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風太
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2003年01月30日(木)
mother1

めずらしく、その日は母親の夢を見た。
といっても、自分に母親と呼べる人がいたのかどうかさえ、
実のところ、よくわからないんだけれど。
夢の中で、母らしいその人は、オレを離れたところからじっと見て、
哀しみとも、憐れみともとれる瞳でオレを見つめ、さっとその目をそらした。
長くは見ていたくないと、いうように。
手をのばせば届くくらいの距離にいるのに、オレにふれようともせず。





「おら、行くぞ! 銀次」
「あ! 待ってよー、蛮ちゃん!」
「おっせー。グズグズすんな!」
「いてっ」
HONKY TONKのカウンターから先に席を立った蛮が、振り返らずに乱暴に言い放ち、それでも店の扉の前で一応慌てて追いかけてくる銀次を待ち、追いついてきたところをポカッとやる。
それでも、銀次は嬉しそうに「えへへ」と笑って、その腕にじゃれついていき、またぽかっと殴られた。
すっかり日常風景となっているそんな二人のやりとりに、カウンターでそれをにこにこと眺めていた夏実がふいに、「そっかー」とポンと両手を合わせた。
「あ゛?」
「んあ?」
「そっかあ、そーだったんだ・・・。わかっちゃったあ」
やっと何かを思い出したというような満足げな夏実の顔に、隣にいる波児と、扉の前の蛮と銀次が「なんだぁ?」と顔を見合わせる。
「蛮さんと銀ちゃんのカンケーって、何かに似てるなあって、ずっと思ってたんですよねー」
「・・・あんだぁ、そりゃあ?」
いぶかしむような顔で、蛮がじとっと夏実を見る。
波児が、笑って言う。
「いじめっ子と、いじめられっ子かい?」
「えー、ひどいなあ、波児さん」
確かに言えてっけど、と銀次がこぼして、また蛮にボカ!と殴られた。
「やだなー。ちがいますよぉ」
くすくす笑っている夏実に、今日はどんなボケた発言が飛び出すかと、持っていた新聞の上から期待に満ちて覗く波児の顔は楽しそうだ。
「で? 何だったんだい? 夏実ちゃん的には」
「ああ、それがですねえ。じゃあ、発表しまーす! じゃじゃーん! ”お母さんと小っちゃい子”!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・はあ゛?」
「んあ?」
「ぴったりでしょう! 我ながら、うまいたとえだと思うんですよねー」
「・・・・・・・・やっぱ、天然だな、オメエ・・」
「はい?」
「ねえ、夏実ちゃん? ソレって、子供はオレ?」
「そう!」
「ってことは、蛮ちゃんがお母さん????」
「そうそう!」
「・・・・・・なーんでオレがお母さんなんだあ!? あ゛あ゛!? バッカバカしい! お子ちゃまの言うことにゃついてけねーぜ、ったく! オラ、行くぞ銀次!」
憤慨したカオで、銀次の襟首を後ろからひっぱる蛮に、波児が低く笑いながら言う。
「いや、でもまあ、言い得て妙というか、当たらずといえども遠からず、というか・・。銀次が無限城から出てきたばっかりの頃って、結構お前、献身的に銀次の世話やいてたもんなー」
「出てきたってなんか、オレ、ムショ帰りみたいだよ、波児さぁん」
情けない声で言う銀次に、蛮がちょっとキレ気味に反論する。
「あん時ゃ、コイツが右も左もわかんねーバカだったからしようがなく、だ!! 別に献身的っつーほど、世話やいてたワケじゃねえ! ま、もっとも、バカは今でもちっとも変わんねーけどよ」
「ひどい、蛮ちゃん!」
「ウルセエ! ・・んじゃな! ほら、さっさと来い、銀次!」
過去のコトをほじくり返されてはたまらないとでも思ったのか、蛮がとっとと店の外に出ていき、襟首から手を離された銀次がちょっと慌ててそれを追う。
「じゃあね、波児さん、夏実ちゃん! あーもう、待ってってば、蛮ちゃん!」
慌てて店の外へと、蛮の背中を追いかける銀次を、「ほーらね、やっぱりそうですよー」とニコニコ顔の夏実が見送った。
波児が、カウンターに置かれた蛮たちのコーヒーカップを『やれやれアイツら・・』と下げながら、笑いを漏らす。
そして、「で? どういう意味があるんだい?」と、洗いものの準備をしている夏実に興味津々に問いかけた。
「ああ、それなんですけどねー」



「でもさー。いっくら考えても変だよねー。蛮ちゃんが、お母さんてさ」
「あったりめーだ」
「お父さんだったら、まだしもね」
「そういう問題じゃねーだろが」
「そっか」
「何考えてんだか、よ」
「だねー。 まあ、夏実ちゃんって、ちょっと天然ボケ入ってるからねー」
「テメーが言うか? そういうのをな、銀次。目クソ、鼻クソを笑うっつーんだ」
「んあ? どういう意味? ねえ、蛮ちゃん、オレが鼻クソってこと?」
「じゃあなくてなー」
「んじゃ、オレ、目クソなの! ひどい〜!」
「あ゛?? なんで鼻クソより目クソのがひでぇんだ?? あー、なんかテメエと会話してると、オレまでアホが感染しそうだ・・! つまり、どっちもどっちだってコトだよ」
「あん? どっちもキタナイってコト?」
「ああ、もう! まーいいけど、ドッチでもよ!」

