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2024年09月22日(日)
BÉJART BALLET LAUSANNE JAPAN TOUR 2024『バレエ・フォー・ライフ ─司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま』

BÉJART BALLET LAUSANNE JAPAN TOUR 2024 Aプロ『バレエ・フォー・ライフ ─司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま』@東京文化会館 大ホール


隣のおじちゃんは「ミリオネア・ワルツ」辺りからもう泣いており、ジョルジュ・ドンの「ブレイク・フリー」では肩を震わせて泣いていた。わかる。私も嗚咽が漏れそうなの堪えてたから頭痛くなったんだよ……。

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振付・演出:モーリス・ベジャール
音楽:クィーン / W.A.モーツァルト
衣裳:ジャンニ・ヴェルサーチ

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3年ぶりの来日公演、前回(2021年)に引き続きの『バレエ・フォー・ライフ』。当初は違う演目(ベジャール旧作の復刻上演『わが夢の都ウィーン』)が発表されており、『バレエ〜』は地方公演のみの筈だった。3年の間に、バレエ団にはいろんなことがあった(詳しくはこちら)。小林十市が戻り、オスカー・シャコンが復帰した。ジル・ロマンが去り、ジュリアン・ファヴローが芸術監督に就任した。今回の公演は、バレエ団の24/25シーズンの幕開けを飾る。

9月入り、オンライン記者会見で、ジュリアンが日本で踊るのは最後になると発表された。芸術監督との兼任は難しいだろう、最後の日本公演になるのではないか、という予感はあったが、やはり寂しい。バレエ作品の配役は、ダンサーのコンディションを考慮し公演当日の数週間に(数日前のことも)発表されることが多い。『ボレロ』のメロディーのように主役級のスケジュールはチケット発売前に出ることもあるが(今回は出た)、怪我などがあれば当然変更される。ダンサーファーストという方針は歓迎したい。それだけ身体への負担が大きいのだ。バレエという舞踊のハードさがわかる。

という訳で、残念乍らチケットをとった回にジュリアンは出演しなかった。あの花束のようなかわいらしさのジュリアンのフレディを、もう観ることが出来ない。

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2006年、2021年に続き、個人的には3度目の『バレエ・フォー・ライフ』。1度目と2度目、フィナーレの「ショウ・マスト・ゴー・オン」で、ダンサーたちを迎える役はジルだった。もともとはベジャールが務めていた役だが、初めて観た2006年の公演では、ベジャールの渡航にドクターストップがかかったのだ。フィナーレはジルに任された。日本公演では初めてのことで、ほぼサプライズだったと記憶している(当時はSNSもなく、情報伝達が今程早くなかった)。ベジャール亡きあとバレエ団の芸術監督にジルが就任し、以降ずっとあの役はジルだった。

今回『バレエ〜』が上演されると知らされたとき、真っ先に浮かんだのは「フィナーレのあの役は誰がやる?」だった。ジュリアンが務めるのが順当だろうが、今作にジュリアンはフレディ役で出演している。両方やるのは無理ではないか……。その後インタヴューでジュリアンが「僕は(あの役を)やりません。素敵なアイディアがあるんです。楽しみにしていて」と話しているのを読んでいた。となると、思いつくことは限られる。何らかの形でベジャールを迎える。あるいはサプライズでジルを……いや、これはないか。

果たしてそこにはベジャールがいた。蜷川幸雄が亡くなった直後の、『尺には尺を』のカーテンコールを思い出す。このときは、“ショウ・マスト・ゴー・オンをこんな形で観たくはなかった”と思ったものだ。しかし今回は違う。ある意味これは、元の状態に戻ったともいえる。

カーテンコールの幕が上がると、ステージにはベジャールがいた。掲げられているのではなく、遺影がフロアに直接置かれている。そこへダンサーたちがひとりひとり駆け寄っていく。キスをし、ハグをし、一礼する。だいじそうに触れる、すっと歩み寄り、じっと見る……もうドッと泣いてしまったのだが、頭の一部は冷えていて「えーとこのあとどうするんだ? 皆で手を取り合い、一歩一歩前進する美しい歩行を見せるシーンだが?」などと思う。結果どうなったかというと、遺影の両端をダンサーが持ち、一緒に歩み出したのだった。ちょっともたついているところもある。拍手の嵐が続く。何度目かのカーテンコールを終え、下りた幕の向こうからダンサーたちの歓声と拍手が聴こえた。また涙が溢れる。

