無責任賛歌
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記




ホームページプロフィール掲示板「トーキング・ヘッド」メール
藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2002年09月17日(火) 放生会の掘り出し物/『博多の心』(朝日新聞福岡総局)/『魁!! クロマティ高校』5巻(野中英次)

 今日は平日だけど仕事休み。
 いえ、別にまた体コワしたとかじゃなくて正当な休みでやんす。
 ♪(((#^-^)八(^_^*)))♪
 
 朝から映画に行こうとか思ってたんだけど、体力に限界を感じて昼まで休み。
 しげも今日は一日休みということで、相変わらず家事もせずに寝ている。
 先日の「運動」で足もまだイタイし、まあ、昼からゆっくり出かけりゃいいかと、横になってプレステ2で『いただきストリート3』など。
 ウチにはしげの買ったRPGやエロゲーやエロゲーやエロゲーが山とあるが、私ができるゲームといったら、この『いたスト』くらいなものである。でも1・2・3と来て、どんどんコースが増え続けてるんだけど、これ全部クリアできる日が来るのか。

 ようやく起きてきたしげを誘って、箱崎まで放生会を冷かしに行く。
 他地方の人にはよく読み間違えられるが、「放生会」は「ほうじょうえ」ではなく「ほうじょうや」と読む。この読みに拘るところが博多んもんの誇りというやつなので、「訛ってるじゃん」とか突っ込まないように。
 ご承知のとおり、「生き物を大切にしよう」のスローガンのもと、露店でイカだのタコだのを食いまくる縁日である。
 「博多三大祭り」と称される如く、休日の夜に出かけようものなら、箱崎宮の参道は立錐の余地もないくらいの大混雑になるのだが、平日の昼だと人通りもまばら。つーか、こんな空いてる放生会を経験したの生まれて初めてだ。だってガキのころから夜しか出かけたことなかったし。

 昼間だとおばけ屋敷などは当然、空いていない。
 しげが入れもしないくせに「なん、開いとらんやん」と文句をつけるので、「昼間から出るオバケがいるか」と言い返したが、考えてみたら遊園地のホラーハウスの類って、昼からやってるよな。オバQも昼間から出てたか。
 串焼き、イカ焼き、タコ焼き、唐揚げ、オムソバ、かき氷と食いまくる。放生会と言えばまず一番にトウモロコシなのだが(っつーか、昔はそれとワタアメしか売ってなかったような気がするぞ。バナナチョコだのリンゴアメなんて、いつから売りだしたんだ)、何となく敬遠。いや、歯にはさかる(←これも方言かなあ)のがイヤだっただけだけど。
 しげ、唐揚げがえらく気に入ったのか、二度も買う。「『味で勝負!』のハリガミに惹かれたっちゃ」というので、一つ分けてもらったが、確かに露店のものにしては油っこくなくかと言ってパサついてるわけでもなく、美味い。少なくともケンタッキーフライドチキンよりはずっと美味い。
 しげ、店のオヤジさんに「ねえちゃん、また来たね」と声をかけられて照れる。仕方なく私が代わりに「なんか気に入ったみたいで」と愛想笑い。どうせこのオヤジさんも私がしげの父親かなんかだと思ってるんだろうなあ。
 かき氷はたいてい蜜がかけ放題なので、青リンゴにコンデンスミルクを思いきり掛ける。糖尿はどうしたと突っ込まないように。今日は祭りだ。
 店のねーちゃん、突然「青リンゴにミルクって合いますよね!」と声をかけてくる。童顔で何となく声優のTARAKOみたいな女の子だ。「ええ、美味しいですよ」と答えると、「友達がみんな変って言うんですけど美味しいですよね、青リンゴにミルクかけたの、今日はお客さんが初めててです」と捲くし立てる。なんかそんなに孤独感味わってたのかな、このねーちゃん(^_^;)。
 店の人とこんなやりとりができるのも放生会ならではである。どんたくや山笠に比べるとまだ昔の博多らしさが残ってるところが好きだ。

