2012年07月21日(土)  「やわらかい生活」裁判を考える会

昨日、「そこをなんとか」顔合わせの後、「やわらかい生活」裁判を考える会に参加した。

絲山秋子さんの原作「イッツ・ オンリー・トーク」をもとに荒井晴彦さんが脚本を書いた映画「やわらかい生活」の脚本を「シナリオ年鑑」に掲載することを絲山さんが「拒否」。そのことに対して、荒井さんとシナリオ作家協会が裁判を起こした。東京地裁で敗訴し、知財高裁で控訴を棄却され、控訴審でも敗訴。最高裁への上告申し立ては認められなかった。

その一連の裁判を検証することで、原作と脚本、原作者と脚本家の関係を考えようという会。主催はシナリオ作家協会。

わたしは第2部の裁判報告の途中から会場入り。「そこなん」のおかげで、裁判の話が理解しやすくなっている。第一審では「契約違反!」と強気で戦ったが、控訴審では、とにかく勝とうということで「原作者に脚本の出版を止める権利があるのでしょうか?」とトーンをやわらげた。それでも、原作者の権利のほうが認められる結果となった。

第3部のパネルディスカッションも聞きごたえ十分。どっちが悪いと決めつけるのではなく、「著作権者」の権利の解釈をめぐる活発な議論が交わされた。



「原作ものの脚本は、誰のものか?」

脚本家の立場に立てば、「映画公開は許可したのに、どうして出版はダメなのか?」となるのだけど、原作者の立場に立てば、「じゃあ映画公開もNOと言えばよかったの?」となるかもしれないし、「映像はOKだけど、活字になるのはイヤ」という理由かもしれない。そういう個人的な事情を「身勝手」と断じてしまっていいのか、これが難しい。微妙でデリケートで他人からは理解不能な感情も作家の個性であり、それを否定してしまうのは、「作家性」の否定になるように思う。

だから、荒井さんの主張はもっともで、同じことを自分がされたらたまらないと思う一方で、絲山さんの気持ちもわかる、とフクザツな気持ちで聞いた。

わたしの原作を他の脚本家が脚本にする機会があったら、脚本にNOと言う権利は残しておいてほしい。でも、話がつかずに形にすることを差し止める場合は、原作の著作権使用料を返上するぐらいの覚悟を持ってNOと言うことになるだろう。

原作者も作家。脚本家も作家。どなたかが言われたが、原作と脚本は「個性のぶつかりあい」で、そこにはおのずと衝突や葛藤は生まれる。

両者を満足させるには、どこかで折り合いをつけなくてはならないけれど、願わくば、それが「妥協」ではなく「化学変化」の産物であってほしい。ぶつかりあうエネルギーを対立という消耗ではなく、面白い作品を共に産み出す生産の方向に使うことが、原作にとっても脚本にとっても幸せなのだ。

そのためには、交通整理をする立場のプロデューサー(出版社サイドも含めて)の力が大きいと感じる。

「昔は脚本家と原作者が酒を酌み交わしたりしたが、今は出版社が会わせたがらない」という意見が出たが、わたしは、それが悪いことだとは思わない。原作者だけでなく脚本家も守られていると思うし、脚本を書く間は、プロデューサーから伝わる情報からどんな方なのかを想像し、遠くのペンフレンドに手紙をあてるように「いつか会って感想を聞けますように」という気持ちで書く。

もちろん原作者ひとりを喜ばせるために書くのではないし、原作のファンだけを満足させるために書くのでもない。でも、原作を育てた人たちへの敬意が、根っこにあるべきだと思っている。

同じように、原作者が脚本家に「わが子」である原作を預けるには、信じる気持ちが潤滑油になるだろう。「この人なら悪いようにしない」という前提があれば、もし意見の食い違いがあっても、軌道修正はしやすいだろう。

原作者と脚本家の関係は、脚本家と監督(演出)の関係とも似ていると思う。書き上げた原稿はオリジナルであれ原作ものであれ、脚本家にとって「わが子」になる。それを現場で監督に書き変えられることは、よくある。変えて良くなる場合もあるけれど、改悪になる場合もある。「うちの子になんてことを!」そんなとき、脚本家は原作者の気持ちを味わう。

これもまた、信頼ありきか、疑心暗鬼かで、こじれ具合は違ってくる。

衝突をしなやかに受け止める緩衝剤の役割を果たすのは、相手への敬意や信頼であり、それをうまく取り持つのがプロデューサーということだろうか。

原作者と脚本家も、脚本家と監督も「やわらかい関係」でありたい。

裁判に持ち込まざるを得なかった荒井さんの苦悩ははかり知れないが、そのおかげで、わたしたちは著作権者の権利について立ち止まり、考える機会を得た。

「原作もの流行りで脚本家が脚色屋になり下がっている」という声もあったけれど、「原作もの」でないと映像化しにくいと嘆くのではなく、面白いオリジナルを書いて、脚本が原作の本を出版する逆転現象を起こせばいいじゃないかーという雄叫びも聞かれた。そんな「映画・ドラマ業界を取り巻く現状」への問題提起もあり、とても実りのあるシンポジウムだった。

『原作と同じじゃなきゃダメですか?』が出版されました。

《映画『やわらかい生活』脚本の「年鑑代表シナリオ集」への原作者による収録・出版拒否事件 全記録》の副題でシナリオ作家協会が刊行。送料込み1890円で申し込みはシナリオ作家協会へ。「当協会ではこの裁判の結果を記録に残し、また映画・テレビ製作における、脚本家と原作者の関係性やあり方について、映画・テレビ業界に従事する人々はもちろんのこと、観客・視聴者すべての人々に、深く考えていただきたいと願い、本書を刊行いたしました」とのこと。この事件について、シナリオ作家協会が脚本家にアンケートを実施したのだけど、わたしは提出しそびれてしまった。百人の脚本家がいたら、百通りの原作の解釈があるように、「原作者と脚本家の関係」について思うことも一人一人の色があり、とても興味深い。この本に参加する機会を逸したことを残念に思いつつ、この日の日記を、出しそびれたアンケートの回答に替えたい。(2013/6/12追記)

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