無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年01月10日(金) また仕事休みました/『ドラゴンボール完全版』1・2巻(鳥山明)/『プリティフェイス』2巻(叶恭弘)ほか

 朝から咳が止まらない。
 やっぱり昨日、しげとやり合ったのが悪影響を及ぼしているのである。
 仕事を休んで近所の医者へ。
 皮下注射を打ってもらうが、あまり利いた気がしない。

 積文館に寄って、本を買う。
 食事はガスト。
 隣りの隣の席で、子連れの客がネット配信システム“プラスe”で『ドラえもん』ばかり見ている。そう言えば、例の井上喜久子お姉さまが口汚く罵ってくれる「りょー子先生の診療室」の新作がもう配信されてるはずだが、残念ながら座った席にディスプレイは設置されてなかったのだった。
 ……全席に付けてくれよ。

 帰宅して寝こむ。
 またしげにお握りを作って貰う。
 風邪の悪化はしげのせいなんだから、せめてこれくらいはしてもらわなきゃなあ。のりたまフリカケって、懐かしい味がするよね。まあ子供しか食わんからだろうけど。


 寝ながらDVDBOX『モンティパイソン&シークレットポリスマン』シリーズを片っ端から見る。「モンティパイソン」と言いつつ、全員が出演しているわけではない(特にエリック・アイドルは全くの不参加)が、それでも「オウムのスケッチ」や「ランバージャック・ソング」などが舞台バージョンで見られるのが嬉しい。
 若き日のMr.ビーンこと、ローワン・アトキンソンの指揮者&ピアニストのマイムは絶品である。この人を「ヘンな顔で笑わせるだけのヘタッピ」ととんでもなく勘違いな批評をしてた立川志らくに見せてやりたい。
 パイソンズでは既にグレアム・チャップマンが故人だが、ほかの出演者の中でも、ピーター・クックも1995年に没している。端正な顔立ちでニコリともせずに狂気的なことを口走ったりしてる演技が好きだったんだよなあ。この人の演じたコメディ版シャーロック・ホームズ、『バスカーヴィル家の犬』、見てみたいんだけど、なぜか「ホームズものは当たらない」日本の事情のこと、やっぱり日本未公開なのであった。クックとしょっちゅうコンビを組んでたチビ男のダドリー・ムーア(『バスカーヴィル』ではもちろんワトスン役)、今、何やってるのかなあ……と思ってネット検索してみたら、この人も去年なくなっていたのであった。
 ああ、そう言えば唐沢俊一さんも日記でその訃報を嘆いていたっけ。


 マンガ、鳥山明『ドラゴンボール完全版』1・2巻(集英社/ジャンプコミックス・980円)。
 さてさて、ハリウッド映画化を睨んでの再版なのであろうか。カラー原稿も完全再録、という意味での「完全版」。
 大版になって絵も見やすくなったから、かつて単行本を買ってた人も買いなおして損ってことはないんじゃないかな。しかも230ページ以上の分厚さで千円以内に押さえたってのは良心的だと思う。まあ『スラムダンク完全版』が売れたってことを受けての値段設定なんだろうけど。
 今、見返してみると、この超人気大河マンガも、最初は10週か20週で打ちきられるジャンプシステムを想定して作られていたことが分る。
 ヤムチャたちとの対決が一区切りするのが10週目、ドラゴンボール探しに区切りが付くのが20週目と、節目がハッキリしている。てことは亀仙人なんかも最初は1回コッキリのゲストキャラだったってことだ。もちろん、サイヤ人だのなんだのって設定、このころの鳥山明のアタマにはカケラも無かったことだろう。
 初期からの『ドラゴンボール』のファンは、よく天下一武闘会の設定が持ちこまれてから話がつまらなくなった、と言う。言ってたのは実は私もなんだが、確かに最初のころの『Dr.スランプ』から流れを引き継いだようなのんびりした世界こそが鳥山さんの本領だとは思うのだけれど、ジャンプマンガの定番、対決ドラマのパターンの中に鳥山さんがあえて身を投じたことで、ヤンキーのガチンコ一辺倒でしかなかったジャンプマンガに変化が生じたのも事実だろう。はっきり言って本宮ひろし門下の悪影響のもとにしかなかったジャンプマンガが革新した功績は、鳥山さんのおかげである。
 まあ、魔人ブゥみたいなキャラクターは、車田正美には逆立ちしたって描けないやな。
 少なくとも、『ドラゴンボール』なかりせば、『ワンピース』もまた生まれえなかったことは間違いない。『ドラゴンボール』の「遺産」については、もっとオタク間での発言がたくさんあって然るべきじゃないかって思うけどなあ。
 

 マンガ、叶恭弘『プリティフェイス』2巻(集英社/ジャンプコミックス・410円)。
 てっきり初刷りかと思って買ったら、発売一週間ですでに2刷。売れてるみたいだけど、ネタ的には早くも苦しくなってきてるね。
 由奈っつーか、乱堂の正体が実は男であるってことが、友達はまだしもいつまでも家族にバレないって設定が苦しくなってきてるんで、そのためのテコ入れでしょう、今巻では新登場のイトコの美和が、何となく「あやしい」と思い始めるようになる。でも、こういうキャラが出てくることも予測がつくのがまた苦しいんだよね。
 いくら由奈の正体がバレかかったって、このあとの展開は「主人公にうまく騙されて疑いを捨てる」「怪しいと思い続けるだけで新展開はない」「事実を知って主人公の協力者になる(あるいは黙っててあげる)」の3パターンしかないんだから、たいしてテコ入れにはならないのよ。こんなありがちな新キャラ導入に頼るより、もうちょっとDr.真鍋を活躍させてほしいなあ。

 由奈の正体を男と知らずに空手部の連中がファンクラブを作ってるってネタ、これもこの手のマンガでは定番なんだが、実際にこういう事件がかつてあったことを覚えてる人がいるかな。
 いやね、昔、松原留美子ってニューハーフの人がいたんだけど、この人が最初は自分が男だってこと隠してたんだね。篠山紀信が写真撮ってて、雑誌の表紙なんかに使われてたもんだから、ホントに女だと信じてた人も多かったらしい。映画『蔵の中』に主演してたころにはもう男だと正体を明かしてたが、声だけは誤魔化せないので、唖の役だったのでありました。
 大学時代の私の友達の一人も、ダマされて悔しがってたなあ(^o^)。なんで悔しがってたかは突っ込まないであげたが。
 現実はマンガより奇なりという一例だったのでした。

2002年01月10日(木) ヒメ様ご出座/アニメ『七人のナナ』第1話/『トランジスタにヴィーナス』3巻(竹本泉)ほか
2001年01月10日(水) 史上最悪の日/アニメ『プロジェクトA子』


2003年01月09日(木) 革命児の帰還/『ヒカルの碁』20巻(ほったゆみ・小畑健)/『ななか6/17』9巻(八神健)/『パタリロ西遊記』5巻(魔夜峰央)

 山上たつひこが帰ってくる。
 いや、ファンならばご承知のとおり、山上氏は別にいなくなっていたわけではない。しかし、本人の意向がどうあろうと、「作家・山上龍彦」に違和感を持った人は多かったと思う。いくつかの本を立ち読みはしてみたが「なんでマンガで描かないかなあ、これ」としか私には思えなかった。
 「山上たつひこ」という名前に何を喚起されるか、既に世代間での格差も大きかろう。『がきデカ』すら知らない若い人たちに『喜劇新思想大系』や『光る風』の話をしても、ポカンとされるだけだ。
 けれど、例えば筒井康隆の『アフリカの爆弾』の狂気、あれを描き得たのは、あのギラギラとした山上さんの筆致あってこそだったと、私は信じて疑わない。
 山上さんはたとえシリアスなマンガであろうとギャグマンガであろうと、常に革新的なマンガを描く作家だと認識していた。けれど、『がきデカ』の後期、山上さんの線は随分と洗練され、固まってしまっていた。その線は10年を経て『がきデカFINAL』に至っても変化することがなかったのだ。
 10年前、私は、こまわり君の自らを山頭火になぞらえた旅立ちを、惜しいと思いつつも、先にもう進むことができなくなった山上さんの勇気ある引退として受け入れたのだ。
 こまわり君は、山上さんは、どんな形で帰ってくるのか。