 八幡宮の境内まで行きながら、しげ、お参りはしない、という。「何で?」と聞いたら、「お参りは正月だけって決めてるから」。よく分らん理屈だ。
 境内にはハトがいる。ハトがいれば当然自販機でハトのエサを売ってるのである。エサを売ってれば買わずばなるまい(別に決まってねーよ)。100円で、モナカの中にコーンの粒が入ってる例のやつ。ちぎって撒くとみるみるハトが飛んでくる。飛んでくるだけならまだしも、撒く間もあらばこそ、私の腕に留まって、直接エサをついばんでくる。しかも、1羽、2羽、3羽。背中にも留まる。そんなとこにエサはないぞ。
 ハト同士でエサを奪い合い、ケンカが始まる。クチバシでつつき合うだけでなく、翼でビンタを食らわす。一発、二発。たまらず逃げる弱いハト。嘘ではないぞ、目撃したんだから。昔、『帰ってきたウルトラマン』を見ていて、テロチルスがウルトラマンにツバサでビンタ食らわせてたのを見て、「トリがツバサで敵を叩くかよ」と思ったのだが、この認識は誤りであったことが20数年後にして判明したなあ。
 しげ、ハトに埋もれた帆場英一のような私を見て一言。
 「……満足?」
 おお、満足だとも。

 オムソバは一の鳥居のある岬の石段に座って食う。
 しげ、波打ち際に行くのをちょっと怖がっていたようだったが、「大丈夫、『あんとくさま』(by『海竜祭の夜』諸星大二郎)は来ないよ」と言って慰める。慰めになってないか。
 寄せては返すワカメを見ながらオムソバ食うってのも風情があるんだかないんだか。

 放生会には毎年古本市も出る。
 これがまた意外に掘り出し物もあるので、ついいつも買い込んでしまうのだが、しげは縁日と古本市の結びつきがピンと来ないらしく、入りたがらない。
 仕方なく、一人でさっと見回る。丹念に見るヒマはなかったが、偶然、私にとってはまさしく正真正銘の出物を発見。

 朝日新聞福岡総局編『博多の心』(葦書房)。昭和51年発行で、もうとうに絶版になってるのだが、この本の「最後の職人」の項に、亡くなった祖父が取り上げられているのだ。
 祖父は沈金師というちょっと珍しい仕事の職人だったのだが、もう10年以上前に亡くなった。この本が出たころには、沈金の仕事が激減して、本気で生活に苦労していたころだった。確か、父が密かに資金援助もしていたはずである。この本は、基本的に今に残る職人の仕事を記録する目的で編まれたものだったが、その「廃れていく」雰囲気がこの本の文章にもそれとなく匂っている。平成不況どころか、職人の不景気はもう20年以上も続いている。
 というのも、祖父の「沈金」という職業、耳慣れない人も多かろうが、漆器に彫刻して、その刻み目に金箔を埋めた沈金細工を作るのだが、これが祖父の晩年のころには全くと言っていいほど売れなくなっていたのだ。要するに、世間の人間の判断は「そんな贅沢品は要らない」ということだったのだ。贅沢品と言ってもあくまで工芸品で、使われることを目的としているから、当時でも何千円もするものではなかった。しかしやはり売れない。質が悪かろうが、極端に安いものしか買わない。博多の人間は戦後、「粋」という感覚を確実に失っていったのだ。
 跡を継ぐはずだった伯父は生活が出来ずに転職した。
 それでも祖父は沈金一筋で暮らしていたが、やがて脳溢血で寝たきり生活になり、七年経って死んだ。子供のころ、遊びに行くと小遣いを必ずくれた祖父だったが、見舞いに行くと、私の顔を見た途端、必ず声にならない声をあげて泣いていた。言葉はもう出せなかったのだ。
 父が祖父の散髪をするために、私に祖父の頭を持つように言ったが、その頭はすごく軽かった。軽すぎてかえってバランスが崩れそうだった。耳毛が伸びていて、それも白髪だったが、父はそれも耳を傷つけないように丹念に切っていた。今の父なら手が震えてそう上手くは切れないだろう。あれが私と父の最後の親孝行、祖父孝行だった。
 晩年の祖父が少しでも幸福だったと言えるのは、福岡市が祖父の功績を称えて名誉市民みたいなもの(正式名称は忘れた)にしてくれたことである。別に私たちの一族は誰も市に働きかけなどしていない。もう祖父は動けなくなっていたから、そのことをどこからか聞き知った市の温情だったのかもしれない。
 福岡はおろか、九州では唯一の、そして最後の沈金師だった祖父の仕事は、もはや博多のほとんどの人が忘れ去っている。たまに祖父や伯父の作った沈金細工を老舗の料理屋の器などで見かけることがあるが、それもいずれは失われていくだろう。
 私は祖父の晩年の作品を一点だけ持っている。高校入学のときだったか、記念に貰ったものだ。湖水で釣りする老人がわずかな線で掘られている。初め私は「獏」の絵を依頼したが、もうそのころには大作を作れる体力は祖父にはなかった。それでも脇辞に「綜藝綜智(しゅげいしゅち)」と彫ってくれた。
 それが今でも私の座右の銘となっている。