いつのまにか、公園の駐車場にスバルを置いて、そこで寝るのが常になってしまっていた。
とりあえず駐禁はまぬがれるし、タダというのが何よりだったし。
それでというわけではないが、夕暮れ時にはこうやって、二人で公園のベンチでぼけっと過ごすのも、また日課になりつつあった。
缶コーヒーを片手にとりとめもない話をしつつ、広場でサッカーをする子供たちや、砂場で遊ぶ母子をぼーっと見ていると、なんだか妙に所帯じみた気分になって、蛮は最初こそそれを嫌ったが、それもいつのまにか慣れてしまった。

ふいに、サッカー少年の1人が銀次に向かって手を振った。
「ねー銀ちゃーん! サッカー、オレのチーム1人足りないんだけど、また入ってくんない?!」
「えっ!? ああ、えーと。蛮ちゃん?」
声をかけられ、ちょっと驚いた顔をしつつも蛮を見て、”いい?”と尋ねるような表情をする。
”おう、行ってこいよ”とコトバにはせず蛮が頷くと、「うん!!」とはじかれたように笑んで、コーヒーを一気に飲み干しゴミ箱に投げ入れて、嬉しそうに子供たちに向かって走っていく。
「やったあ、銀ちゃん。頼むねー!」
「うん、まかせてーv」
「あー、銀ちゃん入れるなんてズルイぞー! んじゃさ、ハンデに、こっちにあと3人くれよ!」
「3人? うーん、ま、いいか」
「じゃあ、やろうぜ!」
「よぉし」
「銀ちゃん、あんまりムキになんないでよね!」
「わかってるよv」
小学生に言われてやがら。と、蛮がそれを見ながらくくっと・・と笑いを漏らす。
もっとも、はしゃいでボールを追いかけている姿は、まるきり小学生と変わらないのだが。
楽しそうな笑顔に、こっちもついつられて笑みを浮かべてしまう。
蛮は、照れ隠しのように、指の先でグラサンをちょっと上げた。

フシギなヤツだ。

銀次のそばには、こんな風にいつも自然に人が集まってくる。
子供たちがいつのまにかなついてきたり、小さな子たちまでもが銀次の後ろにくっついてくる。
最初、ヒソヒソと怪しいモノを見るような目で見、遠巻きにしていた母親らにまで、最近では「こんにちは」と挨拶されるようになってしまった。
公園にアルミ缶を集めにくるホームレスたちともすっかり顔なじみになって、時には食べ物を分けてもらったりまでする。
さらにはこうやってベンチに腰かけていると、猿回しのおトモダチなのか、鳩さえも、食べるものもないのに警戒せず近寄ってくきやがるし。
いったい、コイツからは、どんなオーラが出ているんだろう。
蛮は、時々、不可思議に思う。
そして、そんな銀次の隣にいるせいなのか、自分にも気安く声をかけてくる者が多くなった。
1人でいた頃には、有り得なかったことだ。
声をかけてくる者どころか、視線を合わそうとする者さえいなかった。
見てはいけないものを見てしまったように、さっと視線を反らすもの、あからさまに嫌悪を示すもの、そうでなければ怯えてびくびくしているような、そんな目・・。
そういう視線に晒されることに、慣れていた。
別にそれを憎んだり、ましてや悲しいとかどうとか思ったことはない。
ごく、当然のことだと思っていた。

呪われた右腕と邪眼を持つ男。
忌み嫌われて、当然だ。


「アメ、あげるー」
煙草を吸っていた蛮の前に、とことこと2歳くらいの女の子(オンナかな、コレ)が歩み寄ってきて、蛮にアメを差し出した。
「あ゛?」
驚いて、思わず煙草を落としそうになってしまった。
「タバコ、おノドいたくなるでしゅよ? あいv」
「・・はい?」
差し出されたアメについ手を出して受け取ると、女の子がにこっと嬉しそうに笑ってほっぺを真っ赤にする。
手に置かれたアメを見ると、「かりんのど飴」とか書かれているから、つい笑ってしまう。
リボンを結んだちっちゃい頭に、怖がらせないようにそうっと手を置いて、蛮が微笑んだ。
「ありがと、な」
「うん!」
女の子は満足げに笑むと、踵を返してぱたぱたと向こうで待っている母親の元へ帰っていく。母親は、蛮を見ると微笑んで小さく会釈し、そのまま小さい手をとって歩き出した。
それに笑みを返し、自分で自分に照れて、らしくねぇと空を仰ぐ。

逆によ。
こういうのの方が、慣れねえんだよ・・。


ボールを追いかけつつも、それを盗み見ていた銀次が、くすっと小さく笑みをこぼす。

あたたかい笑顔、あたたかい夕暮れ。
こんな何でもないことがひどくシアワセだ。






2につづく