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風太
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2002年12月31日(火)
ココロの指定席2


「蛮ちゃん!!」
「おう、銀次」
「おかえりー! 何も言わずにどっか行っちゃったから心配したんだよお」
ホンキートンクに入るなり、子犬が尻尾を振って飼い主を見つけて駆け寄ってくるような、満面の笑みで腕に抱きついてくる銀次を、蛮がやれやれ・・という顔で見つめた。
「大のオトコが、んなことで、いちいち心配すんじゃねーよ」
「アンタが、ほってくからでしょー」
横から、カウンターに頬杖をついて、ヘブンが呆れたように言う。
「よお、ヘブン。おっ、何だよ仕事かぁ?」
「ちょっと、士度クンのことで話があっただけよ。そしたら、銀ちゃんが”蛮ちゃんがいない〜”って」
「だって、こんな時だし・・。心配だったんだもん・・」
「ちょっといなくなったからって、本当にテメーはよー・・」
コドモのような目で見つめてくる銀次に、蛮がコツンとその頭を拳で殴りつつも、やさしい目をして笑みを浮かべる。
それに、安心したように銀次が笑った。
「ちょっとやーね! アンタたちって! 何、人前で堂々とオトコ同士でいちゃついてんのよ!!」
蛮の後ろから扉を開けて入ってくるなり、いきなり目に入ってきた蛮と銀次のじゃれている姿に、ムッとしたように卑弥呼が怒鳴る。
「あら、レディポイズン。蛮クンと一緒だったの?」
「別にィ。ちょっとソコで会っただけよ」
「ふうん」
「ちょっと何よ、仲介屋! 喧嘩売ろうっての!」
「喧嘩って、アタシは別に何も言ってないじゃない!」
「今なんか、言いたげにさ!」
いきなり、噛み付きだしたオンナ二人に、ぎょっとしたように慌てて銀次が(よせばいいのに)止めに入る。
「ちょ、ちょっと二人とも、なんで会っていきなり喧嘩すんのー。仲良くしようよ、ねっ。卑弥呼ちゃんも」
「気安く呼ばないでよね! だいたい、なんでアンタに”卑弥呼ちゃん”なんて呼ばれなきゃなんないのよ! 気持ち悪い!」
「き、気持ち悪・・」
「ああ、もう、アンタのそういう間抜けツラ見てっと、なんかむっしょーに腹がたってくるわ!!」
「・・・かなり機嫌悪いわね。アンタ・・ オトコにでもフラれたの?」
「うるさい! 関係ないでしょ、この乳デカ女!」
「な、なんですってええ! それは、胸のナイもんのヒガミってもんでしょーが!!」
「何ィ!?」
「やる気?!」
「上等じゃない! オモテ出なさいよぉ、オモテー!!」
「・・・・・あ、あの」
「いいから、ほっとけ、銀次」
「え、でも、蛮ちゃん」
「いいからいいから。んじゃな、波児」
「お、おい蛮! なんとかしてくれよ、おい!」
波児の助けを求める声をシカトして、銀次の腕をひっぱって蛮がとっとと店を立ち去るべく、扉に手をかける。
「で、でも蛮ちゃん」
「おら行くぜ、銀次」
「あ、でも、なんで卑弥呼ちゃん、あんなに怒って・・・」
「知らねーよ。ハタ日なんじゃねーのかあ?」
「は・・・?」
「ほら、オンナはよー、月に一回・・」
「蛮―――!!!」
蛮の台詞にかぶるようにして、真っ赤になった卑弥呼が怒号を上げる。
蛮はそれにけらけら笑いながら、銀次をひっぱったまま、店の外に出た。
「怖ぇ・・。おら、行くぜ」
「え? うん・・・」
まだ何か言いたげな銀次の後ろで、物が壊れる派手な音がして、波児の悲鳴がこだました。



スタスタと行ってしまう蛮を追いかけて、スバルの駐車場所まで辿り着くと、さっさと運転席に滑り込む蛮に慌てて銀次もそのサイドシートに転がり込む。
そう、自分の指定席に。
「何、慌ててんだよ?」
「え? だって・・。置いてかれるかと」
「バカ。置いきゃしねーだろ?」
「・・うん」
いつになくやさしく言われて、銀次がちょっと驚いた顔をして、シートに坐ってベルトを締める。
蛮は、どこに行くとも告げるわけでもなく、車を発進させた。
走り出す車の中で、銀次が蛮を見ながら、ちょっと悲しそうに言う。
「ねー、蛮ちゃん」
「あ?」
「卑弥呼ちゃんはさー、どうしてあんなにオレのこと嫌うのかなー?」
唐突な問いに、蛮が驚いたように銀次を見る。
「別に。単に虫の居所が悪かっただけだろ?」
あっさり返され、ちょっともじもじしながら、銀次が蛮を見た。
「・・でもさー。あ、、さっきまで一緒だったんでしょ? 何か言ってた?オレのこと」
「いや、仕事のハナシしてただけだ。色々、あんだよ、運び屋業界ってヤツもな」
「そっか・・・。でもさ、卑弥呼ちゃんってさ、蛮ちゃんのコト好きなんだよね?」
またしても唐突な問いに、蛮が思わずアクセルを踏み込んでしまい、車がギギィインといきなりスピードを増す。
何をいきなし言いやがるんだ?
卑弥呼よりも、精神年齢じゃ全然お子サマの癖しやがってよ・・!
と、内心焦りつつ、思わず怒鳴る。
「あ゛あ゛?! 何言ってんだ、テメー! んなわけねーだろ、アイツとオレとは兄妹みてーなもんだしよ!」
「でもほら、蛮ちゃんが、そうでも卑弥呼ちゃんはさー・・。だから、いつも一緒にいるオレが疎ましいっていうかさー オレがいるから、蛮ちゃんと二人きりになれないし・・」
・・・へえ、オメエにしちゃ、えらくマトモな考察だ。
まあ、そんなとこもあるだろーが、本質的にゃそういうコトじゃなくて、だな。
言いかけて、次の銀次の一言に、蛮ががっくりと肩を落とした。
「蛮ちゃんも、オレがジャマな時あったら、遠慮しないで言ってよね? オレ、鈍感だから気がつかなくてさ」
・・・・ほら、やっぱりはき違えてやがる・・・。
卑弥呼が仮にオレに惚れてるとして、そんで八つ当たりされてるってのは、確かにテメエが原因なんだが、なんでそういう結論になるよ?
オレの気持ちがどっち向いてるとか、そういうハナシにゃ、ならねーか?
この鈍感!
「いてっ!! な、なんで、いきなり殴るの〜!」
「なんか、ムカついた」
「なんかって、ねえ・・・!」
殴られた頭を押さえて蛮の方に身体を向けて、銀次がちょっと何かに気づいたような顔になる。
後部座席から、卑弥呼の香水の匂いがする・・。
・・あれ? オレいなかったのに、何で後部座席?? 
隣に坐らなかったのかな?卑弥呼ちゃん。
思って、つい、不思議そうな顔で蛮を見た。
「・・・・んだよ」
「え・・・・あの」
「言いたいことがあったら、はっきり言いやがれ!」
怒鳴られて、思わずビクついて、ついつい思っていることがそのまま口から出てしまう。
「あ・・・あの、蛮ちゃん。蛮ちゃんて、オレいない時も、誰かスバルに乗せる時は、ココに誰も座らせないんだって、ヘブンさんが言ってたけど・・・? それって」
銀次の口からついて出た言葉に、蛮が思わずムッとなる。
・・・ヘブンのヤツ、余計なことを・・!
思いきし、チチ揉むぞ、テメー。
事実とはいえ、本当のことだけに、誰かに指摘されるとどうにもこうにも腹が立つ。
「運転してる時に、隣に誰かいやがると気が散んだよ!」
「え〜!ってことは、オレも後ろに行った方が・・」
「だ〜! そうじゃなくてよ!」
「だって、気が散るって」
「だからよ、最後まで聞けって、このドあほ!! テメエ以外のヤツがそこに坐ると、なんかわかんねーけど苛ついちまうって、そう言いたいんだよ、オレは!!」
蛮にがなられて、銀次がきょとんと目を丸くする。
「オレは・・・いいの?」
「ったりめーだろが」
「なんで?」
「なんでって。テメエの指定席だろが、ソコは!」
言うだけ言って照れたように、暗くなってきた運転席側の窓にフイと顔を背ける蛮に、銀次が呆然としたようにそれを見つめ、それからゆっくりと笑顔になる。
「・・・蛮ちゃん・・」
「オレ様の隣にそうやって居すわってられんのは、テメーぐれえのもんだ。光栄に思えよ」
「うん!」
ハンドルを右にきりながら、隣のシートをちらっと見る。
・・たく、嬉しそうな顔しやがって。意味わかってんのかよ?
それから、たぶん銀次のことだから、訊きたくてもきっと聞いてこないであろうコトも、ついでだからと一緒に答える。
「卑弥呼んことは・・・・オレにとっちゃあ、親友の忘れ形見みてえなもんだから」
「うん・・」
「気にすんな」
「蛮ちゃん・・」
「あれで、結構テメエのことは気にいってんだ。意地っ張りなのと、ちょっとヤキモチやいてやがるだけさ」
「・・・うん。だったらいいけど・・・・ あ、でも、きっとそうだね」
「ああ」
蛮の言葉なら何でも信じると、そう言いたげに頷く銀次にやさしい瞳を返して蛮が言う。
「なあ、銀次」
「ん?」
「オレの隣は、テメエの指定席だっつったろ?」
「うん!」
「誰かに譲れとか言われても、安請け合いすんじゃねーぞ。オレは、ぜってぇに、オメー以外のナビなんていらねーんだかんな!」
蛮の強い言葉に、弾かれるように銀次が頷く。
「うん!!」
それに満足げに笑みを返すと、蛮がハンドルを持つ手を持ち替えて、左手でくしゃくしゃと銀次の髪を掻き混ぜた。
そして、思う。
ま、ナビっつっても、地図もロクに読めやしねーんだけど。
どっちが北か南かもよくわかってねえしよ。
それでもいいんだ、そういうポンコツナビでも、コイツがいいんだ。
どんなに狭い車で、肩の触れ合うくらいの距離にいても、1人で乗ってる以上に、銀次の隣でハンドルを握るのは心地がいい。
「蛮ちゃん・・」
「あ?」
「あんがとね?」
「何言ってんだ、バーカ」
肩をすぼめるようにして、ちょっと頬を染めて満面の笑顔の相棒に、蛮はやさしげに微笑むとコン!とその頭をこづくと、照れ隠しのようにアクセルを踏み込んだ。

