無責任賛歌
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| 2002年05月07日(火) |
この文も詭弁かもしれない(^o^)/アニメ『十二国記』第五話「月の影・影の海 五章」 |
とりあえず、しげの足、跛は引かずにすむようになったようだ。 舞台でうまく演技できるかどうかは分らないけれど、少なくとも日常生活に支障はない。 「上から押さえない限り大丈夫」ということだけれど、スリッパはまだ履くと痛いらしい。それでも一応順調に回復しているようで、読者のみなさまにはご心配をお掛けしました。まだ医者からは「もしかしたら治ったように見えててもヒビが入ってるかも」と言われたらしいけど、気がついたらツイスト踊ってるから大丈夫でしょう。 「オレって意外と頑丈?」 とか言ってるけど、なんだかホントにしげって死なないような気がしてきたよ。
山本弘さんのHP、『SF秘密基地』の特別掲示板、相変わらずトンデモさんに荒らされている。 当たり前だけれど、トンデモさんは自分がトンデモさんだとは認識してない。 トンデモさんをトンデモさんたらしめる「トンデモ要素」ってのは、実は誰にでもちっとはあるんだけれど、そのことをしっかり認識してないと、「自分もまたいつトンデモさんになってしまうかも」という自分を客観視する視点が生まれない。 一見、頭よさそうで、日常生活でもごくフツーに見える人が、「それゆえに」トンデモさんになっちゃうってこと、あるんだよね。掲示板の書きこみを見てても、論理的な文章書いてるつもりで、「ああ、この人、自分に酔ってるだけだなあ」って人がもう集まってきてること(^_^;)。 余りにもトンデモさんの応酬が多かったのだろう、いちいち反論しきれなくなって、山本さん、『詭弁論理学』(野崎昭弘著)という本を紹介して、「トンデモ理論」というものが、どのように構成されるかを総括している。
http://homepage3.nifty.com/hirorin/bookkiben.htm
この本自体は読んだことないんだけれど、本当に「人と会話した」経験のある人なら、いちいち頷ける事例がたくさん載ってる感じだ。私も「二分法」でやられること多いし(^_^;)。 その人の人格と意見の正当性とは別物ってこと、判断できない人間の方が世間にゃ圧倒的に多い。それこそ「論理的にものを考える」人間なんてこの世には存在してないんじゃないかって思えてしまうくらいに。 私もつい、「所詮、○○○って○○○だからな」みたいな言い方することあるけど、それが非論理的な物言いだってことは知ってて使ってますよ。会話するためには相手に「突っ込ませる」ことも必要な場合があるんで、ワザと穴を作ってるのね。会話が進めば、ちゃんと自己批判してます。 もっとも、そういうレトリックすら、「人を馬鹿にしてる」と勘違いされることもあるんで(会話シミュレーションで、あえていくつかのデータを無視して語ることはフツーなんだけどね)、最近はそれもしなくなった。実際、「会話のできる」人自体が年々少なくなってきてる気がしていて、もしかしたら私は将来誰とも語らず無言のまま過ごす老人になるのではないかと危惧するくらいだ(オマエにそれができるかというツッコミが聞こえてきそうだが)。
けど、ここで紹介されてる「小児型強弁」のタイプの人間ってホントに多いよなあ。
(1) 自分の意見がまちがっているかもしれないなどと、考えたことがない。 私もこう批判されること多いけど、たいてい、会話が進んで相手が反論できなくなって、こう言い出されること多いんだよな。「オマエ、自分がいつでも正しいと思ってるだろう」とか。負けそうになったからって、そんなこと言われても、私ゃ「そりゃオマエ自身のことだよ」としか言えないんだけどね。 私は自分の意見が「絶対に正しい」と思って喋ったことなんて実はない。 ある事実をもとに「仮説」を立ててるだけで、これは論理学の基本でもある。データが違えば別の結論が導き出されることもあるわけで、私ゃ、自分が勘違いしてるとわかったらすぐに訂正してるんだけどなあ。 でも、そうやって私が「あ、間違えちゃった。ゴメン」と引いてるときの記憶って、相手はたいてい忘れてるのな。で、自分か批判された時の記憶だけで「アイツはいつも自分の立場だけ強弁してる」と思いこむ。妄想ですな。 まず、会話を「勝ち負け」で判断してる時点で、トンデモさんだってこと。
(2) 他人の気持ちがわからない。 (3) 他人への迷惑を考えない。 これも、本人は「相手のこと考えている」気になってるのな、たいてい。 論争中は確かにこちらだって、相手の気持ちを考えてやる余裕がないことは多い。会議の最中、今、現実に討議すべきことがあるのに、遠慮ばかりはしてられないから。たとえ、論争の相手が常軌を逸していて、とても冷静に討議できる状態になかったとしても、批判しなければならないことは最低限しなければならない時もあるよねえ。 それでもこちらは自分の「引け時」くらいは考えて喋るけどな。 トンデモさんは、それ考えないで、どんどん理不尽なことを言い出す。こちらが困った顔してると「私を無視してるのか」なんて言い出す。 日常の会話だったら、「今はちょっと、時間がないから」とか適当なこと言って断れる時でも、会議だとそうもいかない。相手の不毛な説明や難癖が延々と続いていても、それ、ずっと聞いてなきゃなんない(-_-;)。 どーせーってんだろうね。 (4) 世間の常識など眼中にない。 「常識」という言葉使いたがる人間にかえって多いね、これ(^o^)。 現実には「常識」なんてものは、時代によって国によって文化的環境の違いによって、いかようにも変化するものだから、絶対的かつ普遍的な「常識」なんてものはないってのは「常識」だ(^o^)。 だから、実のところ、その「常識」という言葉を使う時には、それがどの程度社会的に通用するものなのかどうか、やはりデータをきちんと解析した上で考えていかなきゃいけないんだけれど、「常識だろ? そんなの」と言いたがる人って、余り考えてない場合が多いんだよなあ。 だから、「常識」という言葉を使う時には、その常識のバックボーンが何であるかを明確に示さなきゃいけないわけだ。 「ミステリーを人に紹介する時には、トリックや犯人をバラさないことが常識」とかね。限定された状況でなきゃ、この言葉、使っちゃいけないとか、これも人と話した経験があれば、先刻ご承知のことなんだけどなあ。 この常識が通じないヤツ、多いよ。
(5) 自分が前に言ったことさえ忘れてしまう。 それだけならまだしも、記憶を捏造するヤツもいるし。 ここまで来ると、ホントに会話が出来ない。 「オマエ、前にそう言ったろ」 「覚えてない」 だもんな。で、こっちが言ったことだけは曲解して覚えてるし。 「オレ、もうオマエとは会話せんわ」という結論を私が出したとして、誰が私を責められようか。
で、この(1)〜(5)の条件にバッチリ当てはまってる例が、この十年、私のウチにいるのです(^_^;)。「アンタのモノイイって、人を鼻で笑ってるように聞こえる」とか文句言ってるけど、自分がトンデモさんだって自覚、持てよな。 身近に実例がいるだけに、山本さんのご苦労はイタイほど察せられる。 「柳田理科雄の人格まで批判するのはどうか」とか言って、不快感を表明する人は多いけど、「柳田理科雄に科学的文章を書く才能がない」というのは冷静な分析結果による「批判」であって、ただの「悪口」ではない。「不快感」を示しているほうこそ、非理性的な感情を発露しているだけの「難癖屋」なのだ。 どんなにコトバが悪かろうが、根拠が広範囲なデータをもとに示されていれば、それは純粋な批判たりえるってことが分ってないのだな。そんな人間が多いってのも、「仲よきことは美しきかな」って美徳が歪んだ形でこの国に根差しちゃってるからなんだねえ。もう冷静な批判だろうがなんだろうが、「人のことを悪く言うのはよくない」と思いこんでる。で、そんなやつに限って、自分が同じことしてることに気づいてない。「ケンカが嫌い」と言ってるやつが率先してケンカしてどうする(^_^;)。 もちろん、批判の前提となっているデータに漏れがある可能性は常にある。山本さんを批判するなら、見逃しているデータを見つけ、それを指摘するだけで充分なのだ。 トンデモさん、ホントに狭い範囲のデータだけで、鬼の首でも取ったかのように批判するからなあ。 けれど、山本さんも覚悟の上でHPを開いたんだろうからなあ。たとえ、一人のトンデモさんをつぶしても、第二、第三(既に第百以上になってる気はするが)のトンデモさんは現われるだろう。今後も山本さんの苦労は絶えないものと推察する。 私には「がんばってください」としか言えない(^_^;)。せめてシロウトが不毛な書きこみはしないように気をつけるくらいの謙虚さは持つようにしましょうかね。
