無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年01月09日(水) 多分初雪/映画『大菩薩峠』(岡本喜八監督版)ほか

 突然の仕事が入ったせいで、しげ、昨日はほとんど寝ていない。
 それでも一応、車で送り迎えはしてくれたのだが、外は雪ちらついていて、メチャクチャ寒い。
 これが初雪だろうか。今年はどっちかというと暖冬の傾向じゃないかと思うんだが、大雪になったらしげ、とんでもない事故を起こしそうだよなあ。大丈夫かなあ。


 本屋で買いこんだ本を片っ端から読む。
 日記に追われていると本を読む時間がなくなるので、たまに一気にまとめ読みしたくなる。その分、また日記の更新が遅れるわけで、
この悪循環、何とかならないものか。


 アニメ『ヒカルの碁』第十三局「それぞれの決意」。
 正月休みがあったってのに、ちょっと作画が荒れている。
 岸本と日高が歩いてるシーンなんて、宙に浮いてるし。外注に出したのかな?
 せっかくの折り返しの節目にあまり乱れた作画の回を持って来ないようにしてもらいたいものなんだけど。
 原作はキャラの描き分けがしっかりしているのに、今回は目の描き方なんかがアキラと三谷が同じだったりする。まあ、確かにどっちもツリ目なんだけど、どうも輪郭線で立体感が表せてないせいで、目鼻が全部「貼り付けられてる」印象が強い。いや、実際に貼り付けて動かしてるんだろうけれど、それをそう感じさせない回もあったのになあ。
 『ヒカルの碁』は、今回、次回でいよいよ本格的に始まるといっても言いのである。アキラがプロの道を歩き始め、その後をヒカルが追う。ここで気を入れてくれないと、原作の人気が落ちかけてんじゃないかって時に、アニメのほうまで視聴率が落ちることになりかねないぞ。


 マンガ、魔夜峰央『パタリロ西遊記』3巻(白泉社・410円)。
 今巻のエピソードの中に、「斉天大聖と名乗った孫悟空(ってもパタリロなんだけど)が、近隣の妖怪たちと親交を結ぼうとしたところ、牛魔王だけが刺客を送ってきた」という話がある。
 ギャグにアレンジしてはいても、原作の設定は結構生かしてるような印象を持っていたので、「あれ〜? 確か原作じゃ牛魔王も最初から孫悟空と仲良かったような気がするけど」と、ドドメ色の海馬をひっくり返して記憶をあさってみたけれど、どうにも自信がなかったので、原作を読み返してみようと書庫(一応そんなもんがあるのよ)を覗きにいってみた。
 でも、どういうわけか『西遊記』がない。いや、もちろん中国語の原本じゃなくて、翻訳したヤツなんだけれど、岩波文庫で五、六巻本だったよなあ、とか思いながらあちこち見てみるがやっぱり見つからない。
 で、ハタ、と気づいた。
 オレ、『西遊記』買ったことね〜じゃん!
 いやあ、これは盲点だった。
 自分のギャグ嗜好はテレビアニメ『悟空の大冒険』から始まってると信じ、マンガ、アニメ、特撮の悟空ものはどんなものでも一応目は通してる(最近の『最遊記』はちょっとついてけませんが)と自負してたのに、「原作」を持っていなかったとは!
 考えてみれば、こういう有名どころの本って、中高生のころに、図書館でいろんな訳を読み比べたりしてたからなあ。もう自分で買って持ってる気になっちゃってたんだろうなあ。多分そういう本、意外と多いぞ。『三国志』は人形劇ドラマになった時に買った記憶があるから大丈夫だと思うが。
 ネットで「牛魔王」で検索してみたら、『最遊記』関連ばかりで閉口した。でもやっぱり、悟空が水蓮洞にいたころに、牛魔王とは義兄弟の契りを交わしていたようである。魔夜さん、細かいところでアレンジ加えてるんだなあ。
 ついでに思い出したことだけど、往年のテレビドラマ、堺正章主演の『最遊記』では、小島三児が牛魔王を演じていて、児島みゆきの羅刹女と痴話ゲンカをするシーンなんかもあったりする。そりゃ、いくらなんでもイメージとして情けなさ過ぎるんじゃないかと思ったもんだったが、原典にあたってみると、やっぱり牛魔王は恐妻家だったりするのである。
 しかし、ネットを見てて思ったことだけれど、『西遊記』を本格的に研究してるサイトって、結構少ないんだね(工事中なのは結構あるが)。ホームページを作るのにどんなコンテンツを立てればいいか迷ってる人も多いみたいだけど、意外と狙い目はいろんなとこにありそうだぞ。


