無責任賛歌
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| 2002年09月20日(金) |
ついに発売! アレとアレ(^o^)/映画『インソムニア』ほか |
しげから聞いた話。 劇団メンバーの愛上さん、しげがパートに出ているリンガーハットの面接を受けて内定を貰ったとか。 「愛上さん、仕事してなかったっけ?」 「かけもちするんだって」 愛上さんとこも子供が二人いて、生活が大変だってことはわかるんだが、かけもちでバイトってのはちょっとキツイんじゃないだろうか。 「お子さんはどうしてるの? おばあちゃんが面倒見てるんかね?」 「じゃない?」 「じゃあ、母乳で育ててないんだ」 「……なに心配してんの? 何かしてやれるわけじゃあるまいし」 「そりゃそうだけど、知り合いのこと心配しちゃいけないのかよ。だったらオレも、オマエのこと心配せんよ」 「なんで!? アンタと俺、他人?」 「他人じゃん。オレが何か言っても、勝手に行動するくせに」 「アンタもそうやん!」 「……だから他人だろ?」 「……」 情がない人間はこうして墓穴を掘るのである。 それにしても、愛上さん、仕事続くのかなあ。結構というか、相当オッチョコチョイで、ど忘れと思い込みが服着て歩いてるリアル「サザエさん」な愛上さんのことだから、きっといろいろ面白いトラブル起こしそうで、期待……ああ、いやいや、心配しちゃうんだけれど。
明日、休日出勤の予定なので、今日は仕事から帰ったら、さっさと寝ちまおう、と思っていたのだが、しげが「映画には行かんと?」と言い出す。 てっきり映画に行くものだと思いこんでいて、仕事休みを取ったとか。全く、こっちの都合も聞かずにこいつは。 仕方がないので、付き合うことにしたが、一方的に振り回されるのも癪なので、ムリヤリ博多駅に寄らせて、紀伊國屋でDVDや本を物色する。 ついに出たぞ黒澤明ボックス(^^)。 第1弾は大映編、『静かなる決闘』『羅生門』『まあだだよ』だ。しかしDVD一枚2500円が普通の時代に、わずか3本で15000円というのは、いくら特典が付いてるとは言え、絶対ボッてるぞ。今月はデカイのはこれだけで、他に買うものがあまりないから助かるが。 『映画クレヨンしんちゃん アクション仮面VSハイグレ魔王/嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』のDVDの広告チラシがあったので、早速予約。これにはしげも文句はつけない。ただ、同時発売のテレビ傑作選とスペシャルの方は「キリがないじゃん」と許してくれなかった。テレビシリーズもパロディの効いてる回なんか面白いと思うんだけどなあ。
時間に気ぜわしいしげに尻を叩かれて、慌てて博多駅から出る。 最初トリアスに行こう、と言っていたしげ、車が込んでいるので急遽ワーナーマイカル福岡東に変更。やってる映画はたいてい同じだし、ここのマイカルは休日でもホントにがら透きなので、いつでも貸し切りに近い状態で座れるのである。……よく潰れずに持ってるよなあ。 近所に「カルビ一丁」という焼肉屋があったので、そこで遅目の夕食。 しげはいつもデザートを先に頼んで食べるのだが、「かぼちゃ娘」という名のアイスクリームをひと口だけ分けてもらう。かぼちゃをアイスでくるんだだけのシロモノなのに、これが意外にも美味い。美味いのはいいのだが、しげ、「美味ーい、美味ーい」と声に出して食っている。近所に聞こえてるのが気にならんのかなあ。 ファミリー盛りみたいなのと、うどんクッパ。 うどんのコシ、ノビがあるのに歯応えがあるあたり、「かろのうろん」によく似ている。多分、博多のうどんの原産って、韓国なんじゃないかな。こういうことを言い出すと、「いや、うどんは日本で独自に発展したんだ」とか反駁したがる人は多いよね。別に不必要に韓国を崇め奉る必要はないが、日本の文化、特に九州の文化が朝鮮経由であることは素直に認めた方がいいんじゃないかなあ。
