単身上京する。 やや強引に一泊の予定を組んだのは、久しぶりに飲みに行くためだった。
2月は疲弊した。 Hの氷登りに週末をとられ、平日はあたらしい仕事に気力をもっていかれ、 次から次へと押し寄せる業務を前に休むことも許されず、 奴隷船の地下でオールをこぐベン・ハーみたいに暮らしていた。
そして、ベン・ハーのごとく、復活も考えた。
しがらみのない故郷の土地で、家族とかかわりのない古い友達と 好き放題に話をしたいと思う気持ちが嵩じ、周到に計画を練ったのである。
*
かくして計画は実行された。夕刻からうきうきして小田急線に乗り込む。
下北沢は駅前再開発の計画があり、改札から階段を下りたところには 工事用のゲートが建っていた。 この街も今度来る時には、きっとすっかり姿を変えているのだろう。
10年目を迎えるTさんのバーの様子も少し変わったかもしれない。 顔と名前を覚えていてくれたのが、嬉しかった。
最近どう?の会話が一巡し、なんとなく間が空く。
それぞれがそれぞれに気がすんで、もう自分の持ち場にもどろうという気運になったところで解散。
最後のジュースみたいなカクテルは、非番だったTさんがカウンターに入って作ってくれた。
久しぶりに店を訪れた自分のために、 こんなふうに心を込めてくれる人がいる。 Tさんのカクテルは、しみじみ嬉しかった。
また会おう、と、あてのない別れの挨拶。 こんな時間をそうそうとることができないのは、みな承知している。
友人は家族ほど親密ではないけれど、 友人にしか暖められない心の部分みたいなものも、あるのかもしれない。
2009年03月03日(火) 更地渡しの時代に 2008年03月03日(月) 2007年03月03日(土) 2006年03月03日(金) ひとくぎり 2005年03月03日(木) 低俗の海へ 2004年03月03日(水) 寒の戻り
|