 『博多の心』は父も持っていたが、自分でも持っていたかったので買った。元値は980円だが、600円。絶版本でもそう高値にはなっていないが、せいぜい20年ほど前の本ならこんなものだろう。しかし、ここに載せられているほかの職人さんたちも、今やほとんどが故人。博多の心は着実に消えていっている。
 新生姜を買って(これも放生会の名物)、父の店に届ける。
 そのとき、『博多の心』も見せる。
 父、「よう(こんな珍しいものが)あったな」と驚きながらも喜んで、姉や、丁度遊びに来ていた姉の娘さんのあっちゃんに写真を見せる。本には祖父の作品、松に鷹の絵を彫った堂々たる大作が載っているが、あっちゃん、目を丸くして「すごーい!」と叫ぶ。ここに写真を紹介できないのは残念だが、若い子が見ても一発でその凄さが分るほどの堂々たる芸術作品であったのだ。考えてみればそんなものを二束三文で卸していたのだから、祖父も随分欲が無かった、というより高い金は取れない、というのが矜持でもあったのだろう。

 知り合いの本屋に寄って新刊マンガをいくつか物色。
 丁度そのとき、日朝国交交渉終了のニュースが店先のテレビから流れてきた(ここのおじさん、いつもテレビを見ているのである)。
 覚悟はしていたろうが、拉致されたご家族の悲しみはいかばかりであったか。

 マルキョウに寄って買い物。
 ずっと探していたかき氷のシロップをようやく発見。「ブルーハワイ」を見つけてしげ、狂喜。「イチゴが無いのは残念だけど」。ついこの間まで「イチゴは嫌い」とか言ってなかったか。無いとなると別に欲しくなかったものまで欲しがるようになるのだから、やっぱりしげの根本的な性格はジャイアンである。


 さて、8人の犠牲者が判明した日朝国交交渉だが、単純に考えれば、洗脳に成功した人間が生き残り、抵抗した者が殺された、というのが真実に近いだろう。「病死」なわけがあるかい。
 洗脳されたフリでもして、なんとか生き延びられなかったものか、と思わないでもないが、そうそう人は自分を偽れないものだ。私だって、当時、拉致られて金日成に忠誠を誓え、なんて言われたら、やっぱ抵抗するだろうし。これは日本に対する愛国心があるというわけではなく、力でもって服従されることに強い拒否感があるからだ。もっとも、拷問されたらその場凌ぎで「キムイルソン、マンセー!」とか叫んじゃいそうだ(-_-;)。
 北朝鮮がこれだけ真実を認め、素直に謝罪したというのは、日本が初めて強行外交に出たからというよりは、アメリカの後押しがあったからこそってことは間違いないことなんで、あまり嬉しくもない。だからって、その理屈で、ブッシュの今の強行姿勢を支持したくもないんだが、やっぱり国際社会もヤクザに対しちゃヤクザで対抗しなきゃダメってことなんでしょうかね。一歩間違えば北朝鮮だって窮鼠猫を噛むで、ヤケな行動に出る危険が今でもあるってことは、こないだの不審船騒動でも分かってることだと思うんだが。金正日が本当に統制力を持ってるなら、こんな訪朝直前の騒動は起こらなかったはずなんだけどね。
 ともあれ、日本人は北朝鮮を責める口実を手に入れてしまった。いくら北朝鮮の人が侵略戦争がどうの、と言いだしても、反駁する材料が公然と与えられたのである。図に乗って、在日の人たちに罵声を投げかけたり、差別的な行動に出るバカ日本人がまた大挙して出そうな気配がして、民間レベルではそっちの方がずっと心配なのだが。


