無責任賛歌
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2005年08月05日(金) |
ああ、勘違い/『海野十三敗戦日記』(海野十三著・橋本哲男編) |
夜7時から、天神岩田屋本店(元の「Zサイド」)NTT夢天神ホールで、『Musical Mates Planning vol.3 ミュージカル コズミック・ダンス』を見る。 原作・脚本が堤亮二、原案・演出が井上ひさお、作曲は山口紗希栄・佐藤金之助・井上寿夫。詳しくは知らないのだが、みなさん地元の方だろうか。 この劇団の芝居を見に来るのは初めてだけれど、劇団名からも分かる通り、毎回オリジナルのミュージカルを上演しているらしい。出演者は総勢34名、うらやましいくらいの大所帯である。 物語はこんな感じ。 大洪水から数百年を経た世界。残された陸地をめぐって、人々は果てることのない争いを続けている。戦火から取り残された東の珊瑚礁の島に、郵便飛行機が誤射で打ち落とされ不時着する。その島は精霊たちの住む島であった。そこでパイロットは、妹に似た女性に出会う。懸命に修理を続けるパイロット。現実と架空が交錯する中、彼は自らの生き方を自問自答し始める……。 地方のオリジナル芝居が面白いということは滅多にないが(失礼)、これは設定と出だしにはなかなか見せるものがあった。しかし、いかんせん、登場人物が多すぎる。メインになるのはパイロットと妹、そしてその子供時代の幻想である二人の四人だが、そのドラマを縦糸に、島の住人たちや精霊たちのそれぞれのドラマが横糸のように描かれていくのであるが、残念ながらそれぞれのドラマが有機的に絡んでこない。ただひたすら大筋とは無関係なドラマが挿入されるばかりで、これが物語の幹を壊し、全体として散漫な印象に終始させてしまっている。 キャラクターを減らして、もっと主人公たちの心をかき乱すような存在として精霊たちを設定し、また洪水後の世界との関わりをもっと目に見える形で描いていれば、舞台にもっと緊迫感や詩情も生まれたはずである。どうしてこんな話があっちこっちにふらつく本を書いたのかなあと疑問に思ったが、つまりこれ、この劇団が役者をたくさん抱えてるせいなんだね。できるだけみんなにいい役を振ろうと思ったら、どうしても「そういう脚本」にするしかないのだ。けれど、脈絡のない話をブツ切りで見せられるほうはたまったものではないのである。 オリジナルの音楽でミュージカルを、という姿勢は高く評価したい。ただ、印象に残るほどの曲が少ないのと、やはり役者の力量にばらつきがあって、「聞ける」人と「聞けない」人の差が激しい。「使う」立場から行くと役者は簡単に切ることができないのだろうが、「見る」立場からだと「あいつとこいつは要らないなあ」とどうしても感じてしまう。人が少ないと、今度は「使えないやつも使わないといけない」事態になるので、それもまた悩ましいことではあるのだが。 それからこれは芝居の本筋とは関係ないのだが、気になって仕方がなかったことが一つある。舞台になっているのがどうやら未来の沖縄らしく、セリフに「ニライカナイ」とか「マナ」とか琉球語がしょっちゅう出てくるのだが、その中に「キムジン」あるいは「キムジナー」という単語があったのである。パンフを見ると精霊のことで、「樹夢人(キムジン)」という字を当てるとある。 これでズッコケてしまったのだが、沖縄の伝承にある精霊の名は、「キジムン」ないしは「キジムナー」である。樹の上の精という意味で、「キ」は「樹」、「ジ」は助詞で、「ムン」は「モノ」である。「ムナー」となるのは複数なので、すなわち「樹の者たち」である。 昔、水木しげるがこの妖怪を『日本妖怪図鑑』か何かの自著で紹介するときに、うっかり誤植して「キムジナー」にしてしまっていた。おかげで私もかなり長い間、「キムジナー」が正しいと思い込んでしまっていたのだが、後に発行された本ではちゃんと「キジムナー」に訂正されている。 ところが、もう30年も前の記述を鵜呑みにしたまま、未だに「キムジナー」が正しいと信じ込んでいる人が結構いるようなのである。恐らく、この芝居の作者も、昔、水木さんの本を読んで、勘違いしてしまっているのではなかろうか。わざと言葉を変えなきゃならない必然性がないからである。 しかしこの劇団の人たち、結構人数いるのに、一人も「キジムナー」のこと知らなかったのかなあ。映画『ホテル・ハイビスカス』でも名前が出てきてたし、ちょっとでも沖縄のことをかじってたら聞いたことくらいはあるだろうし、結構有名だと思ってたんだけど、沖縄はまだまだ遠いのかね。九州からでも。 今度の芝居に客演していただく予定の草生四葉さんが出演されているので、見に行ったのだが、正直な話、少しばかり期待外れであった。四葉さんご本人は可愛らしかったのだけれど。