 マンガ、宇野亜由美『オコジョさん』5巻(白泉社・410円)。
 アニメのほうは仕事から帰って来たときにはたいてい終わりがけなので、実はOPはまだ見たことがない。
 1巻を立ち読みして、「ああ、『オコジョさん』だけじゃなくていろんな話が入ってるんだ」と言ったら、しげがいつの間にか5巻まで買ってた。
 しかも1〜4巻まではどこに行ってるかわかんないので、いきなリ5巻から読み始める。
 『オコジョさん』『オコジョ番長』『ダーリング』の3シリーズが収録されてるが、最後の『ダーリング』は人気がなくて打ち切りになったようだ。………うーむ、確かにそんなに面白くはない。アニメになったほどだけど、『オコジョさん』だって、かわいいだけで実力がない動物キャラが空威張りしてるおかしさがウケてるってだけだって気がするぞ。
 実際、一番面白い漫画が「あとがき」だからなあ。「ほんとうにアニメとはもうかるのですか? いつもうかるのですか? 誰がくれるのですか?」という作者の述懐が切実だ。以前は月収3万円だったそうだし、やっぱり、「マンガ家とアニメーターの下積みは今でも貧乏」ってのは間違ってないのだ。
 でも、なんだかこの、いかにも偶然アニメ化されただけで「十年経ったら忘れられてそう」な雰囲気の作風が、なんとなく親近感を感じさせはするのである。できればせいぜい半年間の人気だろうけど、その間に少しでも印税と原作権料で小さな家でも建てといたらと思うんである。
 ……って、見も知らぬマンガ家さんの将来を心配してどうするかね。


 『別冊宝島626 殺し屋1(イチ)パーフェクトガイド』(宝島社・780円)。
 原作マンガは、第1話しか読んでない。あのヤクザマンションに忍び込もうってとこね。
 単行本を今まで買ってこなかったのは、別につまんなく思ってたわけじゃなくて、単にほかに買う本が多いのと、どう見てもしげ好みじゃないから控えたってだけ。
 でも、連載は完結したみたいだし、映画にもなったぞってんで、ガイドブックを買ってみた。
 ああ、てっきり主演は浅野忠信だと思ってたんだけど、違ってた。大森南朋(おおもり・なお)って主演はこれが初めての人らしい(『ビッグ・ショー』とか『三文役者』に出てらしいが未見)。
 いやあ、いいわ、この人の「顔」。
 これは悪口じゃなくて言うんだけど、タレ目で今にも泣き出しそうな、いかにも典型的な「いじめられっ子」の顔なわけ。
 原作のイチとは全く似てないのだけれど、ひとたび特性スーツを身に纏い、殺人マシーンと化すと、凄まじい戦闘能力を発揮する、というギャップを感じさせるのに、この顔は結構有効なんじゃないか。
 マンガを映像化するとき、必ずしもキャラクターに似ている役者をアテる必要はない。要はそのキャラのエッセンスを感じさせることができるかどうかなんだから、『陰陽師』の安倍晴明=野村萬斎だってアリなわけだ。実際、顔だけ見ると、今度の映画版、ワザと「似てない」キャスティングを狙ってるみたいだ。
 キズだらけの小池朝雄みたいな顔の柿原が浅野忠信(しかも金髪)だし、がっちりメリハリのきいた顔の「ジジイ」は、どっちかっつーとあっさり系の顔の塚本晋也。
 イメージが合ってるのは金子役のSABUくらいか。
 それにしても、映画監督を役者としてこれだけ本格的に使ったってのは、そうそうないんじゃないか。もちろん、それ以外のキャストも、こう言っちゃなんだが、常識からは相当ズレている怪優が多い。だいたい手塚とおるが出ている映画にマトモなヤツがどれだけあったかねえ(^^)。
 たいした興味はなかったけれど、俄然、興味が湧いてきたぞ。でも、しげは一番行きたくなさそうだよなあ。どうやってだまくらかすかなあ(^o^)。
 スタッフのインタビュー記事も楽しいが(CGI担当の坂美佐子が「三池監督の映画は好きじゃない」と堂々と言い放ってる大らかさがヨイ)、目玉なのは巻末の単行本未収録の『殺し屋1 誕生篇』。
 イチの「暴力でしかイケない男」に対して、殺し屋組織の女スカウトが登場しているのだけれど、これがまた「痛めつけられないとイケない女」(^_^;)。……なんだかここまでトホホな設定を堂々と展開されると、それだけで楽しくなっちゃうね。
 