アニメ『十二国記』第五話「月の影・影の海 五章」。 初めて見たけど、OPには素直に感激しましたね。 音楽もいいし、演出もいかにも「歴史モノ」って感じで壮大な雰囲気だし。 脚本が會川昇、キャラデザインが山田章博ってのも「おお!」と思いましたからね。あの独特のラインをどうアニメにするのかって、否が応でも期待が盛りあがろうってもんじゃありませんか。 で、本編。 ……山田章博じゃないじゃん(-_-;)。 作画監督は田中比呂人か? 『キイ』の時のキャラのまま、山田章博やってどうすんだよ。アニメ創世記ならいざ知らず、イマドキゃ、原作の絵柄を忠実に再現できるアニメーターだって増えてきてるってのに、どうして山田絵を再現しようとしないか。 いや、テレビシリーズでそれだけ手間かけるのムりだってことは分ってるんだけどねえ。ちょっと期待が膨らんじゃった分、落胆も大きかったのよ。 筋は途中から見たんでまだよく分らん。 しげが原作を全部買ったのはいいものの、そこいらに適当に置いてくれてるからなあ。1巻どこにあるんだよう。
しげは今日も何やら練習らしい。 大詰めでちょっと煮詰まってるか? 『十二国記』を見終わったちょうどそのとき、しげから電話がある。 「父ちゃんへの土産、もう持って行った?」 「いや、まだだけど。どこに置いてるんだよ」 「風呂場のノブに袋に入れて下げてるよ」 なぜ風呂場に? 今更、そんな常識的ツッコミをしたって、意味ないので、やり過ごして「メシはどうする?」と聞く。 「『五風』に行く!」 ……あー、もう、「肉」に関するツッコミもしない。某所で「肉しか食わないヤツ」と感嘆されたしげだ。もはやこれはしげにつく冠詞であろう。「肉好きしげ」、略して「肉しげ」。おお、ちゃんとシャレになっている! ……このままだと私もコワレそうなので、しげの帰宅を待って、父に東京の土産を持っていく。
『五風』で焼き肉、今日はメニューにサザエの壷焼きがあったので、頼んでみる。……ハッと気付いたけど、ツボ焼き食うの、これも20年ぶりくらいじゃないか? 中学か高校の頃、呼子で炭火焼きしてるの食って以来って気がする。 ガスの火で食うのは味気ないけど、垂らした醤油の匂いがプンと漂うのはいいなあ。 帰り道、本屋に寄った頃から、土砂降りの雨になる。
夜中も11時を過ぎて、いきなり鴉丸嬢、其ノ他君、C−1こと藤田真也君、公演の打ち合わせに来訪。 来た者は断れないけど、ちったあ時間っつーものを考えろ……って公演が近いとそうも言ってられないんだよなあ。今日は早寝しようと思ってたのに、そうもいかなくなってしまった。 それにしても藤田君と会うのは一年ぶりくらいである。 「やあ、いろいろ噂は聞いてるよ」 「え? 何の噂ですか?」 「○○○○で○○○○して、○○○○になっちゃったとか」 「どこからそんな噂が!」 「私から」 とりあえず生きちゃいたか。早いとこ○○○○○(しかし伏字多くしなきゃならないような生活してるんじゃないよ)。 公演には仕事で来られないそうだけれど、リハには来るそうである。何か役割があるのかどうかは知らないが。 舞台で流す音声の収録を始めて、私にも協力を依頼されるが、体力がないと断って寝る。藤田君が何やら叫んでいたが、これで藤田君も一応、出演したことになる。……とゆーと、藤田君のウチの公演連続出演記録も未だに途切れていないことになる。 藤田君のウチでの演技力は、一番ヘタというのが衆目の一致するところなのに、運がいいような悪いような。
夜食にレトルトカレー。 レトルトでも、すき焼きのタレと醤油と牛乳をちょっとずつ混ぜて(たくさん入れると水っぽくなるので注意)焦がすと、メチャクチャ美味い。 みなさんも、ぜひ、おためしあれ。
2001年05月07日(月) フライド・エッグ・ムーン/『三毛猫ホームズの恐怖館』(赤川次郎・竹内未来)ほか
| 2002年05月06日(月) |
やっぱり類友(^_^;)/DVD『シティボーイズライブ』/DVD『ブギーポップは笑わない』ほか |
GWの連休最終日。 チマタでは博多どんたくとかもあってたらしいが、知らん(^o^)。 もう今日は一歩たりとも外には出ないぞと決めて、昼間はひたすら寝る。
夕方からDVDでシティボーイズライブを通しで見る。 『真空報告官大運動会』以前の舞台はDVD化されていないので、これから見始める人にはいささか不親切だ。 それ以前の舞台を見ておかなければ分らないギャグが随所にある(『恋人たちのリス鍋』は、『恋人たちのゴム脳』を見ておかないと唐突に見えるし、『走る男たち』も、『Not Found / 非常識な青空』中のスケッチの続編)……というか、これがシティボーイズ+中村有志+いとうせいこう+三木聡(演出)の集大成かつ頂点を極めているからだ。ここから見るとかえって「ついて来れない」部分があって、楽しみにくいのである。 シティボーイズライブは、ここで一端転換を迫られることになる。大竹まことが「今年で最後」発言を繰り返すようになるのもこの頃からだ。 『夏への無意識』、シティボーイズのみの舞台。原典回帰、ということで、シマリのいいスケッチが多かった。 『ウルトラシオシオハイミナール』。 野宮真貴(ピチカート・ファイヴ)と本田久就がゲスト。ちょっとスケッチがお三方と噛み合ってない印象。どうして『まぬけの殻』が収録されてないのだ。 『シティボーイズミックス ラ・ハッスルきのこショー』。 演出の三木聡さんが降りる。新しい演出は坪田塁。しかし、中村有志といとうせいこうが復活した。けれど、究極の名スケッチ『ラ・ハッスル智恵子ショー』が放映&DVDに収録されていないのは、今でも痛恨。 斉木しげる指揮、いとうせいこう・きたろうアカペラによる伴奏と、大竹まこと(高村光太郎)の詩の朗読が、ぶつかり合うようなアンサンブルを見せる中、ベッド上の中村有志(高村智恵子)が、桜の舞い散る中、踊り撥ねるというモノスゴイスケッチ。精神障碍者に対するサベツが問題だってんだろうけど、そうやって障碍者を特別視する方がサベツなのになのに。 ……とかなんとか考えながら、始終ウトウト。
夜、8時を過ぎて、しげ、つぶらや君を連れてくる。 いきなりテレビデオを運んで来たので驚く。 私「……どしたの、それ?」 しげ「練習に使ったんだよ」 そう言われれば、寝室に置いてあったウチのテレビデオだ。 私「よく運べたなあ、それ」 つぶ「ベランダ通したんスよ」 私「ベランダ通したあ?!」 一瞬、ベランダから地上へ(ウチはマンションの三階である)、ヒモか何かで吊り下げて降ろしたのかと思ったがそうではないらしい。寝室の入口にモノを積み上げていて通し難くなっていたので、いったんベランダに出して、それから居間に入れて、出したとか。 ……そんな手間かけるより、入口の荷物どかした方が早かったんじゃないのか。 私「で、なんでテレビデオなんか持って行ったんだよ」 しげ「みんなで、演技の様子をテレビで見たかったから」 私「……ウチに連れてくればいいじゃん!」 しげ「だって、めんどくさいし」 私「練習場おカネ出して借りて、ただビデオ見てるだけって方がモッタイナイだろうが!」 演出がなんのためにいる。 クロサワじゃないが、「ビデオで自分の演技を見たいから」なんて抜かす役者には、「オレが見てるんだ、それで充分!」と言ってやりゃいいんだ。……第一、本番まで一週間切ってるんだぞ。今更もう、ビデオ見て演技プラン立ててる時期じゃなかろうに。
