毎朝通りかかるSさんの旧借家は、彼女達が出て行ってからずっとForRentになっていたのだが、先日から重機が入り始めて、あっという間に取り壊された。
屋敷を囲んでいるうっそうとしたケヤキの大木も、実をたわわにつけた柿も梅の木も、みんな切り倒された。 フキノトウや三つ葉で覆われていた小さな素敵な流れは破壊され、濁水が広がっている。
幹線道路沿いの目立つ場所だったから、あすこが無くなったねと認識する人は多い。
そして、新たに普請するのだろう、昨日は測量用の水糸が張られ、地鎮祭が行われていた。
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言っちゃ悪いが、それだけかき混ぜておいて地鎮祭もないだろうという気持ち。
田園地域の屋敷が更地にされ、細切れにされて売り払われる様は、痛々しい。 残念ながらこのあたりでは度々目にする光景であり、おそらくこれからさらに増えるだろう。
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件の屋敷跡は、夏頃にはきっと、ツーバイフォーの量販ハウスが窮屈に建って、小さな植栽が植えられたりするのだろう。 この植えた木が大きくなればいいね、などと話したりするのだろう。
その家族は何も間違っていないし、新居で思い描く未来は幸福でなければいけない。
良くも悪くも、無関係なのである。 そのことの、何とせつないことか。
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私達は学ばねばならない。 更地渡しでは、決して手に入らない時の重なりというものがある。
私たちには、かつて生きた者の形跡を必要とする時がある。 私たちの心を現世の孤独や不安から解き放つのは、そこにあった物語であり、 それを引き継いだ者が、本当のランドオーナーである。
そして、それは住まいに限った話ではない。
国土も、政権も、経済も、積み重ねをないがしろにした更地渡しでは決して手に入らないものがある。
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