無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年07月02日(水) ストレスは溜まるようになっている/映画『復活の日』

 眼科医から「2ヶ月くらいは安静にしてなさい」といわれていたので、この先2ヶ月ほどに予定していた出張、旅行の類を一切キャンセル。
 とりあえず明日、明後日のものはなかったから、いきなり誰かに迷惑をかける、という事態にはならなかったものの、やはり何人かの同僚からは仕事が自分に回ってきたことでイヤな顔をされる。
 いやね、ホントに仕事したがらない人っているのよ。そのくせ、家に帰らないで残業だけはしょっちゅうしてるんだから、何を考えてるのかよくわからん。
 私の場合、誰かが急な病気で休んだときには全く平気な顔で仕事を引き受けてるのに、ちょっと不公平かな、と思う。


 例のちょっと、というか、最近はかなりアブナイ同僚が、ツイ、と私のそばに近づいてきたかと思うと、無言でいきなりクスリの袋のようなものを二つ、手渡してきた。
 一瞬、覚醒剤か何かかと思ってビクッとする。けれど袋をよく見ると、表面にハングル文字が書いてある。
 「……なんですか? これ」
 「しょうが湯」
 それだけ言うと、さっさと向こうに行ってしまった。
 ……え〜っと、つまりこれは私へのプレゼントだろうか。でも普通、何の説明もなしにいきなりこんなもん渡しゃしないよなあ。「韓国に行ったお土産です」とか(と言ってもこの人が韓国に行ったのかどうかは知らない)、「これでも飲んであったまってくださいね」とか、なにか挨拶のヒトコトくらいありそうなものだ。いきなりただ渡されてもなあ、どんなリアクション取ればいいのやら。
 しかもこの「ふた袋」という中途半端さは何なんだろう。箱買いして同僚たちに少しずつ配ってるっていうのならそれも分かるのだが、なにしろこの人、みんなから嫌われてるので、こなさんに配ってる形跡はないのである。
 えーっと、私はこのしょうが湯、飲んでいいものなんでしょうか。


 研修の名目で、某病院のカウンセラーの方の講釈を聞く。
 要するに「仕事のストレスから開放されていかにリラックスするか」ということなのだが、なんか大々的に全社員を集めてやんなきゃなんないことなんだろうかね。仕事上のストレスは解消できないからストレスになってるんだから、たかが講義の一つや二つで楽になるんだったら、とっくの昔に自分で何とかできてるだろう。こういう時間を設けられて強制参加させられる方がよっぽど仕事の時間が削られて迷惑なんだけどねえ。
 場所はかなり広めの会議室で行われたんだけれど、カウンセラーの方がまず、「自由に移動して、自分が一番リラックスできる場所を探してください」なんて言うのである。会議室のどこにそんな場所があるか(-_-;)。でも私は暑がりであるので、さっさと窓際に移動する。外は小雨だが、ちょっと顔が冷たくなるくらいが気持ちいい。
 そこでカウンセラーさんが「楽な姿勢で」とか「足を伸ばして」とか言うんだが、まあその通りに実行する人はあまりいない。私を含めて数えるほどだ。そりゃ当たり前の話で、上司がズラリと並んでる前で、いきなりリラックスできる度胸のある人間がそうそういるわきゃない。私が平気でそれをできるのは職場への帰属意識が低いからで、一般的には誉められたことではないのである。
 カウンセラーさんがしきりに「これができないのはストレスが溜まってる証拠ですよ」と仰るが果たしてそれはどうかね。日本人の場合、組織に所属し、一律の行動を取ることで安心感を得る場合の方が大きいんじゃないか。神経の細い人なんか、ちょっと人と違う行動しただけでビクビクしちゃうことってあると思うけど。なんかこのカウンセラーさん、アテにならんなあ。
 次に絵ハガキを何十枚もたくさん見せて、「この中で気になるものを取り上げてください」というもの。その絵がどうして気になるのか、じっと見つめて考えてみましょう、ということだけれど、ゲームの心理テストみたいな感じで、これもリラックスに関係があるのかどうか今一つピンとこない。
 私が選んだのは、薄汚れたマンションを仰角で見上げた写真で、背景には青い空と白い雲が広がっている。マンションはその一部しか映っていないので、写真に占める面積は空の方が大きい。
 自己分析のクセがついてない人には、なぜ自分がそれを選んだのか、なかなか見当がつかないものなのだろうが、画像分析に慣れていればそれは特に難しいことではない。例えば私の選んだそれは、私の自殺願望を表しているのであって、薄汚れたマンションは私の自我の投影だし、空は「開放」の象徴である。また、自己と他者はその位置を容易に転換しえるから、これは他者の自殺願望を否定したい自己の意志の表れでもある。
 その程度の自己分析ができていれば、自らの心のコントロールはまあまあ可能なので、ストレスの解消の仕方も自分で分かるし、実際に私が自殺するような事態に陥ることはまずなかろう。でも、大事なのはその程度のことはやろうと思えば誰にだってできることなので、ヘタに自分のプライドを肥大させて自らを特別視しちゃいかんよってことなんである。自己分析ができない人間がストレス溜まりまくりになるかっていうと、そういうものでもないからだ。
 「自分がなぜこれを選んだのかよく分らない」と首を捻っていた同僚もたくさんいたが、わかんなくてもいいんじゃないの。今が幸せなら、わざわざ波風立てるこたないのである。
 てことは今日のカウンセリング、ホントに何の役にも立たないってことになるんだけど、この研修って、「日本のカウンセリング状況は、未だいかがわしいレベルにある」って教えてくれるためのものだったんですか。
 

