琴 星 商 事 日 乗
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2004年10月31日(日)
  天皇賞・人妻

 タイトルは、短編集の文庫版タイトルみたいな感じで、全く無関係の2語としてお読み下さい。「羅生門・鼻」みたいな。

 さてさて、半徹夜の状態で天皇賞に行って参りました。結果は残念でしたが、まあ騎手が悪かった訳でも馬が悪かった訳でもなく、展開と馬場と距離の問題だと思うので、特に不満はないです。もう1頭のマイホース・ダンスインザムードは、ぶったまげる結果を残しましたし。ありがとうマイホースポイント。
 勿論パドックで写真を撮りまくったワケですが、全レース終了後に待ちかまえていたある種の本日メイン(笑)ジョッキートークイベントで、人混みの垣間から懸命にヘルメットのない、勝負服でもない勝浦クンを激写w 広報部長がラヴの石橋脩も一応抑え、今日の戦果はフィルム3本分。はてさて、写りは如何なものか。広報部長に「クリストフをお願い!」と懇願されたクリストフ・ルメール騎手も撮りましたともさ。
 今日のレープロが普段より豪華だったのにびっくりです。天皇皇后両陛下御来臨とあっては、JRAも気合が入るのでしょうか(こんなところに)。だとしたら、結局頓挫した御来臨、このレープロに余計に掛けた金は水の泡w 昨夜の雨に濡れ、乾ききっていない場内にくしゃくしゃの状態で落ちているレープロ達。製作に関わっている方々がちょっと不憫。

 夜、広報部長と今日の戦果についてなどお電話しました。何か、ルメールがダンスインザムードに騎乗してパドックを周回している画がテレビに映った時、パドック最前列に映ってたみたいです、私。いやん全国デヴューじゃない(笑)。小学生の時分にウィッキーさんのワンポイント英会話に出たことあるんだけどさ。TMのライブ映像(テレビでやったヤツ)にもエレと2人、ばっちり映ってたけどさ。広報部長よ、多分その時、私はアンタの為にルメールにレンズを向けていたよ。馬上の君はとてもにこやかに微笑んでいたよ。それと脩の恥ずかしげな笑みは本物だよ(謎)。

 それはともかく、最近、人妻になった所為か、若い娘が口にすべきでないような語句を臆面もなく吐いてしまいます。誰ですか若くなくなったからだとか言うのは。今日も脩に対する発言で広報部長を大層ドギマギさせてしまったようなのですが、それは貴方に後ろ暗いところがあるからよ、とだけ申し上げておきましょう。人妻は下ネタなんか恐くありません。つい最近も、未婚(でも彼女持ち)の男友達とメールで「妊娠中のセックス」について語り合いました。あくまでも話の流れですから、知性の欠片も感じられないような下品なものや、ウィットの欠片もないもの、何の脈絡もないものとかはお断りです。貴方の人間性を疑うだけです。だから「女性無料紹介」とかいかがわしいメール送ってこられても、鼻で笑っちゃう。最近は鼻で笑う間もなく、ゴミ箱直行だけど。どうせなら、女が読んでも面白いようなウィットを効かせてみせろ。


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・過去の「今日」。

2002年10月31日(木) バニラの誘惑
2001年10月31日(水) 生まれ変わるなら

2004年10月29日(金)
  明日帰京します

 今日帰るか明日帰るか迷ったんですが、明日になりました。
 送る荷物なんですが、トランクひとつじゃ入りきらず、ダウンとコートを紙袋に入れて、2個口で発送することになりました。しかもトランクが激重なので、家まで集荷に来てもらう始末。

 明後日、天気は微妙ですが、とにかく府中で天皇賞です。頑張れ勝浦。頑張れテレグノシス。でも個人的にはダンスインザムードでもアリ。<マイホース

 今回の帰京では、初めて「声明」を本格的に聴きに行きます。何かの折にちらりと耳にしたことはあったと思うんですが、お金を払って聴きに行くのは初めて。折角横浜まで行くので、伊勢山皇大神宮と鶴見の総持寺にも行ってこようと思います。

 ところで最近気が付いたのですが、うちの電話、プッシュ回線にも関わらずトーン信号が出ていないようです。IPだから? でもフリーダイヤルには一般回線からかかってるハズなんだけどな。