 マンガ、野中英次『魁!! クロマティ高校』5巻 ―天使編― (講談社/マガジンKC・410円)。
 大事件が起こってるってときにまたこんな本を(^_^;)。
 既にもうヤンキーギャグじゃないよな、と思いつつ、いきなり「北斗軍団」(全国制圧を狙うって、やっぱモトネタ『男組』なんですかね)という初期設定が復活してきて当惑したけれど、軍団分裂の話をしているはずがなぜか焼肉を誰が焼くかの話にスライドして、やっぱり全然ヤンキーマンガにはならないのだった(^_^;)。
 でも焼肉焼いてるそばから食ってくヤツってやっぱりいるよな。そのクセ、「アンタ、ちゃんと食べてる?」とか言うんだよ。
 「オマエに全部食われたよ(`‐´≠)」。

2001年09月17日(月) 祝日には旗を。私は出さんが/『クラダルマ』1・2巻(柴田昌弘)ほか
2000年09月17日(日) クウガと絶叫としゃぶしゃぶと/『少年探偵虹北恭助の冒険』(はやみねかおる)ほか


2002年08月19日(月) 偽善者の宴/『探偵学園Q』6巻(天樹征丸・さとうふみや)/『虹の子』(石ノ森章太郎)ほか

 給料日前の金欠病、今月も深刻(^_^;)。
 コメはあるけどおかずがない。まあコメがあるだけましとは言えるか。
 職場からの帰り道、いつもなら「どの店で食べる?」という会話を交わすのだが、今日はそんな悠長なものではない。
 「どうする? 食事」
 なんだか江戸川乱歩の『二銭銅貨』の世界だな。いや、狙ってやってるわけじゃないけど。
 「おかず何も買えん?」
 「600円しかないよ」
 「オレもそんなもん」
 「どうする?」
 「そりゃ、ラーメンくらいしか買えんやろ」
 「じゃ、スーパー寄ってラーメン買う?」
 「あと、卵くらいは買えるか」
 「わぁい、ラーメンラーメン♪」
 こないだ五風でバカスカ食ったせいだという自覚がないな、しげ。

 マルキョウに寄ってみると、その隣のうどん屋「マルチャン」が閉店してしまっている。え? 開店してまだ1年も経ってなかったんじゃなかったっけ? うわあ、麺にコシもノビもあって、トッピングが多くて、安くて美味くて、お気に入りの店だったのに。また美味いうどん屋を探さなきゃいけなくなったじゃないか。
 しげも憤懣やる方ないって顔で、「アンタのせいやけんね!」と私にヤツアタリ。
 「なんで俺が悪いんだよ、オレなにもしてね〜じゃん」
 「アンタ以外に当たれんやん」
 「自分に当たれや!」
 潰れると分ってたら、もう何回か通ってたのになあ。
 ……そうだよ、何日か前にも「行こうか」ってしげを誘って断られたんだよ。ああ、あの時行ってれば、潰れずに済んでたかもしれないのに……って、ンなわけないって。


 アニメ『名探偵コナン』第291話「孤島の姫と龍宮城」(事件編)。
 あ〜、あの動機もトリックもチグハグだったやつか。波のトリックには欠陥ありまくりなんだけど、アニメで少しは修正するかなあ。
 沖縄を舞台にした意味もあまりなかったよな、確か。せっかく「グソー」とか「マブイ」とか沖縄方言を盛りこんでるんだから、もう少しウンチクが欲しかったところだけれど。
 和葉がゲストの回だと宮村優子の声が聞けてホッとするな。最近、声優の仕事を段々減らしてきてるみたいで、アスカファンとしてはちょっとサビシイ思いをしているのである。それが例のAV騒ぎや離婚などゴタゴタが続いたせいで、仕事を一新しようと宮村さんが考えていたのだとしたら残念なことである。
 声優としてはぜんっぜん演技が上達しなかった人だが、そのシロウトっぽさが好きだったんだがなあ(過去形で言うなよ)。


 17日〜18日に行われた日本テレビ『24時間テレビ25 愛は地球を救う』の全平均視聴率が15.4%で、同番組歴代7位の成績だったとか。
 こういう偽善的な番組が高視聴率を取るということは世相的にはあまりいいこっちゃないのである。それだけ人も世も荒んでるから、たとえ見え透いたウソだって解りきってても、あえて引っかかっちゃいたくなるってことだからねえ。全く、そんなに善人のフリするのが好きか。
 ウチの親父なんか、第1回の放送の時から怒ってて、「番組作るの止めて浮いた製作費寄付した方が募金よりずっと大金じゃないか」と文句つけてたが、そりゃそうだよな。
 松田優作は生前プロダクションからこの番組に参加するよう勧められて断ったってことだけれど、いかにも「らしい」話である。今や「この人は絶対24時間テレビには参加しないだろう」ってタレント、役者を探すほうが難しくないかな。たけしはとっくに参加しちゃってるし(お笑い系はほとんど全滅である)。