 『ビッグコミック』に掲載予定の『中春こまわり君』(「中春」とは、「早春」と「晩春」の間だとか)に登場するこまわり君は、38歳。「金冠生々(きんかんなまなま)電機」という家電メーカーの営業マンで、結婚して一児の父親であるという。飲み屋で酔客から「おい、“死刑”やれ」などと言われて、ついついサービス精神からやってしまう。
 同僚の西条君はモモちゃんと結婚して2人の子どもがいる。ジュンちゃんは2度の結婚に破れて、今はブティックの雇われ店長。
 犬の「栃の嵐」はぼけ老犬になって車いす生活。栃の嵐の孫が板前で小料理店を経営している。

 山上さんは、復活の理由を「時代の要請」と言う。
 「時代が一回りし、二回りし、さらにもう一回りしてぼくを訪れ、要請した。ファンと再会する一夜のカーニバルのようなものです」と。
 そうかもしれないが、これは明らかに藤子・F・不二雄の『劇画・オバQ』だ。オバQが再び訪れた人間界、正ちゃんは結婚し、ゴジラやよっちゃんやキザくんもみんなオトナになっている。ハカセだけが少年のころの夢を失ってはいないが、それも一夜の酔っ払いの戯言として翌朝には忘れ去られる。ここにオバQの居場所はもうない。
 こまわり君の場合はもっと悲惨かも知れない。
 彼はどこか自分の世界に消え去ることはできないのだ。
 今、こまわり君がいるのは、かつてマンガの中で描かれてきたナンデモアリな幸福な空間ではない。もともと『がきデカ』の世界には、『サザエさん』のごとく『ドラえもん』のごとく、時間の経過は存在しなかった。しかし、今や20年の歳月は確実にこまわり君の上にのしかかってきている。
 今のこまわり君に「八丈島のきょん」が、「台湾バナナ」が、「ぺぽかぼちゃ」ができるのか。できたとして、それが時間の経過という残酷な現実の前で、何かの力を持ち得るのか。
 既にこまわりくんは「がきデカ」ではないのだ。まだ「オバQ」はオバケであったが、こまわりくんはアイデンティティを喪失したところからあらためて描かれるのである。その意味で、これはただの続編ではない。『翔んだカップル』が延々と続くのとはわけが違うのである。

 ヘンな期待だが、私は山上さんの線がとてつもなくヘタになっていてくれたら、と思う。
 もはや山上さんに70年代の熱い線は描けまい。
 だったらいっそのこと、どうしょうもなくヘタクソな、情けない、最晩年の杉浦茂のような、崩れて乱れて線が線になっていないような、すっかり壊れた状態になっていてくれていたほうが、奇妙な迫力が生まれはしないか。
 晩年の芭蕉か、市川準の『会社物語』のような、枯れたワビサビの世界にこまわり君が復活するよりは、そちらのほうがずっといいように思うんである。


 体調、相変わらず悪い。今年の風邪は長引くかもとは聞いていたがホントに長引いてんじゃねえよ(-_-;)。
 外は寒い。ムチャクチャ寒い。
 仕事を終えて駐車場に行ってみると、しげの姿がない。
 電話を入れて見ようと思ったが、運の悪いことに携帯の充電が切れていた。昨日までは満杯だったのに、なんでいきなり切れるかな。
 仕方なく、公衆電話でウチに連絡を入れるが、応答がない。
 普通ならもうこちらに向かっていて、ウチにいないのかも、と判断するところだが、しげの場合、寝過ごしていることが圧倒的に多いので、信用できない。寒い中、ずっと来るか来ないか分らないしげを待ってたら、ますます風邪が悪化してしまう。
 以前、「1分でも遅刻したら先に帰っていい」と約束していたので、タクシーを拾って帰る。
 ところが帰宅してみたらしげの車が駐車場にない。
 慌ててしげに電話連絡を入れる。
 「今、どこにおるん?」
 「駐車場」
 「なんで遅れたん?」
 「遅れたつもりはないよ」
 「オレ、3分は待ったぞ」
 「オレもウチに電話入れたよ。もしかして先に帰ったかと思って、電話入れたけど誰も出んから、まだ仕事してるんかと……」
 「1分でも遅れたら先に帰るって約束しとったやんか!」
 「だから遅れたって気がつかんやったと!」
 「ともかく帰って来い!」
 もういい加減でこんな下らんことで言い合いをしたくはないので、ともかくも帰宅させる。食事に出かける時間が減るのももったいない。
 出かける前に、忘れないうちにと無駄に使ったタクシー代を請求すると、しげ、烈火のごとく怒る。
 「なんで!? アンタが勝手に使ったんやん!」
 「勝手じゃないだろ!? 送り迎えに遅れたらタクシー代払うって約束しとったやんか!」
 「だから時間に遅れたつもりないって」
 「遅れてたの事実やろうが!」
 「なんであんたがいつも正しいとよ!」
 言い合いをしているうちに吐き気がしてきた。風邪の具合、また少し悪化したらしい。
 しげのカネに拘る態度も下品で憎たらしいが、もう何日もこちらの具合が悪いとわかってるのに、少しも気遣う素振りがなく、こんなことで文句をつけてくるのがますます憎たらしい。

 そうなのだ。
 私だって別にしげから金をせびり取りたいわけではない。
 しげが私のことを気遣って「車で送り迎えしちゃる」と言い出したとき、今まで散々騙されて来ている経験から、「今回もアテにはならんよなあ」と思いはしたのだ。
 しかし、ただでさえ何一つ家事をしない、ウチではただの寄生虫と化しているしげに「ウチにいるための理由」を与えるとしたら、しげに何か「私にはできないこと」をさせることしかないのである。けれど、食事も掃除も私がやった方がずっとマシ。でも車の免許だけは、私には視力がないから取れない。
 となれば、結論はハッキリしている。マジで今、しげにはこの「送り迎え」くらいしか私の役に立てることがないのだ。つまり、私は夫として、たとえしげが自分のした約束を忘れ果てようと、「ちゃんと朝起きて職場まで送れ、帰りは時間に遅れずに迎えに来い」と言うしかない。
 これは横暴でもなければ亭主関白でもない。
 こんなことでしか我々は、夫婦としてのコミュニケーションが取れないのである。
 ……しげが家事をしようって気を起こしさえすれば、こんな送り迎えも要らないんだけどな。

 しげが拘っていたのは、「携帯の電池が切れてなかったら」ということだったが、それはしげが時間に遅れたこととは別問題である。遅れなきゃ携帯の電池が切れてようがいまいが関係ないんだから。そのリクツがアホなしげにはなかなか理解できなかったが、興奮しているのを落ちつかせて、なんとか理解させた。
 それでも不満は残っているようだったので、携帯がどの程度電池が持つものか確認することで折り合いをつけた。
 また、これまで「1分でも時間を過ぎたら帰る」という約束だったのを、「5分は待つ」ということでも合意。それでも遅れたらちゃんと文句を言わずにタクシー代を払うことを約束させたが、どうせまた忘れるんだよな。自分が貸したカネのことは忘れないが、人にカネを払う段になると自分に都合の悪い約束はケロッと忘れやがるのだ、この卑怯者は。
 結局、今回の取り決めも、しげを少し楽にさせたってことなんだよな。私がトクしたことって、やっぱりないのである。