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本編の話を。ガラではなく通しで観るに値する作品で、振付家としてのベジャールは勿論だが、演出家・ベジャールの凄みを思い知る。AIDSによって失われた唯一無二の才能、フレディ・マーキュリー、ジョルジュ・ドンを悼む。“Oh, Yes!”と“Oh, No!”、快楽と苦痛に満ちた、長く短い人生の儚さが描かれる。目覚め、生き、また眠りにつく。いつか目覚めないときが来る。そのときひとは何を残すのか? 上空に投げられる白いシーツの眩しさが、ダンサーたちの躍動する肉体が、目に、脳裏に焼き付く。

2022年にバレエ団へ復帰したオスカー。出てくるだけで目をひく。あのムーヴ、あのポーズ……まさに「ベジャールのダンサー」。カリスマがあり、観客のレスポンスも大きい。彼の復帰を喜んでいるファンは多いに違いない。初演から唯一、同じ役を踊り続けているエリザベット・ロス。ジュリアンが引退するし、エリザベットのその日も近いかも……それでも「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」のソロは、彼女以外に考えられない。しなやかに伸びる長い腕、フロアから垂直に上がる長い脚。彼女が踊る時代に生まれてよかった、観ることが出来てよかったと思えるダンサー。目に焼き付ける。

大橋真理はもうすっかり中心メンバーで、「ブライトン・ロック」「コジ・ファン・トゥッテ」「ゲット・ダウン・メイク・ラヴ」「テイク・マイ・ブレス・アウェイ」「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」と大活躍。2022年入団の武岡昂之助は、十市さん直伝(?)の「ミリオネア・ワルツ」を無心に踊る。素晴らしかった! 茶目っ気もちゃんと継承していますね(笑)。天使役のふたり、オスカー・フレイムとアンドレア・ルツィも印象的。

この日のフレディ役はアントワーヌ・ル・モアル。最後だしジュリアンで観たかった……という思いはありましたが、アントワーヌのフレディもかわいらしかったです。フレッシュ! 厚底靴で動くのはたいへんそうでした。そうそう、『バレエ・フォー・ライフ』といえばヴェルサーチ。フレディや天使の衣裳は勿論、スポーツウェアスタイルも素敵だし、キテレツなのにアクティヴでチャーミング。肉感的な「ベジャールのダンサー」たちを輝かせる衣裳の数々、堪能しました。

ライヴテイクも多いセットリストのなか、「ショウ・マスト・ゴー・オン」がそうでないことにはいつも胸を衝かれる。この曲はフレディ・マーキュリーのスワンソング。ライヴで唄うことは叶わなかった。ブライアン・メイの魔法のようなギターソロを聴きつつ、先日体調を崩していた彼の無事を祈る。いつかはこの作品を創ったひとがひとりもいなくなる。それでも、今を生きる「ベジャールのダンサー」たちがいる限り、“司祭館はいまだその魅力を失わず、庭の輝きも以前のまま”なのだ。

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泣きつつもずっと考えていた。今後はこれでいくのだろうか? あの歩行の美しさは失われていないにしろ、まとまりには欠けてしまったかもしれない。しかしそれならば「ベジャールと歩む」という美しさを、視覚的にもまだ考える余地があるかもしれない……。

終演後、ジュリアンと十市さんのトークショウ。十市さんは進行に徹して、ジュリアンにインタヴューするという形。妙にかしこまった口調で話したりするもんだから客席から笑いが起こってました。印象に残っているところをおぼえがき。記憶で起こしているのでそのままではありません、ご了承ください。明らかな間違い等ありましたらご指摘頂ければ助かります。公式レポートが出たら(出てくれ〜)差し替えますね。

・『バレエ・フォー・ライフ』フィナーレの演出変更について
変更だとは思っていません。『バレエ・フォー・ライフ』という作品を創りあげたモーリス・ベジャールに敬意を捧げる。本来の姿に戻っただけだと思っています