 CS時代劇チャンネルで、『大菩薩峠』(仲代達矢主演/岡本喜八監督/宝塚映画/1966年)を見る。
 細かく書いておかないといけないのは、もちろん『大菩薩峠』の映画化には、他にも有名なのがいくつもあるからだ。
 最初の映画化、大河内伝次郎主演、稲垣浩監督の1935年日活製作版は見ていないが、1957年からの東映製作、片岡千恵蔵主演、内田吐夢監督版三部作と、1960年からの大映製作、市川雷蔵主演、三隅研次監督版は見て、片岡千恵蔵、机龍之助やるにはデブすぎ、とか思ってたもんだった(新国劇の緒形拳版もあったな)。
 原作は中里介山の大長編小説。山岡荘八の『徳川家康』、栗本薫の『グイン・サーガ』がその分量で凌駕するまで、日本で最長を誇っていた作品だ。しかも、この大長編で作者は単なる時代劇を超えた、この世で流転する人間曼陀羅を描こうとしてたってんだから、根性が座っている。しかも、書ききれなくて途中で作者死ぬし(^_^;)。
 物語の冒頭、大菩薩峠で老巡礼を意味もなく惨殺する無明の剣士、机龍之助のイメージは、後の眠狂四郎にも多大な影響を与えた。市川雷蔵がその両者を演じていることは奇縁でもあろう。実際、何の動揺も見せずに巡礼を切るシーンは、初めて見たときには戦慄すら感じた。
 だからこそ、私は机龍之助の決定版は市川雷蔵だと思っていたのだ。
 アルチザン・岡本喜八が、既に「決定版」のある『大菩薩峠』に、どのように色をつけてくれるのか、それを期待して見てみると……。
 まず驚いたのは、「色」がついていない(^_^;)。
 内田版、三隅版がカラー映画、特に内田版はその極彩色の映像美が高く評価されていたのに、あえてモノクロ映像で挑んだその勇気。……でも、思うんだけど、時代劇って、やっぱりモノクロが一番合ってると思うんだけどね。
 『侍』の雪の桜田門外のシーンでも思ったことだけれど、血の色の赤はモノクロ映像だと漆黒となる。これはそのまま「闇」の暗喩となるのだ。映像はナマのものをそのまま映し出すものではなく、そこに様々な寓意を付与させていくものである。その点、『大菩薩峠』にはモノクロ映像が合う、と提示して見せた岡本監督の判断は、正しかったと言えるのではないか。
 しかも、仲代達矢の机龍之助は、「迷いながら」、巡礼を斬るのだ。
 仲代の見開いた目、震える頬がそれを表している。
 龍之助の剣が、闇に落ちていく描写は過去の作品にもあったが、それは彼がお浜と幾太郎という妻子を失ってからのことだ。こんな早い段階で、それこそ本性的な無明を龍之助が抱えていると描写したのは、岡本喜八が初めてであろう。
 あの長大な原作をどうまとめるかと思っていたら、途中を大胆にカットして、それまでの映画が三部作で描いていたところまで、一気に見せる(それでも原作26巻中、たった2巻分の映画化)。
 その分、龍之助を仇と狙う宇津木兵馬の描写がやや淡白になった印象はあるけれど、ラストの大殺陣は他の映画化にはない大迫力である。
 それにしても、今見るとこの映画、超豪華なキャストだ。東宝が最も意気軒昂だった時代に作られた幸運に感謝しなければなるまい。見てるだけで嬉しくなってくるので、知らない人のために、その一部をちょっと紹介します。

 机龍之助 .......  仲代達矢
 お浜 ...........  新珠三千代
 お松 ...........  内藤洋子
 お松の祖父 .....  藤原釜足
 宇津木兵馬 .....  加山雄三
 宇津木文之丞 ...  中谷一郎
 裏宿の七兵衛 ...  西村 晃
 与八 ...........  小川安三
 机 弾正 .......  香川良介
 お絹 ...........  川口敦子
 やくざの浅吉 ...  田中邦衛
 神尾主膳 .......  天本英世
 中村一心斉 .....  佐々木孝丸
 芹沢 鴨 .......  佐藤 慶
 近藤 勇 .......  中丸忠雄
 大橋訥庵 .......  久世 竜
 島田虎之助 .....  三船敏郎

 内藤洋子のお松とか、七兵衛の西村晃、与八の小川安三なんて、こんなハマリ役、ほかにねーよな。
 特に、「可憐」という言葉は内藤洋子のためにあったと言ってもいいくらいだよ。昔、友人との間で、もしも『ルパン三世 カリオストロの城』が実写化されたら、という話題になったときに、「クラリス役やれる役者なんていねー」とみんな口々に言ってたんだけど(ロリコンが揃ってたんである)、私一人、「若いころの内藤洋子!」とコブシを握りしめて力説したものだった。あのおデコと真っ直ぐな眉毛はそれだけでロリコンにとっては凶器である(あ、あとヒロコ・グレースを力説してたヤツがいたな)。
 実際、『赤ひげ』のころの内藤洋子に「おじさま?」なんて甘えられたら、今の私でも落ちるぞ(落ちるなよ)。
 そして何と言っても神尾主膳の天本英世! いやあ企んでる企んでる(^^)。続編ができてたらもっと活躍してたと思しいだけに、一作だけで終わっちゃったのがホントにもったいない。
 こうなると、原作でも剣は合わせてないから仕方ないんだけれど、仲代龍之助と三船虎之助の対決も見てみたかったなあ。三船さんを使いこなせたのは黒澤明だけだとかドナルド・リチーなんかは言ってるが、岡本喜八の映画を見たことがないのか。『独立愚連隊』でも『侍』でも『赤毛』でも、三船敏郎の豪放と繊細の両面をちゃんと見抜いて描いてるぞ。

 
 夜、遅くまで起きていたので、夜食についそばメシをつくって食べてしまう。
 こんなこってりしたものを食ってたら、次の検査、いったいどうなるかな。

2001年01月09日(火) 仕事初め



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