 本屋を回ったあと、トンカツ屋に行く予定だったが、しげが急に「焼肉」に惹かれた。まあ、いつものことだ。「カルビ大王」で食事したあと帰宅。
 疲れがどっと出て寝つく。
 私が「少しはオレのこと気遣え」と言うと、「だったらそういう人を探しい」としげはすぐ不貞腐れる。そのモノイイ自体が、自分の妻としての立場を放棄してるんだってことに気づかんのかなあ。
 ああ、また熱が……(-_-;)。


 マンガ、ほったゆみ原作・小畑健漫画『ヒカルの碁』20巻(集英社/ジャンプコミックス・410円)。
 表紙のキャラ、一瞬加賀かなと思ったら、新登場の社なんだね。ベロ出して挑戦的だけれど、関東人から見た関西人ってこんな感じなのかな。本編ではここまでアホな印象ないんだけど。
 第2部に入ってつまらなくなった、とまでは言い切れないんだけれど、やっぱり佐為がいない喪失感が少しずつ大きくなってきている。
 マンガとしての“華”が明らかになくなっちゃったし、ヒカルとの掛け合い漫才が消えたせいで、ドラマの緩急の“緩”の部分が失われて、どこか単調な印象になってしまっている。
 単行本の売り上げも落ちてるんじゃないかなあ。今回カラーページを初めて収録してるんだけれど、これもいかにもテコ入れっぽい。でもカラーページで一番目立ってるの森下先生だぞ。あまり意味ないんじゃないか(^_^;)。
 本当なら、国際棋戦開催、ということでもちっと盛りあがってもよさそうなものであるが、なんだかイマイチなんだよねえ。出て来る韓国のライバル陣も、そんなに魅力的に感じない。いや、高永夏とか、ミーハーな美形好きはキャーキャー言ってるのかもしれないけど、私がキャーキャー言うワケないし(^_^;)。
 私は好きじゃないが、ジャンプの「対決もの」って、究極のライバルってやつは決まって「異形」だったのである。ただ単にガタイがデカイだけなら、簡単にザコキャラとして倒されてしまう。『ドラゴンボール』のピッコロもベジータもフリーザもセルも、見た目が「強そう」ってだけじゃなくて、プラスαのキャラクターを持っていた。『北斗の拳』のラオウ、『幽遊白書』のトグロ、『るろうに剣心』の志々雄真実も然り、みんな何らかの意味での「異形」なんだが、さて、『ヒカ碁』の場合、この手のヤツラは極めて出しにくい。
 もともと囲碁ってもの自体、盤面だけ見てたって静かな印象しかない。それを非現実の存在である佐為が画面に“異形さ”に代わるものとして“雅さ”を与えていたのだ。これは佐為が幽霊であったからこそできたチカラワザだったんで、今や『ヒカ碁』は「ただ絵がキレイなだけ」のマンガになってしまっている。
 これがねえ、小畑さんの絵が尾田栄一郎並にヘタクソだったらさあ、かえって泥臭い迫力が生まれるんだけど、ここにきて小畑さんの「絵のうまさ」が、かえって物語を平板なものにしてしまってるのは皮肉だよねえ。
 もうこうなったら、どうせ美形を出すにしても「仮面の美形」とか「覆面の美形」とか出すしかないんじゃないか(^_^;)。


 マンガ、八神健『ななか6/17』9巻(秋田書店/少年チャンピオンコミックス・410円)。
 東京のほうではアニメも始まったそうだけれど、福岡での放映予定はなし。
 必ずしもアニメ放映に関して福岡は恵まれてないほうではないと思うけれど、それでも見損ねてCSで見ることになるものも多い。
 いちいち感想書いてられないくらい多いから省略してるけど、ファミリー劇場、キッズステーション、カートゥーンネットワークをチャンネル変えつつ見るだけでも相当量のアニメを見ることになる。来月からはこれに「アニマックス」が加わるのだ。こうなると生活の中心が完全にテレビに移行してしまいそうで怖い。マジでアニメ評論家になるつもりか、オレ。
 『ななか』もどこかで再放送してくれると、これ以上DVD買わずにすむんでありがたいんだが。

 アニメ化記念か、表紙はオールスターキャスト。と思ったら、なぜか氷室さんがいない。せつなはちゃんと出てるのにねえ。
 9巻まで来てようやく気がついたんだけど、キャラクターの名前、みんな「気候」の字が使われてたんだね。
 「“霧”里七華」「“凪”原稔二」「“雨”宮ゆり子」「“嵐”山五月」「“霰”玉九里子」「“氷”室那由」「“雪”ノ沢せつな」「“風”祭千恵」。
 こんなところかな。次に出るキャラクターは霞か雲か(^o^)。
 名前に数字が使われてるのも共通しているから、雨宮さんの名前は多分ホントは「百合子」と書くのであろう。……それにしても、気づくの遅すぎだな。

 マンガのほうは今巻より第2部。
 ななかの第3の人格、「ヒロ」が登場してきたことで、俄然面白くはなってきたのだけれど、二重人格どころか多重人格ものにシフトするとは意外であった。つくづく『ビリー・ミリガン』のドラマ・マンガ各方面への影響の強さを思うことよ。『幽遊白書』の「仙水編」でもこのネタを使ってたけど、アレは行き当たりばったりの印象が強く、あまり成功したとは言えなかった。読者の興味を引きはするけど、うまく収めるのが結構難しいんだよな。その点、三谷幸喜の『出口なし!』は、多重人格ネタをミステリー仕立てにして、なかなかいいオチのつけ方をしていた。さて、21世紀ラブコメ中、屈指の傑作になるであろう(マジかよ)『ななか』は果たしていかなるオチをつけてくれるか?
 もっとも、人格が「理想の男」に変わったからって、女の子のななかがいきなり万能になっちゃうって展開、ムチャクチャではあるんだが、まあ、「火事場のバカ力」だと思ってそこは許そう。キン○マンかい(^_^;)。
 しかし八神さん、絵が上手くなったなあ。もともと上手いヒトではあったんだが、「三人」のななかを、同一人物である基本のフォルムをちゃんと残しつつ、ハッキリ違うキャラとして描き分けている。ラブコメだのアニメ絵だのとバカにしたもんじゃないんだよ。


 マンガ、魔夜峰央『パタリロ西遊記』5巻(白泉社/花とゆめコミックス・410円)。
 今回初めて気がついたんだけれど(最近こんなのが多いな)、目次のところに小さく「この物語は『西遊記』をもとにして描かれています」と書いてある。
 ……いや、別にそんなこと説明されなくてもタイトルに『西遊記』ってしっかり入ってるのに。古典だから版権とか関係ないと思うし、なんでこんな但し書きがいるのかなあ。意外と原典に忠実にマンガ化してるから、そこんとこを強調したいのかも。
 いや、忠実っても、パタリロのしょーもないギャグは当然原典にはありませんが(^_^;)。
 冒頭、門づけ(要するに物乞いですな)するパタリロが歌ってるのが、「沖のくらいのに白帆が見える〜♪ あれは紀ノ国ミカンぶね〜♪」ってアレ。孫悟空に日本の俗謡を歌わせてどうするよ(^_^;)。
 でもどうせ、こんな歌も若い人はまるで聞いたことないって言うんだろうな。昔のヒトなら誰でも知ってる紀伊國屋文左衛門のエピソードだって知らないんだよ、参っちゃうね。
 とかなんとか言いながら、私もこのフレーズを含んだ全歌詞は知らない。っつーか調べてみるとこの俗謡、全国各地に広まってて、バージョンが腐るほどあるのである。原典はどのへんだかようわからん。とりあえず、ネットで拾ったいくつかのパターンをご紹介。

