前略 蛮ちゃん
オレは今、とっても困っています。 本当に困り果てています。 明日から、どうしたらいいんでしょう。 途方に暮れるっていうのは、きっとこういうことを言うんですね?
奪還屋のお仕事は、まあオレ1人で当分どうにかするとして。 あ、でもてんとう虫くん、オレじゃ動かせない。 うーん。 ってことは、徒歩とか電車とかでどうにかなりそうなお仕事を、ヘブンさんに頼まなきゃ。
・・・・・・けど。 ヘブンさん、また笑うだろうし。 そしたら、ますますへそ曲げちゃうだろうし。 第一、オレのいない間、目の前のこのカレはどうしたらいいんだろう。 ここに1人で置いてくってわけにもいかないし。
波児さんに、とりあえず即入居可のアパートを探してもらって紹介してもらって、オレたちはばたばたとここに引っ越してきました。 といっても。持ち物なんて何にもないから。 これからどうにかしなくちゃ。 なぜか、昔ながらの卓袱台が1つだけは部屋に備え付けで置かれてたんだけど。 それとお布団は、波児さんに何とか手配してもらえて二ながれ。 まあね、なんのかんの言いつつよく考えたら、どさくさに紛れてアコガレだった家持ちになれたわけだから、これも怪我の功名っていうのかもしれない。
ともかく。6畳二間(風呂なし)の2階建てのアパートは、それでもなかなか日当たりだけはいいのです。 2階の角部屋、物干しは南向き。 窓際で体育坐りしているオレの背から、夕日が射し込んできます。 ・・・なんか哀愁だなあ。
いや、そんなことに浸っている場合では。
問題は、目の前で、ぷかーと煙草吸ってるカレなのです。 卓袱台に片肘ついて、胡座かいて、煙草ふかしてるカレ。 どう見ても、8さいくらいです。 あ、半ズボン履いてるの初めて見るなあ。 グラサンは相変わらず。 煙草は、やっぱりマルボロですか? それでも態度の悪さを差し引いたら、顔立ちとかも結構綺麗だし髪なんかさらさらで、これでちょこんと正座でもしててくれたら、いいとこのお坊っちゃんに見えなくもないです。 まあ、見えなくもないけど、見えてもどうしようもないけどね?
うわ! こっち見た!
睨まないでよー。
おそるおそる、ずっと気になったことだけ言ってみることにしました。 「・・ねえ、あのー。煙草は身体によくないよー。まだ子供なんだし・・・ おわあ!!」 言うが早いか、灰皿が飛んできました! 危ないでしょうに! 思わず、ぱしっと受け取ると、面白くねえ!といった顔でケッとか言われてしまいました。 うー。
オレはね、子供って苦手じゃない方です。 むしろ、大好き。 わりとすぐにトモダチになれちゃう方で、かーなり小さい子でも扱いが上手だとよく誉められます。 だけどねー。 こうもねー。 世をひねたような子だとねー。 どうしていいか、困っちゃうのです。 とりつくシマもないし、第一、ずっとだんまりなんだもん。 仲良くなりようがないのです。
はああ、困った・・・。
蛮ちゃん、どうしたらいいですか? ねー。 どうしましょう。オレ。
「蛮ちゃん」 声に出して呼ぶなり、なんだ!というようにギロッと睨み付けられちゃった。 呼ぶのも駄目なの? でもさ、ずっと黙ってるのも変だし・・。 オレも、困っちゃうよー。
「ねー、おなかすかない?」 「・・・・・・・」 「ホンキートンクで何か食べさせてもらおっか」 「・・・・(ジロリ)」 「だめなの? なんで?」 「・・・・・・・・」 「波児さんが笑うから・・? のわああ!!」 卓袱台ごと飛んできました! 小さいけれど、すごい力です! 「危ないじゃないかあ!」 「・・・・・」 「ねえ、蛮ちゃん。だったらさ、笑わないようにオレからちゃんと頼むから。ご飯食べに行こうよ? ねえ?」 「・・・・・」 「この部屋借りるのと、てんとう虫くんの駐車場代にお金全部使っちゃったから、波児さんにツケでご飯食べさせてもらうしか、しょうがないでしょ」 「・・・・・」 「ねえ、蛮ちゃん」 「・・・・・!」 オレの諭すような呼びかけに、カレはプイっ!と向こうを向いてしまいました。 ふう・・・。
そうなんです。 今、オレの目の前にいる、このどう見ても8さいくらいのカレが、実はオレの蛮ちゃんなんです。 正真正銘。 だって、オレの目の前で、見る見る小さくなったんだもん! この目でしっかと見ちゃったのです!
