脳内世界

私が捉えた真実、感じた真実などを綴った処です。
時に似非自然科学風味に、時にソフト哲学風味に。
その時その瞬間、私の中で、それは真実でした。


※下の方の○年○月っていうのをクリックすると、ひと月ぶんはまとめ読みする事ができます



 大事なもの、大切なこと

よくいくショップの同い年の店長さんとお話をしていたら、私の職業の話の流れで店長さんはもともと心臓病を持っていて、二年ほど病院に入院していたのだと語ってくれた。
薬剤アレルギーがあったためにオペができず、療養施設にいたのだそうだ。

「今はこーんなに元気なんですけど」

私は、いつもアハハー!とかって笑ってる店長にまさか心臓病(という、自分にしてみれば身近な疾患)があったなんて、と驚いた。しかもオペしてないだなんて。まったくわからなかった。
オペする子は経過がよければ、長くても(その子にもよるが)三ヶ月くらい、短ければ二週間もすれば退院している。
二年間というのは、かなり慢性的な、長い経過だ。
内服加療だったらそのくらいかかるのかもしれないが、それでも病院で管理する必要があるくらいにはやはり重かったということだ。

驚く私に、店長は続ける。

「私そのときすっっごく仲いい子がいて、でもその子白血病になっちゃったんですよ。もう亡くなっちゃったんですけど。彼氏もいて、結婚だって子供を産むのだってしたかっただろうに、病気だったから…」

そんなに仲のよかった子をすごく若いころに病気で亡くして、この人もどんなにかつらかったことだろう?

言葉を、なくした。


「お見舞いも私、ほとんど行けなかったんですよ。私が逆の立場だったら、そんな弱いところを見られたくないって思うし、よくなっていく人はたしかにいいことなんだけど、自分はそうじゃないってなると喜べないだろうし、つらいっていうか…」

そして彼女は手首にしてある、木でできた数珠のようなブレスレットに触れた。

「これ、その友達がくれたんです。『私はだめだろうけど、○○ちゃんは大丈夫だから、これを私と思って、いつも笑っていて』って。その子、その一週間後に亡くなっちゃったんです」

それまで打っていたあいづちも、こみあげてくる涙に打てなくなって、頷くことしかできなくなった。
ずっとこの人は。このブレスレットをして。
何泣きそうになってるんだ私。関係のない私が、こんなに感傷的に揺さぶられて、逆に失礼だ。

「そしたら不思議で、それから私ほんとにぐんぐん元気になって。今じゃこのとおりです。でもあのときに私決めたんです。アパレルに行こうって。そして、あの子が言ったように、いつも笑って、みんなも笑えるようにしようって」

だめだ、声を出したら本格的に泣いてしまいそう。

「皆は、○○はいつも笑ってばっかでアホだな〜、みたいな事を言うんですけど、いいんです。だから、お店に来てくれたお客さんには、一回だけでも笑ってもらおうと思ってるんです」

と、彼女は笑った。




この人は、それからずっとこのブレスレットをつけてるんだ。
何年経つんだろう? もう十年も過ぎるんだろうか? 
――そんな想いをもって、この人はずっとがんばってきたんだ。


店長は店長だし、私は私で、それぞれの事情やいろんな背景があるから容易に影響を受けるのも変なのだけれど、でも、周りの状況に振り回されて不満なことばかり考えるのは、何に対してかわからないけど、とても失礼だったと思った。

それとこれともぜんぜん別問題だし一緒くたに考えるのもナンセンスだけれど、大事なことは何なのかって考えて、いろんなものの価値を十分に考えて、ものごとを大事に考えなければいけないんだ。

自分たちは知らないだけで、そこらへんを歩いている人も何気なく働いている人もみんなみんな、その人の背景があって歴史があって、いろんな想いや事情がそれぞれにある。

あの店長は、
そういう歴史や想いの上で、そうやって笑っている。

それはとても、尊重すべきもので、
きっとそういったものが実はたくさんあるのだと思った。

大事なもの。
大切にすべきこと。

それらをよく考えながら、
生きていかなければ、
生きるということに失礼のような気がした。



2010年08月21日(土)



 つよいこ



つよいこ は、
泣かないこ なのかな?

泣くこ は、
よわいこ なのかな?