「みかん採み唄」(江島節)
 沖を走るは丸屋の船か 丸にやの字の帆が見える
 沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国みかん船

「みかん採み音頭」  
 沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国みかん船
 江島唄うて向かいの山で みかん採るのはわしの殿
 今度いんだら持て来ておくれ みかんは紀州の有田もの
 有田みかんと道楽息子 色ではだかになりまする(後略)

「大町天王唄」
(前略)
 揃ろた揃ろたよ若衆揃ろた 稲の出穂より良く揃ろた
 八雲の社ののぼりを見たか あれは関東一の旗
 沖のかもめに汐時問えば 私ゃ立つ鳥波に聞け
 沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国みかん船(後略)

「馬子節」
(前略)
 沖の暗いのに白帆が見える あれは紀の国みかん船
 今日は目出度い御りょうさんの 年に一度のお祭り日
 馬がもの云うた鈴鹿の坂で おさん女郎なら乗せよというた(後略)

「八剱神社御柱祭の木遣り唄」
(前略)
 曳け綱 えんやはーりはさんのーえー よいしょ よいしょ よいしょ
 えー沖の暗いのに白帆が見ゆるね よいよい あれは紀の国みかん船 えんやはーりはさんのーえー よいしょ よいしょ よいしょ(後略)

 どうもめでたいことがあるときは全国津々浦々まで、必ず沖からミカン舟が来てくれるものらしい。紀文大尽も気前のいいことである。
 って、パタリロの話がどっかに行っちゃったな(^_^;)。
 いや、このひとのマンガも、こうやってギャグの元ネタを説明してったらキリがないんだよね。このあとパタリロは「トンヤレ節」まで歌ってるんだけど、こんな明治維新時の流行歌までどうしてパタリロは知ってるのだ(私がこの「トンヤレ節」を初めて知ったのはフォーリーブスがなにかの番組の主題歌で歌ってたからだったんだが、あの番組、なんて言ったかなあ)。
 ほかにも古いネタだと、どうしても元がなんだったか思い出せないのがいくつかある。
 「あっ御家令様」「ヒラメの仲間の?」ってダジャレの元ネタ、確かなにかの落語の中にあったような気がするんだが、全然思い出せん。google検索しても出ないのよ、これが。
 「八戒、どっちにつく?」「女ー!」は説明要らず。魔夜さん、意外に宮崎駿が好きらしい。昔「風の谷のハナシカ」ってギャグもやってたしなあ。

 ギャグネタばかり説明して筋についての感想がなにもないが、魔夜峰央のマンガで、ストーリーだのプロットだのと、作者自身があまり考えずに書いてるのがハッキリしてることについて解説することくらいむなしいことはないので、そのへんはご容赦。
 そのうち牛魔王もピョートル大帝(『パタリロ!』中、バンコランの最大の敵だったが、連載が長く続くうちにいつの間にか消えた)みたく、どっか行っちゃうんじゃないか(^o^)。 

2002年01月09日(水) 多分初雪/映画『大菩薩峠』(岡本喜八監督版)ほか
2001年01月09日(火) 仕事初め


2003年01月08日(水) 肉食ったのよ〜肉食ったのよ〜肉食ったのよ〜(エコー)/『なんてっ探偵アイドル』11巻(北崎拓)ほか

 なんだかこの間からゴマキが気になっているのである。
 この日記の読者の中には、アニメと特撮のことしかアタマにない世俗と隔絶したキ……オタクな人もいるかもしれないから、念のために説明しておくと、このゴマキというのはアイドルグループ「モーニング娘。」のもと一員で、今はソロで歌ってる後藤真希という歌手さんである。
 しかしどうして「後藤」って姓の女の子って、「後」だけ取って愛称にされちゃうのかな、「後藤久美子」=「ゴクミ」だったし。だったら後藤又兵衛はゴマタか。女の子じゃないじゃん。

 いや、そんな愛称のこととか、どうしてゴマキの鼻はあんなにデカイのかとか、そんなんはどうでもよくって、私ゃなんでゴマキが『サントワマミー』なのよ、と、至極マットウな疑問を抱いているわけなのだ。

 アダモの名曲を越路吹雪がカバーして歌ったのは昭和39(1964)年。寝物語に聞いている年頃だから、「歌」として認識するようになったのはもう少しあと、40年代も半ばになってからだろう。そのころはもう越路吹雪は化粧が随分ケバケバしくなっていて、歌唱力よりもその「化け物ぶり」のほうが話題になっていた。針すなおなんか、人三化七なみにひどく描いてたと記憶する。舞台・ミュージカルを中心にして活躍していたのだから、化粧が濃いのもいたしかたないのだが、テレビを通して見ると、どうしたってイロモノ扱いしかされない。越路さんはその点、歌手としては損をしていたように思う。
 当たり前の話だが、ちゃんと聞けば、『サントワマミー』は名曲である。昔、RCサクセションもカバーしていたが、ひでえなあ、とは思いつつも、カバーしたくはなるよなあ、とは思った。もともとこれってフラレ男の愚痴みたいなもんだからねえ。
 “Sans toi, Ma mie”=“Without you, my darling”ってのは日本語訳すれば「恋人よ、君なしでは」。一応フランス語かじったことあるから言うけどさ、この「toi」って、肉体関係のある恋人にしか使わないのよ(だから、プロポーズに「ジュテーム」って使うのは間違い。それだと「おまえとはもうヤッてんだから」って意味になって、確実にフラレる)。
 言っちゃなんだが、「女」のイメージから程遠い越路吹雪が歌ったからこそ、この歌はヘンないやらしさがつきまとうことなく、歌詞とは逆に「潔さ」さえ漂わせていたのだ。
 それをよりによってゴマキ〜? なんか子供が背伸びしてるような歌いかたさせて、何をどう感じろって言うんですかね、これ。(ー∇ー;)
 しかもこれがまたゴマキが主演するミュージカル『けん&メリーのメリケン粉オンステージ!』の主題歌になるって言うじゃないのよ。
 で、その筋はこんなだ。

 舞台は昭和41年の東京・下町で、後藤真希は「サントワマミー」が大好きなオヤジが経営するもんじゃ焼き屋の娘の役。
 真向かいに大阪からお好み焼き屋が引っ越してきて、こちらは「君といつまでも」が大好きな家族で、ライバル関係に……。
 両家の娘は親のケンカを止めるために、商店街主催のイベントで「ミニスカ漫才」を披露する……。

 ドリフコントか(-_-;)。いや、エンタツアチャコまで遡れるな。古色蒼然を通りこして作り手ってサルの群れじゃねえかと思うが、やっぱりプロデューサーはつんくなんかな。
 ねえそこのアナタ、このあらすじ聞いても、ゴマキの『サントワマミー』、許せますか? え? ゴマキを悪く言うな、オレにとっちゃ越路吹雪のほうがどうでもいい? さいですか……。
 いやね、私も最近は心が広くなってきたから、怒りませんよ。怒らないし、ゴマキが好きだって奇特な人も別に許したっていいんです。まあ、「ゴマキの今度の新曲っていいじゃん?」なんて道端でくっちゃべってるコギャルがいたら、心の中では刺してますけどね。


 久しぶりに朝から晩まできちんとお仕事しました(^o^)。体調は未だにイマイチなんですが。
 仕事帰りの車の中で、詳しくは言えないが、しげがやたらと「ウ○チ」の話をする。やたらと「ウ○チ」に拘るので、「日記に書くぞ」と脅したがやめない。いっそのこと詳しく書いてやろうかとも思ったが、ウ○チネタに関しては命をかけて日記に書かれてる方が身近にいらっしゃるのでやめておく。

