琴 星 商 事 日 乗
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2004年07月31日(土)
  大雨洪水暴風波浪高潮警報 <画像あり>

 21時現在、我が家の辺りは大雨洪水暴風波浪高潮警報が発令されております。
 確かに20:48まではスカパーを見ていたのですが、ちょっとNHKにチャンネルを変えた15分ほどの間に、受信不能に陥ってしまいました。
 うちからは海は見えないので、22時頃には満潮(しかも大潮)を迎える海がどんなかは判らないのですが、風雨は凄いことになってます。そんな状況を肴に、今夜はダンナと宴会です。
勿論いつもはまっすぐ立ってる木です

 ダンナの勤務先のオープンキャンパスは、台風接近中という悪条件の中、600人もの受験生が集まったそうです。しかも、うち150人くらいはセーラー服だったそうです。偉いな、みんな。私はオープンキャンパスに制服で行ったことはなかったよ。

 そろそろ台風は岩国辺りに再上陸するんじゃないかと。明日も広島は暴風雨だそうです。何て素敵な週末v


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・過去の「今日」。

2003年07月31日(木) 秘密の猫屋敷

2004年07月30日(金)
  台風前夜

 台風が東から近付いてきています。昨日なんかは東京で結構降ったそうですが、明日の夜頃、こっちを直撃しそうです。
 台風直撃。
 今日のうちにジャスコのお客様感謝デーなのも相俟って、週末分の買い物を全部済ませ、土日は家でのんびり窓の外とテレビで台風観戦しようと思います。
 台風はのろのろなので、夜の天気予報で、広島は土日とも暴風雨マークでした。明日は地元の花火大会ですが、花火なんかより台風のが大イベント。浴衣着れないのは残念だけど、まあ浴衣着て台風中継見てても別に構わないわけで(面倒だからしないけど)。

 ちなみに明日、ダンナの勤務する大学はオープンキャンパスなんて馬鹿なことを繰り広げるらしいです。暴風雨の中、こんな田舎の4流大学にどんな受験生がやってくると言うのか。強風や高波で電車が止まって国道は通行止めになるんじゃないの? 残るルートは山越えです。頑張れ受験生。
 ダンナの勤務先は傍から見ていてもバカ大学で、ここにいる限り未来はないな、って感じです。その辺歩いてる学生のレベルも低ければ、新任助手の人間的レベルも低い(助手なのに低レベルな学生飲みを繰り広げる阿呆が揃ってます)。しかも学校の事務能力も低いと来た。HPPDFファイルだらけだし(さてはHTML組めないな)、全教員宛メールとかは全員のメアド晒しっぱなしだし、そんなヤツが情報系のトップだったりするらしいです。近いうちにウイルスくんにやられるんじゃないでしょうか。
 あたし雇えよ(時給1,500円でいいし)。


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・過去の「今日」。


2004年07月29日(木)
  諸事雑感。

■全くもって野球ファンでもない私が昨今のプロ野球問題について語るのはどうかとも思うんですが、いやー古田はスゴイね! 首位打者を張る程の活躍を見せつつ、選手会長として言うことは言い、更に口だけじゃなく自分で動いてる。
 今日は巨人の選手も署名活動を繰り広げたそうで。私は思いっきりアンチ巨人だけれど、選手は偉いと思ったよ。巨人の何が嫌いって、金でモノ言わせてる辺りと、世間の「巨人至上主義」なんだけど、それってナベツネに起因するモノであって。ナベツネ、選手や報道陣に対して「無礼だ」とかいう本当に無礼極まりない発言を繰り返してるけど、あんなのがトップで恥ずかしくないのかしら読売。誰の御陰で飯が食えてるんだ。まあ巨人がなくなったってヤツは飯食えるんだろうけど。胸糞悪い。
 でもプロ野球は勿論、Jリーグにもオリンピックにも興味がない私です。どれくらい興味がないって、去年のプロ野球日本一が何処だったか覚えてないくらい。阪神がセリーグ制覇したのは辛うじて記憶にあるんですが。スポーツ新聞で見るのも、社会面に芸能欄に競馬面くらい。スポーツ、やるのも見るのも興味ないんです。

■毎日途轍もなく暑い日が続いていますが、御陰様で水分摂取量が尋常じゃないです。だってすっごい喉乾くんだもの。関西から戻ってきたら、あんなに歩き回ったのに体重が1kg増えてました。でも1日で元に戻りました。水ぶくれてると思われます。クーラー効いた部屋の中にいれば汗もかかないのに、ひたすら水分だけ摂ってます。

■土曜日は地元の花火大会です。4,000発とかなりシケてますが、台風が来そうです。花火は割とどうでもいいけど(人混みキライ)、浴衣が着たい。でも台風直撃も捨て難いイベント(バカ)。うちの辺りも水害の危険エリアなんだって。全然永住しないんでいいんですが。やっぱ住むなら武蔵野台地だな。水害起こる前に東京帰ろうと思います。
 水はホント、溢れるくらいなら出ない方がマシです。でもウチ2階だから水没はしないのか。

■実家を出て早4ヶ月。いい加減夕飯のネタも尽きてきました。料理めんどくさいです。そんな我が家の最頻出メニューはゴーヤーチャンプルーと思われます。異色ですか?
 ちなみに今夜はピーマンの肉詰めでした。明日どうするかはかなり悩みどころです。マジネタ切れ。ネタ以前にやる気切れ(爆)。


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・過去の「今日」。

2003年07月29日(火) Color me pop

2004年07月27日(火)
  死に際し

 作家の中島らも氏が亡くなられたそうだ。
 先日、階段から落ちて入院した、というのは、Yahoo!のトピックスかなんかで見て知っていた。でも、亡くなられるほどの状態だったとは、考えもしなかった。何でも、ここ最近は酒量が多く、常に酩酊状態だったらしいとか。
 アル中、躁鬱、そして大麻。非凡な人というものには、色んな影が付きまとう。

 中島らも氏に限らないのだけれど、こういう非凡な人が亡くなった時、いつも思うことがある。「この人は、自分の死に際してどのようなことを考えただろうか」ということ、そして「実際死んでみて、どう思うのだろう」ということ。後者は死後の世界でもなければ思ったり考えたりなんて出来ない訳だけど、あるものだ、と仮定して。でもらも氏は酩酊状態で怪我して意識が戻らないまま逝ってしまったのだから、前者については考える間もなかったろう。それとも、酩酊した意識の中で「俺、このままいつか死ぬのかな」くらいのことは考えただろうか。そして死んでしまった今、自分の行動を後悔しているのだろうか。それとも、肯定しているのだろうか。悲しんでいるだろうか。ホッとしているだろうか。

 「ガダラの豚」は私も好きな作品だ。それを実家に置いてきたことに気が付いた。手元にないと判ると、急に読みたくなる不思議。すぐ読めるような本じゃないのに。

 中島らも氏の御冥福を心よりお祈り致します。


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・過去の「今日」。

2003年07月27日(日) カレー談義

2004年07月26日(月)
  サスペンスよりスリリング

 昨夜、テレビでニュースを見た後、チャンネルをそのままにしていたら、後続番組が始まりました。日テレ「ドキュメント'04」。たまに付けっぱなしにしていて見ているのですが、いやぁ、今日のはスゴイね! 題して「検証三菱自動車」。ドラマ仕立てで一体何が起こっていたのか、詳細に語られていました。
 組織ぐるみで事実を隠蔽する様子、徹底した情報の二重管理、監査が入るとたった10分でまずい資料を隠しきれるまでに教育された社員達。「来たぞ」の声で一斉に動き出す彼らの様子は、下手なサスペンス番組よりスリリングです。
 そして、あれだけ大規模な組織ぐるみでのリコール隠しが顕わになる端緒が、うっかり客に渡ってしまった1枚の紙切れにあったとは。

