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JIROの独断的日記
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2011年07月05日(火) 【演奏会評】東京音楽大学 ピアノ演奏会(2011年7月5日 トッパンホール)

◆演奏会「評」というのは、便宜上のタイトルです。全てが素晴らしかった。

考えて見たら、311の後、生の音楽を聴いたのは今日が初めてです。

今夜、トッパンホールで(日付が変わってしまいましたが)東京音楽大学ピアノ演奏会第2部を

(第1部で演奏した方、申し訳ない。仕事の都合で夕方の第2部しか聴けませんでした)聴きました。

リンクが切れた時の為に演奏会パンフレットのPDFファイルを保存しておきました。



お一人ずつ細かく演奏評を書きたくありません。書きたくないというか、おこがましくてかけません。

全体として「文句の付けようがない」ほど完成された演奏でした。

これは、東京音大ピアノ科でも特に本当にソリストを目指すピアノ演奏家コースの学生さん達で、

しかも、その全員が出られるわけではなくて、とくに選ばれた俊英です。

肩書きは「学生さん」ですけれども、音だけ聴いたら、学生もへったくれもない。

最早、いつでも「プロ」と名乗っていい。そういうレベルです。


◆「人間の存在を少しでも明るく照らすことが芸術家に与えられた使命だと信じています」(カール・ベーム)

カール・ベームとは、1981年、つまり30年も前に他界したオーストリアの指揮者です。

私がクラシック音楽に興味を持ち始めた頃、そしてカールベームにとっては人生の最晩年、

1975年、77年、80年、三回、カール・ベーム=ウィーン・フィルが来日公演を行いました。

ヘッドラインで引用した言葉は、

75年の来日前に、音楽ジャーナリスト・真鍋圭子さんがウィーンのベーム宅で

インタビューを行い、それがクラシック音楽雑誌「音楽の友」に掲載されたとき、

一番最後に書いてあった、カール・ベームの言葉です。私が目にしたのは14歳のときです。

恥ずかしながら、その時には、まだベームが何を言いたいのか、分からなかったのです。


中学生になったころからクラシックが好きになり始め加速度的に興味が増していたのですが、

77年のベーム=ウィーン・フィル来日公演で、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」

を聴いた(チケットは高くてとても買えませんからFM生中継を聴いたのです)ときでした。


演奏が終わると、心臓を鷲づかみにされたかのように、胸が苦しくなりました。

気がつくと、涙がこぼれているのです。生まれて初めてのことでした。

普通、ハラハラと涙がこぼれる、といいます。

涙は重力により、真下に滴るはずですが、そのときには感涙が激流となり、

感覚としては、涙が前方に噴出しているのではないか、と言う気がしたほどです。


この経験が私の人生を変えました。ベームの言葉の意味を理解しました。

優れた芸術(家)は人間の存在を明るく照らし出す。

子供の頃に本当に感動し、それが言葉に結びついたのです。

以来、ベームの言葉が私が芸術(家)を評価する基準の大元になりました。


数時間前に聴いた東京音楽大学 ピアノ演奏会第2部で演奏した

7人の若いピアニストたちは、紛れもなく「芸術家の使命」を果たしました。


◆「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。」(夏目漱石「草枕」)

いきなり余談になりますが、彼の有名なカナダのピアニスト、故・グレン・グールド(1932年9月25日 - 1982年10月4日)の愛読書は

漱石の「草枕」(勿論英訳版)だったそうです。彼は50歳の誕生日の9日後に亡くなりましたが、

枕元には「草枕」と「聖書」があったそうです。


漱石が言わんとしたことも畢竟、カールベームと同じです。

少し長くなりますが、「草枕」の冒頭。

山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。

全く、漱石の言うとおりです。

私は、昨日は、非常に気分が重かったのです。

会社で色々と仕事が立て込んだ上、松本復興担当相の言動のあまりのひどさに、

完全に抑うつ状態になりました。


今日、「東京音楽大学 ピアノ演奏会」へ行くかどうか迷ったほどですが、こういう時にコンサートに行って

悪い方に気持が変化したことはないので、やはり、行くことに決めました。大正解でした。

7人の優れたピアニストは、皆さん、私の子どもであってもおかしくない年齢ですが、

どうして、この若さでこれほど「大人の音楽」として出来上がっているのか、驚嘆せずにはいられないのです。

プロコフィエフとかラフマニノフの難しいのが上手く弾ける、ということは、既に十分しっていますが、

今日、嬉しかったのは、モーツァルトを弾いた2人のお嬢さん。兒玉さん、坂本さん。

非常に大人の演奏なんですね。

リストの「死の舞踏」は、言語道断というほどの難しさで、思わずリストに、
あなた、ここまで難しく書く事はないだろう。

と言いたくなりますが、渡邉真司さんは、難所になるほど、張り切る、という印象で

とにかく見事な演奏でした。


◆ロマンティック・バッハ。

金子三勇士さんについては、過去に何度も書きました。

デビューCD発売記念リサイタル。

アンコールでスカルラッティを弾いた金子さんの演奏が、非常に良かったので、

今度は是非バッハを聴きたいと思っていたら、今日の演奏会ではフランス組曲6番を

弾くということでしたから、「これは、聴かねば」と、ツレアイと聴かせて頂きました。

金子さんのバッハは、初歩的なバッハ演奏の常識的制約、ベダルはなるべく使わないとか

ルバートせずにインテンポで弾く、という枠組みから完全に開放された

自由で、独自の解釈による演奏でした。アルマンド、クーラント、サラバンド、

ガヴォット、ポロネーズ、メヌエット、ブーレ、ジーグ(でしたっけ?)の曲ごとに微妙にテンポや

ディナーミク、アーティキュレーションを変化させ、各舞曲の間の取り方も計算に入っていて、

クライマックスを形成する、ロマン派に近いようなアプローチで、

しかし、それでも奇を衒った印象は、全くなく、実にバッハなのです。

最後の片田さんの演奏を聴き終えた頃には、私は日常の雑事から解放された

別の世界にいました。

7人の若いピアニストに感謝すると共に、皆さんが大輪の花を咲かせる(既に咲いているのですが)ことを

祈っています。ありがとうございました。

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