 しげの「肉食いたい」病がまた激しくなってきたので、正月でもあるし、ちと豪勢な肉を食いにいくことにする。
 板付のサトー食鮮館、ここはレストランとも直結してるんだが、まあちょっと庶民が頻繁に来れるような店ではない。なんたって、一番安い肉でン千円、佐賀牛のサーロインステーキときたら、1回の食事で3日分の食費は吹っ飛ぶようなシロモノだ。で、フンパツもフンパツ、そいつを二人で注文したわけだ。
 日頃スーパーで500円パックのやっすい肉ばかり食ってるしげ、どぎまぎして「いいと? ホントに食べていいと?」と何度も私に念を押してくる。
 「たまにはいいじゃん」と、私も足の震えをゴマかしながら(^o^)、心の中では「今のこの1/10のヒトキレだけで、ン百円」とか計算しながら、表面上は冷静に肉を食う。
 でもしげには、たまにはいいものを食って、肉にもピンからキリまであるってことを知ってもらいたいんである。ともかくしげの偏食はかつての貧乏生活の悪影響であることはハッキリしているのだ。
 食事を食べながら、しげが私に聞く。
 「オレたち、またここに来る?」
 「またな。でもしょっちゅうはムリだぞ」
 どうもしげにはまた一つ「夢」が出来たらしい。「いつの日かまたこの店に肉を食いに来るぞ」という。いいよなあ、人生の最高の希望が「食欲を満たすこと」つてやつはよう、悩みがなくて。
 でもしげを見ていると、一見大層に見える政治や経済の諸問題や、新聞紙面を賑わす社会的に重大な事件も、実はほんの些細なチッポケなもので、世の中のオトナたちの悩みというものが全部卑小に見えてくるからフシギだ。
 実は世の中に悩まなきゃならない問題なんてないんじゃないのか? みんな、ムリヤリ悩みのネタを捻り出してるだけであって。
 まあしげは単になにも考えてないだけだろうけど。

 食事後、「食鮮館」のほうで、買い物。
 近所のスーパーでは見つけられなかったゴマシオふりかけを見つける。
 「やっぱ、オニギリにはゴマシオだよな」
 「そうなん?」
 「これで夜食にオニギリでも作ってくれん?」
 「そんなにオニギリが好きなん?」
 「オニギリが好きなんじゃなくて、おまえの手料理が食いたいんだよ! 『オニギリという食べ物は世界で一番いやらしい』んだよ!(by『パイが好き!』) いくらなんでもオニギリくらいは作れるだろ?」
 「作れるけど、形、ヘンだよ?」
 「ヘンなのが気になるなら、おにぎりの型に入れてもいいよ。でもオレは形は気にせんから。オマエが握ったんなら、それで充分なんだって。それに別に毒を盛る気はなかろ?」
 「盛らんけど」
 「けど、なんだよ」
 「オレが作るんよ? 美味しいと?」
 「コメ握るだけだろ! どうやったら不味く作れるんだよ!」
 ……まあ、しげの才能だとオニギリでもゲロマズにしてしまう危険性、なきにしもあらずではあるかもしれんが。


 テレビで『ダウンタウン777』。
 松本人志ほかのアイデアマンが、パネラーたちに何らかの「提案」をして、50%以上の賛同を得られたら百万円ゲット、という企画。
 糸井重里が「老人のための菜園マンションを」と提案したのが百万円ゲットしたほかは、軒並みアウト。ラサール石井も「高校から進路選択性を」とやって、低指示。ラサールさんの意見は私と共通するところが多いのだが、悪平等の抜け駆け好きな日本人に「学力なんて要らないじゃん」と言ったって通じるわきゃあないのだ。
 松本人志は「野球中継を引き伸ばして後番組を延長・カットするな!」と主張するが、そのためのアイデアが全くない。そこを突っ込まれてシドロモドロになるのだが、そのドツボにはまって「ウロがきてる」様子が最高に面白い。やっぱりこのひとは「狂わせて」面白くなるキャラなのである。ヘンに道学者めいたこと語らせて、その浅薄な知識、アホな意見を晒させてバカ扱いされるより、ちゃんと「既知外をイジって遊ぶ」パターンを確立させてった方がいいんじゃないかな。少なくとも活字本はもう出さなくていいよ。


 マンガ、北崎拓『なんてっ探偵アイドル』11巻(小学館/ヤングサンデーコミックス・530円)。
 もしかしたら『ヤングサンデー』の看板マンガなんじゃないのか、これ。10巻以上も続くなんて、1巻読んだ時点じゃ全く予想してなかったぞ。しかも終わりそうな気配、全くないし(と言いつついきなりおわったりするのがマンガの怖いとこだけどさ)。
 えーっと、今巻で片岡(怪盗リスト)と梨奈がふかーい関係持っちゃったような描写がありますが、梨奈って確か17歳って設定じゃなかったっけ……? まあ、片岡、なんておいし……いやいや、けしからんことしてんでしょうね。
 多分、「酔いつぶれて寝てただけ」ってオチがつくとは思うけど、あまりそういう陳腐なヒキはしてほしくないなあ。このマンガにそんな高級なこと求めてもムダってことは分るけど。
 しかし、また「観覧車に爆弾」ネタだよ。『古畑任三郎』でもキムタクが爆弾仕掛けてたけど、シリーズもののミステリでは必ず一度は観覧車に爆弾を仕掛けることって決まりでも出来たんか。一番最初の元ネタはいったいなんだ。

2002年01月08日(火) ココロはいつもすれ違い/『女王の百年密室』(森博嗣・スズキユカ)
2001年01月08日(月) 成人の日スペ……じゃないよ


2003年01月07日(火) 顔のない時代、歌のない時代/『全日本ミス・コンビニ選手権』(堂高しげる)ほか

 食中毒事件の雪印乳業が、全農、全酪連と牛乳事業を統合して発足した「日本ミルクコミュニティ」の新ブランド牛乳の名前、「メグミルク」だって。
 テレビに流れてた映像、赤茶色のパックに「MEGUMILK」の文字が。……英語圏の人が見たらどんな印象持つのかなあ。
 私は巨乳アイドルのMEGUMIが「あふぅ〜ん(//∇//)」とか言いながらチチ絞ってくれたようなイメージを思い浮かべてしまったが、おそらく日本人の男性の98%が同じことを考えたに違いない(^o^)。
 いや、個人的にこのネーミングすごく気に入っているのだが、理由はちょっと明かせない。見当つく人も私の知り合いの中にいるとは思うが(^o^)。


 史上2番目の低視聴率(47.3%=第2部)だった昨年大みそかの『第53回NHK紅白歌合戦』の分刻み視聴率が、昨日6日、発表される。
 最高視聴率は下馬評通り中島みゆきの『地上の星』52.8%だったそうな。しまった、録画しただけでまだ見てないや。
 本番前に北島三郎が「演歌を減らすな、日本人は演歌だ」とかほざいてたが、紅白の低視聴率傾向はそういう問題じゃないだろう。誰もが聞きたい流行歌、時代を象徴する歌ってのがなくなってきてるってことなのだ。北島三郎が去年何を歌った? 『おじゃる丸』の主題歌か? その歌が街中でどれだけ流れた? 北島三郎が出演しようがしまいが、今さら紅白の視聴率とは関係ねーって。
 流行歌ってのは、喫茶店に入る、商店街を歩く、どこからともなく流れてきて、別にその曲を知らない人でも何となく口ずさんでいる、世代を越えた波及力がある、そういった性質のものを指すのだ。
 だから人によって好き嫌いはあろうとも、去年の流行歌の一番はどうしたって平井堅の『大きな古時計』ということになってしまうし、一昨年は氷川きよしのホラ、あの「やだねったらやだね」って歌ってたやつ(曲名は知らんがそれでいいのである)になる。そういう曲が年々少なくなってるのは事実なんで、だから別に紅白の視聴率が低くなったって全然かまわない。初期の紅白だって、視聴率はたいして取れてなかったんだし、「年の瀬は紅白で」なんて風習が消えたって別に誰も困りゃしない。っーか困ってないから視聴率下がってるんである。

