JIROの独断的日記 DiaryINDEX|past|will
◆岩城音楽教室(光文社 知恵の森文庫) 今日はこの本からすこし。 「昨日、見たよ。あれはほかの弟子には絶対に許さないけど、君にだけは許す。君がああ演りたいのは分かる」 へえ。と思いました。斉藤先生というのは、もっと型を強制する人なのかと思っていたのです。 ◆「岩城音楽教室」名言集 本は、これです。 Amazonだと1〜2週間かかると書いてあるけど、書店にあります(東京の大きめの書店の話ですが)。 ◆「音楽は『分かる』『分からない』ではない。」 「人間として生まれた以上、クラシックを好きにならなければ教養が無い奴だ。などと言う人がいます。とんでもない話です。嫌いなら嫌いと胸を張って言える自由があってこそ、むしろ本当の音楽好きが増えるのではないでしょうか」 「音楽が分かる、分からないという云い方は間違っています。所詮、はじめは音楽なんて好きか嫌いかです」 ◆子どもにピアノなど楽器を習わせているおかあさんへ。 「ほめ言葉を知らない人間は、人を思う方向へ動かすことができません。母親がこどものピアノをほめるのに、なにも、専門的な言葉を使う必要はありません。『なんだか今日のピアノの音は綺麗ね』とか『今日はとても楽しく聞こえるわ』とかそれでいいのです。そう聞こえることが音楽の本質なのですから。どうすれば上手く弾けるようになるかは、プロである教師が教えます。母親は直感に頼ったほめ方をすればいいのです」 ◆カラヤンの逸話。 「カラヤンはいつでも、リハーサルで楽員に注意するときに、名指しで注意するようなことはしません。例えば、2番ホルンの音程がすこしおかしいとき、演奏を止めて、全く関係ない第一バイオリンの人達に、フレージングの説明などをする。そして、ミスをした本人の隣の一番ホルン奏者にウィンクするのです。同じところへ来て、まだ、2番ホルンの音程が直っていないと、演奏を止めて、また一番ホルン奏者にウィンクする。さすがに一番奏者が気が付いて2番に注意する。こうして、回りくどいけれども、決してある楽員に人前で恥をかかせないようにする、という気遣いをする人なのです」 「人真似こそ最高の勉強法です。学ぶは「真似ぶ」から来ています。ピアノを習っている子がいたら、なるべく多く名人の演奏を聴かせてやることです。子どもはその中から何となく自分の感性に合ったものをみつけ、まず真似てみる。それは大変良いことです。音楽は個性だから、といって、まだ右も左も分からない子どもに『好きなように弾いてごらん』と言うのは、間違いです。子どもにはまだそんな『個性』が出せる訳は無いのです。カラヤンですら、トスカニーニの真似から入りました。カラヤンは最近の若者は情けないといいます。どういう事かというと、カラヤンのリハーサルは絶対に公開しないのが決まりですが、カラヤンは、もし、それでもあらゆる手段を尽くして潜り込んでくる、指揮者志望の若者がいたら、見て見ぬふりをするつもりだというのです。カラヤンも若い頃、人の練習を強引に盗み見た時期があったそうです。それなのにこのごろの若い奴はちょっと障害があるとすぐ諦める。ガッツが足りないといって嘆くのです」 ◆面白そうでしょ? これは、1977年に書かれた本ですが、今も通用する普遍性を持ち、岩城さんの「音楽観」が一番良く分かる本だと思います。
2005年06月29日(水) オーディオブックというもの。アイ文庫ってご存じですか?
JIRO
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