 事実は小説よりも奇なり。本当ですね。

 あちこちで三菱製自動車が火を噴いたり煙出したりタイヤ外したりしている昨今、自分の乗ってる車の近くに三菱車がいると何かやな感じですよね。うちの市バスは殆どがふそう製だそうで、乗る用もありませんが乗る気もしません。
 でも、大半の三菱自動車社員は、そんな悪事なんか全然知らず、真面目に働いてきたんだと思います。勿論、自分たちが作り、売る車に誇りを持って。そんな社員の努力に報いるためにも、頑張って再建して欲しいと思います。一度失った信頼を取り戻すのって、物凄い大変だと思いますけどね。

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関西旅行記、全てアップしました。
日記indexから読みたい日付のものを選ぶか、
左フレーム(表示されていない方はHOME→社長のツブヤキへどうぞ)の
Trip! Trip! Trip!」から「関西方面(2004.7)」を選ぶと、
7日分全部まとめて表示されます(日付順)。
写真が多いので重たいかも。


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・過去の「今日」。


2004年07月24日(土)
  そして関西へ−番外・福井初上陸編 <画像あり>

 朝10時過ぎに大阪北部のダンナの実家を出、今日は1週間ぶりに広島に戻ります。でも真っ直ぐなんか戻りませんよ。大幅に寄り道です。向かう先は福井の若狭方面。京都市内から国道162号を一路北へ向かいます。
 高雄・神護寺を過ぎ、北山杉の産地を抜け、やたら茅葺きの家が多い村々を通って、堀越トンネルを抜けると、そこは福井県です。わーい初福井♪ でもダンナは昔、福井市に住んでました。
 今回の第一目標・名田庄村は、福井に入って最初の村です。京都側から村に入ってすぐの所にある道の駅と、そこに併設された暦会館に入りました。

 名田庄村。マニアック極まりない話で恐縮ですが、陰陽道のある種の「聖地」です。
 昨今は小説や漫画やドラマ・映画でとっても有名になってしまった安倍晴明。今回の旅行にも頻出しているこの人の子孫が一時期住んでいたのが、この名田庄です。どういう縁かというと、安倍家(のち土御門家)の荘園が長いことこの名田庄にあり、応仁の乱の兵火を避けた安倍家が、一時的にここに居を構えていたワケです。そのため、ここには陰陽道に関する遺跡や資料がたくさん残っています。暦会館も、暦の編纂が陰陽師の重要な仕事だった故にここに作られているもの。暦に関する資料以外にも、土御門家と名田庄村関連の資料や、祈祷・易に関する資料も収蔵しています。
 その暦会館を見て、道の駅で特産のじねんじょを使ったそばを食べ、それから陰陽道関連施設・遺跡巡り。加茂神社、薬師堂を見た後、今日一番見たかった「天壇」へ。
 土俵みたいな石組みの壇を想像して下さい。その四方に、北は黒、東は緑、南は赤、西は白の鳥居。これが「天壇」です。ここで安倍家の人が泰山府君祭という祭祀を執り行っていたワケです。この祭りは朝廷が独占していたため民間にはなく、この天壇も京の土御門家以外には名田庄にしかありません。
 そこを下ると、角にある茅葺きの建物が土御門家の陰陽道を継承する天社土御門神道本庁。そこも記念に写真を撮って、一路小浜へ向かいます。

 小浜市。ここ最近は北朝鮮の拉致問題で有名ですが、今回の訪問はそれとは当然無関係です。
 みなさんは「八百比丘尼伝説」って御存知でしょうか? 人魚の肉を食べたが為に、800歳超まで生きた女の話です。一応、人魚もいないし、800歳まで生きるなんて有り得ないワケですから、この話は勿論伝説なハズです。でも、ここ小浜の空印寺には、その八百比丘尼が入定したという洞窟(つか防空壕みたいな穴)が残っているんです。
 お寺の境内には「八百姫講」とか書かれた旗がいくつも揚がってました。八百比丘尼も信仰の対象なんですね。まあ延命長寿を謳うにはもってこいの神様ですが。

天壇天社土御門神道本庁八百比丘尼入定洞
左から、天壇、天社土御門神道本庁、八百比丘尼入定洞。
天壇の左の赤い鳥居は、併設する葛葉稲荷のものです。

 小浜を出たら国道27号を西へ。ついでに向かうは天橋立です。
 途中、舞鶴の道の駅に寄りました。ここは物産館みたいなのを併設していて、明らかに海上自衛官と見えるおにーさんたちがそこここで寛いでました。舞鶴も呉と同じく海自の基地がありますが、呉よりも全然間近に船を見ることが出来ます。ここで鰺の干物を3枚ゲット。\500-。いやね、瀬戸内って干物文化がないようで、売ってる干物がどれも冷凍モノでクソ不味いんですよ。舞鶴のは美味しいかしら?
 舞鶴を出て向かった天橋立。日本三景のひとつとしてとっても有名ですが、そんなに興味があるワケではありません。ロープウェイとか展望台とかに金を支払うのも何なので、海岸沿いの道路から見てきました。正直、高いところから見なければただの海岸です(爆)。でもね、今日は何だかやたらと空気が霞んでて(よもや黄砂?)、遠くの山とかが綺麗に見えなかったんですよ。なので、展望台とか行ってもあんまり綺麗じゃないかなー、と。めっちゃ良い天気だったら、登ったかもしれません。どうせなら、大江の鬼ミュージアム(名称不詳)とかの方が見たかった(マニアックです)。大江山の酒呑童子、って言ったら少しは話判りますか?

 天橋立を横目に帰路についた私たち。舞鶴若狭道とか京都縦貫道とかいうマイナーな高速を通り、広島に戻りました。夕飯食べて、家に着いたの11時過ぎです。疲弊しきってます。

 ちなみに、福井は福井市なんかを含む「嶺北」と敦賀や小浜なんかを含む「嶺南」に二分するんだそうです。それは「越前」「若狭」に一致するみたいなんですが、何でメジャーな旧国名ではなく、マイナーな呼び方をするんでしょう福井県民。嶺南て言われてもどこだか判らない人のが多いと思います。若狭って言われるより。

 天壇とか天社土御門神道とか八百比丘尼とか、詳細は検索でもかけてみて下さい。私が如何にいい加減な説明をしているのか判ると思います(爆)。本棚には資料いっぱいあるんですが、手元には全くありません。持ってくる気力がないくらい疲れてます。

 そういうワケでおやすみなさい(−−)


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・過去の「今日」。


2004年07月23日(金)
  そして関西へ−伏見疲労困憊編 <画像あり>

 関西旅行も6日目。完全に疲弊しきっています。今日は予定通り伏見方面へ。目指せ千本鳥居!
 午前11時前にホテルをチェックアウト。ダンナに車で東福寺の門前まで送ってもらいました。てワケで、まずは東福寺を拝観。
 東福寺は臨済宗東福寺派の総本山。お庭が有名なんですが、私はあんまり興味がないので、拝観料を一切支払わず、御朱印だけ受けて、境内を散策。境内はタダで拝めます。立派な仏殿を見るにつけ、思い出すのは「信貴山縁起絵巻」。立派な三門を見るにつけ、思い起こすのは「羅生門」。全てココじゃないあたり、何か違うんですが、こんな感じなんですよ。
 三門西側には重文のトイレ(東司)があります。丸い穴が等間隔に空いてました。トイレが個室化されたのはいつ頃なのかしら?