 流行歌が消えていったのはこの10年ちょっとのことだ。90年代に入ったころ、ミリオンセラーはやたら増えたのに、そのCDを買った百万人以外には誰もその曲を知らない、メディアに露出する期間も殆どない状態が続き、結果的にそれはミリオンセラーのバブルであったことが判明した。今や購買層自体が疲弊し、ミリオンセラーは夢のまた夢、という状態になっているのである。
 これは明らかに、「CD買ってくれる客がいれば露出は少なくてもいい」という極めて狭い感覚でしか商業戦略を立てていなかったレコード会社やプロダクションの失敗である。彼らはテレビから『ザ・ベストテン』や『トップテン』が消えていったのを看過した。音楽番組というのは、ゴールデンタイムに「毎日」なければならないものだ。昔はバラエティ番組でも必ず歌のコーナーがあったというのに、近頃ではSMAPですら自分たちの番組で新曲を披露しなくなっている。もはや視聴者はSMAPに歌より笑いを求めているのである。

 流行歌がない時代というのは、顔のない時代だということでもある。事件はやたら起こっているが、その時代の気分を象徴したような歌がない。時代から乖離した「閉じこもり型」の歌になっている点では、J―POPであろうと演歌であろうと同じことだ。
 まあ、昔だったら『北朝鮮に怒りを込めて』とか『どこにいるのかタマちゃん』とかいかにもキワモノな歌が作られて物によっては発禁になってたと思うけれど、結局「無難に」しか歌を作って来てないからねえ。音楽番組の低迷はまだまだ続くんじゃないか。
 

 仕事、今日も半日で帰る。
 血便も止まらないし、鼻血もやっぱり続いている。これだけ血を出しまくってるのに倒れないということは、日頃からよっぽど血が溜まってるのか、実は私は健康なのか。チョコレートなんか全然食ってないぞ。
 コンビニでおでんほか弁当を買って帰宅。
 しげ、結局今朝は朝帰りした模様。ちょうど帰宅した瞬間、「寒い」と言ってトイレに起きて来た。そのまままた寝そうだったので、おでんを見せて「食うか?」と聞いたら、次の瞬間にはもう私の手からおでんは消えていた。
 「カルビやん!」とクシにかぶりついている。肉ばかりじゃなくて大根も食えよ(-_-;)。

 横になったらそのまま夜まで熟睡。昨日寝不足だったわけではないので、やっぱり疲れているのである。明日からまた仕事できるかなあ、オレ。


 ネットで昨日の『名探偵コナンスペシャル』の感想を散策してみる。
 まあ、ファンサイトがベタボメなのは当たり前だけれど、「松田刑事ステキー!」なんて書き込みばっかりで、全く中身について言及してないのは何なんだろうね。キャラ萌えするのは勝手だけれど、それって作品をバカにしてるだけだってことくらい自覚してほしいもんだけどなあ。ミーハーがいくら言葉を尽くして「面白いよ!」って言ったって、説得力がないどころか、かえってつまんないんじゃないかって気にさせられちゃうんである。
 2ちゃんねるアニメ掲示板は、大反響で1日で300近くの書き込み。中身は当然のことながら賛否両論。ただやっぱり2ちゃんねるだけあって、批判も重箱の隅をつつくような揚げ足取り的意見が多い。「暗号の出来が悪い」って主張する気持ちはわかるが、そこを突っつくより、暗号文を作る必然性のなさを突っ込む方が先でしょ。安易なドラマ造りしてる方を問題にしようよ。


 アニメ『スパイラル』、今日は総集編っぽい感じ。原作にも追い付いて来ちゃったけれど未だに「ブレードチルドレン」の謎は解かれていない。ちゃんとアニメシリーズの方は落ちがつくのかねえ。

 CSスーパーチャンネルで『バンパイアハンターD』と『めまい』、続けて見る。前にも感想書いたんで特に付け加えることはなし。マッドハウスの作画、やっぱ気持ち悪いわ。


 マンガ、堂高しげる『全日本ミス・コンビニ選手権』(講談社/アッパーズKC・530円)。
 なんかいきなりしげがこんなの買って来ました。読んで「つまんない」とか言ってたけど、オタクネタのない堂高さんのマンガって、そんなものでしょう。当然、あとで描かれた『妹選手権』の方が、クダラナサも過激化していて面白い。このころはまだ下品さを理詰めでマンガ化しようとしてるね。下品は下品のままサラッとだした方が面白くなるよ。
 それに私ゃコンビニの制服にもファミレスの制服にもそんなに心惹かれないからね〜。特に面白がる要素ないのよ、このマンガ。ま、好きな人は好きなんでしょうから、私はあえて「つまんない」とは言いません。
 それはそれとして、作中、当然のことながらコンビニやファミレスの名前をそのまんま出せるわけはないので、モジッて出てくるんだけれど、いくつかわからないのがある。
 「ファミリーマーダー」(殺すんかい)→「ファミリーマート」
 「ピーソン」→「ローソン」
 「ミニスコップ」→「ミニストップ」
 と、ここまではわかったけど、「ザンゲフ」ってのは何? これに近い名前のコンビニって、福岡近辺では見かけないんだけど。
 ファミレスも、
 「スカイウォーク」→「スカイラーク」 
 「バーニーズ」→「デニーズ」
 ってのはわかったんだが、「熊猫家族飯店」と「和食処大正浪漫亭」の元ネタが分らない。そんな漢字だらけのファミレスあるんか。

2002年01月07日(月) 食い放題に泣く女/『エンジェル・ハート』2巻(北条司)ほか
2001年01月07日(日)  ああ、あと三日休みが欲しい(贅沢)/アニメ『人狼』ほか


2003年01月06日(月) 食えないモノを食う話/『名探偵コナン 揺れる警視庁1200万人の人質』/『ジャイアントロボ誕生編』(伊達憲星・冨士原昌幸)ほか

 体調、昨日よりさらに悪化。
 仕事しててもヘロヘロなので、有休を取って帰宅する。
 毎年ね、「今年こそはバッチリ仕事するぞ」とか考えるんだけどね、気合を入れた途端に風邪引いたりすること多くてさあ。しかも、熱がほとんど出ないもんだから、長引くことったら。
 悪い咳が出てるしなあ、今回もチト苦しめられそうな。
 
 せっかく昼どきに帰ってきたのだから、しげと食事を一緒にしようかと思ったら、「先約があるから」と断られる。てっきり鴉丸さんあたりとの約束かと思って「誰と?」と聞いてみたら、「ゴロちゃん(=円谷君)」と言う。
 「珍しいな。なんでまた?」
 「餃子食いに行くんよ」
 「餃子ッて……どこの?」
 「あの○○○の○○○○○○の○○の店」
 「……あのクソマズの!?」
 なにしろ、中の具が全く煮えてなくて半生、皮もベタベタネトネトと脱脂粉乳の皮膜で作ったよう、ゲロマズ、腐ってる、臭い、吐きそう、サイテー、エンガチョ、人間の食いもんじゃねー、どんな言葉を使っても譬えられないほどにマズい餃子で、最初に食ったのはもう何年前か、二度と食いたくないと二人して語り合ったものだったが、それをどうして今更。
 「昨日の練習のときにゴロちゃんにその餃子の話したら『食べてみたい』って言うから」
 「で、今日食べに行くって約束したん?」
 「そう」
 「円谷君は、ばかか?」
 もちろん、バカなのであろう。
 でも、本人が「食いたい」と所望しているものを、わざわざ止めるというのも余計なお世話であろう。まかり間違って、「味がよくなってる」可能性だって、ないとは言えないではないか。
 そうしげに伝えたら、「そうなんよ、もし美味しくなってたらどうしようか」
 ……そんなに不味い餃子を食わせたいんかい。もしかしてしげ、内心円谷君を嫌ってないか。
 なんとなく展開が不安になったので、一緒に付いて行こうかと思ったが、立ち眩みがしたので中止。家でしげの報告を待つことにする。

