2003年12月31日(水)  年賀状でペンだこ

■一年でいちばん「自分の手で文字を書く」のは、間違いなく大晦日。仕事ではワープロ、パソコンだし、日記までキーボードたたいてつける生活。まとまってペンを走らせる機会は、年賀状ぐらいになってしまった。毎年、「今年こそは住所をラベル印刷にしよう」と思いつつ、今年も間に合わなかった。それどころか、会社のパソコンからフロッピーに落とした住所録が文字化けしていて、まったく使えない。プリントアウトしてくるのも忘れてしまった。部署の住所録係を買って出た本人が住所録を使えないとは……何をやっているんだか。まあでも、一年前の年賀状を見ながらあて名書きをし、メッセージを書くというのもなかなか良いもので、一年がかりの息の長い文通をしているような気持ちになる。苦労してあて名を書いたのだから、メッセージはせめて住所より長く、などと思ってぐいぐい書いているとペンだこがぷくっと膨らんでしまった。あて名も文章も全部印刷にしちゃえばラクだろうなあという誘惑にかられるのだけど、なかなかそうできない。普段はメールの人、年賀状だけでつながっている人だからこそ、郵便でしか伝えられないものを伝えたいと思うから。たとえ一言でも、手書きの文字の筆圧やクセは、わたしの意気込みや気持ちを語ってくれるし、体温のようなものも運んでくれる気がするから。年賀状を出す相手は年々増えて、今年は300枚を超えそう。来年こそはラベル印刷に頼るかもしれないけれど、あて名のその人に向けた言葉は、自分の手で書き添えたいと思う。

2002年12月31日(火)  大掃除に救世主あらわる
2001年12月31日(月)  祈り
2000年12月31日(日)  2000年12月のおきらくレシピ


2003年12月29日(月)  そんなのあり!? クイズの答え

■ひと月前、折り込みチラシにこんなクイズが載っていた。「200グラムの重りが6つと500グラムの重りが1つあります。500グラムの重りを見つけるのに、天秤ばかりを何回使わなくてはなりませんか」。こういうクイズ、子どもの頃によくやったなあ、と懐かしさも手伝って、考えてみた。左右の秤に3つずつ乗っけて、釣り合ったら、秤に乗せていない1個が仲間外れの500グラムだとわかる。これが最少で見つかるケース。どちらかに傾いたら、下がっているほうの3個に500グラムが混じっていることになる。その3個のうち1個ずつを左右の秤に乗せれば、500グラムの重りを突き止められるから、秤を使うのは最高2回だ。と答えを導き出し、調子に乗って応募したら、1か月後、今月号のチラシに載っていた答えは「0回」とあるではないか。理由は「秤を使わなくても、手で持てば重さの違いはわかるから」。おいおい、そんなのありかいな。


2003年12月27日(土)  腐ったブドウ・熟成したワイン・腐ったワイン

■最近気に入って使っているたとえが、「ブドウはほうっておくと腐るけれど、手をかければ熟成してワインになる」。中古品とビンテージの違いも同じ。人間も年を取って衰えるのではなく、年月をかけて磨きをかけていく生き方ができるはず。ということを話すと、「わかるわあ」と熱く支持するのは、わたしと同世代あるいはその上の女性たち。身に覚えがあるのだろう。「熟成よ」と言い聞かせて年齢と立ち向かう時期に来ているのだ。わたしより下の世代の女性たちは、「まだピンと来ません」という顔をする。一方、肌の衰えが頭髪ほどは気にならない男性たちは、「女って大変だね」とか「せいぜい頑張ってください」といったとんちんかんな反応が多い。いちばん強烈だったのは、「ところで、腐ったブドウからワインってできるんですか?」。つまり、今からがんばっても手遅れなのでは、ということ? まだまだブドウのつもりでいたが、もはやブドウではない? そこまでは考えていなかった。この一撃で、「かわいこワインになるぞー」とワイングラス片手に韻など踏んでいたわたしの酔いは一気にさめた。■先日、脚本家の川上徹也さんに会ったときにこの話をしたところ、「そういや貴腐ワインってのがありますよ」と教えていただいた。調べてみると、微妙な天候のいたずらで、ごくまれにブドウにカビが生えることがあり、このブドウから作られた貴重なワインが貴腐ワインとのこと。腐ったブドウでもワインになれることはわかったけれど、自分がいまどの程度のブドウ状態にあるのかは謎のまま。腐ったブドウか、熟成したワインか、はたまた腐ったワインか。さてどこへ向かっているのやら。

