目が覚めた時には、既に太陽はずいぶんと高くに上っていた。 「んあ〜〜」 久しぶりによく眠ったなあという爽快感とともに、身体中に活力がみなぎってる感じがする。 悪夢の後はいつも、身体のあちこちがきしきしと痛んで、起きあがるのさえつらかったけど。 「あ? そういや、蛮ちゃんは?」 公園横の日当たりのいい場所に車を停めたまま、蛮はどこに行ってしまったのだろう? 車から降りて、ん〜!と力いっぱい伸びをして、朝の光を浴びて(もしかしてもう昼なのかな?)空気を胸いっぱいに吸い込む。 あー、おひさまっていいなあ。あったかくて、でっかくて。 あれっ? おひさま・・って。 (そういや、なんかユメ見てたなー。おひさまを誰かと一緒に・・・あ、おひさまっていうか夕陽・・・・。無限城から一緒に誰かと・・)
『うん。ダッカンヤ、やる!』
(あ・・・・・) ユメの中で幼い自分を抱き上げてくれた、あの暖かい腕は・・・。 思い出したと同時に、銀次は走り出していた。 公園のベンチに腰掛けて、集まってくる鳩を足で軽く蹴散らしながら、ぼんやりと煙草をふかしてる蛮の姿が目に入ったからだ。 「蛮ちゃん! 蛮ちゃん!!」 蛮が駆け寄ってくる銀次に気がついて、ぶっきらぼうに視線を送る。 「おはよう、蛮ちゃん!」 「おはようって、テメー、もう11時だぞー」 言うなり、転がるように走ってきてベンチの隣にひょいと正座したかと思ったら、唐突に首に抱きついてきた相棒に、ちょっと面食らった顔で銀次を見る。 「うわ、なんだお前! 煙草の灰が落ちんだろーが、おい、あちち!」 「蛮ちゃあん」 「あんだよ!」 「オレさ、オレさ、すっっごいいいユメ見ちゃったよ・・!」 さも嬉しげに「聞いて聞いて」という銀次に、蛮がため息をつきつつ、「おう、なんだ」と答える。 別段、今日は予定もねーし、天気はいーし、悪夢から解放された銀次のハナシをぼけっと聞いてやるのも悪かねえ。 そんな表情の蛮に、銀次はゆうべ見たユメを、事細かに話せて聞かせた。 あのねー。ガキの頃のユメなんだけどねー。あ、天子峰のハナシは前にしたよねー。それがさー。薄暗がりの部屋で震えるオレを抱き上げてくれたのは、天子峰さんじゃなくて、なんと蛮ちゃんだったんだよー! でねー、無限城の屋上から蛮ちゃんに抱っこされたまま夕日見て、そしたら蛮ちゃんがねー。大きくなったら迎えに来てやるから・・。
「オレとケッコンしないかってー!!」 「・・・・・・・ああ゛!?」
「おい・・」 「うん?」 「ちげーだろ?!」 「なにが?」 にこにこ笑っている銀次とは対照的に、どーんと暗くなっている蛮が低ーい声で言う。 「ちがうだろうが、ソコは!!」 「どこ?」 「誰が結婚だ?! ああ!?」 「だって、蛮ちゃんが・・」 「オレは、言ってねーだろ、んなこと言うか!? 」 「あれ? だったら、何だっけ?」 うーん?と首を傾げて考える銀次に、くるりと背を向けて蛮がベンチを立ちながら言う。 「奪還屋、やんねーかっつったんだよ! んな大事なトコ、間違え・・・!!」 吐き捨てるように言って、「しまった」という顔をした。 まさか、このヤロー・・。 いやーな予感がしつつ、ばっと!振り返る。 「やっぱ、そうだったんだ・・」 にっこりと微笑む銀次の瞳が、少し潤んで蛮を見ていた。 まんまとハメられた・・・。 この美堂蛮さまが・・・! しかも、このアホに。 すげー屈辱・・。 ピキピキとこめかみあたりに筋を入れつつ、ぶるぶると拳を震わせて、怒りにまかせて力いっぱいのケリと、この際「スネークバイト」でも喰らわせてやろうと身構えた途端、がばっ!と今度は正面から抱きつかれて思わず蛮が固まる。 お、生意気に、殴られる前に自分から懐飛び込んできやがったか? そっちがそう来るなら・・。 