 疲れて帰宅。
 新番組「トリビアの泉」を見る。新番と言っても以前は深夜ワクでやってた豆知識番組で、今回の第20回から堂々のゴールデンタイムへの進出。でもこんなの視聴率取れるんかいな。
 唐沢俊一さんがスーパーバイザーやってることを知ってたので見てみたが、豆知識の量がともかく少ない。こういうのはヘタにゲストを呼んでスタジオ形式にするんじゃなくて、取材フィルムは使っていいから、もう少し量を増やして中身が濃い印象を与えた方がいいのである。中村玉緒のコメントなんて聞いてどうするんだ。
 でも金賞取った「電話の時報案内の声は中村啓子さんという人である」っての、なんか面白いんかね。ゲストもみんな本気で面白がってたようには見えなかったんだが。
 子門真人の『スターウォーズ』も久しぶりに聞いたけど、こういうのも何かツッコミが入らないと、別に面白くも何ともないのである。で、タモリを初めとして、司会者の高橋克実、八嶋智人もこのツッコミが超絶的にヘタ。でも今やこういうバラエティ番組の司会者は決してうまくちゃいけないのである。だって今の視聴者ってみんな根拠もなくプライドだけが高いから、自分よりバカなヤツでないと見ようとしないからね。
 番組スタッフの中にシティボーイズライブの演出を担当していた三木聡さんの名前も見つける。この人も豆知識好きだからなあ。スタッフは充実してるのにどうも印象がつまらないのはディレクターがアホだからなんだろうな。