泣かない って、 どういうことかな。

痛むこころがあるから 泣くのだとしたら

痛むこころがあるこ は、 よわいこ なのかな

よわくなくても 痛むこころはあるし、

泣くときだって あるよね


痛みをかんじる こころをもってるこ は、

つよくないこ とは、 いえない


********

感情というのは、どんな芸術品よりも繊細で緻密な、それでいて大胆に表現されるように思う。

悲しさ、楽しさ、つらさ、嬉しさ、感動、……。

「感じ方は人それぞれ」とはよく言うが、

たくさんの感情をそれぞれ感じるとき、様々な要因が絡み合って表出あるいは内部で感ぜられる。

何がしかの感情を抱くにいたる経緯も人それぞれである。

人は、その人が生きてきたように過去に歴史があり、成育環境があり、その人の人格がある。

それらひとつ欠けても、その人が「感じる」ようには物事は感じられない。

そして、その感じ方に応じて、その人なりの感情表出が存在する。

笑うときも泣くときも、一見すると同じような行為に見えるかもしれないが、要因も意味合いも、実はその人オリジナルのものであり、その感情内部構造はおそらく緻密で繊細なものなのだ。

だから、目に見えているだけの他人の感情表出を、「こうだからこう」なんて、決めるのはあまりに浅慮であるように思う。
自分の知っている感情世界の中だけで、判断してしまいがちになるからだ。


と、自分の脳内世界だけでしか物事を判断するすべをもたない浅慮で頑固な私は浅く考えてみる。



2010年08月18日(水)



 むしろ、ここの事は忘れるんだよ

PICUでは、子供の泣き声やわめく声が色々聞こえていた。

ここCCUは、ほぼ各種モニター音とアラーム音、そして医療従事者のボソボソとした声、面会の人の静かな声しかしない。
ほとんどの児が筋弛緩剤を使われ、気管挿管管理されているからだ。
あまり意識レベルが上がると、バイタルが乱れて循環にも悪影響を及ぼすから、抜管しても薬剤で寝かされていることが多い。

チラと、心臓カテーテル検査のために一時的にこのCCUに、せまいストレッチャーの上に乗ってる大人や子供に目を走らせる。
CCUは、建物が古いために何か暗くてぼろっちい印象がある。そして、陰気なまでに静かである。口から何かを食べたり飲んだりする子も、ほとんどいない。
そうなったら、下(PICUや一般病棟)へ移るからだ。


いちゃいけないな。
こんなところに、長くいるもんじゃない。患者さんも。

はやく、自分の力で息をして、
自分の力でご飯やミルクを飲んで、
自分の力でうんことかを出して、
自分の力でお母さんにいっぱい甘えなさい。
夜もちゃんと、はやくお母さんといっしょに寝れるようになろうね。
はやく、おうちに帰りなさい。家族のもとへ戻ってあげなさい。

私たちは全力で、子どもたちをここから出してあげなければいけない。
出せる状態にしなければ、いけないのだ。

そしてまた、死んだように眠る子を受け入れる。
でも決して死んでいるわけじゃない。
この子たちは、いずれ自分の力でバタバタしたり、座ったり、走ったりするようになる子たちなのだ。そうして皆退院していく。
このラインの先に、その姿があるのだ。
たとえ今、とても想像できなくても、
そのために今この子たちは、ここに居るのだ。

ここであった痛いことや怖いこと、
寂しいことやつらいこと、
ぜんぶ忘れるくらい、元気になるんだよ。



2010年08月15日(日)



 朝と夜のバトンを放り投げろ

世界のどこかで朝日が昇り、日が沈む。

私たちは、朝をおいかけて、夜においかけられる。

朝を迎えたら、夜に向き合って、

明日の朝に背を向けてそのまま明日へダイヴする。

朝日が昇るはずの明るい朝はしかし、

後ろ向きにダイヴするにはいささか光が強すぎる。

ダイヴしたまま朝を抱きとめて、

そのまま走ると後ろには夜が迫ってきている。

腕にある朝はいつの間にか消えていて、

倒れこむ私を夜の闇が包む。

ああ、はやく朝を探さなくては。

どうやって探そう。どうやって探せば?

夜から出なければ。朝はどこ。


いえ、そうではない。

そうではなくて、本当は、

朝でも夜でもないところはどこ?