 次回の更新は東京からと思われます。珍姓奇姓大辞典は近日中に更新しますが(溜め込んでるので)、御朱印帳は約1ヶ月更新出来ません(実家にはスキャナないの)。帰京中にあちこち参拝してこようと思います。


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・過去の「今日」。

2003年10月29日(水) わんこ!?!
2002年10月29日(火) うちの父

2004年10月25日(月)
  recently

■先週末はどうやら風邪っぽく、首のリンパが痛くて3日程寝て過ごしました。痛みは取れたけど、まだ何となくだるいです。まだ風邪っぽいのか、それともただの怠け癖なのか、最早判りません。

■私の誕生日にglobeの10周年公演が広島で行われます。秋天の日の一般発売に先駆け、先行発売でチケット取れました。誕生日であることを理由に、ダンナと行ってきます。初広島厚生年金会館。こんな小規模の小屋って久しぶり〜。ライブハウスでなければ、府中の森芸術劇場どりーむホール(行ったのは多分1991年の秋)以来かもしれません。小規模とはいえ、広島ではかなり大規模なんでしょーが。でも広島厚生年金会館が総席数2,001席。府中の森芸術劇場どりーむホールが2,027席。ち、ちっさぁ〜・・・(^^;) 席は2階の前の方の真ん中ら辺です。先行発売だからこんなモンでしょう。ましてやこの規模なら、これでも良く見えるハズ。チケットもダンナに取ってもらうハズだったのに、結局自分で取っちゃったよ┐('〜`;)┌

■広報部長 in 北海道から手紙が届きました。眼前にシンボリクリスエス・クロフネ・トウカイテイオーを臨みながらしたためたそうです。お土産はバター飴でお願いします。馬でも可。

■正月はどちらの実家にも公平に帰らないことにしています(遠いから両方帰るのは無理)。なので年末は九州に旅行してきます♪ 別府に2泊、小倉に1泊。念願の宇佐神宮にも参拝出来そうです。他にも太宰府天満宮、香椎宮、筥崎宮、西寒多神社・・・行くところはいっぱいあります。出来れば高千穂(神社)行きたい(天岩戸神社もね)。阿蘇(神社)も行きたい。宗像大社も行きたい。鵜戸神宮も行きたい(遠)。九州、それは天孫降臨の地。嗚呼ー神社〜(悶絶)。

■秋天にテレグノシス&勝浦クンが出走しそうです。秋天の日は天皇皇后両陛下が東京競馬場までいらっしゃるそうです。「天覧GIジョッキー」という言葉が脳裏を過ぎり、鼻血吹きそうになったバカは私です。そんな称号、武豊なんかに渡してたまるか。頑張れ勝浦。頑張れテレグノシス。距離不安も府中ならば・・・!

■つーワケで今週末から帰京します(秋天観るために)。今回は法事とか色々あって1ヶ月の長丁場です。東京近郊の御朱印でも集めよう。でもだるくて荷造りとか全くしてません。秋から冬へと季節がうつろうこの時期、洋服だけでえらい量になりそうです。喪服は前回実家に置いてきたけど、靴は持っていかなきゃいけないし、帰る頃にはすごい寒かったりも有り得るので、ダウンとかも一緒に送るつもりでいます。てか前にも書いたな。
 取り敢えず、今回の帰京中の野望の第一は、広報部長に携帯を持たせることです。ふふ、覚悟をし広報部長。IT化の波には抗えないってこと、思い知らせてやるわ(誰)。


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・過去の「今日」。

2002年10月25日(金) 規模の違いです。

2004年10月20日(水)
  重たい一日

 特大台風がやってきた朝。強風域に入り強くなってきた風の音を聴きながら、6時頃、眠りに就いた。
 目が醒めると、寝室の窓は台風による風と雨で凄い音を立てていた。
「ピンポンパンポーン♪」
 いつものやたらと暗い防災無線の音がする。しかし、台風が近付いていることを告げているのは判るが、細かい内容は風の音にかき消されてしまって聞き取れない。
 ビュオーーーーーーーーガタガタガタッ。
「・・・」
 布団にくるまったまま、考える。頭の上の窓ガラスが割れたら、嫌だな。
「・・・」
 まだ4時間くらいしか寝ていないけれど、取り敢えず起き出した。