2001年12月27日(木)  今がいちばん若い


2003年12月24日(水)  PLAYMATE#03『ワンダフルボーイ』

■コピーライターにして脚本家という境遇が似ている知人の川上徹也さんからユニットPLAYMATE公演第4弾『ワンダフルボーイ』のご案内をいただく。「クリスマスがガラガラなんですよ」ということで「じゃあイブに行きます」と答えたものの、さて、誰と行こうか。この人ならあいているのでは、という人までもが、見栄もあるのか「予定があります」というこの日、さんざん断られた挙句、ダメもとで先日再会した女優の鈴木薫を誘ってみたところ、「ヒマヒマ!」。世の中わからないものだ。彼女に会うのは今日が3回目なのだけど、なぜかお互いずっと前からの友だちだったような感じ。わたしにとっても彼女にとってもお芝居は楽しみであり勉強になるので、いい相手が見つかってよかった。■お芝居のほうは、おなじみの近江谷太朗さんが主演で、いつもながら愛がテーマなのだけど、今回は「男女」よりも「親子」の愛に光を当てた新機軸。落ち目のAV監督の元に実の息子が男優志望でやってくるという話なのでシモネタも満載なのだけど、じめっとしているどころか、むしろからっとしていて、しっかり笑わせ、ほろっとさせるうまい展開になっていた。上演後はクリスマスプレゼント争奪抽選大会で盛り上がり、会場に残った関係者の皆さんとシャンパンで乾杯。さらに打ち上げにもまぜてもらう。世間の恋人たちがワイングラスを傾ける頃、居酒屋でワッハッハー。近江谷さんはわたしの友人・宮村陽子と同じ舞台に立ったことがあるとか、近江谷さんと今回の舞台でファンになった丸山優子さんのSAT(スーパーエキセントリックシアター)卒業公演の脚本を書いたのが、先日観た「父帰る」の吉村ゆうさんだとか、演劇の世界は映画以上につながっていた。終電の中で日付が変わり、メリークリスマス。

2001年12月24日(月)  イベント大好き


2003年12月21日(日)  SLばんえつ物語X’masの旅 2日目:喜多方

8時起床。誰と旅行に行っても、わたしはいちばん最後に布団からはい出す。同室の女性3人が朝風呂を浴び、身支度を整えたところでむっくり起きだし、朝食へ。予約が15人に達しなかったため、川下り遊覧船は断念。予約していたSLより40分早い在来線電車で鹿の瀬より喜多方へ。喜多方は蔵の町。「飢饉に備えて米蔵を建てさせたんです」と博識のK氏。この人、膨大な量の本を読んで生きて来たのではと思われるが、蓄えられた知識がきちんと整理され、絶妙なタイミングで引き出されるところがすごい。干し柿を見れば、「砂糖が出回る前、干し柿は存在する最も甘い物でした。江戸時代の和菓子は干し柿の甘さを超えてはいけないとされていたそうです」という具合。

みぞれまじりの雪がちらつく中、第一のラーメン屋『あべ食堂』をめざす。ラーメンの前に出される豚の煮こごりのようなものがおいしい。チャーシューもとろとろしていて、ここのカツ丼が隠れた名物というのもうなずける。

