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風太
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2009年02月15日(日)
love taste



「はい、これ。俺から!」
「あん?」

仕事を終えた後の裏新宿への帰り道。
かなり遅め夕食は、途中立ち寄った深夜のコンビニで、なけなしの所持金をはたいて買ったおにぎりが四つ。
少し生温い缶コーヒーが二本。

奪還料は、ヘヴン経由で後日受け取ることになっているので、懐は外気と同じでいささか寒い。
もっとも、これでも今年の冬は相当暖冬だ。
スバルの中で毛布にくるまって眠っても、今のところ凍死するほどじゃない。
一昨年の冬などは、このままでは生死に関わるからと、冬の間だけマンスリーマンションを借りたほどだったのに。
(どちらがラッキーかは、この場合。果てしなく微妙である)


「んだよ」
差し出された銀次の掌を見下ろし、両の紫紺がいぶかしげになる。
「何って、チョコに決まってんじゃん! 今日、バレンタインだよ!!」
自信満々に言われ、蛮が運転席で紫煙をくゆらせながら、銀次の手の上の小さいというか、小さ過ぎる四角いものをちらりと見遣る。
「ほー、えれぇ安けねぇ愛の告白だな」
「ええっ!? ヒドイなあ!」
蛮の言い草に、むーっと銀次が唇を尖らせる。
とはいえ、毒舌には慣れたもの。言い返すのだって、最近はお手のものだ。
「だーってさ、しようがないんじゃん。そもそも蛮ちゃんが悪いんだよ。この前の奪還料、全部パチンコでスっちゃうし! それで煙草も買えなくなっちゃったから、俺の大事なおこづかいからマルボロくん購入資金を出してあげたらさ、こんなぽっちしか残らなかったんだもん! だから、ぜーたく言わないのっ!」
畳みかけるように言う銀次に、蛮が、そいつぁどうもと軽く両肩を持ち上げる。
「へーへー悪かったな」
相変わらず、まったく悪びれてない様子に、もう蛮ちゃんったらーを銀次がわざとらしく溜息をついてみせる。
まあ言ってみても、やってみても、こんなことは既に日常。
「って、蛮ちゃん、全然反省してないし。あぁでも、どうせだったら俺、ホワイトビスとかきなこチョコが良かったな」
「は? だったら、テメエの好きなモン買やいいじゃねえか」
「蛮ちゃんにあげるんだから、蛮ちゃんが食べてくれそうなものをって思ったの。でもチロルチョコって、ブラックとかはないんだよね。だから、コーヒーヌガーで。これなら俺も食べられるし!」
「つうかテメエ。ハナっから自分が食う気満々じゃねえかよ」
「だーって! 久し振りなんだもん、チョコレートなんて!」
笑顔になって屈託なく言う銀次に、そう言えば『パチンコで買ったら、たんまりチョコを食わしてやるからよ』と豪語していた自分を思い出した。
「なら。テメエが食え。やるからよ」
「えええっ、ちょっと蛮ちゃん! 俺の愛を、そんなたやすく人に譲ったりしないでよっ!」
「テメエに貰ったモンをテメエに食えってんだから、別に問題ねえだろうがよ!」
「あるよ、ありますっ! んもう、デリカシーがないなあ!」
「はぁ? テメエの口から、デリカシーなんて言葉が出るたぁ思わなかったぜ」
揶揄するような口調に、少しばかり頬を膨らませながらも銀次が言う。
「ふーんだ。ともかくさ。蛮ちゃんが食べてよ。その半分俺が貰うから!」
「あぁ?」
「半分こ!」
「…半分こねぇ」
こんな小さなチョコを半分に割るというのは、なかなか至難の技だが。
力まかせにやれば、蛮の握力なら間違いなくチョコパウダーにしてしまう。
考えて、蛮がやれやれと息をつく。
まあ、それで銀次が喜ぶなら。
内心で、ほぼ無意識の呟きを落とし、小さな四角を裏返して包み紙を開く。
「どうやって割れってんだ?」
「噛んで割ったらいいじゃん」
「あぁ、そうだな。確かにそっちのが手早えな」
納得しつつ、蛮が指先で摘まんだチョコを口へと運ぶ。
――と。


「蛮ちゃん、大好き」


まるで、チョコが唇にふれる瞬間を狙ったような、銀次の告白。
蛮の紫紺が見開いたまま、サイドシートで真っ赤に赤面している相棒を見る。
意表を付かれ、思わず間の抜けた顔になってしまった。
美堂蛮ともあろうものが。


このヤロウ。
やってくれるじゃねえか。


「なんちてv」
照れ隠しのように、えへへへっと笑う銀次に、蛮の口元ににやりと人の悪い笑みが浮かぶ。
「おら、テメエの分」
「え?」
「食うんだろ?」
蛮の紫紺が細められ、ゆるやかに銀次へと移された。
小さなチョコを口の端に咥え、惑わせるような紫紺が男の色香全開の眼差しで銀次を見遣る。
まさしく意趣返し。
「はい?」
「半分食えや」
「こ、この状態で?」
「おうよ」
「あ、あの。けど、この状態だとですね! 俺、蛮ちゃんの唇の端、かじりついちゃいそうですけども…!」
「構わねえよ」
焦る銀次をよそに、余裕の笑みで蛮が返す。
―さて、どう出るか。
銀次が真っ赤になりつつも、しばし考えた上で、決意したようにむん!と力強く頷いた。
そして靴を脱ぐと、サイドシートの上へとちょこんと正座した。そのまま顔を接近させる。
「で、では…っ! 行きますっ」
「おう、来い」
そろそろと顔を寄せ、銀次が蛮の口の端に咥えられているチョコへと唇を近づける。
「な、なんかどきどきする…!」
「言ってねえで。早くしねぇとチョコが溶けちまうぞ」
「あ、う、うんっ!」
とはいえ。
前に咥えているものならまだしも、口の端というのがどうも。
噛みつきづらい上に、何か妙にエロいような。
それでも僅かに覗いている部分に、かりっと白い歯を当てる。
うわー、噛みにくい。
それでも力を込めた瞬間。ガリ…ッ!と互いの歯と歯の間でチョコレートが粉砕され、銀次があっと瞳を見開いた。
そのビタースウィートのかけらが飛び散るよりも早く、蛮の腕が銀次の背を抱き寄せ、唇ごと拘束する。
甘さが広がる口の中へと、チョコの破片を追うように熱い舌が入り込んだ。
「……んっ」
見開いたままの琥珀が、真近で微笑する紫紺を見つめる。
この世のどんな色よりも美しい、深い紫。
うっとりとそれを見つめ、力強い腕に落ちていきながら、互いの体温で溶けていく甘さを舐め合うように舌が絡みつく。





思考が痺れるほどの甘い口づけの後。
サイドシートで、はあはあと乱れる息を整えながら、赤面しつつ、しみじみと銀次が言った。
「やっぱ、甘過ぎるチョコにしなくて、ちょうど良かったかも…」
蛮が再び紫煙をくゆらせながら、そんな銀次にやりと返した。



「…いや。充分甘かったぜ?」



俺にはな。















チョコって、固形よりも溶けた方がなんで甘く感じるんでしょうねー。
書いてて胸焼けしそうでしたv(笑)