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風太
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2003年09月21日(日)
パパは奪還屋G-2(3)


オレは、ばかです。
よく蛮ちゃんに、テメーは馬鹿だ馬鹿だって言われるけど、時々はそんなでもないよーって思ってたけど。
本当に馬鹿だったみたいです。
いつもなんだか、一生懸命な時ほど空回りしているような。

オレが、父親だなんて。
蛮ちゃん、本気でやだったのかな。
プライドの高い蛮ちゃんだもん。
相棒のオレにそんなこと言われたくないよね?
身体が小さくなっている今なら、なおさらのこと。
そんな自分を下に見るような言い方に、腹がたったのかもしれない。


でも。
ヘブンさんが、

”アンタみたいな子、私の子じゃないに決まってんでしょ!”

”アンタみたいな子だったら、アタシはいらないわよ!!”

そう言った時。
蛮ちゃんは口の端を歪めて皮肉げに笑った後、一瞬だけ、すごく・・・。
すごく淋しそうな顔をしたんだ・・・。

蛮ちゃんのお母さんが、昔、蛮ちゃんがずっとずっと小さかった頃に、そう言ったことがあるって。
蛮ちゃんの瞳を嫌って、そう言ったことがあったって。
何かの話をしている時に、まるでついでみたいにそう話してくれたことがあったけど。
その時の蛮ちゃんは、本当に世間話しているみたいに軽い感じで話してたけど、オレにはその言葉がずっと蛮ちゃんの心に深い傷を残していることがちゃんとわかったから。だから。

オレまで”ちがいます、オレの子供なんかじゃなくって”なんて、言えなかった・・。

第一、親子じゃなくても、蛮ちゃんはもうずっと、オレにとっては家族みたいなものだから。

でも、きっと蛮ちゃんはイヤだったんだね。
オレがそんなことで頭下げたりしたのも、蛮ちゃんのプライドを傷つけちゃったんだろう。

どうしよう・・・。
もう帰ってきてくれないのかな・・。
こんなに探してもどこにもいないなんて・・。
アパートにも、スバルの置いてある駐車場にもいなかったし。
もう、どこを探していいかわかんない。

でも1人でアパートに帰るのなんか、絶対イヤだし・・。
どうしたらいいんだろう。

夕焼けの空が次第に暗くなっていく。
夕暮れは淋しいって、無限城にいた時はいつも赤い空を見上げながら思ってた。
でも蛮ちゃんといるようになってからは、夕焼けってあったかいなーって思うようになっていた。
けど・・。
今日の夕焼けの色は、目に染みるよ・・。
なんだか、とても、とても淋しい色だよ、蛮ちゃん。


陽が次第にビルの間に消えていく街を、歩道橋の上を歩きながら見下ろして、オレはどうにもたまらなくなって、唐突にその場にしゃがみこんでいました。
後ろから歩いてきた人が、そんなオレに躓きかけて、舌打ちしながら追い越していきます。
ごめんなさい。邪魔だよねー。
でも、もう動けない。
なんだか、もう・・・。


「・・・・・っ・・・・え・・・・っえ・・・っ・・・ひっく・・・」


大きな図体して、歩道橋の真ん中でしゃがみこんで俯いて泣いてるオレは、さぞかし道行く人たちには滑稽で情けなく、しかも不気味に見えたことでしょう。



でも、いいやもう。
歩けない。
歩けないもん。







蛮ちゃん・・・。













「ばーか」



・・・・え?



「なぁに、泣いてんだよ。オメーは・・」



頭の上に、ぽんと小さな手が置かれました。
目の前に、小さい靴。
半ズボンの膝小僧。
白いシャツ。
ゆっくり見上げていくと、オレの目の真ん前に消えていく夕日を背景に、悪戯っぽく笑っている蛮ちゃんの顔がありました。
オレがしゃがんでいるので、同じ目線で笑ってくれてる。

「でけえ図体して、んなとこで泣いてんじゃねーよ。ばか銀次」


口は悪態ついてるけれど、頭に置かれた手はくしゃくしゃと髪を撫でてくれてます。
やさしい手。
オレの目から、ぼろぼろっとまた涙が零れ落ちました。

「ば、蛮ちゃん・・!!」
「おうよ?」

「・・・蛮ちゃん、蛮ちゃん、ばんちゃああああ・・・・ん!!」
「おわっ」

いきなりがばっと小さい体に抱きついて、ぎゅううっと力を入れて抱きしめたら、腕の中の蛮ちゃんが「アホ、苦しいだろが。テメーはよ」と言いながら笑ってくれて。
ホッとしたのと、嬉しかったのと、オレもう、ぐっちゃぐちゃで。