 CS日本映画専門チャンネル『復活の日』。
 これも昔見たときには、「作ってるヤツだけが感動してる」一人よがり映画だなあ、と、2時間半がタルくてタルくて仕方なかったんだけど、原因はやっぱり役者たちの思わせぶりたっぷりな時代劇演技がつまんなかったからだろうねえ。特に日本人の方の。
 SFはさあ、その空想の基盤を支えるためには繊細で緻密な描写が必要なんだけど、深作監督にそれを要求するのはムリだ。うねりのあるドラマを作るのにはもっとも不適な人を選んじゃってるんだよなあ。
 役者陣の中で「いいな」と思えたのって、ジョージ・ケネディくらいのものだったし、その印象は今も変わらない。昔見て今見て印象に変化がないというのはそれだけ中身が薄っぺらだったということである。
 一応、当時大ヒットを飛ばしたこの映画、けれど製作費がそれ以上にかかっちゃってたので、角川映画の大作路線はここで一つの終焉を遂げる。その後の角川映画はアイドル路線、アニメ路線、何だかよく分らない映画路線(^o^)と変遷を遂げて、今の「で、何を作ってるんだよ」路線に至るのである。
 しかし、一般的には演技派として見られている渡瀬恒彦を私が「大根じゃねえの?」と思ってしまうのは、南極で錯乱して雪の中に飛び出してっちゃうトホホな芝居を見せられてるからなんだよなあ。この映画の一番の欠点は、個々人の絶望が「点景」としてしか描かれてない点なんで、悲惨さが観客に伝わってこないのである。渡瀬恒彦にしろ、多岐川由美にしろ、ちゃんと死ぬとこ見せなきゃ意味ないやな。あと、キリストと草刈正雄が字幕で会話するシーンは『バトル・ロワイヤル』と見比べてみるとなかなか笑えます(^o^)。
 当初から海外戦略の狙われていた作品だったが、レナード・マーティンの星評価では★★1/2でまあ、普通。「南極大陸の景色はキレイだけど、お話は長すぎてしかも紆余曲折」と、あまり誉められてない。確か海外版は編集が日本のと変えられてて、ラストは人類滅亡で終わってたってのなんかで聞いたことあったけど、ほんまやろか。だったら物語は随分単純化されてるはずで、それてもこの評価ってのがちょっと頷けないのだが。

2002年07月02日(火) アニメ見るのは浮気じゃないよん/アニメ『最終兵器彼女』第1話/『エクセル▽サーガ』9巻(六道神士)ほか
2001年07月02日(月) ばとんたっちorあとはどうなと/『赤い雲』(西岸良平)ほか


2003年07月01日(火) 踊らぬ娘に踊る人々/『寄生獣 完全版』8巻(岩明均)/『エンジェル・ハート』7巻(北条司)

 ミュージックステーションをドタキャンしたロシアの女子高生デュオ、タトゥーであるが、その記者会見の様子を初めてテレビで見る。
 まあなんかロシア語で「私たちだけのショーにしたかった」とか言ってるが、じゃあ、1時間ずっと自分たちで歌いっぱなししたかったってことなんだろうか。つーか、契約時にそういった打ち合わせができてなかったとは到底思いにくい。
 確か以前、「週刊文春」か「新潮」だったかで、タトゥーのことを「現代女子高生のカリスマ(いい加減でこの誤用もなんとかしたらどうだ)」なんて紹介がされてたけど、ロシア人だろうが日本人だろうが、たかだか17、8の小娘に、人を心から魅了できるだけの天分がそうそうあるわきゃないのである。どうもこの二人の「人気」とやら、多分に「作りもの」である公算が大きい。
 ファッションセンスがどうの、レズであることがどうの(これもどうも宣伝臭い)、そういったプロパガンダに乗せられるのは乗せられる者の自由だけれど、今回のトラブルも案外故意にやってんじゃないか。
 それが証拠に、あっちこっちの日記で、今回のタトゥーの件を話題にしているが、この事件以前にその存在を知ってたらしい人がほとんど見当たらない。私だって「文春」を読んでなきゃ「タトゥーって誰?」ってなもんだったろう。
 まあ、「このクソナマイキなロ○ケが」とお怒りになる向きが多いのもわからんではないが、腹立てる分だけあのコたちの宣伝工作にひと役買ってることになるのである。ファンになるならともかく、右から左に聞き流しときゃいいんではないの。
 あのコたちも、ホントに「タレント」として自分たちをアピールしたいんだったら、生放送中にいきなり脱ぐくらいのことすりゃいいのだな。どうせ話題になる「だけ」のことなら、ドタキャンなんかよりそっちのほうがよっぽど「伝説」になる。マネージャーも新人の子はそれくらいの度胸で売り出そうよ。