それでも、今度の舞台練習、しげも様々なパターンを試みて、よしひと嬢を笑わせているらしい。 「つぶらや君、テレビ運ぶためにわざわざ来たの?」 「ゴロちゃん(つぶらや君の愛称)、公演会場の照明プランの、ファックスが届くのここで待つんだよ」 察するに、つぶらや君のウチにはファックスがないらしい……って、もしかしたら、あるのはウチとよしひと嬢のところだけじゃないのか。全く、ローテクな劇団(^_^;)。 「食事はどうするんだ?」 「『ジョイフリャー(しげは「ジョイフル」をこう発音する。「仮面ライダーブイスリャ〜!」のノリらしい)』でいいかな?」 「ファックス待つんじゃなかったんかい」 「すぐには来ないから、今のうちに食事するんだよ」 本当は日記を更新したかったのだが、つぶらや君ともまだそんなに話したことはないし、せっかくの機会だからと、つきあうことにする。 演劇の経験がどの程度あるかと聞いてみると、どこぞの地元劇団の幽霊メンバーらしい。板の上に立ったことは、高校のときだけ、ということであるが、それでもウチでは充分な経験だ(おいおい)。 経験の多寡は、実のところ演劇の才能にはあまり関係がない。 基礎的な訓練が不必要だと言いたいわけではないが、初舞台で天性の才能を発揮、というのは演劇の世界ではよくあることだ。要は「カン」なのよね。 会場との折衝も担当しているそうで、「胃に穴が空きそう」とホントに顔を歪めているが、当日になって倒れなきゃいいが。
しげのロドリゲス(車のこと)、後部座席をフラットにして大道具を詰め込んでいるので、一人はその隙間に入り込まなきゃいけない。 つぶらや君をそこにはめ込んじゃうのは申し訳ないので、私が乗りこんだら、つぶらや君、「ホントはそっちのほうに乗りたかったんですけど……」と残念そう。……コイツもちょっとヘンなところがあるなあ(^_^;)。
ジョイフルで、しげがトイレに入っている隙に、練習の様子をつぶらや君に聞いて見る。 「……あいつ、足、ムリしてない?」 「してます。本人は『平気だ』って言ってますけど」 荷物も自分で運ぼうとしたがるらしいし、自分の立場を考えてない。 でも、周囲がしげを止められないというのもわかる。 普段の生活は、運動神経も悪いし、とっさの反応だって鈍いくせに、人の油断をついてチョロチョロっと動くのだけは抜群にウマイのだ、しげは。つーか、運動準備ってのがないので、いきなり動き出すのな。こちらの予想がつかないことをいきなりするのである。 こうなると、もう、足のケガが悪化しないことをただ祈るばかりである。
トイレから戻ってきたしげ、唐突に「ゴロちゃんにオタクをレクチャーしてよ」と言い出す。 何のことかと思ったら、舞台でアドリブでオタクな会話をしなきゃいけないんだけど思いつかなくて困ってるとか。 「オタクな会話って、例えば、“今度の『ガオ』さあ、敵にセクシー系と萌え系揃えるっての、いかにもでアザトイよなあ。でも実はオレ、ちょっと『萌え』好き(はあと)”……とか、こんなんでいいのか?」 と、思いつきで言ったら、つぶらや君に「おお!」と感心される。そんなたいしたもんかい、これ。ともかく古いネタは入れないように、とだけクギを刺す。旬でないネタは舞台上ではかえってアザトク見えるのだ。
私はコロッケと焼肉定食、しげはハンバーグ、つぶらや君はカレーみたいなの(忘れた)を注文。 「チキン南蛮がメニューからなくなってる〜。ジョイフリャーに来る意味がなくなった〜」とベソかくしげ。ジョイフルはチキン南蛮一つで持ってるってか。単に自分が偏食なだけだろうに。
帰宅してもファックスとやらはなかなか来ない。 しげは殆ど寝てなかったらしく、ダウンして寝息を立て始める。 ずっとつぶらや君を待たせたままなのも悪いので、「何かDVDでも見る?」と誘う。 「じゃあ、『ブギーポップ』を……」 ……うっ。もしかして「オタク演技が出来ない」とか言っときながら、それってフェイクか?(・・;) しげの話じゃ、「役の上ではオタクでも、本人はそんなことない」ということだったが、やっぱり「類友」だったのか? (((((((`◇´;)サササササッ……。
まあ、リクエストがあったなら仕方がない。 まずは劇場版のDVD『ブギーポップは笑わない BOOGIEPOP AND OTHERS』を掛ける。 一部のキャストや脚本、演出に瑕瑾はあるものの、ライトSFファンタジーとしては、なかなかいい出来だし、映像・構図、ともに凝っている。 見返してみて、最初劇場で見たときは「ちょっとアレはどうかな」と思っていた「宇宙」のシーン、それほど違和感なく見られた。 間を置いているとしても、二度見てそう退屈しないということは、結構いい出来なんじゃないか、この映画。 末間和子と新刻敬の俳優は、今でも逆の方がよかったと思うけれども。 つぶらや君、「宮下桃花がいいっスねえ!」と感嘆している。 確かにこのときの吉野紗香、『タオの月』の時よりずっといい。もう二度とこんな名演は見られないのではないか(^o^)。
続けて、続編のアニメシリーズ『ブギーポップは笑わない BOOGIEPOP PHANTOM』を第一巻から見せる。 「やっぱり霧間凪はロングヘアーがいいっスね!」と、紛う方なきオタク発言。……やっぱり類友(-_-;)。 つかれたので、つぶらや君に残りのDVDを渡して先に寝る。時間はもう1時過ぎ。結局、ファックスが来たのかどうか、私は知らない。
2001年05月06日(日) 襟足に寒気/『仮面ライダーSPIRITS』1巻(村枝賢一)
| 2002年05月05日(日) |
トンデモさんの系譜/『こんなにヘンだぞ!『空想科学読本』』(山本弘)ほか |
しげの足、「圧迫されなきゃ大丈夫」と本人は言う。 整形にかかるの連休明けだからな〜。それがホントならいいんだけどな〜。
「日本人のメンタリティは、戦前から変わっていない」とは、『人生は五十一から』で、小林信彦氏が語っていることである。 戦後生まれである私が「戦前」がどうであったか、ということを語ることはまさしく愚挙ではあるが、「戦前を知る人」(ま、私の亡母なんだけど。実は小林さんと全く同い年だ)の言をモトにして考えることはできる。 「敗戦によって、日本人や日本の社会が完全に一変したというのはフィクション」=「大衆は権力者に常に騙され、大新聞とテレビが権力者に寄りそう」というのはまさしく母の意見とも一致する。変わったのは表面的な「マスコミの意見」であって、日本人の「中身」ではないのだ。 「大衆操作なんて簡単だよな」とは某氏の言葉であるが(この人の本音だろうけれど、公共の場での発言とは必ずしも言えないので、名を秘す。でも誰のことか分る人も多かろう)、実際、権力者に「洗脳」されているのは宗教がかった人々ばかりとは限らない。カリモノの意識を持ち、それを自らの意志と錯覚して生きている人は確かに数限りなく存在するのだ。 まあ、いわゆる「トンデモさん」ってヤツね。 「別にそんなヤツほっとけばいいじゃん」と言われりゃ、その通りであるのだが、だって向こうから絡んでくるのだもの(^_^;)。しかも困ったことに、そういう「トンデモさん」が生まれてくるのは、その人本人に責任があるとは限らないところだ。言うまでもなく、戦前において、そういった「トンデモさん」を世間に排出させたのは、「国家」による「洗脳」だったからである。 見えざる「洗脳」に対抗するには、無責任だろうが何だろうが、小林さんのように、今、ここで考えていることをただひたすら書いていく、ということでしか対抗できない。それは必然的に、既存の価値に対する、悪口、愚痴、揶揄、罵詈雑言、という卑俗な形を取る。卑俗にこそ、実は大衆のエネルギーが存する。それはまさしく無責任な「井戸端会議」であり、「床屋政談」であるわけだ。私が政治についてマジメに発言してないのも、そんなことしたって何かが変わるわけじゃないからなのよ。しちめんどくさいこと言うより、「あの総理アホか」という声が大衆間に高まれば自然に結果に表れる。それを少なくとも「マスコミ先導にしない」ことが重要なのよね。 そのことをまあ、「無意味にこそ意味がある」とか「意味がないほどいい」とかいうイディオムで表現してるんだけどね。 「無責任な書き散らしをしたいんだったら、『2ちゃんねる』に行け」とも言われそうだが、発言自体は無責任であっても、パパッと書きこんだらいつでも「逃げ」が打てる匿名サイトには、私の文章はいささか長すぎるんでねえ(^o^)。 だからこそ、私自身の意見に対しても、批判もいくらでもどうぞ、というのがこの日記のスタンスなわけである。まあ、「覚悟」なんて言ったらカッコつけだけどね。