映画『インソムニア』。 実は、今日何の映画を見に行くかは全く決めてなかったんだが、しげが、「アル・パチーノとロビン・ウィリアムスが共演してるんだよ!」のヒトコトでこれに決まり。と言うわけで、事前情報を全く知らない白紙の状態で見ることになる。おかげでタイトルの意味も知らなかったが、“insomnia”って、「不眠症」って意味なんだね。主人公の刑事が過失から殺人を犯し、その罪悪感から不眠症に陥るってことなんであった。こういう病名をタイトルにした映画で真っ先に思い浮かぶのは何と言ってもヒッチコックの『サイコ(psyco)』『めまい(vertigo)』なんだけれど、もともとは医学関係者の俗語で人口に膾炙していたとは言えない「サイコ」って言葉を既知外の意味で流布させちゃったってのは、結構功罪相半ばするものがあるのではないか。まあ、「インソムニア」にはそんな心配はなかろうが、邦題、もうちょっとなんとかならなかったものかね。「眠れない」。「睡魔」。「眠たい男」。だめか。
映画の中身が当たりか外れかってことは微妙なところだなあ。脚本がヘタというほどではないのだけれど、映画としてハッタリの効いた見せ場がほとんどなくて、全編地味な印象だし、なんたって、アル・パチーノがまるで刑事に見えないのと、ロビン・ウィリアムスが全く異常性格の犯人に見えないのがどうもね。名優の評判が高いこの二人だが、実は私はあまり買ってはいない。基本的に役柄の幅が狭い人たちだと思うんである。それじゃ見所ないんじゃないか(^_^;)。 もとはノルウェーの映画をリメイクしたものだそうである。別の俳優が演じたほうが面白くなってたんじゃないかなあ。
帰宅して、CSファミリー劇場で『快傑ズバット』第8話「哀しみのプロパン爆破」。 用心棒の地獄市役、三夏伸の演技が、顔つきと言い、首の動かし方と言い、いや、その殺陣に至るまで、本家座頭市を忠実にコピーしているのに驚く。この人何者? と思ってネットで調べてみたら、昭和ガメラシリーズでも常連の、大映専属の役者さんだった。きっと勝新さんからちゃんと許可もらって演じたんだろうなあ。
2001年09月20日(木) ま、映画さえ見られりゃいいんだけどね/『夜刀の神つかい』4巻(奥瀬サキ・志水アキ) 2000年09月20日(水) 頭痛と頭痛と頭痛と……/ムック『山下清のすべて』
| 2002年09月19日(木) |
騒ぎどころが違うぜ/『仮面ライダー龍騎 13RYDERS』/映画『恐怖の火星探検』/『ロケットマン』3巻(加藤元浩) |
18日付の唐沢俊一さんの『裏モノ日記』のタイトル、「2020年の朝鮮」は笑えました。 今更唐沢さんは何の注釈もつけはしないけれど、もちろんこれは『ウルトラQ』、ケムール人登場の名エピソード『2020年の挑戦』のモジリですね。確かにアレも拉致の話でした(^^)。 ……わあ、もう18年後じゃねえか。
唐沢さんご自身はできるだけタイトルは無意味にされたい御意向のようだが、たまにこういう「意味」のあるネタをサラリとされてしまう。 で、その「意味ありげ」なほうを面白いと感じてしまうのは、私がやはり「感覚」よりも「リクツ」でギャグを解するタイプだからなのだろうな、と思う。 感覚的な人間は、時にとんでもなく面白いギャグを生み出すことがあるが、自分の中でそのメカニズムを整理できないために、一発屋で終わってしまう傾向がある。流行語をはやらせ、ブームを起こした芸人やマンガ家にこのタイプは多い。一般人でも、学生のころはやたら面白いギャグを連発して楽しかったヤツなのに、年取って同窓会で会ってみると、何かただの下卑た親父になってる友人がいたとかいう経験、みなさんにはないかな。 