 訃報が続く。
 28日、劇作家兼演出家の岸田理生さんが大腸がんのため死去。享年57。
 この方についても書きだしたらキリがない。寺山修司や実相寺昭雄との関わりで語られることが多いが、まず、幻想文学の映像化に関して第一人者であったことを抑えておかないと、その耽美的な表現方法について理解することは困難であろう。
 岸田さんの描く異界は、幻想の産物でありながら現実以上にねちっこい情念の世界であった。つーか、人間の抱く幻想って現実以上に生々しいものなんだよ。なんたって人間が心の奥底に封印している深層意識の世界なんだから。そこんとこがよく分ってる作家さんだったのだ。
 代表作はやっぱり舞台『身毒丸』あたりになるのだろうか。『1999年の夏休み』も、金子修介が監督でさえなかったらもっとドロッとした心に迫るものになってたと思う。映画『さらば箱舟』とかも面白かったけれど、泉鏡花原作のテレビの『青い沼の女』が一番印象深い。ヒロインの山本陽子がちょっとトウが立ってたのが難だったが。それにしても若過ぎる死である。


 続く29日、米女優、キャサリン・ヘプバーンさんが老衰のため死去。享年96だから、これは大往生。
 4度のアカデミー賞主演女優賞に輝く大女優。今でもアメリカでは「ヘプバーン」と言えばオードリーよりもキャサリンなのかな。アメリカの「理知」を代表する女優ということだが、私のような若造がリアルタイムで見たのは1981年の『黄昏』だけである。でも、18歳の若造には彼女の渋みはピンと来なかった。
 若いころの写真を見ても、決して美人とは言えない。額と鋭角的な輪郭にケンがある。ただ、いかにもインテリぶった映画マニアが誉めそやしそうな「知的」に見える雰囲気はあった。それがイヤだったから、彼女の出演作をあえて選んで見ることもしなかった。それもまたつまらない拘りではあったが。
 偶然見ている出演映画に『若草物語』『フィラデルフィア物語』『アフリカの女王』『招かれざる客』などがあるが、彼女の印象がほとんど残っていないのはどういうわけだろう。女優好きの私にしては珍しいことである。
 この人の訃報については、それこそ故・淀川長治さんに感想を聞きたかったものだが、淀川さんも相当長生きしたのにそれ以上だったんだから恐ろしい。


 ネット上のウワサであるが、近々『名探偵コナン』のアニメが終わるらしい。
 まあ終わってくれたほうがいいようなアニメであるが、視聴率的にはまだまだどころか全然ヒット中のアニメを簡単に終わらせられるものなんだろうか。
 原作もすっかり出来が悪いものばかりになっちゃったし、いい加減、スタッフも嫌気がさしてんじゃないかって気もするが、仮にいったん終わったとしても『ルパン三世』や『シティ−ハンター』みたいにスペシャルでどんどん続く、なんてことになりゃしないだろうか。
 でも終わるんだったら、ホームページのコンテンツで貶すこともないかな。


 今日もまた雨。
 しばらく天神のLIMBに出かけてないので、今日あたり寄ってみようかと思ってたのだが、雨ん中を歩く気分ではないので中止。
 博多駅前にはもう飾り山笠が飾られているが、見送りを覗く余裕はなし。知ってる人は知ってると思うが、山笠の裏側(これを「見送り」という)、子供の客を当てこんで毎年アニメキャラが飾られることが多いんである。
 今年は、「探偵学園Q」「犬夜叉」「金色のガッシュベル」「ターミネーター3」「ドラえもん」など。まあどれだけ珍妙なものが飾られるか笑って見てやろうってことなんだが、毎年毎年、こんなトンデモなものを博多はミセモノにして恥を晒してきてるのである。今更、事件の一つや二つ増えたところで、博多っ子の神経はビクともせんわ(^o^)。
 また今度の休日あたり、あちこち回って映像を撮ってこようかと思う。
 もし、他地方の方で、一年で一番人出の多いこの時期に博多に来ようなんて奇特な方がいらっしゅったら、こんなものやってますんで、お笑いの種にどうぞ。