「ありふれた日常」を書く、ということを軽く考えている人は多い。自分の意見なんて、たいした知識を背景にしているわけでもないし、書いたところで「それがどうした」ってものにしかならない、と卑下している。 しかし、2ちゃんねるも含めて、ここまで巨大化したネット環境は、「洗脳」されている人間も、それに抵抗している人間をも全て包含し、その一つ一つの様相が今の「時代」の鏡となりえている。 非力な我々が「時代」と切り結ぶためには、まさしくその個々の「日常」をもって、「全体」を相対化する以外にない。……簡単に言っちゃえば、「挙国一致だ!」と言ってる連中がいくらいても「そんなんオレ知らんもんね」と言うヤツがゴマンといれば、戦争になんかなりっこないってこと。 小林よしのりはタクシーの運ちゃんが「自衛隊に入ってりゃ、いざというとき逃げられるよねえ」と愚痴ったのに反応して激怒したそうだが、実際に日本国民がみんなでこの国を脱出したら、そもそも戦争自体が成立しないじゃん(^o^)。 もちろん、「お国のために」戦う人はある程度は残るだろうが、逃げた人は日本が勝てば戻ってくりゃいいし、負けたら逃げっぱなしでいれば得なんである。それじゃ卑怯じゃないか、とか、残るものが馬鹿を見る、とか言われそうだが、そもそも「戦争」に突入しなきゃならないような状況を作り上げた責任がどこにあるのか、と言われれば、それは「国」にあるってのが当然の理屈。戦争を回避してもらうために選んだ政治家が戦争を始めたんじゃ、国民に見限られても仕方ないだろう。 その「お国」に従って戦う人間が、巻き添え食らいそうになって逃げる人間を恨むのは筋違い。ちゃんと守って帰って来れるようにしろよ、それが「責任」の取り方ってもんだ。「非国民」なんて呼ぶなよ、こっちは「自主疎開」してんだ(^o^)。 一見「逃げている」ように見えるかもしれないが、それが「自分の日常を守る」ということなのである。「国」が逃げるのは責任逃れだが、個人が逃げるのは当然の権利だ。重ねて言うが、「みんながそうしているからそれに従わなければならない」という「洗脳」に対抗するためには、平凡な日常を書き続けることが最も有効な方法なのである。 ……あ〜、そこのアナタ、また職場で何かあったな、とか、勝手に憶測しないようにね。まあ、あったんだけど、そこは突っ込まないのがマナーってもんです(^o^)。
……とまあ、こんなことを考えてたのも、この本読んでたからなんだけども(^^)。 山本弘『こんなにヘンだぞ!『空想科学読本』』(太田出版・1365円)。 いまやチマタで大論争の柳田理科雄『空想科学読本』の批判本なんだけど、山本さんのHP、「SF秘密基地」でも、先刻から何度もBBSを賑わせてるんだよねー、トンデモさん同士が(^_^;)。 『空想科学読本』シリーズのほうはしげが毎回買ってくるので、一応、何となく全冊読んではいるんだけれど(感想はいちいちアップしてません。私が読んだ本をいちいち全部日記に書いてるかと思ったら大間違い)、よく批判されてる「愛がない」って批判以前に、「芸がない」というのが正直な感想。 腹が立つほどのものでもないので、無視してりゃいいじゃん、と思ってたんだけど、まさか山本会長がこれだけご立腹されてるとは。\(°o°;)/ ノストラダムス本批判の時もそうだけれど、山本会長、ある一定以上の読者がクズ本についちゃうと、「このままでは正しい知識が伝わらなくなる!」と義憤を感じられるのだね。でもその「批判されてる」状況がまた、クズ本に脚光を与えて読者を増やし、結果、「山本弘の言うことより、柳田理科雄の言うことの方が正しいんじゃない?」という読者も増やすことになってるのだから、逆効果の面もあると思うんだけれど、ホントに心底マジメな方だから、もう止まらないんだろうなあ。……まず確実に『空想科学読本』シリーズ、4巻まで来てりゃ発行部数自体も落ちてるし、ほっといて数年後に笑い飛ばした方が無難だと思うんだけどねえ。 同人誌でご一緒させて頂いた縁から言えば、山本さんのヒイキをしたい気持ちもあるのだが、ただやっぱり批判するにしても、もちっと「芸」がほしかったなあ、というのが正直な印象なのだ。 山本さんに対しての批判の代表的なものは、 1、「山本会長の科学的知識にも間違いがあるので、柳田氏を批判するのは目クソが鼻クソを笑うようなもの」 2、「批判をするのに、その説ばかりか、作者個人の人格攻撃をするのはいかがなものか」 3、「売れてる本に便乗するな」(^_^;) というものだろう。 どれも実は批判と言うよりはただの難癖だ。 1のような「山本会長のミス」についての批判はもちろんあってしかるべきだろう。事実、山本会長自身も執筆後にミスがあったことを認めている。ただ、「山本会長の本にもミスがあったから、柳田理科雄の方が正しい」とか、「山本会長の本は読むべきではない」という方向に批判者が持っていこうとするのは筋違いだ。批判者がトンデモさんだと、すぐそういう方向に暴走するのよ。 2についても、批判者は、「なぜ個人攻撃がいけないのか」について、アタマを使って批判してはいない。柳田さんの執筆姿勢そのものを山本会長は批判しているのだから、「個人攻撃をするな」というのは、「本を書くな」というのと同義だ。そっちの方がよっぽど個人攻撃だし、ただの言論弾圧である。実際には、個人攻撃は行わなきゃならないときには行わねばならなくなるものだ。私のこの日記に対してだって、「書いてる姿勢に問題はないか」って思ったら批判は自然と私個人への攻撃になるでしょ? 3については、まず間違いなく、そんな意図は会長にはないよ(出版社にはあるだろうけど)。会長、マジメ過ぎなだけだから。でなきゃ、自分の小説の執筆時間も削られるってのに、「本書で取り扱えなかった『空想科学読本4』の誤りについては、次のHPでフォローしています」なんて後書きに書いたりしねーよ(^_^;)。 まあ、私がこの本にツッコミ入れるとしたら、102ページのイラスト、ギャオスのスーツの中に入ってた亀山ゆうみさん、タンクトップ着てるけど、ホントはアタマからすっぽりボティスーツ着てたんだぞ、とか、別にしなくてもいい程度のものだな(^^)。いや、そんな野暮な批判、しませんて(^_^;)。 柳田理科雄の肩を持つ人ってのが、かつて『空想科学読本』に騙された経験のある人じゃないか、という想像は容易につく。自分が信じていたものが否定されれば、ムキになるってのはよくあることだ。それが「洗脳されてる」って証拠なんだけどもね。 どっちもどっち、と考えてるのなら、そもそも批判自体、書く必要がない。これも某氏が某所で語っていたことであるが、「小林よしのりを擁護する方も批判する方もトンデモ」同様、この論争に関わること自体、「トンデモ」になっちゃうんである。 ……しまった、ちょっとだけ関わったか?(゜゜;)/ギク!