「蛮ちゃああん。うわあぁあぁぁ・・・・ん!!!」
「な、泣くなあ! 大の男がんなトコで大声でよー! ああ、ったく! 見せもんじゃねえぞ、テメーら!! さっさと行けっての!!」

どうやら、オレたちは(というか、オレだけ?)、歩行者のみなさんに大注目されていたらしいです。
でも、いいもん。

「よかねえ!」
「はい?」

涙目で蛮ちゃんを見ると、蛮ちゃんの両手が急にオレの頬を包み込んでくれるようにしてくれて。
それから――。

・・・・えっ?

蛮ちゃんの唇が、そっとオレの唇にふれて・・。
ちゅっv・・って。

・・・え・・? ええっ!?

公衆の面前なんですけれども!! 
い、いいの、いいの!!??


でもまあ、確かにさらに注目は浴びているけれども。
蛮ちゃんが小さいおかげで、どうも皆さんの目には、微笑ましいなあって光景に映っているようです。
こういう時は、ちょっと得・・・かな?
ね、蛮ちゃん。


けど。
すごく人通りの多い歩道橋のど真ん中で。
しゃがみこんでるオレの唇に、キスしてくれた蛮ちゃん。
すごい照れ屋なのに。
泣いてるオレのために・・・。

・・・うわ、また泣きそう。


「オラ、帰んぞ! とっとと来い!」
「え、あ、うん!!」

小さくても蛮ちゃんな蛮ちゃんは、まだ目を真っ赤にしているオレの手をぐいぐいっとひっぱって、そのままデカいオレを引きずるようにして歩き出しました。
前を行く、小さな背中が頼もしくて。
いつもの蛮ちゃんだー。
小さくても、蛮ちゃんはやっぱり蛮ちゃんなんだ。
オレがしっかりしなくちゃなんて、思わなくてもいいんだ。
オレもいつものオレでよかったんだね。

そうやって夕闇のせまる街を蛮ちゃんの手に引かれて歩きながら、オレはなんだかやっぱり。
夕焼けってあったかいなーって思いました。
いや、もう陽はほとんど沈んでたけどね。








「にしても。オメーはよー」
「うん?」
心配してアパートまで来てくれた夏実ちゃんの持ってきてくれたお弁当を二人でパクつきながら、(一応見た目コドモなので、こういう時もやっぱりお得みたいです、蛮ちゃん)蛮ちゃんが呆れたように言いました。
「まさか父親宣言しやがるとはなぁ。たまげたぜ」
「だって、アレは蛮ちゃんが・・。その、ヘブンさんの・・・」
「あ? なーに言ってんだ?」
「あ、えーと。別に何でもないけど」
卵焼きをぱくっと食べて、そのまま口の中にお箸を差し込んだまま口ごもるオレに、蛮ちゃんがにやりとして言います。
「つまんねーコト、いつまでも覚えてんじゃねーよ」
「あ・・・」
お見通し、ですか。


でもね、その後、いろいろ話してくれて。
蛮ちゃんは、ちょうど今の蛮ちゃん(推定8歳)ぐらいの時にマリーアさんのところを出て、1人で生きてくことを覚えながら、いっぱい悔しい思いやら、やりきれない思いをしたから。
(口にはしないけど、きっとつらかったり、悲しかったこともたくさんあったんだと思う)
それを、なんだかまざまざと思い出しちゃうんだって。
小さい身体で、その目線で大人を見上げていると。
だからついつい、悪びれちゃうっていうか、そういう態度になっちゃって。

「悪かったな・・」
「・・・え・・?」
「オメーにあたる気はなかったんだけどよ・・」
「え、そんな・・・! オレ、全然、気にしてないし! ていうか、オレが余計な事あのおばさんに言ったから、怒ってんじゃないんだよね・・?」
「あ?」
「なら、いいんだ・・。よかった」

