白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2008年10月29日(水) 上手く立ち回れない人

昨夜、テレビで高橋尚子の引退のニュースを見ていたら夫から「宝塚歌劇を観る乙女のような顔をしている」と言われてしまった。

実際のところ胸が一杯になっていたのだ。辛うじて泣きはしなかったけれど年をとると涙もろくなる……と言うか。私は高橋尚子が特別好きだった訳ではない。むしろ「惜しまれる時に引退すればいいのに」と常々思っていた。と、同時に「この人は本当にマラソンが好きんなだなぁ。もっと上手く立ち回ればいいのに馬鹿だなぁ」とも思っていた。

「上手く立ち回れない人の生きざま」というのは私の涙腺のツボなのだ。

なんと言ったらいいのかなぁ。すごく楽な生き方とか、やり方があるのが分かっているのに、そう出来ない人を見るとヤキモキしながらも「頑張れ」と思ってしまう。スポーツ選手だと、引き際を知っていて頂点の時に引退して、その後も活躍している人を見ると「素敵だなぁ」と思うのだけど、高橋尚子のようにギリギリまでやっちゃう人を見ると「馬鹿だなぁ」と思いつつ「ウッ」っときてしまう。今、現役で頑張っている人だとボクシングの辰吉なんかがそう。彼もボクシングが好きで好きでたまらないのだろうと思う。ボクシングにしがみついている様は心にグッっときてしまう。

生きていると「そっちに行けば楽なんだろうけど、分かっちゃいるけど選べない」ってことが多々ある。そこをうまく立ち回っていくのは素敵だけれど、上手く立ち回れなくても、それはそれで魅力的だと思うのだ。

もっとも自分の身近にいる人には、上手く立ち回って楽しく生きて欲しいと思う。でも、あえて立ち向かっていくのであれば、やっぱり応援してしまうかも。人間は理屈で割り切れないものを抱えて生きているのだもの。

それはさて置き。高橋尚子は、きっと一生走っているのだろうなぁ。一生をともに出来る何かを持っている人は強いと思う……なんてことを考えつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。

先週「数日中に花を活けよう」と決意したけれど、やっと花を活けてみた。1輪挿しに1輪だけ。家に花があるって、やっぱり良いものだと思う。








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【同月同日の過去日記】
2006年10月29日(日) 愚弟の恋
2005年10月29日(土) ちいさなおうち
2003年10月29日(水) にわかブームとか。
2002年10月29日(火) 失業生活2日目の朝。
2001年10月29日(月) メールについて色々と。

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