・・・スバルが、夕闇の街の中に消えていく。





「しかし、アンタもまー、惚れた相手が悪かったわよねぇ・・」
「あ、あたしは別にさー!」
「まーしょーがないじゃない。アイツらは、二人で1人みたいなとこあるからー」
「・・・・・・・・・・」
「でも、まー。アンタもさあ、レディポイズン。けっこうカワイイんだし、もーちょっとその意地っぱりで気の強いとこ何とかしたらさあ、なかなかイケてると思うけどなー」
「そ、そう? そう・・かな」
「そうよ! これからよ、これから! これからアンタが、どんどんイイ女になってきゃあ、そのうち蛮クンも振り向いてくれるわよ」
「う。うん・・!」
「ま。今夜は飲み明かしましょーよー つきあって上げるからさあ」
「そ、そうね。アンタ、見かけによらずにいいヒトよね、仲介屋!」
「見かけによらずは、余計だけどねー」
すっかり夜も深まって、あれからなんだかんだと言いつつ、酒を開けだしたオンナ二人は、同じような会話をぐるぐる繰り返しつつ、すっかり上機嫌に出来上がりつつある。
「ねー、これからさあ、アイツらも呼び出してやんないー?」
「おっ、ソレいいわねえ、仲介屋! 呼び出して、たんまり飲ませちゃおうかー」
「そうよ、それで、オトコ二人の赤裸々な日常生活を聞き出すのよ・・!」
「ば、ばっかじゃないの、何言ってんのよ、このオンナー!」
「だってさあ、オンナ寄せ付けない上に、車で二人で生活してんのよお、絶対アヤシイって!」
「やめてよお、ヤラシイわねー、アンタってー!」
「何もヤラシイことなんか言ってないじゃーん、何考えてるのよお、アンタってば。ひゃははは・・・」


妙なことで盛り上がり、しかもすっかり壊れている女二人に、カウンターの波児はすっかり声を掛けそびれたまま、隅から隅まで読み尽くした新聞を、また1面から読み出して、深々とため息をついた。

「というか、お二人さん・・・。とっくに閉店時間は過ぎてるんだけどな・・・・」








END
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

長いわりには、中身のないハナシですみません〜!
2002年最後に書いたのがコレかと思うと、ちょっとなんだか・・・。
基本的に卑弥呼ちゃんは好きなんですよv
つか、ヘブンとの組み合わせが好きv 
いや別に、CPとかそういうのではなく!(笑)
単にオンナ二人で、結構喧嘩しつつも仲がイイみたいな感じでv
卑弥呼とヘブンの、蛮銀ウォッチングみたいなハナシもまた書いてみたいなあv
ええっと、このハナシでは何が書きたかったかというと、卑弥呼ちゃんに銀ちゃんをノロケる蛮ちゃんと、いつも女の子がのっても絶対スバルのサイドシートは銀ちゃんが坐ることから、あそこって銀ちゃんの指定席なんだなあと思ったことと。
(つか、蛮ちゃんが銀ちゃん以外すわらせないってコトだもんね、そこんとこ萌えv
銀ちゃんはきっと女の子にゆずると思うんだよねー ヘブンにしても卑弥呼にしても夏実ちゃんにしても。
でも蛮ちゃんが、「テメエはそこに坐ってろ!」とか言うんじゃないかなーと、勝手に思ってみたりして)
銀ちゃんのことも、何気に妹的に心を許している卑弥呼ちゃんには、いろいろ話してくれるんじゃないかなあと。
ま、卑弥呼ちゃんにはいいメイワクなハナシでしたが(笑)

なんだか締まりのないお話でスミマセン・・。反省。




2002年12月30日(月)
ココロの指定席1

雲の流れが早ぇなあ・・・。

すっかり冬の色をした空を見上げ、蛮がハンドルの上に両足を組んで乗せたまま、ぼ〜っと紫煙をくゆらす。
サイドシートは、今日は空だ。
というより、仕方がなしに空にしてきたんだが。
・・・・いつまで、待たせんだ? とっとと、きやがれ。
ちらりと腕の時計を見て、少し苛ついたように交差点を行き交う人の波を睨み付けると、ふいにバックミラーに、こちらに向かって手を振る女の姿が見えた。

「・・・・おっせーよ、卑弥呼」
蛮が助手席のドアを開くと、駆け寄ってきた女がちょっと曖昧に微笑んで顔を覗かせる。
「ごめん、待たせた?」
「おうよ、たっぷり6分!」
「なんだ、そのくらい」
「普通なら、1分だって待たねえぜ? オレ様は気が短けーんだ」
テメーだから、しょうがなしに待ってやってたんじゃねーかと言わんばかりの蛮に、卑弥呼がちょっと嬉しげに、でも言葉には微塵も出さずに言い放つ。
「威張るようなことじゃないでしょ。ったく、あんたって!」
「プロなら、時間は厳守だろ。ま、いっけどよ。・・・・んだよ、ぼさっと突っ立ってねえで、乗れよ?」
「あ・・うん」
開かれたドアから招かれるようにして身を滑らせようとした途端、蛮の手によって、サイドシートはカクンと前に倒された。
「え?」
呆然としていると、くいと後ろを指差される。
「テメエは、後ろ」
ぶっきらぼうに言われて渋々後部座席に入り、シートを戻すと、蛮が勢いよく助手席側のドアを閉めた。
スバルが緩やかに発進し、道路脇から、車の流れにのって走り出す。
「んで? なんだよ、話って」
後部座席に追いやられたことに、不満げな卑弥呼にはお構いなしに、蛮が言う。
「あ、鬼里人のことなんだけどさ・・・。あたし、今回あの士度ってヤツからマドカって子のことで依頼受けて」
「・・らしいな。ヘブンから聞いた。クソ屍も一緒だって? なかなか濃いチームだぜ」
「茶化さないでよ。で、とりあえず下準備は必要だから、鬼里人について調べたの。一応、その報告」
「なんで、オレによ?」
「言っておいた方がいいかと思って」
「・・オレは依頼は断ったんだぜ? ヘブンから聞いてるだろが」
「・・知ってるわ。あんたの考えてることは、わかんないけど。でも、アタシになんかあった時のために、アンタに聞いておいてほしいのよ」
少し神妙な面もちで言われ、蛮が煙を吐き出しながら、ミラーごしに卑弥呼を見た。
「・・・・・・・しゃあねえな・・・」




