだよ」
 「私には涙を見せてくれん」
 「映画見てるときなんか結構泣いてるよ、オレ」
 「映画見てるときはオレも映画見てるじゃん。アンタの方見てる暇ないよ」
 「だから泣けるんだけどな」
 「ホラ見てん。やっぱし、隠しとるやん」
 「なんでそんなに見たがるんだよ」
 「日頃見せんもの、見たいやん。たまにはサービスしてくれたっていいのに」
 「……サービスで涙を見せるんか。『ほーら今日はサービスだ、今から泣くからね〜」って言って涙見せるんか。……アホか」
 「やっぱケチやん」

 なんだかんだ言いあって、結局私が悪かったことになったらしい。
 お詫びにスシをおごることにする。
 回転寿司のくせにくそ高い、でもネタは極上の『すし大臣』。
 特別メニューとやらで「カニの味噌汁」のチラシが貼ってあったので注文。……なるほど、身をケチらずに使ってあって、味噌汁の味にカニが負けていない。味噌汁の味のあと、舌にカニの風味が残って美味い。
 今日はできるだけ安いネタを食おうと、中トロ、大トロ、イクラにウニも見逃す。一番たかいネタでサーモントロの400円ほど。なんとか五千円以内に抑えようと必死である。
 努力の甲斐あってか、支払いは3700円。しげと合わせても20皿ちょっとしか食べてないから、今日はしげも控えたのだろう。
 カウンターで、何気なくしげに「3700円だからおまえ、1700円でいいよ」と言ったら、しげ、ウカウカと乗せられて何も考えずに1700円を出す。
 300円安くなった、と喜んでいたのかもしれないが、モトモトはおごりだったはずなのになあ(^^)。これぞ「朝三暮四作戦」。ってしげは猿か(^o^)。
 ひどい夫だと思われるかもしれないが、ほかのところで結構搾取されているので、これもたまにはサービスである。だいたい、割り勘が普通だろうがよう。


 帰って数時間、疲れて寝る。
 と言っても最近はそんなに体調が優れないので、二、三時間寝ちゃ起きで、まとまった睡眠時間を確保できていない。
 夕方には目覚めてしまうが、しげはまだ爆睡状態。
 しげがいつ起きるかわからないので、その間にパコパコと日記書き。更新もここまで遅れると殆ど自分の記憶力との戦いである。
 ……ボケ防止にはいいかもなって、もうそんなトシかよ(ーー;)。


 CSファミリー劇場、アニメ映画『吸血鬼ハンターD』(本編での表記は『VAMPIRE HUNTER D』)見る。
 先日公開された川尻善昭監督、マッドハウス製作版ではなく、これは1985年の芦田豊雄監督、葦プロダクション製作版。当時、ビデオで見たか劇場まで足を運んだかは忘れたが(イベントかなんかで見たような気もするがうろ覚え)、ともかく見はした。で、誉めていいんだか貶していいんだか当惑した記憶がある。
 なぜってねえ、「天野喜孝キャラデザイン」と銘打っておきながら、実際にキャラデザインを担当したのは『ナジカ電撃作戦』の山内則保、しかもこのころは芦田豊雄の絵柄の影響が濃厚で、天野キャラとは似ても似つかないんだもの。
 ……芦田系の絵って、どんな絵かわかります? あれですよ、『Dr.スランプアラレちゃん』とか『銀河漂流バイファム』、『超力ロボガラット』。丸っこくって、ホームベースがふにゃっとした感じの輪郭線が特徴的な絵柄。……天野さんの絵とは水と油なのよ。
 もちろんこれは確信犯で、メイキング映像で「子供にもわかる絵柄で」と山内さん自身が語っていた。更に『スレイヤーズ』のサムシング吉松さんが、「天野さんの繊細な線と、芦田さんのイヤらしい絵とをどう近づけるか」なんてはしゃいでインタビューに答えてる。無理やん、そんなの(^_^;)。去年のマッドハウス版だって天野キャラとはとても言えない絵柄だったのに、ましてや芦田豊雄……。
 いや、芦プロはね、決して悪い会社じゃないのよ。実際に制作してるのはスタジオライブなんだろうけど、その後エンタテインメントに徹したアニメの秀作を発表し続けてることを考えたら、この『D』だって悪くはない。
 けど『D』じゃないんだよ〜。明らかに。
 それは原作を結構改変した脚本もそうだしねえ。
 麗銀星、あんなにあっさりとした殺し方しちゃ、せっかくの「空間をゆがませる」特殊能力の意味がないでしょ。あれは絶対に原作通り、その能力を逆手に取った殺し方をしなけりゃねえ。伏線の張り方ってものが解ってないよな、平野靖士。
 このころのOVAに定番の女性キャラのシャワーシーンも今見るとなんとかしてくれって感じだが(どこが子供向けだよ)。