東福寺仏殿受付脇に咲いてた蓮華東福寺三門
左から、仏殿、受付脇に咲いてた蓮華、三門。

 東福寺を出て、そのまま南に。路地を抜けて目指すは今日の本命・伏見稲荷。呼吸するたびに熱い空気が肺に入り、呼吸が苦しくなりながらも懸命に歩くこと15分ほど。狛犬ではなく、狐が出迎えてくれました。
 参拝を済ませ、御朱印を受けてから、千本鳥居をくぐって奥社を目指します。ところどころ朽ちた真っ赤な鳥居は、やっぱり何処かエキセントリック。しょっちゅうドラマ(しかも火サス系)の舞台になるのも判ります。鳥居の隙間から何か出て来そうだもの。何が出て来たら一番恐いかって、私の場合虫なんですけどね(汗)。
 奥社に辿り着くと、奥社の御朱印があったのでそれも受け、更に「おもかる石」に挑戦。願い事をして灯籠の頭に乗った石を持った時、自分が思っていたより軽く感じれば願いは叶う、重ければ叶わない、ってことらしいんですが、大体予想通りだった場合ってどうなんでしょう? 謎です。
 さて、ここから先は「お山巡り」。標高約233mの稲荷山の至る所にある祠や塚を巡拝するのが「お山巡り」。約4km、時間にして2時間の巡拝。勿論最初からするつもりなんてなかったんですが、奥社にも奥社限定の御朱印があったということは、この先の御膳谷(社務所アリ)にもあるのかも・・・? とちょっと登ってみることに。でもちょっと行った熊鷹社で敢え無く断念して下りてきました。10分登ってここまでじゃ、やっぱ無理(弱)。
 お昼は境内の参集殿で。暑いのでざるそばに惹かれたけれど、ここは稲荷の総本宮、初志貫徹でいなり寿司にしました。

伏見稲荷千本鳥居国立京都博物館
左から、伏見稲荷、千本鳥居、国立京都博物館正門

 さてさて疲れ切った私。もう外にいるのは無理、なら何処へ行こう? ってことで京阪線に乗って向かったのは、七条にある国立京都博物館。8年前にも一度来ているのですが、涼むにはいいでしょう。中に入って新収蔵品展や仏像・仏画なんかを拝み、ロビーで仏教関係の辞典なんかを適当に捲ります。中国からの修学旅行生とみられるオコサマたちが五月蝿くて邪魔でしたが、何とか時間を潰すうちにダンナから「終わった」と連絡が。
 迎えに来てもらって、大阪のダンナの実家へ帰りました。と言っても、義妹しかいないあたりアレなんですが(笑)。PCをちょっと直し、新婚旅行のお土産を渡して写真を見せ、お風呂を頂き、義妹が彼氏から借りてきてた漫画をダンナが読む隣でとっとと寝ました。日光は確実に私から精気を奪っています。日焼け止めで肌もガサガサです。ホント。
 ちなみに義妹に会うたびに若い若いと言われる私ですが、「また若くなりましたね」って言われるってどうなんでしょう。義妹は決してギャルではないですが大人びた感じなので、実際は3歳違うんですが並んでたら年齢差判んないかも。つか、あんまり一緒に並んでる感じじゃないかも(爆)。グランドピアノ(義妹はピアノ講師です)の上にあった雑誌は「Oggi」でした。ああ、もう妹がそんなの読む年なのね(涙)。義妹と実妹は同い年ですが、うちの不肖の妹は全然オコサマです。私の妹ですから。余談ですが、私と同い年のダンナは軽く5歳は上に見られる老け顔です。男の場合、化粧とか服装とかで大人びるとかいう問題じゃないからな。根深いよな(−−

 明日は大阪からちょっくら若狭まで足を延ばします。最後の最後で超マニアックに締めくくろうかと。ハンパないっすよ、場所を考えると(若狭って、ネェ)。


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・過去の「今日」。

2003年07月23日(水) 幸せを呼ぶ○○

2004年07月22日(木)
  そして関西へ−そうだ、醍醐行こう編 <画像あり>

 貴船・鞍馬に行くか行かないか。
 散々悩んで、行くのやめました。今の私に山はあまりにもしんどすぎます。無理です。無謀です。次回のお楽しみにとっておきます。蜂に刺されるのもやだし。
 では何処に行くか。またしても散々悩んで、取り敢えず醍醐寺に行くことにしました。
 醍醐寺。真言宗醍醐派の総本山。一昨日は比叡山なんかに行ってましたが、実は私は天台宗より真言宗派。高野山は既に7年前に参詣済みです。
 それはともかく、醍醐寺へ。三条から地下鉄東西線に乗り、終点の醍醐まで。団地を抜けて10分程で総本山醍醐寺です。総門をくぐり、受付で拝観料を支払って、三宝院へ。有名な醍醐の桜も今は青々としています。玄関を入って御朱印をお願いしておき、先に拝観。秀吉が作った庭だとか寝殿造りの表書院とかを見て回ってから御朱印を受け取り、三宝院を出て奥へ。仁王門をくぐって、金堂や五重塔、不動堂など下醍醐の伽藍を見て回ります。
 醍醐寺は下醍醐と上醍醐に伽藍が分かれており、元々草創の地は上醍醐の方です。上醍醐は昔は女人禁制だった為、参道入口の手前に女人堂があります。ここより先は山道。山頂の開山堂までは1時間だって。
 時間は丁度12時。上って1時、下りてきて2時。
 ごめんなさい無理です上れません。女人らしく女人堂までで帰ります(爆)。
 山道登るのがキツイってのも勿論あるんですが、正直、お腹空いたんです。あと2時間、食べ物無しで山登りは絶対無理。そーゆーワケで女人堂を参拝して下山(て登ってないし)。
 お昼は境内の雨月茶屋で頂きました。春日うどん\1,050-。湯葉と筍の載ったうどんに、湯葉で巻いた筍寿司と胡麻豆腐が付いた物です。美味でしたv 境内で食ったんなら、その後上醍醐登れよ、なんて言っちゃいけません。

醍醐寺五重塔醍醐寺弁天堂上醍醐への道
左から、醍醐寺五重塔、醍醐寺弁天堂、上醍醐への参道。参道つか山道です。

 さあて続いてどうするか。近くに日野薬師という親鸞上人の生家という寺院があるんですが、歩くには少々、つか結構キツイ感じ。そうそう、昨日行きたかったけど時間ないからやめた聖護院は・・・東山から歩けるな・・・。
 という訳で、次は聖護院に行くことにしました。醍醐駅まで戻り、東西線に乗って東山駅まで。駅を出たら、東大路を上ります。
 東大路に出てすぐ、満足稲荷という神社を通りかかりました。お参りに寄ってみると、社務所に「御朱印」の文字が。頂こうと社務所を覗くと、留守番していたのは猫でした(爆)。インターホンを鳴らすと、人じゃなくてその猫が外に出てくる始末。お〜い、お前の御主人様はぁ? でも猫はお構いなしにゴロゴロしているので、私もひとしきり一緒に遊びます。人はやっぱり出てきません。つまり御朱印はもらえませんでした(笑)。まあ猫と遊べたからいいや(いいのか)。