なんでこんなことになっちゃったのかは、未だにもう一つよくわかんないんだけど。 実は、蛮ちゃんの邪眼は、24時間以内は同じ人に使えないっていうのは前から知ってたケド。 それは、使えないんじゃなく、使ってはいけないという決めごとになっていたらしいのです。 蛮ちゃんは、もちろんそれを知っていたし、充分気をつけてもいたと思う。 でもね。 今回の奪還の仕事で相手に回っていた護り屋さんは、変装のプロってヤツで。 裏社会でお仕事をするその道のプロの人ですら、なかなかそれを暴くことが出来ないらしいのです。 だって最初会った時は、恰幅のいい中年男だったはずなのに、次会った時はすらりとした、どっから見てもきれいな女の人だったんだよ? オレなんか、思わず見惚れちゃって。 そしたら、蛮ちゃんが、「んだよ、もう1人護り屋をやとってやがったのか!」っつって、あっという間に邪眼ー!って。 最初、中年の男の人だった時にかけてから、確か、まだ7時間くらいしか間があいていなかったはず。 そして、邪眼を発動させた瞬間、蛮ちゃんの身体がいきなりぴかーっと光に包まれて。 そして、呆然とする護り屋さんやオレの目の前で、蛮ちゃんは瞬く間に小さくなっちゃったのです。
たぶん、この事態に一番呆然としたのは蛮ちゃん本人だろうけど。 オレも、もう、完全に固まっちゃって。 それでも、はっ!と気がついた時には、小さい蛮ちゃんを小脇に抱えて猛然とダッシュしてました。 だって、依頼の品はすっかりゲットした後だったし、とにかくそうなりゃ逃げるしかないでしょう! 逃げ足だけは早いと定評のあるオレなので(失礼だなあ)、そのへんはまんまとうまく逃げおおせ、自分でもおっそろしい運転でてんとう虫くんを転がして、ともかくは奪還した品も無事ヘブンさんに届けられたワケ・・・なんだけど。
ヘブンさんがね、もう笑う笑う。 波児さんもね、笑う笑う。 しかも運悪く士度とかカヅッちゃんまでホンキートンクに居合わせて。 もう爆笑の渦になってしまったんだよねー。
オレは笑わなかったけど。もちろん! だって、これからどうしようって。 そっちの方が不安だったから。
それで、カレはすっかりふてくされてしまったってワケなんだけど。 オレくらいにはしゃべってくれてもいいのに。 こんな風にずっとだんまりなんですよ。 てんとう虫も当分使えないからって駐車場預けて。 だって、寝泊まりだけで車動かせないんだったら不便で暑いだけだし。 いつ駐禁でもってかれるかわかったもんじゃないし。 ってことで、急遽、今回の仕事の報酬のその残りでこのアパートを借りたわけなのです。
以上、説明終わり。
でもさ、確かに見た目は8歳なんだけど、中身はどうなんだろう。 中身は18歳の蛮ちゃんのまんまなのかな? どうもさっきからの態度を見てると、そうとしか思えないけど。 しゃべってくんないから、それもわからない。 まあ、しゃべってくんないワケは、それもわかってるからもう言わないけど。
士度たちのからかいに、怒髪天をついた蛮ちゃんの声がね。 すっごーーい、ボーイソプラノだったから! 自分でも本気でぎょっとしたみたいで! そんな声で、 「いい加減にしやがれ! テメーら!!」 なんてわめいたところで、なんの威嚇にもなんないし、それどころかもう、どっ!とお腹抱えて皆に笑われて。 ちょっと可哀想だったんですよ。 まあ、日頃も行いもあるからね、いた仕方ないって気もするんだけども。
まあ、そんなこんななわけであります。 で? どうしよう。 マジに明日から。
いや・・! そんな弱気になってる場合じゃない! チビ蛮ちゃんにだって、ご飯食べさせてあげないといけないし、オレがここはしっかりしなくちゃ! いつも蛮ちゃんに頼ってた分、こういう時ぐらいオレがしっかりしないと!