リクツでギャグを考える人間というのは、実はそんなに面白いギャグは作れない。ここをこうしてこう作ってこうイジれば笑いが取れるな、というのはわかるのだけれど、もう一つ、突き抜けたものが作れないのだ。ナンセンスにしようとすればするほど、どこか「作りもの」めいた雰囲気が漂い、笑いを押し殺してしまう。とり・みきの『遠くへ行きたい』なんかその最たる例であって、一見意味不明に見えながら、実は作者の意図が何なのかがウスウス感じられるために、ニヤリとウス笑いを浮かべることはできても、ワッハッハと腹を抱えて笑えはしない。 ダジャレ、というのは、短歌における掛詞が元になっているように、実は極めて技巧的でリクツに基づいたものだ。だから本来、「笑い」を取る手段としては理に勝ちすぎている面があり、そんなに笑えるものではない。全くかけ離れた二つのものを結びつける意外性、とは言っても、もとは周知の同音異義語なのだから、そんなに突拍子のない意外なシャレを提示してみせることは至難のワザなのである。博多にわかのオチはほとんどシャレだが、爺さん婆さんはともかく、若者で大笑いできるヤツがいたら、そいつはとんでもなく奇特な人間だと思う。 「挑戦」と「朝鮮」のシャレも誰もが思いつくであろう。 と言うか、「朝鮮の挑戦」というシャレを思い浮かべたことのない人間などまずいないと思う。少なくともみなもと太郎は思い浮かべたことがあると思うが、マンガの中にはさすがに使えなかったんじゃなかろうか。唐沢さんのギャグも実は「突き抜けて」はいないのだが、今やメジャーであったはずの『ウルトラQ』もすっかりオタクなネタにしかならなくなってしまった。忘れたころに時事ネタと絡めて、似ても似つかぬケムール人と金正日の顔をダブらせ、蘇えらせたところに、このシャレの「意外性」は生まれているのだが、でもやっぱり一般の人には「どこが面白いの?」ということになっちゃうのだろうなあ。
ダジャレ一つに何を「考察」してるんだか(^_^;)。 でも、相変わらず社民党をからかってたり、唐沢さんの日記とネタがかぶっちゃうことが多い。自分だけが物事を裏ヨミしてるわけじゃないのだな、と思ってホッとすることはするのだけれど、読者のみなさんの中で、私のことを唐沢さんシンパだと思ってる人はいないだろうか。 まあ、ファンであることは間違いないのだけれど、単に発想が似ることが多いってだけで、マネしてるわけじゃありません。更新が遅れると、どうしても後追いで同じようなこと書くことが多くなるんで、いい加減、トバして更新し始めたんだけど、先に書いてもやっぱり似る(^_^;)。これも西手新九郎のシワザか。
拉致事件の続報、前日とうって変わって朝刊での扱いが随分小さくなっていたので、マスコミも早いとここういう扱いに困る事件は忘れたいのかなあ、と思っていたら、夕刊でまたデカデカと「外務省、死亡日隠す」の大見だし。 なんだかまた外務省がどえらいミスをやらかしたのかと思って記事をよく読んでみたら、八人の被害者の死亡年月日を非公式に伝えられていたのを、北朝鮮から受け取った正式なリストでは記載がなかったために、発表を見合わせた、というだけのもの。 なんだかなあ、外務省に不手際がないとは言わないが(記載を求めりゃいいだけの話である)、「重大な情報隠し」というのはどんなもんだか。非公式な情報を垂れ流して、その期日にミスがあったら、また「外務省の勇み足」って糾弾すつもりだろうが。どっちに転んだって、外務省を責められちゃうのである。これがダブルスタンダードってやつだね。 だいたいこれ、北朝鮮側のミスじゃないのかよ。 国交正常化が進む中、余計なことで北朝鮮を責めても損、って判断が既にマスコミの中に生まれて来てはいないかね。「日本はなぜもっと強く抗議しないんだ」って、日本の弱腰外交は相変わらず責めてるけどよ、直接北朝鮮を責める言質は巧妙に避けてるんだよなあ。北朝鮮に対して弱腰になってるのはマスコミの方じゃないか。 そんなことしてるから、間接的に在日朝鮮人に対する差別や迫害を影で横行させることになるんである。
