2009年07月30日(木)  美しすぎる運命の映画『スラムドッグ$ミリオネア』

なかなか観るタイミングがなかったが、先日会った友人が「洗面器いっぱい分泣いた」と言うのを聞いて、ついに『スラムドッグ$ミリオネア』を観た。「クイズミリオネア」で勝ち進んだ青年がイカサマを疑われ、最終問題を前にして警察で取り調べを受ける。そこで彼の人生が語られ、彼が答えを知っていた理由が明らかになる。クイズ番組、取り調べ、回想の切り替わるタイミングといいその構成といいお見事で、編集のリズムすら音楽を刻んでいるよう。ともすれば3時間を超えそうな物語を2時間に納め、観客をハラハラさせ続けるダニー・ボイル監督は、さすがあの『トレインスポッティング』を撮った人。

あの作品も走る(逃げる)場面が印象的だったが、今回の作品も主人公はひたすら走る。そのときに流れる景色の中で、彼の目に焼き付いたものが一瞬カメラのシャッターを切るように切り取られたりするのだが、いつの間にか観客は主人公の目になり、彼と同じ景色を共有する。台詞ではなくカメラワークで感情移入させるのだな、と勉強になった。

スラム育ちで教育を受けていない青年が知り得た答えは、彼がたどってきた過酷な人生で出会った出来事の中にあった。それは運命としかいいようがない……という筋書き。わたしは不幸や不運もネタにして元を取れる脚本家という職業柄、「人生に無駄なことなんてない」とよく言うけれど、それはネタにして笑えるぐらいの不幸や不運しか背負ってない人間だから言えるお気楽な人生観なのかもしれない。自分で人生を選べない者が、くぐり抜けて来た辛い過去を「運命」として受け止める重みはケタ違いで、だからこそやっとたどり着いたハッピーエンドに喝采と涙を飛ばしてしまうのだ。インド映画のお約束の踊る大団円を観ながら、幸せになって良かった、と心から祝福したい気持ちになった。観終わった後の充足感は、これまでに観た映画のベスト5に入ると思う。

幼い頃の2年間、隣人がインド人一家だったこともあり、インドにはことのほか親しみを覚えている。幼なじみだったポピーちゃんの結婚式でデリーを訪ねたのが最初で最後のインド旅行だが、そのとき、至る所で目にする物乞いの子どもたちに驚き、戸惑い、怖れすら感じた。生きることに必死な彼らの姿が劇中のスラムの子どもたちと重なった。「クイズミリオネア」はアメリカにもイギリスにも日本にもあるけれど、この番組を題材にした物語の舞台がインドでなければ、運命を引き寄せた青年の強さをここまで感動的に描けなかっただろう。

原作『ぼくと1ルピーの神様』を書いたヴィカス・スワラップのインタビューを新聞で読んだが、彼は外交官でもあり、ひらめきを得て仕事の合間に一気に書き上げたのだという。原作から映画化にあたっては大幅に変更がされているそうで、こちらも読み比べてみたい。

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