 瞬間最高視聴率を取ったのは、100キロマラソンに挑戦した西村知美がゴールした直後で、37.5%。
 西村知美が走るって聞いた時には、どうして西村知美が? と疑問に思ったものだったが(それは間寛平でも研ナオコでも同様なんだけれど)、こういう数字が出たってことは、西村知美は世間から「受け入れられた」ってことなんだろう。でも、それって西村さんにとって、ホントにいいことなのかね?
 いや、西村さんを受け入れるなって言いたいわけじゃないよ。けどね、いい悪いは別にして、「西村知美」という名前を出しただけで、思わず「ぷっ」と吹き出してしまう雰囲気が以前には確かにあったはずなんだよ。でもこの「100キロマラソン」の企画、「西村知美を笑うなキャンペーン」というか、そういう反応をすることを許さないムードをテレビが故意に作り出そうとしている感じがあって、そこがまたどうにも偽善的でいやらしいって気がしちゃうんでねえ。

 西村知美がいかにこのマラソンに対して一生懸命になったかってことをドキュメントで紹介してるんだけれども、これがどうにもクビを捻りたくなる造りなんだよ。どうにも疑問なのは、どうして彼女のこれまでのタレント生活まで紹介する必要があるの?
 天然キャラが災いして、デビュー後数年は人間関係に悩んだとか、そんなことを放送して、何がどうボランティアと関わると言うのか。『24時間テレビ』は西村知美の宣伝のためにあるわけじゃないじゃん。それに、そういうキャラで「売った」以上は、泣き言を言うのはプロとしてどうかと思うんだが。
 もっとも、誰が走ろうと、それがそもそもどうボランティアに関わるんだよって疑問自体があるんだけどね。

 私も、『ドン松五郎の生活』のころの西村知美の美少女ぶりに眼を見張った過去があるから、今の「西村知美は何をしたいのか?」って状況にちょっと哀しいものを感じているのである。どの記事を見てみても「“タレント”の西村さん完走」と書いてあるが、アンタもともと「女優」でしょうが。と言っても西村さんの最新作って『スペースカッタくん』しか知らない(^_^;)。
 西村知美の走る姿に誰もが感動したということは、「女優としての西村知美」は求められていない、ということでもあるのだ。感動を押しつけられたことでイロモノとしての価値も捨てさせられた。「感動の人」というレッテルは、役者にとっては決して有利には働かない。歌手である研ナオコはともかく、間寛平が「コメディアンとしてはもう完全に死んでいる」、いや、「殺してしまった」事実をテレビ局は自覚しているのだろうか。
 西村さん、その轍を辿って行きそうな気配が濃厚なんだよなあ。偽善にうっかり乗っちゃうと、生きる道が閉ざされることもある。そうなってほしくはないんだけどなあ。


 マンガ、天樹征丸原作・さとうふみや漫画『探偵学園Q』6巻(講談社/少年マガジンコミックス・440円)。
 しげに「ねえ、5巻は買ってたかなあ?」と聞かれるが、即答できない。
 正直な話、ツマラン漫画は買って読んでも中身をすぐに忘れてしまう。『Q』ファンには悪いけれど、やっぱりマジメにミステリを読んでるファンなら、どれくらい出来が悪いかは共通認識として持っちゃうよ。
 これまでの日記を読み返そうとしたが、これがもう膨大な量で、とても見つけられるものではない。誰だ、こんなにムダなことばかり書いてるやつは(^_^;)。
 しげが仕事に出かけて、部屋の中の本の山をひっくり返してようやく5巻を見付ける。読み返して忘れちゃってたのも納得。特につまんない内容だった(^o^)。