どうすれば朝も夜も、おいかけてこないのだろう。

朝日は強すぎるし、闇は深すぎる。

それを知っていても、走らなくてはいけない。






朝焼けも昼下がりも夕焼けも、幻のように一瞬だった。

その一瞬の幻を、みんな写真に残したがるね。

とっておきたいから、撮っておくんだろうね。

とっておけないから、撮っておくんだろうね。

それは知ってるんだ。 みんな、知ってるんだ。




2010年08月14日(土)



 ある準夜の会話

先輩「あっ! 転勤希望って7月中じゃないとだめなんだ! しまった!」

私「あ、たぶん大丈夫ですよ。私かなり遅くに師長さんに言って、通ったし」

同期「えっ、柳ちゃん(ここ)辞めるん!」

私「うん、来年度な」

「えぇー…!」と驚く同期の隣で、この前日記で出した認定ナースの先輩は頭を抱えて、

先輩「…ひきとめられんわ………、 ここに残ったっていい事無いんだもんなぁ…」

と呻いた。


その準夜勤務の終わりごろ、
先輩はパソコンの記録をしながら

先輩「故郷(中部のほう)にかえろっ。だってここで屠殺処分される牛を育てるの、いやだもん。隠居しよ、隠居」

と、渇いた笑いを漏らした。ちょっと泣きそうな、情けない声音だった。


はは、そうですね、と、私も情けなく笑う事しかできなかった。



2010年08月07日(土)



 七つの大罪 あといくつ?


『滅びへ向かう光よ 全ての死すべき者達よ

嗚呼...茜空{そら}よ 人間は何に従うべきで 何を探すべきなのか?』

(S.o.u.n.d. H.o.r.i.z.o.n 死.せ.る.者.達.の.物.語 -Ι.σ.τ.ο.ρ.ι.α- より)


最近この「脳内世界」はすっかり私のただの日記に成り下がってしまってつまらないが(しかもその日記すらしょーもないモノだが)、これは今しか書けない気がするのでしばらくは書き続ける。



師長さん「”正直こんな事態にまでなったら、内部告発だって充分起こりうるんですよ。でも私たちは別に喧嘩したいわけじゃなくて、協力して仕事がしたくて、私たちはただまっとうに仕事がしたいだけなのに、”…って言ったんよ…」



今日は看護師長さんと病院長、さらに上の人(役職名は忘れた)とかで首脳会議があったらしい。
すると、今回の件に関して、心外科にかかわる麻酔科医たちや他の科のドクターやスタッフも(便乗して)、「心外科医師の尻拭いは嫌だ」「ついていけない」みたいな苦情が多発したらしい。
で、それを見過ごせなくなった病院長は、そういった他スタッフの苦情を受けて心外科のドクターに警告をすると。それで何も変わらなかった場合は、評価をした後に まあ、 パワハラとかそういう扱いとして、正規の手順に沿って処分に持っていく(訴える とか)とのこと。
で、とりあえずPICUはなくさずに、4床のままで回すことになったらしい。

そうですか。要するに私たち三人のみ、もしくはあとほんの少しの人間が、CCUに行ったきりおそらくもどってこれないということですね。


しかし、もともとナースが辞めるとか、個人の主観によるところの大きい問題であるがゆえに、「評価」はきわめて難しいだろうと思う。
たとえばCCUに行かされた私たちが、途中で「やっぱり無理です!!」みたいなことになって辞めたらそりゃあ多少は見直すのかもしれないが、今までのナースの辞めたことに関しても「そのナース自身の問題」と言い切る心外ドクターたちに、どう「評価」として突きつけるというのか。
もともと心外科しか知らない私たちはある程度耐性がついている。
しばらくの期間なら、やってやれないことはないと思う。
今更ドクターに何言われたところで、たぶん動じないと思う。
けれど、それで「事態が好転した」みたいな評価をされるのは甚だ心外であるし、それで他の科からいきなりやってきたナースが辞めないなんていう保証はどこにもない。評価にもならない。

どうやって「評価」するつもりなのか。
どうなったら「よし」とするつもりで、どうなってしまったら「だめだ」と言うつもりなのか?
問題はドクターのパワハラなんていうものだけでは決して無い。
「だめだ」と評価した場合、ドクターに何らかの措置をするとして、それで本当に事態がよくなるとでも思っているのか?
その後の評価はどうするのか?
第一、どういった問題かあきらかにも出来ていないのに、正直有効な対処なんて出来るわけがないだろう。