「なるほどな・・」
「だいたい知ってた?」
「まー・・な」
「じゃ、大きなお世話だったかしら」
「いや、そういうわけでもねーぜ。・・・ただ、今回のこたぁ・・・」
そこで言葉を切る蛮に、即座に喰いつくようにして卑弥呼が言う。
「どうしてよ?」
「あ?」
「アンタさ、依頼してくりゃ、仕事だったら引き受けるって前にアイツに言ってたじゃない」
卑弥呼の言葉に、ちょっとうんざりしたように、蛮が前方を行く車の後ろに視線を逃がす。
「・・・・どいつもこいつも、なんでまた、その件に関してだけ妙に記憶力がいーんだよ」
「だって、あんなはっきりタンカきって・・! しかもあの男、土下座までしたっていうじゃない! あんた、そういうのって、見て見ぬ振りできるタチじゃないんじゃないの?」
「・・・・わかったような口ききやがって。ガキにゃわかんねー事情ってもんが、こっちにも色々あるってんだよ」
淡々と答える蛮に、ちょっと眉をひそめて卑弥呼が訊く。
「・・・・アイツのため?」
「・・あー?」
「天野銀次のため?」
吐き捨てるようなその言い方に、蛮がちらっと肩越しに卑弥呼を睨んだ。
そんな風にアイツの名前を口にすんじゃねえ、とでも言いたげな不機嫌な視線で。
けれどもそれは一瞬で消え、蛮は肩をすくめると、あきれたように言った。
「・・・・・おめーよ、卑弥呼。何度か仕事で一緒になったこともあんだから、もーちょいフレンドリーに出来ねーもんかぁ? 親の仇みてえによー」
「だから、アイツのためかって聞いてるのよ!」
「怖ぇー・・。何、1人でエキサイトしてやがんだ?」
「アイツ、毒蜂ってのにやられたんでしょ? 結構ヤバかったっていうじゃない。それでなの? アイツを闘わせたくないために、冬木士度の土下座をフイにしたっての?!」
卑弥呼の言葉に射るような視線を一度向け、ちょっと卑弥呼がぎくっと引いた所を見計らって、すぐにおどけた口調になってそれに返す。
「あんだよ、えらく猿回しの肩持つじゃねえか。もしかして、オメエ、アイツに気があるんじゃねーの? ま、けど猿にゃあ、嬢ちゃんがいやがるから、オメエのような色気もねーじゃじゃ馬じゃあ相手にもされねーか。そっか、そんで、そんなに機嫌悪ぃんだな。まあ、オメーももうちょっとチチがでかくなりゃあ、そのうちイイオトコも出来らあってもんだ。まーそんな焦るこたぁ・・・」
「アンタねえ・・・! よくもしゃあしゃあとそんなコト・・・!!」
「おわっ! いででで!! テメエ、ハンドル握ってる人間殴んじゃねー! 死にてーのか、このアマ!!」
「うるさい!!」


あやうく歩道に乗り上げ、電柱に激突する寸前で何とか回避し、ようやく普通に道路に戻って蛮が疲れたように肩で息をついた。
まったく過激なオンナだぜ。
さすが、邪馬人の妹だけはある・・。
そんなことを考えながら、くくっと笑いを堪えてハンドルを握っていると、少し静かになっていた卑弥呼が唐突に口を開いた。
「ねー、アンタたちってさ・・」
「ああ?」
「この狭い車ん中で寝起きしてんでしょ?」
「狭くて悪かったな」
「朝から晩まで一日中、一緒なワケよね?」
「それがどうしたよ?」
「・・・・あきない?」
「あ?」
「夫婦だって、そんなに長い時間一緒にいるわけじゃないでしょ。コイビトってんなら、尚更だし。男同士で、こんな肩くっつくくらいの距離にいて、息つまんない?」
後部座席に靴を脱いで横向けに坐って、卑弥呼が、ふいに、という感じで言った。
蛮が、言われて初めて考えたように、ぼんやりと答える。
「・・・・・・そーいや・・・・ねえなー。そういうこと」
「あたしや兄貴と一緒に住んでた頃のアンタでも、仕事で一日べったり一緒にいた日が続くと、フラッと2,3日どこかに雲隠れしたわよね。兄貴は、アンタが1人になりたいんだって、そう言ってた。1人でいるのが一番自分にとって居心地がいいってことを、それを知ってるからって。あたしは、それでも本当なら孤高を守りたいはずのアンタが、自分に無理をしてでもあたしたちと居てくれる、そのことが嬉しかった。・・・でも、今は、ちがうわよね。どうしてなの?」
問いつめるというよりは、自然について出た疑問のように、静かに問われて蛮もまた静かにそれに答える。
「どーして、っつわれてもよ・・。オレにもよくわかんねー・・・。確かに昔のオレは、邪馬人の言う通り、テメーらとでさえ何日もつるんでると、やけに1人になりたくなる時があった・・。息がつまるってよりは、単に1人の自分を取り戻したくなるって。そんな感じだったっけかな・・・。けど今は・・。そっだな、銀次といる方が、1人でいるより・・・ラクなんだ。あたりまえのように隣にいて、何一つの不自然さもなくそこで笑ってやがる。そんなアイツの隣が、オレにとっても、一番居心地のいー場所なのかも・・・・な」
隣の空のシートに視線を送って、蛮が言う。
その答えに、卑弥呼が後ろから身を乗り出して、蛮のシートの隅に手をついて顎を乗せた。
「・・・それで、あんたのサイドシートは指定席になってるわけ?」
「あ゛あ゛?」
「誰が乗っても、後ろにしか乗せないのよね」
卑弥呼の答えに、バツが悪そうな顔をして蛮がちっと小さく舌打ちする。
「・・んだよ、ソレ確かめるために、わざわざオレに、車で迎えに来させやがったのか?」
「別に、そういうわけじゃないけど」
「なら、何だ」
「・・あんたね! 一緒にこんな美女が乗ってんのに、ドライブに誘おうとか、そういうの思わないワケ?」
「ほーお、美女? え、どこどこ、どこにそんな美女がぁ!? イデェ!」
「ああ、もういいわよ! とっととホンキートンクに送ってちょうだい!」
完全にキレた顔の卑弥呼に、さすがにちょっとすげなくしすぎたか?と蛮が押さえたような声色になる。
「ホンキートンクでいいのかよ?」
「そうよ! どうせ、そこにアイツが待ってんでしょ? あんた、とっとと迎えに行きたいんでしょ! 何よ、さっきから時計ちらちら見ちゃってさあ! 感じ悪いったら!!」
その言葉に内心ギクリとしつつ、これだからオンナは油断ならねえと、蛮が心でこそっと呟く。
「別に、そういうわけじゃねーけどよ。行き先告げずに長い時間ほっとくと、アイツ、妙に不安がりやがるからな。ガキの頃に、置き去りにされたってのがトラウマになってるんだろーけどよ・・」
そう言って少し伏し目がちになる蛮の瞳は、卑弥呼が、今まで自分が見知った限りの、このオトコの瞳のどれにも当てはまらない。
深くやさしい瞳をしている。
思わず無言になる卑弥呼に、蛮が静かに言った。
「・・ま、でもよ。オレにとっちゃオマエら兄妹も、かけがえのない本当の仲間だって、ずっとそう思ってたんだぜ・・?」
「蛮・・・」
「ま、今言っても、信じられやしねーだろけどよ」
その言葉に嘘はないと知ってはいても、それは兄がいたからこそだ。
もしも、自分と蛮の二人の関係だったら、どうだったろう・・?
卑弥呼は考えて、ちょっと寒くなって自分で自分の肩を抱いた。
「・・・ね、1つだけ聞いてもいい?」
「ああ?」
「もしもさ・・・。あたしたちが、というか兄貴が『あんなこと』にならなくて、ずっと今もいっしょに『奪い屋』をやってたとして・・。そんな時に、アイツに出会ってたら、アンタはどうしたの? やっぱりアイツとツルむことにした? それとも、今でもずっとあたしたちと・・・・?」
その問いに、蛮が、ふっと遠くを見るような目をした。
「そっだな・・。それでも多分オレは・・・・」
即座に迷うこともなく答えを返そうとする蛮に、卑弥呼が慌ててその先を遮るように口を挟んだ。
「わかった! いいわ、ちょっと聞きたかっただけだから!」
ちょっと驚いたようにちらっと卑弥呼をミラー越しに見て、蛮が静かに微笑んだ。
「・・・・・そっか」
「ホンキートンク、送ってよね」
「おう・・」
それきり、卑弥呼は黙ってしまい、ただぼんやりと流れていく街の風景を眺めていた。
別に落ち込んだという風でもなく、不機嫌というわけでもなく、ただ静かに、微かにおだやかな微笑みすら浮かべて窓の外を眺めていた。
・・まったく。
どうもオンナの考えやがるこたぁ、わかんねー、と蛮がルームミラーに写るその横顔を見ながら思う。
それでも、コイツもいっちょまえに色々考えて、いつのまにかオトナの女に近づいてきてやがんだなあ・・。
などと、妹を想う兄の心境で、後部座席に気づかれないように、フッと微かに笑みを浮かべた。





2002年12月12日(木)
永遠のキズナ・永遠のオモイ

最近、銀次のヤローの機嫌が悪い。
つってもまー、あのアホのことだから、せいいっぱい機嫌悪く見せてんだろうけどよ。

蛮ちゃんは冷たい、だの。
冷たすぎだの。
どうせ、士度のコトが嫌いなんだから、だの。
前は、依頼してきたら引き受けるって言ってたじゃない。
ねえ、そう言ったじゃない。
ねー、蛮ちゃん。
もー、聞いてんの?・・・だの。

うっせーよ。
しつけーんだ、テメエはよ!