 今巻第一話は前巻からの続き、『Q対A延長戦』。
 直接トリックとは関係ないけれど、事件のきっかけとなった氷川美鈴墜死事件、露店風呂から崖下の岩場に落ちて死んだにもかかわらず、体に巻いたバスタオルが全く乱れていない。こりゃてっきり犯人が死体に何かしたんだな、と思ったら全然そういう説明がなかった。
 こりゃどういうわけ? と首を捻ったが、ハッと理由に思い至った。
 アレだ、ヌードがマガジンの出版コードに引っかかるのだね。でもおかしいよなあ、ヌードを出せないなら、露店風呂を舞台にしなきゃいいのに。謎解きミステリとしてはこの描写は明らかにアンフェアだ。
 それとも、被害者はわざわざバスタオルを体に解けないほどにキツク巻きつけて墜落したと解釈してやらなきゃならんのかね? 読者に甘えちゃいかんよ。
 それはそれとして、肝心の中心トリックは、チャチだけれど明確なミスはない点で一応の評価を下せる。密室を作る必然性も「事故死と思わせるため」(警察が本当にそう思ってくれたのは御都合主義だが)と、筋は通っちゃいる。
 けれど、どの事件でも言えることだけど、犯人がこんなめんどくさいトリックを弄して犯行を行わなきゃならない必然性っつーか、自らが罪から逃れようとしたのはなぜかってことの説明がいつも不充分なんだよなあ。被害者さっさと刺したら、警察にとっつかまってもいいじゃんって犯人ばっかりなんだもの。
 今のミステリ作家たちって、揃いも揃って横溝チルドレンなんだけどさ、その論理性じゃなくて怪奇性にばっかり囚われちゃってんだよなあ。松本清張くらい読んでおこうよ。


 マンガ、石ノ森章太郎『虹の子』(双葉社/双葉文庫名作シリーズ・600円)。
 えーっと、これはなんなんでしょ?
 石森章太郎が1960年に『少女クラブ』に連載したものなんだけれど、前半、企業間の陰謀に巻き込まれた幼女が翻弄されるストーリーが展開してたのに、後半、なぜか南洋の孤島の宝探しの話になる。
 木に竹を接いだと言うか、高杉良の小説の後半が南洋一郎になってるようなもんだ。われながらスゲエ例え。でもホントにそんな感じなんだよ。
 どうしてそんな感じになっちゃったのかなあ、連載は一年でキッチリ終わってるから、急な延長で話を変えたとかそんな感じじゃなさそうだけど、素直に考えれば人気がないためのテコイレってことなんだろうけれど、とても成功してるとは言いがたいな。ヘタに絵が上手いものだから、あまりトンデモって感じで楽しむこともできにくい。ただの失敗作なんだね。
 ファンじゃなきゃまず買わない一冊でした。

2001年08月19日(日) 毛が三本/『ふざけるな専業主婦』(石原里紗)ほか
2000年08月19日(土) 今日、彼氏彼女は相々傘であった/『占い師はお昼寝中』(倉知淳)ほか


2002年08月18日(日) 草臥れ休日/アニメ『サイボーグ009』地下帝国“ヨミ”編/『エキストラ・ジョーカー KER』(清涼院流水・蓮見桃衣)ほか

 さあ、短く書くぞ(^_^;)。

 昨日の日記に書き忘れてたけど、『プリンセスチュチュ』の声優で特筆すべきはナレーションの岸田今日子&ドロッセルマイヤーの三谷昇です。
 声を聞いた瞬間、耳を疑いましたからねえ。
 どちらもメインは舞台の俳優さんなんですが、もちろん映画、テレビにも多数出演、声優経験もあります。
 岸田さんの声優の代表作と言ったら、なんと言っても初代ムーミンでしょうね。スナフキンの西本裕之さんもそうだけれど、テレビアニメ時代になって、アニメの声アテを専門にする人が声優、という区分けがハッキリしてきた時代に、あえて声優以外の方を起用したという意味では、宮崎駿の魁でもある……ってアレにも宮崎さん、ちょびっと参加してたかな。
 三谷さんが声優をしたの、『千夜一夜物語』以来じゃないかな。あ、あと『クジラの跳躍』があったか。けれどどっちにしろ声優に使うのはなかなか思い切った起用。三谷さんを知らない人には説明しにくいんだけれど、実に独特な声を出される方です。ドロッセルマイヤーの顔が何となく三谷さんにダブってくるのもご愛嬌かな。