在日三世のプロボクシング世界王者、徳山昌守選手のホームページの掲示板が、「北へ帰れ」などイヤガラセの書きこみがあったために閉鎖されたそうである。何が腹が立つってよ、まるで荒らしの加害者が『ウルトラセブン』のファンであるかのような偽装を行うとは、なんたることか(怒ってるのってそっちかい)。 いや、もちろんそれは冗談なのだけれども、北朝鮮に対する感情に溺れるのではない理性的な批判は、マスコミはやっぱり堂々とやってかなきゃならんのじゃないか。それに便乗して差別的な言質を振りまく輩が出てきたら、どうするんだ、という批判もあろうが、そこが逆転の発想ってやつである。調子に乗って公然と差別的な態度を露にしたら、それこそ思うツボ、表舞台でそいつらを堂々と糾弾できるのだ。今こそ、これまで影に隠れてコソコソと女子学生のチマ・チョゴリを切り裂いてたようなクソ野郎どもを燻し出すチャンスではないのか。 ……でもそんな自分の首を絞めるようなキャンペーン、マスコミが張るわけないよな。なんたって、これまでそういった差別を黙認して来たのがマスコミだったんだからさ。 マスコミはまた外務省をスケープゴートにして、自らの差別的体質、「臭いものにフタ」する行為から世間の目を逸らそうとしている。みんな、騙されてるんじゃないよ。
仕事帰りの車の中、しげが突然「ねえ、アンタ結婚したい人いる?」と聞いてくる。 こういう意味不明な質問は日常茶飯事なんで、マトモに返事するのも億劫なのだが、怒るのも大人げない。 「どういう意味だよ?」 と問い返す。 「そのまんまの意味だよ」 全然説明になってない。言葉足らずなのはいつものことなんだが、きちんとした対応ができないのに開きなおってるのはナマイキなので、あえて「そのまんま」に受け取ってやる。 「……つまり、おまえと別れて結婚したいヤツはいるか? って聞きたいんだな?」 しげ、慌ててカラダでイヤイヤする(運転中にアホなことしてんじゃないよ)。 「ちがうと! そういうときはオレの名前を言えばいいと!」 「……もう結婚してるじゃん」 「なんどしてもいいと!」 四十も目前だってのに、私はこういう会話をまだ続けてかなきゃならないんだろうか。
晩飯は、またもや「めしや丼」で夕食。しげも飽きないねえ。 新発売の野菜炒め定食ってのがあったので、それを注文。給料日前なので今日はしげのオゴリである。 ここの店、どうしてイマイチに感じてたかっていうと、どの料理も妙に甘ったるかったせいだが、これはごく普通で悪くない。コロッケと冷奴も付いて、栄養バランスも悪くなさそうである。 これならしょっちゅう来ても不満はないな。しげよ喜べ。
一昨日の放生会の話をしていて、ふいに「ナシもカキも放生会」と口にしたら、「何それ?」と聞き返される。 「何それ」と言われても、たいして何か意味のある言葉ではない。 「……まあ、『猫も杓子』もってとこかな」 「どういうこと?」 「『ちゃっちゃくちゃら』ってことだよ」 「はあ?」 「だから『わやくちゃ』って言うか、『なんでんかんでん』って言うか、……ええい、普通に使ってる博多弁をいちいち解説なんかできるか!」 「……アンタ、オレの夫なんだから、説明する義務があるとよ?」 「ねえよ!」 でも、確かに、「ナシもカキも放生会」って、どういう意味か説明しろと言われたら適切な言葉が出て来ない。やたらごった返してるようだけれど、どこか整然としてる面もあると言うか、肯定的なニュアンスも否定的なニュアンスもどっちも含んでるような言葉だと思う。うまい共通語を思いついた人、いませんか。