だいたい、何でオレが、あんな猿マワシのヤローのせいで、銀次のバカにグチグチ言われなきゃなんねんだ?
ムカつく。
てめえのケツは、てめえで持つって言ってたじゃねーか! ええ?!
男が一回宣言したことを、そうたやすく撤回すんじゃねえ。

猿のせいで、銀次のヤローが、
「魔里人と鬼里人って何なの?」とか、余計なことまで聞いてきやがる。
テメーのパーな頭に何言ったって、どうせ理解できないだろうが?
とかなんとか、はぐらかしているうちに、あのバカ、波児から聞き出しやがった。
教える波児も波児だ。
どうせ言ったって、あのボケにゃわかんねーのに。

・・・そうさ。
どうせ、わかりっこねえ。
テメーにゃ、オレの気持ちなんてものも、わかりっこねーだろう。
魔里人と鬼里人の長く歴史のある争いに首をつっこむなど、オレはゴメンだ。
巻き込まれて、何の得もねえ。
それよりも。
いや、仮にオレ1人だったら、それでもいい。
オレの首を狙う手練れが、また増えるだけのことだから。
だが・・・。

やい、猿マワシ。
テメエが、嬢ちゃんから離れられねえことで、そのために嬢ちゃんに火の粉が降りかかっても、テメエで守るってんのなら、それもいい。
けどよ。
その火の粉を、いっしょにケツ持ちしてかぶる、コッチの身にもなりやがれってんだ。
銀次はな。
その鬼里人の蜂野郎の毒に犯され、危うく命を落とすとこだったんだ。
解毒剤を手に入れるまで、オレがどんな思いだったか、テメエにわかんのかよ。
あのバカを失うかもしれねえと、本気でそう思った時の、あの寒さを・・。
薄ら寒い、頼りなさを。

『ばん・・・ちゃ・・・・・・・・・蛮ちゃ・・・・ん・・・・・』
高熱にうなされ、喘ぐように苦しげな息をしていた。
それでも、掠れた声で、懸命にオレの名だけを呼んでいた。

こいつを失うくらいなら、世界中がヴァンパイアウィルスに犯されても構わないとさえ思った。
銀次のいない世界なら、そんな地獄も似合うだろう。

銀次だけを、オレは助けてやりたかった。




街並みも、人の流れも、普段と何1つも変わらないその風景の中で、ふいにオレだけが足をとめた。
ズボンに突っ込んだ手の中で、煙草の箱をぐしゃりと握り潰す。


とにかく。
銀次はマークされてんだ、あの蜂に。
蜂は、テメエの客だろうが。猿回し。
テメエが相手すりゃいいことだ。
銀次を巻き込むな。
あれは、マドカの嬢ちゃんみたく、守ってやらなきゃなんねえようなタマじゃねえけどよ。
バカでお人好しで騙されやすくて、このオレさまに比べりゃ、まだまだ弱っちいんだ。
強ぇからと放っておくと、あっさりピンチになりやがる。
そばにいてやんねえと、いけねんだ。オレが。
ちっとは、守ってもやんねえと。

・・・・・・そっか・・・・。オレとて、猿と一緒か。

いつか、オレの呪われた宿命ってやつが、オレと一緒に銀次をも呑み込むかもしれねえ。
その前に。
いっそ銀次の側から、きれいさっぱり消えてしまうかと。
そう考えたこともあった。
そうするべきだと、何度も思った。
だが。
オレも、どうしようもねー馬鹿野郎だ。
ヤローに惚れすぎて、離れる機会を失った。
もう、出来っこねえ。
オレは、あいつから離れられねえ。
今さらもう、そんなこと、出来るはずもねえ。
あいつのそばにいて、何かあったらこの手で守ってやればいいと。
今は・・そう、思ってる。

愛だとか、そういうのはよくわかんねーけど。
そばにいるだけで、心からほっとできる。
あの太陽みたいな笑顔を、オレの手で守りてえんだ・・・。


なるほど。
つまり、猿にムカつくのは、同じ穴のムジナだから。
ってえわけか・・・・。




「蛮ちゃん! ねえ、蛮ちゃん! 待ってよ」
「・・んだよ」
『美しいチチになるために』の講座を終えて、とっととホンキートンクを出てきたオレの後を、ほっぽらかされた銀次が、慌てて追いかけてくる。
「ねえ、蛮ちゃん。士度、本当に大丈夫かなー? そんなさ。『せんじゅうみんぞく』とかの争いごとに巻き込まれちゃって・・」
・・言葉だけは、一応覚えたか。
けど、テメー、意味理解できてなかったろ。
「・・・猿なら、卑弥呼に依頼回しやがったみたいだぜ? ハナっから、あんまアテにされてなかったんだろ、オマエ」
「ひっどいなー。でも、アテにしてなかったのはオレじゃなくて、蛮ちゃんの方だけだと思うけどなー」
・・・ほら見ろ、またコトバに険がありやがる。
その話はいい加減にしやがらねえと、しまいにゃ、ブッとばすぜ?
不機嫌にシカトして、とっとと早足になるオレに、言うだけ言って肩を並べて隣を歩きながら、そのまま銀次が無言になる。
なんだよ、何考えてやがる?
自分1人で、猿の手助けがしたいなんて言いやがったら、この場でシメるぞ。
「ねえ、蛮ちゃんだったらさ」
「あ?」
「もし、士度の立場だったらさ。やっぱり裏新宿を出てくの?」
「あ゛あ゛?」
唐突に何を言いやがるんだ?
「士度にそう言ったでしょ。おまえが出ていけば済むことだって」
「ああ、それが何だ?」
「蛮ちゃんも、そうなの?」
「だから、何が」
「もしも、自分が好きな人のそばにいるためにさ。その人の身が危険に晒されんのなら、蛮ちゃんは、その人のそばを離れるようとするの?」
エライまた、オマエにしちゃあ意表をついた口撃だ。
「さあな」
「どっち?」
「わかんねーよ」
「でもさ、どっちかだったらどっち?」
「うっせーな、どーでもいいだろうが!」
「どうでもよくないよ、聞きたいよ・・!」
「なんで、そんなとこで必死になってんだ、テメエはよ! 関係・・」
関係ねえだろう!と言おうとしたところで、いきなり銀次がぴたっと足をとめた。
思わず、つられて一緒に立ち止まる。
そんなオレから、たたた・・と5,6歩前に進んで、そこからオレをまっすぐに振り返って、真剣な顔で言った。
「オレはね! 好きな人のそばを離れないから!」
「あ?」
バカヤロー、でかい声出すんじゃねえよ、みんな振り返ってくじゃねーか。
さっさとやり過ごそうと思い、軽く答える。
「へーそっか。オマエ、ナマイキに好きなヤツいんだ。ま、猿でさえも恋するこのご時世だし・・」
「いるよ」
きっぱりと答えられて、顔には出さずに思わず動揺する。

・・・・誰だ? マドカ・・? 
いや、夏実かレナ? 卑弥呼ってこたぁねーだろうから、まさか、ヘブンとか?

おいこら、待て。
オレは、そんな話聞いてねーぞ!!

「オレは、好きな人に迷惑がかかっても、やっぱ、その人のそばにいたいんだ・・! 離れるなんて、できないから。蛮ちゃんは? 蛮ちゃんはどうなんだよ! 好きな人と離れて、とっとと出てくの? 裏新宿から!!」
・・・・・何で、そこでオレに聞く?
しかも、怒鳴るな。
はぐらかすにはあまりに真剣な瞳に、つい、ぽろりと本音を漏らす。
「いや・・。オレも、離れるなんて、出来ねえな・・。もう、オレの道連れにすんだって、決めちまってるからな・・」
テメーを。
その言葉に、銀次がにっこりとさも嬉しげに笑う。
「・・うん!」
うんって、誰もてめえとは、口に出しては言ってねーだろが! 
それよか、オマエの好きなヤツって、誰よ?
聞こうとするより早く、銀次が腕を広げて、いつもの鳥みたいな手になって、ばたばたと走り出す。
そうして、振り返りながら、歯を見せて照れくさそうに笑った。