 東山丸太町まで来ると、聖護院まであと少し。聖護院八ツ橋が良い目印です。
 聖護院門跡。本山修験宗の総本山、つまり山伏の総元締めとでもいいましょうか。そういうお寺です。
 しかし、門をくぐっても一般の人が立ち入れるところには何もない。御堂も、納経所もない。仕方ないのでコンクリ作りの寺務所のインターホンを押して、中に入れてもらいました。御守とかも中にあります。判りにくぅ〜立ち入りにくぅ〜。
 受付で朱印帳を出すと、「お参りは2階になっておりますのでどうぞ」と言われました。2階? ここってそーゆーお寺なの? 言われるがまま階段を上ると、確かにそこに仏像が並んだ部屋が・・・いいのかこれで? 実際には奥に5,000坪の敷地を誇る寺域が広がっており、その中には御所より移築された書院(重文)のような建物もあります。でもお参りはここなのね。でも平安時代の仏像までフツーに並んでます。
 参拝を終えて御朱印を受け取ると、受付のおばさんが言いました。
「金戒光明寺は行かれました? 今、新撰組で有名な。すぐそこですよ」
 ええ、昨日は行こうと思ってたんですけどね、この暑さじゃもう無理です(泣)。新撰組にも別に興味はないので、話題の時に行かなくてもいいやって思いました。
 時間は午後2時半。まだかなり早いけれど、今日はもうホテルに戻ります。流石にこの暑さの中、連日観光してるといくら何でも耐えられません。夏にこんなに動き回ってるなんて、民俗調査やってた時以来。それだって最長4泊5日ですよ。今日が5日目、見事リミットです(年も取ったし)。明日は午前11時にホテルをチェックアウトしなきゃならないので、その後ダンナが迎えに来てくれるまで(夕方予定)外にいなければなりません。
 休 む な ら 今 日 し か な い 。
 つーワケでホテルに帰って昼寝することにしました。もったいない? でも京都は毎年来そうな気がするんですよ、これから。

雨月茶屋の春日うどん満足稲荷の猫聖護院門跡
左から、雨月茶屋の春日うどん、満足稲荷の留守居役、聖護院門跡。

 昼寝後は夕飯ついでに新京極辺りをそぞろ歩き。西の空にかかった三日月が綺麗。今夜も四条ではお囃子が響いてました。コンチキチ〜♪

 明日は伏見稲荷の予定です。他は未定。行き当たりばったりでお願いします(誰に?)。


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・過去の「今日」。

2003年07月22日(火) ともだち。(半分私信)
2002年07月22日(月) 勝手に天狗譚

2004年07月21日(水)
  そして関西へ−京都マニアックツアー編 <画像あり>

 今日は午後2時頃からダンナが車を出してくれます。なので午前中も遠出をせず、歩いて東山へ向かいました。道中、何度も参拝はしているのに御朱印は頂いてなかった八坂神社へ。それから、東大路ではなく祇園を抜けて、図らずもウインズ(場外馬券売り場)なんかの前を抜けて一路六道珍皇寺へ。マニアックな選択ですね。今日はとことんマニアックに攻めてみようと思います(何
 六道珍皇寺は小野篁ゆかりの寺。オノノタカムラって誰?って方も多いでしょうが、日本史の教科書にも出てきますよん(多分)。このお寺には小野篁自身の像に篁作の閻魔像、更に篁が「あの世」と「この世」を行き来したという井戸が残っています。篁は、昼は宮廷に、夜は閻魔様に仕えていたらしいです。でもこの井戸、昔っから涸れ井戸で、水が出ていたって記録はないんだって。
 続いて六波羅蜜寺。参拝して御朱印を頂き、さらに境内の銭洗弁天で小銭を洗いました。この小銭は恐らく、全てお賽銭と御朱印代に消えるものと思われます(爆)。
 それから道中に建仁寺や安井金刀比羅宮、崇徳院御廟なんかを見つつ、昼頃、またしても祇園に。ウインズから流れ出る冷気と馬気(?)に誘われつつも素通りし、でも暑さに耐えきれず、表に出ていたメニューの「ゆずシャーベット」に惹かれ、祇園でシャーベット食べちゃいました。\650-。

八坂神社篁が冥界に出入りした井戸六波羅蜜寺
左から、八坂神社、六道珍皇寺の篁が冥界に出入りした井戸(右)、六波羅蜜寺。

 シャーベットの後、更に簡単に昼食を済ませ、一旦ホテルに戻りダンナを待ちます。その間に午後の見学先をリストアップ。車があるので、行きたい所を場所問わず。2時前にダンナが戻ってきて、まずは晴明神社へレッツゴー!
 ところが、ホテルを出たとたん、雨が降ってきました。大粒の雨。でも空は明るいのできっと止むと信じ、晴明神社へ向かいます。ちなみに、一昨日行った大阪の安倍晴明神社とは別物ですよ。
 晴明神社に着く頃には、雨は上がりました。昨今はすっかり有名になったこの神社ですが、私が初めて訪れた8、9年前(多分)には、境内には人っこ一人おらず、場所も凄く判りにくかったんです。それが今や公認グッズ販売所なんてものまで出来、明らかにあの頃より境内が立派に(お社が変わったわけじゃないけど)。ああ、金の力ってスゴイ。
 それから今出川通を西へ進み、今日唯一の有名ドコロ・北野天満宮へ。中へ入ると、何やら変な唱和が聞こえてきました。
「セルビア・モンテネグロ」
「セルビア・モンテネグロが平和でありますように。人は神なり」
 は?
「セントクリストファー・ネービス」
「セントクリストファー・ネービスが平和でありますように。人は神なり」
 何処それ?
「パナマ」
「パナマが平和でありますように。人は神なり」
「アメリカ合衆国」
「アメリカ合衆国が平和でありますように。人は神なり」
 総勢20人程でしょうか。ひょっとして世界中の全ての国の平和を祈念しているのか菅原道真公に。それって何か間違ってる気が。でも参拝している間、彼らは境内の一隅に陣取ったまま、延々唱和を続けていました。すげェ。
 ちなみに、ここの絵馬を書く所にあった「見本」の紙には、「京都大学合格 北野次郎 19才」って書いてありました。19才。少なくとも1浪なあたり妙にリアル(笑)。

祇園のゆずシャーベット晴明神社社殿晴明神社にあったポスター北野天満宮
左から、祇園で食べたゆずシャーベット、晴明神社の社殿と境内のポスター、北野天満宮。
ポスター、可笑しいでしょ?「今すぐつけよう 左腕に!」って! しかもこのポーズ(笑)。

 次に東へ戻り、烏丸通を上って上御霊神社へ。参拝を済ませて御朱印を頂きに行くと、「夏休みですか?」と訊かれました。
 ええ、毎日夏休みみたいなモンです(爆)。
 学生か? やっぱり学生なのか私は。そう言えば四天王寺でも「学生さん・・・じゃないわよね?」とか訊かれたっけかね。Masaさんが「大人2枚」って言ってるのに。
 それから一気に北東へ。北山・赤山禅院に。非常にマイナーですが、京都にとってはとても大事なとこなんですよ。昨日、ちらりと比叡山は都の鬼門を守っているというようなことを書きましたが、都の鬼門は二重の護りになっています。外側が比叡山。内側がこの赤山禅院です。冠して「皇城表鬼門」。未だ神仏習合の状態です。頂いた御朱印も、中央に墨書されたのは「赤山大明神」の文字、でも中央に押された朱印は梵字が10文字。かなり辺鄙な所(修学院離宮の横)ですが、マニアには堪らん寺社ですよ。
 ここで時間は午後4時過ぎ。大体、お寺って4時半とか5時とかで拝観終わっちゃうんですよね。どうしたものか考えつつ、取り敢えず嵐山まで行ってみようと西大路通を走らせていた時、信号の「大将軍」の文字が目に飛び込んできました。
「大将軍八神社行きたい!」
 そうだ、思い出したよ。マイナーだけどマニアックな神社。行きたかったんだよ。という訳で来た道を引き返し、北野天満宮近くの路地を入って大将軍八神社へ。御朱印と、変わった形(八角形)の方除御守を受けてきました。御守の裏には北斗七星♪ 御朱印には金色の菊の印も押されてました。黒と朱以外の色を用いる御朱印は大変珍しいです。いいねいいね。