腹ごしらえを終えて、大和川酒蔵北方風土館を見学。映画『ジェニファ』のホームステイ先を酒造所で考えたことがあったので、酒作りについてはずいぶん勉強した。本で読んだことをなぞる感覚で興味深い体験。案内のお姉さんの美声と名調子にうっとり聞き惚れ、「こんな風に作った酒を飲みたい!」気分が最高潮になったところで試飲コーナーへ。ほとんどが無料だが、高いお酒は有料。1升15000の酒がおちょこ1杯400円となれば、飲んでしまう。お土産のお酒もついつい買ってしまう。

「では今井さんのためにカフェめぐりを」と気をきかせてもらい、庄屋のお屋敷の応接間でお茶を飲めるカフェへ。お屋敷の雰囲気は素晴らしいのだが、応接間は土産屋と混然となっていて情緒半減。メニューも大半が「(冬なので)やってません」でがっかり。冬季限定メニューでお汁粉を出すとか、ひと工夫すれば人気が出そうなのに、もったいない。喜多方は他にも気になるカフェがいくつかあったので、次回リベンジしたい。

帰りのSL発車まで1時間を切ったところで、「もう一軒行くぞ!」と2軒目のラーメン屋『まこと』へ。おなかいっぱいのはずなのに一同ペロリ。1軒目との違いはよくわからなかった。汁を飲み干したときに器の底に当たりが出ると記念品がもらえるそうだが、ここでも「冬はやってません」。

「発車まであと20分!」となり、駅までひた走る。皆さん、食後によく走ること。ラーメン&マラソン大会をやったら上位に食い込むのではなかろうか。無事、新潟行ばんえつ物語号に間に合う。座席に着くなり、酒盛り開始。昨日と同じく乗車記念証と葉書が配られ、抽選大会が行われる。大阪の親と東京の親に手紙を書き、車中の郵便ポストに投函。特製スタンプが押されるとのこと。

白いツリーがきらめく展望車ではゴスペルコンサート。喜多方の駅のホームで練習していた姿を見かけ、「ゴスペラーメンズだね」と勝手に名付けていたのだが、新潟を拠点に活動する『REJOICING(リジョイシング)』というグループだった。生で聞くゴスペルは心地よく、SLの中というシチュエーションも手伝って、メロディも歌詞も心に染みた。大きな窓から銀世界を臨みながら大好きなWhite Christmasを聴けたのが最高だった。乗客の方に「ノリいいですねえ」と話しかけられるほど、ほろ酔いご近所8人組はノリノリで聴いていたらしい。

新潟から上野の新幹線は東京ディズニーランド20周年の広告一色。座席の背もたれカバーも20周年仕様。駅弁を肴に日本酒を飲み、1泊2日の思い出話や新年会の企画で盛り上がる。ご近所さんと旅行に行くのも初めてならば、SLに乗るのも初めて、そばの里・山都もラーメンの里・喜多方も初めて訪れた場所だったし、今年初めての雪を踏んだ。「今回のSL旅行をシナリオに書こうかな」と言うと、「誰が犯人?」。電車が舞台のドラマ=サスペンスと思われているらしい。

2002年12月21日(土)  切手占いと『鉄カフェ』1st drip
2001年12月21日(金)  サプライズ


2003年12月20日(土)  SLばんえつ物語X’masの旅 1日目:山都〜鹿瀬

今年もいろんなことが起こりそうだと思っていたけれど、SLに乗ることは予想していなかった。ご近所仲間のT氏が企画した「SLばんえつ物語X'masに乗る旅」に乗っかり、思いがけなくSLを体験をすることに。

T氏のことは先日「時刻表マニア」と紹介してしまったが、鉄道ファンと呼ぶのがふさわしいらしい。「鉄ちゃん」という呼び方もあるそうで、主流は「撮り鉄」だけど、「私は数少ない『乗り鉄』です」とT氏。電車話が肴の「飲み鉄」、沿道から電車に手を振る「振り鉄」などという応用語も。ではわたしは電車をネタに「書き鉄」になるとするか。