 久しぶりに『仮面ライダー龍騎』『おジャ魔女どれみどっかーん』など、漫然と見るが、寝惚けてて全く頭に入ってこない。日曜の朝はやはり寝るに限る。
 気がついたら居間で熟睡。『ぴたテン』は完全に見損ねた。
 疲れているのだな。

 外出するのも面倒なので、出前を恃むことにする。
 ウチの近所にはラーメンもカレーもファミレスの出前もあるのだが、どれも割高。結局、ピザを頼む。
 ピザって、飯を食った気に全くなれないんだけど、肉と飯粒好きのしげが、どうしてお菓子みたいなピザが好きなんだか。


 アニメ『サイボーグ009』第43話「異変」。
 ついに、というかやっと、というか、ファン待望熱望の『地下帝国“ヨミ”編』の始まりである。かつて『サイボーグ009 怪獣戦争』として映画化されたときは、1時間ちょっとという上映時間の関係もあってか、ストーリーは大幅な改竄に遭い、ヘレナは五つ子じゃなくて一人になっちゃったし、バン=ボグートは出て来ないし、何よりあの「ジョー、君はどこに落ちたい?」のラストシーンがない!(後に旧テレビシリーズの最終回で復活したけど)ということで、もう何をか言わんやだったんだけど、声優だけは009=太田博之、003=ジュディ・オング、007=曽我町子、006=藤村有弘、ヘレナ=市原悦子という超豪華な布陣だったんだよねえ。004が大竹宏だったなんて、今ならミスキャストって言われそうだけれど、ちゃんとニヒルな声を出してましたよ。魔神像ブラックゴーストの山内雅人(ラオ博士〜!)はもう最高にリアルな悪役声だった。
 何しろもう古い古い、1967年の映画なんで、未見の人は多いと思うけれど、それなりに楽しめるアニメではあるので、新作と比較してみるのもいいかもよ。

 さて、で新作の出来映えやいかにってことだけど、出だしはまさしく原作どおり。
 超音波怪獣の登場、三友工業社長(よくこの名前出せたな。エラい)、バン=ボグートの暗躍(この名前がSF作家バン・ヴォートのモジリだってことも若い人にはわかんなくなってるみたいね)。

 原作でも描かれている009・ジョーと、孤児院(アニメでは教会)時代の旧友・茨木、小山田、メリーとの対決も、原作以上に濃いドラマに仕上がっている。
 再開を祝い、談笑する四人。一人、輪の外に取り残される003・フランソワーズ。
 三人は語る。「今、三友で働いてるんだ」。息を飲む009と003。この瞬間、彼らがなぜジョーに遭いに来たのか、そこにいた者はみな察したはずだ。しかし、何食わぬ顔で、三人はジョーを自分たちの家に招待する。
 メリーが003に一言。
 「ジョーを借りてくわね」
 メリーはもちろんジョーを愛している。しかし、既に自分がジョーを愛せなくなっていることも知っている。今、ジョーの側にいるフランソワーズへの、これがメリーの精一杯の皮肉。
 そんなメリーの心に気付きつつも微笑みながら、ジョーを送り出す003。
 けれど彼らがいなくなったあと、003は俯き、002に連絡を取る。これが哀しい戦いになることを知っていたから。
 車に乗ったジョーもやはり俯いている。「……やっぱり、そうなのか」。
 変身する茨木、小山田、メリー。毎度毎度「戦いたくない」を連発してて、ちったあ学習しろよ、と突っ込みたくなる009だけれど、このときばかりは「戦いたくない」のセリフが切実に聞こえる。戦いたくないのは三人だって同じなのだ。戦いの中でもお互いをかばいあう三人の姿がより一層の、悲しみを誘う。
 いいなあ、これだけ細かい演出を積み重ねて映像化してくれてると、『ヨミ編』を待ち望んでた甲斐があったよ。

 悲劇を演出しサイボーグたちを翻弄するバン・ボグートが、顔を見せるだけで、セリフをヒトコトも言わないのも、思わせぶりだけれどもいい演出だ。
 ヒキは全身を破壊された008、倒れ伏すヘレンを発見する004。うおおおう、盛りあがるぜい!


