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風太
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2002年12月30日(月)
ココロの指定席1

雲の流れが早ぇなあ・・・。

すっかり冬の色をした空を見上げ、蛮がハンドルの上に両足を組んで乗せたまま、ぼ〜っと紫煙をくゆらす。
サイドシートは、今日は空だ。
というより、仕方がなしに空にしてきたんだが。
・・・・いつまで、待たせんだ? とっとと、きやがれ。
ちらりと腕の時計を見て、少し苛ついたように交差点を行き交う人の波を睨み付けると、ふいにバックミラーに、こちらに向かって手を振る女の姿が見えた。

「・・・・おっせーよ、卑弥呼」
蛮が助手席のドアを開くと、駆け寄ってきた女がちょっと曖昧に微笑んで顔を覗かせる。
「ごめん、待たせた?」
「おうよ、たっぷり6分!」
「なんだ、そのくらい」
「普通なら、1分だって待たねえぜ? オレ様は気が短けーんだ」
テメーだから、しょうがなしに待ってやってたんじゃねーかと言わんばかりの蛮に、卑弥呼がちょっと嬉しげに、でも言葉には微塵も出さずに言い放つ。
「威張るようなことじゃないでしょ。ったく、あんたって!」
「プロなら、時間は厳守だろ。ま、いっけどよ。・・・・んだよ、ぼさっと突っ立ってねえで、乗れよ?」
「あ・・うん」
開かれたドアから招かれるようにして身を滑らせようとした途端、蛮の手によって、サイドシートはカクンと前に倒された。
「え?」
呆然としていると、くいと後ろを指差される。
「テメエは、後ろ」
ぶっきらぼうに言われて渋々後部座席に入り、シートを戻すと、蛮が勢いよく助手席側のドアを閉めた。
スバルが緩やかに発進し、道路脇から、車の流れにのって走り出す。
「んで? なんだよ、話って」
後部座席に追いやられたことに、不満げな卑弥呼にはお構いなしに、蛮が言う。
「あ、鬼里人のことなんだけどさ・・・。あたし、今回あの士度ってヤツからマドカって子のことで依頼受けて」
「・・らしいな。ヘブンから聞いた。クソ屍も一緒だって? なかなか濃いチームだぜ」
「茶化さないでよ。で、とりあえず下準備は必要だから、鬼里人について調べたの。一応、その報告」
「なんで、オレによ?」
「言っておいた方がいいかと思って」
「・・オレは依頼は断ったんだぜ? ヘブンから聞いてるだろが」
「・・知ってるわ。あんたの考えてることは、わかんないけど。でも、アタシになんかあった時のために、アンタに聞いておいてほしいのよ」
少し神妙な面もちで言われ、蛮が煙を吐き出しながら、ミラーごしに卑弥呼を見た。
「・・・・・・・しゃあねえな・・・」




