無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年10月29日(火) A fluit of “H”/舞台『Bad News ★ Good Timing』/『超少女明日香 学校編』1巻(和田慎二)

 TBSが昨日、ビートたけしの短編小説集を映像化したドラマ『少年』を制作すると発表。中身は「ドテラのチャンピオン」「星の巣」「おかめさん」の3本立てオムニバスとなるそうで、これはちょっと見てみたいかな、と思ったのだが、問題はそのキャストである。
 主人公は3作品とも子役が演じるが、「ドテラ」に武田鉄矢と所ジョージ、「星の巣」にはたけし本人と豊川悦司が脇役で出演とか。これを報道ではどこでも「豪華キャスト」とか「大物キャスト」とか言ってるのである。
 えーっと、「大物」って、誰?(ー∇ー;)
 いや、私は別に武田鉄矢や所ジョージやトヨエツをバカにしたいわけではないよ。でも、このキャストを「大物」と呼称して、それを世間が納得すると思ってる感覚はいったいいつから誰が言い出したことなの? というか、そんな表現は今回が初めてで、「言ったモン勝ち」で押し切ろうというTBSの謀略(^o^)ではないかと思うのだ。
 一応さー、「大物」ってのはさー、演技力が高く評価されてるとか、主役何本も張ってて、その評価が高いとか、スター性があるとか、演劇界の重鎮であるとか、いろんなイメージがあると思うわけよ。
 で、例えば武田鉄矢の演技がうまいか?
 主役は確かに張ってるよねえ、『思えば遠くへ来たもんだ』とか『刑事物語』とか『プロゴルファー織部金次郎』とか『博多ムービー ちんちろまい』とか。『ちんちろまい』以外マトモに見てないけどな。テレビの『3年B組金八先生』を代表作と考えても、さて「大物」感は伝わってくるかねえ? 「日本映画の代表作を1本選べ」と言われて、あなた、『ちんちろまい』を選びます? 私は選んでもいいけど(^o^)。
 所ジョージの出演作って、私、『下落合焼鳥ムービー』と『まあだだよ』とテレビの『私は貝になりたい』しか知らないんですけど(『キッドナップブルース』にも出てたらしいが記憶にない)。
 トヨエツもねえ……主演作は多いけど、「トレンディ俳優」の印象しかないよなあ。映画は『12人の優しい日本人』と『八つ墓村』くらいしか見てないが、追っかける気にさせるほどの演技はしてないし。もしかして、この人たちは私が見てないところでいつのまにか「大物」になってしまっちゃってたのか。そんなち○ち○のような(^o^)。
 なんちゅーか、この人たちを「豪華」とか呼んじゃったら、他の役者さんたちに悪いなとか、そういう配慮は働かなかったのかいな、とそういう疑問が浮かぶわけよ。そりゃ、確かに前世紀の終わりにホントにホントの大物、三船敏郎とか萬屋錦之介とか勝新太郎とかバタバタ死んじゃったけどさあ、まだ仲代達矢とか緒形拳とかいるわけじゃん。若手だって、せめて真田広之とかだったら豪華と言えなくもないかなとか思うんだけど、どうしてあの三人で「大物」とか言ってて、恥ずかしいとか考えないのかね?
 そんなんで「豪華」って言っていいんだったら、ウンナンとダウンタウンと爆笑問題とキャイーンとネプチューンとダチョウ倶楽部と中川家が共演する映画作ったら、すっげえ豪華ってことになると思うがどうか。……あ、見たいわ、それ。 


 仕事帰り、車の中で、しげと駄弁っているうちに、ネットのことが話題になる。
 昨日もこうたろう君と「ネット生活始めて、世界が広がったねえ」という話をしてたのだが、基本的に私はネットで関わった人に対しては、みな同様に好意を持っている。中には諸事情で疎遠になってしまった人も何人もいるのだが、まあ縁があればまたヤリトリすることもあるかな、と気楽に考えているので、ショックを受けたり落ちこんだりはしていない。
 ところがそういう私の態度が、しげの悋気に火を付けてしまうのである。「人を嫌いにならない」というだけでヤキモチを焼かれてはたまったものではない。それではしげのジェラシーを押さえるためには私が全人類を憎むしか方法がないことになってしまうではないか。
 いつも繰り返している会話であるが、いい加減でヤキモチばかり焼くのはやめろ、と文句を言う。
 「夕べもこうたろう君と話したぞ、おまえは『不安神経症』だって」
 「なにそれ?」
 「だから、『自分が裏切られるかもしれない』って不安に思うから、『それなら最初から相手を疑ってた方が、実際に裏切られた時のショックが少ない』とか考えちゃうってことだよ」
 「そんなん当たり前やん。裏切ってないとかわからんし」
 「仮に裏切ってたとしても、それが死ぬまでバレなきゃ問題ないわけじゃん」
 「そう言っててさ、オレが死ぬときになって、『実はおまえを裏切ってたんだよ』って言われたらショックやん」
 「言わねーよ。それに、言ったとしてもすぐ死ぬんだから別にいいじゃん」
 「いやん」
 「何がイヤだよ! ずっと疑われつづけるほうがイヤだよ。だいたいおまえは俺がこうたろう君と電話しててもヤキモチ焼くだろ」
 「当たり前やん」
 「だからこうたろう君は男だろうが! おまえ、男だろうがモノだろうが絶対ヤキモチ焼くけど、モノとどうやったら浮気できるんだよ!」
 「なん、アンタ、『愛情は思いこみだ』って言っとったやん」
 「思いこまなくていい相手まで思いこんでどうする! おまえの言い方だったら、オレはホモでヘテロでマザコンでロリコンでフェチだってことになるじゃんか。なんでオレが世の中のヘンタイを全部一手に引きうけなきゃならんのだ!」
 「がははははははは!」
 「……な、どうした?!」
 「ひいひいひい、アンタが面白いコト言うから……げへへへへへへ!」
 「オレが何、面白いコト言ったよ?」
 「世界のヘンタイを一手にって……」
 「……『世界』じゃないよ、『世の中』だよ……あ、おまえ、俺が世界のヘンタイを全部演じてる様子想像したな!?」
 「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
 ……このあともずっとしげは、思い出し笑いしながら車を運転していくのであった。危なっかしいったらないが、未だにわからない。「世界のヘンタイ」って、そんなに可笑しいか? 


