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風太
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2003年01月31日(金)
mother2



「蛮ちゃあん」
ややあって、夕焼け空を仰いだまま半分居眠っているかのような蛮の隣に、銀次が転がり込むように駆けてきて坐った。
「お、もう終わったのかよ?」
「うん。みんなこれから、ジュクとかに行くんだって」
「へー、ガキも結構忙しんだ」
「勉強とか、大変なんだって」
「ふーん。・・・で?」
「で?」
「勝ったのかよ?」
「トーゼン!」
「ま、ゲットバッカーズのナンバー2が、小学生相手に負けてちゃ、目もあてられねーわな」
「アハ」

夕陽がだんだんに沈んでいき、1つ2つ公園から人影が減っていく。
塾の鞄を肩にかけて手を振る小学生に、銀次が手を振り返して言った。
「ねー、蛮ちゃん」
「ん?」
「ゆうべさ、あ、けさなのかな。めずらしくお母さんの夢みたよ?」
「ふーん」
ああ、それで・・と蛮が思う。
それで明け方、あんなつらそうな顔で眠ってやがったのか・・・。
消え入りそうに、祈るように、「置いてかないで・・」と呟いた声に驚いて目を覚まし、一筋だけこぼれ落ちてきた涙を指で掬い取り、そっと肩を抱き寄せてやると、また安心したように眠った。
そんな夢、見てたのかよ・・。
「時々さ。オレのお母さんって、どんなヒトかなあって最近になって思うんだよね・・ 今までは、そんなこと考えたこともなかったけど。こうやって、小さい子たちと遊んでるお母さんたちを見てっとさ。オレのお母さんも、本当はオレとこんな風に公園で遊んだりとか、したかったのかなあって」
「・・・・・・・・・」
「でもオレが、フツーの子じゃなかったから、それで、出来なかったのかなあって。こんな妙な力があったりしたから・・・」
少し淋しそうに黙ってしまった横顔をちらりと見て、蛮がポケットから煙草を取り出すと、その紙箱を手にした煙草の先でトンと叩いた。
”聞いてやっから、話してみな”というサインのように。
銀次がそんな蛮を見て、小さく”うん・・”と頷く。
「前に、10円クンにさ。オレが小さい頃に無限城に捨てられたことがあるって話、したことあったんだ。その時に、昔はどうして捨てたりしたのか恨んだこともあったけど、今は、ちょっとちがってて、きっと、どうしてもそうしなくちゃならない理由があって、それで、泣きながらオレを置いていったんじゃないかって。そう思うって・・。なんかその時にそう思ったまま言っちゃったんだけど・・・・・・」
それで声をつまらせて、じっと足下の自分の影を見る銀次に、蛮がライターを取り出し、ジジ・・と煙草に火を点した。
一息吸って、空を仰いでふう・・っと紫煙を吐き出す。
「・・・で?」
「あ・・・うん・・。でも、よく考えたらさ。何も無限城じゃなくても、よかったんだよね・・。育てられない理由があったんだとしても、病院とか施設とか、そういうとこでもよかったんじゃないかなあって。生きるよりも、死んでしまう可能性の方が遙かに大きい無限城に、置き去りにしてくってことはさ・・。やっぱり、このまま、もう、ここで、いっそ死んでくれって・・」
「銀次!」
叱りつけるように名前を呼ばれて、はっとなる。
顔を上げて蛮を見、その目が怒っているのではなくて、包み込むように自分を見ていてくれることにほっとして、銀次がふっと笑みを浮かべた。
「・・でもね、そう思っても・・そう思ってさえも・・・どうしても、恨んだり憎んだり出来ないんだ・・ こんな風に、公園で子供たちと遊んでるお母さんたち見てると・・さ」
呟くように言って、そろそろ帰ろうかと砂場で遊んでいたおもちゃを片づけて、帰り支度をしている母子らを見る。
蛮も同じようにそれを見ながら、ややあって、ふいに言った。
「無限城じゃないといけねえ理由でも、あったかもしんねえな」
「・・・え・・?」
銀次が、その唐突な言葉に驚いて、蛮を見る。
「あそこは確かに、捨てられたガキの命の保証なんて全くねえとこだけどよ。猿マワシや紘使いみてーに、外の追っ手から逃がれるには打ってつけの場所だ。・・ガキを逃がして、隠すにも、な」
「蛮ちゃん・・」
「捨てたんじゃなくて、助けようとしたのかもしんねえな、オマエのコト。・・オマエの親はよ」
ぶっきらぼうな口調だが、それでも慰めようとしてくれているのがわかる。
真実など今さら誰にもわかりはしないし、そんな憶測は一時の気休めにしかならないのかもしれないけれど、でも、それを今、蛮の口から聞けることが銀次にはとても嬉しかった。
「うん・・!」
笑顔になる銀次に、蛮が笑いながら、くしゃくしゃっと銀次の髪を掻き混ぜながら言う。
「ま、テメエの母親なら、べっぴんさんで、やさしくて、お人好しな女だろうさ」
「え・・・」
「テメエに似て、な」
言うだけ言って、さっとベンチから立ち上がる蛮に、銀次が思わずばっと頬を染める。
「蛮ちゃん・・!」
呼ぶ声を無視して、蛮がとっとと歩き出した。
「オラ、さっさと来い! なんかメシ、調達に行くぞー」
「え、あ、あ、ちょっと待ってよ・・! 蛮ちゃん!」