「うん! オレも!! 何があっても蛮ちゃんのそばを離れないから・・!!」


え・・?
てえことは・・・?
好きな人って・・・・・。


「蛮ちゃーん」
駆けていく銀次の髪が、日の光の中で黄金色に光っている。
イトシイヤツ。


「待ちやがれ、コラァ!」

言って追いかけ、追いついて。
笑いながら、いつものように、銀次の首に腕を巻き付け引き寄せる。
「わー、蛮ちゃん、くるしー」
それから、笑っている銀次の身体を、まだふざけているフリをしたまま、腕の中に抱きしめた。
「蛮ちゃん?」
「おう」
「ど、どーしたの?」
真っ赤になってやがる。
かーいいじゃねえか。
「離れないっつったろ?」
「え? そう、だけど。あの」
「・・・・んだよ」
「嬉しいんだけど」
「おう、そりゃ、よかったな」
「でもさ、あの」
「あ?」
抱きしめられたまま、オレの肩に顎をのっけて、完全に困ってるらしい銀次が言う。
「みんな見てるんだけど」
「構わねーさ、見せとけ」
こんな人通りの多いとこで、んなこと言い出すテメエが悪い。
「・・・・・うん」
往来のど真ん中でヤロー同士のアツイ抱擁を見せられつつ、迷惑そうに道行く奴らに一瞥を送りながら(バカヤロー、ケイタイで写真撮ってんじゃねえ! 金とるぞ、アホ女子高生が!)、オレは悠長に煙草をくわえた。

ああ、そっかよ・・。
今わかった・・・。
つまり、ここんとこ、てめーの機嫌が悪かったのは、猿の依頼を受けなかったことよりも、オレのソッチの発言が原因だったってことなのか・・。
あほくさ・・。


やい、猿。
テメエも今頃、んなふうに、嬢ちゃんとしっぽりやってんのかよ?
どうせ、何のかんの言っても、嬢ちゃんかテメエの身に、もし何かあったらコイツが放っておくわけがねえ。
と、なりゃあ、オレも、放っておけりゃしねーんだから。
そうなる羽目になる前に、とりあえず先に言っとくぜ。


ギャラは、たっぷりふんだくるからな!
いいな、覚悟しとけよ、クソ猿め・・!





END



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えと、今週のマガジン2,3号は蛮ちゃんも銀ちゃんも出番が少なかったなあ・・。
ちょっと淋しかったので、つい、妄想炸裂してしまいました。
波児の言ってた「アイツには誰よりもワカってるハズだぜ。愛するものを守るために、プライドもなにもかもかなぐりすてて仕事を頼んできた、士度の気持ちがな・・」という台詞に、さらに妄想爆発。
それって銀ちゃんのことかなあ?vと、つい思ってしまうあたり・・。
かなりキテますか?? 私。



2002年12月06日(金)
STAIRWAY

見上げた無限城の上の空は、どんよりとした雲に覆われていた。
それを睨みつけるように見上げるなり、一筋のいかづちが貫くようにして遠くに落ちた。

もう、ここには戻らない。

固く思いながら、踵を返した。
振り返るな。
オレは、皆を裏切って出てきたのだから。
行くアテすらない、外の世界に。
かつて、ふらりと外に消えてしまった天子峰も、こんな気持ちだったのか。
裏切りと、自責の念と、畏怖と、それでも、渇望してやまない外への思いと。
いや。
渇望しているのは、外へ、ではない。
自分の場合は、あの男へ、だ。
・・・・美堂、蛮。





ここに、あの男が、しばしば姿を現すと聞いて「HONKY TONK」という店の扉をくぐった。

たちこめる、コーヒーの香りと木の匂いの・・。
その慣れない暖かさに、ふいに心に痛みが走った。
暖かさやぬくもりに慣れない者にとって、それは時に刃となることもある。
それを見抜かれたのだろうか?
それとも傍目にそれとわかるほど、心は凍えていたのだろうか?
店のマスターは、カウンターにつくオレに、「凍えそうなんだろ?」と暖かいコーヒーを差し出した。
冷たい雨に打たれたような目をしている・・・?
この、オレが?
そんな風に言われたのは、初めてだ。
いや、もしかしたら、ずっとそうだったのかもしれない。
仲間たちの中に身をおいても、心の底から笑ったことなど一度もなかった気がした。

淋しい?
そんなことも、考えたことがなかった。
哀しい?
いや、それすら、わからない。

たぶん、今の自分はそうなのだろうと思う。
人の心を覗いたことはないが、自分に「淋しくて、哀しい」という感情がもしあるなら、これがきっとそうなんだろう。
誰かが傷つき息絶えた時も、自分の中にあったのは、これではなく、「怒り」だったから。
こういう感情を持つのは、自分が「雷帝」と呼ばれるようになってからは久しい。
もっとも、なぜ哀しいのか、淋しいと感じるのか、それは自分でもよくわからなかった。

その答えが欲しくて、
あの男を追って、何もかも捨てて、ここまで来た。

けれど。
会って、それでいったいどうするつもりなのだ。
追ってこいと言われたわけでもない。
ただ、闘って闘って、拳が割れて、肉が裂けて、血がどす黒く乾いた地面を覆い尽くし。
互いに差し違え同然まで、追いつめて傷ついて。
ただ、あの男と闘うことしか、自分の中にはなかったはずなのに。

血まみれの状態で気がついた時には、もう男の姿はなかった。
それがひどく心細いことのように思われて、それからずっと無限城に1人、その姿を探したが。
もう、2度とあの男が来ることはなかった・・。

だから、こうして、自分から出てきた。
せめてもう一度、会わなくてはいけない気がしたから。
このままもし、再び無限城で会うことになれば、また自分は闘うことしかできなくなる。
だが。
もう、あの男とは、闘いたくはない。
できることならば。

外の世界なら、守らねばならない仲間も掟も縄張りもない。
少し、話もできるかもしれない。

話す・・。
何を、話せばいいのだろう。



目の前に置かれたコーヒーの褐色をしばし見つめ、虚ろになっていく意識を取り戻すように、カップを手にとり口元に運ぶ。
あたたかい、コーヒー。
人の心も、外は、こんなふうな温度なのだろうか?
街は平和で、どこでも誰も、殺し合いなどしていない。
無限城が特別な無法地帯だとは知っていたが、これほどまでに違うとは。
物心がついた時から、あそこで育った自分には、信じがたい世界だ。
そのせいか、身体が鉛のように重く感じる。
環境との不協和音を、身体が感じているのだろう。
それが、「おまえは、ここにいてはいけないのだ・・・! 異端児なのだ!」と誰かに告げられているようで、ふいにいたたまれない気分に襲われた。
この感覚は、いったい何だろう。
思わず、オレは席を立ち上がった。


気がつけば、もうこの店のカウンターで数時間が過ぎている。
あの男は、もう今日は現れないのだろう。
落胆とともに、どこか安堵している自分もあった。


「ごちそうさまでした・・」
言って、もう店を出ようとカウンターを離れようとした途端、新聞を広げていたマスターの声に呼び止められた。
「待ちな」
「え・・?」
「もう、そろそろ来る時間だからな」
「えっ・・」
「アンタ、美堂蛮を待ってるんだろ? アイツなら、そろそろ腹減らして来る頃だ。もうちょっと待ってりゃ・・・・お? 噂をすりゃあ・・・」
煙草をくわえたまま、マスターが店の扉を顎で指し示す。
次の瞬間。
カランという音とともに、扉が開いた。
「おう、波児ー! なんか食わせてくれやー」
言いながら入ってきた男を見るなり、ドン!と心臓を拳で直接たたかれたような衝撃が走った。
体内の血が、がっと沸点まで温度を上げたような。
灼けつくような。そんな感覚。
美堂、蛮・・・!
心の中で叫んだが声にはならなかった。
ぐっと握りしめた拳が、じんわり汗ばむ。
しかし、そいつはちらっとオレの方を見ただけで、顔色も変えずに3つ,4つ離れたカウンターの席についた。
「あー、くそー! 煙草がもうねぇや!」
ポケットから取り出した、空になった煙草の箱をぐしゃりと握り潰してぶつぶつ言うと、アイツはマスターに軽口を叩く。
「あ、波児! 飯はツケでいっからよ」
「ツケでいいからよ、というのはコッチがお情けかけて言ってやる台詞だろうが! なんだ、この前からヤケに金回りがいいと思ったら、また派手に使い切っちまったのかぁ?」
「べっつに、使いきる気はなかったんだけどよ、愛しのジェニファーちゃんの調子が悪くてよー」
「また、競馬かい。おまえ、またアパート、そろそろガス・水道止められるぜ?」
「ああ、その前にそろそろ出てけって言われる頃かもなー。あのツルハゲ、ちょっと家賃が5ケ月滞ってるからってよ。うっせんだよ」
「はーぁ。・・・よく、おまえみたいのを置いとくよ。俺にはそれだけで、そのツルハゲがよく出来た人だって思うがなー」
「そっかあ?」
マスターと美堂蛮の会話を突っ立ったまま聞いていたオレは、無性に惨めな気持ちになっていた。

こういう風に、軽い話し方をしているのを見ると、あの時と同じ男だとは到底思えない気がしてくる。
あの凄まじい殺気もプレッシャーも、今はまったく感じない。
そうか。
普段はこんな感じの男なのか。
だからと言って、闘いを挑みに来たわけじゃないオレにとって、それは別に失望するようなことでもなんでもない。
ただ・・。


そうか、こいつは、オレのことなど覚えていないんだ・・。
無限城でやりあったことなど、別に取り立てて、どうということでもなかったのか。
何のためにあそこにいたかは知らないが、目的の前に立ちはだかったオレを、ただ倒そうとしただけなのだ。
幾度も死線を彷徨ってきたこの男にとっては、別に他とさして変わらない、取るに足らない闘いだったのだ。
取るに足りない、相手だったのだ、オレは。


馬鹿だ、オレは。
なんのために、仲間を裏切り、あそこを捨てて、こんなところまで・・・!