 ちょうどリンガーハットに愛上さんが入っている時間だというので、二人で寄ってみる。
 覗いたとたん、「いらっしゃいませ」の声が愛上さん。
 驚いたような可笑しいような笑顔。しげもいつも着ているリンガーハットの淡いピンクの制服を来ているが、もちろんしげよりほっそりしている。一時期ちょいと太りギミであったがも少しスマートになったようだ。名札にはしっかり「研修」の二文字。
 「お好きな席へどうぞ」の声がなんとなくおっかなびっくりである。
 もともと少しハスキーなところのある愛上さんの声だが、注文を取る時はやはりやや甲高くなる。しげなんか耳に響くくらいにキンキン声になっちゃうのだが、これもいわゆる職業病というやつか。
 そんでもって、やっぱり「ご注文は以上でよろし『かった』ですか?」と過去形。注意はされてるはずだと思うが、なぜここまで蔓延するかなあ。集団で意識の変革が起こったとしか解釈のしようがないな。
 リンガーの制服、はっきり言ってあまりかわいらしいものではない。もちろん往年のアンナミラーズではないのだから(今はどうなってるか知らん)、別に色気を振りまく必要はないのだが、せめてあのなんの愛想もないただの円柱型の帽子はなんとかならんものか。イマイチ愛上さんに似合っていないのである。
 でも、店に来る客は当然なにも知るまいが、この子が既に二人の子持ちであると誰が見抜けようか。だってまだ21歳か22歳だし。そうかヤンママだったか(^o^)。
 いつもの通り、皿うどんセットを頼むと、
 「餃子を一口餃子に代えられますがいかがいたしますか?」
 そう聞かれて、断れるものではない。営業トークだとはわかっていても(それが愛上さんでなくても)こういうセリフには弱いのである。女で破滅するタイプだよなあ、オレ。もうしてるか(-_-;)。
 注文を取って引っ込む時に愛上さんがボソッと「……びっくりしました」と呟いたのがかわいらしかった。全く生活臭さがいい意味で身につかないヒトである。
 家庭に入ってしまったために、劇団のキャストとしてはなかなか板の上に立ってもらえなくなってしまったが、ウチでは一番の演技派なんで、しげたちももっと愛上さんをうまく使う方法、考えてほしいものなんだが。
 食事のあと、「愛上さん、かわいらしかったなあ」と呟いたら、しげ、即座に「惚れたらいかんよ」と突っ込む。
 だからどうしてほんのちょっと人を誉めたただけでヤキモチ焼くのかな。だから私は世の中のヘンタイを一手に引き受けてるわけでは……そこで笑うな、しげ!


 WOWOWで舞台『Bad News ★ Good Timing』を見る。
 裏で「BSマンガ夜話」を録画してるので、片時も見逃せない。ついついテレビに齧りつくように見てしまったが、考えてみたらこれもDVDで出てるので、買えばいいだけのことであった。金はあるのか。
 作・演出は三谷幸喜。三谷さん、映画の演出で役者を動かす楽しみを思い出したのか、何年か前までは舞台の演出を山田和也氏に任せて脚本だけに専念していたのが、ここしばらくは勢力的に自ら演出を担当するようになっている。やはり基本的に、脚本家は演出も手がけたほうが解釈におかしなところが出ずにすむもので、これは悪い傾向ではない(でも池田成志君に脚本投げわたしたりしてるのは無謀だと思うぞ)。
 お話は三谷さんお得意のすれ違い勘違いコメディ。三谷さんの手の内はもうだいたい見当がついているので、先の展開はほぼ読めるのだが、やはり伊東四郎と角野卓三、この二人の呼吸がいいので退屈するコトがない。
 逆に言えば、この二人が出てくるまでのギャグがことごとく滑り巻くっているのがチトきつくはあった。うーん、沢口靖子、最近、随分うまくなったと思ってたんだが、間が悪いなあ。生瀬さんも演技過剰でどうもキャラクターをつかみきれていないウラミがある。ベテラン二人と組んで緊張したのかなあ。まあこの二人と組んで緊張しない役者もいないだろうが。