「「待ってー」」
銀次の”待って”にハモるように、幼い声が砂場の遊具の上で聞こえた。
「うん?」
立ち上がりかけたまま動きをとめて、銀次が声のした方を見る。
つられて蛮も、声の主を見た。
少し行ったところで、母親らしい人が歩き出しながらそれを待っている。
「早くして、タケシ!」
「ちょっと待ってよお!」
遊具から降りてきた5歳くらいの子が、慌ててその後を追う。
「早くったら、もう! タイムサービス終わっちゃうー」
「あーん、待ってえ」
「さっさとしないと置いてっちゃうよー!」
「待ってたらあ、母ちゃん!」
やっと追いついてきた子を見て、母が軽くポカッとその頭をなぐった。
「ったく、もう。遅いっ!」
「いてえ! もう、母ちゃんてばいたいよお」
それでもその子は嬉しそうに母親の腕にじゃれついていき、母はそれを笑いながら見下ろして、くしゃくしゃと頭を撫でる。

どこかで聞いた(見た)ような、やりとりだ。

「・・・・・・・・・・・・・・」

母と子が仲良く手を繋いで公園を出て行き、すっかり見えなくなってから、その場に固まったままそれをじっと見ていた銀次が、鼻の下を指でこすりながら言った。
「もしかして、夏実ちゃんの言ってたのって、このコトかな・・・?」
「・・・・・・」
苦虫を噛み潰したような?顔をして、蛮が無言になって新しい煙草を取り出す。
「てへv」
「何が嬉しいんだ? テメー」
夕日に頬を染めて、なんだか照れたように笑う銀次を蛮がじろりと睨んだ。
「だって、なんか、へへ!」
「気味わりー笑い方すんじゃねえ」
「だってー。なんか、嬉しいなあって」
「“ガキと母親”に似てるっつわれて、なんで嬉しーんだ?!」
「蛮ちゃん、嬉しくない?」
「嬉しいワケねーだろが!」
“ったく、そんなことかよ、つまらねー。ふざけたことを、あのテンネンが・・”とぶつぶつ言いつつ煙草に火を点ける蛮に、銀次がにこっと笑って、その腕にじゃれついていく。
「蛮ちゃあん」
「あち! あぶねえだろが! んだよ、いきなりなつくな!」
「だって、へへ! あんな風に見えるんだ、オレと蛮ちゃんてv」
「オレは、別に嬉しかねえ!」
「そうなの? でもまー、今更かな? オレにとってはさ、蛮ちゃんはもう“家族”みたいなもんだしさ!」
“家族”という言葉に、心の奥がぴり・・と反応する。
蛮がそれをさりげなく無視して、けれども、しがみつかれた腕は振り解くこともなくそのままにして、仏頂面を装って言った。
「家族、ねぇ・・」
「うん!」
それでも、めいっぱい嬉しそうな顔をされると、つい表情が緩む。
「・・・・ま、そーいえばな。一緒に寝て、一緒に食って。一日中べったり一緒だかんな」
そういうのが別に“家族”というわけでもないのだろうが。
実際のところ二人とも、“家族”なんてものに無縁すぎてよくわからない。
一緒にいて、あったかい。
そういうのを言うのだろうか?
もしそうなら、確かに銀次は、オレにとって・・。
「・・でしょv オレにとって蛮ちゃんは、お父さんでお母さんで、お兄ちゃんで・・・」
・・・・・・。
なんとなく、ちょっと、ちがうような気もするが。
「こういうのさ、“当たらずといえども、トウガラシ”っていうんだよね!」
「“遠からず”だ! ボケ!!」
「いてっ! あ、でも、なんかさ! オレと蛮ちゃんだったらさ。どっちかっていうと、親子ってカンジよか、夫婦ってカンジかな」
「・・あ゛あ゛?! なんだって、オレとテメエが夫婦なんだぁ!? 気色悪ぃコト言うんじゃねー!」
「えー? だってさあ」
言いながら蛮の背中にくるりと回って、甘えるように後ろから飛びついてくる。
・・・なんとなく、嫌な予感がした。

