無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2004年09月06日(月) 入院顛末2・ブラッククイーン?

 朝、誰かに肩を押されて目を覚ますと、しげと、そして父がベッドの横に立っていた。一瞬、驚きはしたが、しげが父に連絡したのだな、と気付いた。夕べしげには「入院したことは親父にはまだ連絡はするな」と言っておいたのだが、ここんとこ私の言うことに逆らってばかりのしげは、この言いつけも無視していたのだった。しげに「今何時?」と聞くと、「7時45分」と答える。しげが朝起きて連絡したにしてもいやに早い。いやな予感が頭をよぎる。
 「具合はどげんや」
 父の問いに「昨日よりはいいよ」と言って、右手の点滴を見せる。
 「夕べはいきなり12時に起こされて、一睡もできんやったぞ」
 ああ、やっぱり。そうなると予測がついたから、知らせるなよと念を押しておいたのに、全くムダだった。その場でしげを怒鳴ることもできずに、また父になんと詫びればいいか分からずにただ口をへの字にしていると、父はさらに続けてこう言った。
 「今日はだいたい博多座で北島三郎ショーがあったとばってん、親戚に譲って来た」
 あちゃあ、そいつは大失敗。父の口調は別に恨みがましい感じではなかったし、それを口にしたからと言って腹蔵があるわけでないのは分かるのだが、なんだか取り返しのつかないことをしたと言うか、救急車なんて呼ぶんじゃなかったと後悔してしまった。もちろん、もっと後悔しなきゃならないヤツはほかにいるのだが。
 しげに、今日からしばらく欠勤することを朝のうちに職場の方に伝えておいてくれと頼んでいたのだが、それもまだだった。しげに、病院の外に行って電話をかけてくるように頼んで、その間、父と語る。
 「夕べの電話じゃ、しげさん、いっちょん要領を得んやったばってん、お前のそばにはおらんやったとや」
 「……うん、まあ」
 どうにも「遊び呆けてました」とは答えにくい。
 「どこかで遊び呆けとったとやろ」
 「……うん、まあ」
 先に言われてしまっては、そうだと答えるしかない。
 「さっき銀行に行って、入院費を卸しとる。しげさんに渡しとるけん、あとで“確実に”受け取っとけ」
 「……わかった」
 つまり、しげにお金を渡したままでいれば、使いこむから気をつけろ、と言っているのである。しげの名誉のために、そりゃいくらなんでもありえないよと否定してやりたいところだが、金に汚いしげの性格を考えれば絶対にないなんてことは言い切れない。いや、問題はしげが使いこむかどうかということではなく、「そういう人間だ」と父に認識されてしまった、ということの方が厄介なのだ。
 私がしげに「親父には知らせるな」とキツクキツク厳命しておいたのは、父に心配をかけたくなかったからだけではない、こんなふうにしげが父から信用されなくなることを避けたかったからこそなのだ。それなのにボンクラ頭のしげは、自分からまた墓穴を掘ってしまったのである。ああ、もうほんとに椿三十郎じゃないが、「味方にケツを切られてる」気分である。
 戻ってきたしげ、職場の上司に連絡がつかなかったと伝えてくる。一応、伝言は頼んでおいたとのことだったが、念のため、昼過ぎにでももう一度連絡を入れておいてくれと頼む。これくらいのことは忘れずにやってもらわないと、本気で困る。
 父も、とりあえず今のところは私の様子見にちょっと来ただけなので、これからかかりつけの医者のところに行くと言って出て行く。
 しげのほうは、父を車で送ったあと、父に何やら言われたらしく、紙袋に下着の着替えを入れて戻ってきた。けれど、やはり昨日から全然寝ていないと言って、すぐに帰って行った。紙袋の中を見るとホントに下着だけでタオルの1枚も入っていない。まだ私が「入院」しているのだという事実を認識しきれてないんじゃないか(--;)。


