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2009年05月09日(土) |
「抗うつ薬服用で攻撃性増す症状、厚労省が注意改訂へ」←因果関係が明らかでないのなら徒に偏見を助長するな。 |
◆記事:抗うつ薬服用で攻撃性増す症状、厚労省が注意改訂へ(5月8日21時42分配信 読売新聞)
抗うつ薬を服用した患者に、他人に突然、暴力をふるうなど攻撃性が増す症状が表れたとの報告が約40件寄せられたため、
厚生労働省は8日、「調査の結果、因果関係が否定できない症例がある」として、使用上の注意を改訂することを決めた。
対象となるのは5製品で、うち4製品はSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と呼ばれる。
厚労省などは、SSRIなどの薬を服用し、他人を傷つける行為が実際にあった35件と傷害などにつながる可能性があった4件について調査。
パキシル(SSRI)など3製品を服用した4件について、「他人を傷つける行為との因果関係を否定できない」
と評価したうえで、ほかの2製品も含めた改訂を決めた。
そううつ病のうつ症状やアルコール依存症などがある場合、その多くは薬を処方されたことで、
症状が進んで攻撃性が増し、傷害に結びついた可能性があることが分かった。
新しい使用上の注意では、症状の悪化があった場合には、薬を増やさず、徐々に減らして中止するなどの慎重な処置を行うよう求める。
SSRIは、従来の抗うつ薬よりも副作用が少ないとされ、うつ病治療に広く使われている。
国内でも100万人以上が使用していると推定されている。
◆コメント:向精神薬の概略。抗うつ薬の作用機序。
精神科で処方される薬、精神に影響を与える薬を総称して「向精神薬」という(狭義の「向精神薬)。
向精神薬は、抗不安薬、抗うつ薬、睡眠薬、抗躁薬(躁病のくすり)、抗てんかん薬、抗精神病薬(統合失調症の薬)に大別出来る。
うつ病、或いは抑うつ状態が長く続いた場合は、脳内神経伝達物質の一つ、セロトニンのバランスが崩れていると考えられている。
脳には無数の神経細胞があり、神経細胞の中は微弱な電気的信号によって、情報が伝達されるが、
神経細胞同士の間にはシナプスという隙間がある。
ある神経細胞から隣の神経細胞へシナプスという「隙間」を経由して、情報を伝達するのが、
「脳内神経伝達物質」で、専門書を見るとやたらと種類が多いが、うつ病では、この中で特に、
セロトニン、ノルアドレナリン(=ノルエンピネフリン)が関係していると考えられている。
つまりある神経細胞から隣の神経細胞に十分にセロトニンが届かない場合に、抑うつ状態を惹起するのである。
この図がシナプスのモデルで、或る神経細胞の端(A)から放出されたセロトニンは、(B)のセロトニン受容体(レセプター)
にくっつく訳であるが、何らかの原因でこれが上手くいかなくなったときに抑うつ状態、惹いてはうつ病を引き起こす。
因みにどうして「シナプス」という「隙間」があるのか、というと、
仮に脳神経全体が隙間がなかったとすると、脳神経全体が、「電気回路」になってしまう。
そして、全てが電気的信号で情報伝達が行われた場合、脳神経細胞の何処が「ショート」した場合、
脳全体が「ショート」してしまい、脳がぶっ壊れてしまうかも知れぬ。
そこでわざと細胞間に「シナプス」という「隙間」を設け、それを防いでいるのではないか、という専門家の推論を読んだ事がある。
さて、それでは、或る神経細胞Aから隣の神経細胞Bにセロトニンがくっつかなかったときどうなるかというと、
暫く隙間にあるが、やがて、セロトニンを放出したAに再び吸収されてしまうのである(再取り込み)。
だから、Aがセロトニンを再び吸収出来なくすれば、Bに吸収されるであろう、という仕組みである。
◆抗うつ薬の変遷
抗うつ薬は古く(1950年代)から存在し、その中でも三環系抗うつ薬が、
長く使われてきた。今も使われている。
三環系抗うつ薬は作用も副作用も精神科医はよく分かっている。
この薬は古いからと言って効かないのではない。但し、シナプスに「余っている」神経伝達物質の中で
セロトニンだけではなく、他の神経伝達物質、特にアセチルコリンという物質の再取り込みもブロックしてしまう。
この為に、抗コリン作用という副作用が強い。
抗コリン作用よる副作用は、リンク先にあるとおり、便秘、口渇、排尿障害、眠気、立ちくらみ、目眩い、かすみ目、吐き気、食欲不振 などである。