しげとよしひと嬢、つぶらや君、3時になってようやく帰宅。 映像編集が終わらないので、これからまだ作業するとか。……この時間まで寝ずに待ってたってのになあ。 「……寝ないのかよ」 「寝るよ」 と答えつつ、しげ、全然、寝ない。 三人とも、神経が高ぶっているのがアリアリと分るので、まさしく、触らぬ神に祟りなし、である。寝る場所がないので、隣室の本棚のスキマで寝る。 もう、ケガはどうしたと言う気もない(-_-;)。
2001年05月05日(土) 東京ドドンパ娘/葛飾柴又寅さん記念館
| 2002年05月04日(土) |
日記書きの一日/アニメ『アタックNO.1』/『低俗霊DAYDREAM』3巻(奥瀬サキ・目黒三吉)ほか |
ケガをしてるのに〜、しげは出かける練習に〜♪ って歌ってていいのかって感じだけど、『用心棒』の農家のば〜さんの言葉を借りれば、「止めたって、止まらねえもの」。 人間、落ちて行くときは歯止めが利かない……って、譬えが違ってるような合ってるような。 一応、医者には必ず行くように言ったけど、付き添いは要らないって頑固に言うし、こうなるともう本人に任せるしかない。昨日の件で、私はもう心配するのにも疲れた。もう、しげの心配なんかしてやらないぞ! けど、ハッキリ跛引いてるじゃんか。薬飲んでても絶対悪化するぞ。いいのかオイ……って、心配しないって決めたのに(´o`;)。
朝方、東京のこうたろう君から電話。 しげのケガのことを知って、心配して電話してきたのだ。 こういう時、「いやあ、心配しなくても大丈夫だよ」と言えないのがなあ(-_-;)。 練習に出かけたと言う話をすると「なんで付いて行ってやらないのか」と詰られる。いやまあね、そうしてやりたい気持ちもないわけではないのだけれどもね。昨日からこっちの流れを説明して、「自覚のない人間に、何を言ってもムダだよ」なんて話をする。 しげの暴走は今に始まったことではないので、こうたろう君も呆れつつも苦笑するしかないようだ。 先日、「境界例」のことについてこの日記に書いたのを読んで、こうたろう君、なぜか感激しちまったらしい。 「泣いたよ」……ってなんで? それともそれはなにかの比喩か? 「情けなくて泣いた」って意味? 一昨日の記述のことだろうけど、読み返して見ても、どこに引っかかったのか、ちょっと判断ができない。 日頃から「もちっと筆を抑えなよ」と私の暴走をたしなめてくれるこうたろう君であるが、それでもタマに私の文章に過剰に反応するところがある。それがまた、私が時々陥る「ああ、この宇宙って、なんて奇跡がいっぱいなんだろう! お星様に乾杯!」モードに入ってる時だったりするんだよな(^_^;)。いや、だからよう、そのときにはもう、熱に浮かされてるんだってば。だもんで、あとですっかり冷静になったときに「こないだの文章よかったよ!」なんて誉められたりしてもよう、もう赤面しちゃうっつーか、こっぱずかしいったらないのよ。 まあ、ちょっと「ポエムでも書いてみちゃいたくなる」病っての? そういう状態の私の文章に引っかかったからって、下手に感動してると宮崎駿から「トトロばかり見てるんじゃない!」と叱られちゃうぞ(^o^)。
休みを利用して、まだ書いてなかった日記を続々更新……と言っても一日に書ける量はせいぜい三つか四つが限度。もちろん、一日分の量を10行程度に抑えちゃえば、あっという間に書けてしまうのだが、どうも栗本薫の生霊か半村良の死霊あたりが私にとり憑いているらしい(^_^;)。書いてるうちに止まらなくなるのである。 ……ついでに質も伴ってくれてたら、こんなに嬉しいことはないんだが。
WOWOWで、劇場版『アタックNO.1』の映画シリーズを四本一挙に放送。 劇場版と言っても、テレビシリーズの数話を「東映まんが祭り」用に再編集しただけのしろものだから、映画的な面白さはないに等しい。 昔の劇場版アニメにはよくあったことだけれど、テレビのスタンダードサイズの天地を切って、無理やりシネスコサイズにしているものだから、顔のアップがでか過ぎたり、握手してても手が映ってなかったり、見にくいこと夥しい。タテにスクロールするくらいできなかったかね(というよりトリミングすること自体、おかしいんだが)。 けど、脚本は古臭いし、キャラデザインは『巨人の星』と同じでダサイし(どうして浦野千賀子の絵と川崎のぼるの絵とが同じ絵になるんだよう)、当時もよく毎週毎週見てたよな。 やっぱりブルマーに引かれてたからか?(^_^;)……って、七歳かそこらでよくもまあ。
雨の中、久しぶりに自転車に乗って博多駅へ行こうとして、駐輪場に行ってみると、しばらく乗ってなかったせいなのかサドルのところに「廃棄処分にします」とハリガミが。マンションのステッカーが貼ってあるから、放置自転車と勘違いされたわけではない。 このマンションの管理組合、ちょっと性格のいやらしい人間が増えてきてるようである。 たいして雨が降ってないな、と思って傘を持たずに出かけたら急に土砂降り。慌てていったんウチに戻って傘を持って外に出た途端、雨がピタリと止む。 銀行に寄っておカネを卸そうとしたら、通帳を持ってくるのを忘れていて、取りに帰るハメに。やっと戻ってきたら、今度は時間切れで銀行が閉まっている。 なんだかマーフィに祟られてるぞ、今日は(-_-;)。 紀伊國屋を回って本を数冊物色、その足でパピオまでしげの様子を見に行くが、このテレスコは、もうギプスを外して立っている。 「もう歩けるもん」と言ってるが、相変わらず左足は跛を引いたままだ。 其ノ他君が「動かないようにって言ってるんですけどね」と途方に暮れている様子。……はやく治して、本番の時に迷惑をかけないように、というアタマがないのだな、こいつは。 なんだかもう、しげの何も考えてないヘラヘラ顔を見てるだけで頭痛がしてきたので、雨の中をさっさと帰る。
晩飯は近くにできた「五風」という店。 前はファミレスがあったところで、今度のもそうかと入ったら居酒屋のチェーンだった。一人で居酒屋って、なんだかうらぶれた中年みたいでいやだなあ……ってその通りなんだけど(-_-;)。 仕方なく焼き肉を頼む。トンとろにホルモン、それに「とろとろトウフ」というやつ、その場でニガリを混ぜて豆腐を作って食べさせるのが面白い。固まりきれないようなトロッとした舌ざわりがいい。 トマトには塩をかけずに食べる。 しげがこんなふうに、トマトをちょっと切って、夜食に出してくれるだけでも嬉しいんだけど、それも遥かな夢か。 (;_;)( ;_)( ;)( )(; )(_; )(;_;)(T-T)うるうる~。
