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365日の一粒一粒を、きらきらと輝かせる言葉の カレンダー。 原稿用紙一枚のエッセイが、長さほどよく、 近く遠く、奥行きをもって立ち上がる。 読む人は日々のタイトルにまつわる知識を拾い、 また得るのはそれだけに終わらない。
たとえば今日、5月25日は、「一入」(ひとしお)。 なぜこの言葉にこの字を当てているのだろう、と 思ったことはあるけれど、調べてみたこともなかった。 もともとは、染料の壺に、布を入れる、その一回分の 意味なのだそうで、なるほどと納得する。
そして、色は浸すごとに深く、魅力的にもなってゆく。 そのことに読者への励ましも一つ、入っている。
著者は音楽教室で教え、作詞や作曲のかたわら、 夢子さんというハンドルでメールマガジンを出しているという。 この本も、ネットで生まれた世界が活字になったもので、 新聞の書評を読んで手に入れた知人から教えられた。 作詞をしている関係で、集めていたアイデアノートが メールマガジン発行のヒントになったそうだ。
365のエッセイは、とりわけ書き出しに鮮度があって、 最後まですっと読ませてくれる。 人生の肯定と応援を込めたメッセージで結ばれていることも 多くて、毎朝読むのを習慣にしたいような本。 知っている言葉の奥にも未知の豊かさを広げてくれ、 知らなかった言葉の意味に感動を深める。
装丁も美しい。見ていて幸福ですらある。 (マーズ)
『美人の日本語』 著者:山下景子 / 絵:吉富貴子 / 出版社:幻冬舎2005
季節は見事に半分ずれているけれど、ピルチャーの『冬至まで』を 深呼吸するように、ひと月ほどかけて読んだ。
イギリスからスコットランドを舞台に、いわゆるシニア世代の主人 公を柱に、少し若い世代やティーンの世代も織り交ぜながら、人との 関わりをしっくりと描いている珠玉の作品。日本の小説には、こうい うテイストの作品は「まだない」と言ってよいのだろうか。
意外にも前半は大きな変化や悲しみがあって、いったいどうなって ゆくのかと不安にもなったが、後半、すべてが収斂されてゆく。
長い物語のはじまりは、主人公で引退した元舞台女優のエルフリー ダが、犬の収容所で一頭の老犬を引き取り、ホラスと名付けて車に乗 せ、カントリーサイドに買った小さな家へ向かう場面から。 そう、こともなげに。イギリスでは飼い主のいない犬を一頭も殺すこ となく引き取り手を探す、とは聞いていたけれど、犬がほしければ施 設から普通に引き取ってくるのなら、その社会は信じられると思う。 行き場のない犬たち(猫もだが)を養う余裕を残し、子どもたちに大 人が「命を大切にしなさい」と堂々と言えるのだから。
エルフリーダは60代の魅力的な女性だが、外見以上に、人との関 わり方も魅力である。おそらくは、イギリス人にとっても、そうなの だろう。自分のテリトリーにどこまで人を受け入れるか、孤独と人と の触れあいで得られる安心のバランスをどう取るか。苦手な人との付 き合い方。そして、全面的に信頼する相手にはどんな風に心を開くの かを自然な生活の一部として見せてくれるエルフリーダは、名前のと おり、しなやかな女性である。
エルフリーダと対をなすオスカーとのパートナーシップ、身内にあ たる若いキャリーや孫ほどの年齢差があるルーシー、近所の人たちと の関係、家との対話が、タペストリーのように織り上がってゆく。
大切な人を亡くす悲しみを知っている大人たちがいて、親子の関係 に悩む若い人たちがいて、人の思惑ではどうにもならないことが起こ り、思ってもみなかった喜びを与えられる瞬間もあり、真冬の頂点、 冬至とクリスマスに向かう日々が、淡々と過ぎてゆく。
そのときどきに与えられる出来事をどう受けとめればいいのか。生 きる証に何かをつかみ取るというよりも、その受けとめ方に左右され て、私たちはここに、いま立っている場所にいるのではないのだろう か。ここがどんな場所であろうとも。
エルフリーダは言う。
「元気でもないのに、元気なふりをする必要なんてないのよ」 (引用)
(マーズ)
『冬至まで』(上・下)著者:ロザムンド・ピルチャー / 訳:中村妙子 / 出版社:日向房2001
2003年05月20日(火) 『シロクマたちのダンス』
2002年05月20日(月) 『異国の花守』
子どもと秘密の友だちをテーマにした リンドグレーンの短編集。
表題にもなっている「親指こぞうニルス・カールソン」を 読むために借りてきた。 ベッドの下から出てきた小人と仲良くなった男の子が、 床下に出ているトゲにさわると小さくなって、小人の家に行ける、 そんなお話を子どものころに愛読していた。なのに、本のタイトルがわからない。 どうにかしてもう一度読みたいのだ、という人がいて、あれこれ人にたずねて ネットで探し、やっと「リンドグレーン」とわかったのだった。 『長くつ下のピッピ』や『やかまし村』『カッレくん』とは トーンのちがう、透明水彩のような世界。
そしてここに収められた短編のほとんどは、スウェーデンの首都ストックホルムを 舞台にしている。北欧のデザインが身近になったこのごろ、 生活の雰囲気も、イメージしやすくなったのではないだろうか。
さて、親指こぞうの話はというと、さわると小さくなったり大きく なったりできるのは、ネズミ穴の脇にある「クギ」だった。 どうしてそうなるのかは書かれていないが、ともかくそれにさわって 「キレベッピン」というおまじないの言葉を唱えれば良いのだ。 主人公の男の子、6才のベルティルは、毎日毎日、たった独りで 働きに出た親の帰りを待つ暮らしをしている。 そんな子どもが、ネズミ穴を間借りしている小人のニルスと出会い、 友情と秘密の冒険によって、さびしさを忘れてゆく。