 テレビを付け、チャンネルをNHKの台風情報に合わせる。台風はまだ海の上で、こんなに風も雨も強いのに、未だ暴風域には入っていない。予報が直撃コースではなかったから「大したことないだろう」と高をくくっていたのに、何だこの風雨は。強風域だというのに、既に暴風・大雨洪水・波浪警報が発令されている。そして、台風が近付いているというのに、寒い。そして、まだ眠い。寝室から毛布を持ち出し、ソファの上でテレビを見ながらうとうとすることにした。

 11時の推定暴風域は、ちょうど我が家の辺りをかすめるかどうか、くらいの位置だった。いずれにせよ、1時間以内には確実に暴風域ってことだ。
 しかし、いくら寝ても眠い。目が醒めた時にメールのレスをしたりご飯を炊いたりし(おかずの方は、台風に備えておでんが昨夜からシャトルシェフの中にいる)、またソファに戻って毛布にくるまる。こんなに「重たい」のは特大の低気圧の所為だろうか。太平洋から取り込んだエネルギーが、低気圧から止めどなく降ってくる。重い。

 昼前のニュースを見た記憶はある。16時頃に目が醒めた時に、メールとご飯のセットをした。そして後は、夫が帰宅するまで飛び飛びでしか記憶がない。重い。何てことだろう。台風が来るとテレビにかじり付く私が、自分が暴風域にいた約7時間の殆どを、寝て過ごしてしまった(しかも昼間なのに)。

 行ってしまった台風は、進路上で様々な被害を引き起こし、多くの命を奪って、また太平洋上へ去っていった。そしてまた、南の方には次が来ている。
 週明け頃には、また重たいのだろうか。

 屋根の修理等は、貴方の命の為にもお早めに。


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・過去の「今日」。

2001年10月20日(土) ダメ人間万歳!

2004年10月18日(月)
  帰りすぎ

 元々、夫の東京出張と伯母の法事があって、少なくとも来月下旬には帰京する予定だったんですが、来週末から1ヶ月帰京することになりました。多分。
 来月早々に夫が京都に出張するんですが、それは色々あって私は同行しないので、その前に帰京しようとは思ってたんです。でもテレが本気で秋天に登録してきたので、一応その前に帰ることにしました(爆)。まあホントに出走するのかどうか知りませんが、出走したのに見に行けないのと、東京帰ったのに出走しなかったのでは、前者の方が心理的ダメージが大きいので。東京にいる分には、いくらでも一人遊び(?)出来ますからね。

 でもまだ実家に言ってません(笑)。怒られるかな? 怒られるのかな? やっぱ(笑)。別に夫婦仲が悪い訳では決してないのよ。広島戻る時は一緒に戻るハズだし。

 そして新幹線なので、荷物が大変です。長丁場だから服装も困るし(この時期1ヶ月後の気候ってどーよ?)、服とかコートとか靴とかまとめて送ろうと思ってます。でもどーしょもないのが一眼レフとノートPC_| ̄|○ こっちで一眼なんて使う機会なかったから(普段はデジカメのみ)、こないだ置いてくれば良かった(−−


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・過去の「今日」。

2002年10月18日(金) 思いを馳せる。

2004年10月17日(日)
  世間知らず

 何処ぞの掲示板で、「就職せずに結婚する女は仕事と私どっちを選ぶの?なんて質問をする馬鹿女」みたいな書き込みがあったそうです。要するに「世間知らずだ」ということを言いたかったらしいんですが、私はそれを別の掲示板で見ただけなので、どういう流れでそうなったのかとかは全く知りません。

 私も一度も就職せずに結婚した馬鹿女です。バイトは学生時代から色んな所でずっとしてましたが、正社員とか準社員とか派遣社員とか、そういうのは一切ないです。
 学生時代に約6年バイトしていたスーパーでは、レジのチーフ(後に女性ながら店長にまでなった方です)に「レジ係はお店の顔」と教育されました。お店の顔ってことは、その企業の顔です。お店の顔としてお客様に接し、お金を頂く。身分はバイトであっても、プロであることに変わりはないと思ってます。
 事務のバイトもしました。事務と言ってもたった一人の「研究室秘書」だったので、研究室の「総務」も「経理」も「HP作成」もしたし、資料のコピーや書類の作成や論文の校正や電話取りや掃除も私の仕事でした。原稿料を頂くバイトもしたし、チラシ配りのバイトだってあります。図書館のカウンターに立ったり、「先生」と呼ばれるようなバイトもしました(教職ではなく、研究者として)。全部バイトだけど、お金を頂いた以上、全部「プロ」です。
 人生で最初と最後のバイトが「スーパーのレジ係」だった私ですが、最初の店でも最後の店でも、「社員教育」という普通はバイトはやらない仕事までしました(最初の店と最後の店は違う企業です)。世間知らずなバイトの私に教育された正社員は、きっと世間知らずな正社員になるんでしょうね。店長の会議用の資料だって作りましたよ。世間知らずな私が書いた文章が、社長も出席する取締役会(店長は取締役部長兼務でした)の資料になってたんです。