マンガ、藤子・F・不二雄『パーマン/パーマン誕生!!』(小学館/My First BIG・300円)。 いや、驚いたね、第1巻の書きなおし。設定から何から全部初期のと変えられてるんだもの。 知ってる人も多いと思うけれど、もともと、須羽みつ夫たちを「パーマン」にしたのは、「スーパーマン」だった。これが再アニメ化のときに版権に引っかかると言うことで、「鳥だ! 飛行機だ! バードマンだ!」ということになった。やってきた星の名前も「スーパー星」から「バード星」に変えられたし、もしもパーマンの秘密がバレたら「頭をパーにしてしまう」という設定も「動物に変える」になった。あ、あと、「時速91キロで飛べる」ってのも「119キロ」に(^o^)。 けど、確か第1話の出だし、虫コミックス版では「かば夫がみんなのお年玉を取り上げる」話だったはずだ。それが「年賀状を取り上げる」話になっているし、「スーパーマン」は「バードマン」どころかただの「超人」という普通名詞になっている。スーパー星もただの「遠い星」だ。 コマの書き足しなんかは絵柄から見て再アニメ化のときのものだろうけれど、ここまで細かくチェックされちゃうものなのか、昔のマンガでも。 昔の『パーマン』の虫コミックス、なくしてしまったのは、返す返すも惜しかったなあ。
マンガ、奥瀬サキ原作・目黒三吉漫画『低俗霊DAYDREAM』3巻(角川書店・567円)。 ……あ、深小姫ちゃん、まだ処女だったの(・・;)。 SM女王様って設定だから、全然そんなふうに思ってなかったけど、霊媒師だからなあ、処女っつーか、神の巫女が乙女ってのは当然といえば当然かなあ。 もともと巫女ってのは処女性と娼婦性の両方を持ってるものだから、非常に伝統的な設定であるわけだな、これ。どうして今の今まで処女かってのが「パイパンだから」というのが笑えるけど(笑っちゃいけませんね。世の中にはそのことで苦しんでる女の方もいらっしゃるでしょうから)。 オリジナルシリーズの流香魔魅の復活を望んでいないわけではないけれど、崔樹深小姫にも愛着が湧いてきた。普段のほよよんとした顔もいいけれど、低俗霊を心底毛嫌いした時の、ゲロ吐きかけたがってるみたいな「この下道が」って表情が実にイイ。……いや、M的快感を言ってるわけではなくて(^_^;)。 まあねー、言っちゃなんだけど、「こいつ死んだほうが」と言いたくなるようなヒトって、ホントにいるからねー。低俗なら低俗でいいんだよ、人間、みんなヒトカワ剥けば下品な存在なんだからよ。 でも犯罪を犯しといて悪びれないならまだしも、図に乗るヤツね、意外と多いから。「ついやっちゃいますなあ、はっはっは」て程度なら、まだ人間の業かね、これも、ってところですませられなくもないが、「あなたも一つどうです?」だなんて、人を共犯者にしようとするなよ、オイ(-_-;)。 こういうヤツこそ、世間の低俗霊諸君には気張って頂いて、地獄に引きずりこんでほしいものだけれど、なかなかそんなことにならないのは、結局、霊なんていないってことなんだろうね。 その分、フィクションの中では深小姫ちゃんに頑張ってほしいものである。いつまでもばーじんのままで(本人はイヤかもしれんが)。
2001年05月04日(金) ウナセラディ東京/江戸東京たてもの園/『ヒカルの碁』12巻(小畑健)
| 2002年05月03日(金) |
ジンクス再び/『ジャングルはいつもハレのちグゥ』9巻(金田一蓮十郎)ほか |
寝室の電球が切れていたので、とっかえようとしたら、根元のコードがプチッと切れて、土台自体が落ちてきた。 十年も同じ部屋で暮らしてると、あちこちガタが来るもんなんだなあ。 考えてみたら、子供の時分から、別に他の土地に移住したわけでもないのに、引っ越し経験だけはやたらにある。 色々事情があって、近場をぐるぐる移動してたのだな。 けれど、引っ越すにしろ、親が拘ったのはそこが「博多」であること。 先祖代々、博多の職人、ということに誇りっつーか意地のようなものを持っていた両親にしてみれば、博多以外の土地に住むことなど考えられなかったのだろう。 で、今、父は紆余曲折があって、博多以外の土地に住んでいるのだが、住所登録を未だにそこに移していない。……そこまでしてなぜ「博多」に拘るか、と、他地方の人には理解に苦しむところだろうが、伝統に拘ると言うのは得てしてそんなもんである。
私のパソコン机の前に並べた食玩フィギュアも相当数になったが、余りコンプリートとかには拘らずに、適当に面白そうなものを並べているだけなので、見ようによっては結構、妙な構図になっている。 エヴァ初号機とサキエルが戦ってる後ろでポセイドンがポージングしてたり。 ジェットジャガーの尻に不思議の国のアリスが擦り寄ってたり。 鉄人28号とブラックオックスが戦ってる後ろで妖怪垢舐めが「UFO」のポーズ取ってたり。 惣流・アスカ・ラングレーのスカートの中身をゲゲゲの鬼太郎が覗いてたり。 妖怪釣瓶落としの後ろにキングギドラを置いておくと、まるでハゲ頭の上から首が三つとハネが生えてるように見えるのが笑える。 ……こういうの、もしかしたら新しいタイプのジオラマかも。 友人の息子さんからもらった、カードを型抜きしたヤツを組み合わせると怪獣になるってヤツ、これで昔なつかしのトントン相撲ができることに気がついた。 早速、適当な箱を土台にして、トントンやってみる。 もらったカード怪獣は、ゴジラとアンギラスとデストロイアだったんだけど、一番さて、一番強かったのはどれでしょう? 正解は「デストロイア」。直立してて両足と尻尾の3点が安定してるんで、殆ど微動だにしない。アンギラスは前傾姿勢なのですぐ前に倒れる。でもそれ以上に不安定だったのがゴジラ(これはモスゴジか)。尻尾が浮いてるので、すぐふらついて倒れちゃうのだ。 これ、もっと怪獣の種類を集めて大相撲大会とか開いたらおもしろそうだなあ。……ってこんなのまで集めてたらまたしげから「邪魔なもの買うな!」と文句言われそうだが。
しげが朝っぱらから(と言うか、まだ夜中なんだが)、いきなり外着に着替え始める。 「どこか出かけるのか?」と聞いたら、「車のところ」とだけ答える。 私はひと眠りしていたのだけれど、しげはその間、パソコンで今度の芝居用の映像編集などをしていたようなのである。多分、一睡もしていないのだろう(もっともその前は半日以上寝ているのだが)。 「何してるか知らんけど、寝るときは寝とけよ」と言ったら、「オレも寝たいよ! することあるから起きてるんだよ!」と怒鳴られる。 しげが「することがある」といった場合は、たいてい「しなくてもいいことをしてる」場合が圧倒的に多いので、疲れてるなら寝ればいいのに、とは思うが、また不毛な会話をするのもイヤなので放っておく。 ところが、しげ、そのまま外に出て行って、いつまで経っても帰って来ない。 何やってんだ、覗きにでも行ってやらなきゃならんのか、と思ったら、玄関のドアがゆっくりギギイ、と開いて、“底の方”からか細い声が。 「た、助けてえ〜」 みるとしげが地面に這いつくばって、首だけを部屋の中に覗かせている。 新手のギャグか? と思って「なんだよいったい?」と聞くと、「テーブルの天板が足の上に落ちてきた〜」と涙を流している。 「テーブルって……何やってたんだ」 「大道具のテーブル車に乗せようと思ったら……天板が滑り落ちてきて……足の上に……」 ……ンな大仕事するんだったら、予め「手伝って」と言えばいいのに、「車に行く」だけしか言わないんだもんなあ。 しげの左足を見ると、なるほど、信じられないくらいに腫れあがっている。 ギャグマンガなんかで、タンコブがぷっくりとモチみたいに膨らんで描かれてたりするが、まさしくあんな感じだ。