ひとりでため息ついてほっと安心しているオレを見て、蛮ちゃんがおにぎりパクつきながら笑って言いました。
「しかしなー。マジで、オレにオメーみたいな父親がいたら、さぞかし大変だったろうな」
「・・なんで?」
「不祥な息子のために、あちこちで頭下げ倒して謝ってよー。苦労させた事だろうぜ」
「蛮ちゃんー」
「けどま。そんな親に育てられてたら・・・。オレもこうはなっちゃ、なかったかもな・・・」
ちょっとしんみり言う蛮ちゃんに、今度はオレがにっこりして言いました。
「それは困るのです」
「あ? なんでだよ」
「今の蛮ちゃんがいないと、オレは今だに無限城で雷帝やってたと思うし。オレと会ってたりしてくんなかったはずだもん。だから、よかったなあって!」
にかっと笑うオレに、蛮ちゃんが照れたようにオレのオデコにデコピンして笑い返してくれます。
「ばーか」
「えへへっv」

「あ、そういや、テメーのいねえ間に、例の依頼人からヘブンに連絡があったってよ」
「え? 何なに? なんて?」
「なんのかんの言いつつ、『結構親思いなガキと子煩悩な父親の親子奪還屋』が気に入ったから、仕事頼むように伝えてくれってよ」
「えええ、本当!」
「ああ、よかったな」
「うん!! 」
「けどよー」
「うん?」
「親子ってのは、表向きだかんな! わーってるだろうな!」
「え? う、うん」
「テメーみてーな頼りねえのが親でたまるかっての。家に帰りゃ、オレさまがご主人様だ。よーく覚えとけよ」
「うん。って、ねえ。蛮ちゃんがご主人ってことは、オレは蛮ちゃんのおヨメさんってこと??」
「はあ?! なんでそういう発想になんだよ、オメーは!」
「だって、そうでしょ、そうだもん!」
「ちげーだろが!!! ご主人ときたら、テメーはペットだ、ペット!」
「えええ、オレ、お嫁さんの方がいい〜〜!」
「あのなあ〜!」




でも何のかんの言いつつね。
それから蛮ちゃんは、時々ちょいちょいと指で手招きしてオレをしゃがみ込ませて、ちゅっvとしてくれるようになったんだよねーv
自分が椅子とかそういうトコに乗ってオレの身長に合わせてくれてもいいんだけど、それはイヤなんだそうです。
『テイシュカンパク』がいいんだそうです。
・・なんだろう、ソレ。


何はともあれ、
オレたちは蛮ちゃんの身体が元に戻るまで、親子奪還屋として大売り出しすることになったみたいです。
いろいろあったけど、お仕事がんばって、早く蛮ちゃんにズボンを奪還させてあげなくちゃね。

頑張ろーね、蛮ちゃーんvv





えんど。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
書き出したら止まらない、パパGでございました。
結構”続きを!”というリクをいただいたので、うきうきしながら書いてみました。
なかなか銀ちゃんの泣き虫パパぶりと、子供なのになぜか亭主関白な蛮ちゃんが、書いてて大変楽しかったですv
やっぱり副タイトルは「旦那さまは8歳v」かなあ(笑)





2003年09月20日(土)
パパは奪還屋G-2(2)


一瞬の気まずい雰囲気を察したのかどうかはわかんないけど、オレがとがめるような表情をしたせいで、ちょっとヘブンさんは”マズイ”と思ったらしかった。
でも、だからって、なんでこういう展開になんのかは、オレ、わかんないんですけど!
ヘブンさあん。

汗をバッグから取り出したハンカチで拭いつつ、微笑みを取り繕いながらヘブンさんが言ったコトは、はっきり言ってもっととんでもなかったのです。

「あ、あ、そうそう!!! えーと、この口の悪いませたガキ、いえお子さんは、実はそのー、コッチにいる天野くんの連れ子でして―!」

・・・へっ?

真っ白になっていた頭の中が、なんか今度は再び一瞬で混乱の斑斑模様になっちゃった・・んですけど。

ええええ!?
どどどどうして、どうして!?
なんで、そーなんの、ヘブンさん!!!


「えええ! つつつ連れ子ぉ!?」
「え、え、えーと、そうなんですよ、ほほほ・・。年上の奥さんに子供を置いて逃げられて」
「に、逃げ・・・」
「まあ、それは気の毒に」
「い、いえ、あの! オレは、ですね!!」

めちゃくちゃ焦って、そうじゃないんです!と、慌ててまくって、テーブルに身を乗り出し弁解しかけて。
いや、弁解じゃなくて、本当に違うんだけど! 
だって、オレまだ18歳だよ?!
女の子のコイビトだっていないんだよ!?
でも。
でも・・・!
”そうじゃない”って言うことは、即ち・・・・どういう、こと・・・?
オレも、ヘブンさんと同じコト言おうとしてるってことにならない?