 でも、これって明らかにプロダクションの選択ミスだものなあ。当時から今に至るまで、原作ファンの怒りの声は高いが、芦田豊雄に文句つける前に、原作の菊地秀行、製作のムービックやCBSソニーの責任を追求すべきじゃないのか。
 仮にスタジオジブリで高畑勲が作ってたらどうなってたか(^o^)。
 Dも天野キャラのような美形はリアルじゃない、もっと現実的に、とか言っちゃってさ、柳葉敏郎をモデルにデザインされたりしたら困るだろう。
 名倉靖博にさせときゃなあ、絶対すげえDになってたんだが。今回のマッドハウス版も、『メトロポリス』に名倉さん使うくらいだったら、どうして『D』に回さなかったか。……私ゃマッドハウスも傑作作ってるんだか、駄作作ってんだか判別しづらいところがあるのだ。

 あ、それと声優はDに故・塩沢兼人さん。これは当時の声優界を見渡してみてもベストに近い形でしょう。ヒロインのドリスは、まつざか先生や神崎すみれみたいなおねえ様的役が多くなってる富沢美智恵さんなんだけど、これは気丈だけど可憐な美少女って設定なんで、もうブリブリしてる。本人もインタビューではすっげーブリブリしてるし。もう声が半オクターブ高くて見るからに不思議ちゃん。
 やっぱり宗○に走る人は……ああ、いやいやいやいや(^_^;)。



 アニメ『クレヨンしんちゃん』、「運命の合格発表だゾ」「アパートに大集合だゾ」の二本。
 年度末になったせいか「区切り」をつけるエピソードが増えてきた印象。
 四郎くん(これを「よんろう」と読ませるムリヤリギャグからして好きなんだが)の大学の合格発表、靴ひもが切れたり、バナナの皮ですべったりと不吉な状況が立て続けに起きる定番ギャグ(『奥様は魔女』だの『じゃじゃ馬億万長者』だのでイヤというほど見せられてきたヤツ)だけど、でもオモシロイ。放送コードがあるせいなのか、余り過激なギャグができない代わりに、ツッコミで間を取る演出で着実に笑わせてくれる。文章で書くとその面白さが伝わりにくいんだけどね。
 オチもまあ、予測はできるんだけど、アメリカのシットコムのパターンを、ヘタなコント番組よりよっぽど『しんちゃん』の方が再現してるってのが嬉しいような、日本の喜劇の層の薄さが悲しいような……。
 ……あ、でも、予告編で「四月から『あたしんち』放送開始」ってあったけど、ま、まさか『しんちゃん』終わるの?!(と思ったらただの時間移動でした。土曜日の夜なので、外出したら見られない日も出るかも。クスン)


 晩飯はロイヤルホスト。
 初めタンタン麺を頼んだが、品切れと言われ驚く。
 今時分、ロイホでわざわざタンタン麺を頼む客って、そんなに多いのか。
 ファミレスの中でもロイホはちょっと「高級」ってなイメージで売ってたように思うんで、客もそれに合わせて料理注文するもんだと思ってたけど……。
 でも、ロイホが高級なら初めからタンタン麺なんかメニューに入れないか(^_^;)。
 しかたがないのでハンバーグとトンカツ定食を頼む。
 しげはステーキ丼。ハンバーグとトンカツをいつものように分けてやる。こうやって外食のときでも食事はちゃんと控え目にしてるからそんなに太らないはずなのになあ。なかなか痩せないなあ。