「なるほどな・・」
「だいたい知ってた?」
「まー・・な」
「じゃ、大きなお世話だったかしら」
「いや、そういうわけでもねーぜ。・・・ただ、今回のこたぁ・・・」
そこで言葉を切る蛮に、即座に喰いつくようにして卑弥呼が言う。
「どうしてよ?」
「あ?」
「アンタさ、依頼してくりゃ、仕事だったら引き受けるって前にアイツに言ってたじゃない」
卑弥呼の言葉に、ちょっとうんざりしたように、蛮が前方を行く車の後ろに視線を逃がす。
「・・・・どいつもこいつも、なんでまた、その件に関してだけ妙に記憶力がいーんだよ」
「だって、あんなはっきりタンカきって・・! しかもあの男、土下座までしたっていうじゃない! あんた、そういうのって、見て見ぬ振りできるタチじゃないんじゃないの?」
「・・・・わかったような口ききやがって。ガキにゃわかんねー事情ってもんが、こっちにも色々あるってんだよ」
淡々と答える蛮に、ちょっと眉をひそめて卑弥呼が訊く。
「・・・・アイツのため?」
「・・あー?」
「天野銀次のため?」
吐き捨てるようなその言い方に、蛮がちらっと肩越しに卑弥呼を睨んだ。
そんな風にアイツの名前を口にすんじゃねえ、とでも言いたげな不機嫌な視線で。
けれどもそれは一瞬で消え、蛮は肩をすくめると、あきれたように言った。
「・・・・・おめーよ、卑弥呼。何度か仕事で一緒になったこともあんだから、もーちょいフレンドリーに出来ねーもんかぁ? 親の仇みてえによー」
「だから、アイツのためかって聞いてるのよ!」
「怖ぇー・・。何、1人でエキサイトしてやがんだ?」
「アイツ、毒蜂ってのにやられたんでしょ? 結構ヤバかったっていうじゃない。それでなの? アイツを闘わせたくないために、冬木士度の土下座をフイにしたっての?!」
卑弥呼の言葉に射るような視線を一度向け、ちょっと卑弥呼がぎくっと引いた所を見計らって、すぐにおどけた口調になってそれに返す。
「あんだよ、えらく猿回しの肩持つじゃねえか。もしかして、オメエ、アイツに気があるんじゃねーの? ま、けど猿にゃあ、嬢ちゃんがいやがるから、オメエのような色気もねーじゃじゃ馬じゃあ相手にもされねーか。そっか、そんで、そんなに機嫌悪ぃんだな。まあ、オメーももうちょっとチチがでかくなりゃあ、そのうちイイオトコも出来らあってもんだ。まーそんな焦るこたぁ・・・」
「アンタねえ・・・! よくもしゃあしゃあとそんなコト・・・!!」
「おわっ! いででで!! テメエ、ハンドル握ってる人間殴んじゃねー! 死にてーのか、このアマ!!」
「うるさい!!」