 就職しなくたって就労経験は積めます。正社員じゃなくたって、仕事に対しての責任感は生ずるし、プロ意識だって持ちます。特にレジ係なんて、現金を扱う以上、1円の誤差だって許されず、お客様から見れば、バイトも社員も同じ店員です。レジに立っている以上、常に防犯カメラ(モニタは事務所)とお客様の視線に晒されている訳で、仕事中はお茶も飲めないし、トイレに行くタイミングだって物凄い気を遣います。会社で自分のデスクに座って、私用メールやネットやり放題の正社員さんより、よっぽど気ィ張って仕事してたと思いますけどね。勿論、私より大変な仕事をなさっている正社員さんが大半だと思いますが、少なくとも私が一緒に仕事をした公務員さんの多くは、とってもお気楽でした。世間知らずの私が「こんな世間知らずな人たちと仕事するのは嫌だから、公務員にはなるまい」と思うくらい(複数の公的機関でバイト経験あります)。

 バイトだってね、雇用形態が違うだけでちゃんと仕事してんだよ。それを判らない人間の方が、よっぽど世間知らずです。

 違いますか?

 確かに私は世間知らずですが、就職していないというだけで世間知らず呼ばわりされると、非常に腹が立ちます。多くの人は経験することもないだろう修羅場もくぐり抜けて来てますから、多分、そういう貴方の知らない「世間」も知ってると思いますがね。

 ついでにフルタイムで働く正社員にはなれない事情がある者もいるということも知っておけ。

 世間知らずかどうかなんて、その人の身分や経験なんかではなく、如何にアンテナを張り巡らし、それをきちんと判断し、利用するかだと思います。どんな人も、「学生だから」とか「バイトだから」とかで世間知らずであることが免罪符になることはないし、逆に「正社員だから」「一般企業に勤めてたから」って世間知らずじゃないなんて言えません。世間は常に変化するもの。身分や経験だけでそれを判断するような人は、今は世間知らずじゃなくてもすぐに世間知らずになりますよ。

 「就職せずに結婚する女は仕事と私どっちを選ぶの?なんて質問をする馬鹿女」なんて言うような馬鹿女にはなりたくないです。


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・過去の「今日」。


2004年10月15日(金)
  204分15秒 <画像あり>

The telephone is ringing at midnight.


 東京では寒い日が続いていたようだけど、広島も昨日今日で急激に冷え込んできた。秋。そして冬。人恋しくなる季節。

 昨日の昼間、友人から恋の悩みを打ち明けるメールが届いた。何となく尻切れトンボだったそのメールにひとまずレスをすると、「近々相談したい」と。そして深夜、我が家のIP電話が鳴った。

 誰かの悩み相談に応じることは、比較的多いかもしれない。相談まで行かなくても、打ち明け話に「バカだなぁ」とか「気にしすぎだよ」とか相槌程度の感想を述べることまで入れたら、結構多いんじゃないだろうか。それ自体、迷惑だなんて思うことは全くない。相談とか打ち明け話って誰にでも出来る話ではないだろうし、それが出来る付き合いの相手と本音で話をするというのは、(悩み相談に対しては語弊もあるけれど)とても楽しい。あんまりにも堂々巡りだと、「いい加減にしろー!」と思うこともあるけど、それも含めて、普段夫以外の人間と会話することがない私には、とても有り難い時間だったりする。

 誰かの悩みに対してアドバイスをする、という行為は、自分を振り返る行為でもある。相手の発する言葉に対し、アタマをフル回転させて一言一句の意味を判断し、自分の経験や人に聞いた話、テレビや映画や漫画や小説、その他私が過去に得た全ての情報+常識と照らし合わして、発語する。と云っても、これは「直感」に近いもので、この「直感」で得た結論を発語した後で、喋りながら「どうしてそう思うのか」を肉付けしていくのが、私の話し方であり、考え方でもあると思う。