答えに詰まった――。


「あ・・・。えとあの、そ、そうなんです、実は!」
「あ?」
蛮ちゃんが、オレを驚いたように見上げたのがわかったけど、とにかく、いいや!
「オレ、あの、蛮ちゃんをとにかくちゃんと育てなくちゃいけなくて。でも、今お金ないからご飯もしっかり食べさせてあげられないんです! だ、だから、あの! オレ、頑張りますから! かならず依頼のものは奪還してみせますから、どうか、オレたちにまかせてください! よろしくお願いします!!」
ばっと立ち上がって、身体の横で手を指先までぴんと伸ばして、きちんとしっかり頭を下げる。
なんだか奪還依頼をしてきた人に、こんな風に頭を下げるのは初めてのような気がするなあ。
なんとか奪還して欲しいと、逆に頭を下げられることはあったけれど。
だから・・。
きっと蛮ちゃんはこういうの嫌うだろうけど・・。
でも、仕方ない。

しばらく、じーっと頭を下げたままにしていると、”いいわ”とおばさんの声がして、オレはほっとして顔を上げた。
でもおばさんは、やっぱり怖い顔のままで、こう言ったんです。

「ご事情はよーくわかったわ。依頼の件は、おまかせしましょう。だけどねえ」
「はい?」
「アナタ、いくら若いお父さんで苦労してるからって、これは駄目だわねえ」
「え・・?」
おばさんは、大袈裟に片手で頭を抱えるようにして、もう片方の手をひらひらさせた。
嫌悪で眉間に大皺ができてる。
そんな顔、しなくってもいいのに・・。
「まだ子供がコーヒーなんか飲んで、挙げ句に煙草ってねえ。おぞましい! ちょっと常識なさすぎなんじゃないかしら。どういうつもりなのかしらねえ」
「あ、は、はい・・」
「しかも口のききかたも知らないようだし。ちゃんとした教育受けてるの、この子。柄が悪くて、本当に聞いちゃいられないわ」
おばさんは、汚いものを見るような目で蛮ちゃんを見た後、明らかに蔑んだ目でオレを見た。
立ち竦んだまま、オレは何を言ったらいいかわからず、でも、黙っているわけにはいかなくて。
「あ、いえ・・。でも、あの、蛮ちゃんはすっごく頭良くて、オレなんかと違って何でも知ってるし、何でも出来るし・・!」
「だからってねえ、子供にはちゃんとした教育と生活のできる家庭環境ってものが必要なのよ! だいたいアナタ、こんな裏稼業の仕事してないで、コドモ育てるんだったら、まともな仕事探してちゃんと育てなきゃ! 父親がそんな破落戸みたいなことやってるから、子供までこんな風に柄が悪くなっちゃうのよ! アナタみたいにロクでもない大人になられちゃ困るんだったら、しっかり教育し直さないとね。ちゃんと育てられないっていうんなら、然るべき施設にでも預けて・・」
「え? あ、預けるだなんて、そんな・・!!」
「だって、しょうがないじゃないの、こんな状態では。だいたい、児童福祉法ではねえ」
「そ、そんなことないです、しょうがなくなんかないです!! オレ、ちゃんと育てられます! お、オレの子・・・だし!! オレが責任もって!」
なんだか自分が何を言ってるか、わかんなくなってきたけれど。
この時は、とにかくオレ、必死だったから。
このおばさんが、どこか役所のヒトのところにでも連絡して、それで蛮ちゃんをオレから引き離そうとするんじゃないかとそう思って、とにかく泣きたいくらい必死だった。
「だから、責任持つって言ったってね、アナタみたいに、子供が子供を育ててるようなものじゃあ」


