オレは、ばかです。 よく蛮ちゃんに、テメーは馬鹿だ馬鹿だって言われるけど、時々はそんなでもないよーって思ってたけど。 本当に馬鹿だったみたいです。 いつもなんだか、一生懸命な時ほど空回りしているような。
オレが、父親だなんて。 蛮ちゃん、本気でやだったのかな。 プライドの高い蛮ちゃんだもん。 相棒のオレにそんなこと言われたくないよね? 身体が小さくなっている今なら、なおさらのこと。 そんな自分を下に見るような言い方に、腹がたったのかもしれない。
でも。 ヘブンさんが、
”アンタみたいな子、私の子じゃないに決まってんでしょ!”
”アンタみたいな子だったら、アタシはいらないわよ!!”
そう言った時。 蛮ちゃんは口の端を歪めて皮肉げに笑った後、一瞬だけ、すごく・・・。 すごく淋しそうな顔をしたんだ・・・。
蛮ちゃんのお母さんが、昔、蛮ちゃんがずっとずっと小さかった頃に、そう言ったことがあるって。 蛮ちゃんの瞳を嫌って、そう言ったことがあったって。 何かの話をしている時に、まるでついでみたいにそう話してくれたことがあったけど。 その時の蛮ちゃんは、本当に世間話しているみたいに軽い感じで話してたけど、オレにはその言葉がずっと蛮ちゃんの心に深い傷を残していることがちゃんとわかったから。だから。
オレまで”ちがいます、オレの子供なんかじゃなくって”なんて、言えなかった・・。
第一、親子じゃなくても、蛮ちゃんはもうずっと、オレにとっては家族みたいなものだから。
でも、きっと蛮ちゃんはイヤだったんだね。 オレがそんなことで頭下げたりしたのも、蛮ちゃんのプライドを傷つけちゃったんだろう。
どうしよう・・・。 もう帰ってきてくれないのかな・・。 こんなに探してもどこにもいないなんて・・。 アパートにも、スバルの置いてある駐車場にもいなかったし。 もう、どこを探していいかわかんない。
でも1人でアパートに帰るのなんか、絶対イヤだし・・。 どうしたらいいんだろう。
夕焼けの空が次第に暗くなっていく。 夕暮れは淋しいって、無限城にいた時はいつも赤い空を見上げながら思ってた。 でも蛮ちゃんといるようになってからは、夕焼けってあったかいなーって思うようになっていた。 けど・・。 今日の夕焼けの色は、目に染みるよ・・。 なんだか、とても、とても淋しい色だよ、蛮ちゃん。
陽が次第にビルの間に消えていく街を、歩道橋の上を歩きながら見下ろして、オレはどうにもたまらなくなって、唐突にその場にしゃがみこんでいました。 後ろから歩いてきた人が、そんなオレに躓きかけて、舌打ちしながら追い越していきます。 ごめんなさい。邪魔だよねー。 でも、もう動けない。 なんだか、もう・・・。
「・・・・・っ・・・・え・・・・っえ・・・っ・・・ひっく・・・」
大きな図体して、歩道橋の真ん中でしゃがみこんで俯いて泣いてるオレは、さぞかし道行く人たちには滑稽で情けなく、しかも不気味に見えたことでしょう。
でも、いいやもう。 歩けない。 歩けないもん。
蛮ちゃん・・・。
「ばーか」
・・・・え?
「なぁに、泣いてんだよ。オメーは・・」
頭の上に、ぽんと小さな手が置かれました。 目の前に、小さい靴。 半ズボンの膝小僧。 白いシャツ。 ゆっくり見上げていくと、オレの目の真ん前に消えていく夕日を背景に、悪戯っぽく笑っている蛮ちゃんの顔がありました。 オレがしゃがんでいるので、同じ目線で笑ってくれてる。
「でけえ図体して、んなとこで泣いてんじゃねーよ。ばか銀次」
口は悪態ついてるけれど、頭に置かれた手はくしゃくしゃと髪を撫でてくれてます。 やさしい手。 オレの目から、ぼろぼろっとまた涙が零れ落ちました。
「ば、蛮ちゃん・・!!」 「おうよ?」
「・・・蛮ちゃん、蛮ちゃん、ばんちゃああああ・・・・ん!!」 「おわっ」
いきなりがばっと小さい体に抱きついて、ぎゅううっと力を入れて抱きしめたら、腕の中の蛮ちゃんが「アホ、苦しいだろが。テメーはよ」と言いながら笑ってくれて。 ホッとしたのと、嬉しかったのと、オレもう、ぐっちゃぐちゃで。
「蛮ちゃああん。うわあぁあぁぁ・・・・ん!!!」 「な、泣くなあ! 大の男がんなトコで大声でよー! ああ、ったく! 見せもんじゃねえぞ、テメーら!! さっさと行けっての!!」
どうやら、オレたちは(というか、オレだけ?)、歩行者のみなさんに大注目されていたらしいです。 でも、いいもん。
「よかねえ!」 「はい?」
涙目で蛮ちゃんを見ると、蛮ちゃんの両手が急にオレの頬を包み込んでくれるようにしてくれて。 それから――。
・・・・えっ?
蛮ちゃんの唇が、そっとオレの唇にふれて・・。 ちゅっv・・って。
・・・え・・? ええっ!?
公衆の面前なんですけれども!! い、いいの、いいの!!??
