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2010年11月21日(日) |
【バレエ】吉田都さんの「ロミオとジュリエット」を見て。 |
◆金曜のNHK教育「芸術劇場」視聴後、所感。
天下の英国ロイヤル・バレエのプリンシパルを15年務めた吉田都さんは、
今年の6月29日、東京文化会館でのロイヤル・バレエ日本公演、プロコフィエフ「ロミオとジュリエット」の
ジュリエットを踊ったのが、ゲスト・プリンシパルとしての最後の舞台となりました。
私はオーケストラは小学生の頃から聴いています。その中で「バレエ音楽」は以前から知っていましたが、
初めて本格的なバレエ公演を見たのは、1993年から1997年までロンドンに駐在している最中でした。
音楽記事はしばしば書いていて、それすら素人の知ったかぶりですが、
バレエは、知ったかぶりすら出来ません。本当は、もっと長い鑑賞歴のある人でなければ、
吉田さんの真価は分からない。その分からないという点を自覚しながら、僭越ながら書かせて頂きます。
◆ロイヤル・バレエの歴史に於ける3大人物。
今更書くまでもありませんが、「ロミオとジュリエット」はシェークスピアの余りにも有名な戯曲で、
戯曲をまともに読んだ事がなくても、「あらすじ」は誰でも知っているほど有名な作品。
それに、プロコフィエフが音楽を書き、ロイヤル・バレエでは、、ケネス・マクミランが振付たものです。
因みに、ロイヤル・バレエは、ニネット・ド・ヴァロア女史(1898-2001)が創立者であり、
フレデリック・アシュトン(1904-1988)、ケネス・マクミラン(1929-1992)二人の振り付け師が
現在のスタイルを創り上げた、と大雑把にまとめるならば、そういうことです。
我々素人には分かり難いのですがが、バレエ公演では、音楽は決まっているが(一定であるが)
踊りの振付を決めるのは振り付け師の裁量に委ねられているので、この才能、センスが
バレエ団の特色を大きく左右するわけです。
英国のバレエは、ロシアともアメリカとも違うやや控え目な、上品な振付が特色とされています。
◆下手な台詞より、雄弁な振付と演技。
何しろ、バレエでは、言葉は使えず、ダンサーの身体の動きと演技で、
全てを表現しなければならないから、振付師の責任は極めて重大です。
バレエと言っても色々あって、これからの季節は「くるみ割り人形」で、
あれにも、勿論ストーリーはあるのですが、
どちらかと言えば、踊りそのものが全て。古典的なステップを鑑賞するものですが、
「ロミオとジュリエット」になると、踊りだけでは表現しきれないストーリー性の強い
作品なので、ダンサーは、踊りにおいて性格かつ優美な踊りを披露しなければいけないのは
他のバレエ作品と同じですが、特に一番最後、ジュリエットが仮死状態に陥るクスリを飲んで
ロミオを待っていたところ、それを見つけたロミオがジュリエットは本当に死んだと思い込み
自殺し、意識を取り戻したジュリエットがそのロミオを見て悲嘆に暮れ、後を追うというシーンは
踊りと言うよりも演技で(それも広義の「踊り」なのかもしれませんが)、しかも演技と言えども
バレエ・ダンサーは台詞を口にすることは出来ないのですから肉体的表現が全て、となります。
最後のジュリエットの吉田都さんは、鬼気迫るものがありました。
吉田都さんの「スーパー・バレエ・レッスン」を毎週金曜日22時25分から放送していますが、
吉田さんは生徒にしばしば「役柄を忘れないように」、と注意しますが、
そう仰有るだけあって、吉田さんはジュリエットそのものになりきっていた、と言っても過言ではない。
これだけ、「身体の動き・表情」のみであの物語の悲劇性を表現出来るなら、逆に普通の芝居における
「台詞」が却って陳腐に見えます。
ロミオ、あなたは、どうしてロミオなの?