上御霊神社赤山禅院大将軍八神社
左から、上御霊神社・赤山禅院・大将軍八神社。

 それからダンナと前の職場の知人とご飯を食べ、ホテルに戻りました。食事中にMasaさんから「雨だったね〜。今日はひどいめにあったんちゃう?」とメールが来ましたが、ところがどっこい殆ど雨に濡れていない私。雨が降るのは私が車の中にいる時だけという、超自分本位な晴れ女です、うふ。

 明日はまた一日一人。さーて、貴船・鞍馬に行くかどうするか・・・。

 何か昨日・今日と横幅大きくてすみませんねぇ。


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・過去の「今日」。

2002年07月21日(日) 人混み嫌い <画像あり>

2004年07月20日(火)
  そして関西へ−比叡山一日回峰行編 <画像あり>

 今日は予定通り比叡山へ。ガイドブックによると山内は3時間の行程だそうです。じゃあ朝は少しゆっくり出来るかしら、って感じで10時過ぎに出発。銀行によって通帳記入や預け入れなんかの雑用を済ませ(だって都市銀って呉にないんだもん)、四条から京阪で出発。駅で「比叡山1dayチケット」を購入しました。京阪の乗車駅から出町柳まで、叡山電車の出町柳−八瀬比叡山口、ケーブル八瀬駅−ロープウェイ比叡山頂駅の往復と、山内のシャトルバスが乗降自由で、四条発だと1,720円です。ちなみに、三条では乗降可。ロープウェイとか結構高いから、お得ですよ。帰りを坂本回りに、とかは出来なくなりますが(ちょっと残念)。

 八瀬でも結構見晴らしが良かったんですが、山頂バス停の辺りから見る琵琶湖方面はスゴイです。比叡山ってこんなに見晴らし良かったのね。高野山からは下界が一切見えなかったので、想像してませんでした。バス車中からは、琵琶湖側と京都側の両方が一望出来るところも。京都御所もはっきり見えます。ああ、ここはやっぱり王城の鬼門を守る御山だったんだなぁ、と再認識。

 当初、最初に横川まで行って西塔、東塔と戻ってこようと思ったんですが、バスの時間の都合で東塔(ここでお昼)→横川→西塔と変則的に廻ることに決定。延暦寺バスセンターでバスを下車します。
 まず大講堂に参拝。御堂内を見ていると、隅っこにあった1枚のポスターに目が行きました。日本地図が描かれた右上に
「盛り上がってるかーい?」
 そして比叡山あたりからそれに応える歓声(?)が。
「ヒエーーーーイ」
 こんな山なんですか比叡山。御堂の中だったので撮影は控えた為、やや不正確かもしれません。ここで撮らなくても他で見れるだろ、と思ったのに、他では1枚たりとも見なかったのは何でだ?
 続いて根本中堂へ。根本中堂内で僧侶の説明を聞いていると、鞄の中の携帯が震えだしました。メール着信。
「こんにちは御明です。
今頃、今頃先輩は比叡山に!と思ってメールしてみました。
御山に届け私の電波!o(><)o」
 天台宗萌え真っ盛り(?)の後輩・御明さんからでした。根本中堂でこんなメールを受信してしまうなんて、御明さんやっぱり何か叡山に御縁が? 折角なので御堂を出た後、携帯で根本中堂の写真を撮って送信してあげました(御堂内は撮影禁止です)。
 他の東塔伽藍も拝観し、御朱印を片っ端から受け、お昼はざるそばを食しました。

山頂バス停付近より琵琶湖を大講堂根本中堂
左から、山頂バス停付近から臨む琵琶湖方面、大講堂、根本中堂。

 お昼を終えたらバスセンターに戻り、横川へ。幸い、バスはすぐ来ました。途中通過した峰道バス停からの琵琶湖の眺めは素晴らしかったんですが、如何せんレストランしかないので下りずにそのまま横川へ。
 横川といえば、平安期以降の文学作品に頻出する歴史的舞台。嗚呼、ここに横川僧都はいたのね、とか思いつつ、まず横川中堂を参拝。続いて奥の元三大師堂へ「近道」の表示に従って進みます。道、というかけもの道、て感じ。蜂に襲われやしないかヒヤヒヤしながら23分ほど行ったところが元三大師堂。持ってきた朱印帳は横川中堂でいっぱいになってしまったので、ここで新たに購入し、御朱印を書いて下さったお坊さんと少々雑談。何も言わずに黙々と書く人と、色々と無駄口(?)を叩く人がいるんですが、後者の方が少数です。「一人?」と訊かれましたが、若い女が一人で横川にお参りに来るのはやっぱりおかしいですか? しかも西塔すっ飛ばして東塔から横川に来ちゃダメですか?

横川中堂元三大師堂横川中堂を竜ヶ池方向から
左から、横川中堂(入口側から)、元三大師堂、横川中堂(竜ヶ池方向から)。

 バス停に戻ると、またちょうどバスが。ラッキー(ちなみにバスは30分に1本です)。西塔へ向かいます。
 ここで再び携帯のメールに気付きました。御明さんです。
「すんません後、浄土院もし行ったら写真お願いします!」
 ・・・浄土院?(何処だ)
 地図とにらめっこすると、西塔と東塔の間にぽつんと位置する浄土院(伝教大師御廟)。遠い。でもまあ、バスの時間が合わなければ、西塔から東塔まで歩こうと思っていたので(徒歩20分)、バス次第ってことで返信。
 西塔ではまず常行堂・法華堂を見学。この2つの御堂は回廊で繋がっており、「にない堂」と呼ばれています。その回廊の下を通って山内最古の御堂・釈迦堂へ。ここでも御朱印を受け、少々無駄話をし、参拝を済ませて御堂の外に出ると、中高年のグループが来ていました。その中の女性が私に声を掛けてきました。
「ここって西塔?」
 西塔です。西塔の釈迦堂です。
「書いてあるがな、ここに」
 グループのおっちゃんがそう言うと、その女性は
「あらほんまやー。若い子見ると声かけたくなるねん」
 何じゃそりゃー。

 さてさて、バスの時間まではまだあります。これは浄土院へ行けという御明さんの呪い天の啓示なのね。バス停へ続く横道を折れず、そのまま直進して浄土院へ向かいます。道ははっきり行って山道です。ハイキングです。昨日も言いましたが、私は登山とか大の苦手なのです。最早これは苦行。比叡山の千日回峰行の凄まじさは、報道や資料でよーく知ってますが、私にとってはこれですら回峰行。一日回峰行です。誰もいない山中、ここで遭難したら見付からないんじゃなかろーか。ここで変な人に拐かされたって気付かれないんじゃなかろーか。そんなことを思いました。同行者のいない若い女がこんなとこ一人歩いてていいんだろーか。
 しばらく歩くと、やっと建物が見えてきました。着いたー! 着いたよ御明さん!
 門をくぐって建物の写真を撮ったり眺めたりしていると、正面の門(通れないようになってます)越しに白人女性が一人、こちらを見ているのに気が付きました。
Excuse me
 ヤバイ、声かけられた(−−
 白人女性は、西塔はどっちか、ということを訊いているみたいでした。取り敢えず、反射的に無言で、今来た方向を指さす私。それから持ってた地図を出して、門を挟んで女性と対峙。浄土院の場所を示して「Here」。そこから指で道を辿り、西塔の釈迦堂辺りで指を止め、「・・・Saito Temple」。道1本だからこんなんでも判るハズ。きっと。
 浄土院を出て東塔に向かう道は、いきなり石段です(爆)。やや崩れかけてきてたのか、若い僧侶2名がシャベル持って作業してました。「こんにちは」と挨拶を交わし、懸命に上ります。最早死期は近い(゜゜)
 階段を上りきると山王院があり、陸橋になってました。下を通る道を、丁度東塔へ向かうシャトルバスが通過していきます(乗せてくれ〜)。前方からは白人グループがやってきました。その身なりは完全にハイキング。嗚呼、やっぱり回峰行だよ。そこから少し歩いて、やっと東塔です。さっきも見た阿弥陀堂の裏に出、戒壇院の前を抜けてまたバスセンターへ。

