「いー天気だねえ・・」 真っ青な空を見上げて、銀次が言う。 「おまえは、年がら年中、脳天気だけどよ」 「あ、何ソレ。ひどいよー、蛮ちゃん」 買った弁当を、自分の分も銀次に持たせ、そのままぶらっと近くの公園に立ち寄って、蛮が先に芝生にへたりこむ。 風は冷たいが天気はいいから、スバルの中で食べるよりもよほど暖かいだろうと思いついて、外で食べることにしたのだが。 銀次はなんだか、遠足にでも来たように嬉しそうだ。 しかも、ついでにいえば、1000万円が手に入らなかったことさえ嬉しそうに見える。 「明日っから、また極貧生活だってのによ」 「シャケ弁当も食べ納めだよね。石倉さんからの前金も、蛮ちゃんが全部使っちゃったし」 「んだよ! 500万円のワイン2本とも開けちまったのは、どこのどいつだってんだあ!?」 「だって、そんな高いワインって知らないもん。でも、飲んだのは蛮ちゃんだよ!」 「てめえも飲んだだろうが!」 「ちょっとだけでしょー。でも、高いワインだったけど、ゼリーにしたらあんまし美味しくなかったよね」 「ったりめーだ! ゼリーにすんなら500円くれーのワインで充分だっての。ああ、考えただけでももったいねーことを・・!」 「苦労したのにねー」 と言いつつも、なぜか笑顔の銀次に、蛮は「ったくマジでのーてんきな野郎だ・・」とやれやれと肩を落とした。 金は、しっかり底をついた。 というよりむしろ、借金の方が増えた。 明日から、また空腹を抱える日々だ。 うまい具合に、またヘブンがいい仕事でもまわしてくれればいいのだが。 『あんたたちに仕事回すと、私まで金運に見放される気がしてきたわ』と言っていたところをみると、あまりアテにはできない気がする。 金が回ってこないのは、確かに金運の悪さもあるだろうし、自分の浪費癖も、ま、ちょっとはあると思う。 が、それより何より、この相棒の金への執着のなさも、かなりアリじゃないかという気がする。 ま、別にいいけど。 また稼げばいいことだし。 そんな風に思いつつ、実は自分も相棒と同じように、案外金に執着がないことに、蛮は今いち気づいてはいない。 「はい! 蛮ちゃんの分」 隣に並んで坐って、銀次が蛮の弁当を手渡して、ごそごそと自分の分の弁当をあける。 パキ!と口で割りばしを割る蛮を、銀次がちらっと見て微笑んだ。 別にどうということはないが、こういう何気ない蛮の男っぽいしぐさが、銀次はとても好きだ。 一度真似してやってみたが、ぼき!と無惨に割りばしは折れて、何やってんだと蛮に怒られた覚えがある。 あれから、さすがに挑戦はあきらめたけど。 「いただきまーす」と手を合わせて、既に食べ始めている蛮を見つつ、ご飯をほおばって空を見る。 さすがに冬の空は高い。 空気も冷たく済んでいて、深く吸い込むと胸を奥までひんやりする。 気持ちがいい。 お金がなくても、ま、いいかと思えるくらいの清々しさ。 <あと3日も空腹が続けば、あれは錯覚だったと思うだろうが> 「・・ねえ、蛮ちゃん」 「あ?」 「石倉さんてさ、結構イイ人だったね」 「あ゛あ゛!? 何言ってんだ、テメエ! あのクソじじいのせいでさんざん危ない目に合うわ、車は壊れるわ、金は入るどころか請求書まわされるわ、ロクなことがなかったってえのに・・・!」 「でも、ずっとナディアさんのこと好きだったんだよねー」 「あ?」 銀次の一言に、卵焼きをほおばったまま、蛮が眉間にシワを寄せる。 「そういうの、いいなあって。うまく言えないけど、ずっと心の中で大事に想ってたんだよね」 「・・・それで、いい人ってか? とことんお人好しだよなー、テメエってヤローは」 「そう? でも、そういうの、ちょっと羨ましいっていうか・・。いなくなった後も、ずっと誰かを想っていたり、想われり・・って」 言って、何かを秘めたような瞳で、遠くを見つめる。 だれかに、そんな風に想われたい、そんな顔だ。 何、夢みてーなこと言ってやがるんだか・・・。 少々あきれた思いで、蛮が言う。 「金、入んなくてよかったって顔だな?」 「え? そういうわけじゃないけど! でも、お金じゃ買えないものでしょ。そういうのって」 「って、何甘いことぬかしてるんだ! こちとらビジネスでやってんだぜ。ボランティアじゃねえっての」 「わかってるよ。でも、蛮ちゃんだって、ちょっとはそう思ったんでしょ? あんまりあの後お金のこと言わなかったじゃない」 銀次の言葉に、しかめっつらをして、不服そうに蛮が言う。 「ワインで精算なんざ、回りくどいことしやがらねーで、とっとと現金でよこしやがれっつーんだよ、あのジジイ! まーでも、飲んじまったもんはしょーがねえし。こっちも2本しか奪還成功しなかったわけだしよ。・・まあ、勇気ある美人のねーちゃんに免じて、大目にみてやっか・・・ってとこだな」 言って、あっという間にからっぽになった弁当箱をゴミ箱に投げ入れる。 銀次もそれを見て、また「グズグズすんな!」と怒鳴られる前にと、あわてて弁当の中身を胃に詰め込む。 「別に急ぎゃしねーよ」 「え?」 「ゆっくり食え」 「あ・・うん」 「確かにな」 「んあ?」 「悪かねえ、話だったな」 そういう蛮の目は、おだやかな色をしている。 