番  流   種 別  標題       人形師
一 中洲流  舁き山  鐘馗求玄宗之誉  中村信喬
        表   激戦太刀洗武勲  三宅隆
       見送り  老公博多世直旅  中村信喬

二 西 流  舁き山表 寶劍在手裏    井上和彦
       同見送り 金鳳舞碧天    井上和彦

三 千代流  舁き山  吉法師不羈之勇  川崎修一
        表   項羽劉邦誉    川崎修一
       見送り  決闘巌流島    川崎修一

四 恵比須流 舁き山  和気兆豊年    亀田 均

五 土居流  舁き山  毘沙門天法燈照  中村信喬

六 大黒流  舁き山  八風吹不動    置鮎琢磨

七 東 流  舁き山  聖一国師大願祈  室井聖太郎
        表   櫛田社前菊池勢  室井聖太郎
       見送り  西遊記      中野親一

八 上川端流  表   茨城童子綱館段  田中 弘
       見送り  奇襲桶狭間之戦  田中 勇

九 新天町   表   破浪一箭射紅扇  亀田 均
       見送り  探偵学園Q    亀田 均

十 博多リバレイン 表 満開博多七福神  置鮎琢磨
       見送り  助六由縁江戸桜  置鮎琢磨

十一 渡辺通一丁目 表 源平盛衰記    中野親一
       見送り  犬夜叉      中野 浩

十二 福岡ドーム 表  壇ノ浦源平合戦  三宅 隆
       見送り  勝鷹V奪還    置鮎琢磨  

十三 博多駅商店連合会 表 決闘巌流島  置鮎正弘
       見送り  金色のガッシュベル 置鮎正弘

十四 キャナルシティ博多 表 国性爺合戦 置鮎琢磨
       見送り  ターミネーター3 置鮎琢磨

十五 川端中央街 表  決闘巌流島    中野親一
       見送り  ドラえもん    中野 浩

十六 ソラリア 表   城郭悠然黒田藩  置鮎正弘
       見送り  清涼山誉連獅子  小嶋慎二

番外 櫛田神社 表   決闘巌流島    中野親一
       見送り  神話因幡之白兎  中野親一


 
 マンガ、岩明均『寄生獣 完全版』8巻(完結/講談社/アフタヌーンKCDX・900円)。
 全巻を改めて読み返してみると、この話が本当に面白かったのは、新一がミギーと混じりあって、だんだんと人間の心を失っていくあたりまでだったなと思う。人間が人間であることの意味はなんなのか、寄生生物が混じることで「心」が失われていくとすれば、そもそも「心」とはいったい何なのか、そのあたりをもっと突っ込んで描ければ、SFとして相当面白いものになったと思うんだけれど、結局、「意味もなく」新一は人間の心を取り戻してしまった。「寄生生物ってなんだったの?」ってもどかしさは、前に読んだ時も感じたことだ。
 これを岩明さんの代表作とするのは、ちょっと持ち上げすぎって気がするな。


 マンガ、北条司『エンジェル・ハート』7巻(新潮社/バンチコミックス・530円)。
 今巻から新展開、今までが「C・H香瑩誕生篇」という序章で、これからが新生C・Hの活躍が始まる「激動篇」だそうな。
 つーか、香瑩使って、女の子のシティーハンターやりたかっただけじゃんねえ。
 いやね、お話自体は必ずしも悪くないんだけど、なんか「どこかで聞いたような」って話ばかりで新鮮味ないんだよ。
 実の双子の弟を殺してくれという依頼がリョウに持ち込まれる。暴力団の組長になった弟の罪を、何とかして食いとめたいというのが彼の願いだった。そしてそのあと、自分をも殺してほしいと。しかし悪の道に走ったと思えた弟は、兄への愛情を失ってはいなかった。
 これって、なんか元ネタあったよなあ、と思うんだが思い出せない。まあパクリとまでは言いきれなくても、今どき、こういう「人情ばなし」ばかり語られてもねえ、と思うのである。