 こうやって人にアドバイスをしたり意見したり、時には叱ったりもする私だけれど、私自身、自分の中から発せられたそれらの言葉通りに生きてきた訳でも生きている訳でもない。「誰か」に向けて発したその言葉。それらは全て自分にも向かう言葉でもある。だから、どれだけ私がアドバイスをして、相手がそれを頭で理解しようとも、必ずしもその通りになんて行動出来ないなんてことは、痛いくらいよく判る。私の発した言葉が相手の痛いところを突くこともあるだろう。でも、私の心も痛い筈なのだ。人と話している時には、その痛覚は全くと云っていい程に働かないのだけれど。

 そんな訳で、恋の悩みから物事の考え方に至るまで、自分の痛みは完全無視でたくさんたくさん言葉を述べた。たくさんたくさん話を聞いた。
「じゃね、おやすみ」
 そう云って左手の中の子機の「切」ボタンを押した時に表示された通話時間は、「204分15秒」。それだけの長時間、自分のことは棚に上げて話が出来る自分に呆れてみたり。まあ人間なんてそんなものだよね、きっと(私だけ?)。

 外はまだ闇い。今年も、秋の夜は長く、そして、人恋しい。


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・過去の「今日」。


2004年10月12日(火)
  ものかきの血。

 秋です(言ってみただけ。ある種書き逃げ)。

 嗚呼。なんていきなり感嘆詞で書き始めちゃいますが、嗚呼、何だか創作意欲をかき立てられる今日この頃です。書きたい。何か書きたい。「何か」書きたいだけで、「何」を書くのかさっぱりなんですが(さっぱりなのかよ)、何か書きたい。

 私の中に「ものかきの血」が流れているのなら、それが騒ぎ出したというか。

 でも、創作活動(というほどの活動もしてなかったけど)を離れてから数年が経っており、しかも「論文書き」を激しく経験してしまうと、創作向けの文章って書けなくなっちゃってるものなんですよね。最近はこんな文章しか書いていないし。

 何処かに隠しページでも作って、密かに吐き出そうかしら。否でもやっぱりオフラインでこっそりと。てゆーか昼間に起きて夜中にこっそり詩作に耽る人妻ってどう?<ダメ しかもアダルトな感じだったりとかしたらやだな(笑)。でも人妻が書いたポルノ小説って売れるかも?<売るのかよ

 ・・・否否否。私が書きたいのはポルノ小説じゃないぞ。でも書きたい。何か。だから何なんだよ自分。

 というわけで、取り敢えず滾る血の叫びだけ(笑)。ひょっとしたら、近いうちに何か書き出すかもしれません。でもこのままフェードアウトするかもしれません(爆)。期待禁物。つか厳禁。


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・過去の「今日」。

2003年10月12日(日) 府中出陣!
2001年10月12日(金) 1年前

2004年10月11日(月)
  吉備路紀行 <画像あり>

 吉備路へ日帰りで行ってきました。高速・新幹線以外で岡山初上陸です。今回の目的は、御朱印と温羅(ウラ)伝説。家を出た時はとても良い天気。でも高速走行中に通り雨に出会し、でも目的地に着く頃にはまた晴れました。

 最初の目的地は、岡山市の吉備津彦神社。大安の今日、社殿では結婚式の真っ最中。大きな音を立てて参拝するのも気が引けるので、お賽銭も静かに投入、柏手も控え目に。神様も結婚式に夢中で、こっちの願い事なんて聞いてなかったかもな。ここの狛犬は備前焼。普通は石製だから、焼き物の産地ならでは。よっ備前一宮!
 続いては神体山(吉備中山)をぐるりと4分の1ほど回った所にある吉備津神社へ。神社としての歴史は、吉備津彦神社よりもこちらの方が古く、吉備国が備前・備中・備後に分割された際、この吉備津神社より、備前に吉備津彦神社、備後に吉備津神社(広島・新市町にあります)が分祀されて一宮になったそう。つまり、ここは「三備一宮」。
 これらの祭神・吉備津彦は、桃太郎のモデルとされる神様です。鬼退治の桃太郎。その「鬼」のモデルが「温羅」。百済の王子だったというその人と吉備津彦が、鬼と桃太郎。吉備路を舞台に繰り広げられた、吉備津彦と温羅の争いが、桃太郎伝説のもとです。
 有名な釜殿も、たまたま誰もおらず、一人でゆっくり見れました(殿内撮影不可)。後ろに大きなしゃもじが3つほどかかっていて、その前で煮えたぎった釜がグラグラグツグツ言ってました。


