|
|
■■■
■■
■ おまけ3「迷わない選択」
「・・・思ったより早かったわね」 「お待たせして申し訳ありません」
いえいえ、と私。 面白そうに首を傾げながら扉を大きく開けて迎え入れたのだが、ゼニス君は少ない荷物を恐縮そうに玄関に置くやいなや、では早速とばかりに踵を返した。
「ちょ?待っ・・・」 「城の周りをぐるっと歩いてから、城門に立ちます」
何をそんなに急ぐのかと言いたいところ、ついでに関係あるのか無いのか、心なしかゼニス君の髪の先が湿っている気もする。
「・・・?」 いろいろ疑問符を浮かべる間にも彼はずんずん城壁づたいに庭の方に向かって歩き出していて、どうやら森の中の建物ゆえにどの辺りを重点的に警戒すべきか検分でもしているようだった。
「ちょ、待った、戻りなさい!」 「・・・?あ、すみません、荷物はそこに置かせて下さい」
ぺこりと敬礼する彼。
「違うッ」 「休む時は軒下をお借りしますから」
「違う違うッ!」 「・・・あ、この辺りって土地空いてますよね」
隣にでもテントを買おうかと呟くゼニス君に、私は 『馬鹿ーーーーー!』と言いたい勢いで頭を抱えながら「落ち着けーーーーー」と叫んだ。 私の大声に姿勢を正したゼニス君だったが、至って冷静なのが彼であることも、落ち着くべきは思い切り自分であることも勿論わかっていた。 しかし言わずにいられるか。
「荷物、持って。護ってくれるなら隣に住もうなんて考えないで頂戴。城門に立つなとは言わないけど今はいいの。 ほら、早く。貴方の部屋はこっち」
私は切れ切れの言葉で一気に喋ってから、廊下の向こう側を指差した。 それでも躊躇うゼニス君に、 「嫌って言うなら寝る時は私の部屋のベッドで寝ろって言うわよ、じゃないと24時間なんて到底護りきれないでしょって屁理屈こねるからね」と殺人的な文句(!)を並べて、ようやく2度3度の敬礼の後に廊下を進ませた。
このやりとり、後で思い出すと、何と言うとんでもないほどの強引さかと自分に呆れるのだが。
彼のためにと用意した部屋で、本人は最初多少の居心地の悪さを感じていたようだったが。 空気の入れ替えにとゼニス君には背を向けて窓を開けながら、正直ね、と私は口を開いた。 窓の外からはエリア名にもあるように『風の森』らしく、太陽は雲に隠れているが心地良い風が入ってくる。
「正直ね、・・・来ないかと思ったわ。ちょっぴり」
私は背を向けて外を眺めたまま。 ゼニス君が荷を解く手を止めたのがわかる。
「私としては行かない理由がありませぬ」
自信満々に答える彼に、私は振り返って半ば苦笑いを返した。
「騎士として生きることと、1人の男として生きることと。 価値観はそれぞれだけど」
凡庸なシアワセにこそ価値がある。 これまでの経験で私が得た1つの答えだが、生憎今まで私はその価値に恵まれていなかったから尚更。 誰かに想われて、その誰かのためにシアワセを紡ぐのは、到底私には出来ない芸当であった気もするので、尚更に尚更。
「もし貴方が迷ったなら、私は後者を選びなさいと言ったわ」 「後者は二の次、三の次です。第一の願い、主に仕える事が再び叶うのです」
そうして彼はこう言った。
これ以上の幸せはありません、と。
私は心に生まれた素直な感情を精一杯抑えながら、小さく首を傾げつつ口元だけ笑って返した。 そしてもう1度だけ突つく。
「時々帰りたくなったら、あちらに戻っても良いのよ」
しかしやはりゼニス君は何の間もおかずに「主を置いては帰りませぬ」と答えた。 ・・・そこでようやく私も、こういう吹っかけ方は無意味だと悟って素直になる。
「・・・来てくれて嬉しいわ。とても。 あちらには帰らない、だから貴方はここに居て」
そうして、片づけが済んだらお茶にしましょうと言って彼の部屋を後にする。
もちろんお茶はゼニス君が淹れるの。ね?
そう、茶化すように片眉を上げながら私は笑った。 お任せ下さい、と彼も笑っていた。
2006年03月30日(木)
|
|
|