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JIROの独断的日記
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2008年01月23日(水) 私は誰のファンでもない。ハンス・シュトゥッケンシュミットという音楽評論家のこと。

◆私は「○○のファンだ」と書いたことはありません。

今日の記事は、客観的にお読みになるとやや滑稽かも知れないが、私の信条を記す。

私は、これまでに随分多くの音楽家(演奏家)を紹介し、ごくわずかな例外を除き、絶賛している。

例えば森麻季さんは、世界的に見て超一流のソプラノである、と書いた。今でもそう思っている。

JIROの独断的日記ココログ版には、ご本人のコメントを頂き、感激!などと書いているから、傍目には

「何、言うとんねん?」

と映るかも知れない。が、私は森麻季さんのファンだとか、ジャーマン・ブラスのファンだ、と自ら書いたことは無い。

それは、ファンである、と書いた瞬間に、その演奏家に対する評価・評論の客観性が失われるからである。

「ファン」という存在はパフォーマーにとって両刃の剣である。

どんなときにも支えてくれる、温かく見守ってくれる人々がいる、という状況は、「芸人」にとってありがたいものである。

しかし、同時にファンの声だけを聞くようになり、それに甘んじたらお仕舞いである。

ファンではない人間は、普段の演奏がどんなに良くてもあるステージが良くなければ良くない、と言うのである。

ヨーロッパの歌劇場では、一流の歌手と言えども、その日の出来が悪ければ、ブーイングが飛ぶ。

演奏家にとっては、こういう「怖い聴衆」も必要なのである。こういうことがあるから、常に研鑽を積まねばならない。

反対にファンでは無い人間が絶賛するからこそ、評価に客観性が生ずる。

私が誰のファンでもない、と、一見冷たいことを書くのはそう言う理由による。

分かっていただけるだろうか。


◆ドイツに、ハンス・シュトゥッケンシュミットという、音楽評論家がいた。

既に故人だが、ドイツに、ハンス・ハインツ・シュトゥッケンシュミットという高名な音楽評論家がいた。

評論家といっても、本場の評論家は次元が違う。この人はもともと、作曲の勉強をしていた人だ。

深い学識に支えられた、公正無私、潔癖で的確な批評で人々に尊敬されていた。

朝比奈隆さんが昭和30年頃、ベルリン・フィルを指揮したことがある。

このときに、シュトゥッケンシュミットに褒められた。大変なことである。



実は、コンサートの前、コンサートマスターが「うるさい批評家が来ているから、知り合いになっておいた方が良い」

というので、朝比奈さんはロビーでコーヒーでも飲みながら話をしようと思って行ってみたら、

シュトゥッケンシュミットがポツンと座っていた。コーヒーを注文してすすめたら、シュトゥッケンシュミットは、

「折角だが、これは演奏会が済んでから頂戴する」

と言ったそうだ。別に公務員でも何でもない。コンサート前に演奏家からコーヒー一杯驕って貰ったところで収賄罪になるわけでもない。

シュトゥッケンシュミットは、あくまでも公正中立、絶対無私の立場を崩さない人だったらしい。

しかし、シュトゥッケンシュミットは朝比奈隆さんが振ったベートーヴェンの交響曲第4番の演奏を高く評価した。

があくまで、客観的だった。第三楽章のトリオと呼ばれる中間部分ではテンポを落とさなければならない。

朝比奈さんは、やはり初めてのベルリンフィル、ということもあったのだろう。十分テンポを落とさなかった。

シュトゥッケンシュミットは見逃さなかった。全体としては演奏を絶賛してくれたが、
「トリオが遅くなっていない。これは大変残念なことである」

当時新人だった朝比奈さんを激励しながらも、好意的に忠告してくれたのである。

朝比奈さんは、「適切な批評とはこれほどありがたいものか」と思ったそうで、それ以来、ベートーヴェンの4番の

3楽章、トリオに来る度、シュトゥッケンシュミットを思い出して、トリオは遅く、と自らに言い聞かせていたそうだ。


シュトゥッケンシュミットは、朝比奈さんのコーヒーに限らず、演奏家とは一切会わず、コンサートに来ても独り、ロビーの片隅に

いたそうだ。いうまでもなく、親しくなった演奏家には客観的な批評が出来なく、或いはしにくくなるからだ。

そうやって、何十年も評論家生活を送っていたのである。寂しく無かった訳はない。

しかし、彼は孤高を保ち、芸術に忠誠を誓ったのだろう。


私は、自分が「評論家」と呼ばれるに値すると自惚れるほどのバカではない。

が、シュトゥッケンシュミットの逸話を知ったとき、非常に感銘を受けた。

私が誰のファンでもない、といっても、他人様にはそうは見えないかも知れないが、

私の気持ちは「シュトゥッケンシュミット」なのである。

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