7時から『仮面ライダー龍騎スペシャル 13RYDERS』。 「もう一つの『龍騎』」というナレーション通り、本編シリーズとはドラマとしてのつながりはなく、一話完結のリメイクといった趣き。 アレだね、一時期テレビアニメの映画版で流行った、「劇場版完全新作!」みたいなもんか。アイデアとしては悪くはない。日曜の朝も早から起き出して、子供をダシにして、年がいもなくテレビの中のヒーローに目を輝かせてかじりつくような野原みさえのような主婦ならばともかく、普通のオトナはこれが『龍騎』の初見ってこともあるだろうからね。 こういうのは本編シリーズとの微妙な違いを確認して行くのが楽しいんだろうけれど、最近はほとんどマジメに見てないからなあ。それにしても1時間スペシャルとは言え、ドラマを展開させるにはやはりなんとしても短すぎる。13人のライダーをムリヤリ詰め込んだものだから、後半はみんないきなり現れて乱闘になるし。仮面ライダーファムの加藤夏希なんか、「あなたたち、それでもライダーなの!?」のセリフ以外は「ヤア!」とか「オウ!」なんて気合いしかなかったぞ(^_^;)。そのクセやっぱり無駄なギャグシーンはありやがるし。 実際、画面のウスさがやたら目立つのがどうにも気になる。 役者のヘタさも原因だし(黒田アーサー、最年長者なのにアレは何なんだ)、ありきたり過ぎるセリフもどうにかならんかだが、基本的に演出がドラマに厚みを持たせる手段をまるで知らんのだ。カメラが全くと言っていいほど芝居をしていない。素人が撮った方がよっぽど躍動感が生まれるんじゃないかってほどに平凡なのである。 それが端的に現れてるのが、視聴者に電話させて、「戦う」「戦わない」の二つの結末のどちらかを選ばせるってインタラクティブな趣向。以前、WOWOWとかで一時期流行ったけど、どっちを選んでもたいして面白くないってことがわかってすぐに廃れた。それを今更またやってんだものなあ。 結果は以下の通り。 戦いをつづける : 319583 票 戦いをとめる : 229564 票 感心するなあ、みんなよく投票したよ(私も昔こんなのに参加したことあるから人のことは言えないんだが)。 まあねー、平和主義のライダーなんて、あまり見たかないってのはわかっちゃいるけど、みんな、期待大きすぎないかねえ。こんな単発のドラマで、しかも時間も予算もないってことが解りきってるのに、「戦いのカタストロフ」なんて描けるわけないじゃん。案の定、「戦う」が選ばれたにもかかわらず、結末は戦う寸前で終わりで尻切れトンボ。こういうのが『明日に向かって撃て!』の稚拙な模倣と言うんである。 ドラマを舐めんじゃねーぞ(`‐´≠)凸。 ……それとさあ、もういい加減で『羊たちの沈黙』まんまマネるのやめようよ(-_-;)。 まあ、あんまり貶してもなんなんで、ちょっとだけ面白かったところを。 城戸真司が秋山蓮からカードを受け取って、龍騎じゃなくてナイトに変身するアイデアはシメとして悪くはない。ライダーには別に「ご指名」はないわけね(^o^)。っつーことは、城戸がファムのカードで変身したら、ナイスバディになるのか。そういうギャグ編、番外で作ってみたらどうか。
WOWOWで映画『恐怖の火星探検(It! The Terror From Beyond Space)』(1958・米)。 ああ、これ、エロの冒険者さんが以前、「『エイリアン』のもとネタ」と紹介してたやつだな、と見終わってから気づいた(^_^;)。もとネタどころか、ほとんどマンマやん。こういうパクリは許してるのか、あっちでは。 もちろん、映画としての見せ方はレベルが格段に違うのだけれど、初めからB級と思って見れば、これはこれでモノクロの宇宙は意外に深淵なムードだったりして、悪くはないよ。『キャプテンウルトラ』も宇宙を青いスクリーンにしたりしないで、モノクロで撮りゃよかったかもって思ったし(ウソウソ)。 