7:18上野発の「とき」に乗り込み、ばんえつ物語号の待つ新潟へ。寝不足がたたって車中爆睡。その横で同行の7人は持参の酒とお猪口で宴会開始。途中「トンネルを抜けると雪国」になったとか、「亀田製菓の近くであられが降った」などとは露知らず新潟着。

ホームには、おおっ、鼻先にリースを飾ったSLばんえつ物語号が。ちらつく雪が黒い車体に映え、にわか「撮り鉄」してしまう。今回は本来牽引するはずだった「C57」(シゴナナ)が直前に体調を崩して回復のめどが立たず、「走行取り止めか!?」とやきもきさせられた。結局、わたしにはより馴染み深い「D51」(デゴイチ)が代役を務めることになり、「CでもDでもEです」と同行者K氏の名言。某代理店のスローガンのようだけど。ちなみにC、Dというのは車輪の数(Cは3、Dは4)を意味するとか。

遅れた電車から乗り換える人を待って、予定より40分ほど遅れて10:20出発。ホワンと汽笛を響かせ、シュッポシュッポと会津若松方面へ。車中ではT氏に「スジ」と呼ばれるダイアグラムの解説を受ける。縦軸に走行距離、横軸に所要時間を取り、線でつなげたもので、「スジが立っている」ほどスピードは速いことになる。逆は「スジが寝ている」。転じて「あそこの窓口はスジが寝てる(作業が遅い)」といった使われ方もあるとか。ダンナに言われないように気をつけねば。

窓の外は一面の銀世界。昨夜降ったばかりの深雪なので白がきれい。ガタンゴトンという心地よい揺れを楽しみながら、雪見酒。途中、停車しないはずの駅で一時停止すると、ホームでT氏の鉄仲間がこごえていた。シャッターチャンスを狙って待ち構えている撮り鉄さんには、到着の遅れはこたえたのでは。デゴイチは挽回する素振りも見せず、黙々と(そしてモクモクと)自分のペースで走り続ける。

プレゼント大会(賞品は特製のピンバッチ、カレンダー、クリアファイル)、サンタによる風船大道芸、記念乗車証と絵葉書の配布などあり、乗客を飽きさせない。これで通常料金なのだから、指定席があっという間に売り切れたのも納得。8人分の座席をおさえたT氏、乗り鉄の面目躍如といったところ。

1時間遅れで「そばの里」山都(やまと)着。予約しておいた地元の山都タクシーが待っていてくれた。「駅で10分(この日は7分)停車する間に先回りして、鉄橋を渡るところを撮ろう」というT氏のスペシャル企画で、急いで鉄橋下へ乗り付け、自分達が乗ってきたばんえつ物語号を撮る。雪、川、鉄橋、SL、煙、なんとも絵になる。タクシーは鉄橋を後にし、そば屋が13軒連なる「宮古」へ。眉はないけど笑いのセンスはある運転手さん、「ここが国道かってとこ走ってんだべさ」とお国言葉で突っ込みを入れながらのドライブ。

着いたそば屋は「入中島屋」。ここの料理を思い出すと顔がにやける。わらび餅のような歯ごたえの刺身こんにゃく、しっかり味のするきのこ、貝柱のだしがきいた野菜の煮物「こづゆ」など、出るものすべてがおかわりしたいおいしさ。そばを食べられないわたしには炊きたての舞茸ごはんが出されたのだが、皆が「わんこそば」する横で、わたしも「わんこ飯」してしまう。

ここのご主人は「山菜名人」だそうで、熊の住む山に分け入り、山菜やきのこを採ってきて出している。先日熊と格闘した折、深手を負い、ひと月入院したばかりとのこと。とても愛嬌のあるおじさんで、「こんなの食べたことあるか?」とかぼちゃと小豆を煮た「いとこ煮」も出してくれた。田舎の親戚の家に遊びに行ったような雰囲気で、ほんとに楽しい食事になった。そばは食べられないけど、また行きたい。