2002年07月01日(月) 戦争は終わった/DVD『名探偵登場』
2001年07月01日(日) 食いすぎたのは、あなたのせいよ/『コメットさん』(横山光輝)ほか


2003年06月30日(月) ダンボールの迷宮/『新世紀エヴァンゲリオン DVD−BOX』

 昨日の劇団の練習に、久々にC−1藤田くんが来ていたのだそうな。
 借金だらけのはずなのになぜかワンボックスカーを買ったという藤田君にせがんで、しげ、その車に乗せてもらったのはいいのだが……。
 まず、後部座席に乗ろうとして、ドアが開かない。鴉丸嬢のか細い腕では全然ビクともしない、しげが渾身の力をこめて、「ええい!」と開けて乗りこんだはいいが、今度は降りるとき、固く閉ざされて内側からどうやっても開かなくなってしまった。しかたなく其ノ他くんが、外から男の子らしさを発揮して、なんとか開けたそうである。
 「でね、車の中が凄かったとて」
 「どんなふうに?」
 「内装がね、ダンボールなんよ!」
 「はあ?」
 「天井の布張りが剥げてたからそこに手を突っ込んでみたらね、中はダンボールやったと!」
 ……私は世間の車に詳しくないのだが、もしかして、車はみんな内側にダンボールを張っているものなのだろうか。ベンツもフォードもクライスラーも。


 今日も雨がパラつき。
 職場に電話をして、眼科に行くことを伝える。
 同僚にやりかけの仕事など頼むが、欠勤の理由が「風邪」とかだと、露骨に「その程度で休むのかコイツは」って感じの反応が返ってくるのが常だが、「網膜剥離」だと、「無理しないでどうぞゆっくりお休みください」って感じになるのがおかしい。病気の軽重でサベツしちゃいかんな。本人にとっては仕事にならん点では同じなんだが。

 今日は病院までしげに送ってもらえる。
 検査の結果は、とりあえずレーザー治療はうまくいっているとのこと。穴が広がるのはなんとか防げているようである。
 主治医からは「また一週間後に来て下さい」と言われたが、これから毎週、点検しないといけないんかな。
 ふと小さな黒いものが目の前を横切るので、虫かと思ったら、例の首吊り紐なのであった。コバエが目にたかってるような感じで、なんだか眼球が腐っていくような錯覚にとらわれてしまう。精神衛生上、あまりよくないのである。これもレーザーで焼いちゃうことはできなかったのだろうか。
 しかし、私が虫嫌いでなくてよかった。これがよしひと嬢だったりしたら、目の前にしょっちゅう蜘蛛がぶらさがってきてるように錯覚して、悲鳴を上げてたとこだろう。
 受付で、一昨日は手元不如意で払えなかった治療費を払う。保険でなんとかならんかと思うが、証書がどこに行ったか覚えてない。病人がこういうことに杜撰では損をするのである。

 帰りがけ、「ビッグボーイ」で遅めの昼食。
 二人とも同じランチを頼む。いつも絶対に私のと違うメニューを選びたがるしげにしては珍しいことである。手ごねハンバーグにチキンと豚肉のしょうが焼きが付いて680円。ボリュームがあるのにまあまあリーズナブルだ。
 サラダバーを覗いてみると、なぜかウドンがある。普通はスパゲティだろう。もしかして、パスタと間違えてウドンを注文しちゃったのか。……んなわけないな。けど麺つゆもないのにどうやって食うのか迷っていたら、しげが「ゴマダレかければ?」というので試してみる。
 ……辛くて食えたものではない(>_<)。
 「かけすぎとうやん」としげが言うので、タレをちょっとだけ付けて食べてみると、今度は味がしない。どうも要領がつかめない。和風ドレッシングにすべきだったろうか。
 帰宅して、目を休めるために夕方まで寝る。