筋はエロさんとこのサイトを見てもらえりゃいいんで(っつーか『エイリアン』知ってりゃそれで充分かも)、ところどころの印象だけ。 何と言っても、トホホなのは怪物のデザインなんだけれど、なんつーか、西洋甲冑かぶったその上にゴリラのマスクかぶせたような……って、もしかしたらホントにそうなんじゃないか(^_^;)。なんで向こうの怪物は昔から今に至るまでとことんダサイんだ。でも日本にも「ブラックホール第3惑星人」ってのがあるからなあ(-_-;)。 怪物(せめて名前付けてやれってば。「It」じゃアンマリだ)を演じているのは、元B級西部劇スタ−のレイ・コリガンという人らしい。なんとあの『超人対火星人』(最初の『フラッシュ・ゴードン』ですな)でも似たようなエイリアンを演じているとか。零落しつつも名声を勝ち得たベラ・ルゴシやロン・チャニィなんかと比較しちゃ悪いかも知れないけれど、演技に怪物としての華がない。こんな役ばかりやってたら忘れられちゃうのも仕方ないよなあ。 ラストはやっぱりハッチから宇宙空間にすっ飛ばされそうになって死ぬんだけれど、怪物さん、カラダがでかくて途中で詰まっちゃうのが哀れでした。酸素が宇宙空間に放出されてるはずなのに、大扇風機で紙吹雪起こしてるようにしか見えないのはご愛嬌(^^)。
マンガ、加藤元浩『ロケットマン』3巻(講談社/KCGM・410円)。 失われた水無葉の記憶、結構引くんじゃないかと思ってたけど、3巻目にしてもう蘇える。いささか早い印象はあるけれど、このマンガは「R」の遺志(さて、ホントに死んだのかどうか)を継いで、葉がロケットを完成させる話の方にメインが置かれるのだろうから、伏線をそのままほっといて、ストーリーが複雑になりすぎるのを避けたんだろう。ここまでが長い前フリだったってわけだ。 もちろんまだまだ残された謎は多くて、果たして葉の母親が生きて何をしているのか、とか、アイエネスは葉を「組織」の中でどう利用していくのか、とか、結構ハードな展開がこれから待ちうけてるような予感はあるのだが、全てはまだベールに包まれている。 この「組織」が「冷戦終結後に再編成されたスパイ組織」であるという設定は決して荒唐無稽なものではない。というか、これって、白土三平の『忍者武芸帳』なんだよね。スパイたちの「能力」を、それが不必要とされて行く時代の中で、いかにして活用させ、彼らを救っていくか。つまり影丸がアイエネスお姉さまなわけで(^o^)。畢竟、彼らは「自分たちが生きられる」社会を作ろうと画策する。これはもちろん、世界の運命そのものを一変させかねない。 これだけのスケールの物語を、どう収集させて行くのか、これもまた注目のシリーズなんである。
2001年09月19日(水) ヤンキーたちの好きな戦争/『日露戦争物語』1巻(江川達也)/『探偵学園Q』1巻(さとうふみや) 2000年09月19日(火) 塩浦さん、今度はご夫妻で遊びに来てね
| 2002年09月18日(水) |
復讐するは誰にある?/映画『恐怖のワニ人間』/『Q.E.D. 証明終了』13巻(加藤元浩) |
日朝国交交渉の続報しきり。 けれど、驚くほどに意外な展開、というものがない。みんな予想された反応、言質を繰り返すばかりで面白味に欠けるな。 北朝鮮は公式に拉致を認めていながら、やっぱり本国のテレビ放送では「日本謝罪、経済援助、国交正常」とか「拉致」の「ら」の字も報道してないし。言い換えれば、文書に残してない言質は後からいくらでも翻せることを既に北朝鮮は表明しているのだな。 まあ、ホントに翻しちゃうと、それこそ袋叩きにあうことは解ってるから、これはやはり北朝鮮の国内事情を鑑みての措置、ということなのだろうね。第二次大戦直後の日本じゃあるまいし、「昨日までの主体思想教育は全部間違いでした、すみません」と自国民に向かって節操なく変節できるものでもなかろうよ。