病気の原因を治療せずに、対症療法ばかりしているような事態に見えてならない。
ころころ事態が変わって、最終的にどうなっていくのか見ものである。
まあ、最後まで付き合う気なんてさらさら無いが。

私たちがつぶれたら、またPICUの人間を補充すればいい。
そしてつぶれたら、他科から、PICUから、補充をしていくのだろう。
使い捨てのような考え方と言ってしまったら大変に聞こえが悪いが、
事実そういう人間の使い方をしているのだから仕方ない。

ベテランの認定看護師さんと、事情があって患者五人に対して二人夜勤であった。
夜勤が終わったあとに、この件に関していろいろ話していた。
この看護師さんは、本来けっこう厳しいところもあるしきちんとした考えの、実にまっとうな、人間としてもナースとしても、すごくすてきなナースである。後輩への教え方も、よいものを適切に教えてくれている。
その人が、弱弱しい笑い方をして、

「私あそこ(PICU)で教えるのがちょっと嫌になってきちゃった…、
なんかCCUのための軍需工場みたいなんだもん…、」

思わず、笑ってしまった。

「そうですね! こう、手間ひまかけて丹念に教えてあげても、あの北みたいなところで、使い捨てられる運命にある人間を作っているようなものですもんね。なんていうか、食用の牛を育ててるみたいですよね。いずれ屠殺するためにね」

「ほんとだよ、もう…”ごめんねー…!ごめんねー…!!”って言ってね…。もう、ほんとに……、そうだよねぇ。そんなことのために教えるの嫌になってきちゃった…」

あぁあ、こんなまっすぐな人の心まで痛めさせて。罪深いな。




*********

膿っていうのはさ、ぜんぶ取り出さないと傷は治らないんだよね。

腐った組織を再生させるのも、不良肉芽はきちんと取り除かないと、
新しいきれいな組織は再生してこないよ。
場合によってはちゃんとオペ室で、除去術を行わないとね。

そう、消毒も忘れずにね。

常在菌もそうでない菌も、いったんぜんぶなくしてしまわないと。

そして、抗生剤も必要だね。 栄養もしっかりつけてあげないと、その組織の再生は遅くなってしまうよ。 ちゃんとカロリーは足りてるかな? 不足している電解質は無いかな?

他の部分に無駄なエネルギーをとらせていない?
全身管理もきちんとね。

あと、創部痛がある箇所もあるよね。
疼痛管理はしっかり行って、患者さんに無駄なストレスや体力をかけさせちゃいけないよ。

そして傷をうめるようにつける、適切なクリーム(薬剤)と、傷を保護するための清潔なガーゼも必要だね。

ちゃんと全身状態のモニタリングや創部の観察はしているかな?
傷は、ちゃんと治ってきているかな?

ほら。

何かの組織を修復させるっていうのは、並大抵なことじゃないよ?


え? よくならない?

    アンプタ
じゃあ、切断しないと。 全身やられてしまうよ。

共倒れになってもいいなら、もう何も言わないけどね。


2010年08月06日(金)



 ドSな神様

今年の三月に辞めた先輩は、去年、

「なんか、何でかわかんないんだけど、今年中に辞めなきゃってすごい思ってるんよ。焦燥感っていうか」

と言っていた。直感がよくあたるのだ、とも言っていた。

今年、こういった騒動が起きる前に、うちの部署のけっこう上の先輩は、切迫流産で病院に入院して、今も入院していて、復帰のめどはまったくたっていない。どうやらまだ幸いにも流れていなかったみたいなので、そのまま産休に入りそうだ。
身体的にはたいへんかもしれないけれど、下手に妊娠したままこの非常に不安定でストレスフルで、振り回される部署で働き続けるよりは絶対によかったと思う。

この二人のかみさまは、きっとこの二人をすごく愛していて、かわいがっているように思えてしまう。


どうやら私の神様は、ドエスで放置プレイが通常運転のようだ。

私が四苦八苦して右往左往して、それでも、泣きながらでも耐えている姿を愉しんでいるに違いないのだ。

ちくしょう、その愉悦をちょっとでも分けやがれ神様。



2010年08月05日(木)
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