 ある結婚式場で、新郎・哲郎(生瀬勝久)と新婦・奈々美(沢口靖子)は、今日が結婚式当日だというのになぜか落ち着きがない。実は二人の父親は、一世を風靡した漫才コンビのエントツ(伊東四朗)と、とんかつ(角野卓造)。しかし、十年前につまらぬケンカでコンビを解消して依頼、今も絶縁状態。しかも二人の結婚を、まだ親たちには伝えていなかったのだ!
 一触即発の親たちに二人はどうやって結婚を認めさせることができるのか!?

 まあ、結婚式当日まで二人の間柄を秘密にしてるなんてシチュエーション自体、相当無理があるのだが、三谷さんの脚本で無理がなかったことはないので、それはもうあまり問わないことにしましょう。
 大傑作は作れないけれど、そこそこの佳作を連発する才能というものを認めてこそ、喜劇の発展はあるというものである。三谷さんにプレストン・スタージェスやビリー・ワイルダー、ニール・サイモンを求めるのはなんぼなんでも酷だよ。
 実際、脚本のキモである、二人の結婚式を親たちが「自分たちのコンビの再結成を画策してる」と勘違いさせるための伏線が弱い。そしてその勘違いが勘違いだと分るまでの引きに明確な理由がない。ウェイターの八島智人が事情を全て知ってるのに傍観してるだけってのはどういうことかね。少なくとも、今や議員となったとんかつが辞職しようというのを止めきれないのはちょっと納得がいかない。
 なまじこれまでに勘違いコメディをたくさん書いてきているだけに(特に『君となら』は秀逸だった)、今回の脚本はいかにも雑である。それでも「見られる」ものになっているのは、やはりベテラン二人の力によるものなので、三谷さん、お二人には頭が上がらないと思うよ。


 マンガ、和田慎二『超少女明日香 学校編』1巻(メディアファクトリー/MFコミックスフラッパーシリーズ・580円)。
 表紙が変身前のチンクシャバージョン。
 でも、変身後の明日香は全く好みじゃないので、こっちのほうがいいな(〃∇〃) てれっ☆
 本編でもちょっとしか変身してないし。
 『学校編』とあるが作者後書きによれば『学校に行こう!編』であるそうだ(^o^)。そう言えば、今までセーラー服を着てるわりに学校に通ってなかったよな、明日香。……だれが着せてたんだ? あのセーラー。
 けど、なんと言っても今回最高に嬉しいのは、あの人が出てくれたことである。
 そうっ!
 平泉成!……じゃなくて、沼重三先生であるッ!
 和田慎二の、作品と作品をリンクさせるやり方が嫌いな人もいるようだが(しげもそうである)、別に『ピグマリオ』とリンクさせてるわけじゃなし、永井豪や松本零士みたいに見境なしじゃないから、これは私は許容範囲。確かに明日香が頼れそうなオトナって考えたら、沼先生は一番の適任だよな。戸籍のない明日香に色々と裏工作もしてあげたようだし(^o^)。
 一也「いろいろ言われたでしょ、市役所とか教育委員会」
 沼 「うるさいことをぬかすからしかたなく……ちょっとな。いやもちろん暴力なんか使わんよ」
 何使ったんだ沼先生(^_^;)。
 ……今気づいたが、私が教師に抱く理想像って、沼先生に近いな。熱血教師もプロ教師も結局は理屈こねるばかりだしね。もちろん、沼先生にも和田慎二の理想が過剰に映し出されてる分、説教クサイ面はあるのだが、とりあえず「行動」してるし。教師が生徒のために権謀術数を使わんでどうするかってなもんだよな。
 こういう先生に教わっていれば、私もこんなヒネクレた人生は送らなかったかもしれない(んなことないか)。 
 しかし沼先生の微笑む顔が見られる日が来ようとはねえ。21世紀だなあ(意味不明)。

2001年10月29日(月) 「ばびゅーん」の語源は『宇宙少年ソラン』から/『黒鉄 <KUROGANE>』5巻(冬目景)
2000年10月29日(日) まあスクルドがかわいかったからいいか/アニメ『ああっ女神さまっ 劇場版』ほか