左が吉備津彦神社、右が吉備津神社。

 吉備津神社前の土産物屋でお昼(暑いからざるの茶そば)を食し、続いて、日本三大稲荷のひとつに含まれることもある最上稲荷へ(日本三大稲荷は、伏見以外は諸説紛々。個人的には「伏見・豊川・笠間」だろうと思ってるんですが、最上稲荷や佐賀の祐徳稲荷など、かなり揺れがあります)。伏見は神社、豊川は寺院、と、一口に「稲荷」と言ってもなかなかフクザツですが、ここは神社でもありお寺でもあるところ。最寄り駅である備中高松駅付近に大鳥居を構える最上稲荷ですが、正式名称は「最上稲荷教総本山妙教寺」。一応、お寺なんですね。但し、「最上稲荷教」という独自の宗派だから、神仏習合の状態でオッケーなワケです。でも、何つーか、まぁ、私の趣味には合いませんでした(笑)。神仏習合は大好きだけどね、何つーかね、色々あるんですよ。

 車中から造山古墳(国内第4位の大きさを誇る前方後円墳)を眺めつつ、備中国分寺へ。岡山県内唯一という五重塔が目印です。御守なんかは本堂(本尊薬師如来)に並べられて、セルフサービス状態での頒布だったので、江戸時代の建物(拝観お断り)という庫裡に押し掛け、御朱印頂きました。ガイドブックや地図なんかには「国分寺」などと書かれていたりしますが、古い建物も残りつつ、こうしてきちんと寺の機能を残している「国分寺」って少ないんじゃないですかね。備中国分寺は「跡」なんかじゃないですよ。ちゃんと現役(?)のお寺です。まあ、創建時の建物ではないってあたり、「跡」と言えば跡ですが(現在の建物は江戸中期以降の再建だって)。
 それから備中国總社へ。総社は、その国(日本じゃなくて、備中とか武蔵とかの旧国ね)中の神様をまとめてお祀りして、国司が国内各所へ出向いて参拝しなくても、国府の近くに総社を置いて一気に済ませようという、良く言えば合理的、悪く言えば怠け心による産物です。昭和52年に火災で焼失したそうで、建物自体は新しいのですが創建は平安末期。総社も判らなくなっている国が結構多いので、国分寺も総社もきちんと残っている備中は、歴史を重んじる大国だったんだろうなぁ、と思う訳です。

 続いて井山寳福寺へ。元は天台宗の寺院として創建され、七道伽藍を備える地方には稀に見る巨刹。現在は禅寺で、僅かに色づいた紅葉や手入れの行き届いた境内が、禅宗らしい趣を感じさせてくれます。国分寺同様、拝観不可の寺務所(食堂:じきどう)へ行って御朱印頂きました。最後、私が扉を閉めるまで見送って下さった若いお坊さん、その精神に禅宗の修行僧を見た感じ(笑)。


備中国分寺と井山寳福寺。寳福寺、紅葉の盛りは綺麗だろうなぁ。

 ここで寺社巡りはひとまず打ち止め。日が暮れないうちに、温羅伝説を辿って「鬼ノ城(きのじょう)」を目指します。
 鬼ノ城。約1,300年前に温羅が築いたという伝説もある山城。今は大和政権が国土防衛の為に築いた朝鮮式山城という説が有力視されているのだそうだけど、いずれにせよ古い遺跡であることには違いないワケで。
 総社市教育委員会が3年程前から史跡整備に着手したそうで、辺り一面工事中。色んな建造物が復元されるそうで、ちょっと興醒めの感もあるんですが、展望台からの景色は素晴らしいです。今廻ってきた吉備路が一望! この平野で、大和と並ぶ勢力を誇った大国「吉備」が栄え、吉備真備や桃太郎伝説が生まれたんですよ。うわーすげー!(そしてマニアック!)