芝居の帰り、駐車場から車を出すときに、手を繋いだカップルとすれ違った。 狭い路地なので、しげのヘタな運転ではちょっと引っ掛けてしまいそうな気配だったが、何とかすり抜けて表通りに出ることができた。 「人、撥ねるなよ。ここ狭いんだから」 「そうなんよ。いっつも撥ねそうになるっちゃ」 威張って言うこっちゃない。ふと「カップル」を見ていて、先週の『仮面ライダー響鬼』を思いだした。明日夢の母さん(水木薫)が「アベック」という言葉を使った途端、日菜佳(神戸みゆき)が「あ、アベック?」とむせるシーンである。 で、しげに振ってみた。 「知ってるか? 今はもう『アベック』って言葉は死語らしいぞ」 「え? そうなん?」 「もう『カップル』としか言わないんだろうな。外来語もどんどん英語化されてくよな」 「でも、『アベック』って言ったら、なんか『濃厚な男女関係』って感じがするやん」 「フランス語じゃ“avec”って英語の“with”なんだけどな。『一緒に』って意味しかないよ。“couple”だって、もともと恋人同士を表す言葉じゃないのに。どうして素直に“lovers”って言わないのかな」 「『ラバーズ』は言わんやろ」 「昔は言ってたよ。歌にもあるじゃん。『私〜の〜、ラバさ〜ん〜、酋長の〜、ムスメ〜♪』って」 ここで、しげがしばらく沈黙した。そして急に「ああ!」と叫んだ。 「どしたん?」 「『ラバさん』の『ラバ』って、“lover”の『ラバ』かあ!」 「……そうだけど……。お前、今までどういう意味だと思ってたんだよ」 「馬の『ラバ』」 「……確かに、子供のころならそう勘違いしてたってのも理解できるよ。でも、今の今まで、生まれてこの方30年以上、気が付かなかったってのはどういうこと?」 「意味通じるから」 「通じねーよ! 『私のラバさん』って、なんでラバに『さん』付けするんだよ。それにラバが『酋長の娘』って、ラバがどうして人間の娘になるんだよ!」 「いや、ラバはラバで、別に酋長の娘はいるんだよ」 「意味わかんねーよ!」
※ちなみに『酋長の娘』というのは、1920〜30年代にはやった流行歌である。 「私のラバさん 酋長の娘 色は黒いが 南洋じゃ美人 赤道直下 マーシャル群島 椰子の木陰で テクテク踊る 踊れ踊れ どぶろく飲んで 明日はうれしい 首の祭り きのう浜で見た 酋長の娘 今日はバナナの 木陰で眠る 踊れ踊れ 踊らぬものに 誰がお嫁に ゆくものか」
日本が南進政策を取っていた時代だから、当時この歌もさぞや大衆の南への夢をかきたてたことだろうが、現代ではとても暢気に歌える歌ではなくなっている。歌そのものは暢気なんだがね。 そんな古い歌をどうして私が知っていたかというと、当然、母が歌っていて覚えたのである。けれど私より十以上若い(はずの)しげがどうして知っていたかはよく分からない。見かけは若いが、あれで戦前から生きてる可能性も捨てきれないのである。
それからしばらく、「意味を勘違いして覚えている歌はないか」という話でひとしきり。マンガ家の中田雅喜さんの娘さんが『花』の「げにいっこくもせんきんの」を「げに一刻堂千金」と勘違いした話とか。 恐らく、若い人の殆どは『仰げば尊し』とか意味も知らずに歌ってるだろうとか、『巨人の星』の「思い込んだら」を「重いコンダラ」だと勘違いしてたってのはヤラセっぽいとか(誰が最初に言い出したのだろう)。 でも私の場合、記憶を辿ってみても、そんなに面白い思い間違いをしていたという経験がないのである(聞き違えてもすぐに自分の間違いに気付くか、単に意味が分からないままでいるかのどちらかだ)。多分、分からないコトバがあったら、すぐに親とかに聞いていたからだろう。
マンガ、天樹征丸原作・さとうふみや漫画『探偵学園Q』21巻(講談社)。 ついにあと一巻で完結。最終エピソードとなる『棲龍館殺人事件』(「館モノ」だよ!)は今巻では終わらずに、次巻まで持ち越しである。作者としては質・量ともに力を込めて、華麗なるフィナーレを、という趣向なのであろう。 けれども作者の意図に反して、本作に対して世のミステリファンの大多数が「ふざけんな早く終われ」と目ん玉ひん剥いて怒り狂っていたであろうことは想像に難くない。ともかくパクリや稚拙なエピソードが多すぎたからね(あまりにツマラン話はアニメ化の際、修正されまでしてたものなあ)。 けれども私は、前作『金田一』ほどには嫌いではなかったのである。これは最初からあまりキッチリした本格ミステリは目指してなかったからね。 だから、わざとらしいくらいにリュウが犯人に仕立てられようとしていても、「密室」と並んで必然性を持たせることにかなり苦労する「見立て殺人」を持ち出してきても、あまりメクジラ立てずにすんなり読んでいるのである。 しかしまあ、面倒くさい見立て殺人を考えたもんだ。「龍生九子」? 「饕餮(とうてつ)」くらいは諸星大二郎の『孔子暗黒伝』で知ってたが、ほかのは全然知らなかった。「贔屓(ひいき)」って龍の名前だったのかよ。だったらこれが龍の名前からどうして「目をかけてやること」って意味になったのか、そこまで説明してくれたらよかったのに。まあ本筋とは関係ないんだろうけれど、ミステリに無意味なペダントリーは憑き物、ああいや、付き物だから。