賛同はしないが。 しかし、言い換えれば対外的に非を認めたってことは、それまで「北朝鮮は拉致などしていない」と主張して来た人たちを北朝鮮は見捨てた、ということでもある。哀れなのはその「見捨てられた人たち」のコメントである。 社民党の土井たか子、これまで思いっきり北朝鮮寄りの発言をして来たものだから、ほとんど支離滅裂、これまで散々批判して来た小泉首相の訪朝の成果を褒め称え、「今でも拉致はなかったと思う」とか言ってやがる。つまり「行方不明者は自発的に北朝鮮に行った」と言いたいわけね。どう思いますか。 朝鮮総連も声をなくしている。そりゃもう、北朝鮮の工作員が日本に潜入してたんなら、この人達が関わってないわきゃないんで、完全に本国から見捨てられたってことだからねえ。在日は在日で勝手に生きろってこと突きつけられたんだから、そりゃ、呆然ともなろうよ。のんきに「朝鮮学校の子供たちのチマ・チョゴリが狙われないか心配だ」とか言ってるが、タネを撒いたのはあなたがただよ。 福岡の朝鮮人学校は臨時休校した。多分、他の地域でも何らかの対策を取っているのではないか、けれど、これは一日ひっそり暮らしたからどうなるというものでもない。子供たちに罪はない、というのはリクツである。口実を与えられた感情ほど怖いものはない。いくら子供たちを守ろうとしても、「迫害は正当」と感じる人たちの耳にリクツは届かないのだ。被害者は必ず出る。それもこれから長きに渡って。
差別や迫害について、何度となく私が繰り返して言っていることは、「差別をなくそう」というキレイゴトを主張するだけでは実効力はない、ということである。特に、家族を殺されたものの身になれば、復讐の念が芽生えることを簡単に否定できるものでもない。できないから、北朝鮮だって韓国だって中国だって、いつまでも50年以上前の戦争の恨みゴトを口にするのだ。 憎しみにとらわれた人間に、「説得」が通じるものかどうか。被害者意識にとらわれた加害者に言葉が通じるものかどうか。彼らに、「いくら北朝鮮の行為が憎いからって、彼らを憎めばそれが差別になるのですよ」と言ったところで通じはしない。「被害者である」ということはそれだけ「免罪符」を与えられているのだ。 結論として、迫害から身を守るためには二つの方法しかない。 逃げるか戦うか。 もちろん、戦うと言っても武力によるものであっては事態は泥沼化するだけである。相手を説得できなければ、自分たちに賛同してくれる「味方」を増やし、言論の壁で守ることである。 朝鮮人学校が行うべきことは、怯えて身を潜めることではなく、石を投げられることを覚悟で、「自分たちがこの日本にいる意味はなにか」を地域に語りかける努力なのではないか。それをせずして「守られる」こともありえない。そこに座していれば誰かが助けてくれるだろう、というこ態度は、戦後の日本が加害責任を明確にしないまま、なかなか国際社会に受け容れられなかった過去とダブってくると思うのだけれど、どうだろうか。 冗談じゃなくて、「在日は挑戦に返れ」とか理不尽なこと言ってる連中は、「識者」の中にもいるんだからね。渡部昇一とか。真剣に身を守る手段、考えていかないとよ。
仕事帰り、給料日前で金はないのだが、しげの「寿司!」の一言で「すし大臣」へ。 「オレ、今、五千円しかないんだけど」 「だったらたくさん食べんどきゃいいやん」 「そりゃそうだ」 と言っても、腹は減っているのでそうもいかない。できるだけ安そうなネタ、納豆マヨネーズだのイカオクラだの押し寿司だの、110円の皿ばかり選んで食べる。合いカモロースもウナギも意外と安くて200円。しげは卵サラダ巻があれば満足なので、あまりたくさん食べない。二人で結局、3300円ほど。「すし大臣」で食べた中で一番安かったのではないか。何しろ今回、ウニもイクラもトロも食ってない。いや、食わなきゃならんというものでもないが。