鬼ノ城・第一展望台より。吉備の平野を一望。中央辺りに楯築遺跡や造山古墳が見えます。

 その後、倉敷の中心にある阿智神社にも行きましたが、タイムアウトで御朱印は頂けませんでした。倉敷の美観地区には、ダンナの母方の曾祖父の家が、重要文化財として残っています。何でも、ひいじいさん(故人)が財を食い潰して手放したんだってさ。どっかで聞いたような話ですね。何? 似た者母系夫婦? 日曜しか中には入れないし、時間も時間だし、前を車で通っただけですが。そのうち見ることもあるでしょう。そして自分の曾祖父の愚行を悔いるんだ夫よ!(爆)

 帰り、イオン倉敷ショッピングセンターのジャスコで買い物して帰りました。たまげたのは豆腐の値段。呉のジャスコも豆腐安いんですよ。木綿だけだけど、38円。でも、倉敷では全く同じトップバリュの豆腐が、絹も木綿も24円!!!!! 何なのその値段!? 東京から比べたら半額よ!? でも最近、この激安豆腐が40gサイズダウンしたのが非常に気になるところではありますが。野菜とかは相変わらず激高なので、豆腐3丁と秋刀魚と肉と牛乳やペットボトルを買って帰りました。



吉備津神社の鳥居の前、手水舎の横の岩の上に何故かいた鶏。
鶏・・・よね? 雉じゃないのよね?
参拝を終えて帰る時にはいなくなってました。

・・・来年の年賀状素材?w<酉年



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・過去の「今日」。


2004年10月09日(土)
  不良(馬場&体調)

 本日の競馬、東京開催は開幕日だというのに中止になりました。馬場状態は不良だそうです。そりゃーそうでしょうね。台風ですから。嗚呼、明日のテレ&勝浦クンの運命や如何に・・・!?

 午後2時過ぎ、やっと起き出した私ですが、起きてメールチェックしたりしていると、くしゃみが出たり鼻が出たり寒気がしたり・・・・・・・・・・風邪か? いやーん、月曜は岡山で吉備路御朱印&温羅伝説ツアー繰り広げる予定なのにィ(温羅マニアックすぎ)。

 今回の台風、私と関わりの深い辺りを直撃しまくるようです。母の故郷(伊豆下田)ら辺は、台風伊豆上陸に伴い停電、父の故郷(神奈川西部の山の中)ら辺は小田原辺りは近年で最も土砂災害の恐れが高まっていて、そして我が故郷・東京。まあ我が家は高台なので、窓めがけて何か飛んできたり、停電したりしなければ、水害は有り得ないので大丈夫だと思うけど。

 座間で一人暮らししてる従妹から、電車乗ったとたん止まって帰れなくなったとメールがありました。雷まで鳴って有り得ないことになってるらしい(笑)。いや、笑い事じゃないけどw 曰く「一歩外に出れば、一瞬で軽く風呂上がり気分に・・・」(爆笑)←いやだから笑い事じゃ(ry
 17時半。NHKじゃ横浜や渋谷が真っ暗です。また御茶ノ水駅構内とか渋谷駅付近とか水没するのかしら・・・。


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・過去の「今日」。

2002年10月09日(水) 意外に若いかも?

2004年10月06日(水)
  Sunset <画像あり>

 10月に入り、最低気温はぐっと下がった。何よりも夏が終わったことを実感させるのは、日の短さだろう。短いと云っても冬至まではまだ随分あるが、日が暮れるのは格段に早くなった。
 18時前。カーテンを閉めようと窓際に立った。
 目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤と青。空が、雲が、燃えている。
 カーテンをそのままに室内へと踵を返し、ケータイとデジカメを持って窓際へ戻る。窓を開けてベランダへ身を乗り出すと、西の空には見事に赤く輝く雲が広がっている。
 きっと空は頻繁に赤く染まっているんだろうけど、その時間はとても短くて、刻一刻と表情を変え、やがて闇に変わる。だから頻繁に染まろうともそれを目撃する頻度はそう高くなくて、カーテンを閉めようと思ったタイミングにただただ感謝。