実際、足の甲が盛りあがって、シャレじゃなく足の幅が2倍になっている。 「骨は?」 「指が曲がるから折れてないとは思うけど」 というしげの言葉をマトモに信じることは出来ない。折れてないにしてもヒビが入ってるくらいの可能性はある。テーブルの天板、多分10キロくらいはあるはずだ。 「救急車呼ぶから待ってろ」 休日だし時間はまだ朝の6時だ。救急病院以外は直接行っても診察してはもらえないだろう。大袈裟だけれどそれ以外に手はない。 「骨折してるかも」ということで連絡すると、2、3分で救急車が来る。 部屋は三階なので、玄関に降りるまで手を貸す。しげ、ケンケンしてついてくるが、それだけでもかなり痛そう。 担架に乗せられ、救急車に運びこまれるしげ、息が相当にあがっている。 署員の方が、あちこちの病院に連絡を取ってくれるが、予想通り、近場の病院は満杯なのか当直がいないのか、たいてい搬入を拒否される。 ……死にはしないだろうが、こういう「タライ回し」に近い感じって、やはり気分はよくない。ようやくちょっと離れた、練習場に近いところの病院と連絡が取れてそこに運びこむことになる。 以前も確か、車に撥ねられて救急車で運ばれたんだよなあ、しげ。 人には目が悪いんだから気をつけろだの、何かにつけ不注意だの、文句ばかり言ってるくせに、実際にケガをするのは決まってしげの方なのだ。私は確かに目が人一倍悪いが、意外とカンが働いてそんなに大きな事故にはあわない。 不注意という点ではしげの方が圧倒的に勝っているのだ。今回も、一言私に声をかけてさえいればこんなことにはなってないのに、ともう一度愚痴る。 公演本番直前だというのに、自分の立場ってもの、考えてるのか、しげ。
病院でレントゲンを撮ってもらうが、幸い、骨折はない。 けれど相当に腫れてはいるのは事実なので、結局、ギプスは着けることになる。 しげ、いかにも練習をしたさそうな気配だったので、お医者さんに、「安静にしとかないといけませんよね? 車の運転とか無理ですよね?」とあえて聞く。 「当然です。足は上にして、血が溜まらないようにして寝ていてください」い者はそう言ってくれてるのだが、しげは多分、話半分にも聞いちゃいないだろう。 松葉杖を貸してもらって、薬と湿布をもらって、タクシーで帰宅。 連休にようやく入ったってのに、ゆっくりさせてもらえないんだもんなあ。
練習に行きたがってるしげに「馬鹿」とクギを刺して、今日集まる予定のメンツに電話で連絡をしまくる。 しげ本人に連絡をさせると、「やっぱり今日、練習に行く」とか言い出しかねないし、下手に劇団の連中がウチに「見舞いに行く」とか言い出したりした日には本気で困る。 しげはさびしんぼうだから、まず確実に見舞いを断れない。 それでも休んでいればいいが、客が来ればしげは確実に応対する。というか、じっとしてはいられない。何度も日記に書いてるが、しげは頭が弱いのだ。しかし、ウチの劇団の連中も頭は相当に弱いので、しげを気遣えないのがはっきり解る。「見舞いに来るな」と直截的には言えないが、せめてそれくらいの様子は察してもらわないとなあ。 8時近くになってるってのに、みんながみんな、まだ起きてね〜んでやんの。 よしひと嬢は風邪を引いていて、今日は休むとのこと。 ウチに泊まりの予定だったが、偶然とはいえ助かった。別によしひと嬢を迷惑に思っているのでなく、しげは彼女の前だと、緊張してドジまくるのである。全く、レズっ気あるヤツはこれだから(-_-;)。 穂稀嬢も鴉丸嬢も寝惚け声。穂稀嬢には練習場のカギを開けてもらわなければならないので、手続きの方法をメモしてもらう。 「ふわ〜い」とか、声が宙をさまよってたが、大丈夫だろうか。 でも、鴉丸嬢に比べてみたら、それもまだマシだった(-_-;)。 「今日さあ、かくかくしかじかで、しげ、練習に行けないから」 「はにゃ〜(「はい」のつもりらしい)」 「でさあ、このこと、其ノ他君にも伝えてもらいた……」 「今、隣で寝てるよお、替わろうかあ?」 ……だと解ってるから「伝えて」と遠回しに言っているのに(-_-;)。えい、なんで休日の朝っぱらから、他人の睦言、聞かされなきゃならんのだ。其ノ他君も電話の向こうで寝惚け声出してんじゃねー。凸(-~~- )。 ともかく、今日は一日、しげについていてやるしかない。 冷蔵庫に残っていたありあわせの材料で、朝はスコッチエッグのハヤシライス(冷食)、昼は鶏肉をネギとナメタケと一緒に炒めて、中華スープをかけた丼にして出す。 「美味しい」と言って食べはしたが、しげ、「食べきれない」と言って残す。 ううむ、しげが食事を残すとは、ケガの痛みが腹の調子まで悪くしちゃったのか? 左足の腫れ、昼を過ぎても引く様子がない。湿布を取り換えてやるが、看護婦さんが貼ってくれた湿布、端に切れ目を入れてあって、足の甲の曲線にピッタリ合うようになっている。 おお、これはうまい手だと、しげにもそうしてやる。 しかし、本当は痛いんだろうけど、湿布を貼られてる最中、しげは「うひひひひいいい!」とか「はううううう!」とか、「ちべてええええええ!」とか、アホな叫び声しかあげない。 だんだん心配してやるのがバカバカしくなってきた。 「ともかく寝ろ!」と厳命したら、食ったあと、しげはコテンと眠った。 寝ててもアホは治らんだろうが、少なくともケガだけは治る。めんどくさいからさっさと治ってほしいぞ。これじゃ「公演があるたびにしげは足をケガする」ってジンクス、出来ちゃうじゃないか。
夕食はさすがに食料が尽きたので、近所のほか弁まで出かける。 チキン南蛮とか焼肉とか買って帰ってくると、何と鴉丸嬢、其ノ他君、つぶらや君が来ている。 しかもしげ、立って話ししてるし。 「何立ってんだよ! 寝てろって言ってたろ!」 三人に挨拶するより先に、思わず怒鳴った。慌てて寝室に引っ込むしげ。 どうやら携帯で連絡を取り合って、練習が終わったあと、「見舞いに来る」ことになったらしい。全く、人の目を盗んで、いつの間にそんなマネを。 便利かもしれないけれど、管理しなきゃならないときにそれができないって点では、迷惑なことも多いんだよなあ、携帯。 鴉丸嬢は台所で、何やらおさんどん。 洗い場で食器を洗ったあと、ホイップたっぷりのケーキを作っていた。 ……気持ちはありがたいけどな、病気とかじゃなくてケガなんだから、少しは状況を察してもらいたいもんだよ。いい加減、つきあってて分らないのかなあ、しげがホントに馬鹿なんだってこと。 足が痛くても、薬でいったん痛みが押さえられれば、「治った」と勘違いするくらい馬鹿なんである。見舞いに来られりゃ、落ちつかなくってチョロチョロ動きたがる。そうなると押さえが利かないのだ。 子供を相手にしてるのだ、ということ、わかってほしいんだけど……って見舞いに来る方も子供だから仕方がないのか(-_-;)。 なんだかもう、こちらの方が機嫌が悪くなってしまって、せっかく来てくれた三人には悪かったけれど、私は始終、少しばかり無愛想であった。