「うるせえ、ババア!」

「バ・・・」
「黙って聞いてりゃよお、いい加減にそのうるせえ口閉じやがれっての!!」
「ば、蛮ちゃん!」
「オレがどーだろーとコイツにゃ関係ねえ! コイツに文句垂れるぐれえなら、オレに直接言やあいいだろうがよ!」
「ば、蛮ちゃん! 蛮ちゃん、駄目だよ!!」
「うるせえ!! テメエも、んなヤツらにまでヘーコラしてまで仕事欲しいのかよ!」
「ちょ、ちょっと蛮クン!」
今までのやりとりで、雲行きが更にヤバイ方向に行き始めてることに気がついて、ヘブンさんも真剣になって蛮ちゃんを止めてくれました。
だのに。
「どーせ、ロクでもねえ依頼なんだろうぜ!」
「蛮ちゃん!! やめてよ!」
「今度コイツの事を悪く言いやがったら、そのぶ厚い地層みてぇに塗ったくってやがる化粧ひん剥いて、化けの皮剥がしてやっからな! クソババア! テメーらの仕事なんざ、こっちから願い下げだ。んなもん受けられるかってぇ・・・」

「やめてよ、蛮ちゃん――!!!!!」

「・・・・銀ちゃん?」
・・・たぶん、オレがこんな風に蛮ちゃんの話を遮ったのも、怒鳴ったりしたのも、きっと初めてだったんじゃないかって思う。
ヘブンさんが、すごく慌ててる。
でも、だって、しょうがないじゃないか・・。
俯いたまま、蛮ちゃんの方を見ないで、できるだけ静かに言った。
「まだ、お話も聞いてないし、そんなのわかんないじゃん・・。そんな言い方しちゃいけないよ」
「――!」
蛮ちゃんが、凄い目でオレを睨んだのがわかった。
・・・・怒らせちゃった・・。
オレのために、言ってくれたのに。
でも・・。
「あ、スミマセン。オレ、いけないトコあったら、ちゃんと気をつけますから。でもあの、そういうの蛮ちゃんのせいじゃないし、やっぱり、オレがきちんとしてないせいだって、そう思うんです。だから、あの。蛮ちゃんの代わりに謝ります。ごめんなさい」
「銀ちゃん・・」
テーブルに額がくっつくぐらい身体を折り曲げて、絞り出すような声で言う。
「ごめんなさい・・」
なんで謝ってるのか、よくわかんなくなってたけど。

でも、オレは、蛮ちゃんと離されるのイヤだよ。
そんなこと、絶対イヤだ。
この時は、それしか頭になかった。
このおばさんたちに、そこまでする気なんか全然なかったってことは後から知ったけれど。
まだまだ外の世界の社会のシステムをよく理解できてなかったオレは、ちゃんと子供を育てられないお父さんやお母さんのところには誰かから通報を受けたお役所の人が来て、問答無用に親から子供を引き離して連れていってしまうんだって。
そんな風に思っていたから。

「・・・ああ、いや。そんなに丁寧に頭を下げていただくようなことでも・・。なぁ?」
困ったようにおじさんが言った。
おばさんも、ちょっと困ってる風で。
「え? ええ。まあ」

よかった。
とりあえず、わかってもらえたみたいで。
じゃあ、これでやっとお仕事の話ができるやーとほっとして席に着きかけた瞬間。
オレは凍った。
蛮ちゃんがオレを見もせず、そのままカタッと席を立って、さっさと店を出ていってしまったから。

「ば、蛮ちゃん?!」

うそ・・。
そんな。どうしよう。

「蛮ちゃん! あ、オレ、ちょっとごめんなさい!!」

言って、慌ててヘブンさんを押し退けるようにして蛮ちゃんを追っかける。
扉を乱暴に開いて、とにかく店を飛び出した。


――人混みの中に消えていく、小さな後ろ姿が見え隠れする。


「蛮ちゃん! 蛮ちゃん!!」

いつもなら、こんな風に蛮ちゃんを追っかけてくオレを、ちょっと歩く速度をゆっくりにしたりして、ちゃんと待っててくれるのに。
向けられた背中は、もうオレを拒絶しているかのようで。


「蛮ちゃん・・?」

それにショックを受けて思わず立ち止まっているうちに、蛮ちゃんの姿はどんどん見えなくなっていっちゃって。
はっと気がついた時には、遅かった。
大人の中に、小さな姿は一度見失うと、もう探すのは困難で。


「どこ? どこ行っちゃったの!? ねえ、蛮ちゃん!! 蛮ちゃん!!」


行き交う人の波を掻き分けるようにして、オレは走り回った。
走って、呼んで、走って、叫んで。

声の限り叫ぶけど、返事はない。
どうして――。
どうして、どこに行っちゃったの?