 3時間しか眠れなかった眼に燃える空は眩しすぎます(ぁぅ-)。

 今日の夕餉は秋刀魚再び(すだちすだち♪)と昨日の残りの肉じゃがです。美味いよ♪ 秋刀魚は、今、焼いてます。


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・過去の「今日」。

2002年10月06日(日) 記録し、記憶する為の道具。 <琴星商事資財帳4>
2001年10月06日(土) 競馬場帰り、そして・・・。

2004年10月02日(土)
  しまなみ海道と秋の味覚 <画像あり>

 (飽く迄も自分的に)早起きして、愛媛・大三島の大山祇神社へ出掛けた。目的は勿論、参拝と御朱印。10時頃に家を出たのに途中道に迷ってとんでもない山道に入り、目的地である大山祇神社に着いたのは、12時を回っていた。
 大山祇神社。延喜式内社(延喜式の神名帳に出て来る神社)で伊豫国一宮、そして日本総鎮守。祭神・大山積神は三島大明神ともいい、静岡・三嶋大社の祭神と同じとされる。天照大神の兄神で、富士山の木花咲耶比売の父神。瀬戸内・三島水軍の守護神でもある。山の神でもあり、海の神でもある。
 大山祇神社の祭礼が近いのか、近くの別の神社の宵宮の日だったのか、大山祇神社正面の道を浴衣や祭りの装束に身を包んだ人たちが踊り、その後ろを山車が行く。
 近くの「せとうち茶屋」で私は「いわしうどん」(鰯をすりつぶしたものを練り込んだうどんだって)を、夫は「鯛飯御膳」をお昼に食べ、ゆずジュースを飲み、大三島のインター近くにある道の駅に寄って「どこでもドラえもん」の愛媛限定バージョンをゲット。そして「すだち」が10個で100円という激安価格で売ってたので、これもゲット。よし、今夜は秋刀魚で決まり♪


宝篋印塔(写真右)は、時宗の開祖・一遍上人の奉納による物で、重文。

 しまなみ海道でひとつ手前の島・生口島へ戻り(この島だけしまなみ海道が建設途中で、強制的に島内に下ろされます)、行きに見かけたお寺ふたつを目指す。
 まず最初に光明坊。行基が開基したという真言宗の古刹。こんな辺鄙な所(何せ島)だけど、古刹と言うだけあって趣があるお寺。黒くてふくよかな猫(首輪付き)が、本堂の前を横切っていったので追いかけるが、みゃーみゃー鳴くクセに相手はしてくれない(涙)。本堂は拝観自由だったけれど人はいなかったので、庫裏へ直接伺った。とても感じの良い奥様が応対して下さり、(多分)ご住職が御朱印をしたため(と言うのかな)て下さった。玄関で待つ間、出て来て相手をしてくれたのが、黒くてふさふさした毛の猫ちゃん。いやん2匹もいるのね。この子は特に甘える訳でもないけど、手を出しても特に嫌がることもなく、玄関の外で私と遊んでくれた。
 人が戻ってくる気配がしたので玄関内へ戻ると、奥様が御朱印を手に、そしてご住職が奥に。
「あら、猫? どっちかしら?」
 黒い、ふさふさの子で、毛の短い子はさっき向こうで見ました。
「両方男の子なの。その子はベッカムくん」
 何と。ベッカムくんでしたか。
 御朱印を受け取り、300円を奉納して、ベッカムくんと少々戯れ、光明坊を後に。

 続いて向かうは、札所の看板が出ていた薬師寺。札所というと、四国とか坂東とか秩父とか有名だけど、結構全国色んな所にある。ここは中国四十九薬師霊場の第十九番札所(で会長らしい)。法事が入ってお忙しいところ、ご住職手ずから目の前で印を押して下さった(書いたのは奥)。
 その最中、何処から来たとか気を付けて帰り、とか多少無駄話をし、御朱印帳を受け取って
「300円でいいですか?」
 と伺ったところ、ご住職は私の手から小銭を受け取り、
「ちょっと待って」
 と言うと、何やら後ろの棚の上から取り出した。
「お裾分け」
 私の手に渡されたのは、大きなマッチ箱(もちお寺の)と瓦煎餅2枚入りの小袋(これもお寺の)。
「お忙しいところありがとうございました」
 御礼を言ってお寺を後にした。少し高台にあるこのお寺の駐車場からは、蜜柑畑越しに瀬戸内海がよく見える。すぐ下が蜜柑畑だから、柑橘類のいい匂い。


左から光明坊、ベッカムくん、薬師寺境内に(何故か)あったウルトラマン石像(アンパンマンもあった)。

 途中、スーパーに寄って秋刀魚やその他食材(安かった物ばっか)を買い込み、今日の夕飯は秋刀魚に舞茸と椎茸の炊き込みご飯に、長葱と油揚げのお味噌汁♪ 秋味を堪能です。
 日本人で良かった。

 さーて、すだちがまだ9個もあるから、まだまだ秋刀魚食えるな・・・<違


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・過去の「今日」。

2002年10月02日(水) 人生初

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