東京で買った土産物なんかを三人に見せたりする。 しげをおとなしくさせとくには、三人の注意をこっちに引きつけといた方がいい。しげがときどき寝室の方から「ふやああああ」とか淋しげな声をあげているが、知ったことか。 スーパーフェスタやジブリ美術館の話をすると、本気で羨ましがられる。ウチの劇団の連中はたいていがオタクだし、将来、そちら方面の道に進みたいと考えてるやつも多いのである。 開田裕治さんデザインの「電柱Tシャツ」を着て、其ノ他君に「これは正直者にだけ電柱の向うにガメラが見えるTシャツなんだよ」と説明するが、なんのことかわからず、キョトンとされる。うーん、イキなデザインだと思うんだけどなあ。 鴉丸嬢に、「ビッグサイト、韮山さんとか来てたよ」とか言うと、声が半音階上がって、「来てたの!?」と泣きそうな顔になる。 来てたけど、サインもらえなかったんだよ、しげがイヤそうな顔してたから。 他にもいろんな話をしているうちに、自然に三人ともこんなタメイキをつく。 「行きたいなあ、でもカネがない」 そりゃま、そうだろう。 私も、学生のころはカネがなくて、いろんなイベントを諦めた。もっとも、私は生活費を削ってまで、本と映画に入れこんでたから、「貧乏」ってわけじゃなかったんだけれども。 でも、今の10代、20代の若い人の大半は、たいてい貧乏である。もちろん一文無しの貧乏、というほどではないが、東京に旅行に出かけるカネを溜められるほどの収入は手に入れられていない。 バブルのときだって、私ゃヤンエグなんてのに会ったこともないからなあ。 けれど、本気で自分の道を主体的に選ぼうと思ったら、当初の「資金」はイヤでも必要になるのだ。 鴉丸嬢など、ハタチ過ぎてまだ親と同居してるから、「さっさと自立して、自分でカネ稼いだら?」と以前から言ってるのだが、「親といたほうがラクだし」なんて言ってる。この子はたしか、近々エロマンガ家になる、と宣言してたはずだが、親掛かりのエロマンガ家ってあるのか。いや、あっても悪いってわけでもないのかもしれないけど、少なくとも、リアルなものは描けそうにないように思うけど。
私は、鴉丸嬢が「エロならデビューが簡単だから」とか言ってるのを聞くたびに、ちょっと腹が立っているのである。 確かに、エロから入ってプロになった人、プロになったあとで「デビューはどうしてエロから?」と質問されて、「それが早道だったから」と答えてる人がいるのも知っている。 けれど、鴉丸嬢の場合問題なのは、シロウトなのに何も知らずに「エロマンガを描いてデビューするのはラクチンなのかあ」なんて短絡的に考えてるように思えてならないことだ。もしそうなら、そりゃ大間違いだと言いたいのだ。 経験が豊富じゃないとエロマンガは描けない、と断定をするつもりはない。創作の基本は想像力だからだ。 でも、鴉丸嬢が、少なくとも、マンガ読んだ読者のナニを立たせるだけのものを描こうと本気で思ってるのなら。……マンガのキャラに入れこんで「この女抱きたい」と思わせたいのであるなら、「セックスが嫌い」じゃマズイだろう。 ……いや、本人は日頃からやたらエロ話してるんだけどね、それが痛々しいのは、聞いてて、「ああ、この子、ホントはセックスに関して開き直りきれてないんだなあ」ということがわかっちゃうからなんだよねえ。 鴉丸嬢は、「エロ描いててもエロにならないし」とか言ってるが、それは当然だろう。男性経験はそれなりにあるようだが、基本的には未だに純情でマジメな女の子なのである、鴉丸さんは。 鴉丸嬢には悪いが、もともと、エロには向いてないんだと思う(卯月妙子さんのエロマンガとか、開田あやさんのエロ小説読ませても、一所懸命「ウケて、かわしてる」し)。 「『マンガのための取材だからAVに出て』って編集から言われたらちゃんと引きうける?」なんて質問して困らせてしまったのはちょっと意地悪だったなあ、と反省してるが、当人に根性が足りないことは紛れもない事実だ。本人は「ゆっくりデビューするから」と言ってるが、今のままでは、百年経っても無理だろうな。
ああ、私がこの日記にエロ話を書かないのは、別に偏見があるわけではなくて、単にコンセプトが違うからです。でも、エロ小説は書いてみたいですね。戯曲もギリギリ、象徴的な形で書いてみたことあるんだけど、実際に上演してみたら、思いきり表現を押さえたのにやっぱり反響がすごかった。 ……世間の大純情くんたち、エロにも少しは馴れようよ(-_-;)。
チャンネルNECO『博多ムービー ちんちろまい』。 一年ぶりかそこらで見返してみても、やっぱり馬鹿さ加減が光ってるなあ、この映画(^o^)。前にも感想を書いたんで、大筋は省略。 ともかく、しげがわかんないところで私が笑いまくってるので、しげは機嫌が悪い。かと言って、博多人以外に解説したって、「ああ、それってそういうギャグだったの」って「理解してもらえる」だけで、感覚的に笑ってもらえるわけじゃないからなあ。 「とっとっと、すっすっす」と武田鉄矢が言ってるの、こっちじゃ定番のギャグなんだけど、何のことかわかんねえよな(正確には「とっとうと?」「すうすうす」で、「取っているのか?」「風が吹いて肌寒い」の意。「すうすう」ってのが風が吹いて服と肌の間に入りこむときの擬音なんだね)。 「しかぶる、ばりかぶる、たれかぶる」、全部、おしっこ、うんこを漏らす表現です。いやあ、三連発で言われるとキツかばい。 博多語のギャグば説明するこつは、やをいかん。
マンガ、藤子不二雄A『魔太郎がくる!!』2、3巻(嶋中書店/アイランド・コミックスPrimo・各300円)。 鴉丸さんが、これを見て「あっ、あの『ドーン!』って言うヤツ」なんて言いやがった。そりゃ、『黒イせえるすまん』だよ(--#)。 あっ、口の利けないやつが人形に自分の意志を喋らせるってネタ、安孫子武丸や『あやつり左近』より『魔太郎』の方が早いぞ。……って誰でも思いつくことだから剽窃ってわけでもないな。 ……このマンガに「カップヌードル」が出て来てるの見て、初めてその存在を知ったんだよなあ。1972年か。もう三十年前……(-_-;)。
マンガ、金田一蓮十郎『ジャングルはいつもハレのちグゥ』9巻(ENIX/ガンガンコミックス・410円)。 うーん、新しい弟の登場よりもなによりも、今巻はダマが……ダマが……、ちょっとインパクトありすぎ(@。@;)。 た、頼むから、あんなアフロのストーカー婆さんを、ウェダママ以上のナイスバディで描かんでくれ……(-_-;)。もう、繰り出されるギャグが「笑う」と言うより「唖然とする」の連続なんだものなあ。 ……OVAのアニメシリーズ、この辺までアニメ化されるのかなあ。必ずしも原作の順番にこだわらないんだったら、作画がいかにも暴走しそうな今巻なんか絶好のネタなんだけど。 ……それにしても、グゥの影が薄くなってきてるぞ〜、金田一さん、なんとかしようよ〜。……それから、著者近影、全く載せなくなったのはもしかしたら「太った」から?(失礼)
2001年05月03日(木) 東京行進曲/舞台『ラ・ハッスルきのこショー』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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