にない堂釈迦堂浄土院
左から、常行堂(左)と法華堂(にない堂)、釈迦堂、浄土院。

 今回は往復乗車券を使ったので、坂本方面へ行くことが出来ませんでした。日吉大社や石山寺、更に今回見なかった無動寺エリアも、また次回のお楽しみってことで。

 今日の東京は39.5℃という超猛暑だったようですが、比叡山は流石に下界より全然涼しかったです。京都市内はむわ〜っとしてますけど。

 明日は何処に行こうかなぁ。


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・過去の「今日」。


2004年07月19日(月)
  そして関西へ−「Masaさんと」編 <画像あり>

 朝9時半に四条駅でMasaさんと待ち合わせ。本日はMasaさんに1日お付き合いいただきます。そんなワケで「浜ちゃんと」(深夜番組)風に「Masaさんと」。だって完全に私の我儘にお付き合い頂いてるワケですから。浜ちゃんがゲストのやりたいことに付き合う番組コンセプトにあら不思議ぴったりマッチ(?)。

 スルッと関西(関東で言うところのパスネット)をMasaさんにいただき(いただくな自分)、京阪で淀屋橋まで。地下鉄御堂筋線に乗り換えて天王寺へ。去年タイムアウトで中心伽藍の拝観や御朱印ゲットがならなかった四天王寺へ向かいます。去年同様南大門から入ったのですが、門前のコンクリに鳥の足跡が点々と(笑)。凄く大きく感じたのですが、どうやら鳩のみたいです。鳩の足ってあんなに大きいのか。参拝を済ませ、御朱印を無事手にし、やたら立派な休憩所で涼んでる間にお昼。
 取り敢えず谷町筋を北上し、やたら静かなホテル街(ラブホと寺と教会が建ち並ぶ町ってどう)を抜けて生國魂神社へ。神社の鳥居には、まだ夏越祓(なごしのはらえ)の時の茅の輪がかかってました。鳥居をくぐれば茅の輪もくぐれる。ラッキー、今年前半の穢れまで祓えちゃった♪
 この神社の境内社・鴫野神社は縁結び・縁切り双方に験があるらしく、色んな絵馬がかかってました。
「●●市●●の●田●雄と●木●太が引っ越して●●からいなくなりますように」
「●本●男36才と●井●子52才が別れますように」
 文中は全て仮名伏字ですが、そんな感じの物が散見されました。中には「素敵な人に出会えますように」とか「煙草や博打と縁が切れますように」とかいうのもありましたけど。でも何だか一人でお参りに来てる女性とか見ると、ちょっと怖かったり(^^;)
 何故か境内に占いスペースがありました。その名も「崖縁占(がけっぷちうらない)」(笑)。崖っぷちの人が来るのか、占い師が崖っぷちなのか。真相は場所が崖っぷちなだけっぽいんですが、残念ながら今日はお留守でした。外に貼り出されていた手相の図を見ると、私には頭脳線がありません。ななな何たること! うっそーいくら何でもないってことないんじゃん?

寺側も災難でしょうが、鳥も災難です生國魂神社崖っぷち占いって(笑)

 それから地下鉄谷町線の谷町九丁目から難波へ。なんばグランド花月を見、土産物屋も冷やかし、すぐ近くのMasaさんオススメのお好み焼き屋へ。個室ってトコが気に入りました。豚玉にトッピングチーズ、それに焼きそばを食し、シャーベットを食べるかどうか迷ったけどやめて、店を後に。
 それから南海本線に乗って今宮戎へ。今宮戎神社にお参りです。十日戎の時には大賑わいの様子が全国に放映されてますが、今日は殆ど人がいませんでした。ここの神社は、十日戎の時と正月で殆どの収入を得ているんじゃなかろーか。
 駅に戻り、再度南海に乗って天下茶屋へ行くものの目指す神社の位置が二人とも正確に判っていない始末(住所は判るんですが)。駅前の本屋で地図を立ち読みし、もう一駅先まで行った方が良いことが判明。暑いので電車に乗り、次の岸里玉出まで。目指す阿倍野神社はすぐ判りました。鳥居前の階段下では子供らが野球(但し3人)し、参道では蝉捕りをし、都会じゃなかなか見られない光景が其処に。でもここ大阪市内。虫籠の中の蝉は鳴きまくってました。
 さて、ここからが大変です。目指す阿倍王子神社・安倍晴明神社まで電車もバスもありません。歩くのみ! 途中、コンビニでアイスと飲み物をゲット。Masaさんは、途中、話題に上った青ペプシ(正式名称はペプシブルーかしら?)を見付け、買いました。二人とも初見の飲み物。話には聞いてましたが見事な青、まさに見た目ブルーハワイ。駐車場のブロックの上に青ペプシを置き、記念写真を撮る2人(笑)。私も一口貰いましたが、何つーか、気合いの入ってないペプシって感じでした。味は。Masaさん曰く「買うの最初で最後」。多分、私は一度も買いません(爆)。

今宮戎神社阿倍野神社青ペプシ

 アイスをお供に地図もなく、勘を頼りに歩くこと20分くらい? 目指す町名・阿倍野元町に辿り着き、番地を頼りに阿倍王子神社に到着。参拝を済ませ、50mほど離れた末社・安倍晴明神社へ。昨今の晴明人気の御陰で参拝者も多いんでしょう、イラスト入り絵馬とか上がってました。曰く「宇宙一の漫画家になるぞ!」。宇宙一ってアンタ。他にも、細かい文字で自分の周りの人が如何に下らないかを書き連ね、そいつらと縁が切れるよう願った文を印字した紙を貼り付けた絵馬なんかあったりしてちょっと異色。絵馬って人の心の中を覗き見出来る感じですよね。ちょっと面白いけど、ちょっと罪悪感。あ、実力を出し切れていない巨人頑張れ、調子乗ってる阪神負けろ、みたいな絵馬もありました。大阪なのに。
 そうそう、昨日の磐船神社には「祈・無罪判決」と大書された絵馬があってちょっと引きました。

阿倍王子神社安倍晴明神社四条のお囃子

 そして北畠から阪堺電鉄に乗って天王寺まで戻り、天満橋を経由してまた四条に戻ってきました。四条のよーじやでお買い物し、夕飯を食べて、Masaさんと別れました。京都は祇園祭真っ只中(祇園祭って7月中ずっとやってるんですね)、四条でもお囃子やってました。延々。

 連休最終日、クソ暑い中いっぱい歩かせてしまって本当にすみませんでした。Masaさん今日は早く寝て下さいね。間違ってもこんな日記の更新待ったりしないで下さい(爆)。
 この御恩は、宮島ロープウェーが再開されたら必ず・・・!(謎)

 今日、鞍馬で観光客12人がスズメバチに刺されるという事態が発生したそうですが、刺されたくない私はいつ鞍馬に行こうか本気で悩んでます。スズメバチの巣は駆除されたそうですが。明日は比叡かな〜。京都に来て京都観光を一切しない私(延暦寺は滋賀県大津市)。こんなの更新してないで、旅行プラン練れよ。


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・過去の「今日」。


2004年07月18日(日)
  そして関西へ−交野荒行編 <画像あり>

 新婚旅行第2弾〜♪

 なんてワケではありません。夫が1週間、京都に出張なので、一人で広島にいても仕方ないし、東京には帰ったばっかだし、一緒に京都に行くことにしました。なので京都より更新です。

