やさぐれ日記・跡地
アルティーナ



 おまけ2「永忠の黒騎士」

「お久しぶりです」

随分長いこと会っていなかったが、ゼニス君は相変わらず軍人らしく騎士らしく、きっちりと敬礼をしてきた。
私も「当時」のように小さく笑い、頷いて返す。


・・・オールド大陸、シーユ山脈某所。

あまり常識的ではない時間帯に、私はその地に居た。
本来であれば上陸は許されないところだが、僅かな時間だけ禁を犯す。
ゼニス君と連絡が取れたので、直接会って話をするためだった。

「もう戻られないのですか・・・」
「叶った願いも叶わなかった願いもあるけれど、あとはあちらの大陸でゆっくりしたいの。
もう、・・・もう、走り続けることは・・・出来ない」

ただひたすらに国に尽くし民に尽くす、疲弊しても己を叱咤して結果に関わらず常に休みなく走り続けること。
もう良いのだと受け入れるまで、長い長い時間を要したが。

「・・・実はお待ちしていたのですが」
「私も待っていたわよ」

「?」
「私に何か伝えることがあるのではと思って。アスラちゃんがそう言っていたのだけど」

「え、あ、いえ・・・その」
「と言うか国に残っていたのは、もしかして待っていたから?」

「ええ」

彼は姿勢を正して私に向き直る。

「私の主は2年半前より貴女だけです」
「・・・・・・」

私はすでに国を背負う立場ではなく、そうなって久しい。
もともと戻らないつもりで退いたのだが、1年近くも経つ今でも彼は待っていたのだ。

「ごめんなさいね、期待に応えられなかったわ」
「いえ、決して。・・・貴女の退位時に不在だったことを今でも後悔しています」

それは全く気に病む必要はない、と私は笑った。
ゼニス君のことは気がかりだったが、満足に事情を伝えることも出来ないままだったのだから。

「私はもう戻らないわ」
「では私も消えましょうか」

そう、彼は事も無げに言った。
笑いながら。

貴方がこの地から去るのなら自分も、と。

「・・・ちょっと待った」
予想外の答えに、思わず手を横に振った。

戻らないと伝えれば、彼もこのまま仕官国に留まる事もないだろう、とは予想がついた。
だから望むのであれば連れて行きたいところがあった。
もう無力感や虚無感を感じずに済むような場所に。
「楽園」と呼ばれる場所に。

幸いアスラもいるから。
私はその国の詳しいことは知らないが、彼女が楽しそうに手紙をよこしてくる。
であればきっと国の名の通り、楽園なのだろう。
そこへ行けばゼニス君も穏やかに生活出来るのではないかと考えた。

けれど彼は望んではいなかったのだ。
とうの昔からしていたらしい深い覚悟を、私は真実理解しきれてはいなかったと言うことだ。

それなら。

「・・・最近引っ越したのよ」
「・・・?」

「思い出深い場所にね。でも、広ーいお城に1人なのよねー」

私はためつすがめつしながら、片眉をあげてゼニス君を見上げた。

「・・・・・・来る?」


行きます、と彼は即答した。

望むなら傍に居てくれればいい。
もう責任も権力も背負わない私だけれど、それでも護り続けたいと思うなら。

「まぁ。・・・まぁ、国に尽くす必要はなくなっちゃったけど。
私の手を取って、傍においでよ。・・・永忠の黒騎士さん」

「・・・どこまでもお供致します」

そう言って彼は再び敬礼した。
私もやはり同じように、笑って小さく頷いた。


「と、こ、ろ、で」

早速準備を、と意気込んで今にも準備に奔走しそうなゼニス君には悪いのだが。

「さっきの話だけど。何か伝えたいこと、あったのではなくて?」
「え、え、」

「メッセージボード(プロフ)に書いていたそうじゃない。生きるために封印してきた言葉があるのですって?
『ソレ』を伝えてくれるのはいつかしら。
それとももう伝えてくれたのかしら?」

「・・・は、はて?」

彼は思いっ切り大粒の汗をにじませ、目も合わせようとしない。
私はわざと覗き込むようにして身を乗り出した。

「気のせいかしら。あぁでも宛名は書いていなかったから、私が勘違いしてるだけかも?」
「どど、どうかお気になさらず!
き、騎士は口では行動致しませぬ。これからの義で・・・!」

「待っていればそのうち口でも言ってくれるのかな」
「ああ!もうこんな時間ですよアルティーナ様!!」

必死の叫びにさすがにこれ以上は可哀想か、と思って懐中時計を確認した。
確かにまずい時間だったので、少々残念だけれど戻らなければ。

「じゃあ、ゆっくり準備しておいで。待っているわ」
「りょ、了解致しましたっ」



帰りの途。
必ず来てくれるものを待つと言うのも楽しいものだと考えながら。

そして昔、彼の軍務称号名を決める時。
彼自ら名乗り出た『永忠の黒騎士』と言う二つ名の意味を
今更ながら深く深く理解した私は、二つと得られぬモノを確かに得ていた、そして失っていなかったのだと。

・・・これからも失わずにいられますように。
星の散らばる空に向かって、私は小さな祈りをかける。


2006年03月27日(月)
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