これらが全部出ることは無いが、薬と患者には相性があり、同じ三環系の薬を服用しても患者により、全然副作用が出ないこともあるし、
出ることもある。どの患者にどの薬が一番有っているかは、試行錯誤の連続で、決まるまでが結構しんどい。
とにかく、三環系抗うつ薬は、抗コリン作用による副作用が強いのが難点だった。
そこで、神経細胞A側のアセチルコリン再取り込み受容体はブロックせず、セロトニン再取り込み受容体「だけ」を
ブロックすれば、抗コリン作用は無くなるか、少なくとも大幅に減少する筈だ、というので、開発されたのが、
今回問題となっている、SSRI(selective serotonin reuptake inhibitor=選択的セロトニン再取り込み阻害薬)である。
SSRIはアメリカでは大分前から使われていたが、日本で厚労省が使用を認可したのは、
1999年デプロメールとルボックス(一般名:フルボキサミン)である。製薬会社が違うので商品名は違うが同じ薬。
次いで、2000年にパキシル(一般名:パロキセチン)。
2006年7月からジェイゾロフトの使用が認めらた,国内3番目の選択的セロトニン再取込阻害薬(SSRI)。
SSRIから更に研究が進展してセロトニンとノルアドレナリン(ノルエピネフリン=norepinephrine)両方の
再取り込み阻害薬、SNRI(serotonin norepinephrine reuptake inhibitor=セロトニン・ノルエピネフリン再取り込み阻害剤)、
トレドミン(一般名:ミルナシプラン)も2000年から認可されている。
今回、「攻撃性」「異常行動」との因果関係が疑われているのは、現在日本で認可されている全てのSSRIとSNRIである。
◆どの向精神薬の添付文書にも「重大な副作用」として「精神錯乱」が以前から載っている。
私は、遷延性うつ病患者で、抗うつ薬を飲み始めて10年になる。
SSRIやSNRIも含めて色々試したが、前述の通り薬と患者には相性があり、
私は結局、古くから使われている、「アモキサン」(一般名:アモキサピン)に落ちついた。
詳しく知りたければ、「今日の治療薬」か「治療薬マニュアル」を読んでみるといい。
殆ど全ての向精神薬には「重大な副作用」として、
悪性症候群、てんかん発作、痙攣、精神錯乱、幻覚、せん妄、意識障害、アナフィラキシーショック、等
など、恐ろしい言葉が並んでいる。繰り返すが、私は様々な抗うつ薬を飲んで(現在は一種類)10年になるが、この中のいずれの重大な副作用を
経験したことがない。
10年通院しているから、多くのうつ病の患者さんとも知り合いで、パキシルや他のSSRI、SNRIを長く飲み続けている患者さんを知っているが、
記事で報じられているような「攻撃性」「異常行動」を経験した人を見たことも聴いたこともない。
◆結論:安易に偏見・不安を助長する記事を書くな。
記事によれば、厚労省は抗うつ薬と攻撃的行動との因果関係が否定できない症例がある」ので注意を喚起するというが、
因果関係が証明されたわけではない。
精神疾患について、以前に比べたら随分世間の理解が進んだ(逆に生半可に情報が伝わるので単なる怠けなのに、
うつ病だと称する若い人が多くなって問題化しているぐらいだ)けれども、それでも世間の「精神科」や「精神科の患者」に対する偏見は
まだまだ残っている。
仮定上の話として、攻撃的行動が全てパキシルなどが原因によるものだったとしても、
厚労省などには今春までに、攻撃性などの副作用報告が268件あった。うち実際に他傷行為などに至ったのは35件。
だという。今回、注意喚起の対象となる薬を飲んでいる人全体、つまり「分母」は、
00年の発売以後、推定100万人超が使用した。
しか、手がかりがないから、100万人だとしよう。
「攻撃性などの副作用報告268件」の起きる確率は、0.0268%。「他傷行為など36件」の確率は、0.0035%。
と極めて低い。この程度のことで、世間の偏見を徒に助長するような記事を書くべきではない。
これは、昼間、mixi日記に書いて読者の方からご指摘頂いたことだが、世間ばかりではなく、
今回、注意喚起の対象となる薬を飲んでいる患者が、この記事を読み、怖がって自己判断で服薬を中止したら、危険である。
離脱症状が起きる(可能性が極めて高い)。向精神薬に限らず、長期間服用していた薬を止めるときは漸減が原則である。
最後にもう一度書くが、因果関係が明らかになっていないのなら、ミスリーディングな記事を書くべきではない。
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