くっと唇を噛み締めて、その後ろを足早に通り過ぎようとした瞬間。
「・・・・・・!」
全身が、硬直した。
後ろ手に、突然、あいつがオレの腕をつかんだのだ。
「待ちな」
言うなり、肩越しに振り返る。
「雷帝」
「・・・・・・!!」


お、覚えていた?
覚えていたのか・・・?
オレのことを?

その通り名に、マスターが微かに表情を変えた。
腕を掴んだままあいつは、あの時のような殺戮の眼差しではなく、ちょっとおどけた子供のような目をして、オレに言った。
「じゃなくて、銀次!だっけか」
「あ・・・」

どうしてだろう。
身体が震える。
こんな風に、名前を呼ばれたことが今までにあっただろうか。
もしかすると、初めて、かもしれない。
こんな風に、自分にも名前があったのだと実感できたのは。
唇が震える。
目頭が熱い。
頬を伝うものは、いったい何だろう。
ぽつり、と落ちたものに、自分の拳が濡れたのは、どうしてだろう。
声も、唇さえ動かないのはどうしてだ?
そんなオレを、何1つ動じることなく見つめ返して、あいつが笑う。
「んだよ? オレに惚れて追いかけてきたか?」
笑って、そうしてコドモにするように頭をポンポンと叩かれた途端、オレは。
オレは。
気がついたら、その首にむしゃぶりつくように腕を回して抱きついていた。
きっと、迷子の子が、親を探して探して心細くて泣き喚いて、その挙げ句にやっと見つけた、
やっと会えた、そんな感じに近いかもしれない。

切なくて、痛くて、ただ、泣きたかった。

「って、おい・・・」
さすがに面食らったのか、声が少し動揺している。
扉を開けて入ってきた新たな客は、男同士のラブシーンまがいの抱擁に、それ以上に面食らって、慌ててまた店の外へと後ずさって行った。
それでも美堂蛮は、迷惑がることもなく、オレの腕を振り払うこともなく、じっとそうさせてくれていた。
「重ぇよ・・」と、ちょっと笑いながら。


心の声に引かれて、ここまできた。
命を奪い合う闘いのさなかに、殺気の向こうに、自分と同じ淋しさが見えた。
何1つの確証もあったわけではなかったが、確かに、美堂蛮は、あの時オレを呼んだんだ。
オレが、この男を呼んだように。
ちゃんと、聞こえた。
だから、ここまで追ってきた。


「オレのヤサに来っか?」
「え・・」
「どうせ、行くあてもねーんだろ?」
「あ、」
「やめとけ、やめとけ。あと2,3日もすりゃ、電気も水道もガスも止められるぞー。ま、それまでに追ん出されるかもしれないけどな。家賃払ってねーから、この男」
「うっせえな、波児! おーきなお世話だ。・・・どうする? 来っか?」
「・・・・うん」
「そっか、んじゃ、ついてきな。銀次」
言って、オレの肩に手を回すようにして歩き出す。
そのまま引きずられるようにして店を出ると、外はもうすっかり人通りも少なくなっていた。
肩を並べるようにして、街中を行く。
同じ道を、1人で歩いてきた時は、ネオンの色にさえ不安を募らせたのに、今は違うものが胸の中にある。
あたたかい、何か。


「どうして・・・。何も聞かない・・?」
「何を?」
「なぜ、あんたを追ってきたのか・・」
「この前のケリをつけようってか? 殺し合いの決着」
「そ、そんなんじゃ・・!」
「わかってるさ。ここは無限城じゃねえ。おまえが闘う理由もねえさ。仲間を守るためにな」
「・・・・・・・ああ」
「オレもない。・・そんでいいだろ?」
「・・・・・・・うん・・」


「オレが呼んだ。オマエが答えた。それだけだ」
それだけで、いい。
美堂蛮は、そう言って笑った。












バゴッ!!
「おあっ!!?」
「いい加減、起きやがれ!!」
「いったいよー、何すんだよぉ、蛮ちゃん! 人がせっかくいい気持ちで寝てたのにー」
言いながら、オレはカウンターで思いっきりぶたれた頭を抱えた。
「んが〜」
「んがあじゃねえ! ったく、おら行くぞ」
「わ、待ってよ、ねえ、蛮ちゃん! もお、起き抜けにー。待ってったら!」
慌てて転がりおちるようにイスから降りて、ヨダレ出てなかったかなあ?と口もとを拭いつつ、波児に「じゃあ、またね」と手を振って、さっさと行ってしまった蛮ちゃんを追いかける。
走って追いつくと、「遅せえ!」とまた頭をはたかれた。
でも、遅いとかグズグズすんなとか怒りつつも、オレが追いつくまでは結構歩く速度を緩めて、待っててくれたりするんだよねー。
「んああ〜 まだ眠い」
「テメエ、3時間も店のカウンターで寝てやがったんだぞ。それでまだ眠いのかぁ?」
「だってさあ。フア〜・・・ あれ、じゃあ、3時間も、蛮ちゃん待っててくれたんだ?」
「べ、別にテメーが起きるのを待っててやったわけじゃねえ!」
「そうなの? んじゃ、何してたのー?」
「何って別に。新聞読んだり、コーヒー飲んだりよ・・」
「ふーん」
何となく、眠りが浅い時に聞いたような気がする、蛮と波児の会話が頭の中に甦ってくる。
 

『しかしまあ、よーく寝てるなあ。そろそろ起こすか?』
『ま、いいや、寝かしといてやらぁ。せっかく、んなにキモチよさそーに寝てやがるんだしよ・・』
『・・・なんか、こいつが初めてこの店に来た時のことを思い出すなあ』
『あ?』
『淋しそうな、つらそうな顔して、ここに坐ってよ。おまえを待って』
『そうだっけか?』
『ああ。あの後、貴重なもんを見たよ』
『・・なんだ?』
『男に抱きつかれて振り払いもしないオマエとか、絶対自分の部屋に他人を上げないはずが、初対面に等しい男を自分のアパートに連れ込んだオマエとか』
『・・連れ込んだつーのは何だぁ? だいたい、貴重なモン見せてもらったっつーなら、ありがたく金でも払えよ』
『そんなこと言う前に、ツケ払え』
『・・・・ちっ』
『あン時から・・・・。既におまえにとって、トクベツだったんだな、こいつは・・』
『・・・・・かもな』


「・・・・・・・・」
「んだよ!」
「いで〜! なんで殴るの! ちょっと顔見ただけじゃんー」
「キモチ悪ィんだよ、じっと見るな!」
「あ、蛮ちゃん、照れてるv」
「バカか、おまえは!」
「いだだだ・・・! 顔掴まないでよ、痛いよ!」
ふざけあいながら、スバルの駐車場所まで並んで歩く。
あの時、初めて並んで歩いた時のことがふいに頭を過ぎり、そういや、店のカウンターでうたた寝している時、そんな夢を見ていたなあと思い出した。
今思っても、何の約束もなかったのに、ただ蛮ちゃんに会いたいだけで無限城を家出のようにして出てきたオレは、結構大胆だったと思う。
会いたくて、ただ、もう一度会いたくて、それだけだったのに。
でもって、結局、蛮ちゃんちに泊めてもらったのは、1週間にも満たなかった。
家賃滞納してるくせにトモダチまで引きずり込んで、と大家さんの逆鱗にふれ、追い出されちゃったから。
でも、無限城を出たせいで、心も体もバランスを崩して不安定になってしまってたオレが、蛮ちゃんになついて、すっかり元気いっぱいになるまでには、充分な日数だったけれど。

「ねー蛮ちゃん」
「あ?」
「オレのさ。第一印象ってどんなだった?」 
「は?」
「無限城で初めて会った時とかさー」
「聞いてどうすんだ?」
「どうするってわけじゃないけど、ちょっと聞いてみたいなって」
「・・・・雷しか芸のないバカ」
「・・・・・・・・・それだけ?」
「おう」
・・・それって、ちょっと・・・・・ヒドクないかなー・・?
気を取り直して、もう一度聞いてみる。
「じゃ、じゃあさ、今のオレはどんな??」
「・・・元気と雷しか取り柄のないアホ」
「・・・・・・・・・・・・???」
そ、そんなもん?
バカとアホはどう違うの? どっちが上なのかな?
後の方が、元気がついているだけ、よくなってんの??
なんだか1人で首を捻ってるオレを横目で見て、蛮ちゃんは思いきり笑い出した。
「おめー、本当にバカだなー!」
「な、なんだよ、人が真面目に考えてるのに! 笑うなんてひどいよ、蛮ちゃん!」
「いやー、飽きねえヤツだぜー、ま、そういうトコがイイんだけどよ!」
さらっと言われて、思わず立ち止まる。
え、今?

