分娩室に入った私は、もはや「まな板の上の鯉」も同然だった。ここまで来たら産むしかない。産むには助産士さんの指示に従うしかない。
まめまめしく夫が介助してくれる中、頭の中では母親教室で教わった事を復唱しつつ、出産に挑んだ。出産にはエネルギーがいるから分娩室では飲食OKだった。長期戦に備えて、お茶とおにぎりを用意していたが、おにぎりを食べるどころではなくて、お茶を飲むのが精一杯。用意したおにぎりは、ろくに夕食を取らなかった夫の夜食となった。
「初めての出産は1日がかりだと覚悟しておきなさいね」と聞かされていたのだが、私の場合は経産婦さん並のスピードで出産が進んでいった。途中、助産士さんから「ここまできて声を我慢出来るなんて辛抱強いですね」と、お誉めの言葉を戴くが「だって母親教室で声出すな…って言ってたじゃないですか」と突っ込みたくて仕方がなかった。が、流石に突っ込みを入れる余裕などあるはずもなく、痛みを逃すのに必死だった。
ちなみに母親教室ては「声を出すと体力を使うばかりで力が逃げるから声は出さない」「いきんで良いタイミングが来るまで痛みを逃す」「決して目を瞑らない」の3点を強く言われていた。「そうしないと、お母さんだけでなく赤ちゃんがしんどくなりますよ」とも聞かされたので、私は生真面目に遵守していたのだ。
それにしても感心したのは、助産士さんの「産ませる技術の高さ」だった。母親教室で受けた注意事項は理にかなっていたし、言葉がけ1つ取っても産婦を上手く導く素晴らしい物だった。私は必死ながらも「素晴らしい技術だなぁ」と、つくづく感心していた。分娩室に入って4時間と少し。11日の午前3時15分に娘を出産した。産声を聞いた時は嬉しいよりもホッとした。小さいながらも元気な赤ん坊だった。胸の上にヒョイと乗せられた産まれたての赤ん坊はグロテスクで可愛いとは言い難い様相をしているのに「可愛いなぁ」と思えたのが不思議だった。
夫はビデオで娘が産後の処置を受けているところを撮影。私は胎盤を出したり、処置を受けたり。出産って赤ん坊が出てきて終了…ではないのだ。赤ん坊が出てきてからも、案外辛くて、痛みから解放されたのは臍の緒を切られ、産湯を戴いた娘を連れてきてもらった頃だった。
出産の瞬間は感動も何もあった物では無かったけれど、初乳を与えた時はグッっと来た。低体重児で小さいながらも、逞しく乳を吸っている娘の姿を見て「ちゃんと生きてるんだなぁ」と心底嬉しかった。不器用に乳を吸う娘の姿は、きっと一生忘れないと思う。
……ってな感じで、出産についてサラッっと書いてみた訳だけど、まだ少し書き足りない事があったりする。それらの事柄については次回に続く……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。