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2010年10月05日(火) |
【音楽・映像】本当の音楽家の演奏。クラウディオ・アラウが85歳で弾いた「皇帝」。 |
◆最近、「巨匠」と呼べる音楽家がいなくなりました。
世の中に秀でた才能が現れるときは、何故か一度に現れるのです。
そして、同じ頃に生まれるから、いなくなるときは一度にいなくなる。
人間は、生まれる時代を選べませんから、このようなことを書いても意味がないのは
百も承知ですが、二、三十年、タイミングをずらしてこの世に現れて欲しいものです。
今日は、20世紀に於ける、紛れもないピアノの巨匠をご紹介します。
◆クラウディオ・アラウというピアニストです。
クラウディオ・アラウ(1903-1991)のプロフィールについては、ウィキペディアをご参照下さい。
南米チリ出身でアメリカを中心に活動したピアニスト。
と、書かれていますが、何処で生まれ、どのような経歴だったか、はアラウの演奏とは無関係です。
音楽家は、その日、その時の演奏によってのみ、評価されるべきなのです。
これから、ご覧頂くのは、クラウディオ・アラウが1988年、つまり85歳の時に、
ロンドンのバービカン・ホールで、コリン・デイヴィス指揮、ロンドン交響楽団と、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73「皇帝」を演奏した映像があります。
ステージに登場するアラウを見ると、多少足腰が弱っているように見えます。
また、いくら若い頃に「技巧派」と言われたピアニストであっても、やはり加齢と共に、
指が回らなくなり、「衰え」が聴衆にはっきり分かってしまう場合も多いのです。
◆クラウディオ・アラウが音楽家に尊敬されたのは、最後まで高度な技術と音楽を維持したからです。
これからご覧頂く「皇帝」は五つのファイルに分割されてしまいますが、
とにかく、最初から最後まで、驚くほどはっきりしたタッチ、高度な技術が保たれています。
これは、クラウディオ・アラウが、高名なピアニストになってからも(なったからこそ)
地道な練習を続けていなければ、絶対に不可能です。
演奏開始前の映像を良く見て下さい。アラウがステージに登場しただけで、
客席のみならず、オーケストラの各プレイヤーも、この老巨匠を尊敬しているので、
楽器を置き、両手で大きな拍手を送っています。こんな光景は、他に見たことがありません。
◆ベートーヴェン作曲 ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 作品73
もう一度書きますが、これは、この名演奏家の最晩年、1988年(当時85歳)に記録された、
音声と映像です。
Beethoven - Piano Concerto no.5 by Claudio Arrau 1
第一楽章の続きです。
Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 2
まだ第一楽章が続きます。再生開始後、4分03秒までが第一楽章です。
4分20秒付近から、アダージョの第二楽章になります。
テンポが遅ければ、演奏は易しいかというと、とんでもないのです。
遅いだけに、音の動きがはっきりと聴衆に分かります。一音でも間違えたら、
すぐにバレます。また、速い楽章は指がよく動くだけでお客を感心させることができますが、
緩徐楽章(テンポが遅い楽章)は、ただ弾いたら、台詞の「棒読み」に等しい。
演奏家の音楽性が、モロに表れます。
Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 3
ファイル4は、第二楽章の続きです。
協奏曲では、常にオーケストラがソリストの伴奏をするとは限りません。
このNo.4のファイルで言うと、再生開始後2分過ぎから、木管楽器の旋律をピアノが分散和音で
伴奏する、という形になっています。クラウディオ・アラウの演奏を注意して聴いて頂きたいのですが、
木管をよく聴いて、彼等に音の強弱の変化を合わせています。「協奏曲」たる所以です。
「皇帝」は第二楽章と第三楽章は切れ目なく演奏されます。
その時に、3分20秒辺りから、ピアニッシモですが、ホルン奏者2人がB♭をオクターブで、
ずーっと伸ばします。
第三楽章に入る所で、ピアニストとしては、少し勿体ぶりたい所ですが、あまりそれをやられると、
ホルン奏者は、息を吸うところがないので、たまりません。二人がオクターブでB♭を吹くので、
どちらかが誤魔化すとすぐにばれます。
ピアニストにあまり遅く弾かれると、40秒から50秒吹き続けるハメになります。
Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 4
最後、5番目のファイルはフィナーレ(終楽章)の途中から終わりまで。
クラウディオ・アラウが、どんどん調子が良くなります。
はじめが悪いということではなく、謂わば「ノッ」て来たという感じです。
最後の最後まで、全ての音がクリアに、正確に、強すぎず弱すぎず、全てを心得た演奏です。
Beethoven Piano Concerto no. 5 by Claudio Arrau 5
演奏終了後、ロンドン交響楽団のメンバーの様子を見て下さい。弦楽器奏者も皆、
楽器を膝において、両手で(つまり聴衆と同じように)拍手しているでしょう?
オーケストラ全員がこういう態度になるのは、本当に、ソリストを賞賛しているのです。
大したことないな、とオーケストラが思ったときはヴィオリンやヴィオラの人達を見れば分かります。
楽器を左手に持ったまま、弓も右手で持ったまま。右手の中指あたりで、楽器の裏側をパラパラと叩く。
表情も何となく、シラーっとしています。
こういうのは、謂わば「おざなり拍手」です。「まあ、下手でもないけど、頑張ってね?」ということです。
そして聴衆の反応。欧米では、日本みたいに最初から、やたら大きな声で「ブラボー!」ということはないのです。
最初はむしろ、控え目な拍手ですが、アラウが何度もステージに戻ってくると、段々拍手の音が大きくなり、ブラボーが
飛びます。これがヨーロッパの典型です。見ているこちらまで嬉しくなる、いい画です。
◆何故、クラウディオ・アラウ85歳でもこれほど上手いのでしょうか?
それは、練習を続けているからです。
この映像は88年。クラウディオ・アラウ氏が亡くなる3年前です。
それでも、お客さんに演奏を聴いて喜んで貰いたかったのでしょう。音楽で表現したいことがあったのでしょう。
そして、お客さんからおカネをとって演奏を聴かせる以上、80歳だろうが、85歳だろうが、下手な演奏で良い訳がない。
お客さんに演奏を楽しんで貰うために出来る限りの練習をする。それでも弾けなくなったら、引退する。
これが、本当の音楽家の姿です。
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