 午前中はエコーだの胃カメラだの、検査続き。
 担当の医者は女医さん。これまで十数回の入院経験のある(誇張ではない)私であるが、女医さんに診てもらうのは初めてである。年頃はまだ20代の半ばくらいか、タレントの千秋をさらに美人にしたような感じの方で、表情もあまり動かなくて、ちょっと尖がった感じの口調も千秋に似ている。クール・ビューティーな女医さんのイメージそのまんまと言うか、『ブラック・ジャック』の「U-18は知っていた」に登場したワットマン博士のような……って、タトエ、分かりにくいか。なんとなく、「あ、あなたガンね」と簡単に告知してくれそうな雰囲気なのである。
 いや、実際はそんなこと言わないけど、腹のレントゲン撮ったら、「あー、便がかなり詰まってますねー」とサラッと言ってくれたから、まあイメージはそう離れちゃいない。実にテキパキされているので、若い女医さんにあちこち触られて照れるとか嬉しいとか、そんなこと感じてる余裕もなかったのであった(^_^;)。


 父が戻ってきたちょうどその時に、胃カメラの結果が出た。
 女医さんが、赤黒くて引き攣れた胃の内壁の写真を見せながら、「かなり出血してますねー。嘔吐の原因はこれでしょう」(千秋の声で読んでね)と説明する。
 父は写真を覗きこんで、「こりゃひどい!」と言って私を脅そうとするのだが、ついうっかりと「初めて見たけど」と付け加えてしまったので、脅しにならないのであった。
 「食中りかなんかじゃなかったんですか?」
 「こういう潰瘍は、普通、ストレスによるものです」
 私にストレスを与えてるものと言えば、こりゃもう、アレとアレしかないよなあ。
 女医さん、またまたサラッと「たまに脳に疾患があって、嘔吐を催すこともありますから、CTスキャンもしておきましょうか?」と言う。「脳に疾患」って、親父よりよっぽど怖いことを言うてくれてるのだが、まあ、これまで誇張でなく死にかけたことが何度となくある身にしてみれば、こんなふうに単刀直入に言ってくれる先生の方がむしろ気持ちがいい。これまで、いい医者、悪い医者、すごく悪い医者、とてつもなく藪な医者と、いろんな医者に当たってきたが、どうやらいい医者に当たったようである。
 父ともども「お願いします」と頼む。

 父は、しげが下着しか持ってきていないことを知ると、「もう少し気が利くかと思うとったばってん」と軽く溜め息をついた。
 「気が利くわけないやん」と私が苦笑いすると、父は「そういうのをお前が選んだん_けんしゃあないたい」と、いつぞやも言っていた言葉を繰り返した。
 「今日はもう、しげさんは来んとや?」
 「夕べ寝てないから、あとは寝るって」
 溜め息ばかりを父につかせたいわけではないが、そういう返事しかできない。気がついたら私も溜め息をついている。
 「湯のみくらいは買うてきちゃろう」と言って父は売店に向かったが、湯のみだけでなく、お茶の「伊右衛門」も2本、買ってきてくれた。ヨメより男親の方が気が利いているというのも滅多にあるこっちゃない。
 父は、帰りしなにポツンと「ストレスか」とつぶやいたあと、「まあ、俺はお前たち二人が仲良くやってくれたらそれでよか」と俯いたまま出て行った。
 台風が近づいていて、外はまだ夕方にもならないのに暗かった。もしかして夕方からしげが来るかもと、ほんの少しだけ期待したが、もちろんそんな期待が報われたことはないのである。

 CTスキャンの結果も異状なし。ホッとしたけど、つまり病気の理由はやっぱり「ストレス」のみってことだな。……コラ、そこのストレスの原因、そこんとこちゃんと自覚してるのかよ。

2003年09月06日(土) 学校が守っているものは何か/『死神探偵と幽霊学園』第1巻(斎藤岬)
2001年09月06日(木) 裸という名の虚構/『アイドルが脱いだ理由(わけ)』(宝泉薫)ほか
2000年09月06日(水) 妖怪っぽい〜妖怪っぽい〜♪/『ブロックルハースト・グロープの謎の屋敷』(シルヴィア・ウォー)



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