「だって、オレたちってさあ、キスもするし、時々エッチしたりもするもんねー!!」

浮かれているその口を、もっと早くに閉じておくべきだった・・・と、蛮は後悔した。
まだ公園に残っていた親子らと、会社帰りらしきOLたちと、犬の散歩に来ていた老人たちの視線が、その一言にいっせいに蛮と銀次に集まった。

「・・・・・テメーな・・」
「・・・あり?」


「・・今ので、テメエの好感度、だだ下がりだかんな・・・・」



その場は結局、劇の練習だなんだと苦しい言い訳をして、早々に銀次の首ねっこを捕まえて退散し、後で「んな公園のど真ん中でカミングアウトしやがんじゃねえー!! このバカ!」とさんざん叱りつけて、蛮はやれやれ・・とため息をついた。

まあでも。
悪かねえけど。

「家族」と言われたことをふと思い出し、なんだかちょっとくすぐったい気もして、蛮は叱られてしょげてしまった銀次の髪を、またくしゃくしゃっと撫でてやった。
銀次がぱっと笑顔になる。

血の繋がりとか、そういうヤツとは関係なしに、
孤独に堪えきれなくなって、一緒にいるようになった二人が「家族」になる。
ベタな話だが。
そういうんでも、いいさ。
そういうのも、悪かねえ。
かけがえのないヤツが、そばで笑っているんなら。
そんだけで充分だ。


そして、銀次も思っていた。

お母さんのことは、もう考えない。
まあ。時々はきっと、思い出したりはするだろうけど。
オレには、蛮ちゃんがいるから。
ちゃんと「家族」がいるんだもんね。
それだけで、ほら、
こんなに、暗くなって寒くなってきた空の下にいても、
何だか、とってもあったかいんだから。






そして、結局のところ。
心配された(?)公園での銀次の好感度は下がることもなく、どういうわけか、気のせいか、逆に上がってしまったようで。
なにやら「がんばってv」だの「仲良くねv」だの、わけのわからない励ましまで頂戴するようになり、それはそれで、蛮を困惑させたりもした。
銀次は意味もわからず、「ありがとうv」だの「うん!」だの答えて、また蛮のゲンコを喰らう羽目になったけれど。










END







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

銀ちゃんのお母さんというか、親の話はちっとも原作でも出てこないので書いていいものかなと悩みましたけど。
それを言いかけると何もかけなくなるGB(謎多すぎ・・。でもこの「永遠の絆〜」編で大分解き明かされるのかな)なので、いろいろ想像して書いてみました。
ちょっと「女神の腕〜」の時に銀ちゃんの台詞であった、「あんたたちは兄弟だよね。だったら案外わかんないもんさ。身内には見せたくない姿が誰にだってあると思うし・・」っていうのが気になってるのですけど。何か含みがあるのでしょうか?

でも、本当に書きたかったのは、母親のことじゃなくて、今は蛮ちゃんという「家族」がいるんだよねv よかったねv ってことなのです。
なので、タイトルは「マザー」ではなく「ファミリー」でもよかったんだけど、なんとなく、それはちょっと・・な気がしたので、やっぱり「mother」に。