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| 2026年04月11日(土) ■ |
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| ケムリ研究室 no.5『サボテンの微笑み』 |
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ケムリ研究室 no.5『サボテンの微笑み』@シアタートラム
集中力が全く切れない3時間。サボテンとは、幽霊とは、と今思い返すだけで涙が出そう。彼らはあの温室の植物たちのように邸宅に根を下ろし、いつまでもいつまでも何度でも何度でも年を越すのかな ケムリ研究室 no.5『サボテンの微笑み』
[image or embed] — kai (@flower-lens.bsky.social) Apr 11, 2026 at 23:05
サボテンは赤堀さんだったのよ〜……タイトルロール! てかしゅ、主役では……? OiOiOi!
原案は岸田國士の『温室の前』。1927(昭和2)年の作品で、現在はパブリック・ドメインとして改訂も自由。青空文庫で読むことが出来る。 ・岸田國士 温室の前┃青空文庫
昭和初期、東京。父の遺した邸宅で暮らす兄と妹。兄は温室で植物を育て、妹は兄の世話をする。外の世界とあまり関わらないようにして生きることに、ふたりとも居心地の良さを感じているようでもある。しかし同時に、ふたりは外界へと出ていくことを渇望している。数年前に起こった関東大震災や、屋敷に居着いている父の幽霊がふたりに陰を落とす。
兄妹の性格や関係は、「今」観れば発達障害や共依存という名前をつけることが出来る。同様に、ふたりの父のふるまいは虐待、兄妹を訪ねてくる元夫婦のふたりの関係はDV(と、兄妹と同じような共依存)と名前をつけることが出来る。台詞の端々に顕れる昭和初期の言葉は、女性や身分への差別と偏見が明らかだ。そうした名付けや分類がなかった当時、彼らは「変わり者」として陰口を叩かれ蔑まされている。会話のなかだけに登場する近所のひとびとは、悪意なくひとを貶めることを娯楽にしている。兄妹はひたすら傷つけられている。世間は「今」も「昔」も変わらず無意識に残酷だ。
ちょっとしたことですぐ激高する兄、人形に自分の心情を打ち明ける妹。優しく怖がりで善良で、しかし「互いを縫い合わせた一枚の布」のようにグロテスクでもあるふたり。そんな人間の歪さをケラリーノ・サンドロヴィッチは描く。赤堀雅秋と緒川たまき演じる兄妹は、近くにいたら面倒くさそうだなあと思わせつつ、それでも突き放すことが出来ないような愛らしさを持っている。そして実際、観客がいくら彼らに心を寄せても、劇中直に接している登場人物たちは兄妹と少しずつ距離を置いていく。兄も妹も恋に破れ、屋敷での生活が続く。
その年と、一年後の大晦日。何故か年内に届いてしまう年賀状。繰り返されるその風景、しかし居間にあった椅子は四脚から二脚に減っている。兄と妹は、父と同様にここで死に、そして幽霊となった家族三人で屋敷に暮らし続けるのだろうか。どこかでそんな幸せもあるのかも、と思い、いや、父親をどうにかしないことにはそれはやっぱり無理だと考えなおす。その証拠に、自殺した母の幽霊は現れないではないか。つまり彼女は夫が居座っている家から解き放たれ、外の世界を自由に飛び回っているのではないか……。客人を迎える度、異様な程にはしゃいでいたかわいらしい兄妹のもとへ、また少ない友人たちが集まってくることを暗転のなかひたすら祈った。
演者は揃いも揃って素晴らしかった。どいつもこいつも困ったヤツで、どいつもこいつも愛らしい。あ、でも瀬戸康史演じるアイツはキモキモのキモだった(褒めてる)。元妻の洋装を舐め回すように見て「僕の好きな色だ」という場面なんか、キッモ! キッモ! キモキモキッモ! と心のなかでラップし乍ら観ていた。ア゛ーーーヤダヤダヤダ(思い出すことがあるらしい)!!! その元妻を演じているのが実の妹である瀬戸さおり。こちらも進歩的なMOGAでありつつなかなか食えないやつであった。うーん、役者ってすごい。そもそも今作、「兄妹の話」と発表されていて瀬戸兄妹が出演、といわれればふたりが兄妹を演じると思いますやん。いやー、キャスティングの妙。お見事でした。
萩原聖人はあーこりゃモテるわ、な魅力的人物像。腕っぷしにものをいわせるところとか、作家らしいエゴが顔を出すところとか、あっ、これは危ないな、という要素がまた魅力的に映ってしまう。妹への憐れみも、優しさも、嘘がないように感じられた。嫌味なく格好いい。それだけにこれを真っ当に演じるのは難しかっただろうな。好人物を好人物として信じさせてくれる演技だった。
鈴木慶一はなんとスズカツさんの『欲望という名の電車』以来、19年ぶりの舞台出演とのこと。しかもこのとき台詞3つだったのに今回は多くて……とか仰ってましたが(笑)いやいや嫌〜な父親を高圧的に演じててヤだったわ〜(褒めてる)。声がデカくて明瞭なのは流石。清水伸は兄妹を侮辱し、物笑いにする“世間”を代表する役回り。ヤだわー(褒めてる)。終盤お馴染みニトリのCMと同じ笑顔でヒドい行動に出て、世間の怖さを見せつけてくれた。
赤堀さんは不器用で面倒くさくてかわいらしくて優しすぎる兄。黙っているときの佇まいに、人生におけるあらゆる失敗と、味わった苦味が滲み出る。私はこんな赤堀さんが観たかったYO! KERAさん、素敵な役を有難う(泣)。そしてケムリ研究室主宰でもある緒川さん。どの役を演じてもこの役は彼女にしか演じられないと思わせてくれる。かわいらしく、哀れで、毒があり、世界に打ち捨てられても美しく輝く妹像だった。
昭和初期の家屋と調度品、室内から見える温室をトラムのステージいっぱいに設置した秋山光洋の舞台美術に、入場とともに感嘆のため息を漏らす。時を刻み続ける掛時計の振り子や蓄音機から流れる音楽といった目に見える箇所と、除夜の鐘や玄関の扉の開閉等、目に見えない箇所の音を悉く「今、ここに在る」ように鳴らした尾林真理の音響に瞠目ならぬ瞠耳。劇中レコードで流れる楽曲は、鈴木光介によるオリジナル。こちらは「当時、ここに流れていた実在の」音楽のようだった。伊藤佐智子による衣裳も、「当時、ここにいた」登場人物全員の魅力を醸し出すものだった。
あの時代と今の時代に共通する不安と、一抹の寂しさと、豊かな余韻。KERAさんの舞台は、いつもそれを体験させてくれる。これは奇跡でもあると思う。
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