でもまあ、確かにさらに注目は浴びているけれども。 蛮ちゃんが小さいおかげで、どうも皆さんの目には、微笑ましいなあって光景に映っているようです。 こういう時は、ちょっと得・・・かな? ね、蛮ちゃん。
けど。 すごく人通りの多い歩道橋のど真ん中で。 しゃがみこんでるオレの唇に、キスしてくれた蛮ちゃん。 すごい照れ屋なのに。 泣いてるオレのために・・・。
・・・うわ、また泣きそう。
「オラ、帰んぞ! とっとと来い!」 「え、あ、うん!!」
小さくても蛮ちゃんな蛮ちゃんは、まだ目を真っ赤にしているオレの手をぐいぐいっとひっぱって、そのままデカいオレを引きずるようにして歩き出しました。 前を行く、小さな背中が頼もしくて。 いつもの蛮ちゃんだー。 小さくても、蛮ちゃんはやっぱり蛮ちゃんなんだ。 オレがしっかりしなくちゃなんて、思わなくてもいいんだ。 オレもいつものオレでよかったんだね。
そうやって夕闇のせまる街を蛮ちゃんの手に引かれて歩きながら、オレはなんだかやっぱり。 夕焼けってあったかいなーって思いました。 いや、もう陽はほとんど沈んでたけどね。
「にしても。オメーはよー」 「うん?」 心配してアパートまで来てくれた夏実ちゃんの持ってきてくれたお弁当を二人でパクつきながら、(一応見た目コドモなので、こういう時もやっぱりお得みたいです、蛮ちゃん)蛮ちゃんが呆れたように言いました。 「まさか父親宣言しやがるとはなぁ。たまげたぜ」 「だって、アレは蛮ちゃんが・・。その、ヘブンさんの・・・」 「あ? なーに言ってんだ?」 「あ、えーと。別に何でもないけど」 卵焼きをぱくっと食べて、そのまま口の中にお箸を差し込んだまま口ごもるオレに、蛮ちゃんがにやりとして言います。 「つまんねーコト、いつまでも覚えてんじゃねーよ」 「あ・・・」 お見通し、ですか。
でもね、その後、いろいろ話してくれて。 蛮ちゃんは、ちょうど今の蛮ちゃん(推定8歳)ぐらいの時にマリーアさんのところを出て、1人で生きてくことを覚えながら、いっぱい悔しい思いやら、やりきれない思いをしたから。 (口にはしないけど、きっとつらかったり、悲しかったこともたくさんあったんだと思う) それを、なんだかまざまざと思い出しちゃうんだって。 小さい身体で、その目線で大人を見上げていると。 だからついつい、悪びれちゃうっていうか、そういう態度になっちゃって。
「悪かったな・・」 「・・・え・・?」 「オメーにあたる気はなかったんだけどよ・・」 「え、そんな・・・! オレ、全然、気にしてないし! ていうか、オレが余計な事あのおばさんに言ったから、怒ってんじゃないんだよね・・?」 「あ?」 「なら、いいんだ・・。よかった」
ひとりでため息ついてほっと安心しているオレを見て、蛮ちゃんがおにぎりパクつきながら笑って言いました。 「しかしなー。マジで、オレにオメーみたいな父親がいたら、さぞかし大変だったろうな」 「・・なんで?」 「不祥な息子のために、あちこちで頭下げ倒して謝ってよー。苦労させた事だろうぜ」 「蛮ちゃんー」 「けどま。そんな親に育てられてたら・・・。オレもこうはなっちゃ、なかったかもな・・・」 ちょっとしんみり言う蛮ちゃんに、今度はオレがにっこりして言いました。 「それは困るのです」 「あ? なんでだよ」 「今の蛮ちゃんがいないと、オレは今だに無限城で雷帝やってたと思うし。オレと会ってたりしてくんなかったはずだもん。だから、よかったなあって!」 にかっと笑うオレに、蛮ちゃんが照れたようにオレのオデコにデコピンして笑い返してくれます。 「ばーか」 「えへへっv」
「あ、そういや、テメーのいねえ間に、例の依頼人からヘブンに連絡があったってよ」 「え? 何なに? なんて?」 「なんのかんの言いつつ、『結構親思いなガキと子煩悩な父親の親子奪還屋』が気に入ったから、仕事頼むように伝えてくれってよ」 「えええ、本当!」 「ああ、よかったな」 「うん!! 」 「けどよー」 「うん?」 「親子ってのは、表向きだかんな! わーってるだろうな!」 「え? う、うん」 「テメーみてーな頼りねえのが親でたまるかっての。家に帰りゃ、オレさまがご主人様だ。よーく覚えとけよ」 「うん。って、ねえ。蛮ちゃんがご主人ってことは、オレは蛮ちゃんのおヨメさんってこと??」 「はあ?! なんでそういう発想になんだよ、オメーは!」 「だって、そうでしょ、そうだもん!」 「ちげーだろが!!! ご主人ときたら、テメーはペットだ、ペット!」 「えええ、オレ、お嫁さんの方がいい〜〜!」 「あのなあ〜!」
でも何のかんの言いつつね。 それから蛮ちゃんは、時々ちょいちょいと指で手招きしてオレをしゃがみ込ませて、ちゅっvとしてくれるようになったんだよねーv 自分が椅子とかそういうトコに乗ってオレの身長に合わせてくれてもいいんだけど、それはイヤなんだそうです。 『テイシュカンパク』がいいんだそうです。 ・・なんだろう、ソレ。
何はともあれ、 オレたちは蛮ちゃんの身体が元に戻るまで、親子奪還屋として大売り出しすることになったみたいです。 いろいろあったけど、お仕事がんばって、早く蛮ちゃんにズボンを奪還させてあげなくちゃね。
頑張ろーね、蛮ちゃーんvv
えんど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 書き出したら止まらない、パパGでございました。 結構”続きを!”というリクをいただいたので、うきうきしながら書いてみました。 なかなか銀ちゃんの泣き虫パパぶりと、子供なのになぜか亭主関白な蛮ちゃんが、書いてて大変楽しかったですv やっぱり副タイトルは「旦那さまは8歳v」かなあ(笑)
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