 数時間後、帰宅したしげに顛末を聞いて見る。
 「どうだった? 味は」
 「あ? 不味かったよ」
 「円谷君の反応は?」
 「一口目はね、『こんなもんですか?』とか言ってたんだけど、二口目で『しげさんの言う気持ち、分りました』って」
 やっぱりわざわざ自分のバカを確認しに行ったようなものである。
 これほどにマズいものを売ってる店がよく潰れずに残ってるなあ、とは私も疑問に思わないではない。全部食い切れずに吐いて残す客だって相当いるんじゃないかと思う。
 けれどこの店、意外や意外、以前某マンガで「博多の美味い店」として紹介されているのだ。「なんだ、実は美味くって、アンタの舌がおかしいだけじゃないの?」と突っ込まれそうだが、マンガを読む限り、その作者が食べたのはラーメンだけで餃子は食べていないのだ(ラーメンは普通のとんこつ味である。私は嫌いだが、これは好みだろう)。
 とにもかくにも、そういう「お墨付き」の与えられた店に対して文句をつけるのには、お客さんたちも抵抗があるのだろう。私だって毒盛られたわけじゃなきゃ黙ってるよ。
 味覚は主観に左右されることが多いから、「ホントにそこまでヒドイの?」と仰る向きもあろうが、今のところ、「マズいけど食う?」と忠告したにもかかわらず果敢に挑戦し、「美味かった」はおろか「それほどでもないんじゃない?」と言った人間はただの一人も存在しない。
 それでも「食べてみたい」と仰る奇特な方には場所を教えるに吝かではないので、メールでも下さいな。ただしあとの責任は一切負わないし、「やっぱりマズかったやんけ!」なんて言われても、「アホ」のひとことしか返しません。

 しげ、それから職場の飲み会があるというので誘われて出かけて行ったが、そのまま朝まで帰ってこない。飲み出したらとまらねえもんな、あいつ。
 通常、こういう場合、夫は妻の浮気なんかを心配するもののようにも思うが、そんな気に全くなれないのはなぜなんだろう。やっぱりそれだけ妻を信頼しているからなのだな(^o^)。


 テレビで『名探偵コナンスペシャル 揺れる警視庁1200万人の人質』。
 佐藤刑事&高木刑事のラブラブ編&連続爆破犯を10年に渡って追い続ける話。
 原作付きだけれど、冒頭に「萩原」って刑事が殉職する話を追加。萩原が死んで松田が死んでって……まあ、元ネタは明らかだけれど、カッコつけてるだけで内面のないキャラがいくら死んだって、訴えるものはなにもない。回数が増えた分、くどい印象しか与えない。萩原も松田も、爆弾解体作業中に何をムダ話してやがるかコイツって感じだしなあ。
 犯人の「仕掛け」は、爆弾の爆破3秒前に、次の爆破予定地が表示される、というもの。
 爆弾の仕掛けられた観覧車に閉じ込められた松田刑事、それを読むまでは爆弾を解体できず、読んで佐藤刑事の携帯に場所を送信している間に3秒は過ぎ、爆死……ってんだけど、まあ、10年も前に携帯が普及してたのかってツッコミは置いといても、爆弾止めてから場所を送信すればいいじゃん? と考えたのは私一人じゃないはず。松田刑事、サルか……と思ってたら、あとでコナンが全くその通りのことをして爆破を回避しちゃうんだものなあ。これじゃ松田刑事、無駄死にどころかただの「バカ死に」である。
 今回の事件では、コナンと高木刑事がタワーのエレベーターに閉じ込められるのだけれど、犯人、以前は素直に次回の爆破予告地を教えてたのに、なぜかそれを暗号化。犯人がよりイジワルになっているってことなのかもしれないが、だったらいっそのことウソの予告をすりゃイイんじゃないかね。この犯人、妙なところで正直である。
 このときの暗号、原作読んだときにも思ったが、ただのコジツケで暗号なんて言えた代物ではない。“detective(探偵)”をひっくり返して“evit……”で「帝丹高校」を示すってねえ……。いや、話の流れから帝丹高校が狙われてるってのはバレバレだから、その分、暗号のコジツケ具合が目立って興を削がれることおびただしい。

 でも、そういう細かいところはまだまだマシなところで、一番情けないのが、犯人の動機に関する描写の中途半端さなんだよなあ。
 もともと犯人はただの金目的、動機に同情の余地は一切なかったんだけれど、途中、仲間が警察のダマし打ちで死んだと錯覚して、警察への復讐がメインになってくる。こうなると盗人にも三分の理じゃないが、視聴者の犯人への同情だって少しは生まれてくる。少なくとも、犯人の誤解は解かないとって展開は当然期待されるのだが、これが全くない。
 いったいなんのためのネタ振り? と思ってたら、ラスト近くで、松田刑事の復讐の念に駆られた佐藤刑事が思わず犯人を射殺しようとしたのを、高木刑事が止めたときのセリフにそのワケがあったのだね。
 「何やってるんですか、佐藤さん。いつも、佐藤さんが言ってるでしょ。誇りと使命感を持って、国家と国民に奉仕し、恐れや憎しみに囚われずにいかなる場合も人権を尊重して公正に警察職務を執行しろって、そう言ってたじゃないですか。そんなんじゃ、松田刑事に怒られちゃいますよ」
 つまり「犯人の人権」を尊重しろ、と言いたいわけだ。けれど、リクツではそうでも、描かれる犯人に同情の余地が全くなければ、「なんでこんなやつの人権まで保障してやらなきゃならんのだ」と、いう感情はどうしたって動く。マンガはリクツじゃないんだからさ。そのために「盗人に三分の理」を与えたってワケだ。姑息だねえ。
 「こんなやつのために松田君が!」って佐藤刑事の怒りも、犯人の「警察めハメやがったな」も、どちらも両立させようとするからこんな中途半端な描写になる。ミステリという現実の世界に根差したドラマを作ろうってんなら、たとえ子供向けアニメでも、いや、子供向けアニメだからこそ、こういう「正義とは何か?」「罪とは何か?」って命題を適当に扱っちゃマズイでしょ。
 「なんで佐藤刑事、犯人を撃たなかったの?」
 「どんなに悪い人でも、勝手に殺しちゃいけないんだよ。ちゃんと裁判にかけないと」
 「かけたら死刑になるの?」
 「なるときもあるし、ならないときもあるね」
 「ならなかったら、あの犯人、また同じような事件起こさない?」
 「どうかなあ、反省してもうしないんじゃないかなあ」
 「……ふーん」
 もちろんこの子、は犯人が反省なんてしないだろう、と思っている。でもそれを口に出しはしない。「これ以上、オトナと会話したって意味ない」と悟ってるからである。キャラ萌えのミーハーな客と違ってさ、子供はバカじゃないんだからね(バカなのもいるが)。
 子供向けアニメだからこそ、理想を語るのならもうちょっと強い基盤を持ったドラマを作ってほしいんである。『コナン』の諸作がつまらないのは、結局は作り手のオトナの根性が座ってないからにほかならない。