「うすあかりの国」では、さびしさと絶望にとらわれた男の子が、 窓からやってくるリリョンクヴァストさんという小さな男の人に 連れられ、夕方の青い闇に包まれた街を飛び回る。
「だいすきなおねえさま」は、両親も知らない双子の妹によって 地下の国でさびしさを癒す女の子が、現実の世界で生きるきっかけを 得る物語。
どの子も、それぞれに事情はちがっても、子ども特有のさびしさを 生きている。大人になれば、いろんな方法で折り合いをつけてゆくことも できるさびしさ。 むしろ独りでいたいときに誰かがいることのほうが多いのかも しれず、そのことによってよけいにさびしさが増すこともある。
子どもの抱えるさびしさは、大人にかまってもらえていない、 子どもがじゅうぶんだと感じるほどには見守られていないさびしさで、 かまってもらいたいのだが、大人には期待できないこともわかっている。
さびしさの度数が高い子どもにとって、 「本当はいないのかもしれない」不思議な存在こそ、 強い絆を結べる相手なのかもしれない。 甘えられないということは、確かなよりどころがないということでもある。 「いないのかもしれないし、どこかにいたっておかしくない」 そんな不確かな存在と遊ぶことで、子どもは満たされる。
同じように、本を開いて秘密の友だちを訪ねることができるなら、 やはり子どもは満たされるのだ、と思う。 ポケットのなかは空っぽでも、小さな友だちがそこに入って いるつもりになっていれば、世界は変わって見えるのだから。 (マーズ)
『親指こぞうニルス・カールソン』(リンドグレーン作品集16)著者:アストリッド・リンドグレーン / 絵:イロン・ヴィークランド / 訳:大塚勇三 / 出版社:岩波書店1974
2002年05月16日(木) 『スター☆ガール』から『ザ・ギバー』へ(さまよう連載その1)
2001年05月16日(水) SARAH MOON
サトクリフのローマン・ブリテン三部作、第二幕目。 今回の舞台は、前回の『第九軍団のワシ』から時代が下がり、 マーカスの数世代後の子孫たちが主人公となる。
同じ場所でありながら、時代によって地名も変われば、 支配する民族も違うという不思議な感覚は、日本と英国が 大陸から見ると辺境の島国であるという共通点を持っていながら、 まったく違った歴史を歩んできたことを教えてくれる。 読んでいると、イギリスの旅で見たラテン語の書かれたポストなどが、 ふっとリアルに思い出されてきた。
ローマ帝国。長きにわたり栄えた、世界最長の寿命を誇った国家が、 ついにその輝きを羽の下にしまい込み、次の国家に覇権をゆずろうと している前ぶれの時代。まだ完全には消えていないが、反抗する勢力が 各地で跋扈し、規律正しくがんじがらめと言っても良いほどのローマ軍は、 エネルギーを失いつつある。
主人公は若いジャスティンと、いとこのフラビウス。 ジャスティンはローマの人間だが、父の希望する軍人になれず、 軍医となってブリテンへ赴任してくる。 そこでフラビウス・アクイラと出会い、いとこという血縁だけでなく、 お互いに性格が違うのも幸いして、友情を深めてゆく。
ローマから来たブリテン島の皇帝で人々に慕われているカロウシウスに 忠誠を示し、裏切り者のアレクトスからローマ軍の正義を守ろうと奔走する二人。地下にもぐってからの活動は、後にイギリスが世界をうならせたスパイ小説にも つながってゆくようで、興味深かった。
『第九軍団』との時を超えた符合も随所に出て来るが、 消えた軍団の象徴であったあの「ワシ」も、後半、再びライトを浴びる。 子孫の青年たちによって掲げられ、再び軍団を率いたあの「ワシ」、 つばさの取れた偶像は、ローマの未来でもあるのだろうか。
印象深かったのは、逃走中の彼らが旅のはじめ、神に祈る場面。 二人は仲間となる槍使いのエビカトスに、古い祈りの痕跡を教えられる。 100年か200年も前に、ローマの第二アウグストゥス軍団の兵士が 神に願い事をした四角い岩の祭壇。
なぜ神に祈ったのか、神は祈りに応えたのか、それはもう誰にも わからないことだった。 それでも、ジャスティンはその場所で真摯に祈る。 かつてローマ人の兵士が祈った場所で、花を捧げて。
この静謐な場面は、サトクリフ自身の、「書くこと」への 決意と祈りにも感じられた。神に与えられた力を存分に生かし切れるように、 創造の火花を完璧な戦いに捧げられるように、身を尽くすひとりの作家。
医者であるジャスティンは、後に仲間からこう言われている。
「あんたは幸運だったね。おれたちの大部分は、ものをこわすことが できるだけなのに。」(引用)
余談だが、本書でもサムハインの祭が登場するので、 古い形のハロウィーンに興味のある方はチェックしてみては。 (マーズ)
『銀の枝』著者:ローズマリ・サトクリフ / 絵チャールズ・キーピング / 訳:猪熊葉子 / 出版社:岩波書店1994
2003年05月09日(金) 『ハーメルンのふえふき男』
2002年05月09日(木) ☆リンダ・ハワード・リーディング(その3)
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管理者:お天気猫や
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