マリンレッド・・・じゃなくて、マリンブルーっていうのは、こうゆう色なのかな・・? 思いつつ、銀次が頷く。 「・・・・うん!」 「俺にゃ、ま、どっちでもいいことだけどな」 言って、派手な欠伸を一つする蛮に、銀次は微笑んで目を細めた。 弁当をたいらげて、銀次が、袋にゴミを一つにまとめてゴミ箱に落とす。 そして、うーんと太陽に向かって大きく伸びをして、空を真っ直ぐに見ながら言った。 「オレも・・・・蛮ちゃんにいつかそんな風に想ってもらえるように、もっと、強くなんないと!」 「・・・・なんで、そこで”強く”なんだ?」 「だって、蛮ちゃんに、アイツは最高の相棒だったって、いつか言ってもらいたいんだもん」 「強いと”最高の相棒”かよ?」 煙草に火を点ける蛮を見つつ、その隣にすとんと坐る。 「そうでしょ? オレ、なんかいつも、蛮ちゃんみたく、きちんと闘うことを計算できなくて行き当たりばったりで、どうにかそれでも切り抜けてこられたけど・・。でも、このままじゃ、いつか蛮ちゃんの足ひっぱいちゃいそうな気がするんだ。今度のこともそうだし・・・。そういうの嫌だし、もっと頑張って、もっともっと強くなんなくちゃって思・・・・・な、な、なに!?」 ちょっと落ち込み気味に話しているうちに、いつのまにかうなだれていたらしく、「強く」と顔を上げた瞬間に、唐突に目の前に蛮の顔があって、銀次はまんまるに瞳を見開いて思わず後ずさった。 「そんなに驚くこたぁねーだろうが」 「だって、びっくりするよ、いきなり目を前にいたりしたら!」 焦る銀次を“ふーん”とやりすごし、蛮はいきなりその場でごろんと寝転がった。 「え、あの」 「膝、貸せや」 言うなり銀次の答えも待たないで、その膝を枕にして目を閉じてしまった蛮に、銀次が心から焦って、赤面してしどろもどろになる。 「ば、蛮ちゃん!」 「おう」 「おう、じゃなくて、その」 「おまえなあー」 「え?」 「つまんねーこと抜かすんじゃねえよ」 「つ、つまんねーことって?」 もしかして、ヒトが少々めずらしく落ち込み気味に告白したことを言われているのだろうか。 ・・つまんないかなあ。 そりゃあ、蛮ちゃんにとっては、オレのそういうキモチとかって、どうでもいいことなのかもしれないけど。 とにかく、奪還の仕事さえうまくいけば、過程はどうあれ、結果だけでいいのかもしれない。 でも、コンビなんだし、ちょっとそういう気分でいるんだってこと、出来たら聞いておいてほしかったんだけど・・。 もしかして、眠かったから、聞いてなかった? 銀次の膝の上で、目をつぶったまま、何も言わない蛮に、銀次がちょっともぞもぞする。 心情的なことはおいといても、ちょっとこの状況は嬉しい。 というか、とても照れくさい。 だって、膝枕だよ・・? 蛮ちゃんが、オレの膝で寝てる。 ちらっとあたりの様子を伺って、平日の昼下がりなのが幸いして、公園に人影がないことにほっとする。 わ、顔が熱い。 しかも、なんかドキドキするし。 あの、蛮ちゃんが。 闘いのさなか垣間見る凄まじい殺気の蛮を知っているだけに、そのヒトが自分の膝でひどく安らいだ顔でいてくれる。 そうゆうの、ちょっと神様に感謝したいくらいに、嬉しい。 「蛮ちゃん・・・ 寝ちゃったの・・?」 そっと、声をかけてみる。 「てめーはな」 「・・あ、ゴメン。起こしちゃった?」 「計算なんて、しなくていんだよ」 「うん?」 「そういうの似合わねーだろ、だいたい計算なんて出来るノーミソもねえだろし! てめーは計算のない、本能だけで動いてていいんだ、それで充分強ぇんだし。たんねえ分はこのオレさまがカバーしてやらぁ。それでいいんだよ、コンビなんだから。ないもんを補い合う関係でいいじゃねーか。いちいち、くだんねーことで落ち込むな」 ぶっきらぼうに言ってはいても、蛮の言葉はいつもまっすぐ銀次の心に届く。 「蛮ちゃん・・ じゃあ、オレも、蛮ちゃんにない“何か”を補えてる?」 銀次の問いに、『まだ言わすのか』と言わんばかりに、蛮が続ける。 「・・おまえはなー。ヤサシイし、バカがつくほど人が良くて、いつもへらへら笑ってっけど、肝心なとこはちゃんとシメてるだろ? おまえがそうだから、オレは計算高くも傲慢でもいられんだし。第一、おまえが本能で行動したことに、今まで間違いなんてなかったろ。オレは少なくとも、そう思ってる。おまえの、そういうトコが・・・・」 言いかけて、ゆっくりと瞳を開く。 いつもは濃くて深い蒼い色の瞳が、空の鮮やかなブルーと混じって明るい青に見えた。 「オレは・・・・イイと思ってるからよ・・・」 あれ? もしかして“好き”って言ってくれるのかなと期待したのに。 あ、けど、イイってことは、”好き”ってことなのかな? 思いながら、銀次が太陽のような笑顔になる。 「・・・・うん!」 その笑顔に、蛮が少し眩しげに片目を細めて手をかざした。 「おい、銀次。もうちょっと、こっち向け」 「んあ?」 「まぶしーんだよ」 「あ? こっち?」 「じゃなくて、もっと、こう」 「こうって。こっち?」 「おう、その角度」 「蛮ちゃん、オレ、日除けじゃな・・・・・・」
「オレはな、銀次・・」
・・・え?