どうですか?戯曲だから本来台詞で演ずるのですが、如何にも余計に思えてきます。
◆物凄い努力を重ねていたのですね。
「ロミオとジュリエット」に向けての吉田さんの3ヶ月を10月にNHKが「プロの流儀」で、
ドキュメンタリーとして放送しました。それによると、ロイヤルバレエに所属するダンサーは
全部で97名。大半は20代。相当頑張っても30代で殆どが辞める。しかし、吉田さんは44歳でプリンシパルです。
ダンサーのランクを高い方から書くと、
- プリンシパル
- ファースト・ソリスト
- ソリスト
- ファースト・アーティスト
- アーティスト
となります。1度プリンシパルになったら、ずっと自動的にプリンシパルなのではなく、
下手クソになったと思われたら降格するのですから、油断は出来ません。
バレエというのは、素人が見ても明らかにダンサーの身体に、尋常ではない負担が
かかると思います。女性のダンサーがよくやる、つま先立ちのまま歩くのがありますが、
よく、足首が「グキッ」とならないな、と思います。
実際、気を付けないと、常に怪我の危険がある、と吉田さんはおっしゃっていました。
下手をすると踊れなくなる。
それを防ぐ為に普段から、筋力トレーニングその他の訓練が欠かせません。
常に気が安まるときが無い、プリンシパルとしての15年だったろうと思います。
◆吉田さんをプリンシパルにしたロイヤルバレエもすごい。
ベルリン・フィルの第一コンサートマスターを25年務めた安永徹さんが、コンサートマスターになった自分よりも、
日本人をコンサートマスターにすることを決めたベルリン・フィルの決断がすごい、と思った。
という趣旨の言葉を述べられたことがあります。
英国ロイヤル・バレエについても同じ事が言えると思います。
何しろ、バレエ(踊り)自体は視覚が中心の芸術で、西洋人が書いた西洋人の物語を、
西洋人が、西洋風の踊りで演ずるのですから、そこに東洋人が混ざっただけで、視覚的違和感が生じます。
実際、「ロミオとジュリエット」では、ジュリエットが登場するまで、欧米人を中心に物語は進みますが、
その容姿の美しさは、唖然とするほどなのです。普通に考えれば、白人がプリンシパルの方が自然です。
しかし、いざ、吉田さんが登場すると、その存在感は人種、肌の色を超越しています。
なるほど、プリンシパルを15年も務めた人だけのことはあります。演じている間、吉田さんの意識は
西洋人のそれにシンクロ(同調)しているのでしょう。
◆吉田さんが師と仰ぐ、ピーター・ライト氏の言葉「都のグラン・フェッテは私の心にずっと残っています」
NHKのレッスン番組に合わせて、スーパーバレエレッスン ロイヤル・バレエの精華 吉田都
というテキストがあり、吉田さんが最初に所属した、サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現:バーミンガム・ロイヤル・バレエ)の
名誉監督、ピーターライト氏の手記があります。82ページの
(吉田)都のグラン・フェッテは私の心にずっと残っています
というピーター・ライト氏へのインタビューですが、そこにこういう一節があります。
(質問):ニネット・ド・ヴァロアさんが吉田さんの(白鳥の湖)の32回転のグラン・フェッテについて語ったそうですね。
(答):はい。都がカンパニー(注:バレエ団)に入団する前のことです。最上級のクラスでは生徒全員が学期末にテスト・レッスンを受けるのですが、最後の課題が32回転のグラン・フェッテだったのです。ド・ヴァロアは当時80歳代後半か90歳代前半だったと思いますが、その様子を見ていました。全員がフェッテをやったものの、みんな、かなり苦労していて、出来ない人もいました。しかし都は、美しく、やすやすとやってのけたのです。すると、デイム・ニネット・ド・ヴァロアが立ち上がり、クラスを見学していた人々にこう言ったんです。「私は、こんな詩的な優雅さのあるグラン・フェッテを見たのは初めてです」と。実に美しい出来事でした。このときのことはずっと私の心のなかに残っています。
因みに32回転のグラン・フェッテ(白鳥の湖)とは、これは吉田さんではありませんが、こういうものです。
ご参考までに。再生開始後、30秒付近から始まります。
白鳥の湖 32回 グランフェッテ
完全に身体の中心線が垂直に保たれていることが前提条件で、しかも「単なる回転」ではなく「詩的である」と。
ロイヤル・バレエの創始者にここまで言わせる吉田さんには、紛れもなく天賦の才があるのでしょうが、
それに甘んじることなく、今なお研鑽を積む姿には頭がさがります。
最後になりますが、6月29日の東京公演、オーケストラは昔からバレエ伴奏に慣れている東京フィルハーモニー交響楽団でした。
プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」は音楽だけでも素晴らしいので、コンサート・プログラムにもしばしば登場しますが、
とにかく弦も管も打も難しい曲ですが見事な演奏だったと思います。
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