 朝、広島を出て、高速を一路茨木へ。今日は夕方まで夫の車で移動出来るので、前々から行きたかった大阪・交野の星辰信仰の霊所巡り。まずは磐船神社へ。

 磐船神社は、交野市の南、生駒山地の北部にあります。平たく言えば、巨石信仰の古社。物部氏の祖である饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を祀っています。この神様は高天原から天の磐船に乗って降臨された神様で、御神体はその「天の磐船」と言われる高さ・幅共に12mもある大きな岩です。
 で、ここは修験の行場になってまして、お天気で足場が悪くなければ、参拝客も体験することが出来ます。名付けて「岩窟巡り」。行くかどうか迷ったのですが、これでも師匠(※学生時代のね)は修験が専門。ここで弟子が行かないでどーする(謎)。
 てワケで修行してきました。「特別な行法を知らない人でも岩窟巡りをするだけでも行になると言われる所」だそうです。社務所で一人300円支払い、白衣(上着のみ)を借りて岩窟へ。
 初めにお断りしますが、都会生まれの都会育ちの私は、山登りとか足場の悪いのとか大の苦手です。学生時代、調査でやっぱり行場だったような山の中の滝とか行くんでも、一苦労なんてモンじゃありませんでした。一人じゃ絶対に無理です。なのに何無茶してんだ、と自分でも思います(ダメじゃん)。
 岩窟巡り。御神体を筆頭とする数々の巨石が絶妙のバランスで組み合わさった下を縫うように、くぐりぬけ、よじ登り、滑り降りて一本橋(岩の下は小さい川です)を渡る。死にそうです。途中の小さいお宮にお願いしました。生きて帰れますように・・・!(ホントバカ)
 どうにかこうにか岩窟を抜け、少し上ると「天の岩戸」がありました。
 いやいや、行なんて、フツーの暮らしをしてたら滅多に出来るモンじゃないですから、貴重な体験したと思いますよ。でもしんどかった。
 岩窟巡りは磐船神社のHPでもバーチャル体験出来ます。興味のある方は是非。

拝殿と天の磐船巨石群天の岩戸
右から拝殿と天の磐船、巨石たち、天の岩戸。
天の岩戸は夫の携帯で撮影。岩窟巡りをしないと拝めません。

 バテバテになりましたが、続いて北東に向かい、機物(はたもの)神社へ。こちらの祭神は天棚機比売(あまのたなばたひめ)大神。つまり、織姫、ベガ。社務所で売っていた交通安全御守ステッカー、琴座がデザインされてました。500円。買ったさ。そりゃあ買ったさ。買うだろ当然。夫の車に貼るか、自分の自転車に貼るか(ぇ
 余談ですが、実家に秩父神社の七星守もあります。北斗七星の図柄が蓄光で光ります。
交差点より機物神社機物神社拝殿

 それから、ちょっと調べたいことがあったので、機物神社近くの市立倉治図書館へ。隣が歴史民俗資料館だったので、習性として覗き、図書館2階の郷土資料コーナーへ。交野市史には目指す資料はなく、交野町史に該当の記述を発見。そこのコピーだけ取ってもらって、交野を後にしました。何の資料かって? マニアックすぎて判る人も少ないでしょうが、その昔、交野にあった陰陽道河内歴代組に関する記述です。たった2P分ですが。

 明日は大阪でMasaさんと遊んでもらいます♪ 四天王寺! 阿倍王子神社(そして末社・安倍晴明神社)! 阿倍野神社! 生國魂神社! 今宮戎! そしてお好み焼きになんばグランド花月(前通るだけ)〜♪←どんな取り合わせだ


オマケ。
高速で遭遇した馬運車。
小倉から栗東に向かって走ってるのかなぁ。
昨日小倉で走った馬乗せてるのかなぁ。
西宮名塩SA付近にて。


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・過去の「今日」。

2003年07月18日(金) カテキン入門

2004年07月16日(金)
  広島に戻っています

 断水は1日で直り、13日の朝4時には復旧していたようです。なのでその日の夕方、広島に戻りました。
 広島も連日猛暑です。焼けるような日差しは東京と変わりませんが、日陰に入ると涼しさを感じる辺り、東京とは雲泥の差です。でも外に出る気にならないことに変わりはないんですが。

 日曜日からは丸々1週間京都方面に出掛けます。時間があるので、比叡山や鞍馬・貴船方面にも足を伸ばし、夫と動ける時には更に遠出も考えています(車が使えるので)。取り敢えず初日は、京都に行く前に大阪・交野で星辰信仰に関する神社を見て回ろうと。昔、星田妙見だけは自力で行ったことがあるのですが、磐船神社と機物神社は断念していたので。
 機物神社。祭神は棚機姫、つまり織女星=ベガです。これは行かねば、でしょう。

 一泊だけ夫の実家に泊まるってのは気が重いんですが。

 先日、東京からトランクを送り返した際に、実家に置いてきた血圧計も入れておきました。昨夜計ったら上が80台下は50台。夜にそれってどーよ自分。今朝も似たり寄ったりでもうダメダメです。体組成計のデータも相変わらずな感じ。マジでダメダメじゃん自分。


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・過去の「今日」。

2002年07月16日(火) 読書の夏

2004年07月12日(月)
  ライフライン <画像あり>

 今日、昼過ぎの新幹線で広島に戻る予定でした。

 が、(自分的)早朝、夫(in 広島)からのメールで叩き起こされました。
「朝から断水。水道管破裂で復旧の目処立たないみたい」

 断 水 。

 そういう訳で、今日も東京にいることになりました。向こうでは自衛隊・呉市・広島市の給水車計27台が出る事態となっているそうです。自衛隊近くにいて良かったね(呉と云えば海自ですが、すぐ近くに陸自の駐屯地もあります)。

 給水車。
 大地震なんかの折に、テレビで見たことは勿論ありますが、実際に給水車のお世話になるような事態には、幸運にも今まで遭遇したことがありません。実家はずっとマンションの3階住まいのため、水不足で水圧が下がった時なんかにタンクまで水が上がらなくなり、3階以上だけ断水、とかいうことはあったのですが、その時は下に下りれば水が出る状態ですから、1階の駐車場まで水を汲みに行けば済む(それも重労働だけど)だけで、給水車なんてものは出る訳がありません。

 嗚呼給水車。
 野次馬根性旺盛な私としては、ちょっと給水車まで水貰いに行ってみたい!・・・なんて気持ちも正直あるんですが、梅雨明けした広島で水が出ない(しかも貯水なんてしてないし、夫は当然のように湯船にお湯なんか張ってない。つーかポリタンクもない)ってのはかなり致命的なので、広島行きは延期です。
 プライベート中の自衛官には会ってます(従兄自衛官)が、勤務中の自衛官と接する機会もないし、ちょっと興味あるんですけどね。ええ。でも水がないのは無理。

 市水道局のHPを見ると、どうやら一両日中には復旧のようです。ホントに復旧するかは判りませんが、明日昼までに復旧してれば明日戻ります。復旧するまで戻らない、ということです。
 でも週末から京都なんだよなー。いくらなんでもそれまでには復旧するよなー。

 夫は、先日の帰京の際に卵なんかを買って帰る為ドンキで購入したクーラーボックスで、水を貰いに行くらしいです。買ってて良かった?