「蛮ちゃあああん!!!」


オレのせいだ・・。
オレがあんなこと言ったから・・。
本気で怒らせちゃったんだ・・。
もう、愛想つかせちゃったのかもしれない・・・。

でも、オレ、どうしてもお仕事欲しかったんだもん・・。
どうしても。

蛮ちゃんに美味しいごはん食べさせて上げたかったし、ズボンだって買ってあげたかったし。
オレの力だけで、なんとか頑張ってみたかったんだ。
いつも、蛮ちゃんの世話にばっかなってるから。
だから――。

だから・・・・。




街が夕暮れに赤く染まり出しても、オレは、夢中で蛮ちゃんを探し続けた。
もう会えなくなるんじゃないかって、そんなイヤな予感に押し潰されそうになりながら。



2003年09月19日(金)
パパは奪還屋G-2(1)


「ねえ、本当に大丈夫なんでしょうねー」
「ああ」
「って言っても蛮クン。銀ちゃん1人じゃ結構荷が重いかもしれないわよー、今回の仕事。注文も危険も多そうだし」
「だーれが銀次1人にやらせるっつったよ」
「え? で、でも蛮くん、その身体じゃあー」
「そ、そうだよ、蛮ちゃん! オレ、1人でも何とかやってみっから! だいたい小さい子を、そんな危険なとこ連れてけな・・・・いたぁ!」

思い切り後頭部をゲンコで殴られ、思わずオレはテーブルに撃沈しました。
ひどいよー。
”絶対大丈夫だから、お願い、お仕事ちょうだいちょうだいv”とヘブンさんを拝み倒して、やっとお仕事ゲット〜vってところまでこぎつけたオレに、なんてことすんですか! 蛮ちゃん!
ヘブンさんがそれを見て、カウンターの席で、はー・・と心底不安そうなため息をついてます。
ま、気持ちわかるけど。

いつも通りのホンキートンクで、いつも通りにヘブンさんの仲介で仕事の依頼人さんを待っているオレたちですが、そう、今日はいつも通りとは大きな違いがあるのです。
蛮ちゃんが中身は18歳のまま、見かけだけ推定8歳に縮小されちゃってるせいなのです!
そのうえさ、なーんか身体が縮小されちゃってる分、逆に態度と性格の問題点は拡大されちゃってる気がするし。
こんなで依頼人さんとのお話、ちゃんと進むのかなあ。
オレもヘブンさん以上に不安です―。


「ねー、蛮ちゃん。依頼人さんとはさ、オレがお話すっから。蛮ちゃん、お願いだから大人しくしててよね」
「なーんだとぉ!? テメエ、誰に向かってんな口きいてやがる! ゲットバッカーズのナンバー1はいったい誰だと・・!」
「わかってます! わかってっけど、しょうがないでしょー! こういう話はやっぱ大人がしないとさ」
「テメエのどこが大人だってんだ!」
「蛮ちゃんよりは大人だもん!」
「見かけだけだろうが! おツムは小学生並のクセしやがって」
「小学生?! いくら何でもそこまでじゃないよ!」
「はーん、だったらテメエ、この計算やってみな! 小学校5年生算数!」
蛮ちゃんてば、ヘブンさんの手帳をひったくって、がしがしとボールペンで何やら書いて・・。
うわ、数字いっぱい・・・。
しかも。
0の右下についてる点は何だろう・・・。
「ぜろ・・・・てん?13×5・・てん?いち・・・・・・・」


「んあー・・・?」
タレちゃいました。泣きそう。
プスプス・・・・。
頭から煙も出ます。


「ちょっと蛮クン! もう、そろそろ依頼人さんが来ちゃうっていうのに、銀ちゃんタレさせないでよねー! 目つきの悪いチビ蛮クンに、頭の悪そうなタレ銀ちゃんのコンビじゃあ、仕事の話になんかなんないじゃない!」
「ヘブンさん、ひどいよー」
「まあ、その通りだがな」
波児さんが新聞読みつつ、へっへと笑ってツッコミます。
もう、笑ってる場合じゃないよ。
コッチは『しかつもんだい』なんだから!
とりあえず気を取りなおして、リアルに戻って蛮ちゃんに向き直ります。
でもいつものように向き直ると、いつもの目線には当然蛮ちゃんはいないので、ちょっと見下ろすカタチになります。
なーんか、変な感じ・・。