・・・イイって、オレ?

立ち止まってしまったオレを、少し歩いてから気づいて、蛮ちゃんが振り返る。
「銀次!」
一番大好きな声が、オレの名前を呼んだ。
待ってよ!と、その声に弾かれたように走り出す。
蛮ちゃんの背中を追いかけて。
あの時と同じように。



そうして、オレは思い出した。
初めて、蛮ちゃんに自分の名前を呼ばれた時。
オレは、生まれてはじめて、自分の名前が、
「銀次」という名前が、好きになれたと思った。
ずっと、そうじゃなかったから。
でも。
あれから、蛮ちゃんの声で呼ばれる度に、
オレは、どんどん自分の名前が好きになったよ。
そのことがオレは、とても、とっても嬉しかったんだ。










END

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アニメ6話の冒頭に出てきた「雷帝」が、あまりにキレイで淋しげで哀しげで、ついこんな話を書いてしまいました。
蛮・雷帝にはあまり食指が動かなかったので、ほとんどサイトでも読ませていただいたりしたことがなかったのですが、なかなかどうして、結構ツボにハマってしまいました・・! 
蛮ちゃんに会いたくて無限城を黙って(アニメではそのようです)出てきた雷帝が、どのようにして再会したのかが気になって仕方なくて、こんな話になってしまいましたが、もう既にあちこちで書き尽くされているかもしれないですね・・? どこかでカブっていたりしたらゴメンナサイ。
二人が会った当時の話はなかなか原作でも出てこなくて、奪還屋やるまではどうして暮らしていたのか、大変気になりますよねー。蛮ちゃんは、1人で「運び屋」さんをしていたのでしょうか?
いつから銀ちゃんは、蛮ちゃんのことを「蛮ちゃあんv」と呼ぶようになったのかも、知りたい・・!
でもどうせだったら原作に出てくる前に、妄想を広げるだけ広げて、色々書いてしまいたい気はしますがv
ああ、あとがきも長い・・。
読んでくださって、ありがとうですv 
みなさまの雷帝のイメージが崩れてしまっていないといいのですが・・。
感想などありましたら、聞かせていただけると嬉しいデスv



2002年12月03日(火)
ゆずれない願い

「いー天気だねえ・・」
真っ青な空を見上げて、銀次が言う。
「おまえは、年がら年中、脳天気だけどよ」
「あ、何ソレ。ひどいよー、蛮ちゃん」
買った弁当を、自分の分も銀次に持たせ、そのままぶらっと近くの公園に立ち寄って、蛮が先に芝生にへたりこむ。
風は冷たいが天気はいいから、スバルの中で食べるよりもよほど暖かいだろうと思いついて、外で食べることにしたのだが。
銀次はなんだか、遠足にでも来たように嬉しそうだ。
しかも、ついでにいえば、1000万円が手に入らなかったことさえ嬉しそうに見える。
「明日っから、また極貧生活だってのによ」
「シャケ弁当も食べ納めだよね。石倉さんからの前金も、蛮ちゃんが全部使っちゃったし」
「んだよ! 500万円のワイン2本とも開けちまったのは、どこのどいつだってんだあ!?」
「だって、そんな高いワインって知らないもん。でも、飲んだのは蛮ちゃんだよ!」
「てめえも飲んだだろうが!」
「ちょっとだけでしょー。でも、高いワインだったけど、ゼリーにしたらあんまし美味しくなかったよね」
「ったりめーだ! ゼリーにすんなら500円くれーのワインで充分だっての。ああ、考えただけでももったいねーことを・・!」
「苦労したのにねー」
と言いつつも、なぜか笑顔の銀次に、蛮は「ったくマジでのーてんきな野郎だ・・」とやれやれと肩を落とした。
金は、しっかり底をついた。
というよりむしろ、借金の方が増えた。
明日から、また空腹を抱える日々だ。
うまい具合に、またヘブンがいい仕事でもまわしてくれればいいのだが。
『あんたたちに仕事回すと、私まで金運に見放される気がしてきたわ』と言っていたところをみると、あまりアテにはできない気がする。
金が回ってこないのは、確かに金運の悪さもあるだろうし、自分の浪費癖も、ま、ちょっとはあると思う。
が、それより何より、この相棒の金への執着のなさも、かなりアリじゃないかという気がする。
ま、別にいいけど。
また稼げばいいことだし。
そんな風に思いつつ、実は自分も相棒と同じように、案外金に執着がないことに、蛮は今いち気づいてはいない。
「はい! 蛮ちゃんの分」
隣に並んで坐って、銀次が蛮の弁当を手渡して、ごそごそと自分の分の弁当をあける。
パキ!と口で割りばしを割る蛮を、銀次がちらっと見て微笑んだ。
別にどうということはないが、こういう何気ない蛮の男っぽいしぐさが、銀次はとても好きだ。
一度真似してやってみたが、ぼき!と無惨に割りばしは折れて、何やってんだと蛮に怒られた覚えがある。
あれから、さすがに挑戦はあきらめたけど。
「いただきまーす」と手を合わせて、既に食べ始めている蛮を見つつ、ご飯をほおばって空を見る。
さすがに冬の空は高い。
空気も冷たく済んでいて、深く吸い込むと胸を奥までひんやりする。
気持ちがいい。
お金がなくても、ま、いいかと思えるくらいの清々しさ。
<あと3日も空腹が続けば、あれは錯覚だったと思うだろうが>
「・・ねえ、蛮ちゃん」
「あ?」
「石倉さんてさ、結構イイ人だったね」
「あ゛あ゛!? 何言ってんだ、テメエ! あのクソじじいのせいでさんざん危ない目に合うわ、車は壊れるわ、金は入るどころか請求書まわされるわ、ロクなことがなかったってえのに・・・!」
「でも、ずっとナディアさんのこと好きだったんだよねー」
「あ?」
銀次の一言に、卵焼きをほおばったまま、蛮が眉間にシワを寄せる。
「そういうの、いいなあって。うまく言えないけど、ずっと心の中で大事に想ってたんだよね」
「・・・それで、いい人ってか? とことんお人好しだよなー、テメエってヤローは」
「そう? でも、そういうの、ちょっと羨ましいっていうか・・。いなくなった後も、ずっと誰かを想っていたり、想われり・・って」
言って、何かを秘めたような瞳で、遠くを見つめる。
だれかに、そんな風に想われたい、そんな顔だ。
何、夢みてーなこと言ってやがるんだか・・・。
少々あきれた思いで、蛮が言う。
「金、入んなくてよかったって顔だな?」
「え? そういうわけじゃないけど! でも、お金じゃ買えないものでしょ。そういうのって」
「って、何甘いことぬかしてるんだ! こちとらビジネスでやってんだぜ。ボランティアじゃねえっての」
「わかってるよ。でも、蛮ちゃんだって、ちょっとはそう思ったんでしょ? あんまりあの後お金のこと言わなかったじゃない」
銀次の言葉に、しかめっつらをして、不服そうに蛮が言う。
「ワインで精算なんざ、回りくどいことしやがらねーで、とっとと現金でよこしやがれっつーんだよ、あのジジイ! まーでも、飲んじまったもんはしょーがねえし。こっちも2本しか奪還成功しなかったわけだしよ。・・まあ、勇気ある美人のねーちゃんに免じて、大目にみてやっか・・・ってとこだな」
言って、あっという間にからっぽになった弁当箱をゴミ箱に投げ入れる。
銀次もそれを見て、また「グズグズすんな!」と怒鳴られる前にと、あわてて弁当の中身を胃に詰め込む。
「別に急ぎゃしねーよ」
「え?」
「ゆっくり食え」
「あ・・うん」
「確かにな」
「んあ?」
「悪かねえ、話だったな」
そういう蛮の目は、おだやかな色をしている。
マリンレッド・・・じゃなくて、マリンブルーっていうのは、こうゆう色なのかな・・?
思いつつ、銀次が頷く。
「・・・・うん!」
「俺にゃ、ま、どっちでもいいことだけどな」
言って、派手な欠伸を一つする蛮に、銀次は微笑んで目を細めた。
弁当をたいらげて、銀次が、袋にゴミを一つにまとめてゴミ箱に落とす。
そして、うーんと太陽に向かって大きく伸びをして、空を真っ直ぐに見ながら言った。
「オレも・・・・蛮ちゃんにいつかそんな風に想ってもらえるように、もっと、強くなんないと!」
「・・・・なんで、そこで”強く”なんだ?」
「だって、蛮ちゃんに、アイツは最高の相棒だったって、いつか言ってもらいたいんだもん」
「強いと”最高の相棒”かよ?」
煙草に火を点ける蛮を見つつ、その隣にすとんと坐る。
「そうでしょ? オレ、なんかいつも、蛮ちゃんみたく、きちんと闘うことを計算できなくて行き当たりばったりで、どうにかそれでも切り抜けてこられたけど・・。でも、このままじゃ、いつか蛮ちゃんの足ひっぱいちゃいそうな気がするんだ。今度のこともそうだし・・・。そういうの嫌だし、もっと頑張って、もっともっと強くなんなくちゃって思・・・・・な、な、なに!?」
ちょっと落ち込み気味に話しているうちに、いつのまにかうなだれていたらしく、「強く」と顔を上げた瞬間に、唐突に目の前に蛮の顔があって、銀次はまんまるに瞳を見開いて思わず後ずさった。
「そんなに驚くこたぁねーだろうが」
「だって、びっくりするよ、いきなり目を前にいたりしたら!」
焦る銀次を“ふーん”とやりすごし、蛮はいきなりその場でごろんと寝転がった。
「え、あの」
「膝、貸せや」
言うなり銀次の答えも待たないで、その膝を枕にして目を閉じてしまった蛮に、銀次が心から焦って、赤面してしどろもどろになる。
「ば、蛮ちゃん!」
「おう」
「おう、じゃなくて、その」
「おまえなあー」
「え?」
「つまんねーこと抜かすんじゃねえよ」
「つ、つまんねーことって?」
もしかして、ヒトが少々めずらしく落ち込み気味に告白したことを言われているのだろうか。
・・つまんないかなあ。
そりゃあ、蛮ちゃんにとっては、オレのそういうキモチとかって、どうでもいいことなのかもしれないけど。
とにかく、奪還の仕事さえうまくいけば、過程はどうあれ、結果だけでいいのかもしれない。
でも、コンビなんだし、ちょっとそういう気分でいるんだってこと、出来たら聞いておいてほしかったんだけど・・。
もしかして、眠かったから、聞いてなかった?
銀次の膝の上で、目をつぶったまま、何も言わない蛮に、銀次がちょっともぞもぞする。
心情的なことはおいといても、ちょっとこの状況は嬉しい。
というか、とても照れくさい。
だって、膝枕だよ・・?
蛮ちゃんが、オレの膝で寝てる。
ちらっとあたりの様子を伺って、平日の昼下がりなのが幸いして、公園に人影がないことにほっとする。
わ、顔が熱い。
しかも、なんかドキドキするし。
あの、蛮ちゃんが。
闘いのさなか垣間見る凄まじい殺気の蛮を知っているだけに、そのヒトが自分の膝でひどく安らいだ顔でいてくれる。
そうゆうの、ちょっと神様に感謝したいくらいに、嬉しい。
「蛮ちゃん・・・ 寝ちゃったの・・?」
そっと、声をかけてみる。
「てめーはな」
「・・あ、ゴメン。起こしちゃった?」
「計算なんて、しなくていんだよ」
「うん?」
「そういうの似合わねーだろ、だいたい計算なんて出来るノーミソもねえだろし! てめーは計算のない、本能だけで動いてていいんだ、それで充分強ぇんだし。たんねえ分はこのオレさまがカバーしてやらぁ。それでいいんだよ、コンビなんだから。ないもんを補い合う関係でいいじゃねーか。いちいち、くだんねーことで落ち込むな」
ぶっきらぼうに言ってはいても、蛮の言葉はいつもまっすぐ銀次の心に届く。
「蛮ちゃん・・ じゃあ、オレも、蛮ちゃんにない“何か”を補えてる?」
銀次の問いに、『まだ言わすのか』と言わんばかりに、蛮が続ける。
「・・おまえはなー。ヤサシイし、バカがつくほど人が良くて、いつもへらへら笑ってっけど、肝心なとこはちゃんとシメてるだろ? おまえがそうだから、オレは計算高くも傲慢でもいられんだし。第一、おまえが本能で行動したことに、今まで間違いなんてなかったろ。オレは少なくとも、そう思ってる。おまえの、そういうトコが・・・・」
言いかけて、ゆっくりと瞳を開く。
いつもは濃くて深い蒼い色の瞳が、空の鮮やかなブルーと混じって明るい青に見えた。
「オレは・・・・イイと思ってるからよ・・・」
あれ? 
もしかして“好き”って言ってくれるのかなと期待したのに。
あ、けど、イイってことは、”好き”ってことなのかな?
思いながら、銀次が太陽のような笑顔になる。
「・・・・うん!」
その笑顔に、蛮が少し眩しげに片目を細めて手をかざした。
「おい、銀次。もうちょっと、こっち向け」
「んあ?」
「まぶしーんだよ」
「あ? こっち?」
「じゃなくて、もっと、こう」
「こうって。こっち?」
「おう、その角度」
「蛮ちゃん、オレ、日除けじゃな・・・・・・」