2002年10月28日(月) また上京……?(゚゚)/DVD『刑事コロンボ 魔術師の幻想』/『スパイラル 推理の絆』1〜3巻(城平京・水野英多)ほか

 ここしばらく、しげが迎えに遅れることはなかったのだけれど、駐車場に行ってみると車が見えない。携帯に連絡を入れると「きつくて起きれん」とのこと。
 仕方なく、ミニストップで弁当を買って帰る。もちろんしげの分も。もちろんしげは「ありがとう」のヒトコトもなくただそれを食らうのみなのである。
 何で感謝のコトバ一つ出ねえんだ、と聞いたことがあるが、しげはそれに対して「『ありがとう』なんて負けやん」と答えた。つーことは黙って「搾取」することが「勝ち」か。昔の資本家よりタチが悪いよな。
 なのに私ゃせっせとエサを運んでやってんだからなあ。羽までむしられた親鳥の気分よ、全く(´。`;)。


 DVD『刑事コロンボ 魔術師の幻想“NOW YOU SEE HIM”』。
 原語タイトルは、奇術師が姿を消し、再び現れた時の掛け声から。
 今回の犯人、魔術師ロベルト“グレート”サンティーニは、明らかにハリー“脱出王”フーディーニをモデルとしていて、彼が実際に行った水中脱出術を再現して見せる。その正体が最後に暴かれるラストとも相俟って、このタイトルは実に秀逸である。邦題もコロンボの「完全犯罪なんてアンタの幻想だよ」というセリフに基づいているのだけれど、ややインパクトが弱い。でも「さあ、現われました!」じゃあ、タイトルにならないし、しゃあないか。

 DVDでコロンボを見る時には必ず英語字幕を見るようにしている。これだと日本語訳がいかに苦労をしているか、たまに誤訳をしているかがわかって楽しい。これはテレビ放送だけでは味わえない楽しみである。
 今回登場のフレデリック・ウィルソン刑事(と訳されてるが、原語は“sergent”だから巡査部長)、英語では「ジョン・J・ウィルソン」。すわ誤訳か、と言えばさにあらず、実はこのウィルソン刑事、『悪の温室』に続いての再登場なのだが、そのときは「フレデリック」という名前だったのだ。オリジナル版のミスを日本語訳で訂正してあげたと言うわけ。ウィルソン刑事を演じてたボブ・ディシーも、自分の役名を忘れてたんだろうな(^o^)。
 『悪の温室』の時にはコロンボのむさくるしい風体を見て対立していたのに、今回はすっかりコロンボに心酔していて、「コロンボ警部は完全主義者だからな!」とベタベタベッタリ、やたら根回ししまくるのがおかしい。コロンボの相棒と言えばクレイマー刑事が印象深いが、そこまでベッタリしてない。どっちかというと「また細かいことに拘って」と呆れられてたりしてるから、コロンボのロス警察での立場、余り高くないのかも。

 今話には珍しくもコロンボの声優、小池朝雄に大きな勘違いがある。
 ラスト、サンティーニが観念して述懐する時のセリフに対するコロンボの応答である。

 サンティーニ「私には自信があった。完全犯罪の……」
 Santini:“And I thought I'd performed the perfect murder.”
 コロンボ「完全犯罪? お気の毒ですが、完全犯罪なんてものはないんだよ。それこそあなたの幻想ですよ」
 Columbo:“Perfect murder,sir? Oh,I'm sorry.There is no such thing as a perfect murder.That's just an illusion.”

 で、問題なのは次のコロンボのセリフ。
 「頼むよ」。
 さて、コロンボは何を「頼んで」いるのか? 小池さんの演技は、サンティーニに向かって「いい加減にしてくれよ」とでも言いたげに呟いている。つまり「完全犯罪が可能だなんてばかげたことは言わないでくれよ」という意味に解釈していることがそのセリフ回しから見て取れるのである。
 ところが原音で聞くとわかるのだが、実はコロンボはここで、サンティーニの「後方」に向かって怒鳴っているのだ。

 Columbo:“Officer.”

 ……なんのことはない、この「頼むよ」というのは、ラストでのコロンボのいつものセリフ、巡査を呼んで犯人を連行するように命令しているだけだったのだ。シナリオの訳も当然そのつもりだったのだろうが、声を当てた小池さんが、コロンボの目線を勘違いして、サンティーニに向かって言ったものだと思っちゃったのだろう。
 でも、この「勘違い」のほうがいかにもコロンボっぽく思えるから、意外にこれは怪我の功名ではなかったろうか。原音のコロンボは小池版より冷徹である。

 もう一つ、特撮ファンにはニヤリとできる趣向が一つある。
 サンティーニを演じているジャック・キャシディ、彼はコロンボシリーズに『構想の死角』『第三の終章』に続いて三作出演しているのだが(惜しくも寝タバコで焼死して、本作が遺作)、三作とも声をアテているのは「田口計」である。
 で、今回のキャシディは奇術師役で、しかもその得意技は「水中脱出」だ。
 これでピンと来なければ、特撮ファンとは言えまい。♪(((#^-^)八(^_^*)))♪
 そう、『怪奇大作戦』第一話『壁抜け男』で、脱出王と呼ばれた奇術師、キングアラジンを演じていたのが田口計なのである。偶然の符合ではあるが、「コロンボVSキングアラジン」の対決と思うと、なんとも楽しいではないか。
 これが当初予定されていたキャスティング通り、サンティーニ役をオーソン・ウェルズが演じていたとしたら、日本人にはあまり面白くなかったことだろう(トシ食って太ってからのウェルズは、随分大根になっている)。特に熊倉一雄あたりに吹替えられた日にゃあ……。
 