こんな具合で水道管破裂(フジテレビより)
高さ20m以上吹き上がったらしいです。
左上に見える棒状の物は電柱だって。


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・過去の「今日」。


2004年07月11日(日)
  東京は雷雨、広島は梅雨明け。 <画像あり>

 九州・中国・四国に梅雨明け宣言が出た。
 一方、東京は正午を回った頃から雲行きが怪しくなり、雷鳴と共に雨粒が。今も東の空は明るいけれど、西の空は暗く、南では稲光が。

 参院選の今日。選挙の日は、午前は雨、午後は晴れ、というのが、投票率には良いらしい。朝から天気だと行楽に出掛ける人が増え、ずっと天気が悪いと投票にも行かない。でも、投票率を上げたいなら、夏の選挙なんてやめて、春と秋の気候の良い時にだけ選挙すればいいのに、なんて思う。

 さて、本日の投票率や如何に?
 私としては、一度、投票率20%を割り込むような事態にして、政治家達をビビらせたいとこなんですけどね。「今のままじゃダメだ!」って。





はてさて、
暗雲垂れ込めるのはどの陣営か?
12:21 東京


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・過去の「今日」。

2003年07月11日(金) もももすももも・・・

2004年07月10日(土)
  東京亜熱帯

 連日の30度越え。昨日までは3日連続35度。今日は32度。そして、やっと雨が降った。雨と云っても梅雨のそれではなくて、夕立。スコールみたいなものだけど。

 広島に越してから、「夏は暑いんじゃない?」と何度か訊かれた。
 そりゃあ、広島の夏だって「夏」なのだから暑いだろう。でも、絶対に東京よりは暑くない、と確信している。国内で夏に東京より暑いのは、今となっては熊谷・甲府・京都など、内陸性・盆地性気候の地区くらいではないだろうか。東京だって、都心部よりさらに内陸の練馬の方が2度は暑い(練馬に6年通った私が言うんだからマジよ)。

 埋め立てにより、都心部から海はどんどん遠離る。埋め立てられた沿岸部には、お台場や汐留などにビルが建ち並び、海風を遮断する。汐留シオサイトが出来てから、港区の気温が2度上がったなんて聞いた。海からの風が遮断されれば、東京は人工の盆地みたいなものだ。
 その点、広島の夏は(今のところ)重くない。湿り気が少ない空気はとても軽く、からりとしている。気温が多少上がっても、湿度が低ければ、体感温度は随分違う。何しろ、梅雨入り後も雨が降っていなければ乾燥注意報が出るような土地。じめついた夏とからりとした夏。同じ気温でもどっちがより暑いかは、自明のことだろう。しかも海はすぐ其処。海風を遮るような建物もない(島や山はあるけどね)。

 東京は今や亜熱帯。高層ビル群というジャングルに囲まれ、熱気も湿気も逃げ場を無くし、それらが上昇気流となってスコールを引き起こす。
 だって、本当の亜熱帯である沖縄より暑い夏なんて、おかしいと思わない?

 昔の東京は、もう少し涼しかったんですよ。最高気温31度なんて言われたら、「今日は猛暑だねー」なんて言えたくらい。


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・過去の「今日」。

2003年07月10日(木) 100円の功罪

2004年07月09日(金)
  そうだ、選挙に・・・

 行きません(爆)。
 正確に言うと、今回は「行けません」なんですが。
 何と、公示期間前に実家に戻り、投票日も実家な為、期日前投票?も出来なければ自分の選挙区の候補者すら一人も知らない有様。東京の候補者は知ってますがね。

 選挙といえば、昔は選挙カーが連日のように住宅地をがなり立てて廻るのが恒例行事でした。私はその候補者名連呼が大嫌いで、選挙期間中、一度でも名前を(選挙カーによって)聞いた候補者にはぜってー投票しねえ!(騒音公害!)と固く心に誓ったりもしたんです。結果、投票可能な候補者が限りなくゼロに近付いてみたり(でも選挙に行ったことないんですけどね)。
 それが、ここ最近の選挙では、選挙カーを余り使わないようですね。ターミナル駅の前なんかは話が別なら活動も別ですが、住宅地では殆ど見かけません(聞こえません)。政治家を志す皆さんも、やっと「名前を連呼する」ことの無意味さと迷惑加減を理解したんですかね。

 選挙に行かない私ですが、見ていて思うことは色々あります。小泉さんいい加減CMBGMX使うのやめようよ、とか(政党CMとしてセンスなし)。東京限定ですが、蓮舫の選挙ポスターに書いてある「ママフェスト」ってどういう意味よ?とか(母の祭典=Mama Fest?)。選挙に行かない私には、何も言う資格はないかも知れませんが、自分のHPでくらい何言ったっていいじゃない。

 ところがです。ところがですよ。
 広島の我が家には、広島の選管から葉書の投票所入場券と、東京の選管から「転出者用投票所入場整理券」が届いているようです(夫談)。今回の選挙は323日までに転入届を提出していればそこで投票できるため、私はぎりぎり広島での選挙権を有しています。
 が、ホントギリギリだったんですよ。東京に転出届を出したのが、確か18日くらい。東京の側では私がいつ転入届を出したかなんか把握しようがないんでしょうね(転出先は転出届に記載しますがいつ転入届を出すかはその時点じゃ判んないもの)。
 で、その転出者用投票所入場整理券ですが、それと一緒に転入届を出した日を証明するものが必要なのかと思いきや、何も要らないみたいです(ダンナが見た限りなので確かではありません)。それがホントなら、それってつまり、私、二重投票出来ませんか??? 一両日中、若しくは同日に両方で投票をしても、チェック出来るような機能が全国の選管に配備されてるんでしょうか? マジで?

 二重投票。そんな選挙ならしてみたかった(ッち)。どっちも白票投じてやるぜ。


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・過去の「今日」。


2004年07月08日(木)
  偽りのあたし

 友達に会った。大事な友達。披露宴では友人代表としてスピーチも買って出てくれた、大切な友達。
 その彼女から昨日、「明日、夕飯でもどう?」とメールを貰った。勿論、と即レスして、今日に至る。

 彼女と話していて思った。気が付いたのではない。再認識しただけだ。
 彼女は私を(言い方が正しいかどうかは微妙だけど)買い被っている。
 私は強くない。よって優しくもない。器も決して大きくないし(特に間口は恐ろしく狭い)、オトナでもない。
 飽く迄も、他人に自分を偽っているだけで、要するに、私は貴女を上手に騙せているのだ。ごめん。あたしはあんたに嘘吐いてる。
 自分の弱さを正直にさらけ出してくれてるあんたは、自分が思うほど弱くないのかも知れない。傷付きたくないのは誰でも一緒。私は「誰かを傷つけた」という事実によって「自分が傷付く」のが怖いだけだ。

 しなやかになろう。柔軟になろう。柳のように。雲のように。

 ね。

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 食事の前には一人バーゲンへ。冬物も含め(だって冬物半額だったんだもの)トップス6枚にジーンズ(これも半額)1本。それにサンダルを1足。トランクに詰めて、広島へ送ります。


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・過去の「今日」。

2002年07月08日(月) まだまだイケる!(かもしれない。)

2004年07月06日(火)
  FOMAの使い道

 帰国したら父が携帯をFOMAに機種変していました。
 前にも何処かで書いたような気がするんですが、うちの父は携帯電話を「電話」としてしか使用していません。御丁寧にi-MODEを解約するほど。その父がFOMA。何故?と問うたら、
「形が格好良かったから。それと、これが一番新しかったから」
 使いこなせない可能性の方が高いと思います。絶対。

 ちなみに、前の携帯は壊れて電源が入らなくなったんだそうです。データの救出が不可能な為、父はひどく落胆しています。アナログ人間なんだからさ、紙のバックアップは必要だよ、お父さん。

 ちなみに、FOMAの方が通話可能エリアが狭いことも父は知りませんでした。movaとデュアルモードの契約にすれば、FOMAのエリア外でも使えるよ、と教えましたが、恐らく意味を理解していません。

 先が思いやられます。


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・過去の「今日」。


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