 『コミック1971』vol.2(週刊アサヒ芸能増刊1月24日号/徳間書店・390円)。
 1970年から数えて1年ごとに、その年の代表マンガを再録していくシリーズの第2弾。昭和で言えば46年、私は小学三年生で8歳だった。
 今回の巻頭を飾るのは、石森章太郎『仮面ライダー』の第1話。カラー原稿が4ページ分復刻されているが、本来は16ページであった。どうせなら全ページカラー復刻してほしかったけれど、そうすると390円って値段が維持できないんだろうなあ。
 当時の記憶をよみがえらせてみると、石森さんの描線が随分「ザツ」になってしまったことにショックを受けたものだった。もちろんこの後もっともっとザツになっていくのだが、マンガ家としての石森章太郎の頂点はこの前年、昭和45(1970)年だったのだなあ、と今にして思う。作品の完成度、という意味で考えれば、『リュウの道』が最高傑作、ということになるか(『家畜人ヤプー』という説も(^o^))。
 それでも原作版『仮面ライダー』はテレビ版よりも圧倒的に面白い。結果的に未完(?)の形で終わってしまったが、二人のライダーにはもっともっと孤独な闘いを続けてほしかったと思う。

 他の収録作のうち、注目すべきはあすなひろしの『寒いから早く殺して』や安部慎一の『背中』など。どちらも青年誌に発表されたもので、小学生だった私はリアルタイムで読んではいない。今や入手困難な二人の珠玉の作品が雑誌形式であれ読めるのは喜ばしい。
 永井豪の『くずれる』は『少年マガジン』で読んだ。ラストが怖くて、当時は二度読み返せなかった。

 1971年。
 当時の社会の出来事を年譜で辿ってみても、覚えているのは「左卜全死去」「大鵬引退」「大久保清の逮捕」「イタイイタイ病」「円、変動相場制へ」「黒澤明自殺未遂」ぐらいのものか。でもそういった社会的な「事件」は小学生にとってほとんど対岸の火事だった。左さんの死去と大鵬の引退は悲しかったが。
 ともかくこのころ、私にとっての「世界」は全てテレビの中にあった。
 ドラマでは『宇宙猿人ゴリ』『天下御免』『おれは男だ!』『なんたって18歳』『大忠臣蔵』『繭子ひとり』『帰ってきたウルトラマン』『仮面ライダー』『好き!好き!!魔女先生』『美しきチャレンジャー』『ぼてじゃこ物語』『つくし誰の子』『刑事くん』『浮世絵・女ねずみ小僧』『シルバー仮面』『ミラーマン』(最後の2本は裏番組どうしで、チャンネル変えまくって見た)。このへんは全部見ていたし、アニメはもっと言わずもがな。
 『カバトット』『アンデルセン物語』『さすらいの太陽』『新オバケのQ太郎』『天才バカボン』『ふしぎなメルモ』『さるとびエッちゃん』『国松さまのお通りだい』『アパッチ野球軍』『ゲゲゲの鬼太郎(新)』『スカイヤーズ5』『ルパン三世』『原始少年リュウ』、これでは外で遊ぶヒマなんて全くなかったのは当たり前だ(^_^;)。
 昭和ガメラシリーズの最終作、『ガメラ対深海怪獣ジグラ』を“日活の映画館”で見たのもこの年(経営悪化していた大映は、最後には日活と合併していたのである)。大映倒産のニュースは学校の帰り道で友達から聞いた。「来年からもうガメラが見られない……」この年最大のショックな出来事だったかもしれない。
 ほかに劇場まで見にいった映画は、『キングコング対ゴジラ』『どうぶつ宝島』『アリババと40匹の盗賊』『ゴジラ対ヘドラ』(教室で「水銀コバルト……と歌って、いやがられたなあ)『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 三大怪獣地上最大の決戦』(ラドンがタイトルにいないじゃん、と怒っていた)。小学三年生だから、一般映画なんか見ない。
 けれど、『どうぶつ宝島』から『アリババ』に移行した途端、東映動画の脚本も作画もガクンと下がったのはガキの目にもハッキリ分った。「セル枚数使ってないじゃん!」とか考えてたんだから、8歳のクセに生意気なガキではあった。
 後にわかったことだが、この間に宮崎駿を始め、東映動画のベテランがごっそりと退社してたのである。

 もう、30年以上も昔だ。しげもこの世に陰も形もなかったころ。
 ドラマのタイトルを眺めていると、あのころの感覚が、今でも自分の中に残っていることに我ながら驚きを覚える。オトナの目からは生意気に映ってたかもしれないが、本人は素直にいいものはいい、悪いものは悪い、と判断していたのである。
 クラスの担任はサカイケイコ先生。独身で美人で優しくてエコヒイキがなくて、私が今まで出会ってきた先生の中で一番素敵な人だった。二年後にはインケンでイジワルでオバサンなクソタワケが担任になるので、このころが私の一生で一番幸せだったころかもしれない。
 「昔に戻りたい」という感覚は私にはあまりないのだが、1971年にならちょっと戻ってみてもいかな、と思う。


 『トラマガ』vol.3(インフォレスト・690円)。
 雑誌名より新連載の『ジャイアントロボ誕生編』のロゴの方が大きいのは前号と同じ。正直な話、『トラマガ』が潰れずに続くかどうかは、この『ジャイアントロボ』にかかってるかもしれないなあ。ほかの連載、あまりに弱すぎるし。
 アニメの続編がポシャッてマンガに、というのは『機動戦士ガンダム クロスボーン・バンガード』という前例がある。まあ完全にお蔵入りになるよりは続編を見られた方がいいに決まっているけれど、やっぱり「アニメで見たかった」という思いは強い。脚本の「伊達憲星」、十中八九、OVA版の監督の今川泰宏の変名だと思うけど、「『地球が静止する日』以外にもアレとコレと、ストーリーはたくさんある」と散々ハッタリかましてくれたんだから、キチンと始末はつけてほしいものだ。
 とりあえず誕生編の第1話、派手な展開で見せてはくれる。
 気になるのは、草間大作がいきなり記憶喪失だったり、銀鈴がBF団の一員だったり、村雨健次が「ネルソン沢田」という名前で出てきたり、氷室博士のデザインがなぜかOVA版のシズマ博士(『鉄人28号』のドラグネット博士)と同じだったり、OVA版と比較してみると、微妙に設定が違うところ。作者はちゃんと整合性を取るつもりなのか、もう完全な仕切り直しでこれまでの設定は無視するつもりなのか、今のところまだ判別がつかない。
 けれどBF団のエージェントNO.5が「衝撃のアルベルト」であることはまず間違いないな。仮面の上からまで葉巻くわえてるのはご愛嬌だけれど(^o^)。
 冨士原昌幸さんの作画も、以前のコミック版の水田麻里さんに比べると画面構成に元気があって遥かにいい。デザインの山下明彦さんの「味」がイマイチ出ていないのはちょっと残念だけれど。


 今年の流行語対象が早くも「ウェー、ハッハッハ」に決まりそうな気配である(^_^;)。北朝鮮のメディアに出てくる人たちのイッちゃってる様子っつーか、気持ち悪さというのは、戦前の日本を鏡に映してるみたいだなあ、と思ってたんだけれど、時代劇の影響も受けてないか。なんだかあの喋り方に団徳麿あたりをイメージしたのは私だけでしょうか(古すぎだって)。

2002年01月06日(日) 言えない話と男の優しさと英語落語と/『西岸良平名作集 蜃気郎』1巻(西岸良平)ほか
2001年01月06日(土) ああ、今日は土曜か。今気づいた(^_^;)。/映画『ビッグムービー』



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