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2006年09月09日(土) |
小泉政権経済政策検証(第2弾) |
◆前回(小泉政権経済政策検証(第1弾)の要約
今、景気が回復しているのは、5年間にわたって小泉経済政策が上手く機能したからではなく、小泉改革(緊縮財政・不良債権処理)が破綻したからである。
景気が回復したのだから良いじゃないか、と過去のことをすぐに忘れるのは日本人の悪い癖である。
◆小泉改革を方向転換したため生じた、モラルハザード。
小泉政権が長期政権になった責任の一端は民主党にもある。
2003年にりそな銀行を救済するということは、小泉改革の当初の方針のひとつ、
「不良債権で潰れる銀行は潰す(市場から退出するべき会社は退出してもらうという言い方をしていた。つまり、潰れて貰う、という意味である)」
を簡単に転換したためなのである。
野党は、「りそな救済は認めるが、それとひきかえに、小泉内閣は総辞職しろ、と迫ることができたのである。
野党第一党は政権奪取を狙っているのだから、千載一遇のチャンスだった。
ところがこのときの民主党の追及はまるで頓珍漢であったがために、「小泉改革の成果により日本経済が回復した」という完全な誤解が広まってしまったのだ。
仮定上の話であるが、2003年に国がりそなを救済しなかったらどうなっていたかというと、
金融恐慌が起きていたことは、間違いないが、「自己責任原則」は一貫していたはずである。
「救済」とは「責任ある当事者(銀行経営者、株主)に責任を問う」ことを放棄し、「モラルハザード」という、目には見えないが大きな倫理上の問題を残すことになる。
当時の国民の感情、公共の福祉を考えるならば「金融恐慌を防ぐか、モラルを維持するか」という選択を迫られた場合に金融恐慌を未然に防いだことは、やむを得なかっただろう。
しかしながら、それは、それ、である。
それとは別個の問題としてモラル、自己責任原則をあいまいにしたということを追及するべきだった。
追及がなされないまま、何となく今日まで時間が経過してしまったのである。
◆小泉改革を断行した結果、多くの企業が倒産し、失業者が増加し、自殺者が続出した。
もう一つの問題は、国民の犠牲、ということである。
前回述べたとおり、2000年には株価は20,000円だった。
2001年4月に小泉政権が発足したときには14,500円だった。
これぐらいであれば、経済(景気)をある程度成長させる政策を取りながら、同時に金融処理(不良債権処理)を進めていけば、
「モラル・ハザード」も起こさずに済んだ。
株価が14,500円から7,000円台へ暴落してゆく過程で非常に多くの企業が倒産し、当然非常に多くの失業者が生じた。
毎年3万人を超える自殺者が出ているのは周知の通りである。
これらの人々のかなりの部分は、小泉政権が緊縮財政を取らずに、景気刺激策をとりつつ、
不良債権問題処理を進めていけば、犠牲にならなくても済んだ人々である。
小泉政権前半の改革失敗により、株価7000円という、金融恐慌寸前の「経済のどん底」を経験したため、
一種の「あく抜け」感は出たけれども、その間、さまざまな苦しみに直面した国民は、必ずしも本人の責任によって苦境に陥ったわけではない。
小泉政権は緊縮財政をとり景気を浮揚させず、不良債権処理を銀行に強いたから、
多くの企業は銀行の貸し剥がしに遭い倒産し、どうしようもなくなり、中には自殺した人がいるのだ。
この責任は、今やあいまいに誤魔化されているが、取り返しがつかないほどの失策である。
にもかかわらず、マスコミも野党第一党である民主党も、きちんと追及しなかった。
こういうところは「オトシマエ」を付けるべきなのだ。
つまり、本来、ここで小泉政権は総辞職すべきほどの大失敗をしたのである。
◆経営危機に瀕していた銀行はりそなだけではなかったのに、狙い打ちされた「理由」。
2003年3月末(銀行の決算は3月末である)の時点でりそなと同じような財務状況に陥っていた大銀行は他にもあった。
そして、りそな銀行はこの少し前に頭取が交代してかなり経営改革を上手く進めていたのだ。
ところがこの新頭取は、かなり明確に小泉政権の経済政策を批判していた。
そのため、国に狙われて国有化の憂き目に遭ったというのは、丸の内の常識である。
そもそもりそな銀行の自己資本比率が問題となるのは決算が終わった後のことだ。
つまり監査法人による監査も終わった後で、過去に遡って、繰り延べ税金資産の取り扱いが問題になったのである。
後から問題にするなら、決算書を提出する前に監査法人は何を見ていたのか、というのが極めて不透明である。
りそな担当の監査法人では担当者(公認会計士)は自殺した。余程のことがあったに違いない。
また、りそなが国有化された後、政府を批判していた経営陣は追放されて、政府と親しい間柄の経営者がりそなに着任したのは、
殆ど恣意的な「乗っ取り」といっても過言ではない。この間の詳細は闇につつまれている。
当時から丸の内界隈もマスコミも明らかに疑念を抱いていた。
にもかかわらず、政府に睨まれるのを恐れたためであろう。
だれも、この点をおおっぴらに問題にしなかった。非常に胡散臭い出来事だったのだ。
◆責任逃れの竹中金融相(当時)
りそな銀行は繰り延べ税金資産を本来容認される筈がない3年分を自己資本に組み込むこととしたので、「倒産」を免れた。
この時の竹中金融相の発言は「繰り延べ税金資産の取り扱いは監査法人が決めたことで、政府として監査法人の決定に介入は出来ない」というものだった。
そんなはずはない。
ひとつの大銀行が潰れるかどうか。
まかり間違えば日本全体の金融システムが崩壊するかもしれない緊迫した状況下において、