「とーにかくさぁ、お仕事ないままじゃ困るんだから! 蛮ちゃんのズボンだって買えないし!」
「は? 蛮クンのズボン?」
「あ、うん。蛮ちゃん、小さくなっちゃったら、なぜか半ズボン履いてて・・。でも半ズボンはイヤだなんて我が儘言うんだよ、ヘブンさん! 結構似合ってて可愛いのにって・・・いででで! 顔ひっぱるのやめてよー、蛮ちゃん! タレてない時はそんなにほっぺた伸びないから、すごく痛いんだよ〜!?」
「痛ぇからやってんだろーが! ったく! オレはな、テメーみたいに好きで膝出してる気色悪いヤローとは違うんだよ!」
「え?! き、気色悪い? なんでー?」
「露出させてんのが好きなんだろーが」
「ろしゅつ? でも慣れたらこの方が動きやすいんだけど」
「そん代わり、足蹴り上げりゃ、パンツまで見えちまうくせによ!」
「ええっ、パンツ見えてる?! ホント?!」
「・・・・あんた、銀ちゃんのどこ見てんのよ・・」
ヘブンさん、ツッコむとこはそこじゃないような・・。←いえ、ソコで合ってます。
「好きで見てんじゃねえ! この変態露出狂が見せてやがんだっての! あ、そっか。ヘブン、テメー同類じゃねえか」
「あたしのどこが変態露出狂だってのよー!」
「充分変態じゃねえかよ。今にもチチがこぼれ出そうな服きやがってよー。あんま、うるせぇとチチ揉むぞ、オラ!」
「ぎゃあああ、何すんのよこの変態ガキー! 揉むなああ!!」
「ガキたぁなんだー!」
「ちょっと蛮ちゃん、小さい子が女のヒトのチチなんか揉んでちゃあ駄目だよ! よしなよってばー。もう!」
「誰が小さい子じゃー!!」




「どーでもいいがな。オマエら・・・・。さっきから依頼人さんがお待ちかねなんだが・・・」



波児さんの心底呆れたような台詞に、思わず3人同時にぴたっと動きを止めました。

・・・・・・え?



しーん。




大騒ぎになってるオレたちを前に、依頼人さんのたいそうお金持ちそうなご夫婦は、店の扉を開いたところでしっかり固まってらっしゃいました。
ははは・・。
不安そう。

そりゃそうだよねー。
髪の毛振り乱して少年の首締めてる仲介屋のお姉さんと、そのチチを小さな両手に鷲掴みにしてるいかにもタチの悪そうな男の子と、その子の足で思いきり顎蹴り上げられている情けないオレ・・・だもん。
そりゃ、不安にもなるよ・・ね。

ていうか、波児さんも、もっと早くに教えてよー。






「えーと、坊やは? チョコパフェとかがいいかな」
「あ、オレ! オレ、チョコパフェがいいですv」
「は?」
「・・・オレはブルマン」
「はい?」
「あ、坊や。お砂糖とミルクは?」
「んなもんいらねえよ。ブラックでいい」
「・・・・はあ」
「あ、オレ、すみません。お砂糖とミルクたっぷりでv」
「・・・はあ・・・?」
「おい、波児。灰皿ねぇぞー」
「おまえなあ、そんな身体になってもまだ吸うかい」
「おうよ、煙入れてねーと肺のチョーシが悪くなっちまうかんなー」



「えーと・・」


なーんというか、どうしたらいいんでしょう、このフンイキ。(滝汗)


ブラックコーヒー飲みつつ、煙草をぷかーとふかしている推定8歳児の蛮ちゃんと、その横でチョコパフェを嬉しそうに食べてる一応18歳のオレ。
完全に固まってる依頼人さんと、冷や汗だらだらのヘブンさん。
ちなみにボックス席の向かい側に依頼人さんご夫妻と、コッチ側に蛮ちゃんを真ん中にオレとヘブンさんが坐ってて。
まあ狭いけど、こういう場合、蛮ちゃんが小さいのは助かります。
って、そういう問題じゃないか。