 夜、東京のこうたろうくんへ電話。
 掲示板に豊島区が江戸川乱歩展を開く予定だという報せを書いてくれていたので、その詳細を聞いてみたのだが、ファックスで送ってもらった今朝の読売新聞の記事にも、「来年1月下旬から2月上旬にかけて約十日間」とあるばかりで、詳しい日程や会場は書かれていない。
 区のやることだからショボイんじゃねーかとも思うが、それでも「貼雑年譜」を展示、なんて書いてあると心もそぞろになるのをおさえきれない。乱歩ファンなら先刻承知、乱歩自身が自らの経歴を新聞記事や批評文などを貼り付けていって作成した「自伝帖」であり、今までに出版されたことはたったの二度、しかも何冊もあるうちのほんの一部でしかない(廉価版を私は一冊だけ買った)。どの程度見せてくれるのかなあ。めくって読めるようにしてくれてたら嬉しいんだけど無理だろうなあ。
 乱歩が撮った8ミリビデオの上映もあるそうだ。映画・演劇にも並々ならぬ興味を示していた乱歩がカメラに飛びつかなかつたはずはないが、これも一部が『知ってるつもり』や『西田ひかるの痛快人間伝』などで一部が紹介されたことがあるに過ぎなかった。ウウウ、みたいぞ、くそう!(T∇T)
 「また上京するかい?」とこうたろう君は悪魔の誘いをしかけてくる。でも、今度はしげも連れてかないと、帰宅したら家の中の本とDVDが全て燃されているなんて事態になりかねないのだ(◎_◎;)。しげとの休みの予定は合うかなあ、オタクアミーゴスの公演も間近だしなあ。なによりボーナスカットのウワサもあるしなあ(^_^;)。事態は予断を許さないのであった。


 今日から始まった『BSマンガ夜話』、第一夜は『最終兵器彼女』。
 後半どんどん「マンガで描かれた詩」みたいになっちゃって、殆ど読まなくなっちゃってたし、アニメも斜め見だったんで結末がよくわかんなかったのだが、やっぱりあれ、最後は地球上にたった二人だけって話だったのか。
 「究極のラブストーリーを描こうと思ったらどうしてもそうなる」って話が出てたけど、他にも手はある気はするけどなあ。「二人だけの世界」という意味では心中と変わらんよ。回りが死んでるか自分たちが死んでるかの違いでしかない。愛の物語を描くのに後ろ向きな姿勢でいるのはどうもね。


 マンガ、城平京原作・水野英多作画『スパイラル 推理の絆』1〜3巻(エニックス/ガンガンコミックス・各410円)。
 この作者、二人とも女性だろうか? なんとなくそれっぽいんだけど。
 城平さんの『名探偵に薔薇を』は途中まで読んでたけど、どこか本の山に沈んでるな(^o^)。だもんで、原作のみの担当とは言え、一部にカルトな人気を呼んでるらしい城平さんの作品に触れるのはこれが初めてである。
 某掲示板でもアニメ版が散々からかわれてるので、こりゃ読んでみなけりゃいかんよなあ、と思ってとりあえず三冊買ってみたけど……。
 うーむ、まず作画が新人さん(っつーか見るからに同人上がり。『ガンガン』だものなあ)なせいもあるだろうけれど、デッサン狂いまくりの絵のせいでちょっと損してるよ、このマンガ。
 確かに、ストーリーやトリックについて突っ込もうと思えばいくらでも突っ込めるけれど、作画に力のある人が関わってたら、もちっと「誤魔化し」が利いたのではないか。
 たとえば、例の竹内理緒が「肋骨がないのを爆発で誤魔化す」というトンデモナイトリックである。死なない程度に爆発させるなんて、そんな調整が利くもんかい、という突っ込みはとりあえず置いといて、問題はそんな自殺行為を断行できる心理に、どれだけの説得力を与えられるかだ。
 恐らくは「ブレード・チルドレン」という存在そのものに、そんなことをさせるだけの「根拠」が秘められているのだろうけれど、今のところその謎が明かされる様子はないから、キャラクターの「演技」によって読者を納得させる必要が生じてくるのだ。
 ……アニメ絵じゃムリだよ(-_-;)。いや、役者だってシリゴミするわい。
 こういうバカトリック(貶し言葉ではない)は、そのままストレートに描いてもバカバカしくなるばかりなので、成立させるためには、例えば世界観そのものを「歪ませる」ような手練手管が必要になるのだ。泡坂妻夫や森博嗣はそこに一番腐心している。「ブレードチルドレン」という設定がいかにもこの世界の「歪み」を象徴しているようではあるが、いかんせん、まだそれが何なのかはわかっていない。
 けれどその謎が気になるほど絵に魅力がないことがやはりネックなんだよねえ。多分アニメ版はこのヘタレな絵を修正してくれてるだろうとは思うけれど、だからと言って、どれほどの説得力が生まれるものだろうか。やはりこれは、マンガネタではなくて小説向きのネタなんじゃなかろうか。