オレが・・・・しっかり・・・・! ああ、でも。 なんか・・・・。 どっと疲れが・・・。 ずっと気が張ってたけど・・・。 なんか、もう限界・・。 ふああ・・・。 なぁんか、急に眠くなってき・・・・・・・。
体育坐りをしたまんま、こくんこくんと船を漕ぎ出すオレを見て、蛮ちゃんがそろっと立ち上がります。
え・・・? どこ行くの・・? すぐ暗くなっちゃうよー。 小さい子が、1人でうろうろなんかしてたら、危ないんだから。 ねえ、ったら・・。 待って、よー。
なんだか確かめるように半ズボンのポケットに両手を突っ込んで、それから玄関に向かっていく蛮ちゃんの、小さい背中がぼやけて見えます。 がちゃりと部屋のノブの回す音がするのだけれど、3日がかりの仕事だったため、疲労の極致にあったオレはもう動けず・・・。
蛮ちゃん。 どこ行くの?
いやだよ、おいてかないで・・。 小さい蛮ちゃんでも、オレにはやっぱり蛮ちゃんだもん。 オレ、笑ったりしなかったよ? だから、怒んないでよ、ねえ・・・。
ねえ、いなくなったりしないで。 置いてかないで・・。
蛮・・・ちゃあん・・・・。
「置いてってなんかねーだろ、ばーか!」
えっ?
頭の上に、小さい手がのっかってます。
あれ? オレ、寝てた? 蛮ちゃん。帰ってきてくれたの? ああ、可愛い声。 でも、蛮ちゃんだー。
「なーに笑ってやがる」 「わ、笑ってないよ」 「嘘つくなっての」 「・・なーんか、小さくても蛮ちゃんは蛮ちゃんだなあって」 「小せえ小せえって、何度もうるせーよ!」 「だって」 「おら」 目の前に差し出されたコンビニのおにぎりに、オレが目を丸くしていると、小さい蛮ちゃんは大いばりで言いました。 「食え」 「え?だって」 「ズボンのポケットに小銭がはいってたからよ。・・・テメー疲れてんだろ? 食っとけ」 「蛮ちゃん・・」 へたりこんだまま目の前にいる蛮ちゃんを見上げると(オレが坐って蛮ちゃんが立ってると、見上げるにはちょうどいい高さです)、蛮ちゃんが照れくさそうに笑いました。
うわあ、可愛い!! よくよく見れば、というか笑ってたりすると、小さい蛮ちゃんはかなりの美少年です! しかも、可愛いんだよ!