「え、えーと・・・ですね、こっちが奪還屋の天野銀次くん・・・なんですけど」
「あ、天野銀次です、よろしく! で、隣が・・」
「で、あのご連絡いただいた依頼内容についてなんですが」
「あ、あれ?ヘブンさん? 蛮ちゃんは?」
「いいのよ!」
「いいのよって・・」
「オレをシカトしやがる気かよ、デカチチ!」
「あーのねー!」
「で、ですから、こっちはオレの相棒で、美堂・・」
「黙ってらっしゃい、クソガキ!」
「クソガキたぁ、何だ!」
「だから、あの・・。奪還屋ゲットバッカーズのナンバー1・・」
「ノーミソ全部チチに取られちまってよぉ!」
「フン! どこもかしこも小さくなっちゃったクセに、ナマイキ!」
「どこもかしこもってつーのは、ドコよ?」
「ど、どどドコって」
「ねー、だから、やめようってばー、二人とも!」
「ケッ、今更カマトトぶりやがってよ」
「かっ・・! 何よ、キンキン高い声で喚かないでよね、うっさいんだからー」
「た、高い声ー!? テメエ、この美堂蛮さまの低音の魅力を・・!」
「それのどこが低音だっていうのよ!」
「あーのねー! だからさぁ、二人とも!」
「んだとぉ!?」
「なによぉ!」


・・・なんだかヘブンさんまで、コドモっぽくなっちゃってます、とほほ。
なんでこう、お互いそんなどーでもいいことでムキになっちゃうんだよー。

今にも、取っ組み合いを初めてしまいそうな蛮ちゃんとヘブンさんは、もうこの際無視です。
オレはお仕事がしたいのです。
蛮ちゃんにご飯とズボン、絶対買ってあげたいし!


「あの・・。スミマセン。オレでよかったらお話聞かせてもらいますけど」
すまなそうに言ったのがよかったのか、どことなく気が弱そうなおじさんは好意的に頷いてくれました。
ちょっとおばさんの方はヤバそうだけど。
なんか怖そう。
顎の尖った厚化粧お顔も怖いけど、金色の縁取り眼鏡の奥の目が大変に鋭くて怖いです。

「で? こちらの坊やは?」
うわあ、せっかく話題を変えようとしてんのに、おばさん、蒸し返すのやめようよー。
「あ、あの。えっと」
慌てて言い訳を考えるオレを置いて、ぎゃあぎゃあ騒ぎつつもしっかり耳だけはコッチに向いてたらしい蛮ちゃんが、間髪を入れずにそれに答えました。


「おう、オレはこの女の隠し子よ」


「はあ!?」
指さされたヘブンさんが、目を剥いてびっくりしてます。


・・え・・・?
えええええええ!?!?
知らなかった! そうなの!!!

・・・って、そんなわけ、ないじゃないか!
しっかりしろ、オレ!!

蛮ちゃあん。もうー。


「ほお、お若いように見えるのに、ご苦労なさってるんですなあ」
「ななななんてこと言うのよぉ、このガキ・・!! いえ、蛮クンってばもう、いやねえ、ほほほ・・・」
ほ、ほんとに、蛮ちゃんたら何ってことを!
「ごっ誤解ですわ、私、第一そんなトシじゃあ」
「テメーのトシなら充分ガキぐれぇ出来るだろうがよ?」
「出来ないわよお、失礼な!!」
「へー、意外に男とヤる時ゃ、マジメにハメさせてんだ」
「ああああのねえ、あんたねえ!」
ヘブンさん、真っ赤です。
そりゃあ、そうだよね。
でも、ハメるって何をだろう。
「まあ、けど失敗してデキちまってからじゃあ、遅いわな」
「デキてないってのー!」
「つってもなあ、こうやってオレっていう証拠があんだから」
「ちがーう!! 第一ね、私の子なら、私に似てもっと可愛いはずよ!」
「可愛いじゃねーか、充分!」
「何言ってんのよ! アンタみたいなにくったらしい子、私の子じゃないに決まってんでしょ!!」
「あぁ?!」
「アンタみたいな子だったら、アタシはいらないわよ!!」

「・・・! ヘブンさん?」


その時。
ヘブンさんは興奮してたから、自分が何言ったかなんて、きっとわかんなかっただろうと思う。
今までの売り言葉に買い言葉で全然悪気がないってことは、オレだって蛮ちゃんだってワカってたし。
でもオレは。

でも、オレは見ちゃったんだ――。




その一瞬の、蛮ちゃんの横顔を・・・。