「オレはな、銀次・・」

・・・え?


言いかけて、瞳が見開かれる。
蛮の真上に顔を持っていく形になって、そのまま、蒼い色と瞳がぶつかった瞬間。
のびてきた蛮の手に、頭の後ろをぐいと押された。
ただしくは、蛮の方に引き寄せられた。
ちょうど唇の位置が、蛮の唇の真上だったので。
あたりまえのように、唇が重なった。

・・・眩暈のような、熱い、感触。

え・・・?
ええ・・・・っ?
こ。
これって、キスっていうんじゃ・・・!
オレ、初めて、だよ!
ふぁーすときすだよ!
蛮ちゃん・・・!
オレ、蛮ちゃんと、キス、しちゃったよ・・・・・!?

よかったの???

銀次の頭の後ろから、蛮の手が滑り落ちる。
それと同時に、重なった唇が、ゆっくりと離される。
まだ、離れたくはないけど、ほんとは。
思いながら、頭を上げていく銀次の顔は、額まで真っ赤だ。


ぱた・・と蛮の手が芝生の上に落ちるなり、その口元からスー・・と軽い寝息が聞こえた。

「・・・え? あ、あの・・・」
オレ、初めてのキスだったんだけど?
ば、蛮ちゃん?
とっとと寝入ってしまった蛮を呆然と見下ろして、銀次が困りきったように火照った頬ををぽりぽりとかく。
どうしよう・・。
1人で赤くなってんのって、ひどくカッコ悪い・・。
眠っている蛮の顔を見ていると、ますます顔が熱くなってきそうで、仕方ナシに天を仰いだ。
冷たい風が、銀次の頬を撫でていく。

  オマエが、イイんだ

そっか・・。
最高の相棒っていうのは、もっと最高に強いってことじゃなくて。
もしかして。
・・・・オレ、ってこと?
今のオレでいい、ってこと?
そう、なのかな。
そうだったら、ものすごく嬉しい。
そうして、オレがもしもこの世にいなくなった後でも、ずっと想ってもらえたら・・。
いや、違う。そうじゃない。
そうじゃないよね、蛮ちゃん。
今が、いいんだ。
今が、大事なんだよね。
今、生きて一緒にいる、それが一番大事なんだよね。


「うん、オレも。今の蛮ちゃんがイイよ。今の蛮ちゃんが大好きだよ・・・ 誰よりも一番、大好きだよ」

小さな声で、銀次が呟く。
どうせ聞いちゃ、いないけどね。
膝にかかる蛮の重みに早くも足が痺れてきたけれど、それすらも嬉しいというように、頬を染めて空に流れる雲を見つめる。
狸寝入りを決めこんでいる蛮の口元が、一瞬、微かに笑みを浮かべたことにも少しも気づかず、銀次はただ、流れる雲をじっと見つめていた。




END






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「マリンレッド」その後日談ってことで。
どうもネタバレになっちゃってごめんなさい。
マガジン読んでると、ついつい書きたくなるネタが満載で!
銀ちゃんはもっと強くと原作でも言っていましたが、蛮ちゃん的にはそれ以上強くなんなくていいって気持ちもあるのかも。
足りないとこは自分がカバーしてやるから、テメエはそのままでいろ!みたいな。
でも「守ってやる」とかいうんじゃなくて、「助けてやる」って感じかな。
「オレを呼べ」ってことは、「ピンチになったら助けにきてやるから」ってそういう意味、ですよね?
でもいつも助けられる側だから、銀ちゃんにも蛮ちゃんを助けたいって気持ちがいっぱいなんだよね。
そんなことを思いつつ、ちょこっと銀ちゃんに甘える蛮ちゃんを書いてみたくなって・・・。膝枕・・。
ハズカシー・・。
でも、やっとキスは出来たよ、蛮ちゃん! いや、もっとネツレツなのにすべきだったか・・。