マンガ、加藤元浩『Q.E.D. 証明終了』13巻(講談社/KCGM・410円)。 MITを15歳で卒業した天才少年、燈馬想の推理を描く第13弾。 いや、隔月連載で、13巻、よく続いてると思うよ。ミステリとしてのレベルは『コナン』なんかより遥かに高いんだけれど、それだけにかえって客にはマニアしかついてないんじゃないかと心配してたし。ここまで続いてるんなら、一般のお客さんもちゃんといて買ってくれてるってことだろうし、ミステリブームは本物なのだろあなあ。 見返しの作者の加藤さんのコメントにあるけれど、この作品には原作者は全くいないそうである。時折外した話はあっても、ブレーンが誰もいなくてこれだけハイレベルな作品を提供できるということは素晴らしい。 第1話「災厄の男」は一種のコン・ゲームもの。ビル・ゲイツをあからさまにモデルにしたアランソフト社社長、アラン・ブレードが燈馬をヘッドハンティングするために来日する。アメリカに来る意志のない燈馬をムリヤリ引っ張って行くために、アランは罠を仕掛ける。孤立した豪華客船の中に飾られたレンブラントの絵を盗み出せるかどうか。 あれ? これって怪盗もの? と思わせといて、……なオチにもってくところが上手い。難を言えば、アラン、そんなにバカで社長としてやってけるのかって疑問はあるけど、まあ、本物も……らしいから、これでもいいのかも(^o^)。 第2話「クラインの塔」は推理に矛盾はないが、やや単純で、ちょっとした推理クイズって印象の作品。まあ、しょっちゅう傑作は描けないだろうから、たまにそういうのがあっても仕方がないか。塔の中での消失トリック……と言ってもたいしたトリックじゃない。どちらかと言えば、この解りきった答えになぜ気がついたか、という「証明」の部分に救いがあるような作品である。
WOWOW『恐怖のワニ人間(THE ALLIGATOR PEOPLE)』(1959米)。 これもスチールでしか見たことないアチラのトホホSFとして有名なのだけれど、やっぱりキテるよなあ、あのデザイン。 筋はまあ、実験に失敗してワニ人間(ロン・チャニーJr.!)になった男の悲劇、というありきたりなものだけれど、一応、役者は一生懸命がんばって演技してはいるのよ。でも、やっぱり小道具がもうどうにもしようがない(^_^;)。 だってよう、あからさまにハクセイやロボットな動かないワニ見て(一部本物も使用)、ヒロインキャーキャー叫んでるんだから、観客はもうどうしたらいいのゆら(^_^;)。こんなん作っててアチラは日本のゴジラを笑ってたのかなあ。頼むから「うおーっ」て吼えるなワニ(何しろ変身前のただの生ワニまで鳴くのだ、この映画は)。 あの有名なワニ頭男、実はラストシーンにしか登場しないのな。それまでは単に顔の皮膚がワニ皮ってだけだったのが、それを元に戻そうとして手術してた真っ最中に既知外に乱入されて、完全に頭部がワニになってしまうという(^_^;)。なるか。西岡俊哉の『新・世界の怪獣』に出て来た「アプタ人」はこれからイメージを取ったのかな。 哀れ、自分が完全にワニ人間になったと知った男は、底無し沼に身を投げて死ぬ。登場シーン、五分もないぞ。タイトルに偽りありじゃないのか。でも監督もあんなワニ頭、長いこと画面に出しときたくなかったのかも。 こんなん、昔の人は本気で怖がったんだろうかねえ。
2001年09月18日(火) 声だけ美少女/『スタジアム 虹の事件簿』(青井夏海)ほか 2000年09月18日(月) ゴキブリと音痴娘と構造記憶と/『僕らは虚空に夜を視る』(上遠野浩平)ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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