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2016年06月04日(土)
『尺には尺を』

『尺には尺を』@彩の国さいたま芸術劇場 大ホール

シェイクスピア作品のなかでも「問題劇」と分類されているものだそうで、それが何故なのか非常によくわかるというか……まー差別表現がすごい。それが差別と思われていないのがすごい(笑)。そういう時代だったと言われればそうですが、当時はそうしなければ命が危ないとか、おおっぴらにしておかなければ生きていけない等の切迫した根拠もあったわけです。それらが時代の経過とともに…例えば商業、工業の発展、医療の進歩に伴い、新しい道徳観や倫理観が生まれる。そうするとまた新たな問題が生まれ、ある種の抜け道として秘めごとが増える。ひとの営みはいたちごっこでもあります。

書かれている台詞を変えずに、台詞にない部分に現代性=普遍性を見出す。400年前の戯曲を、演出家、出演者、スタッフが総力を挙げ、分析し、表現する。2016年現在はこんな解釈で上演された。これも過程だ。また400年後、この作品はどんなふうに上演されるだろう? 自分がそれを目にすることは出来ないけれど、そんな未来が楽しみにすらなるような仕上がりでした。シェイクスピア作品は、そんなふうに上演され続けていく。これってすごいことじゃないか?

台詞にないシーン。自分に災いをもたらしたとされる命に、愛おしさ溢れる表情で頬を寄せる男。財産に、地位に左右されない女たち。罰として与えられた結婚を、幸せいっぱいの笑顔で受け入れる恋人たち。観客は2016年のシェイクスピアを認識していく。過去に生きた人物たちと今に生きている自分は、地球という同じ船に乗っているのだと気付く。

開演前から役者たちは舞台上にいる。各自リハーサルをやっている。開演のアナウンスが流れ、彼らは一列に並び、深い礼をする。観客は拍手を返す。礼は「幕が上がる」という合図、現実から劇世界へと入っていくという合図。蜷川演出でよくある手法だが、これにひとつ意味が加わったように思ったのは『たいこどんどん』からだ。

ひとりの娘が現れ、掌に包んでいた白い小鳥を放つ。娘が去るときも、同じ仕草が繰り返される。『冬物語』の紙飛行機を、『聖地』のラジコンのヘリコプターを思い出す。放たれた小鳥はどこへ行くのだろう? そして彼女はどこへ行くのだろう? 自由への飛翔? 神への帰依? 象徴的な場面でもあった。扉が開き、娘は彼方から駆けてくる。そして彼方へと消えていく。さい芸の奥行きのあるステージはこうやって使われる。ひとはこの世界にやってきて、この世界から去っていく。

ショウ・マスト・ゴー・オンをこんな形で観たくはなかった。しかしこちらの思い込みもあろうが、カンパニーの懸命さにうたれた。もともとのプランから加えられたであろうスローモーション、それに対するツッコミ。大石継太、石井愃一が笑いで舞台をひっぱる。清家栄一のオマージュ溢れる扮装、松田慎也の鷹揚。複数の役を与えられた内田健司の、演じる対象への真摯な対峙(渾身の白目!笑)。枚挙にいとまがない。「蜷川育ち」(大石)の役者たちが、安心してくれと演出家を送り出すかのように、いきいきと舞台に立っている。お互いを力づけるかのように、藤木直人が、多部未華子が、辻萬長が人間賛歌を見せてくれる。

喜劇だったからこそ救われることもある。演出家がいる、いないけどいる。カーテンコールで掲げられた遺影。いるけどいない。F列中央、ステージに並ぶ役者たちの視線とほぼ同じ高さ。誰かが自分を見ているわけがない、それでも顔があげられなくなった。こらえてもこらえても涙が溢れる。

彩の国シェイクスピア・シリーズ、残るは五作品。

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脚本:ウィリアム・シェイクスピア
演出:蜷川幸雄
翻訳:松岡和子
演出補:井上尊晶
美術:中越司
照明:勝柴次朗
衣裳:小峰リリー
音響:友部秋一
ヘアメイク:佐藤裕子
音楽:阿部海太郎
舞台監督:濱野貴彦
制作:公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団/ホリプロ
企画:彩の国さいたま芸術劇場シェイクスピア企画委員会
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藤木直人:アンジェロ
多部未華子:イザベラ
原康義:エスカラス
大石継太:ルーチオ
廣田高志:監獄長/貴族
間宮啓行:エルボー/貴族/客/修道士
妹尾正文:アブホーソン/貴族/客/修道士
岡田正:ピーター/貴族/娼婦/修道士/囚人
清家栄一:バーナディン/貴族/娼婦/修道士
飯田邦博:トマス/貴族/客/囚人
新川將人:紳士1/修道女/囚人/役人
野辺富三:ヴァリアス/貴族/娼婦/修道士/囚人
周本絵梨香:マリアナ/娼婦/修道女
鈴木彰紀:使者/貴族/娼婦/修道女/役人/囚人
竪山隼太:紳士2/貴族/修道女/役人/囚人
手打隆盛:裁判官/貴族/役人/修道女/囚人
堀源起:召使い/貴族/役人/修道女/囚人
松田慎也:クローディオ
内田健司:フロス/貴族/娼婦/修道士/囚人
浅野望:ジュリエット/修道女
小島幸士:少年(ダブルキャスト)
藤巻勇威:少年(ダブルキャスト)
立石涼子:フランチェスカ/オーヴァダン
石井愃一:ポンペイ
辻萬長:ヴィンセンショー

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おまけ。

・それにしても公爵よう……。水戸黄門か暴れん坊将軍か、八方美人で傲慢、お調子者。驚かせて喜びを倍増させるために内緒にしとこうとか嘘ついとこうって、倍増させんでいいわ! その嘘でどんだけおまえ……思えば『ロミオとジュリエット』もそんなでしたやん、おかげでふたり死んだじゃん! シェイクスピアよう……としみじみ思うほど公爵がヒドい。苦笑を通り越してときどき憎らしくなりました(笑)
・歌舞伎の首実検みたいよねあれ。描かれた時代もそう変わらんな……

・衣裳が素晴らしかったわー。いつも素晴らしいが。質感といい動きが加わった際の美しさといい
・美術は七つの大罪かな。さい芸シェイクスピアシリーズでおなじみの、絵画を背景に芝居がすすむ

・個人的にネクストメンバーのひたむきさがもうね
-鈴木彰紀の女装はペネロペ・クルスばりのラテンな迫力がある。美しい〜
-薄幸(病気してそう)娼婦、アホのコ貴族、ボクサー囚人、ヘの字口修道士。他もろもろ演じ分け、内田健司はこれからも楽しみ
-松田ー! 俺だー! ヤーマン! 松田慎也はホント美丈夫。アホの子の役、地かと思うほどうまい(ほめてる)
-浅野望、娘の不安も、母の包容力も、未来の家族を案じる心の揺れも。このひとが演じる人物には幸せになってくれ! と祈らずにはいられない魅力が宿る
-知性あふれる黒衣の花嫁。周本絵梨香の口跡と身のこなしには毎回心を奪われる
・これからも彼らの出演作が、ネクストの新作が観られるよう祈ってる。待ってる

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早めに出かけていく。記帳し、献花と添えられたメッセージを見て、写真展を観て、カフェペペロネで昼食をとる。劇場内外を散歩する。光の入る長いガレリア。高い天井。いないけどいる、いるけどいない。繰り返し思い乍ら、これからもこの劇場へ足を運ぶのだろう。