 アニメ『ワンピース』第122話「砂ワニと水ルフィ! 決闘第2ラウンド」。
 もー随分見てなかった『ワンピース』を見てみる。そろそろ「アラバスタ編」も終わりに近い感じだしね。
 あ〜、ニコ・ロビンの声、山口由里子さんだったんだ。キャラクター的にははっきり赤木リツコさんの流れだねえ。ジャンプアニメの欠点で、連載を食いつぶさないための間延びした演出は相変わらずだけれど、どうせこんなもん、と初めから期待もしなけりゃそれなりに楽しくは見られる。クロコダイルの大友龍三郎さんもドスのきいた声で、原作じゃ後半すっかりチンピラに成り下がったキャラをなんとか持ち堪えさせているな。
 しかし出て来る敵、出てくる敵、みんな悪魔の実を食ってるけど、泳げない海賊ばかり出してどうするんだろうね。クロコダイルなんて海の上で戦ったら一発でやられるくらい弱いキャラだと思うんだけどな。いくらなんでも海全部干上がらせることは出来ないでしょ。……おっと、これって禁句?(^o^)


 『笑う犬の発見』、オープニングが「天ピース」となって、『ワンピース』のパロになっている。ルフィはアニメなんだけど、ちゃんと田中真弓さんが声アテしてる。ウソップがネプチューンの原田泰造、謎の宇宙人(そんなん『ワンピース』にゃ出てこねーよ、とツッコミ入れられる役)に名倉潤、そこまではいいのだが、チョッパーの着グルミに入ってるのは誰なんだろう。小人のマーチャンか(^o^)。
 四つの扉のうち一つだけが通れるって、昔のドリフにもあった他愛無いコントなんで、あまり長く続くとは思えないが、こういうのも『ワンピース』ファンはチェックするのかな。


 マンガ、清涼院流水原作・蓮見桃衣漫画『エキストラ・ジョーカー KER』(角川書店/アスカコミックスデラックス・588円)。
 あ〜、基本的にミステリーではないですね、これ。根拠なしに「実はこうでした」ってのはつまりは駄作ってことなんだけど、確信犯でやってるところが始末に悪いね。わざと書いた駄作はやっぱり駄作だがね。なんだか「既知外の真似したら既知外」みたいだよな。
 この原作は、あくまで「ギャグ」として、速星七生に描かせるべきものだね。それだったら、「椅子に爆弾をしかけられたけれども、そこに座ったやつが『機会オンチ』だったから、爆弾が故障した」ってバカネタも一応笑えるよ。……これをシリアスっぽくやっちゃ、読者の中には腹を立てるヤツも出てくるって。
 ……いや、ちょっと腹立ってますよ、作者にも読者にも。多分この作者、ミステリーなんて好きでもなんでもないのだ。対象を弄くることしか出来ないのって、どこか柳田理科雄に通じるものがあるな。
 巻末の「あなたもJDC探偵になっちゃえ!!」って読者募集のコーナーがまたふざけてるんだよ。なんだよ、最優秀賞の「ダル探偵=やる気のなさが最高潮になった時、真相がわかる」って。そんなののどこに推理、どこに根拠があるんだよ。
 ほかにも「熱帯魚を観察する目の動きで脳を刺激し、推理する」とかもひどいね、そんなことしないとお前は脳ミソ一つ働かせられんのか。ただのバカじゃねえか。「あらゆるものを鏡に映し、推理力をアップさせる」だと? 一生、鏡地獄の中に入ってろ。「瞳(アイズ)で合図=メ(目)ッセージを受け推理」、人見知り=瞳知りのシャレらしいが、それがなに? 推理とどう関係あるの? 全く意味不明だ。既知外作家には既知外読者が群れるってことかい。
 ああ、でもこんなんでよければ、ミステリーなんて百万冊でも書けるなあ。そう言えば昔大学の推理研にいたころ、こういうミステリーのトリックのバカネタ、いくつも考えたこと思い出したなあ。個人ホームページ開いたらバカトリックのコーナーってのも作ってみようか。
 それにしても原作小説の方の『ジョーカー』もこういうバカネタばっかりなのかね。いや、持ってるんだけど、もう二年以上も読んでない(^_^;)。


 DVD『パワーパフガールズ』見ながら寝る。
 短く書けたかな?

2001年08月18日(土) オトナの玩具はコドモ/『悪魔の手毬唄』(横溝正史・つのだじろう)ほか
2000年08月18日(金) 気が滅入る話/『明日があるさ』(林原めぐみ)ほか



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)