 食事中、しげが唐突に「聞きたいことがあるんだけど」と言い出す。
 「なんだいったい?」
 「だめ。今ここでは話せない」
 「なんでだよ。そんなにヤバイことか」
 「うん」
 しげ、いつになく真剣な面持ちなので、私もそれ以上は聞けなかった。
 食事を終えて車に乗って、改めて、しげに切り出す。
 「で、聞きたいことって?」
 しげ、深呼吸して、一拍、間を置いてヒトコト。
 「……忘れた」

 「……は?」
 マジメな顔して聞いて来たの、つい10分前だぞ?!
 それをいきなリ忘れるかあああ?!
 しげも必死になって思い出そうとする。
 「ええっと、ともかくロイホでは話せないことだったんよ、『アニサキス』じゃなくてぇ、『パリダちゃん』じゃなくてぇ」
 「なんじゃそりゃ?!」
 結局、しげは聞こうとした中味を全く思い出せなんった。
 ……読者のみなさん、私がしげのことをアホだアホだと言うのを誇張だと思ってるでしょう。
 違います。
 しげはモノホンのあほです。
 だいたい、しげには「大切な話」なんてものがもともとなかったのです。つい、しげの話に真剣に耳を傾けようとした私もアホでした。
 今度からしげの話は常に話半分で聞くことにします(^^)。

 家に帰ってみて、しげがまた唐突に「そう言えば『やややんやん』は『愛して愛して愛しちゃったのよ』だったねえ」と言い出す。
 「何だよまた」
 「あー、こないだからずっと、『やややんやん』って口について出てたから、これ、なんの歌だったろうって思ってたんだけど、あとのフレーズが出てこんかったんよ。で、今思い出して」
 それなら、「アニサキス」の正体もいつかわかるだろうよ。百年先かもしれんけど。

 「そう言えば、アンタ優しくなったね?」
 「またいきなリなんなんだよ、もう(ーー;)」
 「ガメラの人形、どこかにやったやろ? 俺が怖がるから隠してくれたんやないんね」
 「別に隠してないよ」
 「じゃあ、どこにやったん?」
 「寝室の棚の上。ちょうどおまえの頭の上かなあ。死角になってたから気づかなかったんだろ」
 「……いやん!」
 ガメラのどこが怖いと言うのだ。ガメラは子供の味方だぞ。

 
 マンガ、浦沢直樹『20世紀少年』8巻(小学館・525円)。
 う〜、第2部になって、すごく好きな展開になってきたなあ。
 人によっては好き嫌いが分かれると思うけど、私はプッシュするぞ、小泉響子(^o^)。
 第1部でとことん真剣になっちゃったケンヂたちをやや影に引かせたのは展開が重くなるのを恐れたせいだろう。悲劇であってもコメディリリーフは必要なんである。
 いかにもなコギャルのコイズミだけれど、名前とは違って、これ、モデルはフカキョンじゃないかな。63ページの絵を見るとそう見えるぞ。
 で、この全くのパンピーである彼女が、「ともだち」の内部に潜入、その実態を探索する羽目になっちゃうわけだけど、これがモロにヒッチコックばりの「まきこまれ型サスペンス」で楽しいのよ。
 なにか危機に陥るたびにこのコイズミ、ショックを受けて「楳図かずお顔」になる。このギャグを使うマンガ家さんって腐るほどいるけど、まさか浦沢直樹さんまでやるとはねえ(^^)。いやあ、意表ついてるよ。『モンスター』読んだ人がこっちに来ると、ちょっと唖然としちゃうんじゃないか。おもしろい。
 「春 波夫」のギャグなんか、明らかにいしかわじゅんの『約束の地』を借りてきてるものなあ。はっきり過去の「ギャグマンガ」を意識しながら浦沢さんはこの作品を描いているのだ。
 こういう楽しい展開が作れるなら、できることならあまり人は殺さないでほしいなあ。特にコイズミ。実はケンヂは死んでてみんなはその遺志を継いでレジスタンスしてるって展開もありえるけど、そんなことにしてほしくはないのだ。
 もしかしたらこのマンガ、マンガ界での『オトナ帝国』になるかもしれないのだから。

2001年03月01日(木) ダブルマインド/『ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド』(上遠野浩平)



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藤原敬之(ふじわら・けいし)