・芸術監督に就任しての思いなど
オファーがあってから答えを出す迄の猶予は24時間しかありませんでした。でも、幸いなことにわたしはひとりではありません。十市、エリザベット、ドメニコ(・ルヴレ)がいます。それで引き受けることにしました。
芸術監督は作品上演だけでなく、あらゆることに関しての判断を求められます。ベジャールへの敬意をもち作品を残していくこと、ベジャール作品を踊るダンサーが輝くこと。それを続けていくのがわたしたちの使命です。それはジルがやってきたことでもあります。
実際にベジャールから指導を受けたダンサーが減ってきています。わたしも踊ったことがない作品もあります。十市はわたしが踊っていない役をやっています。エリザベット、ドメニコもそうです。映像も参考にします。成熟には時間がかかります。助けが必要です。過去ベジャール作品を踊ったダンサーたち、ベジャールからの言葉を直接聴いているひとたち……ショナ・ミルクらに助言を請うことも出来ます。新しい世代にベジャールの遺産を、透明性のあるカンパニーで、伝えていかなければなりません

・『バレエ・フォー・ライフ』や日本公演での思い出
(ジョルジュ・ドンの出身地)ブエノスアイレスでの公演は、観客が始まる前から興奮していて、広場でクィーンのナンバーを唄ったり、持ってきた旗やメッセージを書いたボードを掲げていたり……もう大騒ぎでした。ジョルジュが登場する「ブレイク・フリー」のときは、スタンディングオベーションと拍手が止まず、まるでロックコンサートのような盛り上がりでした。これこそが、ベジャールのやりたかったことなのではないかと思いました。ベジャールの功績は、バレエをオペラ劇場から解き放ち、もっと広いところ…野外であったり、広場であったり……へと出ていったことにあると思います。
(十市さんにパリのシャイヨー劇場もすごかったよね、といわれ)そう、エルトン・ジョンが唄いに来てくれましたね。クィーンのメンバーも演奏で参加してくれました。
日本での思い出は沢山あります。素晴らしい文化、愛に溢れた観客。そうそう、日本の観客からは(フレディの衣裳にちなんで)バナナをもらったことがありました(笑)

「十市、エリザベット、ドメニコがいる」と何度もいっていたのが印象的でした。ジュリアンが退場したあと、ひとり残った十市さん。どうしても落語家の血が抑えられなかったか「最後に僕からひとつだけ、ジュリアンにはわたし小林十市のお給料をもう少し上げてください、とお願いしたいです! おあとがよろしいようで」と〆ておられました。突然のことだったのでピンスポが追いつかず、暗い地明かりのもと話していた。ウケた。

今後気になるのは『ボレロ』のメロディーの指名権(?)。ベジャール亡きあとジルが決めていたようだけど、今後どうなるのか……BBLだけでなく、上演権がある各国のメロディーも、推薦を受けて最終決定はジルが下していたのでは。日本では東京バレエ団だけが上演を許されており、現在メロディーを踊ることが出来るのは上野水香と柄本弾のみ。

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・スペシャル・インタビュー 小林十市(バレエ・マスター)┃NBS News ウェブマガジン
・ダンサー・インタビュー オスカー・シャコン、大貫真幹┃NBS News ウェブマガジン
十市さんだけでなく、オスカーもジルに呼び戻されたのだとこの記事で知る。
公演に備え昨年とられたインタヴューなので、今年に入ってからの大きな動きに関しての話はなし。仕込みが早すぎましたね……記事公開のタイミングって難しい


(何故かリプライしか埋め込めないので、ここからtwitterに飛んでスレッドの最初から読んでいただければ!)
前回鑑賞後にこの乗越さんのツイートを読んだのでした。おかげで今回はより咀嚼して観ることが出来た。そのまま観ても美しいシーンだけど、引用元がわかると楽しみ方に幅が出ますね

・その乗越さんが上梓されたダンス評論集『舞台の見方がまるごとわかる 実例解説!コンテンポラリー・ダンス入門』に、このことはもっと詳しく書かれています。電子書籍のみの販売です

・それにしても、東京文化会館も近々改修で閉まるので一層劇場不足が加速するなあ。バレエでもミュージカルでも演劇でも使えた青山劇場と青山円形劇場を返してほしい