 夕方からしげは仕事に、私は博多駅へ。
 紀伊國屋でDVDや本を買いこむ。もう、ここのDVDコーナーの店員さんにもすっかり顔を覚えられているので、カウンターで「あの……」と言うなり「『エヴァンゲリオン』ですね」と、荷物を手渡される。こんなふうに手回しがよすぎるのもあまりいい気はしないのだが、ここの女性の店員さん、丸顔に丸めがね、ショートカットでちょっと男の子っぽい感じが可愛らしくて、ちょっと昔にアイドル(?)だった斉藤ゆう子に似ていて、何だか憎めないのである。声も実にハキハキしていて感じがいい。
 こうなると、この店では絶対えっちびでおは買えないのであった(この店でなくても買わんけどさ)。
 

 DVD『新世紀エヴァンゲリオン DVD−BOX』。
 まあ、ケースがごっついこと。梱包用のダンボールから本体を取り出すと、赤いガラスケースの中に、セフィロトの木と死海文書をレリーフにした、細長い、銅色のケースが。ちょっと厳重すぎる気もするな。
 昔LDシリーズに付いていた「EVA友の会」も復刻。まさにコレクターズ・アイテムと言ったところだ。
 とりあえず、DISC1〜3と、特典映像を見る。確かに音が昔に比べてよくなってる気はするが、たかが音声多重のステレオテレビじゃ、そんなのよくわからないのであった。
 けれど、改めて『エヴァ』を見返すと、そのドラマ造りのうまさに今更ながらに舌を巻く。やっぱりかつてエヴァに人生狂わされた人々というのは、昔ながらのテーマ主義に毒されてて、何もないところに自分を投影し過ぎちゃったんじゃなかろうか。
 本放送時、第2話の『見知らぬ、天井』を先に見たしげが私に、「すごいよ! 前の話の続きを二つに割ってね、最初と最後に持ってきてるの!」と、その「ドラマ構成」にまず注目していたのを思い出す。
 しげに演劇の才能があるなあって感じるのは、こんなふうにキャラクターの内面描写よりも「語り口」にこそ演劇の本質があると直観してるとこなんだが(だから『エヴァ』をドラマとして楽しめて、自分を見失わずにすんだのだ)、あれから8年が経って、さて、少しはその才能が開花したのかどうか。

 特典映像、アフレコ用映像と称して、シロミだらけの映像を9話分収録。台本が手元にあれば、あなたもシンジ君やアスカやレイになりきってアフレコごっこができるという趣向である。……だったら台本もフロクに付けとけよ。
 ウワサの実写版「エヴァ」は、劇場版の予告編でもちらっと使われた、レイ、アスカ、ミサトを林原めぐみ、宮村優子、三石琴乃の声優本人が演じるというもの。シンジは本人が演じるわけにいかないのは分るな(^o^)。これがあたかも『ラブ&ポップ』につながる庵野秀明第1回実写作品として極めて高い完成度を持っているのが興味深い。そうだよなあ、こういうもう一つの『エヴァ』もありえたというのが、「作品世界というのは、とどのつまり、作り手と受け手が関わった分だけ無限にあるのだ」という世界観を表しているようで面白い。最後のシンジの声は、庵野監督自身の声アテだそうである。
 この実写版見られただけでもボックス買った甲斐があったなあ。

2002年06月30日(日) 荒む心、続く/DVD『マジンカイザー』5巻/『忍者飛翔 雪の章』(和田慎二)ほか
2001年06月30日(土) 原稿アップ(´。`;)/『マンガ世界戦略』(夏目房之介)ほか



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