あやうく歩道に乗り上げ、電柱に激突する寸前で何とか回避し、ようやく普通に道路に戻って蛮が疲れたように肩で息をついた。
まったく過激なオンナだぜ。
さすが、邪馬人の妹だけはある・・。
そんなことを考えながら、くくっと笑いを堪えてハンドルを握っていると、少し静かになっていた卑弥呼が唐突に口を開いた。
「ねー、アンタたちってさ・・」
「ああ?」
「この狭い車ん中で寝起きしてんでしょ?」
「狭くて悪かったな」
「朝から晩まで一日中、一緒なワケよね?」
「それがどうしたよ?」
「・・・・あきない?」
「あ?」
「夫婦だって、そんなに長い時間一緒にいるわけじゃないでしょ。コイビトってんなら、尚更だし。男同士で、こんな肩くっつくくらいの距離にいて、息つまんない?」
後部座席に靴を脱いで横向けに坐って、卑弥呼が、ふいに、という感じで言った。
蛮が、言われて初めて考えたように、ぼんやりと答える。
「・・・・・・そーいや・・・・ねえなー。そういうこと」
「あたしや兄貴と一緒に住んでた頃のアンタでも、仕事で一日べったり一緒にいた日が続くと、フラッと2,3日どこかに雲隠れしたわよね。兄貴は、アンタが1人になりたいんだって、そう言ってた。1人でいるのが一番自分にとって居心地がいいってことを、それを知ってるからって。あたしは、それでも本当なら孤高を守りたいはずのアンタが、自分に無理をしてでもあたしたちと居てくれる、そのことが嬉しかった。・・・でも、今は、ちがうわよね。どうしてなの?」
問いつめるというよりは、自然について出た疑問のように、静かに問われて蛮もまた静かにそれに答える。
「どーして、っつわれてもよ・・。オレにもよくわかんねー・・・。確かに昔のオレは、邪馬人の言う通り、テメーらとでさえ何日もつるんでると、やけに1人になりたくなる時があった・・。息がつまるってよりは、単に1人の自分を取り戻したくなるって。そんな感じだったっけかな・・・。けど今は・・。そっだな、銀次といる方が、1人でいるより・・・ラクなんだ。あたりまえのように隣にいて、何一つの不自然さもなくそこで笑ってやがる。そんなアイツの隣が、オレにとっても、一番居心地のいー場所なのかも・・・・な」
隣の空のシートに視線を送って、蛮が言う。
その答えに、卑弥呼が後ろから身を乗り出して、蛮のシートの隅に手をついて顎を乗せた。
「・・・それで、あんたのサイドシートは指定席になってるわけ?」
「あ゛あ゛?」
「誰が乗っても、後ろにしか乗せないのよね」
卑弥呼の答えに、バツが悪そうな顔をして蛮がちっと小さく舌打ちする。
「・・んだよ、ソレ確かめるために、わざわざオレに、車で迎えに来させやがったのか?」
「別に、そういうわけじゃないけど」
「なら、何だ」
「・・あんたね! 一緒にこんな美女が乗ってんのに、ドライブに誘おうとか、そういうの思わないワケ?」
「ほーお、美女? え、どこどこ、どこにそんな美女がぁ!? イデェ!」
「ああ、もういいわよ! とっととホンキートンクに送ってちょうだい!」
完全にキレた顔の卑弥呼に、さすがにちょっとすげなくしすぎたか?と蛮が押さえたような声色になる。
「ホンキートンクでいいのかよ?」
「そうよ! どうせ、そこにアイツが待ってんでしょ? あんた、とっとと迎えに行きたいんでしょ! 何よ、さっきから時計ちらちら見ちゃってさあ! 感じ悪いったら!!」
その言葉に内心ギクリとしつつ、これだからオンナは油断ならねえと、蛮が心でこそっと呟く。
「別に、そういうわけじゃねーけどよ。行き先告げずに長い時間ほっとくと、アイツ、妙に不安がりやがるからな。ガキの頃に、置き去りにされたってのがトラウマになってるんだろーけどよ・・」
そう言って少し伏し目がちになる蛮の瞳は、卑弥呼が、今まで自分が見知った限りの、このオトコの瞳のどれにも当てはまらない。
深くやさしい瞳をしている。
思わず無言になる卑弥呼に、蛮が静かに言った。
「・・ま、でもよ。オレにとっちゃオマエら兄妹も、かけがえのない本当の仲間だって、ずっとそう思ってたんだぜ・・?」
「蛮・・・」
「ま、今言っても、信じられやしねーだろけどよ」
その言葉に嘘はないと知ってはいても、それは兄がいたからこそだ。
もしも、自分と蛮の二人の関係だったら、どうだったろう・・?
卑弥呼は考えて、ちょっと寒くなって自分で自分の肩を抱いた。
「・・・ね、1つだけ聞いてもいい?」
「ああ?」
「もしもさ・・・。あたしたちが、というか兄貴が『あんなこと』にならなくて、ずっと今もいっしょに『奪い屋』をやってたとして・・。そんな時に、アイツに出会ってたら、アンタはどうしたの? やっぱりアイツとツルむことにした? それとも、今でもずっとあたしたちと・・・・?」
その問いに、蛮が、ふっと遠くを見るような目をした。
「そっだな・・。それでも多分オレは・・・・」
即座に迷うこともなく答えを返そうとする蛮に、卑弥呼が慌ててその先を遮るように口を挟んだ。
「わかった! いいわ、ちょっと聞きたかっただけだから!」
ちょっと驚いたようにちらっと卑弥呼をミラー越しに見て、蛮が静かに微笑んだ。
「・・・・・そっか」
「ホンキートンク、送ってよね」
「おう・・」
それきり、卑弥呼は黙ってしまい、ただぼんやりと流れていく街の風景を眺めていた。
別に落ち込んだという風でもなく、不機嫌というわけでもなく、ただ静かに、微かにおだやかな微笑みすら浮かべて窓の外を眺めていた。
・・まったく。
どうもオンナの考えやがるこたぁ、わかんねー、と蛮がルームミラーに写るその横顔を見ながら思う。
それでも、コイツもいっちょまえに色々考えて、いつのまにかオトナの女に近づいてきてやがんだなあ・・。
などと、妹を想う兄の心境で、後部座席に気づかれないように、フッと微かに笑みを浮かべた。