山都から再びSL。元来た方向に1時間ほど揺られ、日出谷駅着。ホームには、地元の方々が飾りつけたクリスマスイルミネーションと雪だるまがお出迎え。宿泊は鹿瀬温泉赤崎荘。温泉で「すす」を落とし、名物のしし鍋を食べた後、お楽しみのクリスマスプレゼント交換。最後にやったのは何年前なのか、やってみると、予想以上に盛り上がった。ワイングッズ、旅グッズ、グルメ本、色もの……贈り主の人柄と受け取り手との組合せの妙が面白く、「来年もやりましょう」となる。

わたしが昨晩用意した「オレンジとレッドのゼリーに植えたアイビー」はT氏にもらわれ、わたしはK氏の「2004年當用日記」を贈られた今回の旅に参加したメンバーで集まるようになったのは、今年の後半から。好奇心旺盛、話題豊富な人たちで、おかげでずいぶん楽しい年になった。来年の日記に、このメンバーとの想い出を綴れることを願う。早起きだったにも関わらず、話は深夜まで尽きなかった。

2002年12月20日(金)  生爪様
2001年12月20日(木)  幸せの粒


2003年12月13日(土)  加藤大治郎ジャズライブwith魔女田さん

■「『てるてる家族』の照子さん(浅野ゆうこさん演じるお母さん)のはちゃめちゃぶりを見ていると、あなたを思い出します」と言う人がいるが、もっと照子さんを彷彿させる人がいる。『風の絨毯』主婦プロデューサーの魔女田さんこと益田祐美子さん。ペルシャ絨毯の会社をはじめたり、日本イラン合作映画を作ったり、人並外れた好奇心と行動力と周囲を振り回す遠心力は、今の時代の照子さんそのもの。そんな益田さんから「土曜日ひま?」とお誘いがあった。榎木孝明さんの所属事務所オフィス・タカの新人、加藤大治郎さんのジャズライブがあるという。■行った先は赤坂ブリッツ。『いつかA列車に乗って』という映画にジャズマンを志す青年役で出演している大治郎さんが、劇中で演奏した曲を中心に披露するというものだった。あまり期待もせずに行ったのだが、これがなかなか聴かせる内容だった。音大で専攻したサックスは本格派で、選曲もセンスがいい。何より感心したのは、しゃべりのうまさ。流暢というよりは淡々とした語り口なのだが、味わいがあり、ユーモアがあり、曲への愛情や愛着を感じさせてくれる。父親の加藤剛氏譲りのルックスは、たたずまいにも華があり、役者としての姿も見てみたいと思わせた。映画は作詞家の荒木とよひさ氏の初監督作品で、音楽には三木たかし氏が関わっている。「この曲を作ったコンビです」と大治郎さんが『時の流れに身をまかせ』の出だしを奏でた。映画は今月20日から新宿トーアでレイトショー公開とのこと。■ライブが終わり、益田さんにくっついていると、オフィス・タカの社長さんに大治郎さんと、見に来ていらした加藤剛氏を紹介していただいた。「風の絨毯観ましたよ」と剛氏。この人が舞台の『剣客商売』で秋山大治郎役を演じたことを最近剣客の後書きで読んだばかり。それで加藤大治郎なのだろうか。■「荒木とよひささんって、うちの実家(飛騨高山の民宿『時代宿』)に泊まりに来たことあるのよ。囲炉裏端でギター弾いて歌ってくれたの」と言っていた益田さん、赤坂ブリッツを出るなり、魔女モードに。「荒木さんが向かいの喫茶店に入って行った気がする!」と言うなり、店の中へ消えてしまった。曇りガラス越しに中の様子をうかがっていると、三人連れの男性のテーブルに益田さんが現れ、何やらしゃべっているのが見えた。最初はのけぞるように引いていた男性たちの背中が背もたれを離れ、乗り出し、それぞれがポケットを探って名刺を取り出すまでに約2分。さっと出てきた益田さんが「さっき預けた風の絨毯のDVD、1本いい? 荒木さんに渡すわ」とDVDを受け取るや再び店内へ。後で報告を聞くと、男性の一人は映画プロデューサーで、益田さんを取材した 『おはよう日本』を見て、益田さんの本『私、映画のために1億5千万円集めました』まで買って読んでいたのだそう。「いやー、世の中何がどうなるかわからんけど面白いねえ」。そう言う益田さんこそ面白い。