「テメェ、いい度胸じゃねえか、このオレ様のスネークバイトから逃れられるとでも思って・・!」 「・・・・・・・・・・・」 「聞いてんのか、オラ!」 「・・・・・・・・・」 「おいコラァ、銀次・・! てめー、人をコケにしといてシカトすんじゃねー!」 「・・・・・・・うん、聞いてる・・・」 「聞いてんだったら、離れろ、暑っ苦しいからよ!」 「・・・・・・・聞いてるから」 「だったら・・!」 「・・・・聞いてるから。・・・・・ちょっとだけ、こうさせて・・・。蛮ちゃん」 「・・!」 しがみつかれている蛮の耳元で、微かに鼻を鳴らすような音がした。 どんなにつらい時でも、笑顔を絶やさず元気いっぱいの、そうたやすく蛮の前でさえも涙を見せない銀次が。 ・・まさか、泣いてる? 「銀次?」 「蛮ちゃん・・」 邪眼でユメを見せてくれたんだね・・。 悪夢から、オレを救い出すために。 いつも一緒に過ごしてきたから、想いもずっと共有してきた。 互いがつらい時は、同じように自分もつらかった。 だけど、この想いの深さでは、蛮に到底適わない気がする。 自分に、こんな風に相手を思える深さはあるだろうか。 冷血、冷酷と呼ばれながらもこのヒトは、誰よりも、深い情愛を持っているのだ。 でも、オレも負けないよ。 蛮ちゃんがオレを想ってくれるよりもっと、ずっと、蛮ちゃんを想うよ。 深さでかなわないんなら、強く。 もっと強く、蛮ちゃんを想う。 そんな銀次の想いを感じて、蛮がその背中をポンポンと叩いて、静かに訊く。 「・・・・んで? よく、眠れたのか・・?」 「うん・・!」 「そっか・・。なら、よかったな・・・」 「うん!」 「だったら」 「うん?」 「いい加減、降りろ、テメー!」 「んあ?」 「わかんねーのか!? テメェ、ヒトの足の上、のっかってやがんだよー!!」 「あ、ホントだv」 「ホントだじゃねえ! 気づけってんだ、このー!」 ガッ!! 思い切り蹴飛ばされて、タレて銀次が飛んでいく。 「びえええ、ごべんなざい〜!!」 ひょーんと飛んで、ボチャン!と池に落っこちるのを見て、蛮は「やれやれ」と脱力したように肩を落とした。 「わーん、蛮ちゃーん、パンツまでびしょびしょで〜す・・・」
「ったく・・・。アイツといると、とにかく退屈するこたぁねーわな・・」 フッと笑みを漏らすと、池の鯉と戯れている銀次を、バカだボケだと罵りながらも、側に行って手を伸ばす。 「おら、掴まれボケ」 「ひどいよー、蛮ちゃあん」 「てめえがナメた真似しやがるからだろ!」 「だってー。あ、ねーねー、本当におっきくなったらケッコンしてくれんのー?」 「ケッコンじゃなくて、奪還屋だっつってるだろうが!! だいたい、てめえ今よりデカくなってどーすんだ!」 「わーい、蛮ちゃん、照れてるーv」 「照れてねえ!! ったく、つまんねーごたく並べやがる口はコイツか、コイツか!? ええ!?」 「いだだだー!! わーん、ごめんなさーいぃ」
陽の光と水飛沫の中でじゃれあう蛮と銀次に、公園の鳩たちがくるりと小首を傾けて、あきれたようにそれを見ていた。 銀次の金色の髪が、よりいっそう、きらきらと輝いて見えた。
END
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
銀ちゃんて、あまり涙を見せないと書いたけど、よく考えたらそうでもないような。 無限城では、かなり手ひどく(精神的に)痛めつけられたので、涙をたくさん見せてましたし。 普段は、タレ銀の時に、蛮ちゃんにイジメられてよく泣いてますよねー。 泣き虫銀ちゃん、可愛いv でも、ヒトのために泣くことはあっても、本当に自分がつらい時とかは、自分のためには泣かない気がする。 そんな銀ちゃんが、蛮ちゃんと二人の時だけは、気を抜いて涙を流すってのが理想ですねv
|