言いかけて、瞳が見開かれる。 蛮の真上に顔を持っていく形になって、そのまま、蒼い色と瞳がぶつかった瞬間。 のびてきた蛮の手に、頭の後ろをぐいと押された。 ただしくは、蛮の方に引き寄せられた。 ちょうど唇の位置が、蛮の唇の真上だったので。 あたりまえのように、唇が重なった。
・・・眩暈のような、熱い、感触。
え・・・? ええ・・・・っ? こ。 これって、キスっていうんじゃ・・・! オレ、初めて、だよ! ふぁーすときすだよ! 蛮ちゃん・・・! オレ、蛮ちゃんと、キス、しちゃったよ・・・・・!?
よかったの???
銀次の頭の後ろから、蛮の手が滑り落ちる。 それと同時に、重なった唇が、ゆっくりと離される。 まだ、離れたくはないけど、ほんとは。 思いながら、頭を上げていく銀次の顔は、額まで真っ赤だ。
ぱた・・と蛮の手が芝生の上に落ちるなり、その口元からスー・・と軽い寝息が聞こえた。
「・・・え? あ、あの・・・」 オレ、初めてのキスだったんだけど? ば、蛮ちゃん? とっとと寝入ってしまった蛮を呆然と見下ろして、銀次が困りきったように火照った頬ををぽりぽりとかく。 どうしよう・・。 1人で赤くなってんのって、ひどくカッコ悪い・・。 眠っている蛮の顔を見ていると、ますます顔が熱くなってきそうで、仕方ナシに天を仰いだ。 冷たい風が、銀次の頬を撫でていく。
オマエが、イイんだ
そっか・・。 最高の相棒っていうのは、もっと最高に強いってことじゃなくて。 もしかして。 ・・・・オレ、ってこと? 今のオレでいい、ってこと? そう、なのかな。 そうだったら、ものすごく嬉しい。 そうして、オレがもしもこの世にいなくなった後でも、ずっと想ってもらえたら・・。 いや、違う。そうじゃない。 そうじゃないよね、蛮ちゃん。 今が、いいんだ。 今が、大事なんだよね。 今、生きて一緒にいる、それが一番大事なんだよね。
「うん、オレも。今の蛮ちゃんがイイよ。今の蛮ちゃんが大好きだよ・・・ 誰よりも一番、大好きだよ」
小さな声で、銀次が呟く。 どうせ聞いちゃ、いないけどね。 膝にかかる蛮の重みに早くも足が痺れてきたけれど、それすらも嬉しいというように、頬を染めて空に流れる雲を見つめる。 狸寝入りを決めこんでいる蛮の口元が、一瞬、微かに笑みを浮かべたことにも少しも気づかず、銀次はただ、流れる雲をじっと見つめていた。
END
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「マリンレッド」その後日談ってことで。 どうもネタバレになっちゃってごめんなさい。 マガジン読んでると、ついつい書きたくなるネタが満載で! 銀ちゃんはもっと強くと原作でも言っていましたが、蛮ちゃん的にはそれ以上強くなんなくていいって気持ちもあるのかも。 足りないとこは自分がカバーしてやるから、テメエはそのままでいろ!みたいな。 でも「守ってやる」とかいうんじゃなくて、「助けてやる」って感じかな。 「オレを呼べ」ってことは、「ピンチになったら助けにきてやるから」ってそういう意味、ですよね? でもいつも助けられる側だから、銀ちゃんにも蛮ちゃんを助けたいって気持ちがいっぱいなんだよね。 そんなことを思いつつ、ちょこっと銀ちゃんに甘える蛮ちゃんを書いてみたくなって・・・。膝枕・・。 ハズカシー・・。 でも、やっとキスは出来たよ、蛮ちゃん! いや、もっとネツレツなのにすべきだったか・・。
|