白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2006年12月09日(土) 灰谷氏と父の思い出

先日、作家の灰谷健次郎が亡くなった。亡き父はほんの少しだけ彼と親交があったので、あれこ書きたかったのだけど「今、書いちゃうと検索に引っ掛かりやすいかも…」と思い直して現在に至る。もっとも、WEBに書いて問題のある事を書く訳ではないので構わないのだけど(問題アリの話なら書かないし)懐かしさに浸るためには静かな方が良い……ってことで。

父は自営で印刷機械関係の仕事をしていた。印刷機械……と言っても、私が好きな出版物を印刷するものではなく、あくまでも商業用の物(カタログとかお菓子の箱とか他にも色々)を印刷する機械。しかしながら「業界」というものは、蜘蛛の巣のように絡み合っているらしく、父の友人(出版関係の人)が灰谷氏と深い係わりのある人で、父も灰谷氏と直接接することがあったのか、自宅の本棚には何冊か灰谷氏から戴いた自費出版本や流通に乗っている本が並んでいた。

我が家に戴き物の自費出版本が何冊もあったが、それらはたいてい、どうしようもなくツマラナイ本ばかりで、子供心に「戴き物の本は面白くない」という認識があったのだけど、その中で例外だったのは灰谷氏の本。子供が読む本ではなく、どちらかというと大人が読む本だったのだろうが「こういう本を書く学校の先生っていいなぁ」と思ったものだった。

私の中で作家という職業は今でも憧れちゃう仕事なのだが、父に言わせると「文学なんてやるヤツはロクデナシばかり」だった。詳しく話しを聞くと「作品は凄くても人として、どうかと思う傍迷惑な人」って事だ。今さら父を責めるつもりはないが、家族にしてみれば父もたいがいに「傍迷惑な人」だったので、私には納得のいかない話だった。が、とにかく文学をする人ってのは、父のように……あるいは父をもっとパワフルにしたような傍迷惑な人だというイメージが私の頭に刷り込まれてしまった。

私が檀一雄の作品と私生活に惚れ込んでしまったのは、こういう刷り込みがあったからかも知れない。現在活躍している作家さんに、父の言うタイプの「ロクでもない文学者」がいるのかどうかは知らないけれど、もしかすると父は「ロクデナシばかり」と言いながら、そういうことをする人達が好きだったのかも知れない。子供の頃、本ばかり読んでいた私を、母は苦々しく思っていたようだが、父はむしろ喜んでいたように思う。

当時、灰谷氏から貰った本は度重なる引越しで処分されてしまったけれど、1冊くらい残しておいても良かったかなぁ……とは思う。灰谷氏の作品は、それなりに惹かれる部分があったものの、私にとって「愛さずにはいられない作家」では無かった。だが、私にとって本を読む下地を作った作家さんの1人には違いないのだ。もちろん、それは父の思い出と抱き合わせでの話だが。

灰谷氏から貰った子供の詩集の書名を検索してみたら、当時の出版社とは違う出版社から出ているものが流通していた。少し寂しかったが、読み継がれているという事実は嬉しかった。なんとなく昔語りなどしてみたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
2005年12月09日(金) みかん考
2004年12月09日(木) ロマンティックが足りませぬ。
2003年12月09日(火) にぎにぎ。
2002年12月09日(月) 元気でやっています。
2001年12月09日(日) 「でも」ぢゃない!(下劣な言葉が含まれるので苦手な方は飛ばしてね)

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