2001年10月28日(日) 至福の休日/アニメ『サイボーグ009』第3回『閃光の暗殺者』/『碁娘伝』(諸星大二郎)ほか
2000年10月28日(土) AIQってボランティアだったのね/CGアニメ『バグズ・ライフ』


2002年10月27日(日) そりゃテレビは全部宣伝でしょ/DVD『ほしのこえ』/DVD『100%の女の子』/DVD『刑事コロンボ 仮面の男』ほか

 サンデープロジェクトを見てたら、「北朝鮮のプロパガンダだ」とか、またなんだか鬱陶しい声がしてたので、つい目を向けてしまう。
 横田めぐみさんの娘さんであるキム・ヘギョンさんへのインタビューをフジテレビが行ったことに対して、議員の人たちが怒っているらしい。
 様子が分らないので、ネット検索などをしてみると、要するにヘギョンさんに涙ながらに「どうしてここに(祖父母が)来られないで、私が質問ばかり受けなくてはいけないのですか。おじいさんとおばあさんに会いたいんです。お母さんが日本人だからといって、日本には行けない」などと訴えさせたのが、北朝鮮の「仕込み」だと言うのである。
 政治屋さんと我々庶民の感覚の乖離は随分感じてきたことではあるが、北朝鮮が全体主義国家である以上、中学生とは言え、その思想信条が国家に準じていることは初めからわかりきってることである。こちらからインタビューしに行って、その内容がこちらの意図したものにならなかったからといって、プロパガンダだというのはチト頭が悪過ぎないか。
 常識で考えて、「お爺さんお婆さんに会いたい」「でも自分は日本に永住できない」というのは当たり前の反応である。私の母の故郷は台湾だが、だからって「おまえも台湾に永住しろ」と言われたら困る。絶対困る。来週の『プリンセスチュチュ』が見られなくなるではないか。
 インタビュアーはだいたい、まだほんの子供であるヘギョンさんから何が得られると思っていたのだろうか。仮に北朝鮮が何かをヘギョンさんに「仕込んで」いたとしても、それは大局に影響するものではない。それに気付かぬフジテレビと朝日新聞もアホだが、その政治とはなんの関係もないことを北朝鮮を非難する口実にすりかえて利用しようとする日本の政治屋さんたちのイヤラシさの方が、見ていて気持ちが悪くなってくる。
 いや、こう書くと北朝鮮を擁護してるみたいに取られそうなんで、付け加えておくが、ヘギョンさんは横田めぐみさんの娘ではあっても、日本人ではなく北朝鮮人なのだということを忘れてはいけない、ということなのだ。もし、彼女を日本に永住させたいということであるなら、それは彼女を日本人として「再洗脳」し、北朝鮮とは完全に断絶させ、北朝鮮をまさしく「悪の枢軸」として認識させるということになるのである。
 あの国がろくでもないことはわかるし、そうしちゃイカンと言うつもりはないが、でもそこまでしてヘギョンさんを日本に連れて来たいと考えている人たちの心情というものが私には解らないのだ。もしそれが、「日本人の血がヘギョンさんに流れているから」という理由であるなら、それは下らないなあ、としか思えないのである。ヘギョンさんには異母兄弟もいるんでしょ? 父親もいるでしょ? 家族の意志を無視しておねえちゃん一人を日本に引き取ろうって、それ、「拉致」って言わない?
 帰国した五人の、北朝鮮に残された子供たちの引き取り問題もあるよなあ。彼らには向こうでの生活、友達や恋人もいるかもしれないけれど、そういうのを一切無視して、つれて来ようって感じで動いてるよねえ。今度は日本がやり返すことになるわけだね。目には目を、「拉致」には「拉致」をで。ま、政治はキレイゴトですむことではないから、それがあの国に対する日本のカードとして利用されて行くことはもうどうしようもないことなのだろうけれど、「政治に正義はどこにもない」ということだけは認識しといた方がいいんじゃないかね。