2003年12月07日(日)  どうにも止まらぬ『剣客商売』

■今年は年初から時代小説をよく読んだ。FMシアター『夢の波間』が江戸時代と現代を行き来する話だったので、廻船問屋が出てくる話や物語の舞台となる元禄の頃の話を中心に、勉強させてもらった。時代ものといえば宮部みゆきの怪談ぐらいしか読んだことがなく、これまでは「わからない地名や単語ばかりだし」と敬遠していたのだが、今年読んだものはどれも心から楽しめた。時代小説を味わうだけの感性が熟したのかもしれない。川崎市から文京区に引っ越したせいか、今住んでいる辺りに近い「茗荷谷」や「根岸」といった地名が出てくるのも親しみが増す。■このところはまっているのが、池波正太郎の『剣客商売』。まわりの時代小説好きにおすすめを聞いたら必ず挙がる名前で、読みだしたら、これがもう止まらない。人物の置き方が絶妙で、あっという間に頭の中に登場人物が住みついてしまう。それぞれの個性が際立っているから、短い台詞に奥行きや深みが感じられ、脚本の勉強にもなる。どうしてこんな面白いものを今までほうっておいたのか、とも思うけれど、今だからこれほどのめりこめる気もする。文字が大きくて読みやすい新装の新潮文庫の解説は、作家の常盤新平さん。放送文化基金賞ラジオ部門の審査員として『雪だるまの詩』をほめてくれた上に、授賞式でお会いしたとき「こんなに若くてかわいい人が書いていたんですね」とめったに言われないお世辞を言ってくれた貴重な方なので、これまたオマケつきの気分。この勢いで全巻集めてしまいそうだが、まわりを見渡せば、「全巻持ってる!」人の何と多いこと。仲良しのT嬢にいたっては、「剣客商売に出てくる料理のレシピ本を買って、実際に作っている」という熱の入れよう。先日、ウエストでお茶をしていたら、隣のテーブルの老紳士が「剣客商売に出てくる店で、今もやっている店がけっこう出てくるんですよね」と話しているのが耳に入り、お、ここにも、とうれしくなった。ネットで検索すれば、やはりあるあるファンサイト。「ペンは剣より強し」なんて言葉があるけれど、これだけ読者を引きつける作品を書かれた池波氏の「ペン客商売」にも賞嘆が尽きない。


2003年12月06日(土)  万歩計日和

■地下鉄待ちの間、意味もなくホームを徘徊したり、エスカレーターには目もくれず、長い階段をうれしそうに昇っていたり、最近のわたしの不審な挙動の原因は「万歩計」にある。会社の健康保険組合が毎年やっている「ウォーキングラリー」なるものに初参加し、四国一周をめざして歩け歩けの毎日。2年ほど前にも万歩計生活を試みたことはあったけれど、そのときは個人で勝手にやっていたので張り合いがなく、続かなかった。今回は1日平均1万歩を超えると四国の名産品をもらえるというニンジンがぶら下がっていて、参加者は毎日歩いた歩数とカロリー数を用紙に記録し、2月の終了時に提出する。成果が数字になって見えると張り切るもので、いつもは寒くなると出不精になるのに、このごろは外出が楽しくてしょうがない。トイレットペーパーを買い忘れてコンビニに舞い戻る足取りも軽い軽い。食欲の秋からクリスマス、忘年会にかけては、例年「増量シーズン」なのだが、今年は食べた分燃やしてやろうと思っている。平日はなかなか1万歩に届かないが、休日は趣味の散歩で歩数を稼ぐ。今日は師走の銀座をブラブラし、自宅と巣鴨を往復。2万歩突破し、体もポカポカ。

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