監査法人が金融庁に何の相談もしないということは、絶対にあり得ない。
◆金融庁のやりたい放題
金融行政に限らないが、信用だけで成り立っている金融機関を監督する役所、「金融庁」の仕事、つまり「金融行政」は、
誰が見ても明らかな「ルール行政」になっているのが本来の姿であるが、りそなの一件で、完全に変ってしまった。
りそな事件の前年、2002年秋、竹中平蔵が金融相になったとき、突如、大銀行の頭取を集めて、繰り延べ税金資産の取り扱いルールを変更する、と通告した。
専門的になるので詳細は省くが、要するにその年(2002年)の決算までは、完全に合法とされていた会計処理を適用したら、
次の決算(2003年3月末)では、どの銀行も自己資本比率が、規定を満たさなくなるので、銀行の頭取は猛反発したのである。
ところが翌年、りそなが「生け贄」にされる様子を全ての金融界の人間は見ていた。
「お上に逆らって睨まれると、どうにでも料理されてしまう」
という戦慄が金融界を走った。
それ以降、2002年秋にものすごい勢いで反対していた「繰り延べ税金資産取り扱いルールの変更」に対する銀行経営者からの批判はピタリと止んだ。
これ以来、金融庁はやりたい放題である。
りそなの次はUFJだった。UFJには一番五月蠅い検査官が半年以上も検査に入り、これも不良債権、あれも不良債権というので、
ダイエーも産業再生機構の管理下に入ることになったのであるが、とにかく、金融庁はUFJを虐めて虐めていじめ抜き、
このままでは来年の決算が出来ないというところまで追い込んだ。
それが、UFJが東京三菱に身売りしなければならなくなった理由である。
わが国は自由経済社会ある。バブル崩壊不況の時に比べたら、どの銀行も不良債権は半減していた。
どこから不良債権と見なすかは、ある企業の経営状況、財務状況を如何に審査するかという銀行内部の裁量の問題であり、
そこにいちいち金融庁が口を出すならば、日本国は自由経済を止めて社会主義国になれば良いのである。
◆国家による株価操作が横行する東京株式市場
小泉政権発足時に14,500円だった株価が7,000円台まで下落した大きな要因の一つは、
竹中金融相が、「潰れそうな銀行は潰す」と公言し、金融恐慌が日本で本当に起きるかも知れないという恐怖感が市場を支配したためである。
金融相がそういう発言をすれば株価が暴落することぐらい、いくらバカな竹中でも承知していたはずである。
したがって、金融担当大臣には、株価を下落させる未必の故意があったと考えられる。
そして、翌年、現実に起きたことは、つぶれかけたりそな銀行を国が救済する、という措置である。
これを見て、「なんだ、やはり政府は銀行を潰したりしないのだ」という安堵感から、株式市場が急速に反転上昇に向った。
これも、当然金融担当大臣・竹中平蔵氏は予想していた。していなかったとしたら、本当のバカである。
繰り返すと、「銀行をつぶすぞ」といって、株価を押し下げておきながら、本当に潰れそうになった銀行を一つ選んで、救済し、株を持ち上げた。
日本は国が株価を操作しているのであろうか?
◆「預金保険法第102条第1項1号措置」
わが国は社会主義国でもないのに、国が銀行の経営に介入し、公的資金を注入し、実質国有化することが出来る法的根拠がこの条項である。
【預金保険法】(金融危機に対応するための措置の必要性の認定)
第百二条 内閣総理大臣は、次の各号に掲げる金融機関について当該各号に定める措置が講ぜられなければ、我が国又は当該金融機関が業務を行つている地域の信用秩序の維持に極めて重大な支障が生ずるおそれがあると認めるときは、金融危機対応会議(以下この章において「会議」という。)の議を経て、当該措置を講ずる必要がある旨の認定(以下この章において「認定」という。)を行うことができる。
一 金融機関(次号に掲げる金融機関を除く。) 当該金融機関の自己資本の充実のために行う機構による当該金融機関に対する株式等の引受け等又は当該金融機関を子会社(銀行法第二条第八項 に規定する子会社又は長期信用銀行法第十三条の二第二項 に規定する子会社をいう。以下第百八条の三までにおいて同じ。)とする銀行持株会社等(第二条第五項第一号又は第三号に掲げるものに限る。以下第百八条の三までにおいて同じ。)が発行する株式の引受け(以下この章において「第一号措置」という。)
株式を引き受けると言うことはその銀行の株を買うことである。銀行はその売却代金を自己資本に加え、自己資本比率を引き上げ、破綻から免れる。
だが、わが国は自由経済なのだから、滅多なことで国が私企業を自分のものにするべきではない。
預金保険法102条第1項1号措置はギリギリの選択なのであるが、これを発動することは、随分前から「想定内」だったフシがある。
◆2003年初頭から5月にかけて、何度も日米の金融・財務当局者が会合を重ねていた。
102条第1項1号措置の発動は、情報筋によれば、2003年の初めから5月頃まで、日米両国政府の協議の中で、
「米国から与えられた」シナリオだったという。金融相は単なる米国の繰り人形だったのである。
アメリカはどうしてそこまで他国の経済に口出しできたのか。
話が元に戻るが、小泉改革を進めた結果、最初の危機が2001年の年末に起きる。マイカルが潰れた。その次に、青木建設が倒産した。
◆青木建設倒産を歓迎した総理大臣。
青木建設が倒産したとき、小泉首相のコメントは「構造改革が上手くいっているせいじゃないかな」というものであった。
このメッセージで市場は大混乱する。それはそうでしょう。
大企業が破綻したときに、総理大臣が歓迎のメッセージを出すなどということは、前代未聞だったのだ。これが最初の大失敗。(続く)
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