 読んでない本やDVDが山積してるので、ともかく見まくることにする。
 まずは新海誠監督作品、DVD BOOK『ほしのこえ』。以前『アニメージュ』で巻頭特集まで組まれていた、「たった一人の手になるCGアニメーション」である。
 アニメージュ・ライブラリーの第1弾という触れこみだけど、第2弾の予定があるんだろうか。気になるのはオビに「石原慎太郎絶賛!!」とあること。これって宣伝としてはかえってマイナス効果になりゃしないか(^_^;)。「この知られざる才能は、世界に届く存在だ!」って、アンタがアニメの世界知らないだけでしょ。個人でアニメ作ってる例なんて、実験アニメの世界じゃ昔からザラにいるぞ。でもオタクじゃなきゃ、日本のアニメって、スタジオジブリとポケモンとサザエさんしか知らないってのが普通のレベルなんだろうしねえ。
 それはそれとして、問題は作品の出来映えだ。
 ……いいよ、これ(T∇T)。
 わずか24分の作品、けれどそこに凝縮された思いはまさに「永遠」だった。

 近未来。
 宇宙人(タルシアン)の侵略から、地球を守る選抜メンバーに選ばれた少女、ミカコ。恋人のノボルに別れを告げて、ミカコは宇宙からノボルの携帯にメールを送り続ける。
 戦場は太陽系を離れ、はるか銀河にまで広がる。ミカコのメールは、既にノボルのもとには届かない。そして、ウラシマ効果で二人の年齢も刻々と離れて行く。
 そして、最後の戦闘。
 16歳のミカコは、25歳のノボルに、最後のメールを送る。

 すれたSFオタクなら、このネタが既成作品のいくつかにインスパイアされていることはすぐに気がつくと思うけれど、それでもやはりそこには静かな、そしてムネが絞めつけられるような切なさがある。
 タイトルは「ほしのこえ」だが、実際に見ていて一番印象に残るのは、空と、雲の描写だ。二人が地上に一緒にいたときに見上げた空、ノボルが遥か彼方のミカコに思いを馳せて見上げた空、ミカコが見下ろした地球を覆う空と雲、青空、夕焼け、入道雲、鰯雲、飛行機雲……。
 それは風景であって風景ではない。二人の心を映し出す鏡だ。そして観客は、その鏡に映った自分の心も見ることになるのである。

 しげに『ほしのこえ』を見せながら、「これ、全部一人で作ったんだってさ」と言ったら、「ヒロインの声も!?」と驚かれた。んなワケあるかい(-_-;)。
 でも、ノボルの声は新海監督自身なんである。
 

 DVD『100%の女の子&パン屋襲撃』。
 昨日の『ビリィ★ザ★キッド』に続く山川直人監督の自主制作短編映画。原作は村上春樹である。
 たしかこの『100%の女の子』を私は、公開当時から間もなく深夜テレビの短編映画特集かなにかで見ている。そのときには主演が室井滋だったことに全く気付かなかった(『ビリィ』よりも以前の作品だから当たり前である)。
 冒頭の「ある晴れたカンガルー日和の朝、原宿の裏通りで僕は100%の女の子とすれ違う。たいして綺麗でもなく、素敵な服を着ているわけでもない。しかし50メートルも先から僕にはちゃんとわかっていた。『彼女は僕にとっての100%の女の子なのだ』と」というナレーションとともに、コマ落としで室井滋が向こうからやってくる。まさしく彼女は「綺麗でもない」。だからこそ、このナレーションにはリアリティがあった。
 恋は要するに思いこみである。
 その思いこみが男女間で双方向に向いていて、お互いがそれを自覚している状態を「幸せ」と呼ぶ。まさしくこの『100%』は、恋の本質を言い当てた物語であるのだが、同時に100%の恋がいかにして崩壊するかを描いた物語でもある。
 「100%の恋でも壊れちゃうの?」との声にはこう答えよう。
 「でも恋って『思いこみ』だから、100%と0%は、実はイコールなんだよ」と。
 だからこれは「悲しい話」なのである。
 『パン屋襲撃』は観念論が現実によって打倒される物語を観念的に描いた作品(^o^)。つまりメタギャグなんだけれど、このギャグ感覚ってなかなか理解してもらえないんだよね、私は好きなんだけど。
 

 DVD『刑事コロンボ ハッサン・サラーの反逆“A CASE OF IMMUNITY”
』。
 原題の「IMMUNITY」ってのは「免除」という意味だけれども、主人公のハッサンが、外交官特権で捜査の対象から外されることを指す。それをコロンボがいかに追いつめて行くがか今話のミソ。
 イスラム社会がアメリカナイズされることに反発する人物を犯人に仕立てたことで物議をかもした作品。よく発売できたな(^o^)。