海野十三著・橋本哲男編『海野十三敗戦日記』(中公文庫)。 まさかこれが文庫化されようとは思いもよらなかった。本屋で見つけたときには、本気で目を疑った。おかげで、購入したものかどうか、一瞬、迷ってしまったほどである。 それだけ興奮してしまったのは、海野十三(うんの・じゅうざ)という名前に対する思い入れがかなり強いからである。どういうことかと説明し始めたら、もうこれは今日の日記が書ききれないので、もう無理に無理をして、箇条書きでまとめてしまおう。
・海野十三は、戦前・戦後にかけて活躍した探偵小説家、空想科学小説家である。「日本SF小説の父」と呼ばれる。星新一、小松左京、筒井康隆、手塚治虫、藤子・F・不二雄ほか、影響を受けた作家、マンガ家は数知れず。 ・数多くの少年小説、科学読物を著し、当時の少年少女たちに雄大な夢と科学的合理主義を啓蒙した。しかし同時に積極的に戦争協力し、戦意高揚小説も多数著していた。 ・敗戦後、自らの責任を感じ、自殺まで決意する。しかし「生命ある限り科学技術の普及と科学小説の振興に最後の努力を払う」ことを決意し、なお四年を生きた(病没)。それほどに清廉な人であった。 ・代表作に、『深夜の市長』『地球盗難』『火星兵団』『浮かぶ飛行島』『名探偵帆村荘六シリーズ』など。
本書はその海野十三の昭和19年『空襲都日記』と同20年『降伏日記』を併せ収録したものである。敗戦のナマの記録としての価値があるだけではない。海野十三が「清廉の人」であることも忘れてはならない。 日本が未曾有の危機に晒されているときに、国を愛する心があれば積極的に戦争協力することも当然ありうる。平和ボケした現代の視点でただやみくもに当時の日本人を十把一絡げに愚かであったと断定するのは決して正しい判断だとは言えない。海野十三は日本の戦略の杜撰さ、防衛力の貧弱さ、軍部の非合理な精神主義、そして敵国の科学技術の進歩も原子爆弾の存在も正確に理解していた。そんな状況を作家として少しでも打開しようとして、科学小説の執筆に打ち込んだ。 空襲の危険を警告した小説を書いたこともある。まさにそれは国民への衷心、愛国心ゆえであった。しかし精魂込めて書き上げた憂国の小説は、軍部の検閲で発行が停止されることになる。軍部の返事はこうであった。 「帝都上空に敵機が来ることなどありえない」。 これがただの精神主義=妄想であったことは歴史が証明している。あの時代、誰もが妄想に取りつかれていた。戦局が悲惨の一途を辿ろうとも、東京が大空襲を受けようとも、イタリアとドイツが降伏しようとも、日本人は根拠もなく自らの勝利を疑わなかった。 そんな能天気な人々を見ながらも、海野十三は絶望しなかったのだ。現実から目を背けず「世界の移り変わりを見る」ことを決意した。しかしその決意も「折れた」。 広島と、長崎の原爆で。 昭和20年の時点で、既に海野十三は、これが戦闘の名に値しない暴挙であることを激烈に非難している。この敗北が日本単独の敗北でなく、「世界の敗北」であり「科学の敗北」であることを喝破している。それでなお自らの責任を感じ、自決しようとまで考えたのだ。 あの戦争を無条件に信仰し美化する者も、また左翼イデオロギーに取り憑かれて貶める者も、等しくこの日記を読むがよい。たとえその時代に生きていても、妄想に取り付かれ何も見えてはいなかった者の日記と、海野十三のそれは一線を画するのである。 本当に歴史の闇から「蒙を啓く」者があるとすれば、それはやはり海野十三が示してくれた「科学的合理主義」の精神だと思う。我々が戦後60年で忘れてしまったものとは実はそれではないのか。 何だか最近はこの日記で「近頃の若い連中はモノを知らない」と嘆くことが多くて、劇団のみんなとかは「最近、鬱陶しさが増したなあ」と感じてるんじゃないかと思うけど、まあ性分なんでカンベンね。面と向かって説教するような野暮はしないから。
2004年08月05日(木) 尾篭なお話。 2003年08月05日(火) 仕事ひと区切り/『金魚屋古書店出納帳』1巻(芳崎せいむ)ほか 2002年08月05日(月) いのち棒に振って/『おせん』其之四(きくち正太)/『ワンピースブルー』(尾田栄一郎) 2001年08月05日(日) ちょっとさよなら/『シルバー仮面・アイアンキング・レッドバロン大全 宣弘社ヒーローの世界』ほか 2000年08月05日(土) しまった、翌日になっちゃった/『人喰いの滝』(有栖川有栖・麻々原絵里依)ほか
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