「蛮ちゃん! かわ・・・・! 痛ぁ!!」 「それ以上言いやがったら、ブッ殺す!」 「はーい・・」 小さくても、ゲンコは痛いのです。 でも蛮ちゃんは、ポケットにあった小銭でどうにか一個だけおにぎり買って(しかもオレの大好物で、蛮ちゃんの大嫌いなツナマヨおにぎり)きてくれたのです。 オレのために。 「いいから、食え」 「あ、でも蛮ちゃんは?」 「オレは、別にハラへってねーよ」 「でも・・! あ、だったら、半分こにしようよ? ねっ」 「オレぁ、ソレ嫌いなんだよ!」 「知ってるよ。でも食べないと! ねっ、蛮ちゃんだって、おなかすいてんでしょ? 小さい子がお腹へってるの我慢してると病気になっちゃう・・・・いたぁっ!」 「だから、小せぇつーなっての!!」 「はぁい・・」 殴られた頭をさすりつつ(でも手が小さいし、いつもみたく、そんなには痛くはないのですが)、それでもおにぎりをぱりぱりの海苔で包んで、ぱきっと音をたてて、それを半分にして手渡すと、意地っぱり坊やの蛮ちゃんも(この呼び方は、どうか蛮ちゃんには内緒にしておいてくださいね!)空腹には勝てないらしく、ぶつぶつ言いながらもそれを立ったままほおばります。 もぐもぐしてる、ほっぺがなんだかやわらかそう。 かわいいー。 ちっさくても、やっぱオレ、蛮ちゃん大好き! 「なーんだよ?」 「ううん」 「あんま、じろじろ見るんじゃねーよ」 「うん。あ、でもさ、いつまで小さいままなんだろうね?」 「さあな。禁を破っちまったんだ。そう簡単にゃ戻らねえかもしんねんなー」 「うん・・」 何でもないように言ってる横顔は、やっぱちょっと不安そうです。 顔立ちが幼い分、思ってることが表情に出やすいよね? 「大丈夫だよ、蛮ちゃん」 「あ?」 「オレがいっしょだもんv」 「へ?」 「オレが、きっと蛮ちゃんを元通りの蛮ちゃんにしてあげっから!」 「はあ?」 「だから、それまではさ! 親子みたいに二人で仲良く暮らしてこうよ! オレ、頑張って仕事して蛮ちゃんを育ててくから!」 「あ゛あ゛!?」 「オレ、どんなことがあっても蛮ちゃんから離れないから!」 「ちちちちょっと待て! こ、こらぁ! 抱きつくな! ってか、抱き上げんなああ!!! このガキー!」 「いだだだだ・・・・・!!! ああんもう! ガキは自分でしょうが!」 「んだとお! ナマイキ抜かすのは、この口か、このクチかぁ!?」 「うわあ、ごめんなさい! 蛮ちゃん、のあ〜〜〜っ!! 口がざげじゃい゛ま゛ず〜〜〜〜!!」
なーんて言っててもね。 どうも、やっぱボーイソプラノ蛮ちゃんに怒られても、迫力に欠けるんですけれども!(笑)
かくして、ちびっこ蛮ちゃんと、パパ銀次の親子奪還屋の生活が始まったのです。
『誰と、だ〜れ〜が親子だ〜〜〜〜〜っ!!!!』
つづく?かなあ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これってもしかして蛮銀的にオキテやぶり?なんでしょうか!? 「パパは奪還屋G」のGは銀次のイニシャルです。 ぐれーととかにあらず。 ぱぱ銀ちゃんと、チビ蛮ちゃんという一度書いてみたかったシチュエーションなんですが、なんか非難囂々かもしんない・・。 みなさんの反応を見つつ、また続きを書くかなーってことで、一応設定のみでお話にしてみました。 小さくても蛮ちゃんが大いばりで、やっぱり「蛮銀」なとこが書いててとても楽しかったです。 でもあんまり普通の時としゃべり方とか変えられないので、文だとわかりづらいかも・・。みなさんの想像力が頼りですので、どうぞ想像力をたくましくしてくださいませv ヨロシク(笑) きっとこの後、態度の悪い子供な蛮ちゃんを見て、「教育が、しつけがなってない!」とか見知らぬおばさんとかに銀ちゃんが怒られたりして、しょげちゃって。 で、それを見てちび蛮が、「コイツは悪くねえだろうが!文句があんならオレに言え!」とか言っちゃうの。 くすくす。
エンさん、こういうの、どおどお? お気に召してくださったら、親子蛮銀のお礼に捧げちゃいまーす。
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