 もう一本、『刑事コロンボ 仮面の男“IDENTITY CRISIS”』。
 原語タイトルは心理学用語で「自己認識の危機・自己喪失」の意味。コロンボシリーズ最多出演のパトリック“プリズナー”マッグーハンが二重スパイ・ブレナー役で登場しているが、彼がなぜ二重スパイになったのか、ということがあまりハッキリとは描かれない。そこにこのタイトルの意味を深読みしてみるのもちょっと楽しそうである。
 てっきり未見だと思ってたけど、しげと一緒に見ていた。記憶力に関しては私のほうがしげよりよっぽどアテになると思っていたが、そろそろ逆転現象が起きつつあるようである。しげの記憶力レベルは特に向上してなくて、私がボケだしただけかもしれんが。
 本話には他にも被害者役にレスリー“裸の銃を持つ男”ニールセンや、CIA本部長役でデビッド“『奥様は魔女』のラリー”ホワイトが出演。ホワイトの声優は表記がないけれど、耳で聞いた感じでは『奥様は魔女』と同じく早野寿郎氏が担当しているように思える。記録はキチンとして欲しいよなあ。
 マッグーハンの声は『祝砲の挽歌』に引き続いて佐野浅夫が担当。水戸黄門なんかやってるときは優しいお爺ちゃん、という印象だけれど、声優をやらせるとコワモテだったり渋く固い印象を与える演技が多く、これはなかなかマッグーハンに合っている。
 実はこの話には翻訳に関する問題点が一つある。
 それは、マッグーハンが自らの罪を認めたあと、ラストのコロンボとの会話なのだ。これが放送当時から「意味不明」ということで、コロンボファンにとっての「謎」となっているのである。
 まずは額田やえ子女史によるテレビ版での翻訳。

コロンボ 「笑い話があるんですが」
ブレナー 「ぜひ聞きたいね」
コロンボ 「ある日、ポーカーとね、マージャンが賭をした」
ブレナー 「どうなった?」
コロンボ 「前半はポーカーが有利」
ブレナー 「ところが後半…逆転」
コロンボ 「……その通り」

 つまり、「これのどこが『笑い話』なの?」ということなんである。
 そこで、オリジナル英語版に当たってみると、これが全然違うのだね。

Columbo "Would you like to hear something funny?"
Brenner "I'd love to."
Columbo "Today, the Chinese, they changed their minds."
Brenner "Did they, again?"
Columbo "They're back in the games."
Brenner "in the games....mah-jong."
Columbo "mah-jong."

 昔のノベライズ版(二見書房サラ・ブックス)での訳(三谷茉沙夫訳)を参照すると、比較的原語に忠実ではあるけれども、これもまた微妙に違っている。

コロンボ 「ブレナーさん、笑い話があるんですよ」
 コロンボはブレナーの背中に話しかけた。
ブレナー 「ほう? ぜひ聞きたいね」
コロンボ 「きょう、中国人が気を変えたそうで、ゲームに参加するそうです。」
ブレナー 「ゲームに? マージャンのだろ?」
コロンボ 「わかっちゃいましたか」

 最新版の二見文庫では、ついにこのやりとり自体がカットされてしまった。どうも何が言いたいのか、訳者がお手上げになっちゃったらしい。それでもプロかよ(-_-;)。 
 『刑事コロンボ』のファンサイトである『安葉巻の煙』では、「ブレナーの部屋で麻雀牌を見たことがアリバイ崩しのヒントになり、それを皮肉った」とか「mind-change と mah-jongg の シャレなのではないか」など、いろいろな説が披露されているが、実はこれ、この部分だけ切り取っちゃうからワケが解らなくなるんである。

 ブレナーは自分のアリバイ造りのために、朝方書いた原稿を、殺人のあった昨夜に書いたと主張した。ところが、昨日書いたはずの原稿に、今朝初めてニュースになったばかりの、「中国のオリンピック不参加」のことが書かれていたのである。
 つまり「ゲーム」というのは「オリンピック」のことを指しているのである。「中国人が気を変えた」というのは、「今日になってまた中国がオリンピックに参加する気になった」とコロンボは言ったのであるが、これは当然ウソ。ブレナーは、「君は『ゲーム』としか言わなかったが、それが『オリンピック』のことだと思わせたいのだろう。けれど、そのゲームってのは『麻雀』のことじゃないのかね?」と、コロンボの「引っ掛け」を見抜いて言ったのだ。
 ところが、見抜いたつもりのブレナーはハッと気付く。これはつまり「中国人は気を変えたりしない」という意味でもあるのだと。「二重スパイ」として、祖国を裏切り、共産圏に情報を売っていたブレナーに対して、これはキツーイ皮肉になる。会話の流れから考えれば、そういうことだとすぐに気付きそうなものだ。
 どうして「ポーカーとマージャンの賭け」なんてヘンな訳になっちゃったのか、理由は定かではないが、多分、“something funny”を「笑い話」と解釈しちゃったから、何かこれが粋なアメリカンジョークかなんかだと勘違いしたんじゃなかろうか。
 これを「ヘンなことがあったんですが、聞きたいですか?」と訳しときゃ、別に誰もまよいはしなかったと思うんだがねえ。額田さんの翻訳は名訳として知られているけれども、これは結構トンデモな訳だったと思う。

2001年10月27日(土) どこまで行くのかな、クラリス……天神まで行きました(-_-;)/DVD『STACY』ほか
2000年10月27日(金) 頼むから一日12時間も寝るのは止めて/映画『少年』ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)